活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

彷徨える艦隊3 巡航戦艦カレイジャス

2009-08-12 01:16:04 | 活字の海(読了編)
著者:ジャック・キャンベル 出版社:早川書房(SF1721)
訳者:月岡小穂(さほ) 
初版刊行:2009年8月15日(入手版) 


日曜日。
行きつけの小さな本屋のハヤカワコーナーにて、発見。
小躍りしてレジへと突進した次第。


過去の宇宙空間での戦闘において、身を以って艦隊の全滅を防いだ
伝説の男。”ブラック・ジャック”・ギアリー大佐。

緊急脱出ポッドの冷凍睡眠装置によって、100年間の眠りから
醒めた彼を待っていたのは、まだ継続中のシンディック軍との闘い。

そして。
最先任という立場によって転がり込んできた、艦隊司令官の椅子。

長引く闘いは、人心と人員を損耗させ、最早両軍ともに相手憎しの
念に凝り固まっている。
その結果は…。
戦術論。モラル。規律。様々なものが劣化してしまった世界。

そんな状況下にあって、残存艦隊を率いて敵地からの脱出行を
強いられるギアリーの戦記。第三段である。


前作のレビューでは、本作品には大きく二つの軸が有ると書いた

一つは、ギアリーと、彼の恋人を中心とした人間関係。
もう一つは、壮大な宇宙艦隊戦。

今回の3巻では、これらのX軸。Y軸に加えて、新たにギアリー
による艦隊内の紐帯構築という新たなZ軸が誕生した。

勿論Z軸のベースとなる話も、これまでの巻で語られては来たのだが、
その話の殆どが、旗艦ドーントレス艦長のデシャーニやカラバリ大佐に
閉じられていた。

言い換えれば、それほどにギアリーが信頼できる存在が、この艦隊の
中には欠乏していたということである。

それが、物語の発端となった1巻での戦闘からこっち、ギアリーの
指揮、ギアリーの思想、ギアリーの発想が次第に各幹部(=艦隊を
構成する各分艦隊の旗艦艦長)達に浸透していくにつれ、リトマス
試験紙のように、それに対してあるものは賛意を、又あるものは
反意を公然と或いは隠然と示しだしてくる。

しかも、味方となってくれるギアリーに賛同してくれる艦長達に
おいても、全面的に信頼し、歩調を合わせる訳にはいかない。

彼らの中には、ギアリーを信奉する余り、ギアリーを担ぎ上げて
政治介入させることで長引く戦乱の世に幕を引くことが出来ると
考えているものもおり、それが文民統制こそが軍の根本的な存在
理念と考えているギアリーを不安にさせる。

いわば、そうした分子がギアリーを担いで226事件の再来を
起こしかねないというものである。

しかも、彼らのうち大分はギアリーを信奉しているからこそ、
こうした挙動に出ているということが、ギアリーの煩悶を加速
させる。

更に。
次第に、ギアリー自身の内部からも立ち上ってくる誘惑。

伝説の英雄。軍神。”ブラック・ジャック”・ギアリーとして
軍を統率すべし。
そして、その意のままに人を、艦を操り、導き、彼らに平和と
安らぎをもたらすべし。それが出来るものは、自分しかいない…。

こうした囁き声を断ち切ることは、容易ではない。

なぜなら。人は、環境に容易く慣れてしまうものだから。
最初のうちこそ、艦隊司令官という職責に馴染まず、様々な情報を
手にしても、そこから導き出す結論については慎重に考察を重ね、
部下との合意を形成していこうとしていた彼も。

あまりに稚拙かつ粗雑な一部の部下達の主張や頑なな態度に触れ
続けるに及んで、声を張り上げ、俺の言うとおりにやっていれば
いいんだ!と叫びたくなる抗いがたい欲求に、懊悩することとなる。

彼が掌中にした権力と情報量は、それほどまでに絶大だ。

そして。
勿論、そこまでとは行かないまでも。
僕達の普段の生活においても、同じような縮図は有るのではないか?

自分が見聞きしている情報は当たり前のものと考え、他者に対して
なぜこうした視線で考えられないのか?と当たってはいないだろうか?


そんな彼にとって、自らの精神の均衡を保つべく必要な存在として、
ギアリーの行動に理解を示し始めた一部乗員達が彼の心の支えと
なり始める。

誰がというのは、未読の方のために敢えて伏せるが。
彼だけは例外として許されるだろう。

第三巻のサブタイトルともなった、巡航戦艦カレイジャスの艦長、
ドゥエロスもその一人である。
#本書表紙が、恐らくその人であるが、一目見た瞬間”真田さん!”
 と叫んでしまった(笑)。

彼を始め、徐々に艦隊内に広がってくる、伝説の軍神としての彼に
ではなく、彼が示す精神への信奉者達。

それは、盲目的なものでも、絶対的なものでもないが故に、ギアリー
にとっては振り返り、検証し、確認を行うための貴重なトリガーと
なってくる。

この巻では、何よりこのギアリーの周囲に水の波紋のように広がって
くる人々の輪が、読んでいて嬉しかった。

恋人(と、本当に言えるのか? 彼女は)と居る時でさえ、彼は
その精神に安らぎを感じていたとは言えなかったから。

それは、双方の立場上、止むを得ないとも言えるし、別に傷口を
舐め合うような馴れ合いよりも、お互いに切りかかるようにして
高めあう、そんな関係も有るだろう。

それでも。
十分過ぎるほどに疲れ、悩んでいるギアリーにとって、同じ軍と
いう立場に身を置きながら、かつ自分と考えのベクトルを同調して
くれる人が出始めたことは、どれほど心の支えとなってきたこと
だろう。


勿論。
物語は、そう簡単にギアリーに楽はさせない。
そうした紐帯が生まれてくることとは裏腹に戦闘は激化し、これまでに
無いレベルでの激しい艦隊損耗をも引き起こしてしまう。

そして、そこには。
過去2巻でも、その存在が見え隠れしていた、第三の勢力の姿も朧に
浮かんできつつある。

艦隊運用的には、かつてない危機的状況下において。
大いなる犠牲を(本意でもなく)支払わされたギアリーが取った、
起死回生の策とは?


本書は、その策へのアプローチを開始した、実にいいところで幕を
閉じる。

帯コピーによれば、次巻(第4巻)は本年11月に発売予定だそうだ。

後、3ヶ月か。
それまで、アライアンス艦隊とシンディック艦隊の艦隊運動模式図
でも起こして、待つとするか!


(この稿、了)


(付記)
しかし、世の中には偉い人もいるもんだ。
多岐にわたる艦船名。今回発売された第3巻で、ようやく一覧が付与
されたが、艦長名も無いんじゃ全然資料にならないよ!と思っていたら、
作成してくださっていた方がいらっしゃいました

いやあ。非常に判りやすい。
ありがとうございました。鐵太郎(てつたろ)氏に、感謝を。


同じく、艦隊フォーメーションについても、Captain FleetさんのHPに
勉強させていただいた
。こちらも、感謝を。



いいところで終わった第3巻。
今から、晩秋の訪れが待ち遠しくてならない。
彷徨える艦隊3 巡航戦艦カレイジャス (ハヤカワ文庫 SF キ 6-3)
ジャック・キャンベル
早川書房

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彷徨(さまよ)える艦隊〈2〉特務戦隊フュリアス (ハヤカワ文庫SF)
ジャック キャンベル
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そして、伝説はここから始まった!
お盆休み、是非三巻まとめていかがでしょうか?(笑)
書評はこちらから
彷徨える艦隊 旗艦ドーントレス (ハヤカワ文庫SF)
ジャック・キャンベル
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