国債の買い手、日銀だけ 物価2%の呪縛から脱せよ
金融PLUS 金融グループ次長 石川潤
金融PLUS
2023年1月9日 5:00
長期金利を抑え込む日銀の金融緩和が転機を迎えている。2022年12月に日銀は金利上限を0.25%から0.5%に引き上げたが、長期金利は年が明けてすぐに新たな上限に到達した。国債の積極的な買い手はほぼ日銀だけという状態になっている。長期金利操作の難しさは政策導入当時から意識されていた。日銀はなぜ自ら危うい橋を渡ったのか。これからどう動くのか。
異例の国債買い入れ
6日の債券市場で、長期金利の指標となる新発10年債利回りが7年半ぶりに0.5%に達した。日銀がさらなる上限引き上げに動けば、長期金利が急上昇(債券価格は急落)しかねないとの懸念が浮上。少なくとも1月17~18日の金融政策決定会合までは国債は買いにくいとの空気が強まり、金利上昇圧力が高まった。
この日、国債のほぼ唯一の買い手として存在感を見せたのが日銀だ。日銀は一定水準で国債を無制限に買い入れる「指し値オペ」などを通知し、この日だけで2.4兆円の国債を購入した。勢いづく金利上昇を何とか抑え込もうと、通知日ベースで過去最大の17兆円超の国債を買い入れた12月に続き、異例のハイペースで購入を進めている。
日銀が長期金利目標を維持できなくなると市場参加者が見透かせば、日銀への国債売却がさらに殺到して、日銀の国債保有が際限なく膨らむことになりかねない。日銀が直面しつつあるこの問題は、16年9月に日銀が現在の長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)の仕組みを導入した当時から認識されていた。
バーナンキ氏の予言
量的緩和と、YCCの中核である長期金利目標の違いは、前者が国債購入量を事前に決めて金利水準を動かそうとするのに対し、後者は金利水準を約束して購入量を変化させる点にある。バーナンキ議長時代の米連邦準備理事会(FRB)も実は長期金利目標の導入を検討していた。だが、中銀が自らの資産規模をコントロールできなくなることを恐れて導入には至らなかった。
日銀の国債保有額は22年12月末に564兆円と過去最高に達した。米欧の利上げをきっかけに金利上昇圧力が強まった22年に入って、増加ペースが一気に高まった。バーナンキ氏が恐れた状況が、何やら現実のものになったようにもみえる。
日銀がリスクを承知で16年9月にYCCを導入したのは、そうせざるを得ないところまで追い込まれていたためだ。日銀は13年4月に2年で2%の物価目標を達成すると大見えを切り、国債の大量購入を柱とする大規模緩和を始めた。だが、物価目標はいっこうに達成されず、市場では追加緩和を催促する声が高まる一方、国債の枯渇などへの懸念も広がっていた。
円高や株安への対応も求められる中、日銀は16年1月にマイナス金利政策の導入を決めたが、金利が一段と低下することで経営が苦しくなる金融機関が猛反発した。物価2%の早期実現が絶望的になるなか、日銀はより持続可能な政策への転換が求められていた。
当時は長期金利の上昇圧力が高まるリスクよりも、マイナス金利政策の影響もあって、金利が下がりすぎる問題が意識されていた。国債を機械的に買い続けることの弊害があらわになるなか、YCCを導入すれば、金利にあわせて国債購入量を抑えることができ、緩和をより長く続けられるとの思惑があった。遠い将来のリスクにはあえて目をつぶることにした。
共同声明の見直し焦点に
それから6年余り、日銀の金融緩和は再び曲がり角に差し掛かっている。長期金利の上昇圧力が一時的でなく、これからも続くようであれば、金利上限の再引き上げやYCCの廃止も検討課題になる。日銀の政策目標である物価の動向を見極めた上で、短期金利は低く抑えながら、長期金利の柔軟性を高める方向となりそうだ。
日銀はこれまで黒田東彦総裁が唱えた「2年で2%」という言葉の呪縛から逃れられなかった。YCCは導入したが、早期の2%達成に向けて大規模緩和という看板を下ろせなかったため、経済・物価の状況に合わせて柔軟に緩和度合いを調節することができなかった。
政府内で浮上する日銀との10年前の共同声明の見直しで、「できるだけ早期に実現する」としている2%目標が焦点となっているのはそのためだ。中長期的に2%を目指すとしても、それに縛られすぎることに問題はないのか。今年春の日銀総裁人事も含めて、黒田路線の修正を探っていくことになる。
共同声明を見直すならば、金融政策だけでなく、財政政策も含めてこの国の経済を中長期的にどうしていくかという視点も必要になる。日銀の金融政策については、平時の国債購入は最小限に抑える一方、英イングランド銀行が昨年秋に国債購入に動いたように、金利急騰時には果敢に対応するという柔軟性が求められるはずだ。
【関連記事】
・ヘリマネだけじゃない、バーナンキ氏の隠し玉
・政府、日銀との共同声明見直し論 物価目標で慎重意見も
