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景気懸念再燃、ボラティリティー上昇も=今週の米株式市場 9/8(日) 13:35配信 ロイター

2024-09-08 16:22:49 | 日記
景気懸念再燃、ボラティリティー上昇も=今週の米株式市場
9/8(日) 13:35配信
ロイター

 米株式市場では予想を下回る雇用統計を受けて景気の先行き不透明感が強まっている。
Lewis Krauskopf David Randall

[ニューヨーク 6日 ロイター] - 米株式市場では予想を下回る雇用統計を受けて景気の先行き不透明感が強まっている。市場は金融政策や大統領選を巡る思惑、高値警戒感を背景にすでに不安定な展開となっていたが、今後一段とボラティリティーが高まる可能性がある。

6日のS&P総合500種指数は1.7%急落。同日発表の雇用統計が予想を下回り、ソフトランディング(軟着陸)に向けた道筋が狭まるとの見方が浮上した。

今月17─18日の連邦公開市場委員会(FOMC)では利下げが予想されているが、これまでの高金利が経済を圧迫し始めているとの懸念が再燃している。

エドワード・ジョーンズのシニア投資ストラテジスト、アンジェロ・クールカファス氏は「今回の雇用統計ではソフトランディングの軌道が維持されていることが明らかになったが、一段の下振れリスクがあり、市場は神経質になるだろう」とし「ボラティリティが上昇するという予想には現実味がある」と述べた。

6日の株式市場では半導体大手のエヌビディア4%以上下落。約1カ月ぶりの安値近辺で取引され、他の大手ハイテク株にも売りが出た。

「恐怖指数」と呼ばれるVIX指数は約1カ月ぶりの高水準に上昇した。

トゥルーイスト・アドバイザリー・サービシズのキース・ラーナー共同最高投資責任者(CIO)は「FRBの対応が迅速さや強力さに欠け、不吉な事態を防げないのではないかとの懸念が出ている」と述べた。

先物市場は今月の25ベーシスポイント(bp)利下げの確率を約70%、50bp利下げの確率を約30%と予想しているが、不透明感は強い。

LPLファイナンシャルのチーフ・グローバル・ストラテジスト、クインシー・クロスビー氏は「労働市場が新型コロナウイルス流行前の水準に向かって正常化しているのか、経済が危険なほど勢いを失っているか。市場もFRB同様、この問題に取り組まざるを得ない」と述べた。

シティのアナリストは今回の雇用統計で今月の50bp利下げが正当化されるとし「労働市場は景気後退(リセッション)に先立つ古典的なパターンで冷え込んでいる」との見方を示した。

9日から始まる週に発表となるインフレ指標で経済動向が一段と明らかになり、FRBの利下げ幅を巡る市場予想が収れんすることも考えられる。

バリュエーションに対する懸念も再燃している。S&P総合500種指数は今年13%以上上昇。LSEGデータストリームによると、12カ月先予想PER(株価収益率)は5日時点で約21倍と、長期平均の15.7倍を大幅に上回っている。最近のハイテク株下落にもかかわらず、S&P情報技術セクターの予想PERは28倍超、長期平均は21.2倍だ。

イントレピッド・キャピタル・マネジメントのポートフォリオマネジャー、マーク・トラビス氏は「われわれは比較的短い期間で大きな進展を遂げてきた。一部の企業の間ではAI(人工知能)が本当にコストに見合うのか計算する動きが出始めている。これは大手ハイテク株も重しになるだろう」と述べた。

終盤戦に入りつつある米大統領選への注目も集まっている。10日には民主党候補ハリス副大統領と共和党候補トランプ前大統領がテレビ討論会で初対決する。

9月は歴史的にみて株価のパフォーマンスが悪い。CFRAの1945年以降のデータによると、S&P総合500種指数は9月に平均0.8%近く下落し、月間ベースで最大の下げを記録。今年9月はすでに4%下落している。

NFJインベストメント・グループのシニア・ポートフォリオ・マネジャー、バーンズ・マッキニー氏は「投資家は『ソフトランディングを期待しよう』と言っている。まだその可能性はかなり高いと思えるが、雇用指標が悪化するたびにそれが基本シナリオとなる可能性が低下していく」と語った。

心身の疲れが限界なら「自信を持って逃げる」が大事 専門家「疲労と、疲労感は違う」

2024-09-08 16:08:36 | 日記

心身の疲れが限界なら「自信を持って逃げる」が大事 専門家「疲労と、疲労感は違う」
9/8(日) 11:02配信
AERA dot.

