『資本論』学習資料室

泉州で開催された「『資本論』を読む会」の4年余りの記録です。『資本論』の学習に役立たせてください。

『資本論』学習資料No.45(通算第95回)(16)

2024-09-21 13:58:07 | 『資本論』

『資本論』学習資料No.45(通算第95回)(16)


【付属資料】(7)


●原注76

《61-63草稿》

 〈分業についてのベティの見解を古代人のそれから区別するものは、最初から、分業が生産物の交換価値に、つまり商品としての生産物に及ぼす影響を、すなわち商品の低廉化を見ていることである。
  同じ観点を、もっと明確に、一商品の生産に必要な労働時間の短縮と表現し、一貫して主張しているのは、『イギリスにとっての東インド貿易の利益』、ロンドン、1720年、である。
  決定的なことは、どんな商品でも「最少のそして最もやさしい労働」でつくることである。あることが「より少ない労働で」遂行されるならば、「その結果、より低い価格の労働で」遂行されるととになる。こうして商品は安価にされ、その次には、労働時間をその商品の生産に必要な最小限にきりつめることが、競争によって一般的法則となる。/「もし私の隣人がわずかな労働で多くをなすことによって安く売ることができるならば、私もなんとかして彼と同じように安く売るようにしなければならない。」[『イギリスにとっての東インド貿易の利益』67ページ]分業について、彼はとくに次のことを強調している。--「どのマユュファクチュアでも、職工の種類が多ければ多いほど、一人の人の熟練〔skill〕に残されるものはそれだけ少ないよ[同68ページ]〉(草稿集④460頁)

《初版》

 〈(76) ペティや『東インド貿易の利益』等々のようなA・スミス以前の著者のほうが、マニュファクチュア的分業を資本主義的な生産形態として、A・スミスよりも凝視している。〉(江夏訳418頁)

《フランス語版》

 〈(52) ペティや『束インド貿易の利益』の匿名著者のような、アダム・スミスの先駆者たちは、マニュファクチュア的分業の資本主義的性絡をアダム・スミスよりも奥深く洞察していた。〉(江夏・上杉訳381頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *53 ペティや、「東インド貿易の利益」の匿名の著者のように、A. スミスより以前の著者達は、スミスが捉えた以上に、工場手工業において応用された分業の資本主義的性格を捉えていた。〉(インターネットから)


●原注77

《61-63草稿》

 〈「だれでも自分の経験で知っているように、手や頭をいつでも同じ種類の労働や生産物に向けている場合には、各個人が自分に必要なもののすべてを一人でつくる場合に比べて、より容易に、より豊富に、より良く生産するであろう。……このようにして、人間は、公共の利益のためにも自分自身の利益のためにも、いろいろな階級や身分に分かれるのである」(チェーザレ・ベッカリア『公経済学原論』、所収、クストーディ編『イタリア経済学古典著作家論集』、近世編、第11巻、ミラノ、1804年、28ページ)。〉(草稿集④459頁)
  〈『国家』におけるプラトンの議論は、ベティ以後A・スミス以前に分業について書いたイギリスの著作家たちのう/ちの一部のひとにとっては直接の基礎となり出発点となっている。たとえば、ジェイムズ・ハリス(後のマームズベリ伯爵)『三論文』、第3版、ロンドン、1772年、の第三論文を見よ。このなかでは、仕事の分割〔Division of employments〕が社会の自然的基礎であると述べられている(148-155ページ)が、それについてはみずからある注のなかで、全論拠はプラトンから取ってきたものだと言っている。〉(草稿集④450-451頁)
  〈ハリス(上述したところを見よ)のようなのちの文筆家たちは、プラトンが述べたことをもっと詳しく述べているにすぎない。〉(草稿集④461頁)

《初版》

 〈(77) ベッカリアジェームズ・ハリスのような、分業にかんしてはほとんど古代人の口真似をしているにすぎない18世紀の幾人かの著述家は、近代人のなかでも例外である。たとえばベッカリアはこう言う。「誰でも経験上知っていることだが、常時同種の仕事や同種の生産物に手と知能を用いれば、めいめいが自分の生活に必要なものを何から何まで単独で生産しているにすぎないばあいに比ベると、もっと容易に、もっと豊富に、もっと適切に、成果を取り出すことになる。……人間はこうしい/うやり方で、共通の私的な有用性に則して、別々の階級や身分に分けられている。」(チェザーレ・べッカリア『経済学原理』、クストディ編、近世篇、第11巻、28ページ。)ジェームズ・ハリス、後のマームズベリ伯は、ペテルプルタ駐在公使時代の『日記』で有名であるが、彼は、その著『幸福にかんする対話、ロンドン、1741年』の註(後に『三論文、第3版、ロンドン、1772年』に再録)のなかで、みずからこう言っている。「社会が自然的なものである(すなわち『仕事の分割』によって)ことを証明する全論拠は、プラトンの国家論の第2部から借用したものである。」〉(江夏訳418-419頁)

《フランス語版》

 〈(53) 近代人のなかでも、たとえばベッカリアやジェームズ・ハリスのような18世紀の幾人かの著述家だけは、分業について、ほとんど古代人と同じような考え方を述べている。ペッカリアは言う。「手や知能を同種の仕事や同種の生産物につねに用い/るばあいには、各人が自分の生活に必要なすべてのものを単独で自分のためにだけ作るばあいよりも、いっそう容易に、いっそう豊富に、またいっそう上等に生産物が得られることは、誰でも経験上知っている。……人間はこのように、公益と私益のためにいろいろな階級や身分に分けられる」(チェザーレ・ベッカリア『公経済学原理』、クストディ編、近世の部、第11巻、28ぺージ)。後のマームズベリ伯であるジェームズ・ハリスは、彼の『幸福にかんする問答』、ロンドン、1772年、の註記のなかで、みずからこう述ぺている。「社会が自然的である(分業と仕事の分割にもとつくことによって)ことを証明するために、私が利用する論拠は、プラトンの『国家論』の第2部からそっくりそのまま借用したものである」。〉(江夏・上杉訳381-382頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *54 近代人の中では、二三の18世紀の著者は例外と云えるであろう。 ベッカリアやジェームス ハリスといったところであるが、分業に関しては、古き人の論 そのまんまなのである。ベッカリアはこう言う。「もし、手と頭を常に同じ仕事に、同じ生産物に用いるならば、各個人が自分のためにすべての物を作るのに比べて、より容易に、より多く、より高い品質で生産されるであろう。このことは、誰でも経験的に知っていることである。…. このようにして、人は様々な階級や身分に分割される。自身の利益のため そして商品の利益のために。」(イタリア語) (チェザーレ ベッカリア 「公共経済学の初歩」クストーディ版 近代編第11章 29ページ) ジェームス ハリス、後のマルムズベリー伯爵、彼のセントペテルスブルグ駐在大使時代の「日記」で著名、は、彼の「幸福に関する対話」ロンドン 1741年 後の「三つの論文」第三版 ロンドン 1772年に再版で、「社会が自然である事 (すなわち、雇用の分割) の証明に関する全ての議論は、…. プラトンの共和国論の第二の本から引用されている。」と述べている。〉(インターネットから)


●原注78

《61-63草稿》

 〈同様に、『オデュッセイア』、第14章第228節には、「というのは、別の人はまた別の仕事を喜びとするのだから」〔岩波文庫版、呉茂一訳、下、48ページ〕、とあり、/またセクストス・エンぺイリコスはアルキロコスから、「各人は別々の仕事によって元気づく」〔という言葉を引いている〕。〉(草稿集④447-448頁)

《初版》

 〈(78) たとえば、『オデュッセイア』、第14章、第228節では、「心楽しむ仕事は各人各様である」とあり、また、アルキロコスは、セクストウス・エンピリクスによると、「心の踊る仕事は各人各様である」と言っている。〉(江夏訳419頁)

《フランス語版》

 〈(54) たとえば、『オデュッセイア』、第14章、第228節では、「別の人はまた別の仕事を楽しむ」とあり、また、セクストゥス・エンピリクスが引用したアルキロコスには、「各人それぞれ己が仕事をもち、万人が満足している<ギリシャ語表記なので省略>」とある。〉(江夏・上杉訳382頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *55 オデッセイ 第14章 228ページは、かく云う。「様々な人が、様々な仕事を楽しめるために」そして、アーキロコスは、彼の第六経験論の中で、「人は物が変われば、彼等の心を元気にする。」(ギリシャ語) と。〉(インターネットから)


●原注79

《61-63草稿》

  〈ドゥキュディデスがペリクレスに言わせているところでは、ペリクレスは、農業を営むスパルタ人--彼らのもとでは、商品交換による消費の媒介は、したがってまた分業は行なわれていない--を「自営者(」儲けのためでなく暮しのために労働する者)として、アテナイ人に対立させている。同じ演説(トゥキュディデス、第1部第142章〔岩波文庫版、久保正彰訳、『戦史』、上、188ページ〕)のなかで、ペリクレスは航海について次のように言う。--
  「しかし航海は、ほかのどんなことにも劣らず-つの技芸(テクネー)であって、どんな場合にも副業として営むことはできない。というよりもむしろ、ほかのどんな仕事も、航海をしながらその副業として営むことはできないのである」。〉(草稿集④448頁)

《初版》

 〈(79) 「百芸に長ずる者は一芸に達せず。」それにもかかわらず、アテネ人は、商品生産者としてはスパルタ人よりもまさっていると大いに自負していた。というのは、スパルタ人は戦争のさいには、確かに、人間を自由に使うことができても貨幣を自由に使うことができないからである。たとえば、トゥキュディデスは、ペリグレスをして、ペロポネソス戦争のためにアテネ人を激励する演説のなかで、こう言わせている。「自給自足経済を営む者は、貨幣でよりもむしろ自分の体で戦おうとする」(トゥキュディデス〔『ぺロポネソス戦争史』〕、第1部、第41章)のであって、彼らの理想は、物質的生産においても、相変わらず、分業に対立する自給自足であった。「分業のもとでは富裕が生ずるが、自給自足のもとでは独立が生ずるからである。」この点について、三十僭主〔アテネの独裁機関〕の没落の時代でも、土地を所有していないアテネ人が5000人とはいなかった、ということを考慮に入れておかなければならない。〉(江夏訳419頁)

《フランス語版》

 〈(5) 「百芸に長ずる者は一芸に達せず<ギリシャ語表記なので省略>」。アテナイ人は、生産者=商人としてはスパルタ人よりも優秀だと信じていた。というのは、スパルタ人は戦争をするために大勢の人間を意のままに動かしたが、貨幣は意のままにしなかったからである。トゥキュディデスは、ペリクレスをして、ペロポネソス戦争のさいにアテナイ人を激励する演説のなかで次のように言わせている。「自給自足経済を営む者は、貨幣でよりもむしろ自分のからだで戦おうとする」(トゥキュディデス、第1部、第141章)。それにもかかわらず、物質的生産のもとでさえ自給自足する<ギリシャ語表記>能力がアテナイ人の理想であった。「分業のもとでは富裕が生ずるが、自給自足のもとでは独立が生ずるからである<ギリシャ語表記なので省略>」。三十僭主〔アテナイの独裁機関〕の没落の時代でもまだ、土地を所有していないアテナイ人は5000人とはいなかったことを、述べておかなければならない。〉(江夏・上杉訳382頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *56「彼は沢山の仕事をなすことができた、だが、殆どは無残なもの。-ホーマー」アテネ人は、誰もが自分達を、商品の生産者としてスパルタ人にまさっていると考えた。後者は戦争の時は自分達の配置に際しては十分な人を持っているが、金銭に関しては指揮をとることができない。歴史家ツキディデスは、アテネの政治家ペリクレスが、ペロポネソス戦争に向かうアテネ人達を鼓舞するための演説でそう云ったと書くごとく。「自分自身の消費のために物を作る人々は、彼等の金銭よりもむしろ体をもって戦争をするであろう。」(ツキディデス 第一篇 第一部 第41章) にもかかわらず、物質的生産 [絶対的な自給自足] に関する限りでは、分業とは対照的に、それがかれらの理想形であった。「分業によれば、繁栄があろう。だが、自給自足に立てば、独立がある。」(いずれもギリシャ語) ここでは次のことに触れて置かなければならない。30人もの暴君主の没落の頃にあっても、依然として、土地を所有しないアテネ人は、5,000人もいなかった。〉(インターネットから)


●原注80

《61-63草稿》

 〈ドゥキュディデスがペリクレスに言わせているところでは、ペリクレスは、農業を営むスパルタ人--彼らのもとでは、商品交換による消費の媒介は、したがってまた分業は行なわれていない--を「自営者(」儲けのためでなく暮しのために労働する者)として、アテナイ人に対立させている。同じ演説(トゥキュディデス、第1部第142章〔岩波文庫版、久保正彰訳、『戦史』、上、188ページ〕)のなかで、ペリクレスは航海について次のように言う。--
  「しかし航海は、ほかのどんなことにも劣らず-つの技芸(テクネー)であって、どんな場合にも副業として営むことはできない。というよりもむしろ、ほかのどんな仕事も、航海をしながらその副業として営むことはできないのである」。〉(草稿集④448頁)
  〈プラトンは『国家〔Republik〕』(引用は、バイター、オレリ、ヴィンケルマンの版、チューリッヒ、1839年、による)の第2部を、ポリス(都市(シュタット)と国家(シュタート)がここでは一つになる)の発生から始めている。
   「〔ソクラテス--〕ところでポリスが……発生するのは、……われわれのだれもが自給自足的ではなくて、多くのものを必要とするからなのだ」。
  都市が生じるのは、個々人がもはや自給せず、多くのものを必要とするようになったそのときである。「それ(すなわちポリス)をつくるのは、どうやらわれわれの欲望のようだ」。欲望が国家をつくりだす。さて、第一に最も直接的な欲望として挙げられるのは、食料、住居、衣服である。「ところが、欲望のうち第一の、また最も重要なものは、生存し生活できるための食料の調達だ。……第二には、住居、第三には、衣服やそのたぐいのものだ」。それでは、/ポリスは、これらのさまざまな必要をどのようにしてみたすべきであろうか? 一人は農夫に、他の一人は大工に、他の一人は織工、靴工、等々になる。いったい各人は、自分のさまざまな欲望を自分でみたすために、それぞれ自分の労働時間を分割し、その一部分を土地の耕作に、他の部分を建築に、第三の部分を織物、等々にあてるというようにすべきなのか、それとも、各人は自分の全労働時間をもっぱらただ一つの仕事にだけふりむけ、その結果たとえば穀物を生産するとか布を織るとか等々のことを、自分のためばかりでなく他の人々のためにも行なうというようにすべきなのだろうか? 云々。後者のほうがよい。というのは、第一に、人間は生まれながらの素質によってさまざまであり、そのためさまざまな仕事を遂行する能力がさまざまだからである。{欲望の多様性には、それらの欲望をみたすために必要なさまざまの労働を遂行する個々人の素質の多様性が対応している。}人は、ただ一つの技能〔Kunstfertigkeit〕を発揮するだけのときには、多くの技芸(タンスト)にたずさわる場合よりもよい仕事をするであろう。あることが副業としてのみ行なわれているときは、しばしばその生産のために適当な時機を失することがある。仕事は、それに予定された者の余暇をじっと待っていることができないのであって、むしろ、その仕事をする人間のほうが彼の生産の諸条件などに自分を合わせていかなければならない。それゆえ仕事は副業として営んではならないのである。だからこそ、人がもっぱらただ一つの労働を(事物の性質に従って、また適時に)行ない、そのかわり、他の労働にはたずさわらないならば、あらゆるものは、より多く、より良く〔bessr〕、より容易に生産されるであろう。〉(草稿集④451-452頁)
  〈主要な観点はより良いもの〔das besser〕、つまり質である。すぐ次に引用する筒所にだけは「より多く」が見られるが、それ以外のところでは、つねに「より良く」である。
  「〔ソクラテス--〕ポリスはどうすればこれだけのものを十分に調達することができるのだろうか? 一人が農夫、一人が大工、また他の一人は織工、等々である、ということによってではないかね? ……それなら彼らの一人ひとりがそれぞれ自分の仕事をみんなのために提供しなければならないだろうか? たとえば農夫は、一人で4人のために穀物をつくり、したがって穀物生産のために4倍の時間と労働とを費やし、そしてそれを他の人々と分かち合わねばならないのか? それとも彼は、他人のことなどかまわずに、自分だけのためにその時間の1/4でこの穀物の1/4だけをつくり、残りの3/4の時間は、家を建てることや、衣服をつくることや、履物をこしらえることにたずさわり、こうして他の人身とかかわりをもつ面倒などは省いて、自分は自分で自分のことをしていればいいのだろうか? 〔アデイマントス--〕……それはおそらく、まえのやり方のほうがあとのやり方よりも便利でしょう。〔ソクラテス--〕……まず、われわれはそれぞれ、生まれつきが互いにまったく同じというわけでなく、互いに素質が違っていて、仕事の適不適がある。……一人がたくさんの技芸(テクネー)にたずさわる場合と一人が一つの技芸(テクネー)にたずさわる場合とでは、どちらがより良く仕事をするだろうか? 〔アデイマントス--〕一人が一つ……にたずさわる場合です。〔ソクラテス--〕……仕事の好機を逸すれば、その仕事はだいなしになってしまう。……というのは……仕事のほうはそれをする人の暇を待とうとしない、むしろそれをする人のほうで、/それを片手間のことのようにしないで、その仕事に自分を合わせていかなければならないからだ。〔アデイマシトス--〕そうしなければなりませんとも。〔ソクラテス-- 〕そこで以上のことからして、一人の人が天資に合った一つの仕事に適時にほかの仕事にわずらわされることなく打ちこむときにはすべてのものがより多くより良くより容易につくられる、ということになる」。プラトンは続けてさらに、分業とさまざまの事業部門の創設とをいっそう進めることが必要になる次第を説明する。たとえば、「というのは、農夫は自分用の鋤(スキ)を、それが良いものでなければならないとすれば、自分でつくることはしないだろうし、鍬(クワ)もそのほかの農具にしたってそうだからね。大工、等々だってそうだろう」。ところで、どのようにしてある者は他の者たちの生産物の余剰にあずかることになるのか、またこの他の者たちはどのようにして前者の生産物の余剰にあずかるのか? 交換によって、売買によってである。「売ったり買ったりしてですよ」。次に彼は、商業の異なった種類を、したがってまた商人の異なった種類を説明する。また、分業のおかげで発生する一つの特殊的な人間種類として、賃労働者をも挙げている。「まだ……またほかの勤めをする人々もあるのだよ。思考をするほうについては共同者にふさわしいとは言いかねるが、しかし骨折り仕事をするのには十分な体力をもっているような人々もいるのだ。じっさいこの人々は、そういう力の使用を売ってそれの価格を賃銀と呼んでいるので、……賃労働者と呼ばれている」。プラトンは、洗練がさらに進むこと、等々によって必要となるような、たくさんのさまざまな仕事を挙げたのち、戦争という技芸(クンスト)の他の技芸(クンスト)からの分離、したがってまた、特殊的な軍人層の形成に逮している。「そしてわれわれがすでに同意したのは……一人で多くの技芸(テクネー)をうまくやってのけることは不可能だということだった。……それなら、どういうことになるかね?……戦争というたたかいも一つの技芸(テクネー)だとは思わないか?……しかしわれわれは靴工に、靴つくりの仕事を立派にやってもらうために、彼が同時に農夫であろうとしたり、織工であろうとしたり、大工であろうとしたりすることを禁じ、ただ靴工だけであることを命じたのだった。またわれわれはそのほかのすべての人々にも同様に、各人の素質に適した仕事を一つずつ各人に割りふったのだ。彼はほかの仕事にわずらわされることなくその仕事に打ちこみ、/時機を失せず立派にやりとげなければならないのだった。いわんや、戦争のことを立派にやりとげるのは、きわめて重要なことではないかね?……では、ポリスの守護に適しているのはどのような人々か、またその素質はどのようなものか、それを選び出すのがわれわれの仕事になるだろう」(前掲書〔バイター、オレリ、ヴィンケルマン版〕、439-441ページの各所)。〉(草稿集④453-455頁)
  〈プラトンが分業をよしとするおもな論拠は、一人の人がさまざまな労働を行ない、したがっていずれかの労働を副業として行なう場合には、生産物が労働者の都合を待たねばならないが、むしろ逆に、労働のほうが生産物の要求するところに従うべきだ、ということであったが、最近、漂白業者と染色業者が、工場法{漂白・染色作業場法は1861年8月1日に施行された}に従うことに抵抗して、同じことを主張している。すなわち、工場法--この問題に関連する同法の諸条項は漂白云々〔漂白・染色作業場法〕にもそのまま用いられている--によれば、「食事のために与えられている1時間半のどの部分であろうと、食事時間中に児童、少年、婦人を使用してはならない、あるいは、なんらかの製造工程が続けられているいかなる場所にも彼らをとどめることは許されない。またすべての少年および婦人にたいして、1日のうちの同じ時間に食事時間が与えられなければならない」(『工場監督官報告書。1861年10月31日にいたる半年間』、ロンドン、1862年)。〔同報告書は言う、〕--「漂白業者は、食事時間をいっせいに与えるという彼らにたいする要求に不平を鳴らして、次のように抗弁する、--工場の機械ならいつ停めても損害は生じないかもしれないし、また停めて生じる損失は生産を逸することだけであるけれども、けば焼き、水洗い、漂白、つや出し、染色のようなさまざまの作業は、どの一つをとってもそれを勝手なときに停めれば、損害の生じる危険がかならずある。……労働者の全員に同一の食事時間を強制することは、作業の不完全さからときとして高価な品物を損傷する危険にさらすことになるかもしれない、と」(同前、21、22ページ)。(同一の食事時間を決めるのは、そうしなければそもそも労働者に食事時間が与えられているかどうかを監督することさえ不可能になるからである。)〉(草稿集④509頁)

《初版》

 〈(80) プラトンは、共同体内の分業を、個々人の必要の多面性と素質の一面性とから説明する。彼の主要な観点は、労働者が仕事に適応すべきであって、仕事が労働者に適応すべきではない--このことは、労働者がいろいろな技術を同時に営み、したがって、あれこれの技術を副業として営むばあいには、不可避なことである--、ということである。「そしてまた、思うに、このことも明らかだ--つまり、ある仕事の時機というものを逸したら、その仕事はだめになってしまうということ」「たしかに明らかです」「それというのも、思うに、なされる仕事のほうは、なす人が暇になるのをじっと待ってくれようとはしないからだ。どうしても人のほうが、片手間のやり方でなしに、仕事の都合に合わせなければならないものなのだ」「そうしなければなりません」「こうして、以上のことを考えると、それぞれの仕事は、1人の人間が自然本来の素質に合った一つのことを、正しい時機に、他のさまざまのことから解放されて行なう場合にこそ、より多く、より立派に、より容易になされると/いうことになる」(『国家論』、第1部、第2版、バイター、オレリ等編)〔岩波文庫版、藤沢令夫訳『国家(上)』、134ページより引用〕。トゥキュディデス〔前掲書〕、第42章でも、同様なことが言われている。「航海は、ほかのどんなことにも劣らない一つの技術であって、いざというばあいには副業として営むことができない。というよりもむしろ、ほかのどんな仕事も航海と一緒に副業として営むことができない。」プラトンは言う。仕事が労働者を待たねばならないなら、しばしば生産上の決定的な時点が逸せられ、製作物がだめになり、「仕事のための適当な時期が失われる」、と。こういったプラトン的な考えは、労働者全員にたいして一定の食事時間を定めている工場法の条項に反対するイギリスの漂白工場主たちの抗議のなかにも、再現している。彼らの事業は労働者の都合に合わせるわけにはゆかない。なぜならば、「けば焼き、洗滌、漂白、しわ伸ばし、つや出し、染色といういろいろな作業は、そのどれもが、損害の危険にさらされずに、ある任意の瞬間に中止するわけにはゆかないからである。……労働者会員のために同じ食事時間を強制することは、ばあいによっては、作業が不完全なために貴重な財貨を危険にさらすことになるだろう。」いったいプラトン主義は、どこに巣を作ろうというのか!〉(江夏訳419-420頁)

《フランス語版》

 〈(56) プラトンは、共同体内の分業を、個人の必要の多様性と能力の特有性から説明する。彼の主要な観点は、労働者が自分の仕事の要求に適応すべきであって、仕事が労働者の要求に適応すべきではない、ということである。労働者が幾つかの技術を同時に行なうならば、彼は必ず一方のために他方をおろそかにするだろう(『国家』、第1部、第3版を見よ)。トゥキュディデス『ペロポネソス戦役史』、第142章でも、同様である。「航海は、ほかのどんな技術にも劣らず一つの技術であって、どんなばあいでも副業として営むことはできない。航海と同時に他の職業に従事することさえ許されない」。プヲトンは言う。仕事が労働者を待っていなければならないならば、往々にして生産の決定的な瞬間が逸せられ、仕事が台なしになり、「仕事のための適当な時期が失われる」、と。このプラトン的な考えは、労働者全員の食事のために一定の時間を制定する工場法の条項に反対するイギリスの漂白業者たちの抗議のなかにも、見出される。彼らは、われわれのような種類の作業では労働者に合わせて作業をきめるわけにはゆかない、と叫んでいる。「加熱、漂白、艶出し、染色を始めたら最後、これらのどれ一つも、損害の危険なしには任意の瞬間に中止するわけにはゆかない。この多数の労働者が全員同じ時間に食事するように要求するこ/とは、ばあいによっては作業がまだ終わらないために大きな価値を確実な危険にさらすものであろう。」いったいプラトン主義は、次はどこに巣を作ろうというのか!〉(江夏・上杉訳382-383頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *57 プラトンによれば、共同体内部の分業は、多種の要求と個々の限られた能力から発展するものであると云う。彼の云う主な点は、労働者は彼自身を作業に適合させねばならない、仕事を労働者に適合させるのではない。と言う。もし彼が一度に、いくつかの仕事を進めて行けるならば、その内の一つか、その他のものも副次的なものであれば、後者の方法もやむを得ない。「と言うのも、労働者は仕事に奉仕せねばならず、仕事は彼の余暇のためではない。仕事は余った時間でなされることを許さない。-しかり、彼は必ずせねばならない-従って、結論として、全ての人が、自然に適性を取得した一つの物を、正しい時間に、他の余計なことに煩わされることなければ、全ての物はより多く生産され、より容易に、より良く作られる。」(共和国論 第一篇 第二部 バイテル、オレリ、他編) ツキディデス 既出 142章もその様に云う。「船乗りの仕事は他と同様一つの技能であって、状況が要求するがごとく、副次的な仕事としてなされることはできない。他の副次的な仕事であっても、この仕事の傍らで行われることはできない。」プラトンは云う、もし仕事が労働者を待たねばならないなら、工程の重要なポイントを失し、物はおシャカになる。[もし誰かが、うっかりすれば…] (いずれもギリシャ語) この同じようなプラトン的観念が、全ての労働者に決まった食事時間を与えるという工場法の条項に反対する英国の漂白工場主らの抗議に立ち戻れば、そこに見出される。彼等の商売は労働者の便益などを待ってはいられない。なぜならば、「様々な作業、布のけば取り、洗濯、漂白、しわ取り、つや出し、そして乾燥、どれをとっても、損傷のリスクなしには、所与の時間において停止することはできない。…. 同じ食事時間を全ての労働者に実施することは、価値ある品物を不完全な作業による危険なリスクにかならずやさらすこととなるであろう。」[次は、何処で、プラトン主義が見出されることになるか! ] (フランス語)  〉(インターネットから)


●原注81

《61-63草稿》

  〈クセノポンは総じて大いにブルジョア的な本能をもっており、それゆえにまた、しばしばブルジョア道徳ならびにブルジョア経済学を思い出させるのであるが、その彼は、〔社会〕全体で行なわれているかぎりでの分業ばかりでなく、個々の作業場(アトリエ)で行なわれているかぎりでの分業をも、プラトンよりも詳しく論じている。このあとで見る彼の分析は、次の二つの理由から興味深いものである。第一に彼は、分業が市場の大きさに依存することを教えている。第二に彼は、プラトンの場合とはちがって、単に仕/事〔Geschäft〕の分割のみ〔を論じているの〕ではない。そうではなくて、彼は、分業によって労働が単純労働に還元されることと、この単純労働において腕まえ〔Virtuosität〕がよりたやすく得られることとを強調する。彼の場合はこのように、よほど現代的な理解に近づいているけれども、やはり彼にも古代人に特徴的なものが見られる。〔つまり〕使用価値が、質の改善が問題とされるにすぎないのである。労働時間の短縮は彼の関心を引かない。それはプラトンについても同様で、プラトンが例外的に事のついでに、〔分業によって〕より多くの使用価値が供給されることを強調しているただ一つの場所においですらそうである。そのときでさえも、問題とされるのは使用価値のより多くであって、分業が商品としての生産物に及ぼす影響ではないのである。〉(草稿集④448-449頁)
 〈クセノポンは、ペルシア王の食卓からの料理の下賜が喜び多く楽しいのは、それが名誉であるからだけではない(この食物が〔ほかよりも〕もっと美味しいからである)、という次第を〔次のように〕語っている。--
  「だが、王の食卓から賜るものは、じっさいはるかにそれ以上に、味覚を喜ばせてくれるのである。そして、これはなにも驚くようなことではない。というのは、大きな都市では、ほかの技芸がきわだって完成されているように、王の料理もまったく特別に調理されるからである。じっさい、小さな都市では寝台も扉も犂も机も同じ人間がつくる。(しかもそのうえに彼はしばしば家まで建てるのであって、こうして自分の生計を維持するだけの雇主さえあれば、彼は満足なのである。こんなにいろいろなことを一人でやる人がなんでもうまくやるということはまったく不可能である。)ところが、大きな都市では、一人ひとりに多くの買い手があるので一人が食っていくのには一つの技芸(テクネー)で十分なのであるじつにそのためには一つの技芸の全部は必要でないことさえしばしばで、一人は男靴をつくり、別の一人は女靴をつくるということもある。場合/によっては、一人はただ靴底を縫うだけで暮らしており、別の一人はそれを裁つだけで暮らしていることもある。ある一人はただ上皮を裁つだけで、最後のもう一人はそうしたたぐいのことはなにもせず、諸部分を組み合わせるのである。ところで最も簡単な仕事をする人がまた無条件にそれを最もうまくやるということは当然である。料理術でも同じことである。というのは、同じ一人の人間に寝床をととのえたり、食卓の用意をしたり、パソ粉をねったり、あれこれのおかずをこしらえたりさせる人は、どんなものでもたまたまできあがった具合のものでがまんしなければならないだろう。だが、ある人にとっては肉を煮ることが、べつのある人にとっては肉を焼くことが、第三の人にとっては魚を煮ることが、第四の人にとっては魚を焼くことが、その次の人にとってはパンを焼くことが、十分にそれぞれの仕事であり、それもなんでもかんでも手がけるわけではなくて評判のいいたった一つの種類をつくればそれで足りるところでは、だれもが自分の生産物を飛びきり上等に仕上げたにちがいないであろう。こういうやり方で自分の料理を用意させたので、彼〔キュロス王〕はだれにもはるかにまさっていたのである。」(クセノポン『キュロパエディア』、E・ポッポ編、ライプツィヒ、1821年、第8部第2章〔480-482ページ〕。)〉(草稿集④449-450頁)
  〈クセノポンはもっとさきに進んでいる。第一に彼は、労働をできるかぎり筒単な活動に還元することを強調し、第二に、分業が実行されうる規模は市場の広さに依存する、とするのである。〉(草稿集④457頁)

《初版》

 〈(81) クセノフォンはこう語っている。ペルシア王の食卓からご馳走をいただくのは名誉であるばかりか、このご馳走はほかのご馳走よりはるかに美味でもある、と。「ところで、これは驚くほどのことではない。というのは、大都市では、ほかの技術が特に改良されているように、王のご馳走も全く独特に調製されているからである。けだし、小都市では、同じ人が寝台や扉や犂(スキ)や机を作り、おまけにしばしば家までも建てるのであって、こうして自分の生計にとって充分な顧客さえあれば、彼は満足なのである。こんなにいろいろなことをやる1人の人間が、なにもかもうまくやるということは、全く不可能である。ところが、大都市では、各人に多くの買い手があるので、1人が食ってゆくには一つの手工業で充分である。それどころか、そうするために一つの手工業全体が必要でないことでさえ、しばしばであって、1人が男靴をつくりもう1人が女靴をつくるばあいもある。ときには、1人は靴を縫うだけで暮らし、もう1人は靴を裁つだけで暮らしているし、1人は衣服を裁つだけであり、もう1人は布片を縫いあわせるだけである。ところで、最も単純な仕事をする人が、また無条件に、この仕事を最もうまくやるということは、避けられないことである。料理術でも同じである。」(クセノフォン『キュロパエディア』、第8部、第2章。)ここではもっぱら、使用価値の所期の品質が着目されている。もっとも、クセノフォンは、分業の規模が市場の広さによってきまることを、すでに知っているのだが。〉(江夏訳420頁)

《フランス語版》

 〈(57) クセノフォンは言う。ペルシア王の食卓から料理をもらうのはたんに名誉であるばかりでなく、この料理は実際にほかの料理よりもはるかに美味でもある、と。「そしてこれはなにも驚くべきことではない。技術一般が大都市では特に改良されているのと同様に、大王の料理も全く特別に調理されているからである。実際に小都市では、同じ人が扉や鋤や寝台や机などを作り、往々にして家まで建てるのであって、それで自分の生計を維持するのに充分でありうるなら、彼は満足である。これほど多くの物を作る人間がすべてのものをうまく作ることは、絶対に不可能である。これに反して、各人それぞれに多数の買い手がいる大都市では、1人の人間を養うには一つの手工業で充分である。一つの手工業全体でさえ必要ではない。ある者は男子用の靴、他の者は婦人用の靴を作るからである。生活するために、衣服を裁断するだけでよい者もいれに、布片を組み合わせるだけでよい者もおり、布片を縫うだけでよい者もいる。最も単純な作業を行なう者が、それを最もうまく行なう者でもあることは、全く当然だ。また、料理の技術についても同じことである」(クセノフォン『キュロバエディア』、第8部、第2章)。クセノフォンは、分業の規模が市場の範囲と広さに依存していることを充分に知っていながら、ここではもっぱら、使用価値が良質であることとこのことを手に入れる手段とを考察しているのである。〉(江夏・上杉訳383頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *58 ペルシャ王の食卓から食料を受け取ることは名誉であるばかりでなく、他の食料よりもより味わいがよいといい、クセノフォンは、さらに次のように続ける。「そこにはなんらの驚くべきものはない。食料以外の様々な物も都市には特別な完全なものが持ち込まれるのであるから、当然ながら、王の食事も特別な方法で準備される。だが、小さな町では、同じ人が、ベッドの架台、扉、犂、そしてテーブルを作る、時には、売り家も作る。そして、彼は、自分の生活に十分な顧客を見出せばそれで十分に満足するのであるから。一人の人間がそれらの全ての物を満足に作り上げることは全くのところ不可能なことである。一方の大きな都市においては、誰もが多くの買い手を見つける、一つの仕事でそれを維持していくことには十分である。いやそこでは一つの完全な仕事の必要すら往々にしてない。ある者は男用の靴をつくり、他の者は女用を作る。ここでは、一人の者が縫製のみで生活を得る。他の者は靴革を裁断することで、ある者は何もしないが、布の裁断だけで、他の者はなにもしないが、各片を縫い合わせるだけで生活を得る。であるから必然的に、最も単純な種類の作業をする者は、疑いもなく、他の誰よりも上手にそれをなす と言う事になる。そのように料理技能においても云える。」(クセノフォン キュロパイディア 第一巻 第八部 第二章) クセノフォンが、ここで、特に強調していることは、使用価値の達成についてである。彼は、分業の程度が市場の大きさに依存していることをよく知っていながらそう主張している。〉(インターネットから)


  (付属資料(8)に続く。)

 

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『資本論』学習資料No.45(通算第95回)(17)

2024-09-21 13:41:24 | 『資本論』

『資本論』学習資料No.45(通算第95回)(17)


【付属資料】(8)


●原注82

《初版》

 〈(82) 「彼(プシリス)は、すべての人々を別々の身分に分け、……同じ人がいつでも同じ業を営むようにと命じた。なぜなら/ば、仕事を変える人々はどんな業にも精通しないが、いつも同じ仕事にとどまっている人々はどんな仕事をも最も完全に完成する、ということを彼は承知していたからである。また、われわれが現実に見いだすであろうように、彼ら〔エジプト人〕は、技術や職業にかんしては、名匠が拙工にまさっている以上に自分たちの競争相手にまさっており、また、彼らは、君主制やその他の国家体制を維持するために彼らが設けた制度にかんしても、これについて語ろうとする最も有名な哲学者たちが他国のどれよりもエジプトの国家体制を称賛したほどに、秀でているのである己(イソクラテス『ブシリス』、第8章J〉(江夏訳420-421頁)

《フランス語版》

 〈(58) 「彼(ブシリス)は、すべての住民を別々の身分に分け、……同じ人がつねに同じ職業を営むように命じた。というのは、職業を変える者はどんな職業にも熟達しないが、いつも同種の仕事についている者はこの仕事に関係のあることならなんでも完全に遂行するということを、彼は知っていたからである。技術と職業にかんしては、名匠が拙工にまさっているのと同じようにエジプト人がその競争者にまさっていることも、わかることであろう。なおまた、エジプト人が国王の主権やその他の国家政体を維持するために用いた制度は、この主題を論じようと企てた非常に著名な哲学者たちが、エジプトの政体をほかのすべての政体の上にいつも位置づけたほどに、完壁なものである」(イソクラテス『ブシリス』、第8章)。〉(江夏・上杉訳383頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *59 彼 (ブシリス) は、彼等全てを特別なカーストに分割する。…. 同じ個人は常に同じ仕事を続けるべきである。なぜなら、彼等が彼等の仕事を変えたら、なんの技能をも上達させることがないと彼(訳者注: ブシリス)には分かっているからである。しかるに、一つの専念する仕事に絶えず執着する者は、その仕事を最上の完成に至らしめる。真実、技芸と手工業の相関においては、彼等が彼等のライバルを大きく凌駕するのは、名匠が凡工を越える以上のものであることを我々もまたみることになろう。そして、この君主制を維持するこの仕組みと彼等の国の規定は、多くの著名な哲学者達がエジプト人国家の規定を他の全ての国の上にあるものとして称賛したほどの見事なものである。(イソクラテス ブシリス 第八章)   〉(インターネットから)


●原注83

《61-63草稿》

 〈総じて古代人たちの解釈では、エジプト人たちが達成した工業的発展の特殊的段階は、彼らの世接的分業とそれにもとづく身分(カスト)制度とから生じたものであった。
  「技芸も……エジプトでは……かなりの完成度に達した。というのは、ただこの国だけでは手工業者は他の市民階級の仕事に手を出すことはけっして許されず、法律によって彼らの部族の世襲とされている職業に従事することしかできないからである。……他の諸国民の場合には、産業従事者たちがあまりにも多くの対象に彼らの注意を分散しているのが見られる。……彼らは、ときには耕作を試み、ときには商業に手を出し、ときには同時に二つも三つもの技芸にたずさわっている。自由国家では彼らはたいてい人民集会にでかけてゆく。……ところが、エジプトでは、どの手工業者も、国事に介入したり、一時にいくつもの技芸を営んだりすれば、重罰を加えられる」。そこでディオドロスは言う、--「なにごとも彼らの職業上の勤勉を妨げることはできない」。「そのうえに、彼らは祖先から……多くの規準を伝えられているので、さらに新しい便益を発見しようと熱心に考えている」(ディオドロス・シケリオテス『歴史文庫』、第1巻第74章)。〉(草稿集④455-456頁)

《初版》

 〈(83) シチリアのディオドロスを参照せよ。〉(江夏訳421頁)

《フランス語版》

 〈(59) シチリアのディオドロスを見よ。〉(江夏・上杉訳383頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *60 ディオドロス シクラウス と比較せよ。(訳者注: 奴隷労働の過酷さを記述した彼の著作から見れば、上記の者等の叙述は何を見ているか明らかであろう。)〉(インターネットから)


●第11パラグラフ

《61-63草稿》

 〈同様に他方では、彼(スミス--引用者)がマニュフアクチュアにおける分業を特別に重視していることは、彼の時代が近代的工場制度の生成しつつある時代であったことを示している。この点については、ユアが正しく次のように述べている。--
  「A・スミスが経済学の諸原理にかんする彼の不朽の著作を書いた当時は、工業の自動体系はまだほとんど知られていなかった。分業がマニュファクチュアの完成の主要原理だと彼に思われたのは当然であった。……しかし、スミス博土の時代には有益な実例となりえたものも、今日では、/現代の工業の実際の原理について世間を誤らせることに役立つだけであろう。……熟練度の違いに応じて労働を分割するというスコラ的なドグマは、経験豊かなわれらの工場主によってついに使いつくされてしまった」(アンドルー・ユア『工場哲学』〔フランス語版〕、第1巻、第1章)(初版〔英語版〕の刊行は1835年)。〉(草稿集④482-483頁)
  〈{〔カニンガム〕『貿易と商業に関する一論。わが国の製造業における労働の価格に影響を及ぼすと考えられている諸税に関する考察を含み、云々』、ロンドン、177O年。(この著作の本質的な中味は、同じ著者によってすでに、『……諸税に関する考察』、ロンドン、1765年〔、に述べられている〕。)この男は、当時農業労働者たちが置かれていたのと同じ「幸福な状態」に復帰するに違いない製造業労働者にたいして、非常に憤激している。彼の著作は非常に重要である。その著作からは、大工業が採用される直前でもなお、製造業においては規律が欠如していたこと、人手の供給がまだまったく需要に照応していなかったこと、労働者はまだけっして彼の全時間を資本に属するものと見なしていなかったことがわかる。……〉(草稿集⑨684頁)

《初版》

 〈本来のマニュファクチュア時代、すなわち、マニュファクチュアが資本主義的生産様式の支配的な形態である時代には、マニュファクチュア自身の譜傾向の充分な完成が、多面にわたる障害につきあたる。すでに見たように、マニュファクチュアは、労働者の位階制的な編成のほかに、熟練労働者と非熟練労働者とのあいだの簡単な区分をつくり出すとはいえ、非熟練労働者の数は、熟練労働者が優勢であるために相変わらずひどく制限されている。マニュファクチュアは、いろいろな特殊作業を、マニュファクチュアの生きている労働諸器官の、さまざまな程度の成熟や力や発達に、適合させ、したがって、婦人や児童の生産的搾取を促すとはいえ、この傾向は、だいたいにおいて、慣習や男子労働者の抵抗に出会って挫折する。手工業的活動の分解は労働者の養成費を引き下げ、したがって、労働者の価値を引き下げるとはいえ、比較的むずかしい細部労働には相変わらず比較的長い修業期間が必要であって、この修業期間が余計なものになっても、労働者たちは後生大事にこの修業期間に固執する。たとえばイギリスで見受けるところでは、7年間の修業期間を規定した徒弟法が、マニュファクチュア時代の終わりまでは完全に有効であり、大工業によってやっと廃止されたのである。手工業的熟練が、相変わらずマニュファクチュアの基礎であり、マニュファクチュアで機能する全体機構が、労働者そのものから独立した客観的な骨格をなんらもっていないのだから、資本は、絶えず労働者の不従順と格闘する。おなじみのユアがこう叫ぶ。「人間性の弱点はまことにはげしいから、労働者は、/熟練すればするほどますますわがままになり、ますます扱いにくくなり、その結果、彼のむら気な気まぐれが、全体機構に重大な損害を与えることになる(84)。」だから、マニュファクチュア時代の全期にわたって、労働者の無規律にたいする苦情が絶えない(85)。そして、たとい当時の著述家たちの証言がなくても、16世紀から大工業の時代にいたるまで、資本は、マニュファクチュア労働者の利用可能な全労働時間をわが物にすることに成功していないとか、ニュファクチュアは、短命であって、労働者の出入りにつれて、ある地方に所在する自分の本拠を棄ててそれを他の地方に建てるとか、こういった簡単な事実は、万巻の書を代弁するものであろう。たびたび引用した『産業および商業にかんする一論』の著者が、1770年に、「秩序をなんとかして確立しなければならない」、と叫んだ。秩序、それは、66年後に、ドクター・アンドルー・ユアの口からこだましてくる。「秩序」は「分業というスコラ的なドグマ」にもとづくマニュファクチュアには欠けていたが、「アークライトが秩序を創造したのだ」、と。〉(江夏訳421-422頁)

《フランス語版》

 〈厳密な意味でのマニュファクチュア時代、すなわち、マニュファクチュアが依然として資本主義的生産様式の支配的な形態であった時代のあいだは、さまざまな種類の障害がマニュファクチュアの諸傾向の実現を妨げる。われわれがすでに見たように、マニュファクチュアは、労働者の位階制的区分と並んで熟練労働者と不熟練労働者との単純な区別を作り出してもうまくゆかず、不熟練労働者の数は、熟練労働者の優勢な勢力のために相変わらずまだ非常に限られている。マニュファクチュアは部分作業を、マニュファクチュアの生きた労働器官のさまざまな程度の成熟や力や発達に適合さ/せ、そうすることによって児童や婦人の生産的利用を促進してもうまくゆかず、この傾向は概して、習慣や男子労働者の抵抗に出会って挫折する。マニュファクチュアが手工業を分解することによって労働者の教育費、したがって労働者の価値を引き下げても無駄であって、むずかしい細部労働は絶えずかなり長い見習期間を必要とするし、見習が余計なものになるばあいでも労働者は熱狂的なねたみ深さでこれに固執する術を心得ている。手工業の熟練が相変わらずマニュファクチュアの基礎であるが、他方、マニュファクチュアの集団機構が労働者そのものから独立した物質的骨格を全くもたないので、資本は絶えず労働者の抵抗と戦わざるをえない。おなじみのユアが次のように叫ぶ。「人間性の弱さはまことにはなはだしいから、労働者は熟練を増せば増すほど、ますます強情で扱いにくくなり、したがって、ある機構にますます適さなくなり、彼の移り気な気まぐれがこの機構全体に重大な損害を与える可能性が出てくる(60)」。マニュファクチュア時代全般にわたり、労働者の無規律にかんする苦情ばかり聞こえてくる(61)。そして、この時代の著述家たちの証言がなかろうとも、16世紀以降大工業の時代に至るまで資本はマニュファクチュア労働者の使用可能な時間を全部奪取することにけっして成功しなかったということ、マニュファクチュアは短命であって、労働者の移動にしたがってある地方からほかの地方に移動せざるをえないということ、これらの事実だけでも、私をして言わしめれば、一つの図書館全体のかわりをしてくれるであろう。たびたび引用した『産業および商業にかんする一論』の著者は、1770年に、「秩序をなんとかして確立しなければならない」と叫んでいる。それから66年後に、ドクター・アンドルー・ユアは繰り返してこう言う。「秩序は、分業というスコラ学派的教義にもとつくマニュファクチュアにはなかったのであって、アークライトがこの秩序を作り出したのである」。〉(江夏・上杉訳383-384頁)

《イギリス語版》 イギリス語版ではこのパラグラフは幾つかのパラグラフに分けられているが、ここでは一緒に紹介しておく。

  〈(17) 厳密な意味での工場手工業の時代の間、すなわち、工場手工業が資本主義的生産によって支配的な形式となった時代の間、工場手工業の特異な傾向のどこまでもの発展には多くの障害が立ちふさがった。我々がすでに見て来たように、工場手工業は労働者を熟練工と未熟練工という単純な区分を作り出すのではあるが、同時にそれらの階級における序列的な取り決めもあって、その熟練工の優位な勢力によって、依然として、未熟練工の数は、非常に限定的な状態に留まる。工場手工業は、生きた労働具の様々なレベルの熟練、力、そして発展度を細目労働に適用するのであるが、それが女性や子供たちの搾取に向かおうとするのであるが、この傾向は全体としては、習慣や男性労働者の抵抗にあって挫折させられる。手工業労働者の分割は、労働者を作るコストを低下させ、それによって労働者の価値を低下させる。ではあるが、依然として、より困難な細目作業のためには、より長い見習い工期間が必要となる。それが余分なものと思われても、労働者は執拗に期間にこだわる。例えば、英国では、見習工期間に関する法を見出す。7年間の試用期間であり、工場手工業時代の終りに至る迄効力を持っていた。そしてその効力は、近代工業の到来に至るまで一方的に放棄されることはなかった。なぜかと云えば、手工業の技能が工場手工業の基礎であり、工場手工業のメカニズムは、その基本的な工程全体として彼等労働者そのものから離れてはいないのであり、資本家はいつも、労働者の不従順と争うことを強いられた。
  (18) お友達でもあるユア教授はこう言う。「人間性の虚弱から、より熟練すればするほど労働者は、より我が儘で、より従順でない者になりやすい。当然ながらその結果として、機械的システムの構成要素としては、より適合しなくなる。…. 彼は、全体に対して大きなダメージをもららすであろう。」*61
   (19) それ故、全工場手工業時代を通して、とりわけ、労働者のしつけの欠如に関する苦情が続く。*62 そして、我々は当時の著述家の証言は持たぬが、16世紀から近代工業時代の期間において、資本家は工場手工業労働者の使用できる全ての労働時間の主人となることには失敗したという簡単な事実を知る。工場手工業は短命で、彼等の工場の所在地をある国から他の国へと、労働者の出国やら入国やらと共に、変えている。これらの事実は十分にそれらを証明している。「秩序は、なにはともあれ、確立されねばならない。」1770年 しばしば引用される 「取引と商売に関する評論」の著者は叫んでいる。66年後、アンドリュー ユア博士は「秩序」をと再び叫んだ。「秩序」が、「分業という学者風情の独断」に基づく工場手工業においては欠けていた。そして「アークライトが秩序を創造した。」〉(インターネットから)


●原注84

《61-63草稿》

 〈マニュファクチュアは、手工業から2つの道をとおって現われる。(1)単純協業。同じ仕事をする多数の手工業者が手工道具をたずさえてひとつの作業場に集積すること。これは、往時の織布マニュファクチュアとつづく仕上げ加工マニュファクチュアとの特徴だった。そこでは、分業はほとんど行なわれていない。せいぜい、準備とか仕上げとか、若干の副次的作業にかんして行なわれるにすぎない。この場合の節約は主として、建物・炉などのような1般的な労働条件の共同利用〔から生まれるのである〕。総じて資本主義的生産に固有の要素である工場主の監督〔についても同様〕。
    ユアは、『工場哲学』第2巻でこう語っている。(83、84ページ。)
  「しかしながら、次のことは言っておく必要がある。手労働は労働者の気まぐれから多かれ少なかれ中断される。それゆえ手労働は、休むことのない規則的な力で動かされる機械のそれと較べられるような、年あるいは週生産物を平均的に与えることはけっしてないということである。/このために、自宅で働く織工が週の終わりに、もし彼らが織機を毎日12時間から14時間、労働の反復によってそのあいだ休まず同じ速さで動かしたなら生産できたはずのものの半分以上を生産していることはめったにないのである。」〉(草稿集⑨118-119頁)
   〈「人間の弱さとはこういうもので、労働者は熟練すればするほど、ますますわがままで扱いにくくなり、その結果、彼は、機械の体系にはますます適さなくなり(そこでは、彼自身が自動装置でなければならない)、彼のふとした気まぐれは、機械の体系の全体に重大な損害を与えかねない。それゆえ、現代の工場主の主限とするところは、科学を資本と結びつけることによって、彼の労働者たちの仕事を、/注意力と器用さ--ただ1点に固定すれば若いうちにすぐさま熟達する能力--の行使に縮小することなのである。」(ユア氏はここで、自動体系も、分業と同様に仕事をただ1点に固定するということを、--まだ未発達な人間をまったく若いうちから「自動装置の器官」に化してしまわねばならないということを告白しているのだ。)(30、31ページ。)〉(草稿集⑨222-223頁)

