壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

蓮の実飛ぶ

2008年10月22日 21時54分51秒 | Weblog
        さればこそ賢者は富まず敗荷     蕪 村
 
 青々と茂っていた蓮の葉が、秋風が吹き始めるとしだいに破れて風に鳴り、寂寞とした姿になる。これを俳句の世界では、敗荷(やれはす・やれはちす)、破れ蓮などという。
 蓮は日本人の生活に密着したもので、蕪村などは早くから敗荷の風情に俳味を発見していた。蓮の実が熟れて飛ぶのも敗荷のころである。

        蓮破る雨に力の加はりて     青 畝

 夏の日を華やかに咲きつづけた蓮池に、まれに遅れ咲きの花を見ることはあっても、破れた蓮の葉が傾き、時雨が降り注ぐこの頃には、蓮池を訪れる物好きな人はあまりない。
 人気(ひとけ)のない池の端にたたずんで、いたずらに重なりあった破れ蓮を見渡すとき、あたかもそれは、鬼気迫る廃墟に立つにも似た、不気味さを感じるものである。
 まして、その葉陰から、にょっきり突き出した花托が、もうすっかり実の飛び散った、穴ばかりのうつろな姿を見せているのは、ひとしお侘しいものである。

 蓮の実は、未熟なうちは柔らかくて甘味があり、皮をむいて、生のまま食べることもできるし、ご飯に炊き込んでも風味があり、乾燥して砂糖漬けにしたのは、中国料理の点心として重宝されている。
 ところが、この蓮の実も、秋が深まり熟すると、石のように固くなるので、「石蓮子(せきれんし)」と呼ばれ、とても口には合わない。
 かつて、大賀一郎博士の実験で、二千年前の泥炭の中から発見され蓮の実が芽を出し、花を咲かせたことがあった。それも、この石のように固い皮のお蔭であった。

        静さや蓮の実の飛ぶあまたゝび     麦 水

 その石のように固い蓮の実が、子房から抜け出て、水の中へ飛び込むのを、俳句の季語では、「蓮の実飛ぶ」というのである。


      蓮の実の飛んで禅寺煙出す     季 己