ストレスを感じたときに行う意図的な行動を「コーピング」という。その方法が多いほど、ストレスを上手に和らげることができるといわれている(写真:写真映像部・和仁貢介)

 疲れが取れないのに、頑張りすぎていないだろうか。疲労で心身が参ってしまったら「逃げる」という選択もありだという。AERA 2024年9月9日号の「最強の回復法」特集より。

【チェックリスト】「あなたの疲れはどのタイプ?」はこちら

*  *  *

 疲労回復のための「能動的な休養」は大切だが、心身の疲れが限界値を超えそうなとき、あえて後ろ向きの「逃げる」選択肢もある、と指摘する人もいる。

 体やまぶたが重い。頭に白いモヤがかかっている。うつまではいかないけど、「今ここにいる」という感じがしない。重力が5倍になったように感じる──。こうした症状について、『心療内科医が教える本当の休み方』の著者で医師の鈴木裕介さんは「体が店じまいの合図を出しています」と話す。

 いつ逃げるべきかは、人や事情による。ただ、冒頭のような状態が、2週間以上、慢性的に続けば、活動性を下げることを考えた方がいいという。

「本来はアクセルがかかる場面でかからないことが長らく続いているなら、カフェインなどをとって無理やり頑張る時期ではないかもしれません」

 意欲がわかなくて、動けない。そんな時は──。

「体の声に従って動かないでください。体が欲する逃げ方をするのが一つの手です」

 あの人に会ったら楽しいかもしれないけど、かえって疲れるかも……。

「ストレスに対処するための行動を『コーピング』といい、さまざまな方法がありますが、落ちているときは、より『低コスト』なものを選ぶのが原則です」

 そもそも人と会ってお茶をするのは、高コストなコーピングだ。気持ちが落ちているときに「最近どう?」と聞かれたら、ジャッジされるようで頭が痛くなることも。

■休みは自分の身を守る

 回復のプロセスは人それぞれ。

「休んでいるときは光を浴びましょうとか、タンパク質をとりましょうと言われますが、それすらも『やらなきゃいけない』と負担に感じる人もいます。これらを行うことすらままならないのは、それほど落ちている、ということに他なりません」



 休む判断をしたけれど、それでも動けない自分が許せない……と自分を否定的に見てしまう人もいる。せっかくストレス源から離れても、自分自身のことがストレスになれば休めない。そんな人への処方箋は──。

「低活動な状態に入っている状況を肯定的に受け取ることを提案します」(鈴木さん)

 休みとは、自分の身を守り、回復するための必要な時期なのだ。万物には“リズム”があるという。夏が来た後、秋になって、冬になる。自然の摂理と同じように、人には活動性の高い時期、低い時期がある。

「活動性、生産性が高い状態を周囲から求められ続けたら、どうしても無理が生じます。例えるなら、本来は四季があるのに、ずっと夏のままでいてほしいと地球の公転を無理やり止めるようなものです」(同)

 休むことで一時的に周囲からの評価が下がったとしても、長期的に考えれば、心身を守るためにペースを落とした方がよさそうだ。こんなふうに見積もることも「逃げる技術」だという。鈴木さんは言う。

「日々疲れがちな人は、何のために頑張るか、優先順位を付けたほうがいいです」

 疲労を抱えやすいのは、真面目な人、あるいは他者本位な人、責任感が強く、完璧主義の人。疲労が蓄積していても、何でも「一生懸命やります」という姿勢のため、むちゃを主張する人に搾取されがちだ。