《初版》

 〈(84) ユア、前掲書、第1巻、31ページ。〉(江夏訳422頁)

《フランス語版》

 〈(60) ユア、前掲書、30-31ページ。〉(江夏・上杉訳384頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *61 ユア 既出 20ページ〉(インターネットから)


●原注85

《初版》

 〈(85) 本文で述べたことは、フランスよりもイギリスにはるかによくあてはまり、また、オランダよりフランスによくあてはまる。〉(江夏訳422頁)

《フランス語版》

 〈(61) これは、フランスよりもイギリスにとって、またオランダよりもフランスにとって、はるかに真実である。〉(江夏・上杉訳384頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *62 このことについては、フランスよりも英国に多い。そして、フランスは、オランダよりも多い。〉(インターネットから)


●第12パラグラフ

《初版》

 〈マニュファクチュアは、時を同じくして、社会的生産を、その全範囲にわたってとらえることもできなければ、その深部において変革することもできなかった。マニュファクチュアは、都市の手工業と農村の家内的副業という広範な土台の上に、経済的な芸術作品としてそびえ立った。マニュファクチュア自身の狭い技術的基礎は、ある程度の発展に達すると、マニュファクチュア自身がつくり出した生産上の諸要求と矛盾するようになった。〉(江夏訳422頁)

《フランス語版》

 〈マニュファクチュアは、社会的生産をその全範囲にわたってとらえることもできず、その深部において一変させることもできなかったことを、つけ加えておかなければならない。マニュファクチュアは、都市の同職組合とその必然的帰/結である農村の家内工業との広大な基礎の上に経済的な芸術作品として聾え立った。だが、マニュファクチュアがある程度発達するやいなや、その狭隘な技術的基礎は、マニュファクチュア自身が作り出した生産上の要求と衝突するに至った。〉(江夏・上杉訳384-385頁)

《イギリス語版》

  〈 (20) 全く同じ時点で、工場手工業は、社会の生産の全域を捉えることはできなかった、または、生産の核心を変革することのどちらをもできなかった。経済的活動の芸術的な尖塔のごとく立っているものの、その広大な基礎は町の手工業であり、村の家内工業であった。与えられた発展段階にあっては、工場手工業は、わずかばかりの技術の上に置かれており、工場手工業自身が作り出した生産の欲求との間の矛盾に直面していた。〉(インターネットから)


●第13パラグラフ

《61-63草稿》

  〈「機械(メ力ニク)の幼年時代には、機械制作業場は、労働をたくさんの等級に分割する観を呈していた。やすり、きり、旋盤には、それぞれ、熟練度の異なるさまざまな労働者がいた。しかし、いまではやすり工穿孔工の器用さは、機械などに置きかえられており鉄や銅を加工する旋盤工の手は、〔工具送り台付の〕自動旋盤にとりかえられている。ベルパーとミルフォードの大綿工場の機械部門を指導するアントニ・ストラット氏は、徹底して古い流派のしきたりから離れ、正規の見習いを経たものを1人も雇おうとしなかった。」(31ページ。)(事実また、機械が台頭してまもなく見習いにかんする法律は廃止される運命にあった。)〉(草稿集⑨223頁)

《初版》  初版は第13と第14パラグラフが一つのパラグラフになっているが、ここでは該当するところで分割して紹介する。

 〈マニュファクチュアの最も完成した形成物の一つは、労働用具そのものを生産するための作業場であり、また、ことに、すでに使用されている複雑な機械装置を生産するための作業場であった。ユアはこう言う。「このような作業/場は、種々雑多な等級の分業を示していた。錐(キリ)やのみや旋盤は、それぞれ、熟練度に応じて位階制的に編成された固有の労働者を、もっていた。」〉(江夏訳422-423頁)

《フランス語版》

 〈マニュファクチュアの最も完成した作品の一つは、労働用具を製造し、幾つかのマニュファクチュアですでに使われていたもっと複雑な機械制的装置を製造するような、機械製作の作業場であった。ユアはこう言う。「機械の揺藍期には、機械製作の作業場では多様な段階にある分業が一目で見られた。鑢(ヤスリ)や錐(キリ)や旋盤にはそれぞれ、熟練の等級に応じた労働者がついていた」。〉(江夏・上杉訳385頁)

《イギリス語版》 二つのパラグラフに分けられているが、一緒に紹介しておく。

  〈(21) 最も完成した創造物の一つは、労働の道具そのものを生産するための工場である。その道具は、特に複雑な機械的装置を装備し、出来上がる端から使われた。
  (22) 機械工場は、とユアは云う。「様々な等級で分業を明示した。やすりがけ、ドリル、旋盤、それらそれぞれ異なる労働者を持つ。かれらそれぞれの技能も上から下まである。〉(インターネットから)


●第14パラグラフ

《初版》

 〈マニュファクチュア的分業のこの産物がそれ自身として産み出したもの、それが機械である。機械は、社会的+生産の規制原理としての手工業的活動を揚棄する。こうして、一方では、労働者を一生涯つの部分機能に縛りつけておく技術的基礎が、取り除かれてしまう。他方では、同じ原理が資本の支配にいまだに課していた諸制限が、くずれ落ちてしまう。〉(江夏訳423頁)

《フランス語版》

 〈マニェファクチュア的分業の産物であるこうした作業場が、逆に機械を産み出した。この機械の参加は、社会的生産を規制する原理としての手労働を廃棄する。一方では、労働者を一生涯一つの部分機能に所属させておく技術的必然性が、もはやなくなった。他方では、この同じ原理がいまだに資本の支配に対向させていた障壁が、くずれ落ちたのである。〉(江夏・上杉訳385頁)

《イギリス語版》

  〈23) 工場手工業における分業の生産物である、この工場はその内部において、自力で動く機械を生産した。それらこそ、社会的生産を規制する原理のごとく、手工業者等の作業を一掃した正体である。かくて、一方では、細目機能に労働者の一生を縛りつける技術的論拠を取り除いた。が、他方で、資本の支配を拘束していたこの同じ原理も投げ捨てられた。〉(インターネットから)


  (第12章 終わり。)

 

 

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『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(1)

2024-08-30 20:13:49 | 『資本論』

『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(1)


◎第1篇・第1章「利子生み資本」(エンゲルス版第21章)に使われたマルクス草稿について(大谷禎之介著『マルクスの利子生み資本論』全4巻の紹介 №13)

    今回からいよいよ、大谷禎之介著『マルクスの利子生み資本論』第1巻の〈第1篇 利子生み資本〉に入ります。これはほぼ大谷本第1巻の内容をなしています(なお「第2篇 信用制度概説」は大谷本第2巻の内容になります)。ここにはエンゲルス版の第5篇、第21章から第24章までの草稿の翻訳文が紹介されています。しかしこれらの諸草稿のパラグラフごとの詳しい解読はすでに『マルクス研究会通信』という別のブログで行っています。興味のある方は一度見てみてください。ということで、ここではそれぞれの草稿の翻訳を紹介するにあたり、大谷氏が行っている解説やそれに関連するさまざまな論文を取り上げたいと思います。
    今回はエンゲルス版の第21章に該当する部分の草稿なのですが、それに関しては、大谷氏は幾つかの問題を解説しています。しかしそれらをすべて検討するわけには行かないので、私が興味をもったものだけに限定して紹介して行くことにします(なおすでにお断りしていますが、この前文は、私が大谷氏の『マルクスの利子産み資本論』全4巻を読んで行く過程でノートしたものを下敷きにしています。ですからこの紹介文は大谷氏の本の内容が分かるように紹介するものというよりも、そこで私が興味をもったものや批判点を紹介するものになっています。その点、取り上げるものがあちらこちらに論点が飛んでしまっていますが、そこらあたりは、ご容赦ねがいます。)
    まず大谷氏はこの章の前文で次のように述べています。

  〈マルクスが第5章で理論的に解明しようとしたのは,目前に見えている信用制度(銀行制度)のもとでの利子生み資本すなわちmonied capitalであって,このような利子生み資本の具体的な形態に到達するために,マルクスは,「1)」-「4)」で,まずもって信用制度を度外視して利子生み資本を概念的に把握(begreifen)し,それから上昇して「5)」で,信用制度のもとでの利子生み資本の分析に取り掛かった。だから「5)」でのmonied capitalは,より具体的な形態にある利子生み資本なのであり,「5)」でマルクスが「利子生み資本」と言っているものも,ここで掲げた用例から明らかなように,まごうかたなき「利子を生む資本〔Zins tragendes Capital〕」のことであって,それはけっして「資本-利子」という三位一体的定式の一項のもとにおける転倒的観念としての「資本」のことではない。そして,以上の利子生み資本の理論的分析とそのあとの「6)」での利子生み資本の歴史的考察との全体,つまり第5章の全体が,利子生み資本の分析を成しているのである。〉(147頁)

    この大谷氏の説明は全体としては首肯しうるのですが、大谷氏が〈「5)」でマルクスが「利子生み資本」と言っているもの〉は〈けっして「資本-利子」という三位一体的定式の一項のもとにおける転倒的観念としての「資本」のことではない〉とわざわざ指摘している意味がいま一つよく分かりません。確かに〈三位一体的定式〉を論じているのは、第7章(篇)においてですから、もっとも具体的で表面的な関係としてマルクスは論じているわけです。ですから、この利子生み資本の概念を論じている段階とは抽象度が違うというならその通りです。しかし利子生み資本の概念を論じている「4)」(エンゲルス版第24章)でも、〈利子生み資本の形態での剰余価値および資本関係一般の外面化〉が論じられており〈「資本-利子」〉の転倒についても十分に論じているように思えるのです。この点、若干の疑問を禁じ得ません。
    あるいは大谷氏は、恐らく誰かの主張を念頭にこのように述べているかも知れませんが、それが誰のどのような主張を念頭においてこのように述べているのかはよく分かりません。最初に大谷氏が〈マルクスが第5章で理論的に解明しようとしたのは,目前に見えている信用制度(銀行制度)のもとでの利子生み資本すなわちmonied capitalであって〉と述べているのは、〈理論的に〉の部分を下線を引いて強調していることを見ても、恐らく宇野の「利子論の方法」を意識したものであろうということは分ります。つまりマルクスは問題を理論的に論じているのだが、しかしだからと言って純粋の資本主義を想定して、利子も産業資本から遊離する貨幣(資本)に限定すべきなどとは考えずに、まずは目の前にある現実の利子生み資本(moneyed Capita1)を前提して、その観察・分析から始めているのだ、というのが大谷氏が言いたいことだと推測できます。しかし前者の場合は誰を意識したものかが分からないのです。宇野はそのような主張をしていたかはよく覚えていません。

    大谷氏は第5章(第5篇)の表題〈利子と企業利得(産業利潤または商業利潤)とへの利潤の分裂。利子生み資本〉の意味について、次のように解説しています。

  〈この表題のうち前半の「利子と企業利得(産業利潤または商業利潤)とへの利潤の分裂」という部分は,第3部の他の多くの部分の表題と同様に,分配形態かつ収入形態である,剰余価値の転化形態,すなわち剰余価値が受けとる「具体的形態」に即してこの章の主題を示しており,後半の「利子生み資本」は,同じ主題を資本の「具体的形態」に即して示している。これをさらに簡潔に言い表わせば,第5章の主題は,剰余価値の分配形態に即して言えば「利子と企業利得」であり,資本に即して言えば「利子生み資本」である。〉(149頁)

  こうした大谷氏の説明はそれほど問題にすべきことはないように思えますが、しかし少し問題を提起すれば、このように考えるべきではないでしょうか。大谷氏は多分に宇野の「分配論」を意識してこれを書いている嫌いがあります。しかし果たしてそれは妥当でしょうか。マルクスが第3部で収入の諸形態を問題にしていることは、その最終章で三位一体的形式を批判的に論じていることからも、すなわちブルジョア社会の三大階級、資本家、労働者、土地所有者のそれぞれの経済的基礎とその収入諸形態を暴露することが一つの課題であることはあきらかでしょう。しかしもちろん、宇野のように図式的にだから「分配論」だなどとすることは果たして正しいかどうかです。『資本論』はあくまでも資本主義的生産様式の内在的な諸法則の一般的な解明と叙述を目的にしたものであり、だから第3部でもやはりより具体的な諸形象化を展開しているとはいえ、やはり資本主義の諸法則の一般的な展開と考えるべきです。単に「分配論」を問題にしているのではないのです。最初の利潤論にしても、それは決して分配論の問題ではありません。むしろ第1部第2部で剰余価値として解明されたものが資本主義のより表層においては(直接的な定在としては)利潤として現れ、しかもその利潤という直接的な形態こそが資本にとってはより規定的な意味をもつことを暴露することにあるように思えます。そしてそこから資本主義的生産は転倒した新たな諸法則を展開するのであって、それが第1章(篇)~第3章(篇)の内容をなしています。それは決して「分配」が問題になっているのではないのです。
 そうした『資本論』の実際の展開に則して考えてみますと、この第5章の表題も次のように捉えるべきではないでしょうか。この第5章で解明されるのは利子生み資本ですが、それは資本主義的生産様式においては、利潤が利子と企業利得とに分裂することを基礎として解明されるべきだということです。つまり資本主義以前の利子生み資本、すなわち高利資本等では、この意味では決して利潤が利子と企業利得とに分裂することを前提にはしていないのです。つまり第5章の表題〈利子と企業利得(産業利潤または商業利潤)とへの利潤の分裂。利子生み資本〉の意味として考えるべきなのは、利潤が利子と企業利得とへ分裂した結果もたらされる利子生み資本(つまり資本主義的生産に従属した利子生み資本)を主題とするという意図を示していると考えるべきなのではないでしょうか。この点、大谷氏の説明は若干の疑問とするものです。
 とりあえず、以上で、今回の大谷本の紹介は終わります。

  それでは『資本論』の解説に取りかかりましょう。今回は「第12章 分業とマニュファクチュア」です。ただこの章は長いので、一回ですべて解説するのはやや無理がありますので、2回に分けたいと思います。今回は前半だけです。まずはこの章の位置づけから考えて行きましょう。


第12章  分業とマニュファクチュア


◎「第12章 分業とマニュファクチュア」の位置づけ

    先に「第11章 協業」の位置づけの時にも紹介しましたが、「第10章 相対的剰余価値の概念」の最後でマルクスは〈労働の生産力の発展は、資本主義的生産のなかでは、労働日のうちの労働者が自分自身のために労働しなければならない部分を短縮して、まさにそうすることによって、労働者が資本家のためにただで労働することのできる残りの部分を延長することを目的としているのである。このような結果は、商品を安くしないでも、どの程度まで達成できるものであるか、それは相対的剰余価値のいろいろな特殊な生産方法に現われるであろう。次にこの方法の考察に移ろう〉と述べていました。そしてそのときにも述べましたが「第11章 協業」から「第13章 機械と大工業」までは、相対的剰余価値の特殊な生産方法を明かにしていくことになるわけです。だから「第12章 分業とマニュファクチュア」も同じような位置づけがあるといえます。またマルクスは次のようにも述べています。

 〈分業は、協業の特殊的な〔besonder〕、特殊化された〔spezifiziert〕、発展した形態であって、それは、労働の生産力を高め、同一の仕事を行なうのに必要な労働時間を短縮するための、したがって、労働能力の再生産に必要な労働時間を短縮し、剰余労働時間を延長するための、強力な一手段である。
    単純協業で見られるのは、同一の労働を行なう多数者の協働である。分業で見られるのは、資本の指揮のもとで次のようなことを行なう多数の労働者の協業である。すなわち彼らは、同一の諸商品の異なった諸部分を生産するのであるが、その諸商品の各特殊的部分はそれぞれある特殊的労働、特殊的作業〔Operation〕を必要とするのであって、各労働者またはある一定倍数の労働者は一つの特殊的作業だけを行ない、別の者は別のことをする、等々である。しかし、これらの作業の総体が一つの商品を、一定の特殊的商品を生産するのであり、したがってこの商品には、これらの特殊的労働の総体が表わされるのである。〉(草稿集④423頁)

    だからまた次のようにも言いうるのです。

  〈ここでは、資本主義的生産様式はすでに、労働をその実体において捉えて変化させてしまっている。それはもはや、単に資本のもとへの労働者の形態的包摂、すなわち他人の指揮と他人の監督とのもとで他人のために労働すること、ではない。……ここでの事態はそのようなものとは異なっている。彼の労働能力が全体機構--その全体が作業場を形成する--の一部分の単なる機能に転化することによって、彼はそもそも一商品の生産者であることをやめてしまったのである。彼は一つの一面的な作業の生産者でしかなく、その作業がそもそもなにかを生産するのは、作業場を形成する機構全体とのつながりのなかにおいてでしかない。つまり、彼は作業場の生きた一構成部分なのであって、自身の労働の様式そのものによって資本の付属物になってしまった。というのは彼の能力は、作業場においてでなければ、つまり彼に対立して資本の定在となっている一機構の一環としてでなければ、発揮されえないからである。……労働者はいまや、もはや労働手段の欠如によるだけではなく、彼の労働能力そのものによって、彼の労働の仕方様式によって、資本主義的生産のもとに包摂され資本に捉えられるのであって、資本はもはや単に客体的諸条件を手中におさめているだけでなく、労働者の労働がかろうじてまだ労働でありうるための、主体的労働の社会的諸条件をも手中におさめているのである。〉(草稿集④445-446頁)

    つまり労働者は実体的にも資本に包摂され、労働者は資本のその生産機構のなかでしか労働者として振る舞えないほどに変質されてしまうわけです。こうした実体的包摂が分業からはじまり、労働者はだからますます資本の支配のもとに取り込まれて行くことになるのです。

    なお河上肇やローゼンベルグなどは、その他の章と同じようにこの章でも、マルクスは最初は使用価値の生産(労働過程)という側面から分業とマニュファクチュアを観察し(第1~3節)、しかるのちに価値増殖過程として、すなわち資本家的な特殊性において問題を考察する(第4、5節)という手順を踏んでいると指摘しています。そうしたことも頭に入れて、以下、第1節の第1パラグラフから検討して行きましょう。


第1節  マニュファクチュアの二重の起源


◎第1パラグラフ(マニュファクチュアが資本主義的生産過程の特徴的な形態として優勢になるのは、ざっと計算して16世紀の半ばから18世紀の最後の3分の1期まで続く本来のマニュファクチュア時代のことである)

【1】〈(イ)分業にもとづく協業は、マニュファクチュアにおいてその古典的な姿を身につける。(ロ)マニュファクチュアが資本主義的生産過程の特徴的な形態として優勢になるのは、ざっと計算して16世紀の半ばから18世紀の最後の3分の1期まで続く本来のマニュファクチュア時代のことである。〉(全集第23a巻441頁)

  (イ) 分業にもとづいた協業は、マニュファクチュアにおいてその古典的な姿を身につけます。

    まず協業というのは、〈同じ生産過程で、または同じではないが関連のあるいくつかの生産過程で、多くの人々が計画的にいっしょに協力して労働するという労働の形態〉のことをいうと説明がありました(第11章、第6パラグラフ)。では協業と分業とでは何が異なるのでしょうか。マルクスは協業の具体例としてデステュット・ド・トラシの次のような説明を紹介していました。

  〈ある複雑な仕事の実行が問題だとしようか? いくつものことが同時になされなければならない。一人があることをしているあいだに別の一人は別のことをし、こうして、すべての人々が、一人だけでは生みだせないような結果に寄与するのである。一人が漕いでいるあいだに別の一人は舵をとり、第3の一人は網を投げたり、銛(モリ)で魚を突いたりし、こうして、漁業は、このような協力なしには不可能であろうような成果をあげるのである」(デステュット・ド・トラシ『イデオロギー要論。第四部および第五部。意志および意志作用論』、バリ、1826年、78ページ〉。〉(第11章原注15)

    これは草稿集④でも抜粋されていましたが(それは付属資料で紹介)、そこではマルクスはこの抜粋に続けて次のように述べていました。

  〈この場合、この最後の協業では、すでに分業が行なわれている。なぜなら「いくつものことが同時になされなければならない」からである。しかし、これは、本来の意味での分業ではない。この3人は、協働活動のときにそれぞれただ一つのことをするだけではあるが、彼らは代わるがわる、漕いだり、舵をとったり、魚をとったりすることができる。これにたいして本来の分業の眼目は、「数人が互いにたすけあって働くとき、各人は、自分が最も優れている仕事にもっぱら従事することができる、云々」(同前、79ページ)ということである。〉(草稿集④420-421頁)

    つまり協業と分業との相違は、確かに分業でも〈同じ生産過程で、または同じではないが関連のあるいくつかの生産過程で、多くの人々が計画的にいっしょに協力して労働する〉のですが、しかし各人は一つの仕事に〈っぱら従事する〉ということが異なるのです。分業では協働する各人は自分の仕事に固定されているということです。
    ですから〈分業にもとづく協業〉というのは、〈同じ生産過程で、または同じではないが関連のあるいくつかの生産過程で、多くの人々が計画的にいっしょに協力して労働する〉のですが、それぞれの労働は多くの労働者に配分されて、しかも労働者はそれらの労働に縛りつけられているということなのです。
    そしてそれが〈マニュファクチュアにおいてその古典的な姿を身につける〉と述べています。「マニュファクチュア」というのは何でしょうか? イギリス語版ではマニュファクチュアという用語に「工場手工業」という訳語を当てています。一般には「工場制手工業」とも言われているものです。それは労働者は一カ所に工場(作業場)に集められているのですが、しかしその作業そのものは依然として手工業的なものにとどまっているというものです。これは資本主義的生産の初期に現れてきたものといえるでしょう。
    AIは次のように説明しています。
  〈「マニュファクチュア」は、製造業の形態の一つで、日本語では工場制手工業と訳されます。この言葉は、「manu(手)」と「facture(製造)」の二つの語から成り立っています。歴史的な用語としては、被雇用労働者の大規模な手工業を指します。具体的には、一つの作業場内で数名から数十名の労働者が雇用され、手工業的な技術に基づきながら分業と協業の体制のもとで工業生産が行われる形態を指します。この概念は、産業革命以前の資本主義的な工業の最初の形態でした。〉(Bing)

  (ロ) マニュファクチュアが資本主義的生産過程の特徴的な形態として優勢になるのは、ざっと計算して16世紀の半ばから18世紀の最後の3分の1期まで続く本来のマニュファクチュア時代のことです。

    だからマルクスはマニュファクチュアが資本主義的生産の特徴的な形態として優勢になるのはざっと計算して16世紀の半ばから18世紀の3分の1期までの間だと述べています。そしてそれを「本来のマニュファクチュア時代」と特徴づけているわけです。
    新日本新書版にはこの最後に次のような訳者注が付いています。

  〈ボッペ『技術学の歴史』第1巻、ゲッティンゲン、1807年、31ページ参照〉(585頁)

  『61-63草稿』にはポッペからの引用が多数ありますが(マルクスは抜粋ノートにこの書の第1~3巻の抜き書きをやっている)、この訳者注で指示している頁数からのものはありませんでした。少しは関連すると思える部分を紹介しておきます。

  〈「マニュファクチュアと工場。いくつもの手工業が集まり一つの目的に向かって仕事をする。商品を直接に入手でこしらえるか、人手が不足するときは機械でつくるという場合、ひとはマニュファクチュアと呼んでいる。商品の生産に炉火と槌が使用される場合、ひとは工場〔と呼んでいる〕。たとえば、陶器やガラスの製造など、大規模に行なわれるほかないいくつかの仕事は、それゆえ手工業ではありえない。すでに13、14世紀には、織物のような若干の労働は、大規模に営まれていた。
   18世紀には、たくさんの学者が過去の手工業やマニユ/ファクチュアや工場を精確に学びとることを熱心な目標とした。いく人かは、そこから特殊な学問分野をつくった。ようやく近時になって、力学、物理学、化学などと手工業(生産、というべきだ)との結びつきが正当に認識されたのである。以前には、仕事場では、もろもろの規則やならわしが親方から職人へ、徒弟へと伝えられ、それが保守的な伝統〔をつくった〕。かつては、偏見が学者にたいして対立していた。1772年に、ベツクマンがはじめて技術学〔Technologie〕という名称を使用した。すでに18世紀の前半に、イタリア人ラマッツィーニは、工芸家と手工業者の病気について論文〔を書いている〕。包括的な技術学は、レオミュールショウにはじまる。レオミュールは、フランス科学ア力デミーに一つのプランを提出した。ここから、『王立科学ア力デミーの会員によって作成ないし承認された、工芸の記述』、1761年初め、パリ(2つ折本)。」}〉(草稿集⑨64-65頁)

  ついでにこのパラグラフに関連するものを『61-63草稿』から紹介しておきます。

  〈18世紀の前半には、まだ大工業はな/く、分業に基づくマニュファクチュアが存在したにすぎない。資本の主要成分は依然として労賃に投下される可変資本であった。労働の生産力は発展したが、しかし、その世紀の後半に比べれば緩慢であった。資本の蓄積とともに、ほとんど比例的に、労働にたいする需要は増大し、したがって労賃も上がって行った。イギリスはまだ本質的には農業国であった。そして農業人口によって営まれる非常に広がった家内的マニュファクチュア(紡績と織布のための)が引き続き存在し(まだそれ自身拡大しつつあった)。単に働くだけのプロレタリアートはまだ発生しうるまでに至っていなかったのであり、それは当時工業の百万長者がほとんどいなかったのと同様であった。18世紀の前半には相対的に可変資本のほうが優勢であり、その後半には国定資本のほうが優勢であった。〉(草稿集⑥812-813頁)
  商業資本は、いろいろな形態で産業資本に従属させられるか、または、同じことであるが、産業資本の機能となり、特殊な一機能を果たす産業資本となる。商人は、商品を買わないで、賃労働を買い、この賃労働で商品を生産して、この商品を商業のための販売用とする。しかし、これによって商業資本そのものは、それが生産に対立してもっていた固定形態を失う。こうして中世の同職組合はマニュファクチュアから挑戦を受け、手工業はより狭い範囲に閉じ込められた。中世には商人は(イタリアやスペインなどに散在していたマニュファクチュア発達地は別として)、単に、生産された--都市の同職組合によってであれ農民によってであれ--商品の問屋でしかなかった。このような、産業資本家への商人の転化は、同時に、産業資本の単なる一形態への商業資本の転化でもある。他方では生産者が商人になる。たとえば製布業者が彼の材料を継続的に少しずつ商人から受け取って商人のために労働するということをやめて、彼自身が自分の資本などに応じて材料を買うようになる。いろいろな生産条件が、彼自身によって買われた商品として、過程にはいる。そして、個々の商人や特定の顧客のために生産するのではなくて、今や製布業者は商業世界のために生産する。第一の形態では、商人が生産を支配し、商業資本が、それによって動かされる手工業や農民的家内工業を支配する。産業は商人の従属物である。第二の/形態では、生産は資本主義的生産に転化する。生産者自身が商人である。商業資本はただ流通過程を媒介し、資本の再生産過程における一定の機能を行なうだけである。これが二つの形態である。商人は商人として生産者になり、産業資本家になる。産業資本家は、生産者は、商人になる。元来、産業資本は、ただ、商品流通しかも商業にまで発展させられる商品流通という前提のうえに形成されるにすぎないのだから、商業は、同職組合的生産や農村的-家内工業的生産や封建的農業生産の資本主義的生産への転化のための前提である。商業は生産物を商品に発展させる。なぜならば、商業は一つには生産物に市場をつくりだすからであり、一つには新たな商品等価物をつくってやるからであり、一つには生産に新たな材料を供給し、こうして、はじめから商業に基づいており、市場のための生産に基づくとともに世界市場からくる諸生産要素に基づいている生産様式を開始するからである。16世紀には、いろいろな発見やマーチャント・アドヴェンチャラーズこそが、マニュファクチュアをひき起こしたものである。このマニュファクチュアがいくらか強固になれば、そしてさらに大工業としていっそう強固になれば、それはそれ自身で市場を創造し、それを征服し、部分的には力ずくで自分のために諸市場を開くが、それらの市場を自分の商品そのものによって征服する。それからは商業はもはや工業生産の召使でしかなくなり、工業生産にとっては絶えず拡大される市場が生活条件になっている。というのは、商業の既存の限界によっては(商業が現存の需要を表わすかぎりでは)制限されないでただ既存の資本の大きさと労働の生産力の発展とによってのみ制限されている絶えず拡大される大量生産は、絶えず既存の市場を氾濫させ、したがって市場の限界を絶えず拡大し遠ざけることに努めつつあるからである。ここでは商業は産業資本の召使であって、産業資本の生産条件から生ずる一機能を行なうのである。植民制度によって(禁止的関税制度と同時に)、最初の発展期における産業資本は、暴力的に一つの市場またはいくつもの市場を確保しようとする。産業資本家は世界市場に面している。産業資本家はそれ自身の費用価格を単に国内の市場価格とだけではなく全世界市場でのそれと比較するのであり、したがってまた絶えずそれと比較しなければならないのである。彼は絶えずこのことを顧慮しながら生産する。この比較は初期にはただ商人階級だけの仕事であり、したがって商業/資本のために生産的資本にたいする支配権を保証するのである。〉(草稿集⑦427-429頁)


◎第2パラグラフ(マニュファクチュアは二重の仕方で発生する。一方では、ある一つの生産物が完成されるまでにその手を通らなければならないいろいろな種類の独立手工業の労働者たちが、同じ資本家の指揮のもとにある一つの作業場に結合される)

【2】〈(イ)マニュファクチュアは二重の仕方で発生する。
(ロ)一方では、ある一つの生産物が完成されるまでにその手を通らなければならないいろいろな種類の独立手工業の労働者たちが、同じ資本家の指揮のもとにある一つの作業場に結合される。(ハ)たとえば1台の馬車は、車工、馬具工、指物工、錠前工、真鍮工、ろくろ工、レース工、ガラス工、画工、塗工、メッキ工など多数の独立手工業者の労働の総生産物だった。(ニ)馬車マニュファクチュアは、これらのいろいろな手工業者をすべて一つの作業場に集め、そこで彼らは互いに助け合いながら同時に労働する。(ホ)馬車にメッキすることは、たしかに、馬車がつくられてからでなければできない。(ヘ)しかし、たくさんの馬車が同時につくられるならば、あるものが生産過程の前のほうの段階を通っているあいだに、いつでも他のどれかがメッキされているということが可能である。(ト)そのかぎりでは、まだわれ/われは、有り合わせの人と物とを材料とする単純な協業の域を脱してはいない。(チ)ところが、やがて一つの重要な変化が現われる。(リ)ただ馬車の製造だけに従事している指物工や錠前工や真鍮工などは、自分の従来の手工業をその全範囲にわたって営む習慣といっしょに、そうする能力をもだんだん失ってくる。(ヌ)他方、彼の一面化された動作は、いまでは、狭められた活動範囲のための最も合目的的な形態を与えられる。(ル)元来は、馬車マニュファクチュアはいろいろな独立手工業の結合体として現われた。(ヲ)それは、しだいに、馬車生産をそのいろいろな特殊作業に分割するものになり、これらの作業のそれぞれが1人の労働者の専有機能に結晶してそれらの全体がこれらの部分労働者の結合体によって行なわれるようになる。(ワ)同様に、織物マニュファクチュアやその他の多くのマニュファクチュアも、同じ資本の指揮のもとでのいろいろな手工業の結合から生じたのである(26)。〉(全集第23a巻441-442頁)

  (イ)(ロ) マニュファクチュアは二重の仕方で発生します。一つは、ある一つの生産物が完成されるまでにその手を通らなければならないいろいろな種類の独立手工業の労働者たちが、同じ資本家の指揮のもとにある一つの作業場に結合されるケースです。

    マニュファクチュアが中世の手工業からどのようにして発生してくるかを見ると二つのケースが考えられるということです。
    一つは一つの生産物が完成されるまでに、多くの人の手を通らなければならないケースです。それはそれまではさまざまな手工業者がそれぞれ独立してやっていたものですが、それらを一つの作業場に集めて一人の資本家の指揮のもとにそれらの作業が結合されて行われる場合です。
  『61-63草稿』から紹介しておきます(ただし、ここで問題になっているのは〈その反対に、〉以下の部分です)。

  〈分業が、まず既存の作業場を基礎として諸作業をさらに分解し、それらの作業のもとに一定数の労働者を包摂してゆく方向で発展するかぎりでは、それは分割を続けていくものであるのにたいして、分業はまた、その反対に、「詩人のばらばらにされた四肢〔disjecta membra poetae〕」が、以前にはそれだけの数の独立した商品として、したがってまたそれだけの数の独立した商品所有者の生産物として互いに並んで自立的に存在していたかぎりでは、それらのものの一つの機構への結合でもあるのであって、これはアダム〔・スミス〕がまったく見落としていた側面である。〉(草稿集④433頁)

  (ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト) たとえば1台の馬車は、それまでは車工、馬具工、指物工、錠前工、真鍮工、ろくろ工、レース工、ガラス工、画工、塗工、メッキ工など多数の独立手工業者の労働の総生産物でした。馬車マニュファクチュアは、これらのいろいろな手工業者をすべて一つの作業場に集め、そこで彼らを互いに助け合いながら同時に労働するようにします。馬車にメッキするのは、たしかに、馬車がつくられてからでなければできません。しかし、たくさんの馬車が同時につくられますと、あるものが生産過程の前のほうの段階を通っているあいだに、いつでも他のどれかがメッキされているということが可能なのです。しかしこの状態では、まだ私たちは、有り合わせの人と物とを使った単純な協業の域を脱していません。

    その具体的な例として、馬車の生産が挙げられています。馬車を作るために必要なさまざまな部品は、それぞれその生産を専門とする独立した手工業者が各自の作業場で生産していたのですが、一人の資本家がそれらをすべて一つの作業場に集めて、互いに助け合いながら同時に生産するようにしたのです。しかしこの状態では、まだ単純な協業の域を脱したとはいえません。
  『61-63草稿』から紹介しておきます。

  馬車マニュファクチュア。〔馬車の製造〕では、車大工のほかに、いろいろな独立の手工業者が働いていた。馬具工、指物工、錠前工、真鍮工、ろくろ工、レース工、ガラス工、画工、塗工、メツキ工などである。のちには、これらの労働者は馬車工場のなかで一つにまとめられ、互いに協力して働いた。」(ヨハン・モーリツ・ポッペ『……技術学史』330ページ。)〉(草稿集⑨62頁)

  (チ)(リ)(ヌ) しかし、やがて一つの重要な変化が現われます。ただ馬車の製造だけに従事している指物工や錠前工や真鍮工などは、従来はその手工業をその全範囲にわたって営んでいましたが、やがてその習慣といっしょに、そうする能力もだんだん失ってくるのです。そして、彼の一面化された作業は、その狭められた活動範囲のためもあって、その最も合目的的な形態を与えられるようにもなるのです。

    しかしこのように資本家の指揮のもとに一カ所に集められて作業を行うことによって、やがて重要な変化が現れてきます。本来は馬車の部品を製造していた手工業者は、同時に別の仕事も請け負って仕事をしていました。例えば指物工や錠前工や真鍮工などは、馬車の部品だけではなくて、それ以外の製品も手がけていたのです。ところが一人の資本家の指揮もとに、一つの作業場に集められてただ馬車の部品だけを生産することを強いられますと、以前は独立した手工業者としてもっていたさまざまな能力も失われて、ただ馬車の部品の製造という一面化された作業に特化されることによって、その作業そのものももっとも合目的的な形態を与えられるようになるということです。

  (ル)(ヲ) もともとは、馬車マニュファクチュアはいろいろな独立手工業の結合体として現われました。しかしそれは、しだいに、馬車生産をそのいろいろな特殊作業に分割するものになり、これらの作業のそれぞれが1人の労働者の専有機能に結晶してそれらの全体がこれらの部分労働者の結合体によって行なわれるようになるのです。

    このように本来は独立した手工業者たちが生産した結合体だった馬車は、馬車生産をいろいろな特殊作業に分割して、それらの作業をそれぞれの労働者の専有機能にして、その全体がこうした部分労働者の結合体として行われるようになるということです。

  (ワ)  同じように、織物マニュファクチュアやその他の多くのマニュファクチュアも、同じ資本の指揮のもとでのいろいろな手工業の結合から生じたのです。

    こうしたさまざまな独立した手工業者を一人の資本家の指揮のもとに一つの作業場に集められ、それらの手工業者を部分労働者にして、一つの結合体を形成するやり方は、それ以外にも織物マニュファクチュアやその他のマニュファクチュアでも生じてきたのです。


◎原注26

【原注26】〈26 このようなマニュファクチュアの形成様式のもっと近代的な一例を、次の引用によって示そう。リヨンやニームの絹紡績業や絹織物業は「まったく家長制的である。それはたくさんの女や子供を使用しているが、彼らを過労させたり堕落させたりするようなことはない。それはドゥローム、ヴァール、イゼール、ヴォクリューズの彼らの美しい谷間に彼らを置いたままで、彼らに蚕を飼わせ、繭から糸を紡がせる。それはけっして本式の工場経営にはならない。それにもかかわらず、そのように高度に応用されるためには……ここでは分業の原則は一つの特殊な性格をもっている。そこには糸繰り工も糸撚り工も染色工も糊付け工もいるし、また織物工もいる。だが、彼らは同じ一つの作業場に集められてはいないし、同じ1人の主人に従属してもいない。彼らはみな独立している。」(A・ブランキ『産業経済学講義』、A・ブレーズ編、パリ、1838-1839年、79ページ。)ブランキがこれを書いてからも、いろいろな独立労働者の一部分は工場内に集められた。{第四版へ。--(ニ)そして、マルクスが以上のように書いてからあとで、これらの工場では力織機が採用されて急速に手織機を駆逐した。クレフェルトの絹工業もこれと同じ経験をもっている。--F・エンゲルス}〉(全集第23a巻442頁)

    これはパラグラフの最後の一文〈同様に、織物マニュファクチュアやその他の多くのマニュファクチュアも、同じ資本の指揮のもとでのいろいろな手工業の結合から生じたのである(26)〉に付けられた原注です。
    ここでは同じような過程を辿ってマニュファクチュアが形成された近代的な一例としてブランキからの引用がなされています。しかしブランキの引用文は、さまざまな手工業者が確かに分業関係にはあるが、しかし分散して仕事をしている様子が描かれているだけのものです。だから〈彼らは同じ一つの作業場に集められてはいないし、同じ1人の主人に従属してもいない。彼らはみな独立している〉と述べているわけです。つまりこれらは一つの作業場に集められる前のある意味では牧歌的な状況を描いているといえるでしょう。だからマルクスは引用のあとに〈ブランキがこれを書いてからも、いろいろな独立労働者の一部分は工場内に集められた〉と補足しているわけです。
    後で紹介する『61-63草稿』のブランキからの抜粋ではその前にマルクスは〈ブランキは、前に示唆した箇所で、「大マニュファクチュアの組織のもとに従属した労働者の規制された、そしていわば強制された労働」[13ページ]と、農村住民の手工業的な、または家内副業として営まれている工業とを区別している〉と述べています。そして大マニュファクチュアの一例としては〈ルアンやミュルーズの工業は、広大な建物の中で、資本の力に頼って……真に一軍勢といえるほどの労働者をもって行なわれているものばかりであって、そこでは、兵舎に似た、塔のように高い、銃限のような窓で穴だらけの巨大な工場に、何百、何千もの労働者が閉じ込められている〉と述べ、それと対照的なものとして〈リヨンやニームの工業〉のマルクスが原注で引用しているような牧歌的な描写が行われているのです。だからマルクスが引用しているブランキの一文そのものは〈このようなマニュファクチュアの形成様式のもっと近代的な一例〉とは必ずしもいえないように思えます。
    さらにエンゲルスによる第四版への注では、彼らを集めた工場では力織機が採用されて手織機は駆逐されたと述べていますが、〈マルクスが以上のように書いてからあとで〉ということですが、しかしこれはもはや次の「第13章 機械と大工業」に関連するもののように思われます。

    すでに指摘しましたように、『61-63草稿』ではブランキの同じ箇所を引用したものがありますので、紹介しておきます。

 〈ブランキは、前に示唆した箇所で、「大マニュファクチュアの組織のもとに従属した労働者の規制された、そしていわば強制された労働」[13ページ]と、農村住民の手工業的な、または家内副業として営まれている工業とを区別している。「マニュファクチュアの罪は、……労働者を隷属させ、労働者を……彼と彼の家族を、仕事の意のままにさせるところにある。[118ページ]……たとえば、/ルアンかミュルーズの工業をリヨンかニームの工業と比べてみるがよい。いずれも二つの繊維の、すなわち一方は綿、他方は絹の製糸と織物を目的としている。だが、両者に似たところはまったくない。ルアンやミュルーズの工業は、広大な建物の中で、資本の力に頼って……真に一軍勢といえるほどの労働者をもって行なわれているものばかりであって、そこでは、兵舎に似た、塔のように高い、銃限のような窓で穴だらけの巨大な工場に、何百、何千もの労働者が閉じ込められている。それと対照的に、リヨンやニームの工業は、まったく家父長制的である。それはたくさんの婦人や児童を使用しているが、彼らを疲れ果てさせたり堕落させたりするようなことはない。それはドゥローム、ヴァール、イゼール、ヴォグリューズの彼らの美しい谷間に彼らを置いたままで、彼らに蚕を飼わせ、繭から糸を紡がせる。それはけっして真の工場経営にはならない。この工業でも前者でと同じように分業の原則が守られてはいるが、ここではこの原則は一つの独自な性格を帯びている。そこには糸繰り工も糸撚り工も捺染工も糊付け工もいるし、また織物工もいる。だが彼らは同じ一つの建物に集められてはいないし、同じ一人の雇主に従属してもいない。彼らはみな独立している。彼らの道具、彼らの織機、彼らのボイラーから成る彼らの資本は、あまり大きいものではないが、しかしそれは、彼らを雇主とある程度まで対等な位置におくには十分なものである。ここには、工場規則も忍従すべき条件もない。各人は、まったく自由に、自分のために契約するのである。」(ブランキ兄『産業経済学講義』、A・プレーズ編注、パリ、1838-1839年、44-80ページの各所。)〉(草稿集④457-548頁)


◎第3パラグラフ(マニュファクチュアはこれとは反対の道でも発生する。同じことまたは同じ種類のことを行なう多数の手工業者が同じ資本によって同じ時に同じ作業場で働かされ、何らかの外部的な事情によって、彼らの労働が分割され、それらの作業を互いに引き離し、孤立させ、空間的に並べ、それぞれの作業を別々の手工業者に割り当て、すべての作業がいっしょに協業者たちによって同時に行なわれるようにする)

【3】〈(イ)しかし、マニュファクチュアはこれとは反対の道でも発生する。(ロ)同じことまたは同じ種類のことを行なう、たとえば紙とか活字とか針とかをつくる多数の手工業者が同じ資本によって同じ時に同じ作業場で働かされる。(ハ)これは、/最も単純な形態の協業である。(ニ)これらの手工業者はそれぞれ(おそらく1人か2人の職人といっしょに) 一つの完全商品をつくっており、したがって、その生産に必要ないろいろな作業を順々にすませてゆく。(ホ)彼は自分の古い手工業的なやり方で労働することを続ける。(ヘ)しかし、やがて外部的な事情が、同じ場所に労働者が集まっていることや彼らが同時に労働することを別のやり方で利用させるようになる。(ト)たとえば、かなり大量の完成商品を一定期問内に供給する必要があるとしよう。(チ)そのために、労働が分割されることになる。(リ)いろいろな作業を同じ手工業者に時間的に順々に行なわせることをやめて、それらの作業を互いに引き離し、孤立させ、空間的に並べ、それぞれの作業を別々の手工業者に割り当て、すべての作業がいっしょに協業者たちによって同時に行なわれるようにする。(ヌ)このような偶然的な分割が繰り返され、その特有な利点を現わし、しだいに組織的な分業に固まってゆく。(ル)商品は、いろいろなことをする1人の独立手工業者の個人的な生産物から、各自がいつでも一つの同じ部分作業だけを行なっている手工業者たちの結合体の社会的な生産物に転化する。(ヲ)ドイツの同職組合的製紙業者が次々に行なってゆく諸作業としては互いに混じり合っていた諸作業が、オランダの製紙マニュファクチュアでは多数の協業労働者が相並んで行なう部分作業に独立化された。(ワ)ニュルンベルクの同職組合的製針業者は、イギリスの製針マニュファクチュアの基本要素になっている。(カ)しかし、ニュルンベルクの製針業者は、おそらく20種にのぼる一連の諸作を1人で次々にやっていたのであるが、イギリスのマニュファクチュアでは、まもなく、20人の製針工が相並んでそれぞれ20種の作業のうちの一つだけを行ない、これらの作業は経験に従ってもっとずっと細分化され分立化されて、各個の労働者の専有機能として独立化されたのである。〉(全集第23a巻442-443頁)

  (イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ) しかし、マニュファクチュアはこれとは反対の道でも発生します。同じことかまたは同じ種類のことを行なう手工業者、たとえば紙とか活字とか針とかをつくる多数の手工業者が同じ資本によって同じ時に同じ作業場で働かされます。これはこの限りでは、最も単純な形態の協業です。それぞれの手工業者は(おそらく1人か2人の職人といっしょに) 一つの完全商品をつくっています。だからその生産に必要ないろいろな作業を彼らは順々にすませてゆくわけです。つまり彼は自分の古い手工業的なやり方で労働することを続けるわけです。

    先のマニュファクチュアの発生は、一つの商品のさまざまな部分品をそれぞれ独立して生産していた手工業者たちを、一つ工場に集めて一人の資本の指揮のもとに協力して生産して最終的な商品として完成させるようにされることから生まれたものでした。今度は、同じ商品や同じ種類の商品(例えば紙とか活字とか針など)を生産している手工業者たちを、一つの作業場に集めて、資本家の指揮のもとに同じ商品の生産を行うケースです。これだけだと、これは単純な協業でしかありません。それぞれの手工業者はそれ以前と同じように一人か二人の助手を使って各自が生産を行っているわけです。唯一違うのは、彼らは同じ作業場に集められて一緒に生産しているというだけです。

  (ヘ)(ト)(チ)(リ) しかし、やがて外部的な事情が、同じ場所に労働者が集まっていることや彼らが同時に労働することを別のやり方で利用させるようにさせます。たとえば、かなり大量の完成商品を一定期問内に供給する必要があるという事情が生じたとしましょう、そうすると、これまでのようにいろいろな作業を同じ手工業者が時間的に順々に行なわせることをやめて、それらの労働を分割して、互いの作業を引き離し、孤立させ、空間的に並べ、その上で、それぞれの作業を別々の手工業者に割り当て、すべての作業がいっしょに協業者たちによって同時に行なわれるようにする方が効率的であることに気づくのです。

    しかしこの場合も、やはり外部的な事情が、彼らの協業の形態に変化をもたらします。例えば、かなり大量の商品を一定の期間内に供給する必要があるような事情が生じた場合、個々別々に独立して一つの商品の生産に必要な作業のすべてを一人の人がやっていたのでは、効率が悪いので、彼らの作業を一旦分解して、それぞれの部分作業を各自に割り振りして、そして各自が分担した単純な作業を同時に行うことによって一つの商品を生みだす方が効率的であることに気づきます。

  (ヌ)(ル) そしてこのような偶然的な分割が繰り返され、その特有な利点を明らかになり、しだいに組織的な分業に固まってゆきます。商品は、いろいろなことをする1人の独立手工業者の個人的な生産物から、各自がいつでも一つの同じ部分作業だけを行なっている手工業者たちの結合体の社会的な生産物に転化するのです。

    こうして最初は偶然的な契機による分割が、繰り返されますと、そうした作業の分割と分担の利点が明らかになり、さらに意識的な分割と組織的な分業が固まってきます。商品はいまやいろいろなことをやる一人の独立手工業者の個人的な生産物から、各人が同じ部分作業だけを行っている手工業者たちの結合体の社会的な生産物になるわけです。

  (ヲ)(ワ)(カ) ドイツの同職組合的製紙業者が次々に行なってゆく諸作業としては互いに混じり合っていた諸作業が、オランダの製紙マニュファクチュアでは多数の協業労働者が相並んで行なう部分作業に独立化されました。ニュルンベルクの同職組合的製針業者は、イギリスの製針マニュファクチュアの基本要素になっています。しかし、ニュルンベルクの製針業者は、おそらく20種にのぼる一連の諸作を1人で次々にやっていたのですが、イギリスのマニュファクチュアでは、まもなく、20人の製針工が相並んでそれぞれ20種の作業のうちの一つだけを行ない、これらの作業は経験に従ってもっとずっと細分化され分立化されて、各個の労働者の専有機能として独立化されたのです。

    例えばドイツの同職組合による製紙業者たちがそれぞれが次々に行っていた諸作業が、オランダの製紙マニュファクチュアでは、多数の協業労働者が一緒に並んで行う部分作業に独立化されました。マルクスは『61-63草稿』では〈とくに、オランダの製紙工場は、本格的な、非常に発達をとげた本格的なマニュファクチュアであった。部分的に個々の工程では、最初は手動機械(ミューレ)が、それから水力あるいは風力機械(ミューレ)が使用されていた〉(草稿集⑨78頁)とも述べています。
    またニュルンベルグの同職組合の製針業者の作業は、イギリスの製針マニュファクチュアが統一して行う作業の基本要素になっています。ニュルンベルグの業者は、20種にものぼる一連の作業を一人で次々とやっていたのですが、イギリスのマニュファクチュアでは、20人の作業員が一緒にならんでそれぞれが20種類の作業のうちの一つだけを行っているわけです。しかもこれらの作業は経験によって、さらに細かく細分化されて分立化されて、それぞれの労働者によって担われ、彼らの専有の機能として独立化されたのです。


   ((2)に続く。)

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『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(2)

2024-08-30 18:21:59 | 『資本論』

『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(2)


◎第4パラグラフ(こうして、マニュファクチュアは、一方では一つの生産過程に分業を導入するかまたはいっそう発展させるかし、他方では以前は別々だったいろいろな手工業を結合するのである。しかし、その特殊な出発点がどれであろうと、その最終の姿は同じもの、すなわち、人間をその諸器官とする一つの生産機構である。)

【4】〈(イ)このように、マニュファクチュアの発生様式、手工業からのその生成は、二重である。(ロ)一方では、マニュファクチュアはいろいろな種類の独立手工業の結合から出発し、これらの手工業は、非独立化され一面化されて、もはや一つの同じ商品の生産過程で互いに補足し合う部分作業でしかなくなる。(ハ)他方では、マニュファクチュアは同種の/手工業者たちの協業から出発し、同じ個人的手工業をそのいろいろな特殊作業に分解し、さらにこれらの特殊作業を分立化し独立化して、それぞれの作業が1人の特殊労働者の専有機能になるようにする。(ニ)こうして、マニュファクチュアは、一方では一つの生産過程に分業を導入するかまたはいっそう発展させるかし、他方では以前は別々だったいろいろな手工業を結合するのである。(ホ)しかし、その特殊な出発点がどれであろうと、その最終の姿は同じもの、すなわち、人間をその諸器官とする一つの生産機構である。〉(全集第23a巻443-444頁)

