すずきせいこの「日々雑感」

政治や暮らし、孫のことから平和・原発問題まで“本音でしなやかに”・・・

“桜を切る馬鹿”のジオパーク糸魚川市

2018年10月09日 | 日々思うこと

昨日の元特攻隊の方の若い世代への「馬鹿だなあ」に続き、今日も悲しくなることが発生です。春には地域住民や行き交う人たちを楽しませてくれた須沢地区の「健康づくりセンターはぴねす」敷地内の児童遊園地の桜の木すべてが伐採されてしまいました。

先日、須沢地区に回覧版があり、健康施設はぴねすのプール建設(H32年完成)に伴い、新田浜児童遊園地を駐車場に整備するための市からのお知らせでした。回覧板では桜の木の扱いについての記載はなく、残されるばかりと思っていましたが、担当課と職員名が明記してあったので直ぐに遊園地周辺の松の木はともかく、隅っこの桜の木を切らないでと出向くつもりでしたが台風などもあって行かずじまいでした。

ところが市道八久保中脇線沿いの桜の木4本すべてが伐採で、驚きと憤りと悲しさでいっぱいです。合併前の昭和53年、旧青海町福祉センターの完成に伴い児童遊園地に植樹され、風雪に耐えながら見事な枝ぶりに毎年満開の花を咲かせ多くの人が楽しんでいただけに、直ぐに市建設課と健康増進課の担当者へ電話を入れました。

地元区長からも切らないで残してほしいと要望があったそうですが、駐車場に木の根っこが張って困るとの理由ですべて伐採となったそうです。いつもここを通りながら広い駐車場が満杯になっていることはなく、桜の木を残してもそれほどの支障はないはずで、何よりも私自身の行動が伴わなかったことを悔いるばかりです。

精霊が宿るとも言われる桜の木、樹齢40年の命あるものの伐採だけに、せめて邪魔にならない隅っこの1本だけでも残せなかったのか、その無残な姿に言葉がありません。健康づくりとは自然との共生でもあり、人は桜の花に癒されながら生きてきましたが、それを忘れたようなジオパークの糸魚川市、昨日の元特攻隊の方の「何をしているか、わかっているのか」の叫びと重なってしまいます。

“故事ことわざ”の「桜を切る馬鹿、梅を切らぬ馬鹿」で、切られてしまったものはどうしょうもなく、その残骸は隣接するゴミ焼却センターで燃やされてしまうようです。人間の営みは限りなく愚かで、いま市ゴミ焼却センター立替建設工事費は10数年前の建設時の2倍の約58億円になり、その知恵と工夫も行政からは見えません。

そういえば3年ほど前、美山公園の害虫被害で朽ちてしまった桜の木の伐採後、市広報紙で市民へ活用(譲渡)を呼びかけていたことを思い出しました。40年も逞しく生き続け、健康づくりセンターの記念樹ともなりえる桜の木だっただけに、その見事な年輪を見るに付け、何とか活用される方法はないものでしょうか。でも今、それをジオパークを叫ぶ糸魚川市に求めても無駄のようで、夕食も喉に通らぬ辛く悲しい終日です。


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