「博愛主義的であるかもしれませんが、誰が自分を大事にしてくれるか見極めるのもスキルです。自分の負荷を減らす選択を一度もしたことがない人は、将来的に“ケガ”をするリスクが非常に高いと思います」(鈴木さん)

■疲労と疲労感は違う

 逃げたらどうなっちゃうの?と躊躇(ちゅうちょ)している人へ。

「本当につらいときには、評価が下がるなら死んだほうがマシだという思考になってしまう方もいます。逃げることで起こるリスクを大きく見積もってしまいますが、その悲観性も『症状』のひとつと言っていいでしょう。逃げることによって起きる懸念を検討し、引き受けられるなら、自信を持って逃げましょう。それも技術です」(同)



「攻めの休養」の大切さを説く日本リカバリー協会の片野秀樹さんも、疲労で心身が参ってしまったとき、その原因であるストレスから「いったん離れる」こと、「疲れたら逃げてもいい」というマインドを持つことは、必要なことだと話す。

「そのとき大事なのは、『疲労と、疲労感は違う』ということをきちんと理解することです」

 疲労感とは、疲労が存在することを自覚する感覚。しかし、ときに私たちは疲労があるにもかかわらず、疲労感を一時的にマスキング(上から覆い隠すこと)できてしまうのだ。

「動物は疲労と疲労感を必ず一致させています。疲労で動けない状態なのに動くと捕食されてしまうから。でも脳が発達した私たち人間は、仕事への使命感、褒賞への期待、がんばっている自分に酔ってしまう──などで、一時的に疲労感を忘れてがんばれてしまう。問題は、このマスキングを恒常的に繰り返してしまうことです」(片野さん)

 いわば疲労と疲労感が「乖離(かいり)」することで、少し休んだ程度では回復しなくなり、疲労の負債化が始まる。これが非常に危険だと、片野さんは言う。

「ストレスからのデタッチメント(分離)の方法を何らかとり、疲労と疲労感が乖離した状態をいったん、元に戻す。慢性的で致命的な疲労につながらないためにも、重要なポイントです」

(編集部・小長光哲郎、井上有紀子)

※AERA 2024年9月9日号

アングル:中国にのしかかる「肥満問題」、経済低迷で食生活悪化 財政負担増も 9/8(日) 8:02配信 ロイター

2024-09-08 15:50:16 | 日記
アングル:中国にのしかかる「肥満問題」、経済低迷で食生活悪化 財政負担増も
9/8(日) 8:02配信
ロイター

 9月2日、経済が低迷する中国では、今後国民の間に肥満が急増して医療費が膨らむ可能性があり、新たな財政的課題として浮上している。深センの飲食店街で2022年5月撮影(2024年 ロイター/David Kirton)

Farah Master Andrew Silver

[香港/上海 2日 ロイター] - 経済が低迷する中国では、今後国民の間に肥満が急増して医療費が膨らむ可能性があり、新たな財政的課題として浮上している。背景にあるのは経済問題や都市化、雇用構造の変化だ。

中国の肥満問題には、双子の課題がある。まず、長引く低成長で消費者はより安価だが不健康な食べ物に依存せざるを得なくなってきている。そして、技術革新を通じた近代化・自動化の取り組みに伴い、運動量が乏しいデスクワークなどの仕事に従事する人が増えている。

例えば住宅やインフラ施設が十分に整備された結果、建設や工業に従事していた何百万人もの労働者は近年、ライドシェアや料理宅配サービスの運転手などに仕事を切り替えつつある。

一方、デフレ的な環境にあって、消費者は食事でも価格を重視。中国のファストフード市場は来年に1兆8000億元(37兆円)と、2017年の8920億元から大幅に拡大するとの試算も出ている。親が子どものスイミングスクール費用等を減らす例も出ている。

地域別に見ると、都市部は仕事のストレスや長時間勤務、ひどい食生活がリスク要因で、農村部は不十分な医療体制のために肥満への対応が整わない場合が多い、と医師や研究者らは話す。

