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じつに「サルらしい顔」になってきた暁新世の霊長類…それでも「空白の2000万年間」に、横たわる「ヒト直系祖先の謎」 5/20(月) 6:43配信

2024-05-20 23:22:42 | 日記
じつに「サルらしい顔」になってきた暁新世の霊長類…それでも「空白の2000万年間」に、横たわる「ヒト直系祖先の謎」
5/20(月) 6:43配信









現代ビジネス
photo by gettyimages


 長い長い進化の中で、私たちの祖先は、何を得て、何を失い、何と別れてきたのかーー


 約46億年と言われる地球の歴史において、生命が誕生は、遅くとも約39億5000万年前と言われています。そして、最初の人類が登場するのは、約700万年前。長い地球の歴史から見れば、“ごく最近”です。


【画像】霊長類分布の謎…南米で発見されたサルは「どうやって大西洋を渡った」のか


 しかし、そのホモ・サピエンスも、突如として誕生したわけではありません。初期生命から現在へと連綿と続く進化の果てに、生まれたのです。私たち「ホモ・サピエンス」という一つの種に絞って、その歴史をたどってみたら、どのような道程が見えてくるでしょうか。そんな道のりを、【70の道標(みちしるべ)】に注目して紡いだ、壮大な物語がです。


 この『サピエンス前史』から、70の道標から、とくに注目したい「読みどころ」をご紹介していきましょう。今回は、サルらしい顔を印象付ける鼻の変化、そして安定した視野を獲得した眼窩後壁の獲得について解説します。


 *本記事は、『サピエンス前史 脊椎動物から人類に至る5億年の物語』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。


 **記事中にある「○番目の特徴」は、地球上に脊椎動物が登場してから、ホモ・サピエンスに至るまでに獲得された70の特徴の順序を示したものです。『サピエンス前史』を通してお読みいただくと、その道程がより詳しくご理解いただけます。


真っ直ぐな鼻をした直鼻猿類
アーキセブス。メガネザル類。中国に分布する始新世の地層から化石が発見された illustration by hidenori yanagisawa


 曲鼻猿類と直鼻猿類。このグループ名は、漢字そのまま、鼻の構造のちがいを指している。すなわち、曲鼻猿類では鼻の内部が曲がっており、“ヒトに至る系譜”を内包する直鼻猿類では鼻の内部が真っ直ぐだ(サピエンスに至る道標としての特徴は47番目にあたる)。


 そして、曲鼻猿類と分かれた直鼻猿類は、さらに二つのグループに分かれることになった。


 「メガネザル類」と“ヒトに至る系譜”である。


 最古級のメガネザル類の一つとして、中国科学院のニイたちが中国に分布する約5500万年前ーー始新世初頭の地層から発見・報告した「アーキセブス(Archicebus)」がいる。最古級のメガネザル類であると同時に、直鼻猿類としても最古級の存在だ。また、メガネザル類としては、最初期の種の一つでもあるという。


 ニイたちの分析によると、アーキセブスにはオモミス類と共通する特徴がみられるという。こうした点は、オモミス類が直鼻猿類の祖先であることを示す証拠になり得るとされている。


 アーキセブスの生息していた約5500万年前の時点で、メガネザル類と“ヒトに至る系譜”は袂を分かっていたという点だ。暁新世の開幕から約1100万年ほどの時間で物語はここに至っていた。


 あいも変わらず、進化は急速に進んでいたのである。


 さて、実は、ここまでみてきたすべての動物たちの頭骨には、共通する特徴があった。


 「眼窩」である。

眼の後ろに壁を獲得する
カトピテクス。真猿類。エジプトに分布する始新世の地層から化石が発見された illustration by hidenori yanagisawa


 眼球を入れる空間が頭骨にすっぽりと“開いて”いる。頭骨を見るとき、眼窩を覗けば、頭骨の内側を見ることができる。


 しかし、私たちヒトの頭骨ではそれができない。ヒトの頭骨において、眼窩は「孔」ではなく、「穴」となっている。つまり、眼窩の奥(後ろ)に壁ができていて、脳へと続く神経の通り道の小さな裂け目を除き、正面以外は塞がっている。


