美術界のMr.オクレ、古谷利裕が本を出したらしい。もともと文化的にオクレていた人なのだけれども、保坂和志とつるむようになってから、ますますオクレてきているようだ。書店でその本を手に取った瞬間、「うわあ、オクレてるー!」と思った。その装丁とともに、古谷の文章から滲み出すこの「オクレ感」は何なのだろうか。いまどき「ボヴァリー夫人」はないだろうに。いまさら「ウテナ」はないだろうに。それでもリンチや岡崎を語ればオクレていないとでも思っているのだろうか。しかしこの評論のオクレ感は、語る対象がオクレているからというより、古谷自身のその特異な体質から滲み出して来ているのだろうと思う。だから古谷に評論されたら、たまったもんじゃない。誰のどんな作品もあっという間にオクレてしまうことになる。これまでもセザンヌで村上隆をオクレさせ、この本でもマティスで横尾忠則をオクレさせている。どこまで現代のアーティストをオクレさせれば気が済むというのだろう。作家はこの美術界のMr.オクレに気をつけたほうがいい。
【追記】 とはいえ日本の美術評論界はMr.オクレの巣窟だといっていい。ブログに限っても、ほとんどの奴はMr.オクレだ。たとえば、この井上治幸殿のオクレ度はハンパじゃない。文章はもとよりプロフィールの写真からしてオクレており、というかオクレているのを自慢しているかのようだ。井上殿はホンモノのオクレだ。あと彦坂尚嘉も取り返しがつかないほどのオクレ感を見せている。自覚はないのだろうか。(ちなみに上の写真のいちばん左のメガネの人が彦坂氏である)
【追記】 とはいえ日本の美術評論界はMr.オクレの巣窟だといっていい。ブログに限っても、ほとんどの奴はMr.オクレだ。たとえば、この井上治幸殿のオクレ度はハンパじゃない。文章はもとよりプロフィールの写真からしてオクレており、というかオクレているのを自慢しているかのようだ。井上殿はホンモノのオクレだ。あと彦坂尚嘉も取り返しがつかないほどのオクレ感を見せている。自覚はないのだろうか。(ちなみに上の写真のいちばん左のメガネの人が彦坂氏である)