米シンクタンク、外交問題評議会のグローバルヘルス上席研究員を務めるヤンチョン・フアン氏は「経済の下振れはしばしば、人々の生活スタイルに変化をもたらす。食事習慣は不規則化し、社会活動が減るかもしれない。日々の習慣が変われば肥満と、その結果として糖尿病が増えかねない」と語り、肥満率が飛躍的に上昇を続けて医療体制に負荷がかかると予想している。

7月には中国国家衛生健康委員会(NHC)幹部が、肥満と太り過ぎが「重大な公衆衛生上の問題」を引き起こすと警告。国営通信新華社は同月、国内成人の半数以上が肥満か太り過ぎだと伝えた。この比率は、世界保健機関(WHO)による37%との見積もりよりも高い。

BMCパブリック・ヘルスの調査では、体重問題に絡む治療にかかる費用は30年までに4180億元と、医療関連予算全体の22%を占める見通しだ。22年は8%だった。

これは既に多額の債務を抱えている地方政府にさらなる負担を強いることになり、中国が成長加速に向けてより生産的な分野に資源を投入できる余地が小さくなる。

<肥満防止運動>

中国のNHCや他の政府機関は7月、国民に肥満防止の取り組みを啓発する運動を開始。「生涯やり続ける」「積極的に監視する」「バランスの取れた食事」「快眠」「運動」「達成できそうな目標設定」「家族での行動」といったスローガンを掲げた。

小中学校には健康維持のガイドラインが配布され、定期的な検診や毎日の運動、栄養士の採用、減塩や油・砂糖を控えるなどの健康的な食習慣導入を促している。

世界保健機関(WHO)の定義では、体格指数(BMI)25以上が太り過ぎ、30を超えると肥満とされる。中国で肥満に分類される人の比率は8%で、周辺の日本や韓国を上回るが、米国の42%に比べるとずっと低い。

これは1960年代までむしろ幅広い地域で飢饉を経験していた中国では、肥満が比較的新しい問題であることにも起因する。

RTIインターナショナルの医療政策アナリスト、クリスティナ・マイヤー氏は「中国は疫学的な移行期にあり、栄養不良に付随する病気に代わって、不健康な食事やほとんど動かない生活スタイルによる病気が増えてきている」と分析した。

<子どもの肥満対策>

複数の医師は、急速な都市化に消費者や労働者が適応していく中で、多くの太り過ぎの人々が肥満の域に踏み込む恐れがあるとみている。

韓国・成均館大学の経済学者ジュン・スンキム氏は「経済悪化で所得が目減りすれば、ファストフードなど質の低い食品の消費拡大につながりかねない。それが今度は肥満の原因になるのではないか」と話す。

都市化とともに広がっている長時間勤務も懸念されている。朝9時から夜9時まで、週6日働くことを意味する「996」の文化を背景に、肥満患者の一部が食べることで仕事のストレスを解消していると報告する医師もいる。

中国の男子児童の肥満率は、1990年には1.3%だったが、22年には15.2%に跳ね上がった。それでも米国の22%を下回っているが、日本の6%、英国とカナダの12%、インドの4%を上回った。女子児童の肥満率も90年の0.6%から7.7%に跳ね上がっている。

青島大学のリー・デュオ統括教授は、多くの児童が校門付近や下校途中で大量の塩分や油、砂糖が入ったスナックを買っていると指摘し、政府は食品企業や学校、地域社会、小売店と連携してジャンクフードないし甘く味付けした飲料を原因とする肥満のリスクをもっと伝えるべきだと訴えた。

さらに「学校でジャンクフードと砂糖入り飲料の販売を禁止し、学校周辺の特定範囲でジャンクフード販売店をゼロにしなければならない」と提言している。

スティーブ・ジョブズが語った「成功を50%決定づける要因」 9/8(日) 12:21配信 ライフハッカー・ジャパン

2024-09-08 15:40:10 | 日記
スティーブ・ジョブズが語った「成功を50%決定づける要因」
9/8(日) 12:21配信
ライフハッカー・ジャパン



