活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

憑神

2009-04-26 23:25:04 | 活字の海(読了編)
著者:浅田次郎 新潮文庫刊 平成19年5月初版 514円(税別)


うまいなぁ、といつも嘆息する。
この人の文章は、淀みが無い。
結果、前後関係の確認とかで、読み返したりすることも、殆ど不要
である。
だから、すらすらと読めてしまう。

つまりは、無駄が無く、かつツボを押さえた、よい文章ということ
であろう。


本書も、その系譜にしっかりと乗っている。

導入部からして、すぅっと幕末の時代に読者を何の気負いも衒いも
なく自然に連れ込む、その文章の練れ具合は半端ではない。

そして、そこに描かれる下級武士(いわゆる御徒士(おかち))の
生活の、なんとリアリティに満ちていることか。

まるで、主人公が旧知の友に思えてきそうなくらいだ。
自分も、主人公と同じ蕎麦屋で、二人して酒樽の椅子に座って
安酒を飲みながら蕎麦をすすってみたい。
そんな気持にしてくれるのは、真に作者の力量の賜物である。


さて、この物語。
その冒頭部分からして。

いい年をした大の男が、夜中に寝酒を飲みに行く金にも事欠いて、
同居の母親に小遣いを貰って出て行く。
その申し訳なさそうな、それでいて芯は一本通っているような
態度から、なぜこの人はこんな境遇に?と、読み手の関心をいきなり
鷲掴みにしてしまう、そのテクニックの自然さ上手さに、感服。

その後も、ひょんなことから主人公・別所彦四郎が、三人の神様
(それも、貧乏神、疫病神、もう一人は、言わずもがな、ですよね)
に、順番に取り憑かれてしまう。
その様子が、実に面白おかしく語られる。

しかも、その語りの間には、作者の真骨頂である泣かせの要素が
随所に盛り込まれる。

もうこれは、「プリズンホテル」に代表される、笑って笑って
涙がホロリ系の作品か!と思いきや、ラスト近くで物語は急転し、
「壬生義士伝」と化していく。

このラストには、色々と意見が分かれるところであろう。

僕としても、主人公の気持ちは分かる。
分かるのだが、分かる訳にはいかん。という、島本和彦の名言
のような心境となってしまう。

確かに、時代に殉ずる、という発想は分かる。
その血脈が連綿と時代を支えてきたという自負であればこそ、
その自負の拠り所である時代を奉じ、殉死するという考えの、
なんと切なくも美しいことであるか。

それでも、尚。
主人公には、生きて明治の時代を生き抜いて欲しかった。

殉死という、明治の御世、乃木大将の具現化とともに、静かに
この世から去っていったような概念に縛られるのではなく。

もっと強(したた)かに、もっと強欲に。

何よりも妻子が大事といっていた、主人公ではないか。
その妻子を置き去りにしてなお、成し遂げる必要があった死で
あったというのか…。

死神には、徳川という時代を連れて行く。
それくらいを言わしめたかったのだが、それでは如何せん甘い、
甘すぎると却下されてしまったのだろう結末を、せめて心の
中で反芻して、ラストのえも言えぬ寂しさを紛らわすことと
しよう。

(この稿、了)





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