  (イ)(ロ)(ハ) このように、マニュファクチュアの発生の仕方、手工業からのその生成というのは、二通りです。一方では、マニュファクチュアはいろいろな種類の独立手工業の結合から出発して、これらの手工業は、やがて非独立化され一面化されて、もはや一つの同じ商品の生産過程で互いに補足し合う部分作業でしかなくなるという仕方です。他方では、マニュファクチュアは同種の手工業者たちの単純な協業から出発し、外的事情から、同じ個人的手工業の作業をいろいろな特殊作業に分解し、さらにこれらの特殊作業を分立化し独立化して、それぞれの作業が1人の特殊な労働者の専有機能にする仕方です。

    以上のように、マニュファクチュアが手工業から発生する仕方は、二通りです。一つはいろいろな種類の独立した手工業者たちを、一つの作業場に集めることから出発し、やがてそれらの手工業者たちは一つの商品を生産する生産過程の互いに補足し合う一面化された部分作業を専門的に担うようになるという仕方です。
    もう一つは、同じ種類の手工業者たちが集められ、同じ商品をただ協業して生産することから始め、やがて外部的な事情から、個別の手工業を分解して、それを独立化させ、それぞれを部分労働者に割り振りして専門的に分担させていくやり方です。

  (ニ)(ホ) こうして、マニュファクチュアは、一方では一つの生産過程に分業を導入するかまたはいっそう発展させるかし、他方では以前は別々だったいろいろな手工業を結合するのです。しかし、その特殊な出発点がどれであろうと、その最終の姿は同じもの、すなわち、人間をその諸器官とする一つの生産機構なのです。

    このように、マニュファクチュアは、一方では、同じ一つの生産過程を分解して、それぞれの独立化した部分労働を労働者を分担させ、分業として発展させるか、他方では、以前は別々だったいろいろな手工業を結合して、一つの生産過程の分業へと発展させるかして生まれてきました。しかしその出発点がどうであろうと、最終的な姿は同じものです。すなわち人間をその諸器官とする一つの生産機構なのです。最後の部分はフランス語版では〈だが、マニュファクチュアの出発点がどうあろうとも、その最終形態は同じもの--人間が肢体になっている生産有機体--である。〉(江夏・上杉訳351頁)となっています。

    同じ問題を論じている『61-63草稿』から紹介しておきます。

  マニュファクチュアは、手工業から2つの道をとおって現われる。(1)単純協業。同じ仕事をする多数の手工業者が手工道具をたずさえてひとつの作業場に集積すること。これは、往時の織布マニュファクチュアとつづく仕上げ加工マニュファクチュアとの特徴だった。そこでは、分業はほとんど行なわれていない。せいぜい、準備とか仕上げとか、若干の副次的作業にかんして行なわれるにすぎない。この場合の節約は主として、建物・炉などのような一般的な労働条件の共同利用〔から生まれるのである〕。総じて資本主義的生産に固有の要素である工場主の監督〔についても同様〕。……/……
  (2)多数の独立した部門に分割されている手工業を一工場において結合すること。分割は、手工業でも見られるが、しかし、その各部分は自立した手工業として営まれているのである。工場は、この孤立性と自立性の否定である。相違は次の点に要約される。すなわち、特殊な労働は、生産物をもはや特殊な商品として生産するのではなく、たんに一商品を完成するための部分として生産するだけである。特殊的になっている生産物は、このようなものとしては商品であることをやめる。これまで分かれていたものがひとたび結合されると、このようにして成立した自然生的なマニュファクチュアを基盤にして、その細分がさらに発展し、その部分に分割され、自動式〔self acting〕になる。……〉(草稿集⑨118-119頁)


◎第5パラグラフ(マニュファクチュアにおける分業を正しく理解するためには、次の諸点をしっかりとらえておくことが重要)

【5】〈(イ)マニュファクチュアにおける分業を正しく理解するためには、次の諸点をしっかりとらえておくことが重要である。(ロ)まず第一に、生産過程をその特殊な諸段階に分解することは、この場合には、一つの手工業的活動をそのいろいろな部分作業に分解することとまったく一致する。(ハ)複合的であろうと単純であろうと、作業は相変わらず手工業的であり、したがって、個別労働者が彼の用具を操作するにあたっての力や熟練や速さや確かさにかかっている。(ニ)相変わらず手工業が基礎である。(ホ)この狭い技術的基礎は、生産過程の真に科学的な分解を排除する。(ヘ)というのは、生産物の通るそれぞれの部分過程が手工業的な部分労働として行なわれうるものでなければならないからである。(ト)このように相変わらず手工業的な熟練が生産過程の基礎であるからこそ、どの労働者もそれぞれただ一つの部分機能だけに適合させられて、彼の労働力はこの部分機能の終生変わらない器官にされてしまうのである。(チ)最後に、この分業は、協業の一つの特殊な種類なのであって、その利点の多くは協業の一般的な本質から生ずるのであり、協業のこの特殊な形態から生ずるのではないのである。〉(全集第23a巻444頁)

  (イ) マニュファクチュアにおける分業を正しく理解するためには、次の諸点をしっかりとらえておくことが重要です。

    このパラグラフは「第1節 マニュファクチュアの二重の起源」のまとめです。フランス語版では、このパラグラフは三つのパラグラフに分けられています。よってフランス語版の該当部分を最初に紹介しておくことにします。

  〈マニュファクチュアにおける分業を適切に評価するためには、次の二点をけっして見失わないことが肝要である。〉(江夏・上杉訳351頁)

    全集版ではマルクスはマニュファクチュアにおける分業を正しく理解するための要点として六つ挙げているように見えますが、フランス語版では〈次の二点〉と二つの点を強調しています。しかし全体として述べていることには大きな違いはありません。

  (ロ) まず第一に、生産過程をその特殊な諸段階に分解することは、この場合には、一つの手工業的活動をそのいろいろな部分作業に分解することとまったく一致するということです。

  フランス語版です。

  〈第一に、ここでは、生産過程をその特殊な諸段階に分解することが、手工業者の手仕事をそのさまざまな手作業に分解することと全く一致している。〉(同前)

    第一には、二つの過程を通って成立するマニュファクチュアは、いずれも成立した段階における生産過程をその特殊な諸段階に分解するわけですが、それらはいずれも、一つの手工業的活動をいろいろな部分作業に分解するということです。つまり分解された諸作業もやりは依然として手工業的な作業だということだと思います。

  (ハ) 複合的であろうと単純であろうと、作業は相変わらず手工業的であり、したがって、個別労働者が彼の用具を操作するにあたっての力や熟練や速さや確かさにかかっているということです。

  フランス語版です。

  〈複雑であろうと単純であろうと、作業は依然として、労働者の手が道具を取り扱うさいの力や熟練や速さや確実さに依存している。〉(同)

 第二に、だから分割された作業はあいかわらず手工業的であり、個別の労働者が彼の用具を使うに当たっての彼の力や熟練の度合いや速さや確かさに、それらの作業の成否はかかっているということです。

  (ニ) 相変わらず手工業が基礎だということです。

  〈手工業が依然として基礎である。〉(同)

    だから第三に、問題は相変わらず手工業が基礎だということです。分業にもとづくマニュファクチュアを理解する点で重要なのは、それが相変わらず技術的には手工業の域を出ていないということなのです。そこでは中世の親方のもとにおける徒弟制度はすでにありませんが、多くの親方の代わりに一人の資本家が来て、多くの親方や徒弟を多くの労働者に置き換えていますが、しかしその労働者はあいかわらず熟練を必要とし、その作業も手工業の域を出ていないということなのです。

  (ホ)(ヘ) この狭い技術的基礎は、生産過程の真に科学的な分解を排除します。といますのは、生産物の通るそれぞれの部分過程が手工業的な部分労働として行なわれうるものでなければならないからです。

  〈この技術的な基礎は、仕事の分解を、非常に狭い限界内でしか許さない。労働対象が通りぬけてゆく個々の部分工程が手の仕事として実行可能なものでなければ/ならず、それがいわばそれだけで独自の手工業を形成しなければならないのである。〉(江夏・上杉訳351-352頁)

    ですから第四に、この手工業という狭い技術的基礎は、仕事の分解を非常に狭い限界のなかでしか許さず、生産過程の真に科学的な分割を阻止します。といいますのは、労働対象が通り抜けていくそれぞれの部分的な生産過程が手工業的なものとして行われなければならなず、それだけで独自の手工業を形成しなければならないからです。

  (ト) このように相変わらず手工業的な熟練が生産過程の基礎であるからこそ、どの労働者もそれぞれただ一つの部分機能だけに適合させられて、彼の労働力はこの部分機能の終生変わらない器官にされてしまうのです。

  〈まさしく手工業の熟練が依然としてマニュファクチュアの基礎であるからこそ、マニュファクチュアでは、個々の労働者は全生涯を通じ一つの部分機能に適合させられるのである。〉(江夏・上杉訳352頁)

    第五に、このように手工業的な熟練が生産過程の基礎になっていますから、分割されて部分労働者に割り振られた作業も、ただ一つの作業の部分機能に適応するように変形されてしまって、労働者は一生涯その部分機能を担う器官にされてしまうわけです。

  (チ) 最後に、この分業は、協業の一つの特殊な種類なのであって、その利点の多くは協業の一般的な本質から生ずるのであって、協業のこの特殊な形態から生ずるのではないのです。

  〈第二に、マニュファクチュア的分業は一つの特殊な種類の協業であり、その利点の多くは、協業のこの特殊な形態から生ずるのではなく、協業の一般的な本性から生ずるのである。〉(同前)

    そして最後に、こうしたマニュファクチュア的分業は、協業の一つの特殊な種類であって、その利点の多くは協業の一般的な本質から生じているのであって、協業のこの特殊な形態、すなわち分業そのものから生じているのではないということです。

    以上、このように全集版にもとづいてマルクスが指摘しているものを六つに分けて検討しましたが、フランス語版では第一から第五までと、最後ものとの二つに分けて〈次の二点をけっして見失わないことが肝要である〉と述べていることも重要だと思います。

 

  第2節  部分労働者とその道具

 

◎第1パラグラフ(一生涯同じ一つの単純な作業に従事する労働者は、自分の全身をこの作業の自動的な一面的な器官に転化させ、その作業により少ない時間を費やし、労働の生産力を高める)

【1】〈(イ)もっと詳しく細目に立ち入って見れば、まず第一に明らかなことは、一生涯同じ一つの単純な作業に従事する労働者は、自分の全身をこの作業の自動的な一面的な器官に転化させ、したがって、多くの作業を次々にやってゆく手工業者に比べればその作業により少ない時間を費やす、ということである。(ロ)ところが、マニュファクチュアの生きている機構をなしている結合全体労働者は、ただこのような一面的な部分労働者だけから成っているのである。(ハ)それだから、独立手工業に比べれば、より少ない時間でより多くが生産されるのであり、言い換えれば、労働の生産力が高められるのである(27)。(ニ)部分労働がある1人の人の専有機能として独立化されてからは、部分労働の方法も改良される。(ホ)限られた同じ行為の不断の反復と、この限られたものへの注意の集中とは、経験によって、目ざす有用効果を最小の力の消耗で達成することを教える。(ヘ)ところが、世代の違う労働者たちがいつでも同じ時にいっしょに生活していて同じマニュファクチュアでいっしょに働いているのだから、このようにして獲得された技術上の手練は、やがて固定され、堆積され、伝達されるのである(28)。〉(全集第23a巻445頁)

  (イ) もっと詳しく細目に立ち入って見ますと、まず第一に明らかなことは、一生涯同じ一つの単純な作業に従事する労働者は、自分の全身をこの作業の自動的な一面的な器官に転化させてしまい、その結果、多くの作業を次々にやってゆく手工業者に比べますと、その作業により少ない時間を費やす、ということです。

    このパラグラフもフランス語版の該当個所を最初に紹介しておきます。

  〈幾つかの細かい点に立ち入ろう。まず明らかなことだが、部分労働者は、自分の全身を、一生涯にわたる同一の単純作業の専門的、自動的な器官に変え、したがって、彼はこの作業には、一連の作業のすべてを行なう手工業者よりも少ない時間を費やすのである。〉(江夏・上杉訳352頁)

    マニュファクチュアにおける分業をさらに細かく見て行きますと、最初に明らかになりますのは、部分労働者を一生涯一つの単純な作業に縛りつけることにより、さまざまな作業をこなさなければならなかった以前の手工業者に比べますと、その作業に費やさねばならない時間を短くします。単純化されさた作業には容易に熟達し、速さも確実さも増します。だから一つの部分完成品を生産する時間を短くするわけです。

  (ロ)(ハ) そして、マニュファクチュアの生きている機構をなしている結合全体労働者は、ただこのような一面的な部分労働者だけから成っているのですから、それだけ、独立手工業に比べますと、より少ない時間でより多くが生産されるのです。言い換えますと、労働の生産力が高められるのです。

    フランス語版です。

  〈ところで、マニュファクチュアの生きた機構である集団労働者は、このような部分労働者だけから構成されている。それだから、独立手工業に比べれば、マニュファクチュアはより少ない時間でより多くの生産物を供給する、あるいは、結局同じことになるが、労働生産力を高めるのである(2)。〉(同)

    そして同じことはそうした部分労働者によって構成されている全体機構としての集団労働者も、独立手工業に比べますと、より少ない時間でより多くの生産物を供給することは明かです。つまり労働の生産力を高めることになるのです。

  (ニ)(ホ)(ヘ) さらに次のようにもいえます。部分労働がある1人の人の専有機能として独立化されますと、部分労働の方法も改良されます。限られた同じ行為の不断の反復と、この限られたものへの注意の集中とは、経験によって、目ざす有用効果を最小の力の消耗で達成することを教えるからです。さらには、世代の違う労働者たちがいつでも同じ時にいっしょに生活していて同じマニュファクチュアでいっしょに働いているのですから、このようにして獲得された技術上の手練は、やがて固定され、堆積され、伝達されていくのです。

  〈それだけではない。部分労働が専門機能になるやいなや、その方法が改良される。単純な行為を不断に反復し、この行為に注意を集中すれば、経験によってだんだんと、最小の力の支出で所期の有用な効果を達成することができる。そして、世代のちがう労働者がつねに同じ作業場で一緒に生活し労働しているのであるから、獲得された技術上の方式、手工業のこつと呼ばれるものが積み重ねられ、伝達される(3)。〉(同)

    全体的な生産機構としてはそれだけにとどまりません。部分労働が専門機能になりますと、それが一段と改良されるようになります。作業を分割して、単純化し、その単純な行為を不断に反復するようになり、それに注意を集中するようになれば、経験によって、最小の力の支出で所期の目的を達成することができるようになるわけです。しかも世代の異なる労働者が常に同じ作業場で一緒に労働して生活しているのですから、獲得された技術上の手練(コツ)は、やがて固定され、積み重ねられて、世代から世代へ伝達されてゆきます。

    違った観点から同じような問題を論じている『61-63草稿』から紹介しておきます。

  〈家父長制的あるいは手工業的経営では労働者が自己の製品を仕上げるために順々に遂行する、また彼の活動の異なった様式として互いにからみあい時間的に継起して交替するさまざまな作業が、つまり彼の労働が順次に通過しそのたびごとにかたちを変えるさまざまな段階が、いまや自立した作業ないし過程として、相互に引き離され、孤立させられる。このような単純かつ単一な過程のそれぞれが特定の労働者または一定数の労働者たちの専有機能となることによって、この自立性は固定され、人格化される。彼らはこれらの孤立した議機能のもとに包摂される。労働が彼らのあいだに配分されるのではない。彼らがさまざまな過程のあいだに配分されるのであり、それらの過程のそれぞれが--彼らが生産的な労働能力として活動するかぎり--彼らの専有の生活過程となるのである。つまり、生産性の向上と生産過程全体の複雑化、生産過程全体の豊富化は、それぞれの特殊的機能を果たす労働能力を単なる干からびた抽象物--それは永遠に単調な同じ活動として現われる単純な属性で、それと引き替えに、労働者の全体的な生産能力が、彼の素質の多様性が没収されている--に還元するという代償を払ってあがなわれるのである。これらの生きた自動装置(アオトマート)の諸機能として遂行されるこのように分離されたもろもろの過程が、まさにそれらの分離と自立性によ/って、結合〔Kombination〕を許すのであり、これらのさまざまな過程が同一の作業場(アトリエ)で同時に遂行されることを許すのである。分割と結合〔Kombination〕とはそこでは相互に条件づけ合っている。一商品の総生産過程は、いまや一つの組み立てられた作業として、多くの作業の複合として現われ、それらはいずれも、ほかからは独立しつつ互いに補足しあい相互に並んで同時に遂行されうるのである。ここでは、さまざまな過程〔相互的〕補足が、未来から現在に移されており、その結果、商品は、一方で〔その生産が〕開始されるときに、他方では完成されるのである。それと同時に、これらのさまざまな作業は単純な機能に還元されているため熟達した腕まえ〔Virtuosität〕をもって遂行されるから、一般に協業に固有のこの同時性にたいしてさらに労働時間短縮がつけ加わるのであって、労働時間のこの短縮は、同時に補足し合いながら一全体を構成する諸機能のいずれにおいても達成される。その結果、所与の時間内により多くの完全商品が、より多くの商品が完成されるばかりでなく、総じてより多くの完成商品が供給されることになる。この結合によって作業場(アトリエ)は、個々の労働者をそのさまざまな手足とする一つの機構となるのである。〉(草稿集④443-444頁)


◎原注27

【原注27】〈27 「仕事に変化の多い製造工業が分解されて別々の職工に割り当てられるようになればなるほど、必ず同じことがよりよく、より速く、時間や労働のより少ない損失をもって、なされるにちがいない。」(『イギリスにとっての東インド貿易の利益』、ロンドン、1720年、71ページ。)〉(全集第23a巻445頁)

    これは〈それだから、独立手工業に比べれば、より少ない時間でより多くが生産されるのであり、言い換えれば、労働の生産力が高められるのである(27)〉という本文に付けられた原注です。
  〈仕事に変化の多い製造工業〉という部分は引用文なのですが、何のことか分かりません。あまり適切な訳とはいえないのではないでしょうか。初版では〈多様性に富むどんな製造業でも〉となっており、フランス語版も〈一つの製造工業が〉となっています。新日本新書版では〈きわめて多様な製造業が〉(590頁)と訳されており、こちらの方が適訳といえるでしょう。
   『イギリスにとっての東インド貿易の利益』という匿名の著書(草稿集⑨では〔マーティン、ヘンリ〕と著者名らしいものが書かれていますが)からの引用ですが、本文とほぼ同主旨のことが書かれています。『61-63草稿』では同書からの引用がなされている一連の文章がありますので、紹介しておきます。

  〈分業についてのベティの見解を古代人のそれから区別するものは、最初から、分業が生産物の交換価値に、つまり商品としての生産物に及ぼす影響を、すなわち商品の低廉化を見ていることである。
  同じ観点を、もっと明確に、一商品の生産に必要な労働時間の短縮と表現し、一貫して主張しているのは、『イギリスにとっての東インド貿易の利益』、ロンドン、1720年、である。
  決定的なことは、どんな商品でも「最少のそして最もやさしい労働」でつくることである。あることが「より少ない労働で」遂行されるならば、「その結果、より低い価格の労働で」遂行されるととになる。こうして商品は安価にされ、その次には、労働時間をその商品の生産に必要な最小限にきりつめることが、競争によって一般的法則となる。/「もし私の隣人がわずかな労働で多くをなすことによって安く売ることができるならば、私もなんとかして彼と同じように安く売るようにしなければならない。」[67ページ]分業について、彼はとくに次のことを強調している。--「どのマユュファクチュアでも、職工の種が多ければ多いほど、一人の人の熟練〔skill〕に残されるものはそれだけ少ない。」よ[68ページ]〉(草稿集④460-461頁)


◎原注28

【原注28】〈28 「容易な労働は伝承された技能である。」(T・ホジスキン『民衆経済学』、48ページ。)〉(全集第23a巻445頁)

    これは〈ところが、世代の違う労働者たちがいつでも同じ時にいっしょに生活していて同じマニュファクチュアでいっしょに働いているのだから、このようにして獲得された技術上の手練は、やがて固定され、堆積され、伝達されるのである(28)〉という本文に付けられた原注です。ホジスキンの著書からの簡単な一文の引用だけですが、『61-63草稿』では次のように、同じ一文にマルクスの説明が付け加えられています。

  〈世代から世代への熟練〔Geschick〕の伝承はいつでも重要なことである。これは、身分(カスト)制度の場合にものちの同職組合制度の場合にも、決定的な一観点である。「容易な労働は伝承された熟練〔skill〕にほかならない」(トマス・ホジスキン『民衆経済学』、ロンドン、1827年、48ページ)。〉(草稿集④465頁)

    マルクスはホジスキンを高く評価していますが、『資本論辞典』からも紹介しておきましょう。全体は非常に長いものになっていますが、ホジスキンの経済学の内容とそれに対するマルクスの批判を紹介している部分は割愛し、できるだけ簡略化して紹介します。ホジスキンの経済学の内容について興味のある方は『辞典』を直接確認してください。

  ホジスキン Thomas I:Iodgskin (1787-1869) イギリスの社会評論家で,リカード派社会主義者のうちもっとも重要な人物.……ナポレオン験争の後まもなく大陸に渡って各地の社会経済状態を視察し,帰国後はロンドンのの急進的新聞『モーニング・クロニクル』のの議会記者をつとめる一方,当時勃興しつつあった労働運働とも関係をもち,『職工雑誌』の刊行や「職工学校」の成立を計画するなど、主として労働者教育の分野にその努力を傾けた.その間. 1824年の団結禁止法の廃止にさいL,なおも資本擁護の必要が強調されているのにかんがみ,この問題の決定にたいする理論的寄与とLて,翌1825年に『資本の要求にたいする労働の擁護.または資本の不生産性の証明.戦人のあいだの現在の団結に関連して. 一労働者箸』を匿名で世に問い.まt.:l82T年には, 「職工学校」での講義草案をまとめた『民衆経済学,ロンドン職工学校における四つの講義』(ロンドン, 1827年)を公けにした.これらの経済学によって,すでに以前より心にかけていた基本的な問題.すなわち自然法の本質および自然法と実定法との関係についての法律哲学上の問題の研究に着手し,刑法にかんする大著述をまとめようとしたが,ますます多忙な記者生活に追いこまれたため,これを果たすことができなかった.……
  ホジスキンの経済学上の主著は『労働擁護論』であるといってよいが,これはその副題にもあるように,当時の経済学者たちに反対して「資本の不生産性を証明する」ことを目的としたものであった.彼はここでリカードの理論を援用しつつ問題をつぎのように提出する。労働者は労働の全生産物のうち賃銀としてようやく生きるに足るだけのものしか受けとっていない.残余の部分はすべて利潤の名目で資本家の手に入っている.だがなぜ資本家はこのような法外な報酬を獲得するのであるか.資本はこれを獲得するに値するなんらかの効能をもっているのであるか.経済学者たちは資本をもって生産的であるとしているが, しかLそれは果して資本の効能であるかと.……/……
  マルクスは……『資本論』でも例証としてホジスキンの著書から引用している.その主なものを挙げれば,つぎのとおりである.分業論において熟練の伝達,労働者の増加より大きな生産力の増大,部分労働者の生産物は商品とならないことなどについて.また労働を価値の尺度と規定し、商品ではないという彼の指摘,農業における生産期間の長期および労/働期間と生産期間との差が大きいことの説明,監督賃金の平準化,資本蓄積にたいする労働の生産力の制限など,ホジスキンのすぐれた叙述が援用されている.〉(551-553頁)


◎第2パラグラフ(マニュファクチュアは、実際に細部労働者の老練を生みだすのであるが、それは、すでに社会に存在していた職業の自然発生的な分化を作業場のなかで再生産して、それを組織的に極度まで推し進めることによって行なわれる)

【2】〈(イ)マニュファクチュアは、実際に細部労働者の老練を生みだすのであるが、それは、すでに社会に存在していた職業の自然発生的な分化を作業場のなかで再生産して、それを組織的に極度まで推し進めることによって行なわれるのである。(ロ)他方、マニュファクチュアが部分労働をある1人の人間の終生の職業にしてしまうということは、それ以前の諸社会で職業が世襲化され、カスト〔インド的身分制度における身分〕に石化されるか、または、一定の歴史的諸条件がカスト制度に矛盾する個人の変異性を生みだす場合には、同職組合に骨化されるという傾向に対応するも/のである。(ハ)カストも同職組合も、動植物の種や亜種への分化を規制するのと同じ自然法則から発生するのであって、ただ、ある発展度に達すればカストの世襲性や同職組合の排他性が社会的法則として制定されるという点が違うだけである(29)。
(ニ)「ダッカのモスリンは優美という点で、コロマンデルの更紗(サラサ)やその他の織物は染色が華麗で耐久的だという点で、けっしておくれをとったことがない。しかも、これらのものは、資本も機械も分業もそのほかヨーロッパの製造業にあのように多くの便益を与えているどんな手段もなしに、生産される。織り手は単独の個人で、顧客の注文に応じて織物をつくり、その用いる織機は最も簡単な構造のもので、多くは粗雑に組み合わされた木の棒でできているだけである。それには縦糸を巻く装置さえもないので、織機は伸びきったままで置かれなければならず、生産者の小屋にはその置き場がないほどぶかっこうで長くなり、そのために生産者の労働は屋外でなされるよりほかはなく、天候の変わるたびに中断されるのである(30)。」
(ホ)この蜘蛛(クモ)のような巧妙さをインド人に与えるものは、ただ代々積み重ねられて父から子へと伝えられる特別な技能だけである。(ヘ)しかし、それにもかかわらず、このようなインドの織り手はマニュファクチュア労働者の多くに比べれば非常に複雑な労働をしているのである。〉(全集第23a巻445-446頁)

  (イ) マニュファクチュアは、実際に細部労働者の老練を生みだすのですが、それは、すでに社会に存在していた職業の自然発生的な分化を作業場のなかで再生産して、それを組織的に極度まで推し進めることによって行なわれるのです。

 このパラグラフもフランス語版の該当する部分を紹介してゆくことにします。

 〈マニュファクチュアは、それが中世の都市で見出したままの手工業の分立を再生産し、これを極端にまで押し進めることによって、細部労働者の技巧を産み出す。〉(江夏・上杉訳352頁)

    マニュファクチュアは部分労働者の老練さを生みだしますが、それは中世の都市で発達した手工業の自然発生的な分化を、作業場のなかで再生産し、さらに分解・分立させて、それを極端にまで押し進めることによって行われるのです。

  (ロ) 他方で、マニュファクチュアが部分労働をある1人の人間の終生の職業にしてしまうということは、それ以前の諸社会で職業が世襲化され、カスト〔インド的身分制度における身分〕に石化されるか、または、一定の歴史的諸条件がカスト制度に矛盾する個人の変異性を生みだす場合には、同職組合に骨化されるという傾向に対応するものです。

    フランス語版です。

  〈他方、部分労働を一人の人間の生涯にわたる専門の天職に変えるというマニュファクチュアの傾向は、古い諸社会の傾向--手工業を世襲化し、これをカストに石化さ/せ、あるいは、特殊な歴史的事情からカスト制度とは両立しない個人の変異性が生じてきたばあいには、さまざまな職業部門をともかくも同職組合に骨化させる傾向--に照応している。〉(江夏・上杉訳352-354頁)

    他方で、マニュファクチュアの作業場内では、諸作業を分割し単純化した部分労働に部分労働者を一生涯つかせ、彼の専門職にするというやり方は、古い諸社会において、さまざまな職業を世襲化して、特殊な歴史的事情からそれをカスト制度にするのと同じといえます。あるいは個人の変異がカスト制度と両立しなくなった段階では、さまざまな職業部門を同書組合に骨化させるのにも対応しています。

  (ハ) カストも同職組合も、動植物の種や亜種への分化を規制するのと同じ自然法則から発生するのです。ただ、ある発展度に達すればカストの世襲性や同職組合の排他性が社会的法則として制定されるという点が違うだけです。

  〈これらのカストとこれらの同職組合は、動植物の種や変種への分化を規制するのと同じ自然法則にしたがって形成されるのであるが、ちがうところは、ある発展度に達してしまうと、カストの世襲や同職組合の排他性が社会法則として制定される、ということである(4)。〉(江夏・上杉訳353頁)

    このようなカストも同職組合も、動植物の種や亜種への分化を規制するのと同じ自然法則から発生するのですが、違うところはカストの世襲や同職組合の排他性は、ある発展度では社会法則として規制されるというところです。
    このようにここではマルクスは都市における手工業がカスト制度や同職組合になるのは、動植物の種や亜種への分化と同じ自然法則によるものであるかに述べています。しかし果たしてそれは正しいのでしょうか。もちろん社会も自然のなかにあるという意味では、社会の諸法則も自然法則といえなくもありません。確かに社会の諸法則の基底には自然法則があります。人間が労働によって自然に働きかけてその物質代謝を行うのも一つの自然法則といえます。ただカスト制度や同職組合において労働が分化されて組織され骨化されるというのが動植物が種や亜種に分化すると同じ自然法則だといわれるとなかなかすんなりとは首肯できません。よく分かりませんが……。
    こうしたマルクスの理解の背景にある問題意識を語っていると思われるものが『61-63草稿』にありますので、紹介しておきます。

 〈ダーウィンは、いっさいの有機体、植物および動物における遺伝による「蓄積」をそれらの形成の推進原理とするのであり、したがっていろいろな有機体そのものは、「堆積」によって形成されるのであり、それらは、ただ、生きている主体の「諸創作物」、漸次に堆積した諸創作物でしかない、とするのである。しかし、これが生産にとっての唯一の先行条件なのではない。動物や植物にあってはそれは動植物にとって外的な自然であり、したがって無機的な自然でもあれば他の動植物にたいする関係でもある。社会のなかで生産を行なう人間もまた、変形された自然を(またことに彼自身の活動の機関に転化した自然的なものを)、そして生産者たち相互の一定の諸関係を、既存のものとして見いだすのである。〉(草稿集⑦369頁)

  (ニ) 「ダッカのモスリンは優美という点で、コロマンデルの更紗(サラサ)やその他の織物は染色が華麗で耐久的だという点で、けっしておくれをとったことがない。しかも、これらのものは、資本も機械も分業もそのほかヨーロッパの製造業にあのように多くの便益を与えているどんな手段もなしに、生産される。織り手は単独の個人で、顧客の注文に応じて織物をつくり、その用いる織機は最も簡単な構造のもので、多くは粗雑に組み合わされた木の棒でできているだけである。それには縦糸を巻く装置さえもないので、織機は伸びきったままで置かれなければならず、生産者の小屋にはその置き場がないほどぶかっこうで長くなり、そのために生産者の労働は屋外でなされるよりほかはなく、天候の変わるたびに中断されるのである。」

    これはフランス語版では別のパラグラフになっていますが、引用だけですので、紹介は不要でしょう。

    これはインドのダッカやコロマンデル(インド南東の沿岸地域)の手工業の作品であるモスリンや更紗などは他にひけをとらないほど優秀なものであるが、しかしそれらは資本も機械も分業もなしに、個人によって原始的な織機で織られているということが報告されています。
    これはつまり個人が最初から最後まで一人で生産するという点では、作業の分割や単純化というマニュファクチュアにおける分業とはある意味では対局にあるようなものですが、ただそれらの作業も世代から世代へと伝えられた技を伝承して蓄積されたものだという点では、マニュファクチュアにおける細部労働者の熟練の技とその伝承と同じ意味を持っていると言いたいのではないかと思います。

  (ホ)(ヘ) この蜘蛛(クモ)のような巧妙さをインド人に与えるものは、ただ代々積み重ねられて父から子へと伝えられる特別な技能だけです。しかし、それにもかかわらず、このようなインドの織り手はマニュファクチュア労働者の多くに比べれば非常に複雑な労働を一人でしているのです。

  〈蜘蛛にたいしてと同じようにインド人にたいしてもこの技巧を賦与するものは、代々積み重ねられ父から息子への相続によって伝えられる独特な資質にほかならない。インドの織工の労働はそれでも、マニュファクチュア労働者の労働に比べれば非常に複雑である。〉(江夏・上杉訳354頁)〉

    このような優美な織物を生産する技巧は、代々積み重ねられてきたものにほかなりません。しかもインドの織工たちの労働、マニュファクチュアの部分労働者の細部労働に比べれば非常に複雑なものなのです。
    ここでもマルクスは〈蜘蛛(クモ)のような巧妙さ〉と対比させて書いていますが、しかし蜘蛛の巧妙さは本能によるものですが、織匠の技は伝承の積み重ねと訓練によるものです。

  『61-63草稿』から紹介しておきます。

  〈A・スミスは、またそのさきで分業のこの二つの形態をごっちゃにする。すなわち、同じ第一巻第一章には、さらに次のように書かれている。「どんな技術(アール)においても、分業は、それが導入されうるかぎり、労働の生産諸力の比例的増大をもたらす。さまざまの職業や仕事の分化を生みだしたものは、この利益であるように思われる。そのうえこの分化は、一般に最高度の進歩と産業とを享受している国々で最も進んでいるのであって、まだ未開状態にある社会ではただ一人の仕事であるものも、より進んだ社会では数人の仕事になるのである」[同前、15ページ〔邦訳、前出、70-71ページ〕]。A・スミスは、分業の利益を列挙している次の箇所では、あからさまに量的な観点を、すなわち一商品の生産に必要な労働時間の短縮を、唯一の観点として強調している。「分業の結果として、同人数の人々のなしうる仕事の量がこのように大増加するのは、三つの異なる事情に由来する」(第一巻第一章、[18ページ〔邦訳、72ページ〕])。さらに詳しく言えば、彼によると、これらの利益は、第一に、労働者が彼の一面的な部門で身につける腕まえ〔Virtuosität〕からなっている。「第一に、職人の技巧〔dextérité〕の高まりは、そのなしうる仕事の量を必然的に増加させるのであって、分業は、各人の仕事をある非常に単純な作業に還元することにより、しかもこの作業を彼の一生の唯一の仕事とすることによって、必然的に、いちじるしく高い技巧を彼に得させるのである」[同前、19ページ〔邦訳、73ページ〕]。( つまり、仕事を敏速に行なうこと。)〉(草稿集④435頁)


   ((3)に続く。)

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『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(3)

2024-08-30 17:53:40 | 『資本論』

『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(3)


◎原注29

【原注29】〈29 「技術も……エジプトではかなりの完成度に達した。というのは、ただこの国だけでは手工業者は他の市民階級の仕事に手をだすことはけっして許されず、法律によって彼らの部族の世襲とされている職業に従事することしかできないからである。……他の諸国民の場合には、産業従事者たちがあまりにも多くの対象に彼らの注意を分散しているのが見られる。……彼らは、ときには耕作をやり、ときには商業に従事し、ときには同時に二つも三つもの技芸に携わっている。自由国家では彼らはたいてい人民集会に出かけてゆく。……ところが、エジプトでは、どの手工業者も、国事に介入したり一時にいくつもの技芸を営んだりすれば、重罰を加えられる。したがって、なにごとも彼らの職業上の勤勉を妨げることはできない。……そのう/えに、彼らは祖先から多くの規準を伝えられているので、さらに新しい便益を発見しようと熱心に考えている。」(ディオドロス・シクルス〔シチリアのディオドロス〕『歴史文庫』、第1冊、第74章。)〉(全集第23a巻446-447頁)

    これは〈カストも同職組合も、動植物の種や亜種への分化を規制するのと同じ自然法則から発生するのであって、ただ、ある発展度に達すればカストの世襲性や同職組合の排他性が社会的法則として制定されるという点が違うだけである(29)〉という本文に付けられた原注です。
    これはディオドロスの『歴史文庫』からの引用ですが、エジプトでは手工業者は法律によって、部族の世襲とされ、他の職業をやることを禁じられていたことが指摘されています。つまり〈ある発展度に達すればカストの世襲性や同職組合の排他性が社会的法則として制定される〉ということを論証している例としていえます。『61-63草稿』でもほぼ同じ引用がありますが、紹介は略します(付属資料を参照)。
    ディオドロスの『歴史文庫』からの引用はこれまでにも何回かありましたが、第5節でも分業に関連してでてきます。


◎原注30

【原注30】〈30 『英領インドに関する歴史的・描写的報告』、ヒュー・マリ、ジェームズ・ウィルソン等執筆、エディンバラ、1832年、第2巻、449、450ページ。インドの織機は直立式である。すなわち、縦糸が垂直に張ってある。〉(全集第23a巻447頁)

    これは本文に引用されていたインドのダッカとコロマンデルの織物業についての報告文の典拠を示すものです。またこれらの織機では縦糸が垂直に張ってあるという補足が付いています。中近東などにおける絨毯織りにおいてもそうした織り方をしているのを何らかの映像でみた記憶があります。
    マルクスが紹介している文献の詳しい内容は分かりませんでした。執筆者の〈ヒュー・マリ〉はよく分かりませんが、〈ジェームズ・ウィルソン〉については第7章の第3節にでてきました。そのときにも紹介しましたが、彼は『エコノミスト』を創刊した〈経済学上の主要な大立物の一人である〉(新日本新書版)とされています。『資本論辞典』から紹介しておきましょう。

  ウィルスン James Wilson(1805-1860)イギリスの政治家・経済学者. 1824年から1844年までロンドンで実業に従事し.1843年週刊経済雑誌『エコノミスト』を創刊,自由貿易主義を鼓吹した。1847年と1852年,ヴィルトシァ州のウェストベリから下院議員に出で. 1848年から1852年までインド監督委員会委員長. 1853年から1858年まで大蔵次官. 1857年から1859年までデヴォンシァ州選出の下院議員. 1859年商務次官および支払総監となり,同年インド参事会財政委員となり,インドに赴任し.インドの財政制度の改革に貢献,カルカッタに死す.……主著は『資本、通貨、銀行』(1847)などがある。これは書名にもあるように,彼の主宰する『エコノミスト』』に連載した論文を集めたもので, 1844年のピール銀行法および1847年恐慌に先行する諸問題を扱っている.
  ウィルソンは経済政策上では自由貿易主義を推進し,穀物法廃止を提唱したが,貨幣信用論の上ではトゥックやフラートンらとともに,「銀行主義」の立場に立った.『資本論』では,銀行主義者としてのウィルソンはとくにとり上げられておらず,第3巻第5篇第28章の冒頭で,銀行主義者による流通手段と資本との区別は,所得の貨幣形態と資本の貨幣形態との区別を見あやまったものである.と批判されているところでは,トゥックとフラートンがとり上げられ,ウィル見Yは彼らと同じ立場に立つものとして,名前が挙げられているに止まる.……(以下、略)〉(472-473頁)

    この紹介でもありますように、ウィルソンは〈インド参事会財政委員となり,インドに赴任し.インドの財政制度の改革に貢献,カルカッタに死す〉ということですから、〈『英領インドに関する歴史的・描写的報告』〉に執筆していたことは十分納得できます。


◎第3パラグラフ(労働者が1日じゅう同じ一つの作業を続けて行なうようになれば、労働の間にあるすきまは圧縮されるか、または彼の作業の転換が少なくなるにしたがってなくなってゆく。生産性の上昇は、この場合には、与えられた時間内の労働力の支出の増加、つまり労働の強度の増大のおかげか、または労働力の不生産的消費の減少のおかげである)

【3】〈(イ)ある一つの製品を生産するさいのいろいろな部分過程を1人で次々にやってゆく手工業者は、場所を取り替えたり用具を取り替えたりしなければならない。(ロ)ある一つの作業から他の作業に移ることは、彼の労働の流れを中断し、いわば彼の労働日のなかのすきまをなしている。(ハ)彼が1日じゅう同じ一つの作業を続けて行なうようになれば、これらのすきまは圧縮されるか、または彼の作業の転換が少なくなるにしたがってなくなってゆく。(ニ)生産性の上昇は、この場合には、与えられた時間内の労働力の支出の増加、つまり労働の強度の増大のおかげか、または労働力の不生産的消費の減少のおかげである。(ホ)すなわち、静止から運動に移るたびに必要になる余分な力の消耗が、ひとたび到達した標準速度の持続が長くなることによって補われるのである。(ヘ)しかし、他面では一様な労働の連続は活気の緊張力や高揚力を破壊するのであって、この活気は動作の転換そのもののうちにその回復と刺激とを見いだすのである。〉(全集第23a巻447頁)

  (イ)(ロ) ある一つの製品を生産するさいのいろいろな部分過程を1人で次々にやってゆく手工業者は、場所を取り替えたり用具を取り替えたりしなければなりません。ある一つの作業から他の作業に移ることは、彼の労働の流れを中断し、いわば彼の労働日のなかのすきまをなしています。

    中世の手工業者を考えますと、ある一つの製品を作るさいに、彼は一人でいろいろな作業を次々にやって行きますが、そのためには場所を取り替えたり道具を取り替えたりしなければなりません。またある作業から別の作業に移るためには、そのたびに彼の労働のながれを中断させます。つまり彼の労働日のなかにはこうした隙間が多くの存在することになるわけです。

  (ハ)(ニ)(ホ) 彼が1日じゅう同じ一つの作業を続けて行なうようになりますと、これらのすきまは圧縮されるか、または彼の作業の転換が少なくなるにしたがってなくなってゆきます。生産性の上昇は、この場合には、与えられた時間内の労働力の支出の増加、つまり労働の強度の増大のおかげか、または労働力の不生産的消費の減少のおかげです。すなわち、静止から運動に移るたびに必要になる余分な力の消耗が、ひとたび到達した標準速度の持続が長くなることによって補われるからです。

    こうした手工業者の労働のあいだにある隙間は、手工業者を一つの作業場に集めて、協同して作業をさせるだけでも少なくなります。一人の部分労働者はもはやあれこれと作業を取り替える必要はなく、そればかりか彼は同じ作業をただ続けて行うことを強いられます。そうすれば彼の労働圧縮され、その隙間は少なくなりやがて消失します。だからこの場合の生産性の上昇は、与えられた時間内における労働力の支出の増大、労働の強度の増大のおかげか、労働力の不生産的消費の減少から生じます。制止から運動に移るたびに必要になる余分な力の消耗がなくなれば、それだけ到達した一定の速度でながく動くことができるわけです。
    ただ佐々木隆治『マルクス資本論』(角川選書)には次のような説明があります。重要な指摘ですので、紹介しておきましょう。

  〈労働の強度とは、労働の密度のことであり、労働者がより速いスピードで作業を行うことによって高めることができるものです。これにたいし、生産力は労働者の側の努力によっては高めることはできません。生産力はある一定の労働量にたいしてどれだけの生産物が生産されるかを表す概念ですから、労働者の側が労働の密度を高めて、ある一定時間により多くの生産物を作り出したとしても、その一定時間内にはそのぶん多くの労働量が支出されていることになり、生産力は変化しないということになります。生産力が上昇したといえるのは、同じ労働量、すなわち同じ労働の強度で同じ時間働いたとしても、以前よりも多くの生産物を生産することができる場合であり、このような生産力の上昇を実現す/るには、これまでみてきたような協業や分業、さらには次章でみるような機械の導入などが必要となります。
  このように、生産力の上昇と労働強度の上昇は、概念的にはまったく別のものですが、資本主義的生産においては、この両者は絡み合っており、生産力の上昇にともなって労働の強度が上昇することが少なくありません。〉(343-344頁)

  『61-63草稿』ではスミスの次のような一文を紹介しています。

  第二に、一つの労働から他の労働に移るさいに失われる時間の節約。そのさいには「場所の変更」と「異なる用具」とが必要とされる。「この二つの仕事が同じ仕事場に置かれることができれば、時間の損失は疑いもなくはるかに少ない。それにしてもこの場合でさえ、その損失は無視できないものである。人間というものは、ある仕事から別の仕事へその手をきりかえる場合、いくぶんかはぶらぶらするのがふつうである」[同前、20-21ページ〔邦訳、74ページ〕]。〉(草稿集④436頁)

  (ヘ) しかし、他面では、一様な労働の連続は活気の緊張力や高揚力を破壊するのであって、この活気は動作の転換そのもののうちにその回復と刺激とを見いだすのです。

    こうした利点がある反面、同じ仕事の連続は活気や緊張力や高揚感を失わせるという欠点もあります。こうしたものはむしろ動作の転換のなかに、その回復や刺激を見いだすのだからです。


◎第4パラグラフ(一つの労働過程の作業の分化は労働用具の専門化を生みだし、このような分化と専門化とがマニュファクチュアを特徴づける)

【4】〈(イ)労働の生産性は、労働者の伎倆にかかっているだけではなく、彼の道具の完全さにもかかっている。(ロ)たとえば切る道具とか穴をあける道具とか突く道具とか打つ道具とかいうような同種の道具がいろいろな労働過程で使用されるし、また同じ労働過程でも同じ道具がいろいろな作業に役だつ。(ハ)ところが、一つの労働過程のいろいろな作業が互いに分離されて、それぞれの部分作業が部分労働者の手のなかでできるだけ適当な、したがって専有的な形態をとるようになれば、以前にはいろいろな目的に役だっていた道具の変化が必然的になる。(ニ)道具の変化の方向は、変化していない形態によってひき起こされる特殊な困難の経験から生まれてくる。(ホ)労働用具の分化によって、同種の/諸道具にそれぞれの特殊な用途のための特殊な固定的な形態が与えられ、また労働用具の専門化によって、このような特殊な用具はそれぞれ専門の部分労働者の手によってのみ十分な範囲で作用するようになるのであるが、このような分化と専門化とがマニュファクチュアを特徴づけるのである。(ヘ)バーミンガムだけでも約500種のハンマーが生産され、そのおのおのが一つの特殊な生産過程だけで役だち、さらにいくつかの種類はしばしば同じ過程のなかの違った作業にしか役だたない。(ト)マニュファクチュア時代は、労働用具を部分労働者の専有な特殊機能に適合させることによって、労働用具を単純化し改良し多種類にする(31)。(チ)それと同時に、この時代は、単純な諸道具の結合から成り立つ機械の物質的諸条件の一つをつくりだすのである。〉(全集第23a巻447-448頁)

  (イ)(ロ) 労働の生産性は、労働者の伎倆にかかっているだけではなくて、彼の道具の完全さにもかかっています。たとえば切る道具とか穴をあける道具とか突く道具とか打つ道具とかいうような同種の道具がいろいろな労働過程で使用されますし、また同じ労働過程でも同じ道具がいろいろな作業に役だちます。

    このパラグラフもフランス語版の該当する部分を紹介していくことにします。

  〈労働の生産性はたんに労働者の技巧に依存するばかりでなく、さらに彼の道具の完全さにも依存する。穴をあける、切る、突き通す、打つなどに役立つ道具のような同種の道具が、種々の労働過程で使用されるし、また同じように、ただ一つの道具が同じ労働過程でさまざまの作業に役立つこともある。〉(江夏・上杉訳354頁)

    マニュファクチュアにおける労働は依然として手工業の域を出ていないと言いましたが、こうした手工業としての労働における生産性は、労働者の熟練や技量にかかっていますが、同時に彼の使う道具の善し悪し、その完成度の高さにも左右されます。手工業者が使う道具は切るとか、穴をあけるとか、突くとか、打つといったさまざまな労働過程で、それにあったいろいろな道具が使われますが、同じ労働過程でも同じ一つの道具がいろいろな作業に使われることもあります。

  (ハ)(ニ) ところが、一つの労働過程のいろいろな作業が互いに分離されて、それぞれの部分作業が部分労働者の手のなかでできるだけ適当な、したがって専有的な形態をとるようになりますと、以前にはいろいろな目的に役だっていた道具にも変化が必然的になります。道具の変化の方向は、変化していない形態によってひき起こされる特殊な困難の経験から生まれてきます。

  フランス語版です。

  〈だが、ある労働過程の種々の作業が互いに引き離され、個々の部分作業が部分労働者の手中で、最も適した、それゆえに専門の形態を獲得するやいなや、以前には種々の目的に役立っていた道具を変えることが必要になる。道具の元の形態が部分労働にとって障害となった経験から、どう変更すべきかの方向が示される。〉(同前)

    しかし分業によって、一つの労働過程がさまざまな作業に分割され、互いに分離されて、それぞれの部分作業を部分労働者の専有の仕事となりますと、以前にはさまざまな目的に役立っていた道具にも必然的に変化が生じてきます。彼は同じ作業を繰り返し行うことによって、それに熟達すると同時にそれに固有の専用の道具を工夫し変化させて完成させます。こうした道具の変化は、それが変化していないために部分労働に適合せず、そのために生じてくる困難の経験からどの方向へ変化すべきかが明かになります。

  (ホ)(ヘ) 労働用具の分化によって、同種の諸道具にそれぞれの特殊な用途のための特殊な固定的な形態が与えられます。また労働用具の専門化によって、このような特殊な用具はそれぞれ専門の部分労働者の手によってのみ十分な範囲で作用するようになるのです。このような分化と専門化とがマニュファクチュアを特徴づけるのです。例えばバーミンガムだけでも約500種のハンマーが生産され、そのおのおのが一つの特殊な生産過程だけで役だち、さらにいくつかの種類はしばしば同じ過程のなかの違った作業にしか役だたないというのです。

  フランス語版です。

  〈同種の道具はこのばあい、その共通の形態を失う。これらの道具はますます種々の種類に細分されるのであって、そのおのおのの種類が単一の用途のたあの固定した形態をもち、ある専門の労働者の手の/なかでしか役立つことができないのである。労働用具のこうした分化と専門化がマニュファクチュアを特徴づける。バーミンガムではおよそ500種のハンマーが生産されるが、そのおのおのはただ一つの特殊な生産過程にだけ役立ち、これら500種の大多数は同じ生産過程のそれぞれにちがった諸作業にしか役立たない。〉(江夏・上杉訳354-355頁)

    こうして同じ種類の道具でも、それぞれの専門によって変化させられますと、共通の形態そのものを失うことになります。道具は作業の専門化に応じてさらに細分されていくことになります。そしてそれぞれが単一の作業だけに役立つようなある固定した形態をもち、そうした専門化された労働者の手の中でしか役立たないようになるのです。
    このような労働用具の分化と専門化がマニュファクチュアを特徴づけるのです。
    バーミンガムではおよそ500種類のハンマーが生産されますが、その一つ一つはある特殊な生産過程でしか役立たず、だから500種類のハンマーのほとんどはそれぞれに違った諸作業にしか役立たないのです。

  (ト)(チ) マニュファクチュア時代は、労働用具を部分労働者の専有な特殊機能に適合させることによって、労働用具を単純化し改良し多種類にします。そのことは同時に、この時代は、単純な諸道具の結合から成り立つ機械の物質的諸条件の一つをつくりだすのです。

  〈マニュファクチュア時代は、部分労働者のばらばらな専門機能に労働用具を適応させることによって、労働用具を単純にし、改良し、ふやすのである(6)。まさにこうすることによって、マニュファクチュア時代は、単純な道具の結合から成り立つ機械の使用の物的諸条件の一つを、作り出す。〉(江夏・上杉訳355頁)

    このようにマニュファクチュア時代において、労働用具が部分労働者の専有の道具として細分され、単純化され、改良され、そしてその種類を増やしていきます。さまにこうしたことによって、マニュファクチュア時代は、単純な道具の結合から成り立つ機械の使用の物的諸条件の一つを作り出すのです。

