活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

面白南極料理人 笑う食卓

2009-08-11 00:00:22 | 活字の海(読了編)
著者:西村淳 新潮文庫刊 定価:400円(税別)
初版:平成18年6月1日発行(入手版)


前作の「面白南極料理人」は、その抱腹必至な内容にも拘わらず、
素人にも南極での越冬という稀有な追体験が出来る名著であった。

その読後の熱(寒?)も覚めやらぬうちに、中身も知らずに勢いで
購入したのが本書である。


こちらの本は、前作とは少し趣向を変えてある。
どちらも、著者の南極越冬体験がベースとなっているが、

 ・本書では、著者が参加した2回の越冬隊活動(30次、38次)の
  両方のエピソードが盛り込まれている。

 ・各センテンスの主題は、あくまで料理。それに因んで発生した
  様々なエピソードを、例によっておっさんの居酒屋語りとも
  言うべき軽妙かつ聴き馴染んだ口調?で書き下ろしてくれる。

 ・取り上げられた料理のレシピが、丁寧に解説されている。

という3点が大きく異なる点である。

どちらかと言えば、前作が越冬隊の料理人による活動記とすれば、
本作は料理人が越冬隊活動中に作った様々な料理にまつわる
エピソードとレシピを紹介する、と考えてもらえば宜しいかと。


このように、主題は同じながらも執筆の観点がやや異なる二作であるが、
それぞれの特徴が有り、共に読んでいて楽しい本となっている。

著者の、料理や人に対する考え方は、前作から一環している。
それが故、本書も安心して読み進めることが出来る。

その考え方とは。
すなわち、料理に対しても人に対しても柔軟かつ大胆、かつ遊び心を
トッピングして対処することだ。

勿論そうした思いのベースには、海上保安庁という著者が元来所属
する組織にて叩き込まれたのであろう、各々が果たすべき責任への
思い入れがしっかりと基礎を造っている。

そうでなければ、男ばかり10人にも満たない閉鎖された空間と
メンバーの中で、相互に信頼関係を築きながら1年もの共同生活を送る
ことが出来よう筈も無いだろう。


その思いが最も顕著に現れたのは、第1章。
第30次越冬隊として初めて昭和基地に乗り込み、自分の持ち場である
キッチンに足を踏み入れたときのエピソードである。

その余りの乱雑さと汚れ度合いの酷さに、しかもその場の責任の一端を
担うのが、自分と同じ海上保安庁から派遣されたものだという点が、
著者の怒りを誘発し、前任者に対して怒鳴り声を上げさせたに違いない。

ここを読んで、ふと感じたこと。
自分がそうした状況に遭遇したときに、きちんと怒ることが出来る
だろうか?

こうなるには事情も有ったんだろうとか、いきなりの罵声は失礼だとか。
自分ならテンションは上がっても、つい色々考え込んでしまい、
それをそのまま発現させることは相当に難しいのではと思えてしまう。

それが出来るのは、自分なら少なくともこうはならないという絶対の
自負と自信があるときだけだろう。

自分が今まで培ってきたものを振り返った時。
果たして、どの分野で、そこまでの思いを持つことが出来るのか。
つい、思い返してしまう。


もっとも。そうした重めの話しばかりでは勿論なく。
殆どは、南極という素材も調理法も限られた空間で、他に大して
楽しみも無い状況下にある隊員達に対して、如何にしてその食に
対する欲望を充足し続けるか?という命題を抱えて。
時に果敢、時に無鉄砲、ユーモラスに挑戦し続ける著者の奮戦振りと、
その成果としてのオリジナルレシピで埋められるのだけれど。

その一例を紹介すると…。

 ・鹹水(かんすい)無しで打ち上げるラーメン
 ・カセットコンロ以下の火力で作る炒飯
 ・皮を巻かない(巻けない)で作るシュウマイ
 ・脂も旨味も抜け落ちたボソボソ鮭から作るムニエル

その他、窮鼠猫を噛む、いや、汝求めよ、されば与えられん的な、
オリジナリティ溢れるレシピの数々。

それにしても。
そうして、苦心と創意の末に、会心の料理を作り出せたときに。
著者は、なんて嬉しそうな口調でそれを語るのだろう。

その文体に触れるだけで、著者の作る料理を食べたくて仕方が無く
なってきてしまうではないか。

とはいえ。
今から、海上保安庁に入隊することも適わぬ身なれば。

せめて、本書で著者が書き起こしてくれた数々のレシピを再現する
ことで、その一端を味わうこととしよう。

(この稿、了)

笑う食卓―面白南極料理人 (新潮文庫)
西村 淳
新潮社

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こちらが元祖。
出来れば、やはりこちらから読んで欲しい。
南極越冬隊の全体像を把握してから本書に移った方が、より楽しめると
思うからである。
面白南極料理人 (新潮文庫)
西村 淳
新潮社

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二作それぞれに微妙な紹介のされかたをしている、不肖宮嶋による
南極越冬隊同行記(といっても、期間限定だけど)。
不肖・宮嶋南極観測隊ニ同行ス (新潮文庫)
宮嶋 茂樹,勝谷 誠彦
新潮社

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