Appleの象徴的な共同創業者であるスティーブ・ジョブズは、その先見の明と妥協のない情熱で知られていました。

1995年、インタビュアーのダニエル・モローは彼にこんな質問をしました。

「今日の若者が成功するための要因は何でしょうか?」「大先輩としての立場で若者に助言するならば、彼らが避けるべき落とし穴は何でしょうか? 」と。

これらの問いに対するジョブズの答えには、成功を追求する過程でしばしば見落とされがちな核心的な原則が凝縮されています。

成功する起業家とそうでない起業家を分けるものは何か。

その約半分は真の忍耐力を持っているかどうかです。

彼のこの言葉は、人間として根本的なものに回帰するものです。

つまり、ただひたすら前進し続けようとする意志のこと。これこそが「真の忍耐力」が意味することなのです。
「真の忍耐力」がもたらすもの

あなたはこれまで、目標に対する揺るぎない決意を持った誰かに出会い、その人の粘り強さに感動したことはありますか?

その人物は、もしかしたらあなた自身かもしれません。もしそうなら、あなたはスティーブ・ジョブズと共通点があります。

困難や障害、そしてがんとの戦いの中で落胆に直面しながらも、ジョブズは「真の忍耐力」こそが、明確な目的と使命感に本質的に結びついていることを理解していました。

そして、この忍耐力こそが、彼を最後まで支え続けたのです。忍耐力は、その相棒である「情熱」なしには成り立ちません。ジョブズはこのように述べています。

家庭を持ちながら、会社立ち上げの初期段階で働くなんて想像もできません。それができた人もいるでしょうが、とても大変だと思います。

しばらくの間、ほぼ毎日、1日18時間働くことになるでしょう。強い情熱がなければ生き残れません。途中で諦めてしまうでしょう。

要するにジョブズが言いたいことは、情熱なしに起業しようとしても無理だということです。情熱こそが、忍耐力を加速させて大きなアイデアを生み出し、大きな問題を解決し、世界をより良い場所にする原動力となるのです。

忍耐力とはレジリエンス
そうです。成功するかどうかの約半分は忍耐力で決まるのです。

忍耐力とは、単に一生懸命働くことや、親からよく言われたような「自分の力で立ち上がる」ことだけではありません。

忍耐力とはレジリエンス(しなやかさ、回復力)のことです。それは、適応する力や、必要に応じて方向転換する力、そして道が不明確で障害が多いときであっても、前進し続ける力のことです。

多くの起業家が成功したのは、諦めることを拒否したからです。スティーブ・ジョブズ自身もキャリアのなかで数々の挫折に直面しました。

自らが共同設立したAppleから追放されたこともありました。しかしそれでも、ジョブズは諦めませんでした。

諦めるどころか、彼は挫折を原動力にして前進し、最終的にはAppleに戻り、同社を前例のない成功へと導きました。



「真の忍耐力」にもポイントあり

挫折に耐え、困難を乗り越え、大きな目標に集中し続ける力が、最終的には成功する人と成功しない人を分ける要因です。以下のポイントを覚えておくと良いでしょう。

失敗を挑戦の一部として受け入れること。 失敗は終わりではありません。成功への道の一歩です。そこから学び、適応し、前進し続けましょう。
たくましい心構えを育てること。 挑戦を予期し、それに正面から立ち向かう準備をしましょう。障害を成長と改善の機会と捉える心構えを養いましょう。
情熱的であり続けること。 自分が情熱を傾けられるものを見つけましょう。そして、その情熱を忍耐力の原動力にしましょう。自分が大好きなことをしていると、その挑戦の道のりはより耐えやすいものとなります。そして成功を達成したときの喜びは、さらに大きくなります。
サポートを得られる環境を整えること。 起業家としての道のりは孤独なものになりがちです。メンターや仲間、そしてモチベーションを保ち、たくましさを維持するのに役立つサポートが得られる環境を整えましょう。

長期的なビジョンに集中すること。 大局を常に意識しましょう。道のりは厳しいかもしれませんが、最終目標に集中し続けることで、浮き沈みを乗り越える助けになります。
ジョブズのアドバイスをしっかり胸に刻んでください。ビジョンを決して見失ってはいけません。

