隅の老人のミステリー読書雑感

ミステリーの読後感や、関連のドラマ・映画など。

1246.原島弁護士の愛と悲しみ

2012年05月01日 | リーガル
原島弁護士の愛と悲しみ
読 了 日 2012/04/25
著  者 小杉健治
出 版 社 光文社
形  態 文庫
ページ数 302
発 行 日 2008/04/20
ISBN 978-4-334-74408-3

 

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題作を含め全5編を収めた短編集。先月読んだ「絆」で、水木弁護士からバトンタッチされた原島弁護士の説明で、“弁護士稼業から遠ざかっていた”とあったが、最初に収められた表題作でもある「原島弁護士の愛と悲しみ」の最後で、その意味が分かる。
僕はシリーズもお構いなしに、ランダムに読むから後になって先に書かれた作品を読むことによって、なるほどと思うことは少なくない。別段大きな支障があるわけではないから、気にもしていないが、やはりシリーズ作品は順序良く読むに越したことは無い、と自覚もするが・・・・。そうそう上手く事が運ばないのが世の常だ。
著者の裁判ドラマは、決着したかに見える裁判が終わってから、もう一波乱あるところが特徴で、裁判に関わる人々の複雑な人間関係が明らかになっていく過程がスリリングだ。
この短編集の中では裁判に関わるストーリーは表題作だけだが、短い中に衝撃的な謎が隠されており、真相は推測できるものの実態は“藪の中”といった具合だ。あまり書くとネタバレになる。

 

 

収録された5編のストーリーはみな主人公の職業が違っており、表題作の弁護士をはじめとして、警察官、商社マン、交通刑務所の刑務官、そして精神医学者という、それぞれの立場の中での事件や謎を追う形になっている。どれもが簡単な話ではなく、千街晶之氏(解説)によれば「アクロバティックな技巧」ということだ。
複雑な人間関係や、想像しえないような登場人物たちの思いが交錯して、形作る事件の真相が解き明かされるとき、あっと驚かされる。
単純な僕はますます著者の作品の虜となり、「もっと読まなくては…」という気にさせられるのだ。
表題作では、先に書いたようにこの事件をきっかけに、原島弁護士は弁護士会に退会届を出して、弁護士業から身を引くことになるという、重要な裁判劇が描かれる。

 

 

島弁護士はかつて交通事故とは言いながら、最愛の妻と娘を失っていた。その加害者は無軌道ともいえる若者で、家族でさえ見放していた。
さて、江戸川区で起きた母娘殺害事件の容疑者の弁護をしていた国選弁護人は、依頼者が全く反省の態度も見せず勝手な言動を繰り返すことに手を焼いて、国選弁護人を降りてしまうという事態が持ち上がった。
そうした事件に進んで弁護を引き受けたのが原島弁護士だった。ところがその容疑者とは原島弁護士の妻と娘を殺した青年だったのだ。警察や、検察の調べに対して容疑を認めた容疑者の弁護にあたった原島弁護士は、公判の場で何と無罪を主張したのである。

僕は最初に収録されたこの1篇だけで、この本1冊分の価値があると思った。終末部分が少しリドルストーリーめいたところもあって、先に“藪の中”と言ったのはそういうことなのだ。
だが、すべての作品を読み終わって、表題作以外の4篇も負けず劣らずのまさにアクロバティックという、千街氏の言うとおりの作品で圧倒された。短い中に詰め込まれた複雑なドラマは、説明的になるデメリットを多少感じるところもあるが、幾重にも込められた謎が解き明かされていくミステリーの醍醐味を味あわせてくれる。

 

初出(オール讀物)
# タイトル 発行月・号
1 原島弁護士の愛と悲しみ 1983年9月号
2 赤い記憶 1984年9月号
3 冬の死 1985年7月号
4 愛の軌跡 1985年9月号
5 牧原博士、最後の鑑定書 1983年
(第21回オール讀物推理小説新人賞候補作)

 

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