  同じ問題を論じている『61-63草稿』から紹介してきます。

 〈(2)労働用具の集積〔Konzentration〕。
  分業の結果労働手段として役立つ諸用具は分化されそれとともにまた簡単化される。したがってまた、これらの用具は完成される。しかし分業のもとでは、労働手段は依然として労働用具にとどまっている、つまり個々の労働者の個人的な腕まえ〔Virtuosität〕に依拠して使用される用具、労働者自身の技能〔Geschicklichkeit〕の伝導体、事実上彼の自然的器官に付け加えられた人工的器官、にとどまるのである。一定数の労働者に必要とされるのは、より多量の用具ではなくて、より多様な用具である。作業場が労働者の集合〔Konglomeration〕であるかぎり、作業場は、同じく用具の集聚〔Agglomeration〕を前提とする。……〉(草稿集④475頁)
  〈分業がもたらす主要な結果の一つは、たとえば切る道具、/穴をあける道具、砕く道具など、同種の用途にあてられる用具あるいは道具を分化・専門化・簡単化することである。たとえば、ナイフであるが、その特殊なそれぞれの使用法にたいして、その特定の目的に合致した、かつ一つのそのような特殊な目的にだけ合致した形態がそれに与えられるとき、ナイフが取るかぎりなく多様な形態をみるがよい! 同じ労働が--むしろ一定の生産物、一つの特殊な商品を生産するのに競ういろいろな労働が分割されるときには、労働の遂行の容易さは、以前にはいろいろな仕事に役立っていた用具に一定の変形が加えられることにかかっていることがすぐさま明らかになる。どういう方向に変化しなければならないかは、経験と、変化していない形態が出会う場合の特殊な困難とから明らかになる。それゆえ、労働手段のこのような分化・専門化・簡単化は、分業そのものといっしょに自然成長的に生じるのであって、力学などの諸法則の先験的な理解を必要とするわけではない。ダーウィンは上で見るように、同じことを生物の諸器官における専門化と分化について記しているのである。
  分化--もろもろの形態の差異とこれらの形態の固定。専門化というのは、特殊な用途にのみ役立つ用具がそれ自身も分化した労働の手のなかでのみ効果的である、ということ。両者とも、用具の簡単化を含んでおり、それらの用具は一つの単純で一様な作業の手段に役立つだけである。
  分業にもとづくマニュファクチュアにおいて分業がもたらす労働用具の分化・専門化・簡単化--労働用具の非常に単純な諸作業への排他的適応--は、生産様式と生産諸関係を変革する一つの要因としての機械(マシネリー)が発展するための、技術的、物質的諸前提の一つである。〉(草稿集⑨35-36頁)
 〈用具の専門化と分化の実例
  「バーミンガムでつ〈られているハンマーは、それぞれなんらかの特殊な仕事に適合させられていて、その種類は3OOをくだらぬといわれている。」〉(草稿集⑨75頁)


◎原注31

【原注31】〈31 ダーウィンは彼の画期的な著作『種の起源』のなかで動植物の自然的器官について次のように述べている。「同じ一つの器官がいろいろな働きをしなければならないあいだは、その可変性の一原因は、おそらく次のことに見いだされるであろう。すなわち、この場合には自然淘汰が一つ一つの形態上の小変異を保存または抑圧することが、同じ器官がただ一つの特殊目的だけに向けられている場合ほどには念入りでないということがそれである。たとえば、いろいろなものを切るためのナイフは、かなり一様な形態のものであってよいが、一種の用途だけに向けられている道具は、別の用途のためにはそれぞれまた別の形態をもたなければならない。」〔創元文庫版、内山・石田訳、上、208ページ。〕〉(全集第23a巻448頁)

    これは〈マニュファクチュア時代は、労働用具を部分労働者の専有な特殊機能に適合させることによって、労働用具を単純化し改良し多種類にする(31)〉という本文に付けられた原注です。
    ダーウィンの『種の起源』から引用されています。ダーウィンは、生物の一つの器官(例えば小鳥の嘴など)について、それがいろいろな働きをしている場合には、それほど大きな変化はないが、ある特殊な目的だけに向けられている場合は、自然淘汰の法則が強く働き、その形態上の変化を引き起こす(例えば特定の花の蜜しか吸わないハチ鳥の嘴のように)と述べ、その例として、社会におけるナイフを持ち出しています。つまりナイフもいろいろな用途に使われている場合は、その形状はそれほど変化はないが、ある特殊な目的に使われるようになると、それに固有の形態が与えられ、もはやその形態では別の用途に役立たないようになると述べているわけです。マルクスは分業によって用具の分化と特殊化が行われると、ダーウィンの指摘したことが当てはまると考えているわけです。

    新日本新書版では『種の起源』の一文に次のような訳者注が付いています。

  〈「一つの用途」以下の文章は、原文では、「ある一定の目的のための道具は、ある一定の形をしていなければならないのと同じである」となっている〉(594頁)

  先に『61-63草稿』の草稿集⑨から抜粋しましたが、そこでは〈ダーウィンは上で見るように、同じことを生物の諸器官における専門化と分化について記しているのである〉と述べています。実は、先に紹介した一文の前に次のようなダーウィンからの抜粋があるのです。MEGAの注解も含めて紹介しておきます。

  〈「私は、〔動植物の〕低級な組織とは、いろいろな特殊機能のために諸器官が分化している度合いが低いことである、と理解している。というのは、同じ器官がただ一つの特殊な目的に向けられている場合にくらべ、ひとつの同じ器官がいろいろな仕事をしなければならないかぎり、自然淘汰が形態のどのような小さな偏差をもそれほど綿密に保持したり、抑えたりしない、という点に器官の変異しやすきの一原因が見いだされるからである。同様に、いろいろな種類のものを切るためのナイフは、たいていはほぼ一様な形態であってよいが、一種類の用途にだけ向けられる道具は、用途が違えばそれぞれ別の形態をもっていなければならないのである。」(ダーウィン。)
  ①〔注解〕チャールズ・ダーウィン『自然淘汰による種の起源……』、ロンドン、186O年、149ページ。
  「私は、この場合の低級さは、組織のいくつかの諸器官が特殊機能のためにすこししか分化していないことを意味する、と理解している。同じ器官がさまざまな働きを行なっているかぎり、それが変異しやすいのはなぜか、すなわち一つの特殊な目的だけに向けられている場合よりも、自然淘汰が形態のどのような小さな偏差をもそれはど綿密に保持したり、抑えたりしないのはなぜなのかは、たぶん理解することができよう。同様に、いろいろな種類のものを切るためのナイフは、ほとんど任意の形態であってよいが、ある特殊な目的のための道具は、なんらかの特殊な形態をもつべきである。けっして忘れてならないことは、自然淘汰は、それぞれの生物の各部分にたいしてただそれが有益であることを通して、それが有益であるようにのみ作用することができる、ということである。」〉(草稿集⑨35頁)


◎第5パラグラフ(マニュファクチュアの単純な諸要素をなす細部労働者とその道具からニュファクチュアの全体の姿への視点の転換)

【5】〈(イ)細部労働者とその道具とは、マニュファクチュアの単純な諸要素をなすものである。(ロ)そこで今度はマニュファクチュアの全体の姿に目を向けることにしよう。〉(全集第23a巻448頁)

  (イ)(ロ) これまで検討してきました細部労働者とその道具とは、マニュファクチュアの単純な諸要素をなすものです。そこで今度はマニュファクチュアの全体の姿に目を向けることにしましょう。

    これは「第2節 部分労働者とその道具」から「第3節 マニュファクチュアの二つの基本形態--異種マニュファクチュアと有機的マニュファクチュア」への移行を述べているだけのパラグラフです。ただしその場合の視点として、第2節ではマニュファクチュアの単純な諸要素に目を向けていましたが、第3節ではマニュファクチュアの全体の姿に目を向けるのだとしています。


   ((4)に続く。)

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『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(4)

2024-08-30 17:29:37 | 『資本論』

『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(4)


   第3節  マニュファクチュアの二つの基本形態--異種的マニュファクチュアと有機的マニュファクチュア

 

◎第1パラグラフ(マニュファクチュアの編制には二つの基本形態がある。この二つの基本形態を規定する二重性は製品そのものの性質から生じる。製品のなかには、独立の部分生産物を単に機械的な組み立てによってつくられるものもあれば、相互に関連のある一連の諸過程や諸操作によってその完成姿態を与えられるものもある)

【1】〈(イ)マニュファクチュアの編制には二つの基本形態があって、それらは、ときにはからみ合っていることもあるとはいえ、本質的に違う二つの種類をなしており、またことにマニュファクチュアがのちに機械経営の大工業に転化するときにも、まったく違った役割を演じている。(ロ)この二重性は製品そのものの性質から生ずる。(ハ)製品は、独立の部分生産物の単に機械的な組み立てによってつくられるか、または相互に関連のある一連の諸過程や諸操作によってその完成姿態を与えられるかのどちらかである。〉(全集第23a巻449頁)

  (イ) マニュファクチュアの編制には二つの基本形態があります。それらは、ときにはからみ合っていることもありますが、本質的に異なる二つの種類をなしております。さらにマニュファクチュアがのちに機械経営の大工業に転化するときに、それらはまったく違った役割を演じるのです。

    先に私たちはマニュファクチュアは二重の仕方で発生することを知りました。しかしその二重の仕方で発生したマニュファクチュアは、〈その特殊な出発点がどれであろうと、その最終の姿は同じもの、すなわち、人間をその諸器官とする一つの生産機構である〉ということでした。しかし今度は、そのマニュファクチュアの編制には二つの基本形態があるというのです。ときにはからみあっているものもありますが、本質的に異なる種類をなしていると述べています。そしてこの二つの本質的に異なる編制はマニュファクチュアがのちに機械制大工業に転化するときに、まったく違った役割を演ずるのだというのですから重要です。

 (ロ)(ハ) この二つの基本形態を規定する二重性は製品そのものの性質から生じます。製品のなかには、独立の部分生産物を単に機械的な組み立てによってつくられるものもあれば、相互に関連のある一連の諸過程や諸操作によってその完成姿態を与えられるものもあります。

  こうしたマニュファクチュアの編制の二つの基本形態を規定する二重性は、マニュファクチュアが生産する製品そのものの性質から生じてくるというのです。つまり製品のなかには、さまざまな独立した部分生産物を単に機械的に組み立てることによって完成品にするものもあれば、相互に関連している一連の生産過程や諸操作を経過して完成したものになるものもあるというのです。この製品の異なる二重の性質からマニュファクチュアの編制そのものの二重の形態が生じてくるというのです。

  このマニュファクチュアの二つの基本形態は、マニュファクチュアの二重の起源と何らかの関連があるのかないのか、マルクスは何も指摘していませんが、二つの基本形態はその生産され製品の性格から生じてくると述べています。「二重の起源」も例えば馬車マニュファクチュアと製針マニュファクチュアというのは、やはりその製品に原因があるように思えます。馬車の場合は独立の部分生産物が単に機械的に組み立てられて完成品になり、
針の場合はさまざまな一連の生産工程を通じて加えられる操作によって完成品になるわけですから、これはマニュファクチュアの二つの基本形態とある意味同じような気がするわけです。しかしマルクス自身はマニュファクチュアの二重の起源とその二つの基本形態との関連については何も述べていません。


◎第2パラグラフ(独立の部分生産物を単に機械的な組み立てによってつくられる一例としての時計生産)

【2】〈(イ)たとえば、1両の機関車は5千以上の独立部分から成っている。(ロ)とはいえ、それは大工業の産物だから、本来のマニュファクチュアの第一の種類の実例とは認められない。(ハ)しかし、時計ならばその実例になるのであって、ウィリアム・ペティも時計によってマニュファクチュア的分業を例解している。(ニ)時計は、ニュルンベルクの一手工業者の個人的製品から、次にあげるような無数の部分労働者の社会的生産物に転化した。(ホ)地板工、ぜんまい製造工、文字板製造工、天府ぜんまい製造工、穴石・紅玉爪石製造工、指針製造工、側(ガワ)製造工、ねじ製造工、メッキ工、これらに付属する多くの小区分、たとえば、歯車製造工(さらに真鍮輪と鋼輪とに分かれる)、かな製造工、日の裏装置工、acheverur de pignon〔かな製造工〕(歯車をかなにとりつけたり切子を磨いたりする)、ほぞ製造工、plan teur de finissage〔仕上工〕(いろいろな歯車やかなを組み入れる)、fnisseur de barillet〔香函仕上工〕(歯を刻み、/穴を適当な大きさにし、調整輪や制逆輪を固める)、整動装置製造工、シリンダー整動の場合にはさらにシリンダー製造工、整動輪製造工、天府輪製造工、緩急針(時計を調節する装置) 製造工、planteur d'échappement〔整動機製造工〕(本来の整動装置製造工)。(ヘ)次にはrepasseur de barillet〔香函製造工〕(香函と調整輪を仕上げる)・鋼磨き工、歯車磨き工、ねじ磨き工、文字工、焼干支(ヤキエト)工(銅にエナメルをかける)、fabricant de pendants〔竜頭製造工〕(側の竜頭環だけをつくる)、finisseur de chariére〔蝶つがい仕上工〕(側の蝶つがいに真鍮軸を入れるなどする)、faiseur de secret〔側ばね工〕(側の蓋(フタ)あけばねをつくる)、彫刻工、細刻工、側磨き工、等々、最後に、時計全体を組み立てて動くようにして引き渡す仕上げ検査工。(ト)時計の部分のうちで違った手を経るものはわずかばかりで、すべてこれらのばらばらな四肢〔membra disjecta〕は、最後にそれらを一つの機械的な全体に結合する手のなかではじめていっしょになるのである。(チ)このような、そのいろいろな種類の要素にたいする完成生産物の外的な関係は、この場合には、類似の製品の場合と同様に、同じ作業場での部分労働者の結合を偶然的なものにする。(リ)部分労働は、それら自身また、ヴォー州やヌシャテル州でのように、互いに独立した手工業としても営まれうるのであるが、他方、たとえばジュネーヴには大きな時計マニュファクチュアができている。(ヌ)すなわち、一つの資本の指揮のもとでの部分労働者の直接的協業が行なわれている。(ル)この場合にも、文字板やぜんまいや側がマニュファクチュア自体で仕上げられることはまれである。(ヲ)この場合には、結合されたマニュファクチュア的経営は、ただ例外的な事情のもとでしか有利でない。(ワ)というのは、競争は自宅で作業することを欲する労働者たちのあいだで最も激しく行なわれるからであり、生産が多数の異種の過程に分裂することは共同の労働手段の使用を許すことが少ないからであり、また、分散的製造の場合には資本家は作業用建物などのための支出を免れるからである(32)。(カ)とはいえ、自宅でではあるが一人の資本家(製造業者、企業者〔établisseur〕)のために労働するこれらの細部労働者の地位は、自分自身の顧客のために労働する独立手工業者の地位とはまったく違うものである(33)。〉(全集第23a巻449-450頁)

  (イ)(ロ)(ハ)(ニ) たとえば具体的に考えてみましょう。1両の機関車は5千以上の独立部分から成っています。とはいいましても、それは大工業の産物ですから、本来のマニュファクチュアの第一の種類の実例とは認められません。しかし、時計ですとその実例になるのです。ウィリアム・ペティも時計によってマニュファクチュア的分業を例解しています。時計は、ニュルンベルクの一手工業者の個人的製品から、次にあげるような無数の部分労働者の社会的生産物に転化したのです。

    一般的に上記のように言われても、なかなかイメージとして掴めないので、具体的な例で考えてみましょう。独立した部分生産物をただ機械的に組み立てて完成品を作るマニュファクチュアとして、時計を考えてみます。機関車なども同じ性質をもっていますが、機関車は大工業の産物ですから、ここでは不適切です。しかし時計だとマニュファクチュア的分業の例としてはよいわけです。ペティも時計によってマニュファクチュア的分業を例解しています。時計は、中世における一人の手工業的な職人の個人的な製品から、マニュファクチュアでは無数の部分労働者が生産する社会的生産物に転化したのです。

  新日本新書版では〈ウィリアム・ペティも時計によってマニュファクチュア的分業を例解している〉という部分に次のような訳者注が付けられています。

  〈W・ペティ『人類の増殖にかんする一論』、ロンドン、1682年、39-40ページ。所収、ペティ『政治算術論集』、ロンドン、1699年、35-36ページ。『資本論草稿集』4、大月書店、152ページ〉(598頁)

  ここで指示されています『61-63草稿』から引用しておきましょう。

  〈「(ロンドンのような)大都市ではマニュファクチュアは一つが他を生みだしていくであろうし、また各マニュファクチュアはできるかぎり多くの部分に分割され、その結果、おのおのの労働者の仕事は簡単で容易なものとなるであろう。たとえば、時計工のところではそうであって、一人が歯車を、次の一人がぜんまいをつくり、第三の者が文字盤を刻み、第四の者が側(ガワ)をつくるなら、仕事の全部がただ一人の人によってなし遂げられると仮定した場合よりも、時計は安くまた良いものになるであろう」(ウィリアム・ペティ『人類の増殖に関する一論』、第3版、1682年)。ついでベティはさらに、分業に伴ってもろもろの特殊なマニュファクチュアが特殊な諸都市に、あるいは大都市の特殊な通りに集中することを述べる。そこでは、「これらの場所での特殊な商品は、他所でよりも良くまた安くつくられる」(同前)。最後に彼は、取引上の利点や運送費等々のような空費の節約について論じている。相互一体的なもろもろのマニュファクチュアが一つの場所に配置された結果生じるこの利点によって、そのようなマニュファクチュアの〔生産物の〕価格が引き下げられ、外国貿易の利潤が増加されるのである(同前、36ページ)。〉(草稿集④459頁)

  (ホ)(ヘ)(ト) 地板工、ぜんまい製造工、文字板製造工、天府ぜんまい製造工、穴石・紅玉爪石製造工、指針製造工、側(ガワ)製造工、ねじ製造工、メッキ工、これらに付属する多くの小区分、たとえば、歯車製造工(これはさらに真鍮輪と鋼輪とに分かれます)、かな製造工、日の裏装置工、かな製造工(歯車をかなにとりつけたり切子を磨いたりする)、ほぞ製造工、仕上工(いろいろな歯車やかなを組み入れます)、香函仕上工(歯を刻み、穴を適当な大きさにし、調整輪や制逆輪を固めます)、整動装置製造工、シリンダー整動の場合にはさらにシリンダー製造工、整動輪製造工、天府輪製造工、緩急針(時計を調節する装置)製造工、整動機製造工(本来の整動装置製造工)。次には香函製造工(香函と調整輪を仕上げます)、鋼磨き工、歯車磨き工、ねじ磨き工、文字工、焼干支(ヤキエト)工(銅にエナメルをかけます)、竜頭製造工(側の竜頭環だけをつくります)、蝶つがい仕上工(側の蝶つがいに真鍮軸を入れるなどします)、側ばね工(側の蓋(フタ)あけばねをつくります)、彫刻工、細刻工、側磨き工、等々、最後に、時計全体を組み立てて動くようにして引き渡す仕上げ検査工。このように時計の部分のうちで違った手を経るものはわずかばかりで、すべてこれらのばらばらな四肢は、最後にそれらを一つの機械的な全体に結合する手のなかではじめていっしょになるのです。

  ここでは時計のさまざまな部品を製造する手工業者の例が挙げられています。彼らは一つの作業場に集められているとは必ずしも書かれていません。その労働は依然として手工業的です。しかしマニュファクチュアのもとでの分業のように、彼らはその時計の部分品だけを生産するのであって、他の製品を作る必要はないとも書かれていません。しかしその部品はその個別の労働者の製造品であって、複数の手を経ることはほとんどないとの指摘はあります。それらは依然として手工業的であって、労働の熟練や道具の善し悪しによってその出来ばえも違ってくるようなものなわけです。

  新日本新書版では〈時計の部分のうちで違った手を経るものはわずかばかりで、すべてこれらのばらばらな四肢〔membra disjecta〕は、最後にそれらを一つの機械的な全体に結合する手のなかではじめていっしょになるのである。〉という部分は〈時計の諸部分のうちでごくわずかのものだけが、さまざまな人手を経るのであって、これら"引き裂かれたる(ばらばらになっている)四肢(*)"のすべてがはじめて集められるのは、それらを最終的に一つの完全な機械に結合する人手のなかにおいてである。〉となっていますが、*印の部分に次のような訳者注が付いています。

  〈* ホラティウス『風刺詩』、第1巻、詩Ⅳ、第62行。鈴木一郎訳、『世界文学体系』67、筑摩書房、152ページ。〉(598頁)

  (チ)(リ)(ヌ)(ル)(ヲ)(ワ)(カ) このような、そのいろいろな種類の要素にたいする完成生産物の外的な関係は、この場合には、類似の製品の場合と同様に、同じ作業場での部分労働者の結合を偶然的なものにします。部分労働は、それら自身また、ヴォー州やヌシャテル州でのように、互いに独立した手工業としても営まれうるのですが、他方では、たとえばジュネーヴには大きな時計マニュファクチュアができています。すなわち、一つの資本の指揮のもとでの部分労働者の直接的協業が行なわれているのです。しかしこの場合でも、文字板やぜんまいや側がマニュファクチュア自体で仕上げられることはまれなのです。この場合には、結合されたマニュファクチュア的経営は、ただ例外的な事情のもとでしか有利でないからです。といいますのは、競争は自宅で作業することを欲する労働者たちのあいだで最も激しく行なわれるからです。また生産が多数の異種の過程に分裂することは共同の労働手段の使用を許すことが少ないこともあります。また、分散的製造の場合には資本家は作業用建物などのための支出を免れます。といいましても、自宅でではありますが1人の資本家(製造業者、企業者〔établisseur〕)のために労働するこれらの細部労働者の地位は、自分自身の顧客のために労働する独立手工業者の地位とはまったく違うものなのです。

    こうしたいろいろな時計の部分品に対する完成生産物である時計との関係は、外的であって、ですからそれらを一つの作業場に集めたとしても、同じ作業場での部分労働者の結合は偶然的なものになります。というわけで時計の部分品を生産するものは互いに独立した手工業として営まれてきたのです。
    ジュネーヴには大きな時計マニュファクチュアがありますが、そこでは一人の資本家の指揮のもとで部分労働者の直接的な協業が組織されています。しかしこの場合でも文字板やぜんまいや側などがそのマニュファクチュアの内部で生産されることはまれなのです。時計のようなその部分品の製造が異種の過程に分裂する場合には、結合したマニュファクチュア的経営は、ただ例外的な事情でしか有利ではないのです。というのは、自宅で作業することを欲する労働者のあいだでの方がもっとも激しい競争がおこなわれるからです。だから部分品によっては手工業的にやった方が効率がよいものがあるのです。こうした場合、一カ所に集めても労働手段を共用することで費用を節約できるケースは少なく、分散的にやった方が資本家にとっては作業用の建物を建てる必要もなくなります。
    といいましても、自宅で生産するこうした人たちは、すでに一人の資本家のために労働するのですから、もはや自分自身の顧客にために労働する独立した手工業者とはその地位はまったく違うものなのです。


◎原注32

【原注32】〈32 (イ)1854年にジュネーヴでは80,000個の時計が生産されたが、それでもヌシャテル州の時計生産の5分の1には達していない。(ロ)ただ一つの時計マニュファクチュアとみなしてよいショー・ド・フォンだけでも毎年ジェネーヴの2倍の時計を供給している。(ハ)1850-1861年にジュネーヴは720,000個の時計を供給した。(ニ)『商工業等に関するイギリス大公使館書記官報告書』、第6号、1863年、のなかの『時計業に関するジュネーヴからの報告』を見よ。(ホ)ただ組み立てられるだけの製品の生産がいくつもの過程に分かれていてそれらの過程のあいだに関連がないということは、それ自体、このようなマニュファクチュアが大工業の機械経営に転ずることを非常に困難にするのであるが、時計の場合にはさらに別の二つの障害がこれに加わってくる。(ヘ)すなわち、時計の構成要素が小さくてデリケートなことと、時計には奢侈品的な性質があるために種類が多様であることが障害になるのであって、たとえばロンドンの最高級の製造所ではまる1年間に同じような外観の時計が1ダースも製造されることはほとんどないというほどである。(ト)機械の使用に成功しているヴァシェロン・エ・コンスタンタン時計工場は、大きさでも型でもせいぜい3種か4種の違った種類を供給するだけである。〉(全集第23a巻451頁)

  これは〈この場合には、結合されたマニュファクチュア的経営は、ただ例外的な事情のもとでしか有利でない。というのは、競争は自宅で作業することを欲する労働者たちのあいだで最も激しく行なわれるからであり、生産が多数の異種の過程に分裂することは共同の労働手段の使用を許すことが少ないからであり、また、分散的製造の場合には資本家は作業用建物などのための支出を免れるからである(32)〉という一文に付けられた原注ですが、このパラグラフ全体に関連したものと考えた方がよいかも知れません。文節ごとに分けて検討しておきましょう。

  (イ)(ロ)(ハ)(ニ) 『商工業等に関するイギリス大公使館書記官報告書』、第6号、1863年、のなかの『時計業に関するジュネーヴからの報告』によりますと、1854年にジュネーヴでは80,000個の時計が生産されましたが、それでもヌシャテル州の時計生産の5分の1には達していません。ただ一つの時計マニュファクチュアとみなしてよいショー・ド・フォンだけでも毎年ジェネーヴの2倍の時計を供給しているのです。1850-1861年にジュネーヴは720,000個の時計を供給しました。

  ここでは『商工業等に関するイギリス大公使館書記官報告書』の『時計業に関するジュネーヴからの報告』にもとづいて、スイスの時計工業の現状が報告されています。ジュネーヴでは1850-1861年の10年間に72万個の時計を供給したのですが、1854年にはジュネーヴでは8万個の時計を生産しました。それでもそれはヌシャテル州の時計生産の5分の1には達していないということです(ということはヌシャテル州では40万個以上生産していることになります)。時計マニュファクチュアと見なしてよいショー・ド・フォンだけでも毎年ジュネーヴの2倍の時計を供給しているということです(ということは毎年16万個)。

  (ホ)(ヘ)(ト) ただ組み立てられるだけの製品の生産がいくつもの過程に分かれていてそれらの過程のあいだに関連がないということは、それ自体、このようなマニュファクチュアが大工業の機械経営に転ずることを非常に困難にするのですが、時計の場合にはさらに別の二つの障害がこれに加わってきます。一つは、時計の構成要素が小さくてデリケートなことです。もう一つは、時計には奢侈品的な性質があるために種類が多様であることが障害になるのです。たとえばロンドンの最高級の製造所ではまる1年間に同じような外観の時計が1ダースも製造されることはほとんどないというほどです。機械の使用に成功しているヴァシェロン・エ・コンスタンタン時計工場は、大きさでも型でもせいぜい3種か4種の違った種類を供給するだけなのです。

    こうしたさまざまな部分品がただ組み立てられて完成品が作られる場合、生産がいくつもの過程に分かれていて、その過程のあいだに関連がないということは、それ自体、こうしたマニュファクチュアが大工業に転ずることを困難にしているのですが、時計の場合にはさらに別の二つの障害が加わります。
    一つは時計の部分品はデリケートだということです。もう一つは時計は奢侈品的な性格があるために、種類が多様であることです。
    例えとしてロンドンの最高級の時計製造所ではまる1年間に同じような外観の時計が1ダースも製造されないということや、機械の使用に成功している時計工場でも、大きさや型で違うのはせいぜい3種類か4種類でしかないことが挙げられています。


◎原注33

【原注33】〈33 時計製造というこの異種的マニュファクチュアの典型的な例では、前に述べたような、手工業的活動の分解から生ずる労働用具の分化や専門化を非常に詳しく研究することができる。〉(全集第23a巻451頁)

    これはパラグラフの最後の〈とはいえ、自宅でではあるが1人の資本家(製造業者、企業者〔établisseur〕)のために労働するこれらの細部労働者の地位は、自分自身の顧客のために労働する独立手工業者の地位とはまったく違うものである(33)〉という一文に付けられた原注です。

    時計製造というこの異種的マニュファクチュアの典型的な例では、前に述べたような、手工業的活動の分解から生ずる労働用具の分化や専門化を非常に詳しく研究することができるということです。


◎第3パラグラフ(マニュファクチュアの第二の種類。互いに関連のあるいくつもの発展段階、すなわち一連の段階的諸過程を通る製品を生産するもの)

【3】〈(イ)マニュファクチュアの第二の種類、マニュファクチュアの完成された形態は、互いに関連のあるいくつもの発展段階、すなわち一連の段階的諸過程を通る製品を生産するもので、たとえば、縫針マニュファクチュアにおける針金は、72種から92種にも及ぶ独自な部分労働者の手を通るのである。〉(全集第23a巻451頁)

  (イ) マニュファクチュアの第二の種類は、マニュファクチュアの完成された形態でもありますが、互いに関連のあるいくつもの発展段階、すなわち一連の段階的諸過程を通る製品を生産するものです。たとえば、縫針マニュファクチュアにおける針金は、72種から92種にも及ぶ独自な部分労働者の手を通るのです。

   マニュファクチュアの編制のもう一つの基本形態というのは、マニュファクチュアの完成された形態でもありますが、互いに関連のあるいくつもの発展段階、一連の段階的な諸過程を通る製品を生産するものに該当します。例えば、縫針マニュファクチュア。この場合、針金は、72種から92種にも及ぶ独自の部分労働者の手を通って、その段階ごとに完成製品に近づくのです。


◎第4パラグラフ(マニュファタチュアは、製品が一つの段階から次の段階に移るための時間が短縮され、この移行を媒介する労働も短縮されて、手工業に比べれば生産力が増大する。この増大はマニュファクチュアの一般的な協業的な性格から生ずる)

【4】〈(イ)このようなマニュファタチュアが、元来は分散していた手工業を結合するかぎりでは、それは製品の特殊な生産段階のあいだの空間的分離を少なくする。(ロ)製品が一つの段階から次の段階に移るための時間は短縮され、この移行を媒介する労働も短縮される(34)。(ハ)こうして、手工業に比べれば生産力が増大し、しかもこの増大はマニュファクチュアの一般的な協業的な性格から生ずる。(ニ)他方、マニュファクチュアに特有な分業の原則はいろいろな生産段階の分立化を必然的にし、これらの生産段階はそれだけ多くの手工業的部分労働として互いに独立化されることになる。/(ホ)分立化された諸機能のあいだの関連を確立し維持するためには、製品を絶えず一つの手から別の手に、また一つの過程から別の過程に、運ぶことが必要である。(ヘ)大工業の立場から見れば、このことは、一つの特徴的な、費用のかかる、マニュファクチュアの原則に内在する局限性として目につくものである(33)。〉(全集第23a巻451-452頁)

  (イ)(ロ)(ハ) このようにマニュファタチュアが、元来は分散していた手工業を結合するかぎりでは、それは製品の特殊な生産段階のあいだの空間的分離を少なくします。製品が一つの段階から次の段階に移るための時間も短縮され、この移行を媒介する労働も短縮されます。こうして、手工業に比べますと生産力が増大し、しかもこの増大はマニュファクチュアの一般的な協業的な性格から生ずるのです。

 このパラグラフもフランス語版を最初に紹介することにします。

  〈この種のマニュファクチュアは、それが元来独立していた手工業を結合するかぎりでは、さまざまな生産段階のあいだの空間を縮小する。したがって、生産物がある段階から別の段階に移行するために必要な時間は、運搬労働と同様に短縮される(9)。手工業に比べて生産力が増大するが、この増大はマニュファクチュアの協業的な性格から生ずるのである。〉(江夏・上杉訳358頁)

  ここで〈このようなマニュファタチュア〉(フランス語版は〈この種のマニュファクチュア〉)とありますが、それは第二の種類のマニュファクチュア、すなわち完成されたマニュファクチュア、あるいは有機的マニュファクチュアのことを指していると思います。
  こうしたマニュファクチュアも、それがもともと独立していた手工業を結合する限りでは、さまざまな生産段階のあいだの空間を縮小し、生産物がある段階から次の段階に移行する時間を生産物を運搬する労働とともに短縮します。そのことによって手工業に比べますと生産力が増大しますが、これはマニュファクチュアの協業的性格から生じてくるのです。

  (ニ)(ホ)(ヘ) 他方では、マニュファクチュアに特有な分業の原則はいろいろな生産段階の分立化を必然的にします。これらの生産段階はそれだけ多くの手工業的部分労働として互いに独立化されることになります。分立化された諸機能のあいだの関連を確立し維持するためには、製品を絶えず一つの手から別の手に、また一つの過程から別の過程に、運ぶことが必要です。大工業の立場から見ますと、このことは、一つの特徴的な、費用のかかる、マニュファクチュアの原則に内在する局限性として目につくものなのです。

  フランス語版です。

  〈他方、マニュファクチュアに固有の分業は、種々の諸作業の分立とそれらの相互独立とを必要とする。分立した諸機能のあいだに一体関係を確立し維持するには、労働対象をある労働者から別の労働者へ、また、ある過程から別の過程へ、絶えず運ぶことが必要である。空費のこうした源泉が、機械制工業に比べたマニュファクチュアの短所の一つになっている(10)。〉(同)

    他方では、マニュファクチュアに特有な分業は、いろいろな生産段階の分立化とそれらの相互の独立化を必要とします。分立した諸機能のあいだに一体的な関係を確立し維持するためには、製品を絶えず一つの手から別の手に、また一つの過程から別の過程に、運ぶことが必要となります。大工業の立場から見ますと、こうしたことは、一つの特徴的な費用のかかるものであり、空費をなすものです。だからこれは大工業に比べてのマニュファクチュアの短所の一つになっています。

    第3パラグラフ以降、マニュファクチュアの第二の種類、すなわち有機的マニュファクチュア(マルクスはそれをマニュファクチュアの完成された形態と述べていますが)の諸特徴の考察が行われ、この第4パラグラフはその最初のものです。
    ここでは一見すると相矛盾する特徴が挙げられているように思えます。中世の分散していた手工業を結合する限りでは、それは製品の個別的な生産諸局面の空間上の分離をすくなくし、よってまた時間が短縮され、それに必要な労働も節約されると述べ、だから手工業に比べると生産力が上昇すると述べられています。
    しかし他方で、マニュファクチュア的分業は生産諸局面の分立化を生じさせ、手工業を行う部分労働者が相互に自立したものとなり、だからそれらのあいだの連関を確立し維持するために、製品を一つの工程から他の工程に絶えず運ぶ必要が生じるとしています。
    つまり最初は手工業に比べれば、空間上の分離をなくし、製品の移動に必要な時間や労働を節約すると述べながら、他方ではマニュファクチュア的分業は部分労働者の自立化をもたらし、それらの労働者のあいだの製品の移動を必要とすると述べているわけです。そこらあたりがやや矛盾したややこしいことになっています。
    要するにマニュファクチュアでは、中世の分散していた手工業を一つに集めるという点では空間的にそれらの分離を少なくし、よって製品の移動の時間の短縮や労働の節約になるのですが、しかし労働は依然として手工業的であり、分業によってさらに細分化され独立化された部分労働者がそれらの部分生産物を一つの作業工程から別の作業工程へと移動させる必要があり、やはりそれらの部分労働のあいだの関連には依然として一定の時間を必要としたということでしょうか。
    それに関連するのですが、有機的マニュファクチュアに固有の分業は、種々の作業の分立とそれらの相互の独立化を必要とするとありますが、それがどうして必要なのかいま一つよく分かりません。例えば縫針マニュファクチュアは針金に何十種類もの加工を加えて完成品を作るとありましたが、それぞれの加工工程が分業によって行われるとしても、それぞれの作業が分立し独立化する必要がどうしてあるのか。それぞれが手工業として営まれることからそうしたことがいえるのか、この点、いま一つはよく分かりません。
    ここではそうした独立化されることから、一連の加工工程の関連を維持するために、半製品を一つの作業場から別の作業場へと運搬する必要があり、それが大工業に比べてのマニュファクチュアの欠陥になっているとの指摘があるわけです。


◎原注34

【原注34】〈34 「人々がこのように密集していっしょにいるところでは、運搬は必ずもっと少ないにちがいない。」(『イギリスにとっての束インド貿易の利益』、106ぺージ。)〉(全集第23a巻452頁)

    これは〈製品が一つの段階から次の段階に移るための時間は短縮され、この移行を媒介する労働も短縮される(34)〉という本文に付けられた原注です。同じようにマニュファクチュアにおける分業によって密集した協業では、運輸費が節約されることを指摘している一文が引用されています。

    第2パラグラフで紹介した『61-63草稿』のペティの一文のあとに付け加えられたマルクスの一文でも〈最後に彼(ペティ--引用者)は、取引上の利点や運送費等々のような空費の節約について論じている〉と述べていました。そしてそれに続けてマルクスは次のように述べています。

  〈分業についてのベティの見解を古代人のそれから区別するものは、最初から、分業が生産物の交換価値に、つまり商品としての生産物に及ぼす影響を、すなわち商品の低廉化を見ていることである。
  同じ観点を、もっと明確に、一商品の生産に必要な労働時間の短縮と表現し、一貫して主張しているのは、『イギリスにとっての東インド貿易の利益』、ロンドン、1720年、である。
  決定的なことは、どんな商品でも「最少のそして最もやさしい労働」でつくることである。あることが「より少ない労働で」遂行されるならば、「その結果、より低い価格の労働で」遂行されるととになる。こうして商品は安価にされ、その次には、労働時間をその商品の生産に必要な最小限にきりつめることが、競争によって一般的法則となる。/「もし私の隣人がわずかな労働で多くをなすことによって安く売ることができるならば、私もなんとかして彼と同じように安く売るようにしなければならない。」[67ページ]分業について、彼はとくに次のことを強調している。--「どのマユュファクチュアでも、職工の種類が多ければ多いほど、一人の人の熟練〔skill〕に残されるものはそれだけ少ないよ[68ページ]〉(草稿集④460-461頁)


◎原注35

【原注35】〈35 「手の労働を使用することから起きるマニュファクチュアのいろいろな段階の分立は、生産費を非常に高くするが、この損失はおもに一つの過程から別の過程への単なる移動から生ずるものである。」(『諸国民の産業』、ロンドン、1855年、第2部、200ページ。)〉(全集第23a巻452頁)

    これは〈大工業の立場から見れば、このことは、一つの特徴的な、費用のかかる、マニュファクチュアの原則に内在する局限性として目につくものである(33)〉という本文に付けられた原注です。
    マニュファクチュア的な手作業の分立は、生産費を高くするが、それは一つの過程から別の過程への単なる移動から生じる損失から生まれると述べています。

    草稿集⑨には『諸国民の産業、技術、機械,製造業の現状の概観』からの引用は多数ありますが、この原注で引用されているものと同じものは見つけることは出来ませんでした。


◎第5パラグラフ(いろいろな細部労働者が結合されてできている全体労働者は、道具で武装された彼のたくさんの手のなかで、一定量の原料の加工をその段階的過程の時間的継起を空間的並列に変え、同じ時間でより多くの完成商品を供給する)

【5】〈(イ)一定量の原料、たとえば製紙マニュファクチュアのぼろとか製針マニュファクチュアの針金とかの一定量をとって見れば、それは、その最終の姿になるまでに、いろいろな労働者の手のなかでいろいろな生産段階の時間的な順列を通る。(ロ)これに反して、作業場を一つの全体機構として見れば、原料はすべてその生産段階で同時に見いだされる。(ハ)いろいろな細部労働者が結合されてできている全体労働者は、道具で武装された彼のたくさんの手のなかの一つの部分では針金をつくっており、同時に別の手や道具では針金をまっすぐに伸ばしており、さらに別の手ではそれを切ったりとがらせたりしている。(ニ)いろいろな段階的過程が時間的継起から空間的並列に変えられている。(ホ)それだからこそ、同じ時間でより多くの完成商品が供給されるのである(36)。(ヘ)その同時性は、たしかに総過程の一般的な協業的な形態から生ずるのではあるが、しかし、マニュファクチュアは、ただ協業の既存の諸条件を見いだすだけではなく、その一部分を手工業的活動の分解によってはじめて創造するのである。(ト)他面、マニュファクチュアは、労働過程のこのような社会的組織を、ただ同じ細部作業に同じ労働者を釘づけすることによってのみ達成するのである。〉(全集第23a巻452頁)

  (イ) 一定量の原料、たとえば製紙マニュファクチュアのぼろとか製針マニュファクチュアの針金とかの一定量をとって見ますと、それは、その最終の姿になるまでに、いろいろな労働者の手のなかでいろいろな生産段階の時間的な順列を通ります。

   フランス語版はこのパラグラフは二つに分けられていますが、最初に該当する部分のフランス語版を紹介しておきます。

  〈労働対象、たとえば製紙マニュファクチュアのぼろ、または製ピン・マニュファクチュアの真鍮は、その最終形態に到達するまでに、つぎつぎに行なわれる一連の諸作業のすべてを通過する。〉(江夏・上杉訳358頁)

    これも第二の種類のマニュファクチュア、すなわち完成された形態のマニュファクチュアのことですが、一定の原料、例えば製紙マニュファクチュアにおけるぼろとか、製針マニュファクチュアにおける針金とかの一定量をとってみますと、それはその最終の姿になるまでには、いろいろな労働者の手のなかでいろいろな生産段階を時間的に経過して通過して行きます。

  (ロ)(ハ)(ニ)(ホ) これに反して、作業場を一つの全体機構として見ますと、原料はすべての生産段階で同時に見いだされます。いろいろな細部労働者が結合されてできている全体労働者は、道具で武装された彼のたくさんの手のなかの一つの部分では針金をつくっており、同時に別の手や道具では針金をまっすぐに伸ばしており、さらに別の手ではそれを切ったりとがらせたりしています。いろいろな段階的過程が時間的継起から空間的並列に変えられています。それだからこそ、同じ時間でより多くの完成商品が供給されるのです。

  フランス語版です。

  〈ところが、作業場は全体機構としては、労働対象を、労働のあらゆる進行段階において一望のもとに同時に示している。集団労働者、千本の手がさまざまな道具を備えているブリアレ〔寓話上の入物〕は、真鍮線を切ること、ピンの頭をこしらえること、ピンの尖端やつなぎ目を尖らせること等々を同時に行なう。時間上つぎつぎに行なわれて互いに関連する種々の諸作業は、空間上同時的な作業、所与の時間内に供給される商品量を著しく増大する余地を与えるところの結合、になるのである(11)。〉(同)

    しかし作業場を一つの全体機構として見渡しますと、原料はすべての生産段階で同時に見いだされます。いろいろな細部労働者が結合されて構成されている全体労働者は、そのてくさんの手に諸道具をもち、一方では針金を作り、他方ではそれをまっすくに伸ばし、さらに別の手ではそれを切ったり尖らせたりしています。そしていろいろな段階的な経過が時間的に継起すると同時に空間的に並列して行われ、そして同じ時間により多くの完成品が生産されるわけです。

  (ヘ)(ト) その同時性は、たしかに総過程の一般的な協業的な形態から生ずるのですが、しかし、マニュファクチュアは、ただ協業の既存の諸条件を見いだすだけではなくて、その一部分を手工業的活動の分解によってはじめて創造するのです。他方では、マニュファクチュアは、労働過程のこのような社会的組織を、ただ同じ細部作業に同じ労働者を釘づけすることによってのみ達成するのです。

  フランス語版です。

  〈この同時性は労働の協業形態から生ずるが、マニュファクチュアは協業の先在条件に立ちどまるものではなく、手工業の分解を行なうことによって協業の新しい条件を創造する。マニュファクチュアは、労働者を一つの細部作業に永久に釘づけにすることによってのみ、その目的を達成するのである。〉(同)

    この同時性は、総過程の一般的な協業から生じていますが、しかしマニュファクチュアにおいては、ただ単に協業の既存の諸条件を見いだすだけではなくて、手工業を分解することによって新しい協業の条件を創造するのです。つまりマニュファクチュアは、分解された細部労働に労働者を一生涯釘付けにすることによって、その目的を達成するのです。

    ここでは前のパラグラフで指摘されていた第二の種類のマニュファクチュアに固有の分業による部分労働の分立化という側面に対して、むしろマニュファクチュアを全体機構としてみた場合の特徴が挙げられています。それは一つの全体労働者であり、彼はたくさんの手をもち、それぞれの手でさまざまな用具を使って、縫針を製造するさまざまな工程を同時に平行して行い、すなわち時間的継起に代わって、空間的に並列して行うのだと述べています。

   ((5)に続く。)

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『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(5)

2024-08-30 17:05:40 | 『資本論』

『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(5)


◎原注36

【原注36】〈36 「それ」(分業)「は、すべてが同じ瞬間に実行されうるようないろいろな部門に仕事を分割することによって、時間の/節約をも生みだす。……一人の個人ならば別々にしなければならないようないろいろな過程をすべて同時に行なうことによって、たった1本のピンを切ったりとがらせたりしたのと同じ時間で多量の完全にできあがったピンを生産することが可能になる。」(デュガルド・ステユアート『経済学講義』、所収、サー・W・ハミルトン編『著作集』、エディンバラ、第8巻、1855年、319ページ。)〉(全集第23a巻452-453頁)

  これは〈いろいろな段階的過程が時間的継起から空間的並列に変えられている。それだからこそ、同じ時間でより多くの完成商品が供給されるのである(36)〉という一文に付けられた原注です。分業でさまざまに分割された作業が同じ瞬間に行われることによって、一人の個人なら別々にしなければならない作業が同時に行われ、一本のピンを同時に切ったり尖らせたりすることによって、同じ時間に多量のピンを完成させるという例が紹介されています。

  同じ文献を取り上げている『61-63草稿』から紹介しておきます。

  〈サー・W・ハミルトン編『ドゥーガルト・ステューアト著作集』、エディンバラ。私は、『著作集』、第八巻から引用するが、これは『経済学講義』、第一巻(1855年)である。
  彼は、分業が労働の生産性を増大させる仕方について、とりわけ次のように言う。--
  「分業の諸効果と機械の使用の諸効果とは……どちらもその価値を同じ事情から、つまり、一人の人手多くの人々の仕事を推考できるようにするという、それらの傾向から得ている」(317ページ)。「それはまた、すべてが同じ瞬間に遂行されるようなさまざまな部門に仕事を細分することによって、時間の節約を生みだす。……一人の個人なら別々にしてきたにちがいないさまざまな過程をすべて同時に進めることによって、たとえば、たった一本のピンを切ったりとがらせたりすることしかできなかった同じ時間で、完全にできあがった多量のピンを生産することが可能になる」(319ページ)。
  ここで言われていることは、一連のさまざまな作業を順次に行なう同じ労働者はある作業から他の作業に移るときに時間を失うという、A・スミスの所説の「第二」のことだけではない。〉(草稿集④442-443頁)


◎第6パラグラフ(マニュファクチュアでは、労働と労働とのあいだの直接的な依存関係によって、労働の連続性や一様性や規則性や秩序が、ことにまた労働の強度が生みだされ、一定の労働時間で一定量の生産物を供給するということが生産過程そのものの技術上の法則になる)

【6】〈(イ)それぞれの部分労働者の部分生産物は、同時に、ただ同じ製品の一つの特殊な発展段階でしかないのだから、一人の労働者が別々の労働者に、または一つの労働者群が別の労働者群に、その原料を供給するわけである。(ロ)一方の労働者の労働成果は、他方の労働者の労働のための出発点になっている。(ハ)だから、この場合には一方の労働者が直接に他方の労働者を働かせるのである。(ニ)それぞれの部分過程の所期の効果をあげるために必要な労働時間は経験によって確定されるのであって、マニュファクチュアの全体機構は、一定の労働時間では一定の成果が得られるという前提にもとづいている。(ホ)ただこの前提のもとでのみ、互いに補い合ういろいろな労働過程は、中断することなく、同時に、空間的に並列して進行することができるのである。(ヘ)このような、労働と労働とのあいだの、したがってまた労働者どうしのあいだの直接的依存関係は、各個の労働者にただ必要時間だけを自分の機能のために費やすことを強制するのであり、したがって、独立手工業の場合とは、または単純な協業の場合とさえも、まったく違った労働の連続性や一様性や規則性や秩序が(37)、ことにまた労働の強度が生みだされるのだということは、明らかである。(ト)ある一つの商品にはただその商品の生産に社会的に必要な労働時間だけが費やされるということは、商品生産一般では競争の外的強制として現われるのであるが、それは、表面的に言えば、各個の生産者が商品をその市場価格で売らなければならないからである。(チ)ところが、マニュファクチュアでは、一定の労働時間で一定量の生産物を供給するということが生産過程そのものの技術上の法則になるのである(38)。〉(全集第23a巻453頁)

  (イ)(ロ)(ハ) それぞれの部分労働者の部分生産物は、同時に、ただ同じ製品の一つの特殊な発展段階でしかないのですから、一人の労働者が別々の労働者に、または一つの労働者群が別の労働者群に、その原料を供給するわけです。一方の労働者の労働成果は、他方の労働者の労働のための出発点になっています。ですから、この場合には一方の労働者が直接に他方の労働者を働かせるのです。

 フランス語版はやや書き換えられています。だから最初にフランス語版を紹介していくことにします。

  〈個々の部分労働者の部分生産物は同時にまた、完成された製作物の特殊な発展段階でしかないから、個々の労働者または労働者群は、ほかの労働者または労働者群にその原料を供給する。一方の労働の成果は他方の労働の出発点をなす。〉(江夏・上杉訳359頁)

  このようにフランス語版は少し簡潔になり、最後の〈だから、この場合には一方の労働者が直接に他方の労働者を働かせるのである〉という部分は省略されています。しかし当然ですが、書かれている内容は同じです。
  有機的なマニュファクチュアでは、それぞれの部分労働者の生産する部分生産物は、完成品の特殊な発展段階でしかありませんから、その生産物は他の労働者あるいは労働者群にその原料として入っていくわけです。だから一方の労働者の生産物は他方の労働者の出発点になっているということです。つまり個々の部分労働者の労働は分業によって互いに有機的に密接に関連し合っているということでしょうか。

  (ニ)(ホ) それぞれの部分過程の所期の効果をあげるために必要な労働時間は経験によって確定されます。マニュファクチュアの全体機構は、一定の労働時間では一定の成果が得られるという前提にもとづいています。ただこの前提のもとでのみ、互いに補い合ういろいろな労働過程は、中断することなく、同時に、空間的に並列して進行することができるのです。

  まずフランス語版です。

  〈個々の部分過程において所期の有用な効果を得るために必要な労働時間は、経験的に確定されるのであって、マニュファクチュアの全体機構が機能するのは、与えられた時間内に与えられた成果が得られるという条件のもとにかぎられる。ただこのような仕方でだけ、相互に補足しあうさまざまな労働は、並列して、同時に、しかも中断なく進行することができるのである。〉(同)

  個々の部分労働者の労働が一定の生産物を供給するに必要な労働時間は経験によって確定しています。だからマニュファクチュアの全体の機構は、それを構成する各労働者が一定の時間には一定の成果が得られるということを前提にして成り立っているのです。このようにして、全体の機構のさまざまな労働は、互いに補いながら、並列して、同時に、中断なく進行することが出来るわけです。

  (ヘ)(ト)(チ) このような、労働と労働とのあいだの、したがってまた労働者どうしのあいだの直接的な依存関係は、各個の労働者にただ必要な時間だけを自分の機能のために費やすことを強制します。だから、独立手工業の場合とは違って、または単純な協業の場合とさえもまったく違った労働の連続性や一様性や規則性や秩序が、ことにまた労働の強度が生みだされるのです。ある一つの商品にはただその商品の生産に社会的に必要な労働時間だけが費やされるということは、商品生産一般では競争の外的強制として現われるのですが、それは、表面的に言いまと、各個の生産者が商品をその市場価格で売らなければならないからです。ところが、マニュファクチュアでは、一定の労働時間で一定量の生産物を供給するということが生産過程そのものの技術上の法則になるのです。