簡単な道のりではありませんが、途中で諦めずにその道を歩み続ければ、素晴らしい成果を手に入れることができます。

Source:vimeo

Originally published by Inc. [原文]

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真栄田若菜/OCiETe

幻の総合商社、鈴木商店の栄枯盛衰 華盛頓Webライター 9/7(土) 21:01

2024-09-08 04:25:29 | 日記
幻の総合商社、鈴木商店の栄枯盛衰
華盛頓Webライター
9/7(土) 21:01


現在の日本では、三菱商事や三井物産といった総合商社が勢力を誇っています。


しかしかつての日本では、売り上げが日本のGNPに1割を占める超巨大な総合商社がありました。


この記事では、戦前に隆盛を誇った幻の総合商社、鈴木商店について紹介していきます。



第一次世界大戦を機に急成長を遂げた鈴木商店
鈴木商店の創業は1874年、兵庫・弁天浜において、川越藩出身の鈴木岩治郎がのれん分けを許されて開業したことに始まります。


1886年、後に同店を支える金子直吉が奉公に入り、商店は神戸八大貿易商の一つに成長しました。


しかし1894年に岩治郎が亡くなり、夫人の鈴木よねが金子と柳田富士松に事業を託し継続します。


1899年には台湾樟脳油の専売権を取得、1902年に合名会社へ改組。


その後も製糖所や製鋼所の買収を進め、1915年以降は多くの企業を傘下に収め、大企業へと成長を遂げました。


鈴木商店は、1914年に勃発した第一次世界大戦を契機に大きく成長しました。


当初、戦争は短期間で終結し、物価が下がると予測されていました。


しかし鈴木商店は独自に情報を収集し、物価が上昇すると見込み、イングランド銀行から巨額の融資を受けて世界中で投機的な買い付けを行ったのです。


鉄や砂糖、小麦など、資金の限界まで大量に買い付けた結果、売上は急拡大します。


金子直吉は、三井・三菱を凌駕し、天下を三分する野心を抱いていました。


1919年から1920年にかけての全盛期には、鈴木商店の売上高は日本の国民総生産(GNP)の約1割、16億円に達し、三井物産や三菱商事を大きく超えていました。


スエズ運河を通過する船の1割が鈴木商店の所有船だったという話は、この企業の規模の象徴です。


しかし、1918年の米騒動では、米価の高騰で民衆の不満が頂点に達し、鈴木商店は米の買い占めを行った悪徳業者として非難され、焼き討ちされました。


後に、朝日新聞の報道が事実無根であったことが判明し、風評被害の結果であったことが明らかになります。


大蔵大臣の失言により倒産

その後、戦後の経済不況や株価の暴落が続き、鈴木商店は資金繰りに苦しみました。


1923年には、財閥として持株会社制に移行し、鈴木合名会社を設立しましたが、同年の関東大震災でさらに打撃を受けたのです。


震災後、政府の震災手形割引損失補償令により、鈴木商店は台湾銀行と共に損失を補填しましたが、最終的には巨額の負債を抱えることとなりました。


この一連の出来事が、鈴木商店の絶頂期から転換期への大きな流れを象徴しています。


鈴木商店は1927年、大蔵大臣片岡直温の「とうとう東京渡辺銀行が破綻した」という失言が引き金となり、金融不安が拡大します。


台湾銀行が鈴木商店への融資を打ち切ると、資金調達が困難となり、4月5日に事業停止・清算に追い込まれました。


さらに、鈴木商店と関係の深かった第六十五銀行も影響を受け、営業休止を余儀なくされたのです。


その後、商社部門は元社員の高畑誠一らにより「日商」(現在の双日)として再出発します。


また、金子直吉は「太陽産業」を設立し、鈴木商店の再興を図りましたが、多くの関連会社は三井財閥に吸収されました。


1933年には鈴木商店と鈴木合名会社の負債が完済され、企業としての鈴木商店は1945年に解散しました。


しかし、登記上は現在でも存在しています。


また鈴木商店の流れを汲む企業は今も存在し、2017年には本店跡に記念碑が設置され、鈴木商店の歴史が今なお語り継がれているのです。