活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

やんごとなき読者

2010-02-01 23:40:43 | 活字の海(読了編)
著者:アラン・ベネット (白水社・1995円)
訳者:市川恵里 解説:荒い潤美
初版刊行:2009年3月20日
第二刷刊:2009年5月10日(入手版)
帯コピー:英国女王エリザベス二世、読書にハマる。
     おかげで公務はうわの空、側近たちは大あわて。

     「本は想像力の起爆装置です」



本書との出会いは、毎日新聞にて池内紀氏が書いた書評を
読んだことがきっかけである



一読し終えての、その感想は。

英国らしい。
実に英国らしい小説を読んだ!というもの。


それほどイギリスの小説を読んだ訳ではないけれど。

この本の全編に流れるテイストは、明らかに。
エミリー・ブロンテの「嵐が丘」や。
ミネット・ウォルターズの「氷の家」に通底するものがあると思う。



物語の冒頭からして、秀逸な出だしである。

とある晩餐会の席上にて。
イギリス女王と隣席となったフランスの大統領は、フランスの誇る同性愛作家
ジャン・ジュネの為人(ひととなり)について質問され、目を剥く。

フランスの風土でも、景気でも、天候でもない。
己の守備範囲を遥かに逸脱した、一同性愛作家についての質問である。

ジュネに関する如何なる話題の引き出しも持ち合わせていない大統領は、
必死で文化大臣を探すが、彼女は既に別の要人と歓談中。

儀礼上知らぬともいえず、言葉に窮した大統領に対して。
女王は、礼儀正しく助け舟を出す。

以下、その問答を少し引用しよう。
洗練された文章の切れの一端を、味わっていただきたい。


 「ジャン・ジュネは、ご存知かしら?」
 「もちろんです」

 「興味がありますの」
 「そうなんですか?」
  大統領はスプーンを置いた。長い夜になりそうだった。


女王の期待感と。
大統領の困惑とが、まざまざと伝わってくるような。
何とも小気味の良い導入である。

ちなみに、ジャン・ジュネは19世紀のフランスの劇作家兼小説家。
日本では、元祖BL系雑誌としてあまりにも有名な「ジュネ」の誌名
の元として、よく認知されている(誰にだ?)。


その、短い序章を経て。
本編が始まるのだけれど。

それもまた、思わずにやり、とさせられる書き出しである。

女王が。
ペットの犬を追いかけて、移動図書館へと行き着くという出だしは。
まんま。イギリスの先輩作家であるルイス・キャロルの「不思議の国の
アリス」へのオマージュではないか(笑)。

そこで女王は。
普段、読書とは縁が無いものの、儀礼的に借りた1冊の本(それも、
過去に勲章を与えたということで、面識があった作家の作品!)
を借りる。

そこから、女王の活字遍歴がスタートするのだ。


まあバッキンガム宮殿の中に移動図書館が入ってくるという設定にも
驚かされるが、1万坪もの敷地を有し、宮殿内に勤務する侍従も450人
にも及ぶ
というから、さもありなんというべきか。

でも、皇居に地区の移動図書館が来るなんて、想像できないぞ?(笑)



かくして。
読書の喜びに目覚めた女王は。
寸暇を惜しんで、次から次へと書物に手を出していく。

このあたりの。
活き活きとした女王の描写は、読んでいる方がつい微笑んでしまう。

何せ。
パレードの馬車においても。
車窓から沿道の民衆に手を振りながらも、見えないように膝に置かれた
本のページを繰るというのだから。

読みかけの本が佳境に入っているときには、寸暇を惜しみ、ページを
繰る手ももどかしく読み進めたという経験を。
愛読家ならば、一度ならずお持ちだろう。

正に。
女王も、そうした活字の魔力に惹かれていくのだ。

しかも。
そうした女王の立ち振る舞いは、公務を第一義に考える侍従たちにとっては
好ましいものとは写らない。

彼らにとって、女王は偏に国家のために存在するのであって。
女王個人があり、その先に国家があるものではないのである。

それが故に。

個人の趣味である読書に傾注していく女王に対して。
周囲は、どうにかして以前の超然とした女王に戻っていただこうとして、
あの手この手で策を弄し始める。

その策をかいくぐり、更にディープに活字の海へと漕ぎ出していく女王。

その丁々発止のやり取りもまた、ウイットの効いたジョークに十二分に
まぶされており、思わずニヤリとさせられてしまう。


その一方で。
読書に傾注していったがために。

これまで、数多の国を訪れ、幾多の人々と接してきた女王の経験が。
書物の中で繰り広げられる他者の人生と化学反応を起こし、女王をして
他者への思いやりや配慮といったものを身に付けた、真の王者としての
覚醒を促していく。


こうして。
公人としても。
私人としても。

読書によって成長を遂げた女王が、見出したものとは何か?


それは、読んでのお楽しみ。


ただ。
僕の場合は。

最後のページの最後の一行を読んで。

こうきたか!

と、思わず感嘆の声を上げさせられたことを、銘記しておこう。


(この稿、了)


(付記)
一応言及しておけば。
本編中には、一言も主役がエリザベス二世だとは書かれていない。
ただ、本の帯にはそう銘記されているけれど。


(付記2)
この本の装丁が、また美しい。
写真では、黒く塗り潰されているけれど。
実物では、本を持つ女王のシルエットが金箔を押されたようになっており、
実に豪奢かつ優美な雰囲気を醸し出している。




やんごとなき読者
アラン ベネット
白水社

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