活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

マリー・アントワネットと悲運の王子

2008-07-16 20:24:17 | 活字の海(読了編)
著者:川島ルミ子  講談社+α文庫 2004年9月  定価:648円(税別)


川島ルミ子氏の著作を読むのは、これで二冊目である。
先の、「フランス革命秘話」もそうであったが、平易な文章にも関わらず、
目新しい図版や見解、資料の紹介が多く、丹念に原著を当たっていることが
よく分かる彼女の著作は、読んでいても本当に楽しい書物の一つである。

今回の場合、特にルイ17世の生存説については、自分の浅学を棚に上げて
いうと、これだけのパターンが存在していることや、それぞれについて
当時の関係者の証言まで引き出している(勿論、原著からの二次引用とは
なるが)点等、著者の努力には大いに敬意を評するものである。


マリーの息子。ルイ17世。享年10歳…。

フランス革命の動乱の最中、彼こそが、もっとも世の不条理を一身に受けた
存在ではないだろうか?

別に、高貴な血筋というものを有り難がる積りもなく、
庶民の子供達の中にも酷い人生を送った子は沢山いたのは間違いないが、
これほどに生活が激変した例は、流石に彼だけではないか?

ヴェルサイユ宮殿での、王太子としての華やかな生活。
朽ちかけたチュイルリー宮殿での軟禁。
ヴァレンヌ逃亡事件の際の、ささやかな郊外への散歩。
タンプル塔での監禁状態ながら、親子水入らずの生活。
そして…。
彼のみが家族から引き離され、幽閉され、打ち捨てられ、
やがて忘れ去られていった日々…。

彼の死後、第二次大戦後辺りまで、根強く囁かれていた彼の生存説は、
日本における義経=ジンギスカン説と同様、儚い最後を遂げた貴種へ
対する民衆の鎮魂歌だったのかも知れない。

それにしても、もし俺が本物の義経と名乗り上げれば死を免れなかった
=そんな名乗りを上げる酔狂者もいなかった義経の場合と異なり、
王政復古後のフランスにおいては、40人を越える自称王子が出てきた、
という。

正に、王子のみで、野球やサッカーのチームが複数作れるような様相を
呈して来た訳である。

これに対して、著者は特に思いを反映させず、その主なものについて
主張を紐解き、淡々と篩いにかけていく。

そして、最後に残った一人が、この話に関心を持つ人々の中ではつとに
有名な、ノンドルフである。

しかしながら、彼も又、数多輩出した他の自称王子と同様、唯一の
家族の生き残りであるマリー・テレーズは会うことを拒み、その結果
公認されることなく、フランスを去っていった。
#ちなみに、オランダ国家のみは、彼を公式にルイ17世と認定した。
 そのため、彼はオランダで逝去したが、その墓にはルイ17世と
 刻まれている。

自称王子の登場の話を耳にするたび、マリー・テレーズの心はどれほど
血を噴出し、傷ついていったことだろう。

彼女にしても、弟と会いたくなかった筈は無いのに。

だが、彼女は結局誰とも会うことは無く、その生涯を閉じた。
その哀しすぎる決断が、報われるものだったのか、それとも新たなる
悲劇を生んだことになったのかを判断出来るようになったのは、
20世紀も後半、DNA鑑定技術の進歩によってである。

正に見てきたようにヴェルサイユでの日々を語り、当時の服装や
出入りしていたものたちの名前を覚えており、当時に王子の養育係を
してタンプル塔幽閉まで7年も傍にいたド・ランボー夫人ですら、
本物と認めたノンドルフ。

しかし、彼の遺骨と、世界で数箇所に残されているマリー・アントワネット
の遺髪、その他、ハプスブルグ家係累の遺髪とをDNA分析した結果のみが、
マリー・テレーズの判断を裏付けすることとなった。

そして…。
上記以外に、もう一つの分析試料があった。
それは、ルイ17世検死の折に、取り出され、保管されてきたという
心臓である。

それらの中に、ルイ17世は、果たして在りや否や?


ここで、有体に結論を書くことは止めよう。

ただ、その分析結果を記録しているHPがあるので、そちらを紹介するに
留めておこう。


今から200年余りも前。
悲運な定めに引き裂かれた家族がいた。
時を経て、今。
彼らの魂は、サン・ドニ大聖堂において(いや、そうした器や物理的な
場所も、もうどうでもいいのだと思いたい。そうでないと、一人異国で
眠る、マリー・テレーズが気の毒というものだ)、彼らは真に親子
水入らずの至福を迎えられているのだ、と思いたい。

(この稿、了)

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