  フランス語版です。

  〈諸労働のあいだの、また諸労働者のあいだのこうした直接的な依存は、個々の労働者を強制して、自分の機能に必要な時間だけを費やさせるということ、こうして、独立手工業でも単純な協業でさえも見られないような労働の連続性、規則正しさ、画一性が、とりわけ労働の強度が、得られるということは、明らかである(12)。一商品にはその製造に社会的に必要な労働時間だけが費やされなければならないということ、このことは、商品生産一般では競争の効果として現われる。というのは、表面的に言えば、それぞれの個々の生産者は商品をその市場価格で売らざるをえないからである。これに反して、マニュファクチュアでは、与えられた労働時間内に与えられた分量の生産物を引き渡すことが、生産過程そのものの技術上の法則になるのである(13)。〉(同)

    このように有機的マニュファクチュアでは、個々の労働と労働、個々の労働者と労働者とが互いに直接的な依存関係にあります。ですから、彼らは全体機構を維持するためには、各自がそれぞれに必要な時間だけを自分の機能のために費やすことが一つの強制となってくるのです。だから独立手工業や単純な協業でさえも見られないような労働の連続性、規則正しさ、画一性、とりわけ労働の強度が得られるようになります。
    商品の生産には社会的に必要な労働時間だけが費やされねばならないということは、商品の価値の法則です。表面的には商品生産者は生産した商品をその市場価格で販売せざる得ないという形で、それは一つの強制法則として貫徹されるわけです。
    しかしマニュファクチュアでは、生産機構そのものがそれぞれの部分労働者に必要な労働時間だけを費やすように強制するのです。すなわちある与えられた労働時間内に与えられた分量の生産物を引き渡すことが生産過程そのものの技術的な法則となるのです。


◎原注37

【原注37】〈37 「どのマニュファクチュアでも工人の種類が多ければ多いほど……それぞれの作業はいっそう秩序正しく規則的になり、/同じことがいっそう短い時間でなされるにちがいないし、労働はいっそう少なくなるにちがいない。」(『イギリスにとっての東インド貿易の利益』、68べージ。)〉(全集第23a巻453-454頁)

    これは〈このような、労働と労働とのあいだの、したがってまた労働者どうしのあいだの直接的依存関係は、各個の労働者にただ必要時間だけを自分の機能のために費やすことを強制するのであり、したがって、独立手工業の場合とは、または単純な協業の場合とさえも、まったく違った労働の連続性や一様性や規則性や秩序が(37)、ことにまた労働の強度が生みだされるのだということは、明らかである〉という本文に付けられた原注です。
    引用されている一文でも同じように〈それぞれの作業はいっそう秩序正しく規則的になり、同じことがいっそう短い時間でなされるにちがいないし、労働はいっそう少なくなるにちがいない〉と述べていますので、注として採用されたのでしょう。

    ここで引用されている『イギリスにとっての東インド貿易の利益』は、すでに原注27にも出てきました。そのときに『61-63草稿』の一文を紹介しましたが、そこには今回の原注で引用されている一文もありました(頁数は同じですが若干違うところがあります)。その部分だけをもう一度少し前から紹介しておきます。

  〈分業について、彼はとくに次のことを強調している。--「どのマユュファクチュアでも、職工の種が多ければ多いほど、一人の人の熟練〔skill〕に残されるものはそれだけ少ない。」[68ページ]〉(草稿集④461頁)


◎原注38

【原注38】〈38 (イ)とはいえ、マニュファクチュア的経営はこの成果には多くの部門でただ不完全に到達しているだけである。(ロ)というのは、マニュファクチェア的経営は生産過程の一般的な化学的および物理的諸条件を確実に統御することができないからである。〉(全集第23a巻454頁)

  これはパラグラフの最後の一文〈ところが、マニュファクチュアでは、一定の労働時間で一定量の生産物を供給するということが生産過程そのものの技術上の法則になるのである(38)〉に付けられた原注です。マルクス自身の文章になっています。だから一応、書き下し文を書いて解説を加えておきましょう。

  (イ)(ロ) とはいいましても、マニュファクチュア的経営はこの成果には多くの部門でただ不完全に到達しているだけです。といいますのは、マニュファクチェア的経営は生産過程の一般的な化学的および物理的諸条件を確実に統御することができないからです。

    つまり有機的マニュファクチュアでは、分業による個別の部分労働の間の相互的な依存が強まり、一定の時間に一定量の生産物を供給するということが技術上の法則になるのですが、しかしマニュファクチュア段階ではこうしたものも不完全になるのだということです。というのもそれぞれの部分労働は依然として手工業の域を出ていませんから、生産過程の化学的あるいは物理的な諸条件を確実に統御することができていないからだということです。


◎第7パラグラフ(マニュファクチュア的分業は、社会的労働過程の質的な編制とともにその量的な規準と均衡をも発展させる)

【7】〈(イ)とはいえ、いろいろな作業は、等しくない長さの時間を必要とし、したがって等しい時間に等しくない量の部分生産物を供給する。(ロ)だから、もし同じ労働者は毎日毎日いつでもただ同じ作業だけを行なうものとすれば、いろいろな作業にいろいろに違った比例数の労働者が充用されなければならない。(ハ)たとえば、ある活字マニュファクチュアで鋳字工1人では1時間に2000個の活字を鋳造し、分切工1人では4000個を分切し、磨き工1人では8000個を磨くとすれば、このマニュファクチュアでは磨き工1人について鋳字工4人と分切工2人が充用されなければならない。(ニ)ここでは同種の作業をする多数人の同時就業という最も単純な形態の協業の原則が再現する。(ホ)といっても、今度は一つの有機的な関係の表現としてであるが。(ヘ)だから、マニュファクチュア的分業は、ただ社会的全体労働者の質的に違う諸器官を単純化し多様化するだけではなく、またこれらの諸器官の量的な規模の、すなわちそれぞれの特殊機能を行なう労働者の相対数または労働者群の相対的な大きさの、数学的に確定された割合をもつくりだすのである。(ト)マニュファクチュア的分業は、社会的労働過程の質的な編制とともにその量的な規準と均衡をも発展させるのである。〉(全集第23a巻454頁)

  (イ)(ロ) とはいいましても、いろいろな作業は、等しくない長さの時間を必要とします。また等しい時間に等しくない量の部分生産物を供給します。ですから、もし同じ労働者が毎日毎日いつでもただ同じ作業だけを行なうものとしますと、いろいろな作業にいろいろに違った比例数の労働者が充用されなければなりません。

    フランス語版の方がやや分かりやすく思えますので、紹介しておくことにします。

  〈しかし、いろいろな諸作業が必要とする時間の長さは同じではなく、したがって、それらが同じ長さの時間内に供給する部分生産物の量は同じではない。だから、同じ労働量が毎日つねに同一の作業を行なわなければならないならば、作業がちがえば労働者を使う割合もちがわなければならない。〉(江夏・上杉訳360頁)

    有機的マニュファクチュアでは部分労働が互いに密接に関連し合っていることが指摘されましたが、しかしそれぞれの部分労働者の労働がある一定の生産物を生産するのに必要な労働時間が同じとはいえません。ある生産物に必要な加工を加えるのに1時間必要なのに、その加工された生産物を磨くためには半時間も必要ないというように、それぞれの部分作業にかかる時間はまちまちです。だからそれぞれの部分作業が同じ時間に供給する部分生産物は同じではないわけです。ですからそれぞれの部分労働者が毎日毎日同じ作業だけを行うとすれば、いろいろな作業に割く人員は違ってこなければなりません。作業が違えば、使う労働者数も違ってこなければならないのです。

  (ハ) たとえば、ある活字マニュファクチュアで鋳字工1人では1時間に2000個の活字を鋳造し、分切工1人では4000個を分切し、磨き工1人では8000個を磨くとしますと、このマニュファクチュアでは磨き工1人について鋳字工4人と分切工2人が充用されなければなりません。

  フランス語版です。

  〈たとえばある活字マニュファクチュアでは、分切工2人と磨き工1人にたいし鋳字工4人を使わなければならない。鋳字工は1時間に2000個の活字を鋳造するのにたいし、分切工は4000個の活字を分切し、磨き工は8000個の活字を磨く。〉(同)

  ここでは具体例として活字マニュファクチュアの例が紹介されています。鋳造、分切、磨きの各工程に必要な人員は4対2対1の比率になるということです。
  『61-63草稿』ではより詳しく〈活字(印刷用の活字)の鋳造〉の主な作業が紹介されています。

  〈分業にもとづくマニュファクチュアの実例に、活字(印刷用の活字)の鋳造がある。主要な作業が5つある。
  (1)活字の鋳造。「労働者はおのおの1時間で4OO個から5OO個の活字をつくることができる。」[203ページ。]
  (2)活字の分切「(この仕事をする少年は、活字の金属が含む鉛とアンチモンの毒におかされる。)活字は標準寸法に分切される。仕事のはやい少年ならこの作業では1時間に2000個から3000個を分切できる。しかし、労働者のなかには、新しい活字を扱うため、金属の毒におかされて親指と人差指を失った者のあることをいっておかなければならない。[203ページ。]/
  (3)活字は平らな石の上で磨かれて、活字の腹や背の、ざらつきあるいは『ばり』がきれいに落とされるほかに、活字の『斜面』と『足』(shank Bein,Schenkel,Stielなど、ここでは活字の軸)が調整される。上手な磨き工なら1時間に約2000個を仕上げることができる。
  (4)活字は、成年男子か少年によって、長さ約1ヤードの1種の植字盆のなかに、『ネツキ』(nick Kerbe.) を揃え全部上に向けてはめ込まれる。こうして、1時間に3000個から4000個が並べられる。
  (5)第2工程で粗いままに放置されていた活字の底は、かんな(=obel)がけによって平らにされる。それから活字はひっくり返されて〔字づらを〕上にし、すべての線が拡大鏡で綿密に調べられる。欠陥のある活字は抜きとられ、残りは植字盆からはずして山盛りにされる。」[204ページ。]〉
  このように1人の鋳字工が1時間に5OO個の活字を鋳造し、1人の少年が1時間に3000個を分切するとすれば、少年1人にたいして6人の鋳字工が必要である。そして、1人の磨き工が1時間に2000個を磨けば、4人の鋳字工に1人の磨き工が対応する。また、1人の配列工が1時間に4000個をかたづけるとすれば、8人の鋳字工に1人の配列工が対応する。労働の分割にさいしては、そこに倍数〔の原理〕を認めなければならない。いろいろな作業がいま以下のような事情にあるとしよう。3種類の作業があるとする。第1作業が提供するものを加工するために、第2作業が人間を1人働かせるときには、第1作業には2人の人間をあてなければならない。しかし、第1、第2作業の生産物を加工する第3作業に4人が必要なときには、4人をそこにあてなければならない。そうすると、第1作業に2人、第2作業に1人、第3作業に4人、合計7人を充用することになる。これらの倍数は、分業の原理に発するのであって、それぞれ異なる作業の必要と/する時間が相違するにもかかわらず、すべての労働者が、同時に、しかも同じ長さの時間を、もっぱらそれらの作業の一つに従事して働くようにするためなのである。ある段階の生産物ないし仕事(たとえば、ボイラーたき、機械の修理など)の一定量に費やされるその作業時間が少なければ少ないほど、他の〔作業に従事する〕労働者の量はそれだけいっそう多くしなければならない。それは、その仕事に個々人を専従させることができるようにするためである。〉(草稿集⑨88-90頁)

  (ニ)(ホ)(ヘ)(ト) ここでは同種の作業をする多数の人たちが同時に就業という最も単純な形態の協業の原則が再現します。といいましても、今度は一つの有機的な関係の表現としてです。ですから、マニュファクチュア的分業は、ただ社会的全体労働者の質的に違う諸器官を単純化し多様化するだけではなくて、これらの諸器官の量的な規模の、すなわちそれぞれの特殊機能を行なう労働者の相対数または労働者群の相対的な大きさの、数学的に確定された割合をもつくりだすのです。マニュファクチュア的分業は、社会的労働過程の質的な編制とともにその量的な規準と均衡をも発展させるのです。

  フランス語版です。

  〈協業の原則が、同種の作業に多くの労働者を同時に使うという最も単純な形態で、再現する。だが、この原則は今度は有機的な関係の表現である。したがって、マニュファクチュア的分業は、集団労働者の質的にちがう諸器官を単純にするのと同時にふやすだけではない。この分業は、さらに、諸器官の量、すなわちそれぞれの特殊機能を行なう労働者の相対数または労働者群の相対的な大きさを定めるような固定した数学的比率をも、作り出すのである。〉(同)

  ここでは同じ作業をする多数の労働者が同時に協働するという単純な協業が行われます。
しかしそれは単なる単純協業にはとどまりません。といいますのは、それぞれの労働は分業によって有機的に関連し合っているからです。マニュファクチュア的分業は、ただ社会的な全体労働者の質的に異なる諸器官を単純化して多様化するだけではなくて、それらの諸器官の量的規模の割合も作り出すからです。つまりマニュファクチュア的分業は、社会的な労働過程の質的編制と同時にその量的な基準と均衡をも発展させるのです。


◎第8パラグラフ(いろいろな部分労働者群の最も適当な比例数が一定の生産規模について経験的に確定されているならば、この規模はただそれぞれの特殊な労働者群の倍数を使用することによってのみ拡大することができる)

【8】〈(イ)いろいろな部分労働者群の最も適当な比例数が一定の生産規模について経験的に確定されているならば、この規模はただそれぞれの特殊な労働者群の倍数を使用することによってのみ拡大することができる(39)。(ロ)さらに、同じ個人がある種の労働を大きな規模でも小さな規模でも同じように行なうことができるということが加わる。(ハ)たとえば、監督という労働や、部分生産物を一つの生産段階から他の生産段階に運ぶ労働などがそれである。(ニ)だから、このよ/うな機能を独立化することや特別な労働者に割り当てることは、使用労働者数の増大によってはじめて有利になるのであるが、この増大はただちにすべての群に比例的に及ぼされなければならないのである。〉(全集第23a巻454-455頁)

  (イ) いろいろな部分労働者群の最も適当な比例数が一定の生産規模について経験的に確定されていますと、この規模はただそれぞれの特殊な労働者群の倍数を使用することによってのみ拡大することができます。

  ある生産部門における部分労働者のもっとも適当な比例的割合が経験的に決まってきますと、生産規模の拡大は、その割合の倍数で行うことが必要になります。
  たとえば先の活字マニュファクチュアの例では最低限7人の労働者が必要でしたが、この活字マニュファクチュアの規模を拡大するためには、7の倍数の労働者を雇用する必要があるわけで。つまり活字マニュファクチュアの規模を2倍にするためには、磨き工2人と鋳字工8人と分切工4人、合計14人(=7×2)が充用されなければないことになるわけです。

  (ロ)(ハ) さらに、同じ個人がある種の労働を大きな規模でも小さな規模でも同じように行なうことができるということが加わります。たとえば、監督という労働や、部分生産物を一つの生産段階から他の生産段階に運ぶ労働などがそれです。

  さらにある種の労働は規模の大小に関わりなく必要とされることが分かります。例えば監督労働であるとか、部分生産物を一つの生産段階から別の生産段階へと運ぶ労働などがそれにあたります。

  (ニ) ですから、このような機能を独立化することや特別な労働者に割り当てることは、使用労働者数の増大によってはじめて有利になるのですが、この増大はただちにすべての群に比例的に及ぼされなければならないのです。

    こうした労働は、小規模の場合には、ある独立の労働者が担当するということではなくて、それぞれが分担してやる程度でよかったのですが、規模を拡大していくことによって、特別な労働者に割り当てることができるようになり有利になります。
    ここで最後の一文〈この増大はただちにすべての群に比例的に及ぼされなければならないのである〉がいま一つハッキリとしません。
  まず初版を見てましょう。

  〈おまけに、同じ個人がある種の労働を規模の大小に関係なく同じように行なうばあいもあるのであって、たとえば、監督労働や、部分生産物をある生産段階から別の生産段階に運搬すること等々が、それである。だから、こういった機能を独立させること、または、これを特別な労働者に割り当てることは、就業労働者数の増大によって初めて有利になるのであるが、この増大が起きればすぐさま、すべての労働者群もこの増大と均整をとって増大されなければならない。〉(江夏訳395頁)

  次はフランス語版です。

  〈同じ個人が、大規模でも小規模のばあいと全く同様に、ある種の労働、たとえば監督労働や、ある生産段階から別の生産段階への部分生産物の運搬などを行なう、ということをさらに付け加えよう。だから、これらの諸機能を分立するかあるいは独自の労働者にまかせることは、作業場の人員を増加した後ではじめて有利になることであるが、このばあいこの増加はすべての労働者群に比例的に及ぶものである。〉(江夏・上杉訳360頁)

  イギリス語版です。

  〈そこには、以下のことが生じる。同じ個人が小さな規模でやっていた作業を、大きな規模になってもそのまま行うことができる。例えば、監督とか、細目生産物の一つの段階から次の段階への運搬 等々の労働がそれである。この機能の分離や、特定の労働者を配置することは、雇用労働者の数が増大するまでは有利ではないが、全体の労働者数が増大すれば、その特定労働者の数の増加はすべてのグループに対して一様に比例的に行われることにならざるを得ない。〉(インターネットから)

  最後に新日本新書版です。

  〈それに加えて、同じ個人が、特定の労働を、大規模の場合にも小規模の場合と同じように行なうということもある。たとえば、監督労働、一つの生産局面から他の生産局面への部分生産物の運搬、などがそうである。したがって、これらの諸職能が自立すること、またはそれらが特殊な労働者に割り当てられることは、就業労働者数の増大と結びついてはじめて有利になるのであるが、しかしこの増大は、ただちにすべての群にたいして比例的に行われなければならない。〉(602頁)

  〈この増大〉というのは、その前の〈使用労働者数の増大〉を指していることは明かです。要するに規模を拡大して使用労働者数を増大させると監督や運搬の作業を専門で担う労働者を設けることができるようになり有利になりますが、しかしその使用労働者数の増大というのはその前に述べました倍数の法則にもとづいて増大しなければならないということを言いたいのではないでしょうか。


◎原注39

【原注39】〈39 「それぞれのマニュファクチュアの生産物の特殊な性質にしたがって、製造をいろいろな部分作業に分ける最も有利な仕方も、それぞれの作業のために必要な労働者数も、経験によって知られているとすれば、この数の正確な倍数を充用しない工場は、すべて、製造により多くの費用をかけるであろう。……これは諸工場の非常な拡大の原因の一つである。」(C・バベジ『機械・マニェファクチュア経済論』、ロンドン、1832年、第21章、172、173ページ。)〉(全集第23a巻455頁)

    これは〈いろいろな部分労働者群の最も適当な比例数が一定の生産規模について経験的に確定されているならば、この規模はただそれぞれの特殊な労働者群の倍数を使用することによってのみ拡大することができる(39)〉という一文に付けられた原注です。
  バベジの『機械およびマニェファクチュア経済論』から同様の主旨の部分が引用、紹介されています。『61-63草稿』から関連する部分を紹介しておきましょう。

  〈各種のマニュファクチュアの生産物の特殊的性質に従って、製造をいろいろな部分作業に分けうる最も有利な仕方も、それぞれの作業のために必要な労働者数も、経験によって知られているとき、この数の正確な倍数を自己の労働者の数として適用しない工場は、すべて、製造中の節約がより少ないことになろう」(バピジ、『機械およびマニュファクチュア経済論』、第22章)。たとえば種々の作業の遂行に10人の労働者が必要であれば、充用される労働者数は10の倍数でなければならない。「そうでなければ、労働者たち一人ひとりをいつも同じ細自作業〔Detail der Fabrikation〕に使用することはできない。……これは、工業施設が巨大な規模をもつ原因の一つである」(同前)。単純協業の場合と同様に、ここでもふたたび倍数の原理〔がはたらいている〕。しかしいまでは、比例性を維持するために必要な諸比率は、分業そのものによって規定されているのである。総じて、労働の規模が大きくなればなるほど、〔労働の〕分割がそれだけ高い程度に進められうることは明らかである。第一に、正しい倍数を適用することができるからである。第二に、どの程度まで作業が分割できるか、またどの程度まで、一人の労働者の全時間を一つの作業で吸収できるかは、当然この規模の大きさにかかっているからである。〉(草稿集④463頁)

  バベジについては『資本論辞典』からも紹介しておきます。

  バベッジ Charles Babbage (1792-1871)イギリスの数学者・機械製作者・経済学者.……彼の経済学上の主著には『機械およびマニュフアクチュア経済論』(1832)がある.そこでは当時の初期工場制度の実態にかんして豊富な記述がなされているのみならず,マニュファクチュア的分業および機械にかんする経済理論への言及もみられる.その分業論ではスミスより出発して,それを補充せんとする試みがなされ,その機械論では社会の豊富さにたいする機械の貢献や機根経営にたいする資本家の役割やが強調される.
  『資本論』では.バベッジはユアとともに,その第1券第12および13の両章で主としで引用される.そこでは,マニュファクチュアの部門労働者間に確定される最適比率,マニュファクチュアにおける労働者の個別化,道具と機械の区別等々についての先駆的見解とみなされているのみならず,当時の実際例を示す典拠ともされている.しかしマルクスの彼にたいする根本的な批判点は,彼が「大工業を実にマニュファクチュアの立場から理解している」ということである.だから,ユアとの対比においても.数学者・機械学者としてのバベッジは彼よりすぐれていたとはし:ゐ,経済学者としてのパベッジは彼にさえ劣っているというマルクスの評価をうける.〉(533頁)


◎第9パラグラフ(各個の群、すなわち同じ部分機能を行なう何人かの労働者の一団は、同質の諸要素から成っていて、全体機構の一つの特殊器官になっている。しかし、いろいろなマニュファクチュアでは、この群そのものが一つの編成された労働体であって、全体機構はこれらの生産的基本有機体の重複または倍加によって形成される)

【9】〈(イ)各個の群、すなわち同じ部分機能を行なう何人かの労働者の一団は、同質の諸要素から成っていて、全体機構の一つの特殊器官になっている。(ロ)しかし、いろいろなマニュファクチュアでは、この群そのものが一つの編成された労働体であって、全体機構はこれらの生産的基本有機体の重複または倍加によって形成されるのである。(ハ)一例としてガラスびんのマニュファクチュアをとってみよう。(ニ)それは、三つの本質的に区別される段階に分かれる。(ホ)その第一は準備段階で、ガラス合成の準備、砂や石灰などの混合、この混合物の流動状ガラス塊への融解である(40)。(ヘ)この第一段階ではいろいろな部分労働者が働いているが、そういうことは、最終毅階、すなわち乾燥炉からのびんの取り出しやその品分けや包装などでも同じである。(ト)この両段階の中間に本来のガラス製造、すなわち流動状ガラス塊の加工がある。(チ)一つのガラス炉の同じ口で一つの群が作業しており、この群はイギリスでは“hole"(穴)と呼ばれていて、びん製造工または仕上げ工1人、吹き工1人、集め工1人、積み工または磨き工1人、見習い工1人から、構成されている。(リ)この5人の部分労働者が単一の労働体の5つの特殊器官になっていて、この労働体は、ただ統一体としてのみ、つまり5人の直接的協業によってのみ、働くことができる。(ヌ)もし5部分構成体の一肢が欠ければ、この労働体は麻痺してしまう。(ル)しかし、同じガラス炉にいくつもの口、たとえばイギリスでは4つから6つの口があって、そのおのおのに流動状のガラスのはいった土製の融解坩堝(ルツボ)が埋めてあり、どの口でも同じ5分肢形態の専/属の一労働者群が働いている。(ヲ)各個の群の編制はここでは直接に分業にもとづいているが、いくつかの同種の群のあいだの紐帯は、単純な協業、すなわち生産手段の一つを、こではガラス炉を、共同消費によってより経済的に使用するという協業である。(ワ)このようなガラス炉の一つとその4つないし6つの労働者群とで一つのガラス製造場になり、そして、一つのガラス・マニュファクチュアには、いくつものこのような製造場と同時に準備的および最終的生産段階のための設備と労働者とが包括されているのである。〉(全集第23a巻455-456頁)

  (イ)(ロ) 各個の群、すなわち同じ部分機能を行なう何人かの労働者の一団は、同質の諸要素から成っていて、全体機構の一つの特殊器官になっています。しかし、いろいろなマニュファクチュアでは、この群そのものが一つの編成された労働体であって、全体機構はこれらの生産的基本有機体の重複または倍加によって形成されるのです。

  先のパラグラフでは、有機的マニュファクチュアでは、一定の生産規模に見合った部分労働者の数的割合や構成が決まってくるという話でした。だから規模の拡大のためには、こうした倍数原理にもとづいて比例的に拡大する必要があるということでした。
  今回はそうした部分機能を行う何人かの労働者の一団そのものが、一つの要素となって、全体機構の一つの特殊器官になっているようなマニュファクチュアが検討されます。こうしたマニュファクチュアでは、全体機構がこうした生産的基本有機体の重複や倍加によって形成されることになります。

  (ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ル) 一例としてガラスびんのマニュファクチュアをとってみましょう。それは、三つの本質的に区別される段階に分かれます。その第一は準備段階で、ガラス合成の準備、砂や石灰などの混合、この混合物の流動状ガラス塊への融解です。この第一段階ではいろいろな部分労働者が働いていますが、そういうことは、最終毅階、すなわち乾燥炉からのびんの取り出しやその品分けや包装などでも同じです。この両段階の中間に本来のガラス製造、すなわち流動状ガラス塊の加工があります。一つのガラス炉の同じ口で一つの群が作業しており、この群はイギリスでは「穴」と呼ばれています。びん製造工または仕上げ工1人、吹き工1人、集め工1人、積み工または磨き工1人、見習い工1人から、構成されています。この5人の部分労働者が単一の労働体の5つの特殊器官になっていて、この労働体は、ただ統一体としてのみ、つまり5人の直接的協業によってのみ、働くことができます。もし5部分構成体の一肢が欠けても、この労働体は麻痺してしまいます。しかし、同じガラス炉にはいくつもの口、たとえばイギリスでは4つから6つの口があります。そのおのおのに流動状のガラスのはいった土製の融解坩堝(ルツボ)が埋めてあり、どの口でも同じ5分肢形態の専属の一労働者群が働いているのです。

  ここでは具体例としてガラス瓶のマニュファクチュアが紹介されています。それは三つの本質的に区別される段階からなっています。
  最初は準備段階で、ガラス合成の準備、砂や石灰などの混合、この混合物の流動ガラス塊への融解です。つまりガラス炉にその原材料を投入して溶融する過程を担当する一連の労働者群です。これは一つの有機的な分業システムで構成されているといえます。
  その次は融解したガラスからガラス製品を作り出す加工過程です。ここで幾つかの基本的有機体の重複が見られるわけです。つまり炉にはいくつもの口(穴)が付いていて、そこからガラス塊を取り出して瓶に加工するのですが、それをやるのが5人から構成されるチームなわけです。仕上げ工1人、吹き工1人、集め工1人、積み工または磨き工1人、見習い工1人から、構成されています。これが一つの炉の穴で瓶製造を行うチームであり、それが口の数だけチームが編制されていることになります(イギリスでは4~6口)。
  そして第三が、最終段階の乾燥炉からの瓶の取り出しや品分け包装などがありますが、これも最初の準備段階と同じ一連の分業による協働システムがあるということです。
  つまりこのガラス瓶の製造マニュファクチュアで重要なのは中間段階の流動状のガラスを加工してガラス瓶を作る作業工程が5人から構成される一つの特殊器官になっていて、それが炉の口の数だけ同じものが配置されて働いているということです。

  (ヲ)(ワ) 各個の群の編制はここでは直接に分業にもとづいていますが、いくつかの同種の群のあいだの紐帯は、単純な協業、すなわち生産手段の一つを、こではガラス炉を、共同消費によってより経済的に使用するという協業です。このようなガラス炉の一つとその4つないし6つの労働者群とで一つのガラス製造場になり、そして、一つのガラス・マニュファクチュアには、いくつものこのような製造場と同時に準備的および最終的生産段階のための設備と労働者とが包括されているのです。

  この三つに区別されるそれぞれの段階でも、一連の群れの労働者は直接分業にもとづいて働いていますが、しかし中間段階のそれぞれのガラス炉の口に配置された同種の群れのあいだの紐帯は、単純な協業です。つまり生産手段の一つ(ガラス炉)を共同消費にって経済的に使用するという協業なわけです。
  このようにガラス瓶マニュファクチュアは、ガラス炉一つとその炉の口の数に合わせた4つないし6つの労働者群で構成されたガラス瓶製造場であり、それに準備段階と最終段階のための一連の設備と労働者から構成されているわけです。

   ((6)に続く。)

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『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(6)

2024-08-30 16:24:49 | 『資本論』

『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(6)


◎原注40

【原注40】〈40 イギリスでは融解炉はガラスが加工されるガラス炉とは別にされているが、たとえばベルギーでは両方の過程に同じ炉が用いられている。〉(全集第23a巻456頁)

  これは〈その第一は準備段階で、ガラス合成の準備、砂や石灰などの混合、この混合物の流動状ガラス塊への融解である(40)〉という一文に付けられた原注です。

  イギリスでは融解炉とガラスを加工するときの炉とは別だが、ベルギーでは両方の過程に同じ炉が使われているということです。これはこれ以上とくに問題はないでしょう。


◎第10パラグラフ(マニュファクチュアは、さらにいろいろなマニュファクチュアの結合に発展する。そしていろいろな結合されたマニュファクチュアは、一つの全体マニュファクチュアの多少とも空間的に分離された諸部門をなしていると同時に、それぞれが固有の分業をともなう互いに独立した諸生産過程をなしている)

【10】〈(イ)最後に、マニュファクチュアは、そのあるものがいろいろな手工業の結合から生ずることがあるように、またいろいろなマニュファクチュアの結合に発展することがありうる。(ロ)たとえば、イギリスのいくらか大きいガラス工場は、その土製の融解坩堝を自分で製造する。(ハ)というのは、生産物の成否が主としてこの坩堝の良否にかかっているからである。(ニ)この場合には生産手段のマニュファクチュアが生産物のマニュファクチュアと結合されるわけである。(ホ)反対に、生産物のマニュファクチュアが、この生産物そのものを再び原料として用いるマニュファクチュアかまたは後にそれと合成される生産物を生産するマニュファクチュアと結合されることもありうる。(ヘ)たとえば、鉛ガラスのマニュファクチュアはガラス磨き業や黄銅鋳造業と結合されることがあるが、この鋳造業はいろいろなガラス製品に金属をちりばめるためのものである。(ト)このような場合には、いろいろな結合されたマニュファクチュアは、一つの全体マニュファクチュアの多少とも空間的に分離された諸部門をなしていると同時に、それぞれが固有の分業をともなう互いに独立した諸生産過程をなしているのである。(チ)結合マニュファクチュアは、多くの利点を示してはいるが、それ自身の基礎の上では現実の技術的統一を達成しない。(リ)このような統一は、結合マニュファクチュアが機械経営に転化するときにはじめて生ずるのである。〉(全集第23a巻456頁)

  (イ) 最後に、マニュファクチュアは、そのあるものがいろいろな手工業の結合から生ずることがありますように、またいろいろなマニュファクチュアがそれらを結合して発展することがありえます。

  マニュファクチュアそのものの発展としては最後のものになりますが、マニュファクチュアそのものが手工業の結合から生じてくることがありますように、いろいなマニュファクチュアを結合して一つの大きなマニュファクチュアへと発展することがあります。

  (ロ)(ハ)(ニ) たとえば、イギリスのいくらか大きいガラス工場は、その土製の融解坩堝を自分で製造します。といいますのは、生産物の成否が主としてこの坩堝の良否にかかっているからです。この場合には生産手段のマニュファクチュアが生産物を製造するマニュファクチュアと結合されるわけです。

  例えばイギリスのいくらか大きいガラス製造工場は自前で粘土の坩堝窯を製造しています。これは生産物の成否の大部分が坩堝窯の品質に依存しているからですが、この場合、生産手段のマニュファクチュアが生産物製造のマニュファクチュアと結合していることになります。

  (ホ)(ヘ) 反対に、生産物製造のマニュファクチュアが、この生産物そのものを再び原料として用いるマニュファクチュアかまたは後にそれと合成される生産物を生産するマニュファクチュアと結合されることもありえます。たとえば、鉛ガラスのマニュファクチュアはガラス磨き業や黄銅鋳造業と結合されることがありますが、この鋳造業はいろいろなガラス製品に金属をちりばめるためのものです。

  この部分は全集版は若干不正確なところがありますので、フランス語版を紹介しておきます。

  〈逆に、生産物のマニュファクチェアが、この生産物が原料として入り込むマニュファクチュアか、または、それが後に合成される別の生産物を生産しているマニュファクチュアと、結合することもありうる。たとえば、われわれは、ガラス研磨や銅鋳造と組み合わされている鉛ガラス・マニュファクチュアを見出すのであって、銅鋳造の作業は、種々のガラス製品の象眼または座金を目的としているのである。〉(江夏・上杉訳362頁)

  それとは逆に、生産物のマニュファクチュアが、この生産物を原料として用いるマニュファクチュア、あるいはそれと合成される別の生産物を製造するマニュファクチュアと結合することがあります。
  例えばガラス磨き業や黄銅鋳造業と結合された鉛ガラスのマニュファクチュアがあげられます。この場合、黄銅製造業は、種々のガラス製品を象嵌したり、座金の製造を目的としたものです。

  (ト) このような場合には、いろいろな結合されたマニュファクチュアは、一つの全体マニュファクチュアの多少とも空間的に分離された諸部門をなしていると同時に、それぞれが固有の分業をともなう互いに独立した諸生産過程をなしているのです。

  この部分もフランス語版を紹介しておきます。

  〈そのばあい、結合された種々のマニュファクチュアは、全体マニュファクチュアの多かれ少なかれ分立された諸部門をなすと同時に、それぞれがそれ自身の分業をもつ独立した生産過程をもなすのである。〉(同)

  このように結合マニュファクチュアは、一つの全体マニュファクチュアの多少とも空間的に分離された諸部門をなしていると同時に、それぞれが固有の分業によって組織された独立した生産過程をなしています。

  (チ)(リ) 結合マニュファクチュアは、多くの利点を示してはいますが、それ自身の基礎の上では現実の技術的統一を達成しません。このような統一は、結合マニュファクチュアが機械経営に転化するときにはじめて生ずるのです。

  しかしこのように結合され発展したマニュファクチュアですが、その限りでは多くの利点を示してはいますが、しかしそれ自身の基礎の上では真の技術的な統一を達成していません。やはりそれらは手工業的な作業に依存しているからです。ですからこうした技術的な統一を達成するためには、結合マニュファクチュアがさらに機械経営へと発展しなければならないのです。


◎第11パラグラフ(マニュファクチュア時代は、ある種の簡単な初歩的過程のための機械の使用を発展させる)

【11】〈(イ)マニュファクチュア時代は、商品生産に必要な労働時間の短縮をやがて意識的原則として表明するのであるが(41)、それはまた機械の使用をも散在的には発展させる。(ロ)ことに、大仕掛けに大きな力を用いて行なわれなければならないようなある種の簡単な初歩的過程のための機械の使用を発展させる。(ハ)たとえば、やがて製紙マニュファクチュアでは屑(クズ)の圧砕が製紙用圧砕機で行なわれるようになり、また冶金業では鉱石の粉砕がいわゆる砕鉱機で行なわれるようになる(42)。(ニ)あらゆる機械の基本的な形態をすでにローマ帝国は水車において伝えていた(43)。(ホ)手工業時代は、羅針盤や火薬や印刷術や自動時計の偉大な発明を遺(ノコ)した。(ヘ)とはいえ、だいたいにおいて機械は、アダム・スミスが分業の添え物としてそれにあてがっているような脇役を演じている(44)。(ト)17世紀にまばらに現われる機械の応用が非常に重要なものになったのは、それが当時の大数学者たちに近代的力学の創造のための実際上の手がかりと刺激とを提供したからである。〉(全集第23a巻457頁)

  (イ)(ロ)(ハ) マニュファクチュア時代は、商品生産に必要な労働時間の短縮をやがて意識的原則として表明するのですが、それはまた機械の使用をも散在的には発展させます。ことに、大仕掛けに大きな力を用いて行なわれなければならないようなある種の簡単な初歩的過程のための機械の使用を発展させます。たとえば、やがて製紙マニュファクチュアでは屑(クズ)の圧砕が製紙用圧砕機で行なわれるようになり、また冶金業では鉱石の粉砕がいわゆる砕鉱機で行なわれるようになるのです。

  ここからは、マニュファクチュア時代の特徴づけと、マニュファクチュアから機械経営へ移行する問題が取り扱われています。フランス語版も紹介していきます。

  〈マニュファクチュア時代には、マニュファクチュアの原則とは商品の生産に必要な労働時間の短縮にほかならなかった、ということがやがて認められるであろうし、この点について非常に明瞭に意見を述べた人がいる(16)。マニュファクチュアとともに、機械の使用、とりわけ、大規模に大きな力を使用しないかぎり遂行できないような若干の単純な予備的作業のための機械の使用も、あちこちで発展した。こうして、たとえば、金属工場では鉱石の粉砕がいわゆる砕鉱機と呼ばれる水車によって行われていたのと同じように、やがて製紙マニュファクチュアではぼろの粉砕が特別の水車によって行われた(17)。〉(江夏・上杉訳362頁)

  マニュファクチュア時代には、マニュファクチュアの原則とは商品の生産に必要な労働時間の短縮であると言明しました。
  『61-63草稿』でも次のように述べています。

  〈ペティの場合やさきに引用した東インド貿易の弁護者の場合(つまり近代人たちの場合)、分業にかんしてはじめから特徴的なことは、商品を安くすること--一定の商品の生産に社会的に必要な労働を減少させること--が主眼点となっていることである。ぺティの場合には、分業は外国貿易との関連で論及されている。ぺティが世界貿/易そのものをより少ない労働時間で同じ成果を達成するための手段として叙述するのと同様に、東インド〔貿易を弁護する〕人の場合には、直接に〔分業を〕、世界市場で競争者たちよりも安く売るための手段として叙述している。〉(草稿集④476-477頁)

  またマニュファクチュア時代には、機械の使用をも散在的に発展させます。とくに、大仕掛けに力を用いなければならないようなある種の簡単な初歩的な過程のための機械の使用です。たとえば、製紙マニュファクチュアでは屑の圧砕が製紙用圧砕機で行われるようになり、冶金業では鉱石の粉砕を砕鉱機で行うようになるのです。
 『61-63草稿』から紹介しておきます。

  〈{大きなマニュファクチュアがある程度まで発達するとすぐに、挽く砕く搗く縮充する圧縮するなどの単純な個々の工程にはそれぞれ単独の機械があてられるようになるが、しかしそのさい、動力は、〔作業〕機構のあらゆる不完全さをのりこえなければならない。}〉(草稿集⑨69頁)

  (ニ)(ホ)(ヘ)(ト) あらゆる機械の基本的な形態をすでにローマ帝国は水車において伝えていました。手工業時代は、羅針盤や火薬や印刷術や自動時計の偉大な発明を遺(ノコ)しました。とはいいましても、だいたいにおいて機械は、アダム・スミスが分業の添え物としてそれにあてがっているような脇役を演じていたのです。17世紀にまばらに現われる機械の応用が非常に重要なものになったのは、それが当時の大数学者たちに近代的力学の創造のための実際上の手がかりと刺激とを提供したからです。

  まずフランス語版です。

  〈ローマ帝国は水車とともにあらゆる種類の生産機械の基本的形態を伝えた(18)。手工業時代は、羅針盤や火薬や印刷術や自動時計という偉大な発明をのこした。しかし、一般的に言えば、機械はマニュファクチュア時代には、/アダム・スミスが分業のかたわらに割り当てているところの脇役しか演じなかった(19)。機械の使用は、まばらではあったが、17世紀には非常に重要になった。というのは、それが当時の大数学者たちに、近代力学の創造のための支点と刺激とを提供したからである。〉(江夏・上杉訳362-363頁)

  あらゆる種類の機械の基本的な形態をすでにローマの水車が伝えています。手工業時代には、羅針盤や火薬、印刷術、自動時計などという偉大な発明を残しました。といいましても、それらはスミスが機械を分業の添え物として扱っているような、脇役を演じていただけですが。機械の使用はまばらでしたが、17世紀には非常に重要になりました。というのは、それが当時の大数学者たちに、近代力学の創造のための支点と刺激を与えたからです。
  新日本新書版では〈大数学者たちに〉のところに次のような訳者注が付いています。

  〈ガリレイ、ケプラー、フェルマ、ニュートンなど各国の数学者〉(606頁)

  『61-63草稿』からも紹介しておきます。

  火薬羅針盤印制術--市民社会の前触れとなる3大発明。火薬は騎士階級を吹き飛ばし、羅針盤は世界市場を発見し植民地をつくりだす。さらに印刷術は、プロテスタンティズムの、総じて科学の復奥の手段、精神的に不可欠な諸前提のための最強の槓杆である。
  水車(風車)と時計は、ともに〔過去から〕うけつがれた機械であるが、両者の発展は、マニュファクチュアの時代に早くも機械(マシネリー)の時代を用意するのである。それゆえ、「水車〔Mühle,mill〕」で、ひとは、自然力で動かされるあらゆる労働用具--もっと複雑な、そのさいは手が動力であるような道具、でさえも--を〔さすのである〕。製粉機においては、機械の諸要素は、すでに一定程度の独立性と広がりをもって並立するところまで発展をとげている。すなわち、動力、つまり動力がそこで作用する原動機〔Prime Motor〕、原動機と作業機のあいだの歯車装置・槓杆・突起などのような結合装置。〉(草稿集⑨58頁)

  最後に、この時代の道具から機械への移行とそれに対応した近代科学の発展について、マルクスがエンゲルスに当てた手紙(1863年1月28日付)で論じていますので、紹介しておきます。

  〈技術学的-歴史的な書き抜きを読み返してみて、僕は次のような見解に到達した。火薬や羅針盤や印刷術の発明--これらのブルジョア的発展の必要前提条件--を別とすれば、16世紀から18世紀の中葉までの時代、つまり手工業から出発して本来の大工業にまで発展するマニュファクチュアの時代には、マニュファクチュアの内部で機械工業のための準備が形成されるための二つの物質的基礎は、時計ミューレ(さしあたりは穀物ミユーレ、しかも水車) であって、両方とも古代から伝えられたものだ。(水車はユーリウス・カエサルの時代に小アジアからローマに持ってこられた。)時計は、自動装置が実用目的に応用された最初のものだ。そして、一様な運動の生産にかんする全理論が時計において発展する。当然のこととして、時計そのものが半ば芸術的な手工と直接的な理論との結合にもとづいている。たとえばカルダーノは時計の構造について書いた(そして実用的な製法書を与えた)。「学者的な(非同職組合的な)手工業」、時計製造は16世紀のドイツの著述家たちのあいだではこう呼ばれている。そして、時計の発展においては、手工業の基礎のうえでは学問と実際との関係がたとえば大工業におけるのとはまったく違っている、ということが示されるだろう。18世紀には自動装置(しかもぜんまいによって動かされるもの)を生産に応用するという最初の着想を時計が与えた、ということには少しも疑う余地がない。ヴォカンソンのこの種の試みが、イギリスの発明家たちの想像力に特別な影響を与えた、ということは歴史的に論証できることだ。
  他方、ミューレでは、水車が与えられると、はじめから機械の機構における本質的な相違が見られる。機械的な動力。まず第一に、ミューレが待っている発動機。伝動機構。最後に、素材をつかまえる作業機。これらがみな互いに独立な存在様式をもっている。摩擦の理論、それとともに歯車装置や歯の数学式にかんする諸研究、等々がみなミューレによってなされる。同様にここではじめて、動力の強度の測定、その応用の最良の仕方、等々にかんする理論。17世紀中葉以後のほとんどすぺての偉大な数学者は、彼らが実用的な機械学に関係してそれを理論化しているかぎりでは、簡単な水力-穀物ミューレ〔水力製粉機〕から出発している。だから、マニュファクチュア時代に生まれたミユーレミルという名称も、実際には、実用目的に向けられた機械的な発動装置のすべてを意味するものだったのだ。/
  だが、ミューレでは、印刷機や鍛冶装置や犂(スキ)などの場合とまったく同様に、はじめから、本来の労働、すなわち打つ、砕く、粉にするなどの労働が、人間労働なしで行なわれる。たとえ動力が人力や畜力であろうとも。だから、この種の機械装置は、少なくともその発端においては非常に古いもので、それにあっては固有な機械的動力が以前から応用されていたのだ。だから、それはマニュファクチュア時代に現われるほとんど唯一の機械装置でもあるのだ。産業革命が始まるのは、昔から最後の結果が人間の労働を必要とするところに、つまり、あの道具の場合のように本来加工されるべき素材が以前から人間の手を必要としないのではなかったところに、事柄の性質上人間がはじめからたんなる力として作用するのではないところに、はじめて機械装置が応用されるときである。もしドイツのばか者どもとともに、畜力(したがって人力とまったく同様に自由意志的な運動)の応用を機械装置だと言うならば、いずれにせよこの種の機関車の応用は最も簡単な手工道具よりもはるかに古いのだ。〉(全集第30巻258-259頁)


◎原注41

【原注41】〈41 このことは、なかんずくW・ぺティ、ジョン・ベラーズ、アンドルー・ヤラントン、『イギリスにとっての東インド貿易の利益』、J・ヴァンダリントの所説から推測することができる。〉(全集第23a巻457頁)

  これは〈マニュファクチュア時代は、商品生産に必要な労働時間の短縮をやがて意識的原則として表明するのであるが(41)〉という一文に付けられた原注です。
  要するにマニュファクチュアに関して、それが商品を生産するに必要な労働時間の短縮をもたらすことを強調している論者たちが存在したということです。これは本文の解説のなかで紹介した『61-63草稿』がそのことを指摘しています。もう一度紹介しておきます。

  〈ペティの場合やさきに引用した東インド貿易の弁護者の場合(つまり近代人たちの場合)、分業にかんしてはじめから特徴的なことは、商品を安くすること--一定の商品の生産に社会的に必要な労働を減少させること--が主眼点となっていることである。ぺティの場合には、分業は外国貿易との関連で論及されている。ぺティが世界貿/易そのものをより少ない労働時間で同じ成果を達成するための手段として叙述するのと同様に、東インド〔貿易を弁護する〕人の場合には、直接に〔分業を〕、世界市場で競争者たちよりも安く売るための手段として叙述している。〉(草稿集④476-477頁)

  この原注で挙げられています、5人の人物について、最初の〈W・ぺティ〉と〈『イギリスにとっての東インド貿易の利益』〉については、上記に紹介した『61-63草稿』でも言及されています。
  ペティについては以前、第8章第5節注119に出てきたときに、『資本論辞典』からその概要を紹介しましたので、それを再度掲載しておきます。

  ペティ Sir Wil1iam Petty (1633-1687)近世経済学の建設者にしてその父,もっとも天才的・独創的な経済学研究者であると同時に,いわば統計学の発明者。/まずしい毛織物工業者の第3子として南西イングランドに生まる。……/ベティは,労働は富の父であり、土地はその母だといい,また資本(Stock)とは過去の労働の成果だといっているが,ここで彼が問題にしている労働は.交換価値の源泉をなす抽象的・人間的労働ではなくて,土地とならんで素材的富の一源泉をなすところの具体的労働,つまり使用価値をつくりだすかぎりでの労働である。そして彼はこの現実的労働をただちにその社会的総姿態において,分業としてとらえたのであるが,彼が商品の「自然価格」を規定するばあい,それは事実上,この商品の生産に必要なる労働時間によって公的に規定されるところの(交換)価値にほかならないのである。しかし,同時に彼は,交換価値を,それが諸商品の交換過程で現象するがままに,貨幣と解いし,そして貨幣そのものは,これを実存する商品すなわち金銀と解した。彼は,一方では重金主義のあらゆる幻想をくつがえしつつも,他方ではこの幻想にとらわれ,金銀を獲得する特殊の種類の現実的労働を,交換価値を生む労働だと説明したのである。/彼の価値規定においては. a) 同等な労働時問によって規定される価値の大いさと. b)社会的労働の形態としての価値,したがって真実の価値姿態としての貨幣と,c) 交換価値の源泉としての労働と,使用価値の源泉としての労働(このばあい労働は,自然質料すなわち土地を前提とする)との混同,の三者が雑然と混乱している。彼が貨幣の諸機能を一応正当に把握しつつも,他方ではそれを金銀と解し,不滅の普通的富と考えたり,また価値の尺度として土地・労働の両者を考え,この両者のあいだに‘等価均等の関係'をうちたてようとしたりしたのも(このぱあい,事実上,土地そのものの価値を労働に分解することだけが問題になっているのだが),この混乱にもとづくのである。/ところで,以上の価値裁定に依存するベティの刺余価値の規定はどうかといえば.彼は剰余価値の本性を予感してはいたけれども彼が見るところでは,剰余がとる形態は'土地の賃料'(地代〕と‘貨幣の賃料'(利子)の二つだけであった。そして彼にとっては,のちに重農主義者にとってそうであるのと同じように,地代こそが'剰余価値'の本来の形態であって,彼は地代を剰余価値一般の正常的形態と考えるのであるから,利潤の方はまだぼんやりと労賃と熔けあっているか,またはたかだか,この剰余価値のうち資本家によって土地所有者から強奪される一部分として現象するのである。すなわち.彼は地代(剰余)を生産者が'必要労働時間'をこえておこなう超過労働として説明するばかりでなく,生産者自身の'剰余労働'のうち,彼の労賃および彼自身の資本の填補をこえる超過分として説明する,つまり地代は,'農業的剰余価値'全体の表現として,土地からではな<.労働からひきだされ,しかも労働のうち労働者の生計に必要なものをこえる剰余として説明されているのである。(以下、まだ続きますが長すぎるので省略します。)〉(547-548頁)

  ベラーズについても草稿集⑨で言及はありますが、マニュファクチュアに関連したものではありませんでした。ベラーズについては第11章の注11aに出てきたときに『資本論辞典』から紹介しましたので、それを再度掲載しておきます。

  ベラーズ John Bellers (c.I654-1725)イギリスのクウェイカー派(フレンド派)の博愛主義者・織物商人.その一生を,貧民のための授産所の経営,教育制度の改善,慈善病院の役立などの社会事業や.監獄の改革,死刑の廃止にささげた.……前者の著作(=『産業専門学校設立提案』--引用者)は,多数の業種にたずさわる労働者およびその家族を産業専門学校と称する施設に収容して,彼らに適当な教育と生活環境をあたえることを主張したものである.その経営は,富裕なひとびとの基金によっておこなわれるが.その企業の利益は,これをもっぱら労働者たちの生活向上のためにあてられるべきだと訴えている.マルクスは,彼を「経済学史上の非凡なる人物」と呼んで,この書の内容のいくつかをきわめて高く評価している.たとえばベラーズは,貨幣は商品にたいする社会的な担保物(pledge)をあらわすにすぎない,したがって貨幣は富それ自体とはいえない,むしろ真の富は土地や労働であると述べ,貨幣の蓄蔵形態は「死んだ資本」というべく.外国貿易に使用されるばあいのほかは,国になんらの利益をももたらさないと記している.またベラーズは,協業は個別的生産力をますばかりでなく,集団力としてのひとつの生産力の創造であるとして,協業の利益を示唆したり,機械と労働者との闘争に言及して労働日の規制を主張したり,社会の両極に持てるものの富裕化と持たざるものの貧困化をつくりだす資本主義社会の教育/と分業との組織を排除せよと訴えたり,労働者の労働こそ富めるひとびとの富裕化の源泉だととなえたりしている.17世紀の末に,すでに,マニュファクチュア時代の資本主義的生産の諸矛盾について,これだけの洞察をなしている点で,イーデン もまた.ベラーズをその著作でしばしば引用している.〉(549-550頁)