 この骨の壁は「眼窩後壁(がんかこうへき)」と呼ばれる。眼をしっかりと保持する役割を担う。サピエンスに至る道標(第48の特徴)といえる眼窩後壁は、メガネザル類と袂を分かったのちの直鼻猿類に獲得された。眼窩後壁をもつこのグループを「真猿類」という。「真の猿」という字面が、いよいよ、ヒトに近づいていることを示唆している。


 1996年、デューク大学(アメリカ)のエルウィン・L・サイモンズと、D・タブ・ラスムセンは、エジプトで発見された長さ5センチメートル弱の頭骨の化石を分析し、そこに眼窩後壁があることを見出した。今のところ、この頭骨の主である「カトピテクス(Catopithecus)」が、眼窩後壁が確認できる最古の種とされている。


 全身の姿についてはよくわかっていないが、真猿類という分類群を考えれば、およそ“サルっぽい”と考えておけば、当たらずとも遠からずだろう。


カトピテクスを育んだ環境
 カトピテクスの化石が産出した場所は、エジプトの「ファイユーム盆地」と呼ばれる場所だ。ここには、約3600万~約3200万年前の地層が分布している。この年代値は、始新世末から、その次の時代である漸新世初頭を指している。現在では、乾燥した土地の一つだけれども、地層の分析からカトピテクスが生きていた時代は、現在の熱帯林のものに似た植物が茂る沼沢地(しょうたくち)だったとみられている。


 カトピテクスのみならず、多くの霊長類の化石のほか、ヤマアラシ、テンジクネズミ、オポッサムなどの多様な哺乳類がいたことがわかっている。


 そんな多様な種を育む森の中で、眼窩後壁によって保持された視界は、大いに役立ったにちがいない。不安定な樹木の上で視界を安定させることは、姿勢を安定させることとともに大切だったはずだ。



2000万年近い時間に横たわる「謎」
ヒトに至る道の案内図。アダピス類、オモミス類から曲鼻猿類の関係は前回の記事を参照されたい illustrations by hidenori yanagisawa


 さて、お気づきの読者もいるかもしれない。


 アーキセブスが示唆するメガネザル類と真猿類の分岐は、遅くとも約5500万年前だ。この時点で、メガネザル類はすでに登場し、“ヒトに連なる系譜”とは別の道を歩み始めていた。


 そして、“最古の真猿類の化石”であるカトピテクスの化石は、約3600万年前である。


 両者の間、真猿類が登場したとされる“理論上の時期”と、“最古の化石”の間には、実に2000万年近い時間が空いている。


 眼窩後壁は、真猿類の最も重要な特徴とされるものの、じつはさほど丈夫ではない。原始的な眼窩後壁ほど脆もろいとされており、化石化の際に壊れやすかったとみられている。そうなると、発見は至難といえる。事実、カトピテクスの眼窩後壁が報告されて以降、四半世紀以上の歳月が経過しているにもかかわらず、カトピテクスより古く、原始的な眼窩後壁をもつ真猿類の化石は発見されていない。


 こうなると、真猿類の登場時期と、最古の種の姿が気になってくる。


 これが謎だ。


 さらに言えば、前回の記事でに書いたように、オモミス類とアダピス類の関係も不鮮明であり、当然のことながら、その先にあるメガネザル類との関係にも疑問符がつけられている。混沌としており、今後の発見と研究の進展に期待したいところである。


 さて、真猿類はその後、二つのグループに分かれた。


 一つは「広鼻猿類(こうびえんるい)」であり、もう一つは「狭鼻猿類(きょうびえんるい)」である。続いて、この二つのグループについて見ていこうと思う。


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サピエンス前史 脊椎動物から人類に至る5億年の物語
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ブルーバックス編集部(科学シリーズ)


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