・国債、強まる買い手不在 長期金利が日銀上限の0.5%に
金融PLUS 金融グループ次長 石川潤
金融PLUS
2023年1月9日 5:00
長期金利を抑え込む日銀の金融緩和が転機を迎えている。2022年12月に日銀は金利上限を0.25%から0.5%に引き上げたが、長期金利は年が明けてすぐに新たな上限に到達した。国債の積極的な買い手はほぼ日銀だけという状態になっている。長期金利操作の難しさは政策導入当時から意識されていた。日銀はなぜ自ら危うい橋を渡ったのか。これからどう動くのか。
異例の国債買い入れ
6日の債券市場で、長期金利の指標となる新発10年債利回りが7年半ぶりに0.5%に達した。日銀がさらなる上限引き上げに動けば、長期金利が急上昇(債券価格は急落)しかねないとの懸念が浮上。少なくとも1月17~18日の金融政策決定会合までは国債は買いにくいとの空気が強まり、金利上昇圧力が高まった。
この日、国債のほぼ唯一の買い手として存在感を見せたのが日銀だ。日銀は一定水準で国債を無制限に買い入れる「指し値オペ」などを通知し、この日だけで2.4兆円の国債を購入した。勢いづく金利上昇を何とか抑え込もうと、通知日ベースで過去最大の17兆円超の国債を買い入れた12月に続き、異例のハイペースで購入を進めている。
日銀が長期金利目標を維持できなくなると市場参加者が見透かせば、日銀への国債売却がさらに殺到して、日銀の国債保有が際限なく膨らむことになりかねない。日銀が直面しつつあるこの問題は、16年9月に日銀が現在の長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)の仕組みを導入した当時から認識されていた。
バーナンキ氏の予言
量的緩和と、YCCの中核である長期金利目標の違いは、前者が国債購入量を事前に決めて金利水準を動かそうとするのに対し、後者は金利水準を約束して購入量を変化させる点にある。バーナンキ議長時代の米連邦準備理事会(FRB)も実は長期金利目標の導入を検討していた。だが、中銀が自らの資産規模をコントロールできなくなることを恐れて導入には至らなかった。
日銀の国債保有額は22年12月末に564兆円と過去最高に達した。米欧の利上げをきっかけに金利上昇圧力が強まった22年に入って、増加ペースが一気に高まった。バーナンキ氏が恐れた状況が、何やら現実のものになったようにもみえる。
日銀がリスクを承知で16年9月にYCCを導入したのは、そうせざるを得ないところまで追い込まれていたためだ。日銀は13年4月に2年で2%の物価目標を達成すると大見えを切り、国債の大量購入を柱とする大規模緩和を始めた。だが、物価目標はいっこうに達成されず、市場では追加緩和を催促する声が高まる一方、国債の枯渇などへの懸念も広がっていた。
円高や株安への対応も求められる中、日銀は16年1月にマイナス金利政策の導入を決めたが、金利が一段と低下することで経営が苦しくなる金融機関が猛反発した。物価2%の早期実現が絶望的になるなか、日銀はより持続可能な政策への転換が求められていた。
当時は長期金利の上昇圧力が高まるリスクよりも、マイナス金利政策の影響もあって、金利が下がりすぎる問題が意識されていた。国債を機械的に買い続けることの弊害があらわになるなか、YCCを導入すれば、金利にあわせて国債購入量を抑えることができ、緩和をより長く続けられるとの思惑があった。遠い将来のリスクにはあえて目をつぶることにした。
共同声明の見直し焦点に
それから6年余り、日銀の金融緩和は再び曲がり角に差し掛かっている。長期金利の上昇圧力が一時的でなく、これからも続くようであれば、金利上限の再引き上げやYCCの廃止も検討課題になる。日銀の政策目標である物価の動向を見極めた上で、短期金利は低く抑えながら、長期金利の柔軟性を高める方向となりそうだ。
日銀はこれまで黒田東彦総裁が唱えた「2年で2%」という言葉の呪縛から逃れられなかった。YCCは導入したが、早期の2%達成に向けて大規模緩和という看板を下ろせなかったため、経済・物価の状況に合わせて柔軟に緩和度合いを調節することができなかった。
政府内で浮上する日銀との10年前の共同声明の見直しで、「できるだけ早期に実現する」としている2%目標が焦点となっているのはそのためだ。中長期的に2%を目指すとしても、それに縛られすぎることに問題はないのか。今年春の日銀総裁人事も含めて、黒田路線の修正を探っていくことになる。
共同声明を見直すならば、金融政策だけでなく、財政政策も含めてこの国の経済を中長期的にどうしていくかという視点も必要になる。日銀の金融政策については、平時の国債購入は最小限に抑える一方、英イングランド銀行が昨年秋に国債購入に動いたように、金利急騰時には果敢に対応するという柔軟性が求められるはずだ。
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