  次は〈アンドルー・ヤラントン〉ですが、全集版の人名索引に次のようにあるだけで、著作等は分かりません。草稿集には人名索引にも記載はありませんでした。ME全集版でもこの『資本論』の箇所だけがヒットするだけです。他には言及はまったくないということのようです。

  ヤラントン,アンドルーYarranton,Andrew(1616-1684ころ)イギリスの経済学者,技術者.〉(全集第23b巻87頁)。

  〈『イギリスにとっての東インド貿易の利益』〉については上記に紹介した以外にはマニュファクチュアに関連したものはありませんでした。

  〈J・ヴァンダリント〉についても、マニュファクチュアに関連したものは見つかりませんでした。ヴァンダリントについてはこれまでにも何度か出てきましたが、第8章第5節の注121に出てきたときに『資本論辞典』から紹介しましたので、それを再度掲載しておきます。

  ヴァンダーリント Jacob Vanderlint (!1740)イギリスに帰化したオランダ商人.唯一の著書《Money answers all Things》(1734)によって知られている.貿易差額脱を批判して自由貿易論へ道を開き,下層・中間階級の地位の引上げを目標とし.高賃銀を要求し.土地にたいする不生産的地主の独占を攻撃した.マルクスはアダム・スミスにいたるまでの経済学が,哲学者ホッブズ,ロック.ヒューム.実業家あるいは政治家トマス・モア,サー・W・テンプル,シュリー,デ・ゲイツト,ノース,ロー.カンティヨン.フランクリンにより,また理論的にはとくに医者ペティ,バーボン. マンドヴィル,ケネーにより研究されたとしているが,ヴァンダリントもこれら先人のなかに加えられており,とくにつぎの三つの点でとりあげられている.第一に,流通手段の量は,貨幣流通の平均速度が与えられているばあいには,諸商品の価格総頬によって決定されるのであるが,その逆に,商品価格は流通手段の量により,またこの後者は一国にある貨幣材料の量によって決定されるという見解(初期の貨幣数量説)があり,ヴァンダリントはその最初の代表者の一人である.この見解は,商品が価格なしに,貨幣が価値なしに流通に入り込み,そこでこの両者のそれぞれの可除部分が相互に交換されるという誤った仮設にもとづく'幻想'である,と批判されている.またこの諭点に関連して,ヴァンダリントにおける,貨幣の退蔵が諸商品の価格を安くする,という見解が批判的に,産源地から世界市場への金銀の流れについての叙述が傍証的に引用されている.第二に,ヴァンダリントはまた,低賃銀にたいする労働者の擁護者としてしばしば引用され,関説されている.第三に,マニュフアクチュア時代が,商品生産のために必要な労働時間の短絡を意識的原則として宣言するにいたる事情が,ペティその他からとともにヴァンダリントからもうかがい知ることができるとされている.上述の批判にもかかわらず.《Money answers all Things》は,‘その他の点ではすぐれた著述'であると評価され,とくにヒュームの《Political Discourses》(初版1752)が,これを利用したことが指摘されている.《反デューリング論》の(《批判的学史》から)の章ではこの両者の関係が詳細に確認され, ヒュームはヴァンダリントにまったく迫随しつつ,しかもそれに劣るものであると断ぜられている(その他の点でも《反デュリング論》の参照が必要).〉(472頁)


◎原注42

【原注42】〈42 16世紀の末ごろにもまだフランスでは砕鉱や洗鉱に臼や篩(フルイ)が用いられている。〉(全集第23a巻457頁)

  これは〈とはいえ、だいたいにおいて機械は、アダム・スミスが分業の添え物としてそれにあてがっているような脇役を演じている(44)〉という一文に付けられた原注です。
  つまり冶金業では鉱石を粉砕する砕鉱機が使われるようになったとありましたが、しかしそれらはまだまだ脇役を演じる程度で一般化していなかったということです。だからそれに関連してフランスではまだ砕鉱には臼や篩が使われていたと指摘しているわけです。


◎原注43

【原注43】〈43 機械の全発達史は製粉水車の歴史によって追うことができる。工場は英語ではいまなおmill〔水車〕と呼ばれている。19世紀の最初の数十年間のドイツの技術学書では、自然力で動かされるすべての機械を表わすだけではなく機械的装置を用いるすべての製造場を表わすためにも、まだMühle〔水車〕という表現が見いだされる。〉(全集第23a巻457頁)

    これは〈あらゆる機械の基本的な形態をすでにローマ帝国は水車において伝えていた(43)〉という一文に対する原注です。機械の全発達史は製粉水車の歴史によって追うことができるとありますが、先に紹介したマルクスのエンゲルスへの書簡のなかでも、次のような一文が見られます。

  〈マニュファクチュアの内部で機械工業のための準備が形成されるための二つの物質的基礎は、時計ミューレ(さしあたりは穀物ミユーレ、しかも水車) であって、両方とも古代から伝えられたものだ。〉〈ミューレでは、水車が与えられると、はじめから機械の機構における本質的な相違が見られる。機械的な動力。まず第一に、ミューレが待っている発動機。伝動機構。最後に、素材をつかまえる作業機。これらがみな互いに独立な存在様式をもっている。〉

    また工場を英語ではいまなおmill(水車)と呼ばれているという指摘や、19世紀の最初の十数年間のドイツの技術書でも、自然力で動かされるすべての機械や機械的装置、あるいは製造場を表すために、いまだにMühle〔水車〕という表現が見いだされるということについても、先に紹介した『61-63草稿』の一文なかにも〈水車(風車)と時計は、ともに〔過去から〕うけつがれた機械であるが、両者の発展は、マニュファクチュアの時代に早くも機械(マシネリー)の時代を用意するのである。それゆえ、「水車〔Mühle,mill〕」で、ひとは、自然力で動かされるあらゆる労働用具--もっと複雑な、そのさいは手が動力であるような道具、でさえも--を〔さすのである〕〉 と述べられていました。また書簡のなかでも、〈だから、マニュファクチュア時代に生まれたミユーレミルという名称も、実際には、実用目的に向けられた機械的な発動装置のすべてを意味するものだったのだ〉とも述べられています。
  新日本新書版では〈英語ではいまなおmill〔水車〕〉というところに次のような訳者注が付いています。

  〈もともとは「粉ひき所」を意味し、次いで「ひき臼」「製粉機」、さらに「機械設備をそなえた工場または作業場」を意味するにいたった〉(606頁)


◎原注44

【原注44】〈44 (イ)本書の第4部でもっと詳しく見るであろうように、A・スミスは分業については一つも新しい命題を立ててはいない。(ロ)しかし、彼をマニュファクチュア時代の包括的な経済学者として特徴づけるものは、彼が分業に力点を置いていることである。(ハ)彼が機械に従属的な役割をあてがっていることは、大工業の初期にはローダデールの反対論を、さらに発展した時代にはユアの反対論を呼び起こした。(ニ)A・スミスはまた、マニュファクチュアそのものの部分労働者が大いにそのために働いた道具の分化を機械の発明と混同してもいる。(ホ)機械の発明に一役を演じているのは、マニュファクチュア労働者ではなく、学者や手工/業者であり、農民(ブリンドリ)などでさえもある。〉(全集第23a巻457-458頁)

  これは〈とはいえ、だいたいにおいて機械は、アダム・スミスが分業の添え物としてそれにあてがっているような脇役を演じている(44)〉という一文に付けられた原注です。マルクスによる一文なので、文節に分けて検討してみましょう。

  (イ)(ロ) 本書の第4部ではもっと詳しく見るでしょうが、A・スミスは分業については一つも新しい命題を立ててはいません。しかし、彼をマニュファクチュア時代の包括的な経済学者として特徴づけるものは、彼が分業に力点を置いていることです。

  スミスについては第4部(『剰余価値学説史』に該当)で詳しく検討するということです。新日本新書版ではこの部分に訳者注を付けて『61-63草稿』の第3章、b「分業」を指示し、草稿集④の422頁以下を参照としていますが、しかしこれは分業の草稿部分を指すのであって、マルクスが〈本書の第4部〉と述べているものとはまったく異なるものです。
    スミスの生年は1723~1790年ですから、〈およそ16世紀中葉から18世紀の最後の3分の1期〉(第1パラグラフ)という本来的マニュファクチュア時代と重なります。その終わりの頃、あるいは機械制大工業への移行期に登場したといえるでしょう。
  だからマルクスはスミスを〈マニュファクチュア時代の包括的な経済学者〉としているのでしょう。そしてそれを特徴づけるのはスミスが分業に力点を置いていることにあるのだとしています。
  『61-63草稿』から紹介しておきます。

  〈分業の考察におけるスミスの主要な功績は、彼が分業を先頭に立てて強調し、しかもまともに労働の(すなわち資本の)生産力として強調している、ということである。分業を把握するさいの、彼は、近代的工場からはまだ大きくへだたっていた、マエュフアグチュアという当時の発展段階に従属している。したがってまた、機械--それはまだ分業のほんの添え物として現われているにすぎない--にたいしてよりも分業にたいして相対的に過大な比重がおかれている。〉(草稿集④438頁)

  (ハ) 彼が機械に従属的な役割をあてがっていることは、大工業の初期にはローダデールの反対論を、さらに発展した時代にはユアの反対論を呼び起こしました。

    スミスが機械に従属的な役割しかあてがっていないのは彼の時代的な制約もあったのでしょうが、それに対してローダデールの反対論を引き起し、さらに大工業が発展してからはユアの反対論を引き起こしたとあります。しかしその反対論の詳しい内容は記載されていません。

    ローダデール(1759-1839)はスミスの反対者とされていますが、他方でスミスの俗流化を進めた人物ともされています。スミスの機械の役割の従属的な位置づけを直接批判するものではありませんが、『61-63草稿』に次のような一文がありました。

  〈機械による労働の節約にたいして、ローダデイルは、それは〔機械の〕特徴をあらわすものではない、と主張する。労働は、機械がなければ行なうことのできないことを機械を用いて行なうのである、というのがその理由である。けれども、この理由は、ただ機械の使用価値にのみかかわることであって、機械によって生産される商品の交換価値には、したがってまた剰余価値にはなんの関係もないのである。〉(草稿集⑨237頁)

  新日本新書版にはローダデールのところに次のような訳者注が付いています。

  〈イギリスの政治家、経済学者。『公的富の本性と起源……にかんする研究』、仏訳本、パリ、1808年からのマルクスの抜粋は、『経済学批判要綱』、580ページ参照。高木幸二郎監訳、大月書店、第3分冊、640-641ページ〉(607頁)

  ここで指示されている『要綱』の当該箇所でやや関連すると思えるところを紹介しておきましょう(但し草稿集から)。

  〈「機械に変形された資本で労働を補うことは、人類を特徴づけ、また区別する特性のひとつである。」(120ページ。)(ローダデイル、ノート、9ページ。)「いまや了解されるように、資本の利潤が生じるのはつねに、人間が自分の手でなさねばならない労働の一部を資本が補うことによってであるか、あるいは人間の個入的努力を超えていて、人間が自分では実行できない労働の一部を資本が遂行することによってであるか、そのどちらかである。」(同前、119ページ。)ローダデイルは、スミスおよびロックと論争しているが、ローダデイルによれば、労働を利潤の創造者であるとする彼らの見解は、次のことに帰着するのである。すなわち、「もしも資本の恩恵についてのこの考えが厳密に正しいとするならば、資本は富の本源的源泉ではなく、派生的源泉であるという、また、資本の利潤は労働者のポケットから資本のポケットへの移転にすぎないのだから、資本を富の諸原理のひとつとみなすことはできない、という結論になるはずである。」(同前、116、117ページ。)「資本の利潤が生じるのはつねに、人間が自分の手でなさねばならない労働の一部を資本が補うことによってであるか、あるいは人間の個人的努力を超えていて、人間が自分では実行できない労働の一部を資本が遂行することによってであるか、そのどちらか、である。」(同前、119ページ、〔ノート〕9ページ、b。)「資本家は、彼の貨幣を使用することによって消費者階級のある一定の労働を節約するとしても、それによって彼がその労働の代わりに彼自身の労働の等しい部分を用いているわけではない、ということに注目する必要がある。このことは、それを遂行するのが彼の資本であって、彼自身ではないということを立証している。」(同前、132ページ、ノート、10ページ。)「もしもアダム・スミスが、機械の効果は労働を容易にすることである、あるいは彼自身が述べているように、労働の生産力を増大させることであると想像するかわりに(スミス氏が、資本の効果は労働の生産力を増大させることである、と言うことができたのは、奇妙な混乱した考え方のためにすぎない。同じ論理をもってすれば、与えられた二つの場所のあいだの迂回道路を半分だけ短縮することは歩行者の速度を二倍にするのと同じことだ、と主張す/ることも大いに可能であろう。)、機械に支払われるファンドが利潤を生むのはそれが労働を補うことによってであるということを認めていたならば、彼は利潤の源泉を同一の事情に帰していた、であろう。」(〔同前、〕137ページ、〔ノート〕、11ページ。)〉(草稿集②467-468頁)

  最後にローダデールについての『資本論辞典』の説明も紹介しておきます。

  ローダデール James Mait1and. Eighth Earl of Lauderdale (1759-1830) イギリスの経済学者・政治家.代議士として政治的活動をおこなうかたわら,経済理論や通貨問題などについて著述した.主箸としては《An Inquiry into the Nature and Origin of Public Wealth and into the Means and Causes of Its Increaset》がある.この書物を一貫する基本的立場は,価値にかんしては需要と希少性との交互作用にもとづく効用説であり,利潤にかんしては一種の労働節約説の立場である.この見地から彼は,スミスの労働を不変の価値尺度だとする説やその分業論を排撃する一方,利潤についても.スミスのようにこれを事実上の剰余労働にもとづく剰余価値のかたちでとらえるのではなしそれの出所を資本の使用する機械の作用に帰着させる.けだし彼によれば,機被は労働の一部を代替してこれを節約するばかりでなく.機械なしには不可能なような仕事をなすことができるからである.こうしてローダデールは,富の源泉をそれぞれ独立せる資本と土地と労働に帰せしめるスミスの俗説的側面を徹底した.マルクスは,この経済学を古典派経済学の俗流化・浅簿化・反動化の一つの典型としてとり扱い,とくにその弁護論的な利潤論にたいしては,機械はたしかに人間労働を代替し/たり節約したりするが.だからといってそれによって機械の使用価値が直接に特別の利測をつくったり,また人間労働がぜんぜん不必要になったりすることはけっLてない点をあきらかにして.これを明快に批判している.〉(584-585頁)

  ユア(1778-1857)については、 まず新日本新書版に、次のような訳者注があります。

  〈イギリスの化学者、経済学者。『工場の哲学』からのマルクスの抜粋は、前訳注の3の「分業」、『資本論草稿集』4、482-484ページ参照〉(607頁)

  そこで、ここで指示されている『61-63草稿』の箇所を紹介しておきます。

  〈同様に他方では、彼(スミス--引用者)がマニュフアクチュアにおける分業を特別に重視していることは、彼の時代が近代的工場制度の生成しつつある時代であったことを示している。この点については、ユアが正しく次のように述べている。--
  「A・スミスが経済学の諸原理にかんする彼の不朽の著作を書いた当時は、工業の自動体系はまだほとんど知られていなかった。分業がマニュファクチュアの完成の主要原理だと彼に思われたのは当然であった。……しかし、スミス博土の時代には有益な実例となりえたものも、今日では、/現代の工業の実際の原理について世間を誤らせることに役立つだけであろう。……熟練度の違いに応じて労働を分割するというスコラ的なドグマは、経験豊かなわれらの工場主によってついに使いつくされてしまった」(アンドルー・ユア『工場哲学』〔フランス語版〕、第1巻、第1章)(初版〔英語版〕の刊行は1835年)。
  この箇所が的確に示しているように、ここで問題とされている--そしてもともとA・スミスの場合にも実際にはこれを問題にしている--分業は、けっして、大多数の、またきわめて多種多様な社会状態に共通する一般的カテゴリーではなく、まったく規定された歴史的な・資本の一定の歴史的発展段階に対応する・生産様式なのである。それどころかそれは、A・スミスが唯一支配的で圧倒的なものとして描いたような形態においては、当時でさえ、資本主義的生産の発展の、すでに乗り越えられた、過去のものとなった段階に属するものとなっていたのである。〉(草稿集④482-483頁)

  ユアについては第7章第3節の注32aに出てきたときに、『資本論辞典』から紹介したことがありましたので、それを再度紹介しておきます。

  ユア Andrew Ure (1778-1857)イギリスの化学者・経済学者.……彼の経済学上の主著には『工場哲学』(1835)がある. そこでは,当時の初期工場制度における労働者の状態が鮮細に記述されているのみならず,機械や工場制度や産業管理者にたいする惜しみなき讃美と無制限労働日のための弁解とが繰返されている.……彼の視点はまったく工場主の立場のみに限られ,一方ではシーニアと同じく工場主の禁欲について讃辞を呈するとともに.他方では断乎として労働日の短縮に反対する.そして1833年の12時間法案を‘暗黒時代への後退'として.罵倒するのみならず,労働者階級が工場法の庇護に入ることをもって奴隷制に走るものとして非難する(KⅠ-284,314:青木3-469,509:岩波3-235,284)というごとく露骨をきわめている.〉(572頁)

  (ニ)(ホ) A・スミスはまた、マニュファクチュアそのものの部分労働者が大いにそのために働いた道具の分化を機械の発明と混同してもいます。しかし機械の発明に一役を演じていますのは、マニュファクチュア労働者ではなく、学者や手工業者であり、農民(ブリンドリ)などでさえもあるのです。

    スミスはマニュファクチュアの部分労働者が働いた道具の分化を機械の発明と混同しているということです。しかし確かに労働の細分化と単純化は機械の物質的条件とはなりましたが、しかしマニュファクチュア労働者が機械の発明に一役買ったということではなくて、それをやったのは学者や手工業者や、農民(ブリンドリ)などだったということです。

  最後の〈農民(ブリンドリ)〉のブレンドリについては新日本新書版では次のような訳者注が付いています。

  〈18世紀のイギリスの技師。ダービシャーの小農の息子で、イギリスの運河を建設した〉(607頁)

  スミスが機械の発明を労働者に見ていることについては、『61-63草稿』に次のような一文があります。

  〈A・スミスは多くの点で彼の先行者たちに劣っているのだが、彼を際立たせているのは、彼が「労働の生産諸力の増大」という言葉を使用している点である。A・スミスの居合わせた時代がまだどんなに大工業の幼年期であったかは、機械が分業の派生的結果(コロラリー)として現われているだけであって、機械にかんする発見をするのは、彼の場合にはまだ、自分の労働をやさしくしかつ減らそうとしている労働者だ、というところに現われている。〉(草稿集④461頁)


   ((7)に続く。)

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『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(7)

2024-08-30 15:48:17 | 『資本論』

『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(7)


◎第12パラグラフ(マニュファクチュア時代の独自な機械は、多数の部分労働者の結合された全体労働者そのものである。)

【12】〈(イ)マニュファクチュア時代の独自な機械は、やはり、多数の部分労働者の結合された全体労働者そのものである。(ロ)ある一つの商品の生産者によって次々に行なわれて彼の労働過程の全体のなかでからみ合っているいろいろな作業は、彼にいろいろなことを要求する。(ハ)彼は、この作業ではより多く力を、別の作業ではより多く熟練を、また第三の作業ではより多く精神的注意力、等々を発揮しなければならないが、これらの属性は同じ個人が同じ程度にそなえているものではない。(ニ)いろいろな作業が分離され、独立化され、分立化されてからは、労働者たちは彼らの比較的すぐれた属性にしたがって区分され、分類され、編成される。(ホ)彼らの生来の特殊性が基礎となってその上に分業が接木(ツギキ)されるとすれば、ひとたび導入されたマニュファクチュアは、生来ただ一面的な特殊機能にしか役だたないような労働力を発達させる。(ヘ)今では全体労働者がすべての生産的属性を同じ程度の巧妙さでそなえており、それらを同時に最も経済的に支出することになる。(ト)というのは、全体労働者は、特殊な労働者または労働者群に個別化されている彼のすべての器官をただそれぞれの独自な機能だけに用いるからである(45)。(チ)部分労働者の一面性が、そしてその不完全性さえもが、全体労働者の手足としては彼の完全性になるのである(46)。(リ)ある一つの一面的な機能を行なうという習慣は、彼を自然的に確実にこの機能を行なう器官に転化させるのであり、他方、全体機構の関連は、機械の一部分のような規則正しさで作用することを彼に強制するのである(47)。〉(全集第23a巻458頁)

  初版とフランス語版は第12~14パラグラフが一つのパラグラフになっています。また内容も若干違っているところもあります。よって以下では、初版とフランス語版を同時に紹介していくことにします。

 (イ) マニュファクチュア時代の独自な機械というのは、やはり、多数の部分労働者の結合された全体労働者そのものといえます。

  初版マニュファクチュア時代の独自な機械は、相変わらず、多くの部分労働者から結合された全体労働者そのものである。〉(江夏訳398頁)
  フ版〈マニュファクチュア時代の独自の機構を構成するのは、多数の部分労働者の結合によって形成される集団労働者である。〉(江夏・上杉訳363頁)

  マニュファクチュア時代の独自の機構といいいますのは、多数の部分労働者を分業によって結合して組織している全体労働者そのもといえます。つまりマニュファクチュアの工場全体が独自な機構になっているということです。初版と全集版は〈独自な機械〉になっていますが、フランス語版は〈独自の機構〉となっています。ここでは一応、フランス語版に従っておきました。
  『61-63草稿』でも次のように述べています。

  〈それを全体として観察すれば、マニュファクチュアでは、1人ひとりの労働者が、全体機械(ゲザムトマシーネ)の、すなわちそれ自体が人間で構成された機構である作業場の、生きた部分品になっている。〉(草稿集⑨208)

  この草稿では〈全体機械(ゲザムトマシーネ)〉といい、〈それ自体が人間で構成された機構である〉とも述べています。

  (ロ)(ハ)(ニ)(ホ) ある一つの商品の生産者によって次々に行なわれて彼の労働過程の全体のなかでからみ合っているいろいろな作業は、彼にいろいろなことを要求します。彼は、この作業ではより多く力を、別の作業ではより多く熟練を、また第三の作業ではより多く精神的注意力、等々を発揮しなければなりませんが、これらの属性は同じ個人が同じ程度にそなえているものではありません。しかし、いろいろな作業が分離され、独立化され、分立化されてからは、労働者たちも彼らの比較的すぐれた属性にしたがって区分され、分類され、編成されるわけです。彼らの生来の特殊性が基礎となってその上に分業が接木(ツギキ)されるとしますと、ひとたび導入されたマニュファクチュアは、生来ただ一面的な特殊機能にしか役だたないような労働力を発達させることになります。

  初版〈一商品の生産者の手でこもごも行なわれて彼の労働過程の全体のなかでからみあっているいろいろな作業は、彼にいろいろなことを要求する。彼は、ある作業ではより多くの力を発揮し、別の作業ではより多くの熟練を発揮し、/第三の作業ではより多くの精神的な注意力等々を発揮しなければならないが、同じ個人がこれらの属性を同じ程度でもちあわせているわけではない。いろいろな作業が分離し、独立し、分立してからは、労働者たちは、得意とする属性に応じて、区分され、分類され、ひとまとめにされる。彼らの本来の特殊性が基礎になってその上に分業が接穂(ツギホ)されるようになる。〉(江夏訳398-399頁)
  フ版〈一商品の生産者によって順次に行なわれて彼の労働の全体のなかで合流しているさまざまの作業は、いわば、彼が策に窮しないことを要求する。彼はある作業ではいっそう高度な熟練を、別の作業ではいっそう大きな力を、第三の作業ではいっそう深い注意力などを発揮しなければならないが、この個人はこれらすべての力能を同じ程度にはもってい/ない。種々の作業がひとたび分立され、ばらばらにされ、独立させられれば、労働者たちは、それぞれに優っている力能にしたがって区分され、級別され、群別される。彼らの生来の特殊性が、分業の成長する土壌を構成するとすれば、いったん導入されたマニュファクチュアは、特殊な機能だけに適した労働力を発展させる。〉(江夏・上杉訳363-364頁)

  もし一人の労働者がある商品の生産を一人でやるとしますと、彼はそれを完成させるためにはさまざまな作業をやらねばなりません。ある作業ではより多くの力を使い、別の作業では込み入った熟練を要する作業をやり、別の作業ではより多くの精神的な緊張と注意力を発揮しなければならないかも知れません。しかし一人の労働者がそれらすべての能力を同じ程度で持っていることは難しいでしょう。
  しかし分業にもとづくマニュファクチュアでは、こうした種々の作業はバラバラに分解されて、独立化され、それぞれの作業に、それに能力的に見合った労働者を割り当てることができます。そうしますとそれぞれの部分労働者は、それぞれの特殊な機能にだけ適した労働力へと発展することになるのです。
  『61-63草稿』から紹介しておきます。

  〈それはじっさい、一人ひとりの労働者がなしうる諸作業への分解である。作業は、それといっしょに行なわれる作業から引き離されるのであるが、しかし根本原理は依然として、作業を労働者の機能と見なすことであって、そのために、作業の分解とさまざまな労働者および労働者群へのその配分とは、技能、肉体的発達、等々の程度に応じて行なわれるのである。過程はまだそれ自体としては、つまり過程を遂行する労働者から独立しては分解されていない。〉(草稿集④462頁)

  (ヘ)(ト)(チ) 今では全体労働者がすべての生産的属性を同じ程度の巧妙さでそなえており、それらを同時に最も経済的に支出することになります。といいますのは、全体労働者は、特殊な労働者または労働者群に個別化されていて、彼らのすべての器官をただそれぞれの独自な機能だけに用いるからです。だから部分労働者の一面性が、そしてその不完全性さえもが、全体労働者の手足としてはその完全性になるのです。

  初版全体労働者は、いまでは、生産のためのあらゆる属性を同じ高度の巧妙さでそなえており、同時に、それらを最も経済的に支出する。というのは、全体労働者は、特殊な労働者または労働者群のうちに個別化されている自己のあらゆる諸器官を、それらの器官の独自な機能にだけ用いるからである(46)。部分労働者の一面性が、また彼の不完全さえもが、全体労働者の肢体としての彼の完全性になる(46)。〉(江夏訳399頁)
  フ版〈集団労働者は、いまやあらゆる生産力能を同程度の技巧でもっており、独自の労働者または労働者群のうちに個性化されている器官を、その特性に適した機能だけに用いることによって、できるかぎり経済的にこれらの生産力能を支出する(20)。集団労働者の肢体としては、部分労働者は、より一面的でより不備であればあるほどますます完全にさえなるのである(21)。〉(江夏・上杉訳364頁)

  このように分業にもとづくマニュファクチュアでは、部分労働者は全体の機構のなかで、それぞれの特殊機能に特化された部分作業を専門に担うのであり、だから彼らはその作業に通じて巧妙さをそなえるようになり、同時に、もっとも経済的に労働を支出するようになります。というのは、それらは全体労働者の特殊な器官であり、全体労働者は自己のあらゆる特殊な器官をそれに固有の独自の機能だけに用いるからです。こうして部分労働者の一面性が生じますが、だから労働者の不完全さでさえ、全体労働者の一肢体としては、それで十分であり完全な部分になるわけです。
  新日本新書版では〈部分労働者の一面性が、そしてその不完全性さえもが、全体労働者の手足としては彼の完全性になるのである(46)〉という部分は〈部分労働者の一面性が、またその不完全性さえもが、彼が全体労働者の分肢となる場合、完全性となる(46)*〉となっていて、*印に次のような訳者注が付いています。

  〈身体と分肢(肢体)との関係については、新約聖書、コリント第1、12・14-24参照〉(608頁)

  (リ) ある一つの一面的な機能を行なうという習慣は、彼を自然的に確実にこの機能を行なう器官に転化させます。そして他方では、全体機構の関連は、機械の一部分のような規則正しさで作用することを彼に強制するのです。

  初版〈一面的な機能を行う習慣は、部分労働者を、この機能を無理なく確実に行う器官に転化させるが、他方、全体機構の関連は、部分労働者を強制して、機械の一部品のような規則正しさで活動させる(47)。〉(同上)
  フ版〈唯一無二の機能が習慣になれば、この習慣は、彼を、この機能の確実な、自然発生的な器官に変えるが、他方、全体機構は彼に、機械の一部品のように規則正しく行動することを強制する(22)。〉(江夏・上杉訳363頁)

  このようにマニュファクチュア的な全体機構は、部分労働者を一面的な機能に限定しますが、それは彼をこうした一面的な機能を担う器官にしてしまうわけです。そして他方では、全体機構との関連のなかでは、部分労働者に、機械の一部品であるかのように規則正しく作業するように強制するのです。
  『61-63草稿』では次のように述べています。

 〈作業場(アトリエ)における強制が、はじめて、これら種々の作業の機構のなかに同時性、均等性、比例性を取り入れるのであり、そもそもこの強制がは/じめて、それらの作業を結合して、斉一的に働く機構とする〉(草稿集④432-433頁)


◎原注45

【原注45】〈45 「仕事を、それぞれ違った程度の熟練や力を必要とするいくつかの違った作業に分割することによって、工場主はそれぞれの作業に適合した量の力や熟練を正確に手に入れることができる。これに反して、もし仕事全体が1人の労働者によって行なわれるならば、最も繊細な作業のための十分な熟練や最も骨の折れる作業のための十分な力を同じ個人がもっていなければならないであろう。」(C・バベジ『機械・マニュファクチュア経済論』、第19章。)〉(全集第23a巻458頁)

  これは〈というのは、全体労働者は、特殊な労働者または労働者群に個別化されている彼のすべての器官をただそれぞれの独自な機能だけに用いるからである(45)〉という一文に対する原注ですが、その前も含めた部分への注ともいえるでしょう。
  バベジの著書からの引用ですが、その内容はこの部分でマルクスが述べていることとほぼ同じことを論じているといえます。
  『61-63草稿』にはマルクス自身による何の前書きもないままにまったく同じ部分の抜粋があります。重複しますが、紹介しておきます。

  〈「仕事を、それぞれ違った段階の巧妙さ〔Gewandheit〕や力を必要とするいくつかの違った作業に分割することによって、工場主は正確に、それぞれの作業が必要とするそれに厳密に等しいだけの巧妙さや力を入手することができる。これに反して、もし仕事全体が一人の労働者によって行なわれなければならないのだとすれば、この労働者は、最も繊細な諸作業を遂行できるだけの巧妙さと最も骨の折れる諸作業をするに足りるだけの力とを、同時にもってい/なければならないであろう」(チャールズ・バビジ『機械およびマニュファクチュア経済論』、ロンドン、1832年)(第19章)。〉(草稿集④462-463頁)


◎原注46

【原注46】〈46 たとえば一面的な筋肉の発達や骨の曲がり方など。〉(全集第23a巻458頁)

  これは〈部分労働者の一面性が、そしてその不完全性さえもが、全体労働者の手足としては彼の完全性になるのである(46)〉という一文に対する原注です。
  つまり部分労働者の一面性が、あるいはその不完全性さえもが、全体機構の一部分の一面的な機能を担うという点では、むしろ全体労働者の完全性に不可欠なものになるということだと思います。だから例えば一面的な筋肉の発達や骨の曲がり方など、それだけだと一労働者としては使い物にならないようなものでも、ただ一面的な作業を延々と続けるだけならば、むしろその不完全さが好都合になるということでしょうか。

  『61-63草稿』ではユアの述べていることとして次のような一文が紹介しています。

〈偉大なユアは非常な自負をもってこう語る。
  「能力の拘束、精神の偏狭さ、身体の発育の阻害などが、/道徳家によって分業に特有のものとされてきたのだが、ゆえなしとはしない。」(34ページ。)〉(草稿集⑨223-224頁)


◎原注47

【原注47】〈47 どのようにして従業少年工のあいだに勤勉が維持されるか、という調査委員の質問にたいして、あるガラス・マニュファクチェアの総支配人であるウィリアム・マーシャル氏は次のように非常に正しく答えている。「彼らは自分たちの仕事をなまけることはけっしてできない。彼らは、一度仕事を始めた以上は、それを続けなければならない。彼らは、ちょうど、一つの機械の諸部分のようなものである。」(『児童労働調査委員会。第4次報告書。1865年』、247ページ。)〉(全集第23a巻459頁)

  これはパラグラフの最後の〈ある一つの一面的な機能を行なうという習慣は、彼を自然的に確実にこの機能を行なう器官に転化させるのであり、他方、全体機構の関連は、機械の一部分のような規則正しさで作用することを彼に強制するのである(47)〉という一文に対する原注です。
  これは小年工たちの勤勉をどのように維持しているのか、という調査委員の質問に、ガラス・マニュファクチュアの総支配人は、彼らは一つの機械の部分品のようになっているから、一度仕事を始めたら、それを続けなければならないから、決してなまけることはできないのだと答えているというものです。つまり分業にもとづくマニュファクチュアでは、諸労働の緊密な関連を維持することが一つの強制力として働くために、一旦、仕事がはじまるとそこから離脱することができなくなるということです。


◎第13パラグラフ(マニュファクチュアは労働力の等級制を発展させる)

【13】〈(イ)全体労働者のいろいろな機能には、簡単なものや複雑なもの、低級なものや高級なものがあるので、彼のいろいろな器官である個別労働力は、それぞれ非常に程度の違う教育を必要とし、したがってそれぞれ違った価値をもっている。(ロ)だから、マニュファクチュアは労働力の等級制を発展させるのであり、これには労賃の等級が対応するのである。(ハ)一方では個別労働者が一つの一面的な機能に同化されて一生これに固着させられるとすれば、同じように他方ではいろいろな作業がこの先天的および後天的技能の等級制に適合させられる(48)。(ニ)しかし、どの生産過程にも、だれでも生地のままでできるようなある種の簡単な作業が必要である。(ホ)このような作業も、今ではもっと内容の豊富ないろいろな活動契機との流動的な関連から引き離されて、専有の機能として固定されるのである。〉(全集第23a巻459頁)

  このパラグラフも先に指摘しましたように、初版とフランス語版では第12・14パラグラフと一緒にされています。やはり初版とフランス語版を合せて紹介しておくことにします。

  (イ)(ロ) 全体労働者のいろいろな機能には、簡単なものや複雑なもの、低級なものや高級なものがありますので、彼のいろいろな器官である個別労働力は、それぞれ非常に程度の違う教育を必要とし、したがってそれぞれ違った価値をもっています。ですから、マニュファクチュアは労働力の等級制を発展させるのです。そして、これには労賃の等級が対応するのです。

  初版〈全体労働者のいろいろな機能には、単純なものもあれば複雑なものもあり、低級なものもあれば高級なものもあるので、全体労働者の諸器官である個別労働力は、非常に程度のちがう訓練を必要とし、したがって、非常にちがった価値をもっている。だから、マニュファクチュアは、労賃の等級が照応するところの労働力の位階制を、発展させることになる。〉(江夏訳399頁)
  フ版〈集団労働者のさまざまな機能は、単純なものもあれば複雑なものもあり、低級なものもあれば高級なものもあるから、彼の器官、すなわち個別的労働力もまた、当然単純なものもあれば複雑なものもあり、したがって、価値がちがっている。それゆえに、マニュファクチュアは、賃金の段階的等級が照応するところの労働力の位階制を作り出す。〉(江夏・上杉訳364頁)

  先のパラグラフで一人の労働者が一人で一つの商品を生産する場合、彼はさまざまな作業をやる必要があり、その作業には簡単なものや複雑なもの、熟練を要するものや、力を必要とするものなどがあり、それらをすべて一人の労働者が同じように備えていることは難しいこと、しかしマニュファクチュアではそうした様々な作業を分割して、能力的にそれにあった部分労働者に割り振り、彼らの専門の機能にすることが指摘されていました。
  ということはマニュファクチュアの全体労働者には、さまざまな機能があり、それは簡単なものや複雑なもの、低級なものや高級なものがあることになり、それに応じて全体労働者の部分器官である部分労働力も、単純なものもあれば複雑なものもあり、だからそれらは違った養成期間も必要となり、だから価値も違ってきます。だからマニュファクチュアでは、賃金の等級制が生まれ、それにもとづく労働力の位階制も生まれるのです。
  『61-63草稿』から紹介しておきます。

 〈分業を基礎としている作業場(アトリエ)は、つねに技能〔Geschicklichkeit〕の一種の等級制(ヒエラルキー)を含んでいる、なぜなら、ある作業は他の作業に比べてより複雑であり、ある作業は肉体的な力をより多く必要とし、別の作業は手の繊細さ〔Delikatesse〕を、言い換えれば、より大きな腕まえ〔Virtuosität〕を要求するからである。そこでは、ユアが言うように、それぞれの作業に一人の労働者があてられ、彼の賃銀は彼の熟練に対応する。……相変わらずさまざまな個人的能力に仕事が適合させられる……多数の等級への労働の分割……熟練度〔degré d'habileté〕の相違による労働の分割。依然として個々人の腕まえ〔Virtuosität〕が重要な役割を果たしているのである。〉(草稿集④461頁)

  (ハ) 一方では個別労働者が一つの一面的な機能に同化されて一生これに固着させられるとしますと、同じように他方ではいろいろな作業がこの先天的および後天的技能の等級制に適合させられるのです。

  初版〈一方では、個別労働者が一つの一面的な機能に同化されて一生この機能に縛りつけられるとすれば、〔他方では〕これと同様に、いろいろな作業が上記の先天的および後天的技術の位階制に適合させられる(48)。〉(同)
  フ版〈個別労働者が唯一無二の機能に適応させられ、一生涯これに付属させられるとすれば、さまざまの作業は、先天的および後天的な熟練と専門との上述の位階制に適合させられる(23)。〉(同)

  このようにマニュファクチュアの全体労働者の部分機能に対応して個別労働者が一生涯その機能に縛りつけられて、それを担うことになります。そしてそれに対応して、全体労働者のさまざまな作業が、部分労働者の先天的な特性や後天的な技能の熟練度や専門性による位階制に適合させられることになるわけです。
  『61-63草稿』から紹介しておきます。これは原注44で紹介したものの続きの部分です。

  〈ユアはさきに挙げた箇所でこう述べる。(1)「それゆえここから彼(A・スミス)は、当然これらの作業のそれぞれに、賃銀と熟練とが相応している労働者をあてることができる、と結論した。このような適材適所〔appropriation〕に分業の真髄がある。」つまり、第一に、労働者を特定作業に同化させること〔Aneignung〕、この作業のもとに労働者を包摂すること。それ以後は、彼はこの作業に所属す/るのであり、この作業は、一抽象物〔Absraktum〕に引き下げられた彼の労働能力の専有の機能となるのである。
  したがって第一に、労働能力がこの特殊的作業に同化される。しかし第二に、作業そのものの基礎は依然として人間の身体であるから、ユアが言うように、この適材適所〔Appropriation〕は同時に、「労働の配分、と言うよりもむしろ、個人的能力のさまざまな違いへの労働の適応」である、ということになる。すなわち、もろもろの作業そのものが、それぞれ引き離された先天的および後天的諸能力に適合させられるのである。それは、機械的な諸原理への過程の分解ではなくて、これらの個々の過程が人間の労働能力の諸機能として遂行されざるをえないということを考慮しての分解である。〉(草稿集④483-484頁)

  (ニ)(ホ) しかし、どの生産過程にも、だれでも生地のままでできるようなある種の簡単な作業が必要です。このような作業も、今ではもっと内容の豊富ないろいろな活動契機との流動的な関連から引き離されて、専有の機能として固定されるのです。

  初版〈しかし、どの生産過程にも、あるがままの人間であれば誰もができるようなある種の簡単な作業が、必要である。この作業も、いまでは、もっと内容の豊かな活動契機との流動的な関連から引き離されて、専有の機能に骨化されている。〉(同)
  フ版〈どの生産過程も、新参者ができるような若干の作業を必要とする。これらの作業もまた、全体活動のいっそう重要な契機との流動的な関係から引き離され、専門機能として骨化する。〉(同)

  しかしどのような生産過程においても、あるがままの人間であれば誰でもやれるような簡単な作業があり、それが必要でもあります。こうした単純な簡単な作業そのものもいまでは全体労働者の一部分機能として、分立し、ある労働者の専有の機能として骨化されてしまうわけです。


◎原注48

【原注48】〈48 (イ)ドクター・ユアは、彼の大工業賛美のなかでマニュファクチュアの特有な性格を、彼のような論戦的関心をもっていなかった以前の経済学者たちに比べれば、またたとえばバベジのような同時代の学者に比べても、より鋭く感知している。(ロ)このバベジは、数学者や機械学者としては確かに彼よりもすぐれていたとはいえ、大工業をじつはマニュファクチュアの立場からしか把握していないのである。(ハ)ユアは言う、「それぞれの特殊作業への労働者の同化は、分業の本質をなす」と。(ニ)他方では彼はこの分業を「いろいろな個人的能力への労働の適合」と呼び、最後にマニェファクチュア制度全体を「技能の等級による段階制」とか「熟練度の相違による分業」などと特徴づけている。(ユア『工場哲学』、19-23ページの所々。)〉(全集第23a巻459頁)

  これは〈一方では個別労働者が一つの一面的な機能に同化されて一生これに固着させられるとすれば、同じように他方ではいろいろな作業がこの先天的および後天的技能の等級制に適合させられる(48)〉という一文に付けられた原注です。
  マルクス自身による文章ですので、文節に分けて検討しておきます。

  (イ)(ロ) ドクター・ユアは、彼の大工業賛美のなかでマニュファクチュアの特有な性格を、彼のような論戦的関心をもっていなかった以前の経済学者たちに比べれば、またたとえばバベジのような同時代の学者に比べても、より鋭く感知しています。このバベジは、数学者や機械学者としては確かに彼よりもすぐれていましたが、大工業をじつはマニュファクチュアの立場からしか把握していないのです。

    ユアは大工業を賛美して、資本家の立場を擁護して労働者の搾取を正当化していますが、
しかし彼はマニュファクチュアについてもその特有な性格を、それ以前の経済学者や同時代のバベジに対してよりも、より鋭く捉えているということです。
  『61-63草稿』では次のように述べています。

  〈工場制度の破廉恥な弁護者としてイギリスにおいてすら悪名の高いあのユアにも、次のような功績がある。彼は、工場制度の神髄をはじめて正確に把握し、自動作業場とA・スミスによって重要問題として論じられた分業にもとづくマニュファクチュアとの差異対立を鮮明に描いたのである。(あとで引用しよう。)能力の等級制の廃棄、「分/業」の背後でゆるぎなく固められた専門的技能の破砕、それとともに受動的な従属--それと結びついた専門的規律、統制、時針そして工場法への服従--〔これらのすべてを〕彼は、これから若干の抜き書きでみるように、非常に正確に指摘している。労働者が自分の労働--その内容が彼のそとにある--にたいして無関心であるかぎりは、また彼がなんらの専門的技能を発展させることがないかぎりは、労働者がふたたび獲得した普通性も、この制度のなかではただ即自的〔にある〕にすぎない。現実に〔ここで〕発展するのは、内容の欠知した一種の専門的技能である。〉(208-209頁)

  (ハ)(ニ) ユアは言います。「それぞれの特殊作業への労働者の同化は、分業の本質をなす」と。他方では彼はこの分業を「いろいろな個人的能力への労働の適合」と呼び、最後にマニェファクチュア制度全体を「技能の等級による段階制」とか「熟練度の相違による分業」などと特徴づけています。

  そのユアの鋭いところは、「それぞれの特殊作業への労働者の同化は、分業の本質をなす」と述べていることや、この分業を「いろいろな個人的能力への労働の適合」と呼び、最後にマニェファクチュア制度全体を「技能の等級による段階制」とか「熟練度の相違による分業」などと特徴づけているところにあります。

 

◎第14パラグラフ(等級制的段階づけと並んで、熟練労働者と不熟練労働者とへの労働者の簡単な区分が現われる。)

【14】〈(イ)それゆえ、マニュファクチェアは、それがとらえるどの手工業のうちにも、いわゆる不熟練労働者という一部類を生みだすのであるが、それは手工業経営が厳格に排除していたものである。(ロ)マニュファクチュアは、完全な,労働/能力を犠牲にして徹底的に一面化された専門性を練達の域にまで発達させるとすれば、それはまた、いっさいの発達の欠如をさえも一つの専門にしようとするのである。(ハ)等級制的段階づけと並んで、熟練労働者と不熟練労働者とへの労働者の簡単な区分が現われる。(ニ)後者のためには修業費はまったく不要になり、前者のためには、機能の簡単化によって手工業者の場合に比べて修業費は減少する。(ホ)どちらの場合にも労働力の価値は下がる(49)。(ヘ)その例外が生ずるのは、労働過程の分解によって、手工業経営では全然現われなかったかまたは同じ程度には現われなかった新しい包括的な機能が生みだされるかぎりでのことである。(ト)修業費の消失または減少から生ずる労働力の相対的な減価は、直接に資本のいっそう高い価値増殖を含んでいる。(チ)なぜならば、労働力の再生産に必要な時間を短縮するものは、すべて剰余労働の領分を延長するからである。〉(全集第23a巻459-460頁)

  (イ)(ロ)(ハ) ですから、マニュファクチェアは、それがとらえるどの手工業のうちにも、いわゆる不熟練労働者という一部類を生みだすのですが、それは手工業経営が厳格に排除していたものなのです。マニュファクチュアは、完全な労働能力を犠牲にして徹底的に一面化された専門性を練達の域にまで発達させるとしますと、それはまた、いっさいの発達の欠如をさえも一つの専門にしようとするのです。こうして等級制的段階づけと並んで、熟練労働者と不熟練労働者とへの労働者の簡単な区分が現われます。

  初版〈だから、マニュファクチュアは、それがとらえているどの手工業においても、手工業的経営が厳格に排除していたいわゆる非熟練労働者という階級を、産み出している。マニュファクチュアが/全体としての労働能力を犠牲にして徹底的に一面化された専門を、巧妙さにまで発展させるとすれば、それはまた、いっさいの発達の欠如さえをも、一つの専門にしようとする。位階制的な等級づけと並んで、熟練労働者と非熟練労働者とへの労働者の簡単な区分が現われてくる。〉(江夏訳399-400頁)
  フ版〈したがって、マニュファクチュアは、それがとらえるどの手工業のうちにも、中世の手工業が容赦なく退けていた単純な人夫の階級を産み出すのである。マニュファクチュアが総合的な労働能力を犠牲にして、個々の専門を発達させてこれを技巧にまで至らせるならば、マニュファクチュアはまた、どんな発達の欠如をも一つの専門にしようとするようになるのである。位階制的な等級づけと並んで、熟練労働者不熟練労働者への労働者の単純な区分が登場する。〉(江夏・上杉訳364頁)

 すでに見ましたように、分業にもとづくマニュファクチュアは、手工業から生まれてきましたが、手工業では親方のもとで徒弟には長い修行が課されました。だから、不熟練労働は厳格に排除されていたのです。ところがマニュファクチュアは、この手工業で厳格に排除されていたいわゆる非熟練労働者という一階級を生みだのです。と言いますのはマニュファクチュアは労働能力の全体的な能力を犠牲にしてそのうちのある一面的な機能だけを専門化させ、それを巧妙さにまで発展させようとするのですから、それは他方では、いっさいの発達の欠如をさえも、一つの専門的な機能として位置づけるわけです。ですからマニュファクチュアは位階制的な等級づけと並んで、熟練労働者と非熟練労働者とへの労働者の簡単な区分を持ち込むのです。

  (ニ)(ホ) 後者(不熟練労働者)のためには修業費はまったく不要になり、前者(熟練労働者)のためには、機能の簡単化によって手工業者の場合に比べて修業費は減少します。どちらの場合にも労働力の価値は下がります。

  初版〈後者にとっては修業費が全く消滅し、前者にとっては、機能が簡単になるために手工業者に比べて修業費が減少する。双方のばあいとも労働力の価値が下がる(49)。〉(江夏訳400頁)
  フ版〈後者にとっては修業費用が消滅し、前者にとってはこの修業費用が、手工業に必要な修業費用に比べて減少する。どちらのばあいも、労働力はその価値を失う(24)。〉(同前)

  そうしますと、非熟練労働者のための修業費は当然まったく不要になり、熟練労働者のための修業費も、作業の分割と機能の単純化のために手工業者の場合と比べますと減少します。というわけでマニュファクチュアでは手工業に比べて労働力の価値は下がります。

  (ヘ) その例外が生じますのは、労働過程の分解によって、手工業経営では全然現われなかったかまたは同じ程度には現われなかった新しい包括的な機能が生みだされるかぎりでのことです。

  初版〈その例外が生ずるのは、労働過程が分解されたために、手工業的経営では全く現われなかったかまたは同じ範囲では現われなかった新しい抱括的機能が、産み出されるかぎりにおいてのことである。〉(同前)
  フ版〈しかし、労働過程の分解は時として、/手工業の営業ではどんな役割も演じなかったかまたはよリ小さな役割を演じていた一般的機能を、産み出す。〉(江夏・上杉訳364-365頁)

    もしその例外が生じるとしますと、マニュファクチュアでは労働過程が分解されるために、手工業経営では見られなかったような、あるいは同じ範囲では現れなかったような新しい包括的な機能が、産み出されるからでしょう。
    ここで〈包括的な機能〉(フランス語版では〈一般的機能〉)というのが出てきますが、これは恐らく管理・監督の機能ではないかと思います。第8パラグラフでは部分労働者のもっとも適当な比例数が一定の生産規模に応じて経験的に確定されることを論じていましたが、その場合、〈さらに、同じ個人がある種の労働を大きな規模でも小さな規模でも同じように行なうことができるということが加わる〉と述べ、〈たとえば、監督という労働や、部分生産物を一つの生産段階から他の生産段階に運ぶ労働などがそれである〉と述べていました。生産規模が大きくなるとこうした機能を専門に担う労働者が配置されうるということでした。あるいはこうしたものを〈包括的な機能〉と述べているのかも知れません。

  (ト)(チ) 修業費が無くなったり減少したりすることから生ずる労働力の相対的な減価は、直接に資本のいっそう高い価値増殖を含んでいます。というのは、労働力の再生産に必要な時間を短縮させるものは、すべて剰余労働の領分を延長するからです。

  初版〈修業費の消滅または減少から生ずる労働力の相対的な減価は、直接に、資本の価値増殖がいっそう高まることを含んでいる。なぜならば、労働力の再生産に必要な時間を短縮するものはすべて、剰余労働の領域を延長するからである。〉(同)
  フ版〈修業費用の減少または消滅から生ずる労働力の相対的な価値喪失は、資本にとって直接に、剰余価値の増大をもたらす。労働力の生産に必要な時間を短縮するものはいずれも、実際に、剰余労働の領域を拡張するからである。〉(江夏・上杉訳365頁)

