最近、芸術が馬鹿になった。というか「馬鹿だから芸術やるしかない」みたいな連中が増えてきた。そういう連中にはそもそも「無知の知」が無いから、自分が何を知らないかを知らない。だからあるいは自分が馬鹿であることに気が付いていないのかもしれない。なにしろアートとイラストの区別さえ付いていないのだから、もうどうしようもない。マルセル・デュシャンもセザンヌも知らない。ただ楽しければ、面白ければアートだと思い込んでいる。ちょっとでも理論的に批判してしまえば、連中はすぐ泣く。顔をくしゃくしゃにしながら、わんわん泣く。心のこもった「気持ち」や「愛」や「笑顔」がなにしろ大事だというので、そこでは批評行為は殺人行為と同じだ。何か言えばすぐ「アートが死んじゃうよ」となる。もはや批評家は強姦魔であり精神異常者だ。
でも本当は違う。白痴に芸術はできない。現代に生きるアーティストに必要なのは、レベル以上のインテリジェンスなのだ。そのためには、なによりまず自分が何を知らないか知らなくてはいけない。知らないことが何なのか分かれば、あとはそれを知るために勉強するだけだ。本を読んだり人に教わったりすればいいだけだ。そうしないと、いきおい「魂」や「命」の話しかできなくなる。学ぶことを忘れた傲慢なアーティストは、みんな「芸術は生命現象だ」とか「宇宙の真理だ」とか分けの分からないことを言い出すのだ。それこそ頭がどうにかしている。気が狂っている。
だから学校を出てからも勉強し続けなくてはならない。むしろアーティストだからこそ、つねに何かを学び続けなくてはならないのだ。そんなのはあたりまえのことだ。言うまでもない。
慶應義塾湘南藤沢キャンパス
http://gc.sfc.keio.ac.jp/
とりあえず福田和也による「現代思想」の講義は修めておきたい。そしてあなたがもし女性なら「ジェンダーと近代」の講義も役に立つだろう。でたらめに思想用語を振りかざしても芸術的には無意味である。
東京大学大学院学際情報学府
http://iiionline.iii.u-tokyo.ac.jp/
水越伸による「メディア表現論」、あるいは石田英敬の「情報記号論」などがお勧めだ。パソコンを使えればメディア・アーティストになれるわけではない。
でも本当は違う。白痴に芸術はできない。現代に生きるアーティストに必要なのは、レベル以上のインテリジェンスなのだ。そのためには、なによりまず自分が何を知らないか知らなくてはいけない。知らないことが何なのか分かれば、あとはそれを知るために勉強するだけだ。本を読んだり人に教わったりすればいいだけだ。そうしないと、いきおい「魂」や「命」の話しかできなくなる。学ぶことを忘れた傲慢なアーティストは、みんな「芸術は生命現象だ」とか「宇宙の真理だ」とか分けの分からないことを言い出すのだ。それこそ頭がどうにかしている。気が狂っている。
だから学校を出てからも勉強し続けなくてはならない。むしろアーティストだからこそ、つねに何かを学び続けなくてはならないのだ。そんなのはあたりまえのことだ。言うまでもない。
慶應義塾湘南藤沢キャンパス
http://gc.sfc.keio.ac.jp/
とりあえず福田和也による「現代思想」の講義は修めておきたい。そしてあなたがもし女性なら「ジェンダーと近代」の講義も役に立つだろう。でたらめに思想用語を振りかざしても芸術的には無意味である。
東京大学大学院学際情報学府
http://iiionline.iii.u-tokyo.ac.jp/
水越伸による「メディア表現論」、あるいは石田英敬の「情報記号論」などがお勧めだ。パソコンを使えればメディア・アーティストになれるわけではない。