  いずれにせよ熟練労働者と非熟練労働者の区別が生まれて、どちらも修業費がゼロか減少するなら、労働力の価値の減価が生じますが、それは直接に資本のより高い価値増殖の能力になります。労働力の再生産費を短縮させるものは、いずれにせよ、剰余労働を拡張させるからです。


◎原注49

【原注49】〈49 「どの手工業者も……一つの作業の常習によって自分を改良することを可能にされて……いっそう安い労働者になった。」(ユア『工場哲学』、19ページ。)〉(全集第23a巻460頁)

  これは〈後者のためには修業費はまったく不要になり、前者のためには、機能の簡単化によって手工業者の場合に比べて修業費は減少する。どちらの場合にも労働力の価値は下がる(49)〉という一文に付けられた原注です。
    ユアの引用文のなかにはマニュファクチュアという言葉はありませんが、恐らくマニュファクチュアのもとでは、どの手工業者も一つの作業に限定されて、それに適応するために自分自身を改良することによって、結局は、その労働力の価値を減価させ、安い労働者になったと述べているのだと思います。このユアの一文そのものは草稿のなかに見つけることはできませんでした。


  (付属資料(1)に続きます。)

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『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(8)

2024-08-30 15:21:28 | 『資本論』

『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(8)


【付属資料】(1)


第12章 分業とマニュファクチュア


●第12章の表題

《初版》

  〈(3)分業とマニュファクチュア〉

《フランス語版》

  〈第14章 分業とマニュファクチュア〉

《イギリス語版》

  〈第14章 分業と工場手工業〉


●「第12章 分業とマニュファクチュア」の位置づけ

《経済学批判要綱》

 〈資本は商業資本〔Handelscapital〕としては、土地所有のこのような変革がなくとも、完全に発展することができる(ただ量的にはそこまですすまないが)けれども、産業資本としては、そうはいかない。マニュファクチュアの発展でさえも、古い経済的な土地所有諸関係の分解がはじまっていることを前提している。他方、近代的工業が発達して高度の完成に達したときにはじめて、この散発的な分解から新しい形態がその総体性と広がりをそなえて生じるのである。しかしこの近代的工業それ自身つねに、近代的農業、それに照/応する所有形態、それに照応する経済的諸関係が発展していればいるほど、それだけ急速に前進する。したがってイギリスはこの点では、他の大陸諸国にとって模範国である。同じくまた、工業の最初の形態である大マニュファクチュアが、すでに土地所有の分解を前提しているとすれば、この分解はまた、諸都市で生じていた資本の従属的な発展--それ自体なお未発展な(中世的な)資本の諸形態における--によって、また、同時に他の諸国で商業とともに繁栄しつつあったマニュファクチュアの作用(オランダは16世紀と17世紀前半にこのような作用をイギリスにおよぼした)によって制約されている。これらの諸国自身においては、この過程はすでに終わっており、農業は牧畜のために犠牲にされ、穀物は、たとえばポーランドなどの後進諸国から輸入によって(このばあいもオランダをつうじて)供給された。〉(草稿集①331-332頁)

《61-63草稿》

 〈分業は、協業の特殊的な〔besonder〕、特殊化された〔spezifiziert〕、発展した形態であって、それは、労働の生産力を高め、同一の仕事を行なうのに必要な労働時間を短縮するための、したがって、労働能力の再生産に必要な労働時間を短縮し、剰余労働時間を延長するための、強力な一手段である。
    単純協業で見られるのは、同一の労働を行なう多数者の協働である。分業で見られるのは、資本の指揮のもとで次のようなことを行なう多数の労働者の協業である。すなわち彼らは、同一の諸商品の異なった諸部分を生産するのであるが、その諸商品の各特殊的部分はそれぞれある特殊的労働、特殊的作業〔Operation〕を必要とするのであって、各労働者またはある一定倍数の労働者は一つの特殊的作業だけを行ない、別の者は別のことをする、等々である。しかし、これらの作業の総体が一つの商品を、一定の特殊的商品を生産するのであり、したがってこの商品には、これらの特殊的労働の総体が表わされるのである。〉(草稿集④423頁)
 〈ここでは、資本主義的生産様式はすでに、労働をその実体において捉えて変化させてしまっている。それはもはや、単に資本のもとへの労働者の形態的包摂、すなわち他人の指揮と他人の監督とのもとで他人のために労働すること、ではない。それはさらに、単に、単純協業の場合に見られる次のような事態でももはやない。すなわち単純協業の場合には、労働者は彼と同時に同じ仕事を遂行する多くの労働者と同時に協働するが、この協働は、彼の労働そのものはそのままにしておいて、一時的でしかないつながりを、並存状態をつくりだすものであり、またその協働は、ことの本性からして容易に解消されうるものであって、単純協業のたいていの場合には、ただ、一時的な特殊的時期のために、例外的な必要のために、--たとえば収穫、道路建設、等々の場合に、あるいは、最も簡単な形態のマニュフアクチュア(ここでは多数の労働者の同時的搾取と固定資本の節約、等々が主要な問題である)の場合に--行なわ/れるにすぎない。この協働は労働者を単に形態的に一つの全体--その指揮者(シェフ)は資本家である--の部分たらしめるにすぎず、このような一全体のなかでは労働者は--生産者としては--、彼とならんでどれだけ多数の労働者が同じことを、たとえば靴を縫う、等々をしていようとそれによってはなんらそれ以上の影響をこうむるものではない。ところがここでの事態はそのようなものとは異なっている。彼の労働能力が全体機構--その全体が作業場を形成する--の一部分の単なる機能に転化することによって、彼はそもそも一商品の生産者であることをやめてしまったのである。彼は一つの一面的な作業の生産者でしかなく、その作業がそもそもなにかを生産するのは、作業場を形成する機構全体とのつながりのなかにおいてでしかない。つまり、彼は作業場の生きた一構成部分なのであって、自身の労働の様式そのものによって資本の付属物になってしまった。というのは彼の能力は、作業場においてでなければ、つまり彼に対立して資本の定在となっている一機構の一環としてでなければ、発揮されえないからである。もともと彼が商品の代わりに、商品を生産する労働を資本家に売らねばならなかったのは、彼には自己の労働能力を実現するための客体的諸条件が欠けていたからであった。いまや、彼が労働を売らざるをえないのは、彼の労働能力が、もはや、資本に売られるかぎりで労働能力たりうるにすぎないものだからである。したがって、労働者はいまや、もはや労働手段の欠如によるだけではなく、彼の労働能力そのものによって、彼の労働の仕方様式によって、資本主義的生産のもとに包摂され資本に捉えられるのであって、資本はもはや単に客体的諸条件を手中におさめているだけでなく、労働者の労働がかろうじてまだ労働でありうるための、主体的労働の社会的諸条件をも手中におさめているのである。〉(草稿集④445-446頁)
  〈分業--あるいはむしろ分業にもとづく作業場--が、資本家のものとなる剰余価値を増加させる(少なくとも直接に〔増加させる場合〕だけ〔を問題にする〕、そしてこれが、ここで問題になるただ一つの作用である)のは、言い換えれば、労働の生産力のこの増大が、資本の生産力であることを実証するのは、ただ、それが労働者たちの消費にはいる使用価値に用いられ、それゆえ労働能力の再生産に必要な労働時間を短縮する場合だけである。大規模な分業が適用されるのは主として日用品に限られているというまさにこの事情から、牧師のウェイランドは、逆に、分業からの利益を受けるのは金持ではなくて貧乏人だという結論をくだしている。中産階級にかんして言えば、この牧師も一面では正しい。しかし、そもそもここで問題になっているのは、貧乏人と金持という無概念的な関係ではなくて、賃労働と資本との関係なのである。〉(草稿集④466頁)


  第1節 マニュファクチュアの二重の起源


●第1節の表題

《初版》 初版は節には分けられていない。以下、同じ。

《フランス語版》

  〈第1節 マニュファクチュアの二重の起源〉

《イギリス語版》

  〈第一節 工場手工業の二重の起源〉


●第1パラグラフ

《経済学批判要綱》

 〈資本が、最初は散在的または局地的に、もろもろの古い生産様式と並んで、しかし次第にそれらを破砕しつつ現われるときの、本源的な歴史的諸形態は、一方では、本来のマニユフアクチュアである(まだ工場ではない)。マニユフアクチュアは、輸出向け、外国市場向けに大量生産が行なわれるところで--つまり大規模な海上陸上貿易基礎に、それらの中心地で--発生する。たとえば、イタリアの諸都市、コンスタンティノープル、フランドルやオランダの諸都市、パルセロナのようなスペインのいくつかの都市、等々がそれである。マニユフアクチュアが最初に掌握するのは、いわゆる都市手工業ではなくて、紡糸および織布という農村の副業的手工業、つまりツンフト的熟棟、技芸的修業を必要とすることの最も少ない労動である。マニユフアクチュアが外国市場の基地を目前に見いだすような、つまり生産がいわば自然生的に交換価値に向けられているような、さきの大商業中心地--航海と直援に関連する、造船そのもの、等々のマニユフアクチュア--を除いては、マニユフアクチュアはその最初の居所を、都市にではなく農村に、非ツンフト的な村落等々に定める。都市の手工業が工場的に経営できるようになるためには、生産の高度な進歩を必要とするのにたいして、農村の副業的手工業にはマニュフアクチュアの広範な土台が含まれているのである。ガラス工場、金属工場、製材所、等々のような、はじめから労働力〔Arbeitskräfte〕のかなり多くの集積を必要とするような生産部門、はじめからかなり多くの自然力を利用し、大量生産を必要とし、また労働手段の集積、等々を必要とするような生産部門についても、同様である。製紙工場、等々も同様である。〔資本がとる本源的な歴史的諸形態は〕他方では、借地農業者の成長と、農耕住民の自由な日傭取り〔Taglöhner〕への転化である。こうした転変は、農村では、その最終的な諸帰結と最も純粋な形態とにおいて貫徹するのが最後になるが、この転変が最も早くはじまるのも、農村である。だからこそ、ほんらい都市的な技芸的精励の域を越え出ることのけっしてなかった古代人は、大工業に到達することがけっしてできなかったのである。大工業の第一の前提は、農村を全幅的に、使用価値の生産ではなくて交換価値の生産に引きいれることである。ガラス工場、製紙工場、製鉄工場、等々は、ツンフト的には経営されえない。それらは大量生産を要求し、一般市場での販売を要求し、企業者の側に貨幣財産があることを要求する--といっても、主体的諸条件も客体的諸条件も、彼がつくりだすわけではない--が、古い所有諸関係および生産諸関係のもとでは、これらの条件がともにもたらされることはあえないのである。--農奴制的諸関制係の解体ならびにマニユフアクチュアの台頭は、次第に、すべての労働部門を資本によって経営されるものに転化させていく。--もっとも、都市そのものもまた、非ツンフト的な日雇い、下働き、等々のかたちで、本来の賃労働のための一要素を含んでいる。--〉(草稿集②171-172頁)

《61-63草稿》

 〈18世紀の後半には、労賃は絶えず下がり、人口は驚くほど増加し--そして機械もそうであった。しかし、まさにこの機械こそが、一方では現存人口を過剰にし、それによって労賃を引き下げ、他方では、世界市場の急速な発展の結果として、その人口を再び吸収し、また再びそれを過剰にし、また再びそれを吸収したのであって、同時に他方ではそれが資本の蓄積を異常に促進したのであり、可変資本を量の点で増加させたのである。といっても、この可変資本は、生産物の総価値およびそれが雇用する労働者数のどちらと比べても、相対的には減少したのであるが。これに反して、18世紀の前半には、まだ大工業はな/く、分業に基づくマニュファクチュアが存在したにすぎない。資本の主要成分は依然として労賃に投下される可変資本であった。労働の生産力は発展したが、しかし、その世紀の後半に比べれば緩慢であった。資本の蓄積とともに、ほとんど比例的に、労働にたいする需要は増大し、したがって労賃も上がって行った。イギリスはまだ本質的には農業国であった。そして農業人口によって営まれる非常に広がった家内的マニュファクチュア(紡績と織布のための)が引き続き存在し(まだそれ自身拡大しつつあった)。単に働くだけのプロレタリアートはまだ発生しうるまでに至っていなかったのであり、それは当時工業の百万長者がほとんどいなかったのと同様であった。18世紀の前半には相対的に可変資本のほうが優勢であり、その後半には国定資本のほうが優勢であった。しかし、この固定資本は大量の人的資源を必要とする。大規模にそれを採用するには、人口の増加が先行しなければならない。だが、この事態の全進行は、ここで一般に生産方法の変化が生じたことが明らかであるかぎりでは、バートンの説明と矛盾する。すなわち、大工業に相応する諸法則と、マニュファクチュアに相応する諸法則とは同じものではない。後者は、ただ、前者への一つの発展段階を形成するにすぎない。〉(草稿集⑥812-813頁)
  〈商業資本は、いろいろな形態で産業資本に従属させられるか、または、同じことであるが、産業資本の機能となり、特殊な一機能を果たす産業資本となる。商人は、商品を買わないで、賃労働を買い、この賃労働で商品を生産して、この商品を商業のための販売用とする。しかし、これによって商業資本そのものは、それが生産に対立してもっていた固定形態を失う。こうして中世の同職組合はマニュフアグチュアから挑戦を受け、手工業はより狭い範囲に閉じ込められた。中世には商人は(イタリアやスペインなどに散在していたマニュファクチュア発達地は別として)、単に、生産された--都市の同職組合によってであれ農民によってであれ--商品の問屋でしかなかった。このような、産業資本家への商人の転化は、同時に、産業資本の単なる一形態への商業資本の転化でもある。他方では生産者が商人になる。たとえば製布業者が彼の材料を継続的に少しずつ商人から受け取って商人のために労働するということをやめて、彼自身が自分の資本などに応じて材料を買うようになる。いろいろな生産条件が、彼自身によって買われた商品として、過程にはいる。そして、個々の商人や特定の顧客のために生産するのではなくて、今や製布業者は商業世界のために生産する。第一の形態では、商人が生産を支配し、商業資本が、それによって動かされる手工業や農民的家内工業を支配する。産業は商人の従属物である。第二の/形態では、生産は資本主義的生産に転化する。生産者自身が商人である。商業資本はただ流通過程を媒介し、資本の再生産過程における一定の機能を行なうだけである。これが二つの形態である。商人は商人として生産者になり、産業資本家になる。産業資本家は、生産者は、商人になる。元来、産業資本は、ただ、商品流通しかも商業にまで発展させられる商品流通という前提のうえに形成されるにすぎないのだから、商業は、同職組合的生産や農村的-家内工業的生産や封建的農業生産の資本主義的生産への転化のための前提である。商業は生産物を商品に発展させる。なぜならば、商業は一つには生産物に市場をつくりだすからであり、一つには新たな商品等価物をつくってやるからであり、一つには生産に新たな材料を供給し、こうして、はじめから商業に基づいており、市場のための生産に基づくとともに世界市場からくる諮生産要素に基づいている生産様式を開始するからである。16世紀には、いろいろな発見やマーチャント・アドヴェンチャラーズこそが、マニュファクチュアをひき起こしたものである。このマニュファクチュアがいくらか強固になれば、そしてさらに大工業としていっそう強固になれば、それはそれ自身で市場を創造し、それを征服し、部分的には力ずくで自分のために諸市場を開くが、それらの市場を自分の商品そのものによって征服する。それからは商業はもはや工業生産の召使でしかなくなり、工業生産にとっては絶えず拡大される市場が生活条件になっている。というのは、商業の既存の限界によっては(商業が現存の需要を表わすかぎりでは)制限されないでただ既存の資本の大きさと労働の生産力の発展とによってのみ制限されている絶えず拡大される大量生産は、絶えず既存の市場を氾濫させ、したがって市場の限界を絶えず拡大し遠ざけることに努めつつあるからである。ここでは商業は産業資本の召使であって、産業資本の生産条件から生ずる一機能を行なうのである。植民制度によって(禁止的関税制度と同時に)、最初の発展期における産業資本は、暴力的に一つの市場またはいくつもの市場を確保しようとする。産業資本家は世界市場に面している。産業資本家はそれ自身の費用価格を単に国内の市場価格とだけではなく全世界市場でのそれと比較するのであり、したがってまた絶えずそれと比較しなければならないのである。彼は絶えずこのことを顧慮しながら生産する。この比較は初期にはただ商人階級だけの仕事であり、したがって商業/資本のために生産的資本にたいする支配権を保証するのである。〉(草稿集⑦427-429頁)
  〈「マニュファクチュアと工場。いくつもの手工業が集まり一つの目的に向かって仕事をする。商品を直接に入手でこしらえるか、人手が不足するときは機械でつくるという場合、ひとはマニュファクチュアと呼んでいる。商品の生産に炉火と槌が使用される場合、ひとは工場〔と呼んでいる〕。たとえば、陶器やガラスの製造など、大規模に行なわれるほかないいくつかの仕事は、それゆえ手工業ではありえない。すでに13、14世紀には、織物のような若干の労働は、大規模に営まれていた。
    18世紀には、たくさんの学者が過去の手工業やマニユ/フアクチュアや工場を精確に学びとることを熱心な目標とした。いく人かは、そこから特殊な学問分野をつくった。ようやく近時になって、力学、物理学、化学などと手工業(生産、というべきだ)との結びつきが正当に認識されたのである。以前には、仕事場では、もろもろの規則やならわしが親方から職人へ、徒弟へと伝えられ、それが保守的な伝統〔をつくった〕。かつては、偏見が学者にたいして対立していた。1772年に、ベツクマンがはじめて技術学〔Technologie〕という名称を使用した。すでに18世紀の前半に、イタリア人ラマッツィーニは、工芸家と手工業者の病気について論文〔を書いている〕。包括的な技術学は、レオミュールショウにはじまる。レオミュールは、フランス科学ア力デミーに一つのプランを提出した。ここから、『王立科学ア力デミーの会員によって作成ないし承認された、工芸の記述』、1761年初め、パリ(2つ折本)。」}〉(草稿集⑨64-65頁)

《初版》

 〈分業にもとづく協業は、マニュファクチュアにおいて、典型的な姿を身につける。マニュファクチュアが資本主義的生産過程の特徴的な形態として優勢になるのは、大ざっぱに言って、16世紀の半ばから18世紀の最後の3分の1期まで続く本来のマニュファクチュア時代のあいだである。〉(江夏訳382頁)

《フランス語版》

 〈分業を基礎とするこの種の協業は、マニュファクチュアにおいてその古典的な形態を帯び、およそ16世紀の半ばから18世紀の最後の3分の1期まで続く厳密な意味でのマニュファクチュア時代のあいだ優勢を占める。〉(江夏・上杉訳349頁)

《イギリス語版》

  〈(1) 分業に基づく協同作業は、工場手工業においてその典型的な形式を身に纏う。そして、正確にそう呼ばれる工場手工業時代全期において、資本主義的生産過程に広く行き渡った特徴的な形式となった。その時期とは、おおまかに云えば、16世紀中頃から18世紀の後半1/3期に渡る。〉(インターネットから)


●第2パラグラフ

《61-63草稿》

 〈分業が、まず既存の作業場を基礎として諸作業をさらに分解し、それらの作業のもとに一定数の労働者を包摂してゆく方向で発展するかぎりでは、それは分割を続けていくものであるのにたいして、分業はまた、その反対に、「詩人のばらばらにされた四肢〔disjecta membra poetae〕」が、以前にはそれだけの数の独立した商品として、したがってまたそれだけの数の独立した商品所有者の生産物として互いに並んで自立的に存在していたかぎりでは、それらのものの一つの機構への結合でもあるのであって、これはアダム〔・スミス〕がまったく見落としていた側面である。〉(草稿集④433頁)
  〈馬車マニュファクチュア。〔馬車の製造〕では、車大工のほかに、いろいろな独立の手工業者が働いていた。馬具工、指物工、錠前工、真鍮工、ろくろ工、レース工、ガラス工、画工、塗工、メツキ工などである。のちには、これらの労働者は馬車工場のなかで一つにまとめられ、互いに協力して働いた。」(ヨハン・モーリツ・ポッペ『……技術学史』330ページ。)〉(草稿集⑨62頁)

《初版》

 〈マニュファクチュアは二様の仕方で発生する。
  生産物が最終的に完成されるまでには多種の独立手工業者の手を経なければならないのだが、これら独立手工業の労働者たちが同じ資本家の指揮のもとで一つの作業場内で結合されるというのが、一方のほうのやり方である。たとえば、1台の馬車は、車大工、馬具師、木工師、錠前師、真鍮(シンチュウ)細工師、ろくろ師、レース製造職、ガラス師、ペンキ師、塗物師、メッキ師等々のような多数の独立手工業者の労働の全体生産物であった。馬車マニュファクチュアでは、これらのいろいろな手工業者が全員、一つの作業場内でひとまとめにされ、お互いに同時に助けあう。確かに、馬車は製作される前にメッキされることはありえない。ところが、多数の馬車が同時に製作されれば、ある部分が生産過程の前のほうの段階を通過しているあいだに、他の部分は不断にメッキされうるのである。この点まででは、われわれはまだ、有り合わせの人と物とを材料とする単純な協業の域を脱していない。ところが、やがてある重要な変化が起きる。馬車の製造だけに従事している木工師や錠前師や真鍮細工師等々は、自分の従来の手工業をそれの全範囲にわたって営む習慣もそうする能力をも、しだいに失ってゆく。他方、彼の一面化された行動が、いまでは、せばめられた活動領域のための最も合目的な形態を与えられる。最初は、馬車マニュファクチュアは、独立した手工業の結合体として現われていた。それは、しだいに、馬車生産をそれのいろいろな特殊作業に分割したものになり、これらの作業の各個が、1人の労働者の専有職分に結晶し、これらの作業の全体が、これらの部分労働者の結合体によって行なわれるようになる。織物マニュファクチュアやたくさんの他のマニュファクチュアも、同様に、同じ資本の指揮のもとでのいろいろな手工業の結合から生じたのである(26)。〉(江夏訳383頁)

《フランス語版》

 〈マニュファクチュアは二重の起源をもっている。
  種々の手工業職人--ある生産物が完成するためには彼らの手を通らなければならない--が、同じ資本家の命令のもとに単一の作業場に集められることがある。四輪客馬車は、車大工、鞍打工、木工師、錠前師、革帯工、轆轤(ロクロ)工、飾り紐工、ガラス工、ペンキ工、ニス塗工、金メッキ工等々のような相互に独立した多数の手工業者の労働の集団生産物であった。四輪客馬車マニュファクチュアは、彼ら全員を、彼らが同時に手を携えて労働する同じ場所のなかに集めた。確かに、1台の四輪客馬車はそれが出来上がる前に金メッキすることはできないが、多くの四輪客馬車を同時に作れば、ある馬車が別の製造工程を通りぬけているあいだに、ほかの馬車は金メッキ工に絶えず仕事を提供するわけである。ここまではわれわれはまだ、その材料が人と物のかたちですっかり用意されているような単純な協業の域内にとどまっている。しかし、やがてある本質的な変化がそこに生ずる。四輪客馬車の製造だけに従事している木工師、革帯工、錠前工などは、自分の手工業をその全範囲にわたって営む習慣と一緒に、そうする能力をも少しずつ失ってゆく。他方、い/までは一つの専門に限られている彼らの手腕が、この狭い活動範囲に最も適した形態を獲得する。初めは、四輪客馬車マニュファクチュアは独立した諸手工業の結合として現われた。このマニュファクチュアは、四輪客馬車の生産をそのさまざまな特殊工程に分割したものに、だんだんとなるが、これらの工程のおのおのが1人の労働者の特有の仕事として結晶し、これらの工程の全体がこれらの部分労働者の結合によって遂行される。織物マニュファクチュアその他多数のマニュファクチュアもこのように、同じ資本の指揮のもとでの種々の手工業の結集から生じたのである(1)。〉(江夏・上杉訳349-350頁)

《イギリス語版》

  〈(2) 工場手工業は、その起源を、次の二つの経路に持っている。

  (3) ( 1.) 一人の資本家の指図下にある一つの工場に集められた労働者は、独立した様々な手工業に所属しているが、ある与えられた品物は、完成のためには、彼等の手を通らなければならない。例えば、馬車であるが、以前は、非常に多くの独立した手工職人達の労働による生産物であった。すなわち、車輪作り職人、馬具職人、幌職人、金具、シート、ろくろ、房飾り、ガラス、塗装、磨き、金箔貼り 等々の職人達の であった。しかし、馬車の工場手工業では、これらの様々な職人達が一つの建物内に集められて、お互いに相手の手の間々で仕事をする。確かに、馬車はそれが形になる前に、金箔を貼ることはできない。だが、数多くの馬車を同時に製作しているとすれば、そのうちの幾つかが金箔貼り工の手に掛かっている間、他の台数はその前の工程を進行している。そこまでならば、我々は、使う材料等を人と物の形で見つけ出す単純な協同作業の領域内に依然として留まっている。だが、直ぐに重要なる変化がやって来る。仕立屋だろうが、鍛冶屋だろうが、その他の工芸職人だろうが、今や、馬車製作そればっかりに従事させられ、彼の昔のありとあらゆるものづくりをこなしたあの能力を、それらの仕事が無くなることから、徐々に失うことになる。そして他方、彼の能力は、狭い行動局面に最適化された形式という溝に閉じ込められることになろう。当初は、馬車製作は、様々な独立した手工業の組み合わせである。それがある程度経過すれば、それが、馬車製作という様々な細かな工程に分割されて、それぞれが特定の労働者の排他的な機能に結晶化してしまう。工場手工業は、全体として、それらの人々の接合によって運用される。同様に、布製造手工業も、その他の全ての工場手工業も、一人の資本家による支配の下に集められた、それぞれ異なる手工業の組み合わせとして表れることになる。*1〉(インターネットから)


●原注26

《61-63草稿》

 〈ブランキは、前に示唆した箇所で、「大マニュファクチュアの組織のもとに従属した労働者の規制された、そしていわば強制された労働」[13ページ]と、農村住民の手工業的な、または家内副業として営まれている工業とを区別している。「マニュファクチュアの罪は、……労働者を隷属させ、労働者を……彼と彼の家族を、仕事の意のままにさせるところにある。[118ページ]……たとえば、/ルアンかミュルーズの工業をリヨンかニームの工業と比べてみるがよい。いずれも二つの繊維の、すなわち一方は綿、他方は絹の製糸と織物を目的としている。だが、両者に似たところはまったくない。ルアンやミュルーズの工業は、広大な建物の中で、資本の力に頼って……真に一軍勢といえるほどの労働者をもって行なわれているものばかりであって、そこでは、兵舎に似た、塔のように高い、銃限のような窓で穴だらけの巨大な工場に、何百、何千もの労働者が閉じ込められている。それと対照的に、リヨンやニームの工業は、まったく家父長制的である。それはたくさんの婦人や児童を使用しているが、彼らを疲れ果てさせたり堕落させたりするようなことはない。それはドゥローム、ヴァール、イゼール、ヴォグリューズの彼らの美しい谷間に彼らを置いたままで、彼らに蚕を飼わせ、繭から糸を紡がせる。それはけっして真の工場経営にはならない。この工業でも前者でと同じように分業の原則が守られてはいるが、ここではこの原則は一つの独自な性格を帯びている。そこには糸繰り工も糸撚り工も捺染工も糊付け工もいるし、また織物工もいる。だが彼らは同じ一つの建物に集められてはいないし同じ一人の雇主に従属してもいない。彼らはみな独立している。彼らの道具、彼らの織機、彼らのボイラーから成る彼らの資本は、あまり大きいものではないが、しかしそれは、彼らを雇主とある程度まで対等な位置におくには十分なものである。ここには、工場規則も忍従すべき条件もない。各人は、まったく自由に、自分のために契約するのである。」(ブランキ兄『産業経済学講義』、A・プレーズ編注、パリ、1838-1839年、44-80ページの各所。)〉(草稿集④457-548頁)

《初版》

 〈(26) マニュファクチュアのこういった形成様式のもっと近代的な一例を上げるために、次の引用句を示しておく。リヨンやニームの絹紡績業や絹織物業は「全く家父長制的である。それは、たくさんの女や児童を使っているが、彼らを疲れ果てさせ/ることもなければ墜落させることもない。それは、ドヮローム川やヴァール川やイゼール川やヴォクリューズ川の美しい谷間に彼らを住まわせたままで、そこで蚕を飼わせ、繭の糸を繰り取らせる。それはけっして本式の工場になっていない。そこでは分業の原則が、とにかく守られているために、……ある特殊な性格を帯びている。確かに、糸繰り職も糸撚り職も染物職も糊付け職もいれば、機織り職もいる。ところが、彼らは、一つの同じ作業場のなかに集められていないし、1人の同じ雇主に従属してもいない。彼らは全員独立している。」(A・ブランキー『産業経済学講義、A・ブレーズ編、パリ、1838-39年』、44-80ページの各所。)ブランキーがこれを書いてからも、いろいろな独立労働者が、一部、工場内に集められた。〉(江夏訳383-384頁)

《フランス語版》

 〈(1) もっと新しい一例。リヨンやニームの絹紡績業は「全く家父長的である。それは多数の婦入や児童を使うが、彼らを疲れ果てさせることもなければ、堕落させることもない。それは、彼らをドローム川やヴァール川やイゼール川やヴォークリューズ川の美しい渓谷のなかに住まわせたままで、そこで蚕を飼わせ、繭を繰りとらせる。それはけっして本式の工場にはならない。そこでは分業の原則が、とにかく守られているために、……一つの特殊な性格を帯びている。確かに、糸繰り工も糸撚り工も染物工も糊付工もいれば、織物工もいる。だが、彼らは一つの同じ建物のなかに集められもせず、1人の同じ雇主に従属してもいない。彼らはみな独立している」(A・ブランキ『産業経済学講義』、A・ブレーズ編、パリ、1838-39年、78ぺージおよび79ページ)。ブランキがこれを書いてから、さまざまの独立労働者が多かれ少なかれ工場のなかに集められた。〉(江夏・上杉訳350頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *1 より近代的な例を示す。リヨンとニームの絹紡績と絹織物業である。「これらの業種は、全くの家父長制で、大勢の婦人と子供を雇用しているのだが、疲労や荒廃に追い込んだりはしない。そこでは人々をドロームや、バール、イゼール、ボークルーズの、彼等の美しき谷に住まわせ、彼等の蚕を育て、彼等の繭をほどく、真の工場製造業には決してならない。とはいえ、労働の分業の原理は、ここでも特別の性格を示す。そこには、明らかに、糸巻工、糸繰り工、染色工、整糸工、そして最終的には機織り工が存在している。だが、彼等は同じ工場建屋に集められてはおらず、一人の工場主に依存もしていない、彼等はすべて独立した存在なのである。」( A. ブランキ 「産業経済学講座」A. ブレイズ偏 パリ 1838-39 ) (フランス語 ) ブランキがこの様に書いた以後においては、ある程度は、様々な独立の労働者達は、工場の中に結合された。[そして、マルクスが上のように書いた後は、力織機がこれらの工場に侵入し、そして、今1886年では手織り機に取って代わりつつある。(ドイツ語版第4版に付け加えた。(イタリック) クレフィールド絹産業もまた、明らかにこの主題を示す話しを持っている。) フレデリック エンゲルス ]〉(インターネットから)


●第3パラグラフ

《61-63草稿》

 〈自動作業場
    製紙工場。(現代の。)かつて17世紀と18世紀のはじめには、とくに、オランダの製紙工場は、本格的な、非常に発達をとげた本格的なマニュファクチュアであった。部分的に個々の工程では、最初は手動機械(ミューレ)が、それから水力あるいは風力機械(ミューレ)が使用されていた。〉(草稿集⑨78頁)

《初版》

 〈ところが、マニュファクチュアはこれと反対の道を通っても生ずる。同じことまたは同種のことを行なう、たとえば紙とか活字とか針とかをつくる多数の手工業者が、同じ資本によって同時に同じ作業場で働かされる。これは最も単純な形態の協業である。これらの手工業者はめいめい(おそらく1人か2人の職人と一緒に)完成商品を作り、したがって、完成商品の生産に必要ないろいろな作業を順々になしとげる。彼は引きつづき、自分の古い手工業的なやり方で働く。にもかかわらず、やがて外部的な事情が働いて、労働者を同じ場所に集めるようになり、また、彼らの労働を別のやり方で同時に利用するようになる。たとえば、かなり多量の完成商品を一定期間内に供給しなければならないとする。このために労働が分割される。いろいろな作業を同じ手工業者に時間を追って順々に行なわせることをやめて、それらの作業を互いに引き離し、分立させ、空間的に並べ、それぞれの作業を別々の手工業者に割り当て、すべての作業が一緒に、協業者たちの手で同時に行なわれるようにする。こういった偶然的な分割が、繰り返され、特有な利点を発揮し、だんだんと組織的な分業に骨化する。商品は、多種多様なことをする1人の独立手工業者の個人的な生産物から、めいめいが絶えず同一の部分作業だけを行なう手工業者から成る結合体の社会的な生産物に、転化するのである。ドイツの同職組合の製紙業者では次々に行なわれる仕事として互いに入り混っていた諸作業が、オランダの製紙マニュファタチュアでは、多数の協業労働者が相並んで行なう部分作業として、独立させられている。ニ/ュルンベルタの同職組合の製針業者は、イギリスの製針マニュファクチュアの基本要素になっている。ところが、ニュルンベルクの製針業者は、おそらく20にのぼる一連の作業を1人で順々に行なっていたが、他方、イギリスの製針マニュファクチュアでは、まもなく、20人の製針工が並行して、めいめい20の作業のうちの一つだけを行なったのであって、これらの作業は、経験にのっとり、もっとずっと細分され分立させられて、個々の労働者の専有職分として独立させられた。〉(江夏訳384-385頁)

《フランス語版》

 〈だが、マニュファクチュアは、これとは正反対の仕方でも生ずることがありうる。紙や印刷活字や針などの同じ物品を各人とも製造する多数の労働者が、同じ資本によって同じ作業場内で同時に使われることがありうる。これは最も単純な形態の協業である。これらの労働者はめいめい(おそらく1人か2人の職人と一緒に)、さまざまの必要な作業をつぎつぎに行なうことによって、また、彼の旧式な様式にしたがって労働しつづけることによって、完成品を作る。しかし、やがて外部の事情が働いて、同じ場所への労働者の集中と彼らの労働が同時に行なわれることが、別の仕方で行なわれるようになる。たとえば、いっそう多量の商品が一定期間内に引き渡されなければならない。このばあいには労働が分割される。さまざまな作業を同じ労働者につぎつぎに行なわせるかわりに、これらの作業を引き離し、ばらばらにし、次いでおのおのの作業を1人の特殊な労働者にまかせて、すべての作業がひっくるめて、協業者たちによって同時に、並行して行なわれる。最初は偶然に行なわれたこの分割が繰り返され、その特有の利点を発揮し、しだいに体系的/な分業に骨化する。商品は、多数の物を作る1人の独立労働者の個人的生産物から、各人が絶えず同じ細部作業のみを行なう労働者の集まりの社会的生産物になる。ドイツの同職組合の製紙業者では次々に行なわれる労働として互いに噛み合って行なわれていた諸作業が、オランダの製紙マニュファクチュアでは、一つの協業集団のさまざまな成員によって並行して行なわれる細部作業に変わったのである。ニュルンベルクの製ビン業者は、イギリスの製ビン・マニュファクチュアの基本的要素である。だが、前者はおそらく20種におよぶ一連の作業を次々に行なっていたのに、後者では20人の労働者がめいめいに、まもなく、これらの作業--これらはその後の経験の結果さらにずっと細分され、ばらばらにされた--のうちのただ一つを遂行したのである。〉(江夏・上杉訳350-351頁)

《イギリス語版》

  〈(4) ( 2.) 工場手工業は、また、このような多様な職種の寄せ集めとは全く違った方法でも現われる。多くの手工職人達が、一人の資本家によって同時に雇用され、彼等はすべて同じ仕事をするか、同じ種類の仕事をする。例えば、製紙、活字、または縫い針である。この協同作業は、それの、最も初期的な形式である。これらの各手工職人達は、( 多分一人または二人の見習い工とともに ) 商品の全体を作る。従って、彼は、その生産に必要な作業のすべてを一連のものとして作業する。彼は依然として、彼の古き手工芸的な方法で作業する。しかし直ぐに、外部状況が、労働者を一ヶ所に集めて、彼等の仕事を同時に行うようにするために、違った使い方を始める。恐らく品物のある増加量がある与えられた期間内に配送されなければならない、となれば、作業は再分割再構成される。それぞれの者が一連のすべての様々な作業を行うことが許されていたのに代わって、これらの作業が互いに関連のない個別の系列に変えられ、同じように並んだ、別の職人のそれぞれによってなされるようになる、そして彼等のすべての作業が平行して、同時に、共に協同作業する労働者達によって遂行される。この偶然の繰り返しがさらに繰り返されて、それ自体の有利さをさらに発展させ、そして次第に、組織的な労働の分業へと硬直化する。商品は、独立した手工職人の個々の生産物であることから、手工職人の結合体の社会的な生産物となる。職人達のそれぞれは、一つの作業をし、ただ一つの作業をし、ある一構成要素の部分的作業を行う。ドイツのギルドに属する製紙業のケースでは、同じ作業が互いに混ざり合って連続した一つの手工職人の仕事となっていたが、オランダの製紙工場手工業では、多くの部分的作業として、並んで、多くの協同作業労働者達によって行われた。ニュールンベルグの針製造ギルドは、以後の英国の針製造業が成立する基礎石となった。そうではあるが、ニュールンベルグでは、一人の手工職人が、多分20程の作業を次々に行うものであったが、英国では、今では、20の針手工職人らが並んで、それらの20の作業の一つを行った。そして、そのさらなる経験の結果として、それらの20の作業はさらに分割され、個別化され、分断された労働者の排他的な機能というべき体をも作り上げた。〉(インターネットから)

  (付属資料(2)に続く。)

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『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(9)

2024-08-30 15:00:33 | 『資本論』

『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(9)


【付属資料】(2)


●第4パラグラフ

《61-63草稿》

 〈しかしながら結合〔Kombination〕--分業におけるこの協業は、もはや同じ諸機能の並列ないし一時的配分として現われるのではなく、諸機能の一全体をその構成部分に特殊化したうえでこれらのさまざまな構成部分を一つに結びつけるものとして現われる--は、いまでは次のように二重に存在する。すなわち〔結合は一方では〕、生産過程そのものを観察するかぎり、作業場(アトリエ)全体のなかに存在する。かかる全体機構としての作業場(アトリエ)は(実際にはそれは労働者の協業の定在、生産過程における彼らの社会的なふるまいにほかならないにもかかわらず)、労働者にたいして彼らを支配し包括する外的な力(Macht〕として対立しており、実際に資本そのもの--労働者の一人ひとりがそのもとに包摂されており、彼らの社会的生産関係がそこに属している--の力〔Macht〕として、またその一つの存在形態として対立している。〔結合は〕他方では、完成生/産物のなかに存在するのであり、この生産物は、これはまたこれで資本家に帰属する商品なのである。〉(草稿集④444-445頁)
  〈労働者自身にとっては、もろもろの活動の結合〔Kombination〕は生じない。それどころか、この結合は、それぞれの労働者ないしそれぞれある数の労働者たちを集団的に包摂している一面的な諸機能の結合である。労働者の機能は、一面的であり、抽象的であり、部分である。そういうものから形成される全体は、まさに、労働者がこのようにほんの部分的定在であり個々の機能において孤立させられていることにもとづいている。つまりそれは、労働者を自己の部分とする、彼の労働が結合されていないことを基礎とする、そういう結合なのである。労働者たちは、この結合の建築素材〔Baustein〕をなしている。だが、この結合は、彼ら自身に属する、また結合された〔vereinigt〕労働者としての彼らのもとに包摂されている関係ではないのである。以上は同時に、ポッター氏の、分割に対立する結合と協同という美辞麗句について〔の批評〕でもある。〉(草稿集④445頁)
  〈マニュファクチュアは、手工業から2つの道をとおって現われる。(1)単純協業。同じ仕事をする多数の手工業者が手工道具をたずさえてひとつの作業場に集積すること。これは、往時の織布マニュファクチュアとつづく仕上げ加工マニュファクチュアとの特徴だった。そこでは、分業はほとんど行なわれていない。せいぜい、準備とか仕上げとか、若干の副次的作業にかんして行なわれるにすぎない。この場合の節約は主として、建物・炉などのような一般的な労働条件の共同利用〔から生まれるのである〕。総じて資本主義的生産に固有の要素である工場主の監督〔についても同様〕。
  ユアは、『工場哲学』第2巻でこう語っている。(83、84ページ。)
  「しかしながら、次のことは言っておく必要がある。手労働は労働者の気まぐれから多かれ少なかれ中断される。それゆえ手労働は、休むことのない規則的な力で動かされる機械のそれと較べられるような、年あるいは週生産物を平均的に与えることはけっしてないということである。/このために、自宅で働く織工が週の終わりに、もし彼らが織機を毎日12時間から14時間、労働の反復によってそのあいだ休まず同じ速さで動かしたなら生産できたはずのものの半分以上を生産していることはめったにないのである。」
  (2)多数の独立した部門に分割されている手工業を1工場において結合すること。分割は、手工業でも見られるが、しかし、その各部分は自立した手工業として営まれているのである。工場は、この孤立性と自立性の否定である。相違は次の点に要約される。すなわち、特殊な労働は、生産物をもはや特殊な商品として生産するのではなく、たんに1商品を完成するための部分として生産するだけである。特殊的になっている生産物は、このようなものとしては商品であることをやめる。これまで分かれていたものがひとたび結合されると、このようにして成立した自然生的なマニュファクチュアを基盤にして、その細分がさらに発展し、その部分に分割され、自動式〔self acting〕になる。ばらばらの手工業のマニュファクチュアへのこの結合に相当するのは、大工業の内部では、一方の工場が半製品をつくり、他方の工場がそれを原料として加工するという工場の結合である。紡績と織布の場合がそうである。そのためには、両方の部門がそれぞれすでに機械的経営様式にしたがっていることが前提になる。〉(草稿集⑨118-119頁)

《初版》

 〈したがって、マニュファクチュアの発生様式、手工業からのマニュファクチュアの創出は、二面的である。一面では、ニュファクチュアは、いろいろな種類の独立手工業の結合から出発し、これらの手工業は、独立性を奪われ一面化されていて、もはや、同一商品の生産過程で互いに補足しあう部分作業でしかなくなる。他面では、マニュファクチュアは、同種の手工業者たちの協業から出発し、同じ個々の手工業をそれのいろいろな特殊作業に分解し、これらの特殊作業を分立させ独立させて、それぞれの特殊作業が1人の特殊労働者の専有職分になるようにする。だから、マニュファクチュアは、一面では、分業を生産過程に導入するかまたは分業をいっそう発展させ、他面では、以前には別々であった手工業を結合する。だが、マニュファクテュアの特殊な出発点がどちらであろうと、それの最終の姿は同じもの--人間を器官にする生産機構である。〉(江夏訳385頁)

《フランス語版》

 〈だから、マニュファクチュアの起源、手工業からのマニュファクチュアの由来は、二重の面を示す。一方では、マニュファクチュアはさまざまの独立した手工業の結合を出発点とするのであって、これらの手工業は、同一商品の生産における相互に補足しあう部分作業にすぎなくなるほどに、分解され単純にされる。他方では、マニュファクチュアは、同種の手工業者の協業をとらえ、この手工業をそのさまざまな作業に分解し、これらの作業を、そのおのおのが部分労働者の専門機能になるほどにばらばらにし独立させる。したがって、マニュファクチュアは、ある時は分業を一つの手工業のうちに導入するかまたはこれを発展させ、ある時は別々の分立した諸手工業を結合する。だが、マニュファクチュアの出発点がどうあろうとも、その最終形態は同じもの--人間が肢体になっている生産有機体--である。〉(江夏・上杉訳351頁)

《イギリス語版》

  〈(5) この様に、手工芸から成長した、これらの工場手工業の成立様式は、二重なのである。一方では、様々な独立した手工芸の結合から産み出された。そしてそれは、彼等の独立性を細切れにして、一つの特定の商品の生産の補助的な部分的な工程へとどこまでも小さくされてしまった。他方では、一工芸部門の職人達の協同作業から産み出された。そしてそれは、その特定の手工芸を様々な細目の作業へと分割した。孤立化させ、そしてこれらの作業を、特定の労働の排他的な機能に行き着くまでに、互いに独立したものにしてしまった。従って、一方では、工場手工業は、労働の分業を生産過程に導入するか、またはその分業をさらに発展させた。また一方で、形式的には分離した手工芸を一緒に結合した。その特定の開始点がどうであれ、その最終的な形式は、少しも変わる所が無い、その部分が人間である同じ生産機構なのである。〉(インターネットから)


●第5パラグラフ

《初版》

 〈マニュファクチュアにおける分業を正しく理解するためには、次の諸点をしっかり捉えておくことが重要である。第一に、生産過程をそれの特殊な諦段階に分解することが、このばあいには、一つの手工業的活動をそれのいろいろな部分作業に分解することと、全く一致する。複合されたものであろうと単純なものであろうと、作業は、相変わらず手工業的であり、したがって、個々の労働者が自分の道具を操作するさいの力や熟練や敏速さや確実さに依存している。手工業が相変わらず基礎になっている。このせまい技術的基礎は、生産過程の真に科学的な分解を排除する。と/いうのは、生産物が移行してゆくそれぞれの部分過程は、手工業的な部分労働として行なわれうるものでなければならないからである。手工業的な熟練がこのように相変わらず生産過程の基礎であるからこそ、めいめいの労働者はもっぱら一つの部分機能に同化されて、彼の労働力はこの部分機能の生涯の器官にされてしまう。最後に、この分業は、協業の特殊な種類であり、この分業の利点の多くは、協業の一般的な本質から生ずるのであって、協業のこの特殊な形態から生ずるものではない。〉(江夏訳385-386頁)

《フランス語版》 フランス語版ではこのパラグラフは三つのパラグラフに分けられているが、一緒に紹介しておく。

 〈マニュファクチュアにおける分業を適切に評価するためには、次の二点をけっして見失わないことが肝要である。第一に、ここでは、生産過程をその特殊な諸段階に分解することが、手工業者の手仕事をそのさまざまな手作業に分解することと全く一致している。複雑であろうと単純であろうと、作業は依然として、労働者の手が道具を取り扱うさいの力や熟練や速さや確実さに依存している。手工業が依然として基礎である。この技術的な基礎は、仕事の分解を、非常に狭い限界内でしか許さない。労働対象が通りぬけてゆく個々の部分工程が手の仕事として実行可能なものでなければ/ならず、それがいわばそれだけで独自の手工業を形成しなければならないのである。
  まさしく手工業の熟練が依然としてマニュファクチュアの基礎であるからこそ、マニュファクチュアでは、個々の労働者は全生涯を通じ一つの部分機能に適合させられるのである。
  第二に、マニュファクチュア的分業は一つの特殊な種類の協業であり、その利点の多くは、協業のこの特殊な形態から生ずるのではなく、協業の一般的な本性から生ずるのである。〉(江夏・上杉訳351-352頁)

《イギリス語版》

  〈 (6) 工場手工業における労働の分業を適切に理解するためには、次の各点をしっかりと把握することが必須である。その第一は、生産過程を様々な一連の工程へと分解することであって、ここでは、厳密に、一対一で手工芸のそれの一連の手の作業と同一の工程への分解である。そのそれぞれの作業は、複雑なものであれ単純なものであれ、手をもってなされねばならず、手工芸の性格を保持しており、それゆえに、道具を使う個々の作業者の力、熟練、理解の早さ、そして確かな腕に係っている。手工芸がその基礎として継続している。この狭い技術的な基礎が、いかなる明確な工業的生産過程の、真に科学的な、分析をも排斥している。以来、依然として、生産物によって通過される細目の工程は、孤立化している手工芸の方法によって、つまり、手とその加工によってなされるものでなければならない。それは、まさに、手工芸的技能が継続しているからに他ならない。この方法によって、生産過程の基礎が継続しているからで、それぞれの労働者は、部分的な機能に排他的に割り当てられており、そして、それが彼の人生のすべてであり、彼の労働力はこの細目機能の器官へと変えられる。
  (7) その第二は、この労働の分業は特別な種類の協同作業であり、そして、その多くの欠陥は協同作業の一般的性格から惹起するものであって、その特定の形式から惹起するものではない。 (disadvantages と英訳されている部分である。訳者注: 普通は短所とか不利益部分とか訳されるところだと思う。分断的細目化部分の労働の協同作業は直ぐに欠陥を曝露するのであろう。この先でマルクスが当時の状況の中から何を云うのかは分からないのだが、この私が訳した「欠陥」を、なんと「利益の多くは」と向坂訳は日本語文字に置き換えている。これでは、意味が正確に伝わることにはならないと思う。協同作業の利点から、いよいよ欠陥に言及する場面であって、振り出しに戻るような話のままではないのである。単に単語の置き換え問題であるから、向坂訳の紹介は省くが。) 〉(インターネットから)


  第2節  部分労働者とその道具


◎第2節の表題


《初版》  節に分けられていない。

《フランス語版》

  〈第2節 部分労働者とその道具〉

《イギリス語版》

  〈第2節 細目区分労働者と彼の道具〉


●第1パラグラフ

《61-63草稿》

 〈家父長制的あるいは手工業的経営では労働者が自己の製品を仕上げるために順々に遂行する、また彼の活動の異なった様式として互いにからみあい時間的に継起して交替するさまざまな作業が、つまり彼の労働が順次に通過しそのたびごとにかたちを変えるさまざまな段階が、いまや自立した作業ないし過程として、相互に引き離され、孤立させられる。このような単純かつ単一な過程のそれぞれが特定の労働者または一定数の労働者たちの専有機能となることによって、この自立性は固定され、人格化される。彼らはこれらの孤立した議機能のもとに包摂される。労働が彼らのあいだに配分されるのではない。彼らがさまざまな過程のあいだに配分されるのであり、それらの過程のそれぞれが--彼らが生産的な労働能力として活動するかぎり--彼らの専有の生活過程となるのである。つまり、生産性の向上と生産過程全体の複雑化、生産過程全体の豊富化は、それぞれの特殊的機能を果たす労働能力を単なる干からびた抽象物--それは永遠に単調な同じ活動として現われる単純な属性で、それと引き替えに、労働者の全体的な生産能力が、彼の素質の多様性が没収されている--に還元するという代償を払ってあがなわれるのである。これらの生きた自動装置(アオトマート)の諸機能として遂行されるこのように分離されたもろもろの過程が、まさにそれらの分離と自立性によ/って、結合〔Kombination〕を許すのであり、これらのさまざまな過程が同一の作業場(アトリエ)で同時に遂行されることを許すのである。分割と結合〔Kombination〕とはそこでは相互に条件づけ合っている。一商品の総生産過程は、いまや一つの組み立てられた作業として、多くの作業の複合として現われ、それらはいずれも、ほかからは独立しつつ互いに補足しあい相互に並んで同時に遂行されうるのである。ここでは、さまざまな過程〔相互的〕補足が、未来から現在に移されており、その結果、商品は、一方で〔その生産が〕開始されるときに、他方では完成されるのである。それと同時に、これらのさまざまな作業は単純な機能に還元されているため熟達した腕まえ〔Virtuosität〕をもって遂行されるから、一般に協業に固有のこの同時性にたいしてさらに労働時間短縮がつけ加わるのであって、労働時間のこの短縮は、同時に補足し合いながら一全体を構成する諸機能のいずれにおいても達成される。その結果、所与の時間内により多くの完全商品が、より多くの商品が完成されるばかりでなく、総じてより多くの完成商品が供給されることになる。この結合によって作業場(アトリエ)は、個々の労働者をそのさまざまな手足とする一つの機構となるのである。〉(草稿集④443-444頁)
 〈分業は、労働を簡単化することによって労働の修得を容易にし、したがって労働能力の一般的生産費を減少させる。〉(草稿集④461頁)

《初版》 初版では第1パラグラフと第2パラグラフが同じ一つのパラグラフになっているが、該当するところで分割して紹介しておく。

 〈さて、もっと詳しく細かな点に立ち入ってみると、一生涯同一の単純作業を行なう労働者は、自分の全身をこの作業の自動的な一面的な器官に転化させ、したがって、多数の作業をこもごも行なう手工業者に比べるとこの作業に費やす時間がより少ない、ということがまず第一に明らかである。ところが、マニュファクチュアの生きている機構を構成している結合された全体労働者は、このような一面的な部分労働者たちだけから成り立っている。だから、独立した手工業に比べると、より短い時間でより多くのものが生産される、すなわち、労働の生産力が高められる(27)。また、部分労働が1人の人間の専有機能として独立させられたあとでは、部分労働の方法も改良される。かぎられた同じ行為の不断の反覆と、このかぎられたものへの注意力の集中とは、所期の有用効果を最小の力の消耗でもって達成することを、経験にのっとって教えてくれる。ところが、世代のちがう労働者がつねに同時に一緒の生活をし、同じマニュファクチュアで一緒に働いているので、こうして獲得された技術上の技巧は、やがて固定され、積み重ねられ、伝達される(28)。〉(江夏訳386頁)

《フランス語版》 フランス語版ではこのパラグラフは第2パラグラフの前半部分と一緒に一つのパラグラフになっているが、該当するところで分割して紹介する。

 〈幾つかの細かい点に立ち入ろう。まず明らかなことだが、部分労働者は、自分の全身を、一生涯にわたる同一の単純作業の専門的、自動的な器官に変え、したがって、彼はこの作業には、一連の作業のすべてを行なう手工業者よりも少ない時間を費やすのである。ところで、マニュファクチュアの生きた機構である集団労働者は、このような部分労働者だけから構成されている。それだから、独立手工業に比べれば、マニュファクチュアはより少ない時間でより多くの生産物を供給する、あるいは、結局同じことになるが、労働生産力を高めるのである(2)。それだけではない。部分労働が専門機能になるやいなや、その方法が改良される。単純な行為を不断に反復し、この行為に注意を集中すれば、経験によってだんだんと、最小の力の支出で所期の有用な効果を達成することができる。そして、世代のちがう労働者がつねに同じ作業場で一緒に生活し労働しているのであるから、獲得された技術上の方式、手工業のこつと呼ばれるものが積み重ねられ、伝達される(3)。〉(江夏・上杉訳352頁)

《イギリス語版》

  〈(1)もし我々が、より細かく見て行くとすれば、その最初の所に、彼の人生のすべてを掛けて一つの、同じ単純な作業を行う労働者がおり、彼の全身をば、自動機具に改造し、その作業に特化した道具となっている姿がはっきりと見えるであろう。その結果として、彼は、一連の継続する作業のすべてを行う工芸職人に較べれば、その部分に関してはより少ない時間でやってのける。そしてまさに、工場手工業の生きた仕組みを構成する集められた労働者は、そのように特化された細目区分労働者だけで出来上がっているのである。かくて、独立の工芸職人と比較すれば、与えられた時間内により多くのものが生産される、別の言葉で云えば労働力の生産性が増大する。*2
  さらに、この微細労働が、一旦、一人の人間の排他的な機能として確立したならば、用いられたその方法がより完璧なものとなる。労働者の、繰り返し続けられるその同じ単純な行為が、彼のそのことに注がれる集中が、経験を通じて、彼に、如何にして求めている効果が、最低の労力によって得られるかを教えるであろう。そして、そこには常に、幾世代の労働者達が同時に生きており、与えられたある品物を作る工場に共に集まって仕事をしており、技術的な能力や、商売の手管等々を修得するであろう。やがて、これらが確立され、そして蓄積され、子孫に引き渡される。*3〉(インターネットから)


●原注27

《61-63草稿》

 〈分業についてのベティの見解を古代人のそれから区別するものは、最初から、分業が生産物の交換価値に、つまり商品としての生産物に及ぼす影響を、すなわち商品の低廉化を見ていることである。
  同じ観点を、もっと明確に、一商品の生産に必要な労働時間の短縮と表現し、一貫して主張しているのは、『イギリスにとっての東インド貿易の利益』、ロンドン、1720年、である。
  決定的なことは、どんな商品でも「最少のそして最もやさしい労働」でつくることである。あることが「より少ない労働で」遂行されるならば、「その結果、より低い価格の労働で」遂行されるととになる。こうして商品は安価にされ、その次には、労働時間をその商品の生産に必要な最小限にきりつめることが、競争によって一般的法則となる。/「もし私の隣人がわずかな労働で多くをなすことによって安く売ることができるならば、私もなんとかして彼と同じように安く売るようにしなければならない。」[67ページ]分業について、彼はとくに次のことを強調している。--「どのマユュファクチュアでも、職工の種が多ければ多いほど、一人の人の熟練〔skill〕に残されるものはそれだけ少ない。」よ[68ページ]〉(草稿集④460-461頁)

《初版》

 〈(27) 多様性に富むどんな製造業でも、それが分解されて別々の職工に割り当てられることが多ければ多いほど、必ず同じことがますます立派に、ますます迅速に、時間や労働をますます労せずして、行なわれるにちがいない。(『東インド貿易の利益、ロンドン、1720年』、71ページ。)〉(江夏訳387頁)

《フランス語版》

 〈(2) 「一つの製造工業が分割されてそのすべての部分が種々の職人に割り当てられるようになればなるほど、仕事はますますうまくますます迅速に行なわれ、時間と労働との損失がますます少なくなる」(『東インド貿易の利益』、ロンドン、1720年、71ページ)。〉(江夏・上杉訳353頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *2 「沢山の様々な種目のありとあらゆる工場手工業がさらに、分岐され、異なる手工業職人に割り当てられれば、割り当てられるほど、その同じ種目の作業は、時間のロスも少なく、労働のロスも少なく、より迅速に、より巧みにこなして行くものとなるに違いない。」(「東インド貿易の利益」ロンドン 1720年 )〉(インターネットから)


●原注28

《61-63草稿》

 〈世代から世代への熟練〔Geschick〕の伝承はいつでも重要なことである。これは、身分(カスト)制度の場合にものちの同職組合制度の場合にも、決定的な一観点である。「容易な労働は伝承された熟練〔skill〕にほかならない」(トマス・ホジスキン『民衆経済学』、ロンドン、1827年、48ページ)。〉(草稿集④465頁)

《初版》

 〈(28) 「熟練が伝承されていれば、労働は雑作ない。」(T・ホジスキン、前掲書〔『大衆向けの経済学』〕、125ページ。)〉(江夏訳387頁)

《フランス語版》

 〈(3) 「容易な労働とは伝承された技能である」(T・ホジスキン『大衆向けの経済学』、48ページ)。〉(江夏・上杉訳353頁)

《イギリス語版》

  〈 本文注: *3 「楽な労働とは、受け継がれた技能のことである。」(Th. ホジスキン 「やさしい政治経済学」)〉(インターネットから)


●第2パラグラフ

《61-63草稿》

 〈A・スミスは、またそのさきで分業のこの二つの形態をごっちゃにする。すなわち、同じ第一巻第一章には、さらに次のように書かれている。「どんな技術(アール)においても、分業は、それが導入されうるかぎり、労働の生産諸力の比例的増大をもたらす。さまざまの職業や仕事の分化を生みだしたものはこの利益であるように思われる。そのうえこの分化は、一般に最高度の進歩と産業とを享受している国々で最も進んでいるのであって、まだ未開状態にある社会ではただ一人の仕事であるものも、より進んだ社会では数人の仕事になるのである」[同前、15ページ〔邦訳、前出、70-71ページ〕]。A・スミスは、分業の利益を列挙している次の箇所では、あからさまに量的な観点を、すなわち一商品の生産に必要な労働時間の短縮を、唯一の観点として強調している。「分業の結果として、同人数の人々のなしうる仕事の量がこのように大増加するのは、三つの異なる事情に由来する」(第一巻第一章、[18ページ〔邦訳、72ページ〕])。さらに詳しく言えば、彼によると、これらの利益は、第一に、労働者が彼の一面的な部門で身につける腕まえ〔Virtuosität〕からなっている。「第一に、職人の技巧〔dextérité〕の高まりは、そのなしうる仕事の量を必然的に増加させるのであって、分業は、各人の仕事をある非常に単純な作業に還元することにより、しかもこの作業を彼の一生の唯一の仕事とすることによって、必然的に、いちじるしく高い技巧を彼に得させるのである」[同前、19ページ〔邦訳、73ページ〕]。( つまり、仕事を敏速に行なうこと。)〉(草稿集④435頁)
 〈ダーウィンは、いっさいの有機体、植物および動物における遺伝による「蓄積」をそれらの形成の推進原理とするのであり、したがっていろいろな有機体そのものは、「堆積」によって形成されるのであり、それらは、ただ、生きている主体の「諸創作物」、漸次に堆積した諸創作物でしかない、とするのである。しかし、これが生産にとっての唯一の先行条件なのではない。動物や植物にあってはそれは動植物にとって外的な自然であり、したがって無機的な自然でもあれば他の動植物にたいする関係でもある。社会のなかで生産を行なう人間もまた、変形された自然を(またことに彼自身の活動の機関に転化した自然的なものを)、そして生産者たち相互の一定の諸関係を、既存のものとして見いだすのである。〉(草稿集⑦369頁)

《初版》 すでに指摘したが、初版では第1と第2のパラグラフは一つのパラグラフになっている。だから以下は、該当する後半部分である。

 〈マニュファクチュアは、じっさいに、細部労働者の技巧を産み出すが、このことは、マニュファクチュアが、社会にすでに存在していた職業の自然発生的な分化を作業場内で再生産し、この分化を組織的に徹底させる、ということに依拠している。他方、マニュファクチュアが部分労働を1人の人間の生涯の職業にしてしまうということは、以前の諸社会の傾向--この傾向は、職業を世襲化する、すなわち、職業をカストに石化するか、/または、特定の歴史的諸条件がカスト制度に矛盾する個体の変異性を産み出すばあいには労働分化を少なくとも同職組合に骨化するものである--に照応している。これらのカストや同職組合は、動植物の種や亜種への分化を規制するのと同じ自然法則から発生するのであって、ある発展度に達するとカストの世襲性または同職組合の排他性が社会のおきてとして制定されるという点(29)が、ちがうだけである。「ダッカのモスリンは優美という点で、コロマンデルの更紗(サラサ)やその他の布製品は染色が華麗で長持ちするという点で、けっしてひけをとらなかった。にもかかわらず、これらのものは、資本も機械も分業もなしに、または、ヨーロッパの製造業にあのように多くの利点を与えているその他のどんな手段もなしに、生産されている。織り手は単独の個人であって、顧客の注文に応じ丈織物を織るが、用いる織機といえば、この上なく簡単な構造のものであり、粗雑に組み合わされた木の棒ででぎているにすぎないことも多い。織機には、たて糸を巻き取るための装置さえないので、それは、伸びきったままで置かれざるをえないし、生産者の小屋にはそれの置き場が全くないほどぶかっこうにひろがっており、このため、生産者は、天候が変わるたびごとに労働が中断される屋外で、労働せざるをえないほどである(30)。」蜘昧(クモ)のようなこういった巧妙さをインド人に授けているものは、代々積み重ねられて父から子へと伝えられる特別な熟練だけである。それにもかかわらず、このようなインドの織り手は、マニュファクチュア労働者の多数に比べると、きわめて複雑な労働を行なっている。〉(江夏訳386-387頁)

《フランス語版》  フランス語版ではこのパラグラフの前半は第1パラグラフと一緒になっており、後半部分は別のパラグラフになっていて、間に原注が挟まっているが、ここでは全集版に合致するように紹介しておく。

 〈マニュファクチュアは、それが中世の都市で見出したままの手工業の分立を再生産し、これを極端にまで押し進めることによって、細部労働者の技巧を産み出す。他方、部分労働を1人の人間の生涯にわたる専門の天職に変えるというマニュファクチュアの傾向は、古い諸社会の傾向--手工業を世襲化し、これをカストに石化さ/せ、あるいは、特殊な歴史的事情からカスト制度とは両立しない個人の変異性が生じてきたばあいには、さまざまな職業部門をともかくも同職組合に骨化させる傾向--に照応している。これらのカストとこれらの同職組合は、動植物の種や変種への分化を規制するのと同じ自然法則にしたがって形成されるのであるが、ちがうところは、ある発展度に達してしまうと、カストの世襲や同職組合の排他性が社会法則として制定される、ということである(4)。
  「ダッカのモスリンは優美という点で、コロマソデルの綿布やその他の織物は色が華麗で耐久性があるという点で、一度もひけをとったことがない。しかし、これらのものは、資本も機械も分業もなしに、ヨーロッパの製造工業のためにあれほど多くの利点を与えているこれらの手段のどれ一つもなしに、生産される。織工は単独の1個人であって、客の注文に応じて織物を作り、彼の用いる織機は最も簡単な構造のもので、粗雑に組み立てられた木の棒でできているだけのことが往々にしてある。彼は経(タテ)糸を張るための装置さえ全くもたないので、織機は絶えずその長さいっばいに伸びきったままであるほかなく、そのため織機は非常にかさばり不恰好なものになるので、生産者の小屋のなかに置くこともできない。だから、生産者は労働を屋外で行なわざるをえないのであって、この屋外では彼の労働は天候の変わるた/びに中断されるのである(5)」。蜘蛛にたいしてと同じようにインド人にたいしてもこの技巧を賦与するものは、代々積み重ねられ父から息子への相続によって伝えられる独特な資質にほかならない。インドの織工の労働はそれでも、マニュファクチュア労働者の労働に比べれば非常に複雑である。〉(江夏・上杉訳352-354頁)

《イギリス語版》

  〈(2)事実、工場手工業は、細目区分労働者の熟練技能を生産する。その繰り返しの生産によって、そして、工場内において、どこまでも組織的にそれを押し進めることによる。またそれは、自然に発展した取引の数々の分化が、社会に大きく広がっており、いつでもそれを用いることができるのを知っているからでもある。さて、視点を替えて、この微細労働の、一人の人間の天職とも云うべきものへの転換を眺めれば、初期的な社会に見られる性向と符合する。取引を世襲化する。それらをカースト制度に固化するか、または、ある歴史的な条件によって、カースト制度の枠に納まらないものをもたらす個人が登場するような時は、これをギルドに封じこめる。カースト制度やギルドは、植物や動物の種や変種への分化を規定する自然の法則と同じ作用から生じる。ただ、その発展度がある点に達すると、カーストの相続やギルドの排他性が、社会の法によって定められるという特異点を別にすればと云うことだが。*4
   (3)「ダッカのモスリンはその繊細さにおいて、コロマンデルのキャラコやその他の品々は、その見事さと褪せることのない色彩で、他に引けをとったことはなかった。しかも、それらは、資本とか、機械とか、労働の分割とか、その他の、ヨーロッパの工場手工業に利益をもたらした施設のようなそれらの手段を用いずに生産されたものである。織り手は孤立した個人にすぎず、客の注文によって織る。そして織機は粗雑な作りであり、二三本の枝とか木の棒を組み合わせてぞんざいにまとめたと言った代物である。そこには縦糸を巻き取るものさえないため、織機は、だから、その一杯の大きさにまで拡げられていなければならず、大変不便な大きさとなる。それは織り手の小屋に納めることはできず、当然ながら、その仕事は、外で行わなければならない。天候の急変の度に中断されることになる。*5
  (4)この特別の技能は、世代から世代へと蓄積され、父親から息子へと伝承されたものに他ならない。そして蜘蛛が巣を作るように、この熟練に至る。さらに、依然として、このような一人のヒンズーの織り手の仕事は非常に込み入っており、工場手工業労働者の仕事を越えている。〉(インターネットから)

  (付属資料(3)に続く。)

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『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(10)

2024-08-30 12:21:58 | 『資本論』

『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(10)


【付属資料】(3)


●原注29

《61-63草稿》

 〈技芸(クンスト)……エジプトでは……かなりの完成度に達した。というのは、ただこの国だけでは手工業者は他の市民階級の仕事に手を出すことはけっして許されず、法律によって彼らの部族の世襲とされている職業に従事することしかできないからである。……他の諸国民の場合には、産業従事者たちがあまりにも多くの対象に彼らの注意を分散しているのが見られる。……彼らは、ときには耕作を試み、ときには商業に手を出し、ときには同時に二つも三つもの技芸(クンスト)にたずさわっている。自由国家では彼らはたいてい人民集会にでかけてゆく。……ところが、エジプトでは、どの手工業者も、国事に介入したり、一時にいくつもの技芸(クンスト)を営んだりすれば、重罰を加えられる」。そこでディオドロスは言う、--「なにごとも彼らの職業上の勤勉を妨げることはできない」。「そのうえに、彼らは祖先から……多くの規準を伝えられているので、さらに新しい便益を発見しようと熱心に考えている」(ディオドロス・シケリオテス『歴史文庫』、第1巻第74章)。〉(草稿集④456頁)

《初版》

 〈(29) 「技術も……エジプトではかなりの完成度に逮していた。というのは、この国にかぎって、手工業者たちは、他の市民階級の仕事に手出しすることをけっして許されず、おきてにもとづいて自分たちの種族に世襲的に所属している職業に従事す/ることしか許されていないからである。……他の諸国民のばあいには、職人たちがあまりにも多くの業務に自分たちの注意を振り当てているのが見受けられる。……彼らは、ときにはためしに農業をやり、ときには商業に従事し、ときには二つか三つの技芸に同時に携わっている。自由国家では、彼らはたいてい住民集会に顔を出す。……これに反して、エジプトでは、どの手工業者も、国事に介入するかまたは同時に幾つもの技芸を営めば、重い罪を諜せられる。したがって、彼らの職業上の勤勉を妨げうるものはなにもない。……おまけに、彼らは、祖先から多くの規則を受けついでいるので、さらに新しい利点を発見しようと熱心に意を用いている。」(シチリアのディオドロス『歴史文庫』、第1部、第74章。)〉(江夏訳387-388頁)

《フランス語版》

 〈(4) 「技術もまた、……エジプトでは高い完成度に達した。というのは、この国においてのみ、手工業者は、彼らの唯一無二の世襲の天職を果たすことを法律によって強制されているために、ほかの市民階級の職業にはけっして干与しないからである。ほかの諸国民のあいだでは、職人たちが余りにも多くの事物に注意を分散している。彼らはある時は農業を試み、ある時は商業を試み、あるいは幾つもの技術に同時に専念する。自由国家では、彼らは国民集会に駆けつける。これに反して、エジプトでは手工業者が国事に手を出すか幾つもの手工業を営めば、厳罰を加えられる。したがって、なにごとも労働者の職業上の活動を妨げることはできない。その上、彼らは祖先からたくさんの製法を受け継いだので、新しい製法を考案することを熱望している」(シチリアのディオドロス『歴史文庫』、第1部、第74章)。〉(江夏・上杉訳353頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *4 「手工芸もまた…. エジプトでは、完璧といってもいいところにまで到達していた。それが何故かといえば、他の市民階級のことに関しては、手工芸者は、他の国には見られないようなことなのだが、お節介の手を出すことを許されてはいない。が、それに代わって、かれらの氏族内で世襲と法で決められた職業にのみ従事しなければならない…. 他の国では、小売業者が、様々なものに関心を分散しているのが見られる。時には、彼等は農業を試みる、また別の時には貿易を行う、また別の時には同時に、二つか三つの業務で忙しい。自由な国では、人々は非常に頻繁に、人々の集会に参加する…. エジプトでは、これとは違って、全ての手工芸職人は、国事、または同時に幾つかの商売を行えば、厳しく罰せられる。であるから、彼等には彼等の職業への専心を妨げるようなものはなにもない…. さらに云うならば、彼等の祖先より、多くの技能を受け継いで来たのであって、新たなより優れたものを見出そうと熱心なのである。」( ディオドロス シクルス: 歴史の聖典 第一巻 第七十四章 )  〉(インターネットから)


●原注30

《初版》

 〈(30) 『英領インドにかんする歴史的および記述的説明、ヒュー・マレー、ジェームズ・ウィルソン等執筆』、エジンバラ、1832年、第2巻、449ページ。インドの織機は、たて型である。すなわち、たて糸が垂直に張ってある。〉(江夏訳388頁)
                           
《フランス語版》

 〈(5) 『英領インドの歴史的、記述的説明』、ヒュー・マリ、ジェームズ・ウィルソン等執筆。エディンバラ、1832年、第2巻、449ページ。インドの織機の経糸は垂直に張られている。〉(江夏・上杉訳354頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *5「英領インド他の歴史的かつ現状の重要性」ヒュー マルレー、ジェームス ウイルソン 他による エジンバラ 1832年 第2巻 印度人の織機は縦型である、すなわち、縦糸は垂直方向に張られている。〉(インターネットから)


●第3パラグラフ

《61-63草稿》

 〈第二に、一つの労働から他の労働に移るさいに失われる時間の節約。そのさいには「場所の変更」と「異なる用具」とが必要とされる。「この二つの仕事が同じ仕事場に置かれることができれば、時間の損失は疑いもなくはるかに少ない。それにしてもこの場合でさえ、その損失は無視できないものである。人間というものは、ある仕事から別の仕事へその手をきりかえる場合、いくぶんかはぶらぶらするのがふつうである」[スミス『国富論』、20-21ページ〔邦訳、74ページ〕]。〉(草稿集④436頁)

《初版》

 〈一製品の生産におけるいろいろの部分過程を順々に仕上げてゆく手工業者は、場所を変えたり道具を変えたりせざるをえない。ある作業から別の作業への移行は、彼の労働の流れを中断し、彼の労働日におけるいわば気孔になっている。彼が1日じゅう同一の作業を続けて行なうと、これらの気孔は圧縮する。すなわち、彼の作業の転換が減るのに応じてこれらの気孔は消滅する。生産性の上昇は、このばあい、与えられた時間内での労働力支出の増加、つまり労働の強度の増大のおかげであるか、または、労働力の非生産的消費の減少のおかげである。すなわち、静止から運動への移行のたびごとに必要とされる余分な力の消耗が、ひとたび得られた標準速度の持続時間が延長されることによって、償われるわけである。他方、単調な労働の連続は、活気の緊張力および活動力を破壊するのであって、この活気は、動作の転換そのもののうちに気晴らしと刺激とを見いだすのである。〉(江夏訳388頁)

《フランス語版》

 〈ある製作物の生産に協力する種々の部分過程をつぎつぎに遂行する手工業者は、ある時は場所を変えある時は道具を変えなければならない。ある作業から別の作業への移行は、彼の労働の流れを中断し、いわば彼の労働日の間隙をなしている。彼がまる1日をただ一つの持続的作業に費やすと、この間隙は収縮するか、あるいは、これらの作業変更の回数が減るにつれてこの間隙は消減する。このばあい生産性の増大は、与えられた時間内でのより多くの労働力の支出、すなわち、増大した労働強度から生ずるか、あるいは、労働力の非生産的支出の減少から生ずる。静止から運動へ移るたびに必要になる余分な力の支出は、ひとたび得られた標準速度の持続時間が延長されれば、相殺される。他方、持続的、画一的な労働は、動作の転換に息ぬきや魅力を見出すところの血気の発展と緊張とを弱めるにいたる。〉(江夏・上杉訳354頁)

《イギリス語版》

  〈(5)次から次と、様々な細目作業を、一つの完成品を作り出す過程において行う工芸職人は、その時々で場所を替え、道具を替えなければならない。一つの作業から他の作業への転換において、彼の労働の流れは中断され、言うなれば、彼の労働日に隙間を作る。彼が一つの同じ作業を終日拘束されるやいなや、これらの隙間は非常に少なくなり、彼の作業がそのように変化するならばそれに応じてそれらの隙間は消え去る。その結果として得られる生産的な力は、与えられた時間における労働力の増大した支出、すなわち、労働の増大した強度、または、労働力の量の非生産的な消費の減少により生じるものと云える。度々の休息から作業への転換が無くなった部分への余分な労働力の支出は、一旦獲得した通常の速度の作業の、引き延ばされた長さと見合うことになる。だが他方では、一つの決まりきった種類の変わることなき労働は、活動のちょっとした変化に休息と喜びを見出す人間的な活気の湧出とその強さを乱すことになる。〉(インターネットから)


●第4パラグラフ

《61-63草稿》

 (2)労働用具の集積〔Konzentration〕。
  分業の結果労働手段として役立つ諸用具は分化されそれとともにまた簡単化される。したがってまた、これらの用具は完成される。しかし分業のもとでは、労働手段は依然として労働用具にとどまっている、つまり個々の労働者の個人的な腕まえ〔Virtuosität〕に依拠して使用される用具、労働者自身の技能〔Geschicklichkeit〕の伝導体、事実上彼の自然的器官に付け加えられた人工的器官、にとどまるのである。一定数の労働者に必要とされるのは、より多量の用具ではなくて、より多様な用具である。作業場が労働者の集合〔Konglomeration〕であるかぎり、作業場は、同じく用具の集聚〔Agglomeration〕を前提とする。そしていずれにせよ不変資本のうちのこの部分は、労賃に投下される可変資本の、言い換えれば、同じ資本によって同時に使用される労働者の数の増加に比例して増加するだけである。
  不変資本のうち新たに付け加わる部分と見なすことができるのは、別種の労働諸条件、とくに住宅〔Behausung〕、〔というよりはむしろ〕建物〔Gebäulichkeiten〕であって、それはマユュファクチュア以前には、まだ自宅とは別個の存在として仕事場がもたれることはなかったからである。
  この例外を除けば、資本のうち労働手段から成る部分に生じるのはより大きな集積〔Konzentration〕である。この資本〔部分〕はかならずしも増加しないし、また、資本のうち労賃に支出される構成部分に比べて相対的に増加することはけっしてない。〉(草稿集④475頁)
  〈分業がもたらす主要な結果の一つは、たとえば切る道具、/穴をあける道具、砕く道具など、同種の用途にあてられる用具あるいは道具を分化・専門化・簡単化することである。たとえば、ナイフであるが、その特殊なそれぞれの使用法にたいして、その特定の目的に合致した、かつ一つのそのような特殊な目的にだけ合致した形態がそれに与えられるとき、ナイフが取るかぎりなく多様な形態をみるがよい! 同じ労働が--むしろ一定の生産物、一つの特殊な商品を生産するのに競ういろいろな労働が分割されるときには、労働の遂行の容易さは、以前にはいろいろな仕事に役立っていた用具に一定の変形が加えられることにかかっていることがすぐさま明らかになる。どういう方向に変化しなければならないかは、経験と、変化していない形態が出会う場合の特殊な困難とから明らかになる。それゆえ、労働手段のこのような分化・専門化・簡単化は、分業そのものといっしょに自然成長的に生じるのであって、力学などの諸法則の先験的な理解を必要とするわけではない。ダーウィンは上で見るように、同じことを生物の諸器官における専門化と分化について記しているのである。
  分化--もろもろの形態の差異とこれらの形態の固定。専門化というのは、特殊な用途にのみ役立つ用具がそれ自身も分化した労働の手のなかでのみ効果的である、ということ。両者とも、用具の簡単化を含んでおり、それらの用具は一つの単純で一様な作業の手段に役立つだけである。
  分業にもとづくマニュファクチュアにおいて分業がもたらす労働用具の分化・専門化・簡単化--労働用具の非常に単純な諸作業への排他的適応--は、生産様式と生産諸関係を変革する一つの要因としての機械(マシネリー)が発展するための、技術的、物質的諸前提の一つである。〉(草稿集⑨35-36頁)
〈 〈用具の専門化と分化の実例
  「バーミンガムでつ〈られているハンマーは、それぞれなんらかの特殊な仕事に適合させられていて、その種類は3OOをくだらぬといわれている。」〉(草稿集⑨75頁)

《初版》

 〈労働の生産性は、労働者の巧妙さに依存しているばかりでなく、彼の道具の完全さにも依存している。たとえば切る道具とか穴をあける道具とか突く道具とか打つ道具とか等々の同種の道具が、相異なる労働過程で使われるし、また、同じ労働過程で同じ道具が相異なる作業に役立つ。とはいっても、ある労働過程のいろいろな作業が互いに分離/されて、それぞれの部分作業が部分労働者の手のなかで、できるだけ適当な、したがって専有的な形態を与えられると、これまでいろいろな目的に役立っていた道具に、必ず変化が生ずる。道具の形態変化の方向は、形態が変化しないために出くわす特殊的困難の経験から、生まれてくる。労働用具の分化によって、同種の道具は、それぞれの特殊な用途向けの特殊な固定した形態を与えられ、また、労働用具の専門化によって、このような特殊な用具はそれぞれ、専門の部分労働者の手中においてのみ充分に作用するのであるが、この分化専門化とが、マニュファクチュアを特徴づけているのである。バーミンガムだけでも約500種のハンマーが生産され、そのおのおのが一つの特殊な生産過程にだけ役立つというだけでなく、さらに、若干の種類は、しばしば、同じ過程のなかの相異なる作業にしか役立たないこともある。マニュファクチュア時代は、労働用具を部分労働者の専有的な特殊機能に適合させることによって、労働用具を単純化し、改良し、多様化する(31)。このことと同時に、この時代は、単純な諸道具の結合から成り立っている機械の物質的諸条件の一つを、つくり出すのである。〉(江夏訳388-389頁)

《フランス語版》

 〈労働の生産性はたんに労働者の技巧に依存するばかりでなく、さらに彼の道具の完全さにも依存する。穴をあける、切る、突き通す、打つなどに役立つ道具のような同種の道具が、種々の労働過程で使用されるし、また同じように、ただ一つの道具が同じ労働過程でさまざまの作業に役立つこともある。だが、ある労働過程の種々の作業が互いに引き離され、個々の部分作業が部分労働者の手中で、最も適した、それゆえに専門の形態を獲得するやいなや、以前には種々の目的に役立っていた道具を変えることが必要になる。道具の元の形態が部分労働にとって障害となった経験から、どう変更すべきかの方向が示される。同種の道具はこのばあい、その共通の形態を失う。これらの道具はますます種々の種類に細分されるのであって、そのおのおのの種類が単一の用途のたあの固定した形態をもち、ある専門の労働者の手の/なかでしか役立つことができないのである。労働用具のこうした分化専門化がマニュファクチュアを特徴づける。バーミンガムではおよそ500種のハンマーが生産されるが、そのおのおのはただ一つの特殊な生産過程にだけ役立ち、これら500種の大多数は同じ生産過程のそれぞれにちがった諸作業にしか役立たない。マニュファクチュア時代は、部分労働者のばらばらな専門機能に労働用具を適応させることによって、労働用具を単純にし、改良し、ふやすのである(6)。まさにこうすることによって、マニュファクチュア時代は、単純な道具の結合から成り立つ機械の使用の物的諸条件の一つを、作り出す。〉(江夏・上杉訳354-355頁)

《イギリス語版》

  〈(6)労働の生産性は、労働者の熟練のみではなく、彼の道具の成熟さにも依存している。同じ種類の道具、例えば、ナイフ、ドリル、ギムレット(訳者注: T型ビット孔あけ)、ハンマー、その他は、様々な工程で用いられるであろう、また、同じ道具が、一つの単独の工程においても種々の目的に供することができよう。だが、労働過程の異なる作業が他と別に切り離されるやいなや、そしてそれぞれの細部の作業が、細目区分労働者の手に、過程に適合した、特異な形のものを要求するやいなや、一つの目的以上に用いられた以前の道具に変更が必要となる。この変化の方向は、その道具の変わることの無かった以前の形を引き続き使用する上での困難性によって決まる。工場手工業は、労働の道具の分化によって特徴づけされる。その分化においては、与えられた種類のある道具が明確な形を獲得し、それぞれの独特の使用に適応させられる。また、それらの道具の特殊化によって特徴づけされる。特殊細目労働者の手にある場合でのみ最大の機能を発揮する特殊な道具が与えられることになるからである。バーミンガム一ヶ所だけで、500種のハンマーが生産された。それぞれが一つの特異な工程で使われたのみでなく、一つの同じ工程の違った作業のために、数種類のものがそのことだけに用いられた。工場手工業時代は、それぞれの細目区分労働者の排他的な特別な機能に、道具を適合させ、労働の道具を単純化し、改良し、多様化した。*6
  この様に、この細目化が、同時に、単純な道具の組み合わせからできあがる 機械の存在 への、一つの物質的な条件を作り出したのである。〉(インターネットから)


●原注31

《61-63草稿》

 〈「(1)私は、〔動植物の〕低級な組織とは、いろいろな特殊機能のために諸器官が分化している度合いが低いことである、と理解している。というのは、同じ器官がただ一つの特殊な目的に向けられている場合にくらべ、ひとつの同じ器官がいろいろな仕事をしなければならないかぎり、自然淘汰が形態のどのような小さな偏差をもそれほど綿密に保持したり、抑えたりしない、という点に器官の変異しやすきの一原因が見いだされるからである。同様に、いろいろな種類のものを切るためのナイフは、たいていはほぼ一様な形態であってよいが、一種類の用途にだけ向けられる道具は、用途が違えばそれぞれ別の形態をもっていなければならないのである。」(ダーウィン。)
  (1) 〔注解〕チャールズ・ダーウィン『自然淘汰による種の起源……』、ロンドン、186O年、149ページ。
  「私は、この場合の低級さは、組織のいくつかの諸器官が特殊機能のためにすこししか分化していないことを意味する、と理解している。同じ器官がさまざまな働きを行なっているかぎり、それが変異しやすいのはなぜか、すなわち一つの特殊な目的だけに向けられている場合よりも、自然淘汰が形態のどのような小さな偏差をもそれはど綿密に保持したり、抑えたりしないのはなぜなのかは、たぶん理解することができよう。同様に、いろいろな種類のものを切るためのナイフは、ほとんど任意の形態であってよいが、ある特殊な目的のための道具は、なんらかの特殊な形態をもつべきである。けっして忘れてならないことは、自然淘汰は、それぞれの生物の各部分にたいしてただそれが有益であることを通して、それが有益であるようにのみ作用することができる、ということである。」〉(草稿集⑨35頁)

《初版》

 〈(31) ダーウィンは、彼の画期的な著作『種の起源』のなかで、動植物の白然的諸器官についてこう述べている。「同一の器官が相異なる働きをしなければならないかぎり、この器官の可変性の一原因は、おそらく次のことのうちに見いだされるであろう。すなわち、自然選択は、同じ器官がたんに一つの特殊な目的のためにのみできているばあいよりも不用意に、形態上のあらゆる小変異を保存し、また抑圧している、ということ。たとえば、雑多な物を切るためのナイフは、だいたい、ほぼ同一の形態であってもかまわないが、一種の用途のためだけの道具は、別個の一つ一つの用途のためにはやはり別個の一つ一つの形態をもっていなければならない。」〉(江夏訳389頁)

《フランス語版》

 〈(6) ダーウィンは、彼の画期的な種の起源にかんする著書のなかで、動植物の自然的器官について次のように述べている。「同一の器官が種々の働きをしなければならない以上、それが変化することもまれではない。おそらくその理由は、このばあい自然は、この器官が唯一の機能をもっているばあいほど注意深くは、その最初の形態からの小さな逸脱の一つ一つを妨げはしない、という点にある。たとえば、あらゆる種類の物を切るためにできているナイフは、共通の形態をもっていても別に支障はないが、単一の用途に向けられている道具は、それ以外のどんな用途のためにも全然別の形態をもたなければならない、のと同じことである」。〉(江夏・上杉訳355頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *6 ダーウインは、彼の種の起源に関する新時代を画した著作の中で、動植物の自然的器官について、次のように述べている。「一つの同じ器官が、様々な種類の仕事をしている間は、その器官の変化性に関する基本条件については、多分以下のように考えられる。すなわち、自然淘汰はそれこれの小さな形の変化を、保存したり、抑えたりするのに、たいして気を使わない。もし、それらの器官がある一つの特別な目的だけのためにと決められたような場合を除いては。だからナイフを例にとれば、ありとあらゆるものを切るものとして用いられるならば概して一つの形をとる。しかし一つの排他的に用いられるように定められた道具は、それぞれの異なる使用法に応じて違った形を持つに違いない。」〉(インターネットから)


●第5パラグラフ

《初版》

 〈細部労働者と彼の道具は、マニュファクチュアの単純な要素を形成している。さて、マニュファクチュアの全機構に目を向けることにしよう。〉(江夏訳389頁)

《フランス語版》

 〈部分労働者と彼の道具は、いまやわれわれがその全機構を考察しようとするマニュファクチュアの単純な要素なのである。〉(江夏・上杉訳355頁)

《イギリス語版》

  〈 (7)細目区分労働者と彼の道具が工場手工業の最も単純な要素である。それでは、その工場手工業の局面を全体として見て行くことにしよう。〉(インターネットから)


   第3節  マニュファクチュアの二つの基本形態--異種的マニュファクチュアと有機的マニュファクチュア


◎第3節の表題

《初版》  節に分けられていない。

《フランス語版》

  〈第3節 マニュファクチュアの全機構。その二つの基本形態--異種的マニュファクチュアと系列的マニュファクチュア〉

《イギリス語版》

  〈第3節 工場手工業の二つの基本的形式--異種業種からなる工場手工業, 連続業種からなる工場手工業〉


●第1パラグラフ

《初版》

 〈マニュファクチュアの編成には二つの基本形態があって、これらの形態は、おりにふれてからみあっているにもか/かわらず、本質的に相異なる二つの種類を形成しており、ことに、マニュファクチュアが後にいたって機械的経営の大工業に転化するさいにも、全く相異なる役割を演じている。この二重性は、製品そのものの性質から生じている。製品、独立の諸部分生産物のたんに機械的な組み立てによって作られているか、それとも、れの完成した姿を、互いに関連のある一連の諸過程や諸操作に負うているか、そのいずれかである。〉(江夏訳389-390頁)

《フランス語版》

 〈マニュファクチュアは二つの基本形態を示しており、この二つの基本形態は、偶然に絡みあっているにもかかわらず本質的にちがう二つの種類を構成し、後にマニュファクチュアが大工業に転化するときにも、非常にちがった役割を演/じる。この二重性格は生産物の本性から生ずるのであって. 生産物はその最終形態を、独立した部分生産物の単なる機械的な組み立てによって与えられるか、あるいは、密接な関連のある一連の諸工程や諸操作によって与えられるか、のどちらかである。〉(江夏・上杉訳355-356頁)

《イギリス語版》

  〈(1)工場手工業の形成には、二つの基本的な形式がある。両者時には混ざり合うこともあるが、違った種類の形式である。そしてさらに、以後に続く、工場手工業から、機械をもってなされる近代工業への変換に関しては、明らかに違った役割を演じる。この二つの性格は、生産される品物の性質から生じる。この品物が、独立して作られる部分生産物の単なる機械的な結合によるのか、完成した形が一連の連続した工程と操作によるのかの、いずれかの結果による。〉(インターネットから)


●第2パラグラフ

《61-63草稿》

 〈「(ロンドンのような)大都市ではマニュファクチュアは一つが他を生みだしていくであろうし、また各マニュファクチュアはできるかぎり多くの部分に分割され、その結果、おのおのの労働者の仕事は簡単で容易なものとなるであろう。たとえば、時計工のところではそうであって、一人が歯車を、次の一人がぜんまいをつくり、第三の者が文字盤を刻み、第四の者が側(ガワ)をつくるなら、仕事の全部がただ一人の人によってなし遂げられると仮定した場合よりも、時計は安くまた良いものになるであろう」(ウィリアム・ペティ『人類の増殖に関する一論』、第3版、1682年)。ついでベティはさらに、分業に伴ってもろもろの特殊なマニュファクチ品アが特殊な諸都市に、あるいは大都市の特殊な通りに集中することを述べる。そこでは、「これらの場所での特殊な商品は、他所でよりも良くまた安くつくられる」(同前)。最後に彼は、取引上の利点や運送費等々のような空費の節約について論じている。相互一体的なもろもろのマニュファクチュアが一つの場所に配置された結果生じるこの利点によって、そのようなマニュファクチュアの〔生産物の〕価格が引き下げられ、外国貿易の利潤が増加されるのである(同前、36ページ)。〉(草稿集④459頁)
  〈時計は、市民社会の夜明けを告げる、学識をともなった、芸術的な手工業的経営にもとづいている。時計は、自動装置と生産に応用される自動的運動の観念を与える。時計の歴史と手をとりあって等速運動にかんする理論の歴史がすすむ。時計なしに、商品の価値が、したがって商品の生産に必要な労働時間が決定的な時代が考えられるだろうか?〉(草稿集⑨59頁)

《初版》

 〈たとえば、一両の機関車は5000以上の独立した部品からできあがっている。とはいえ、機関車は、大工業の産物であるから、本来のマニュファクチュアの第一の種類の実例と見なすことはできない。ところが、時計はこれの実例であって、ウィリアムペティもこの時計でマニュファクチュア的分業を例解している。時計は、ニュルンベルクの1人の手工業者の個人的な製品から、次のような無数の部分労働者の社会的生産物になった。地板工、ぜんまい製造工、文字板製造工、テンプぜんまい製造工、穴石およびルピー石入レバー製造工、指針製造工、側(ガワ)製造工、ねじ製造工、メッキ工、それから次の多くの小区分、たとえば、歯車製造工(さらに真鍮輸と鋼輸とに分かれる)、かな製造工、日の裏車製造工、かな仕上げ工(歯車をかなにとりつけたり切り子を磨いたりする等々)、ほぞ製造工、仕上げ工(いろいろの歯車やかなを時計機械のなかに組み込む)、香箱仕上げ工(歯車の歯を刻み、穴を適当な大きさにし、巻止めや角穴車を固める)、脱進機製造工、シリンダー脱進機のばあいにはさらにシリンダー製造工、ガンギ車製造工、テンプ輪製造工、緩急針(時計を調節する装置)製造工、ガンギ車製造工(本来の脱進機製造工)、次には香箱検査工(香箱や巻止めを完全に仕上げる)、鋼磨き工、歯車磨き工、ねじ磨き工、文字描き工、焼干支(ヤキエト)工(銅にエナメルを塗る)、竜頭(リュウズ)首製造工(側の龍頭環だけをつくる)、蝶つがい仕上げ工(側の蝶つがいに真鍮軸を差し込む等々)、側ばね製造工(側の蓋(フタ)あけばねをつくる)、彫刻工、彫鏤(チョウル)工、側磨き工、等々、最後に、時計全体を組み立てて動くようにして引き渡す検査工。相異なる手を経るものは時計のわずかばかりの部分だけであり、これらのばらばらな四肢はことごとく、最後にはそれらを一つの機械全体に結合/する入手において、初めて一緒になるわけである。完全生産物がそれのいろいろな種類の要素にたいしてもっているこういった外的な関係は、このばあいには、類似の製品のばあいと同様に、同じ作業場での部分労働者の結合を、偶然的なものにする。部分労働が、なおまた、ボー州やヌーシャテル州でのように、互いに独立した手工業として営まれることさえあるが、他方、たとえばジュネーブには大きな時計マニュファクチュアがある。すなわち、一つの資本の指揮のもとでの部分労働者たちの直接的な協業が、行なわれている。後者のばあいでも、文字板やぜんまいや側が、マニュファクチュア自体で仕上げられることは珍しい。このばあい、結合されたマニュファクチュア的経営は、例外的な事情のもとでしか有利ではない。というのは、自宅で労働しようとする労働者たちのあいだでは、競争が最も激しいからであり、生産が多数の異種の過程に分裂しているために、共同的労働手段の使用を許されることがいっそう少ないからであり、また、分散的製造のばあいには、資本家は作業用建物等々向けの支出を省けるからである(32)。にもかかわらず、自宅で労働するとはいっても1人の資本家(製造業者、企業家)のために労働するこれらの細部労働者の地位は、自分自身の顧客のために労働する独立手工業者の地位とは全く別である(33)。〉(江夏訳390-391頁)

彫鏤(ちょうる)彫刻して飾ること。

《フランス語版》

 〈たとえば一輌の機関車には、完全に別々の5000以上の部品が含まれている。しかし、それは大工業の産物であるから、厳密な意味での第一種のマニュファクチュアの生産物見本になることはできない。すでにウィリアム・ペティがマニュファクチュア的分業を記述するために選び出した時計については、そうではない。時計は、最初はニュルソベルクの手工業者の個人的な製作物であったのが、ぜんまい製造工、文字板製造工、テンプぜんまいのひげ持ち製造工、穴石およびルピー石入レバー製造工、針製造工、時計側(ガワ)製造工、ねじ製造工、メッキ工などのような無数の労働者の社会的生産物になった。細分類項目はたくさんある。たとえば、歯車製造工(真鍮の歯車と鋼の歯車を別々に)、かな製造工、日の裏車製造工、かな仕上工(歯車を固定し、切子(キリコ)を磨く)、ほぞ製造工、仕上工、香箱車仕上工(歯車に歯をきざみ、穴を所期の大きさにし、巻止めを固める)、脱進機製造工、ガンギ車製造工、テンプ製造工、脱進機仕上工、香箱車検査工(香箱を仕上げる)、鋼磨き工、歯車磨き工、ねじ磨き工、文字描き工、銅にエナメルを溶かす者、竜頭(リュウズ)首製造工、蝶番(チョウツガイ)仕上工、側ばね製造工、彫刻工、彫鏤(チョウル)工、側磨き工等々、最後に、時計全体を組み立てこれをそのまま市場に出せる形で引き渡す検査工がいるのである。時計の部品のうちでちがった手を通過するものはごくわずかであって、これらすべてのばらばらな諸肢体<membra disjecta>は、これらを一つの機械全体に最終的に作り上げる手のなかではじめて集められるのである。このばあい、完成生産物がそのさまざまな諸要素にたいしてもつ単に外部的な関係は、すべての類似の製作物のばあいと同じように、同じ作業場での部分労働者の結合を全く偶然のものにする。部分労働は、相互に独立した手工業として行なわれることさえありうる。ヴォー州やヌーシャテル州ではそうなっているが、他方、たとえばジュネーヴには、時計の製造のために大きなマニュファクチュァ、すなわち単一の資本の指揮のもとに/ある部分労働者の直接的な協業が、存在している。このばあいでさえ、文字板やぜんまいや側がマニュファクチュアで製造されることはまれである。このばあい、マニュファクチュア的経営が利益をもたらすのは、例外的な事情のもとにかぎられる。というのは、自宅で働く労働者たちは互いにひどくはげしく競争しあうからであり、生産が多数の異種の過程に分割されているために労働手段の共同使用がほとんど許されないからであり、また、製造が分散されているばあい資本家は作業場の費用を節約するからである(7)。自宅内であっても1人の資本家(製造業者、企業者) のために労働するこれらの細部労働者の地位が、自分自身の顧客のために労働する独立の手工業者の地位とは全くちがうことに、注意しなければならない(8)。〉(江夏・上杉訳356-357頁)

《イギリス語版》

  〈(2)例えば、一輌の機関車は、独立した5,000個以上の部品から構成される。しかしながら、これを純粋な工場手工業の最初の部類のサンプルとすることはできない、なぜならば、それは近代機械工業によって製作された構造物だからである。しかし、時計ならばいいサンプルとなる。そしてウィリアム ペティも工場手工業における労働の分業を説明するのに、これを用いている。以前はニュールンベルグ職人の個人的な仕事であった時計は、極めて大勢の細目労働者達の社会的な生産物へと転換された。それらは、メインコイルばね工、文字盤工、渦巻きばね工、宝石穴加工工、ルビー軸工、指針工、ケース工、螺子工、メッキ工、そしてそれらに付随する様々な関連工、例えば、輪盤工(真鍮と鉄に分かれる)、 ピン製作工、ムーブメント製作工、軸玉取り付け工(輪盤を軸玉に固定し、玉周辺部を磨くなど)(フランス語)、軸受けピボット製作工、香箱部品加工工(輪盤、ばねの取り付け)(フランス語)、ゼンマイ等香箱内部組み立て準備工(輪盤に歯を加工し、正確な大きさの穴を加工する等)(フランス語)、脱進機アンクル製作工、円筒形脱進機用の円筒製作工、脱進機ガンギ盤製作工、バランス輪盤製作工、ラケット型調速器製作工(時計の緩急を補正する機構板) (フランス語)、脱進機工(脱進機専門工)、さらに、香箱仕上げ工(ゼンマイ等のための箱を仕上げる)(フランス語)、鋼鉄磨き工、輪列磨き工、螺子磨き工、数字書き工、文字盤エナメル工( 銅板の上にエナメルを溶かしてかける)、吊り掛け具工(ケースを掛けるためのリングを作る)(フランス語)、蝶番工(カバー等に真鍮製の蝶番を取り付ける)(フランス語)、ケース開閉の隠しボタン工(ケースを明けるときのバネの取り付け) (フランス語)、文字彫版工(フランス語)、文字彫刻工(フランス語)、ケース磨き工(フランス語)、等々。そして、それらの全ての細目工達(フランス語)の最後に、時計の全体を一つにまとめ、あるべきものにする仕上げ工がいる。数人の手を経る時計部品は僅か二三点で、これらの様々な細かく散乱した部品は、はじめて最後に一つの手に集められて、彼がそれらを結びつけて、機械的な全体となす。完成したその品物の中にある外的関係、そしてその様々でかつ相異なる要素が、同様の完成品すべての凡例と全く同様に、一つの作業場に細目労働者達を一まとめにするか、しないかは、偶然以外のなにものでもない。この細目作業は、ブォーやヌーフシャテルのカントーン(訳者挿入: スイス各州の時計工達の集落)がそうであるように、数多くの独立した手工業者達によってさらに長く続けられるかもしれない。が、一方、ジュネーブでは大きな時計工場手工業が存在し、細目労働者達は一人の資本家の監督の元で、直接的に協業する。とはいえ、後者の場合でさえも、文字盤、バネ、外ケースについては、その工場内で作られることは殆どない。時計商売では、労働者を集めて工場主工業を営む場合、例外的な条件を採用した方がより利益を得易い。なぜかと云えば、各自の家で働こうとする労働者達の相互の競争はより激しいものがあるからであり、また、数多くの異種業プロセスに細分化されたしまった労働には、まさに、一般的な労働の道具の使用など殆どないからであり、そして、その散らばった作業が、資本家にとっては、工場建屋他への支出が節約となるからである。*7
  にも係わらず、これらの細目労働者が、自分の家で働くとはいえ、資本家(工場手工業者 企業家・事業家(フランス語))のために働くのであるから、独立の手工業者が、彼の顧客のために働くのとは全く違っている。*8〉(インターネットから)


  (付属資料(4)に続く。)

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『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(11)

2024-08-30 11:59:50 | 『資本論』

『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(11)


【付属資料】(4)


●原注32

《初版》

 〈(32) ジュネーブは1854年に8万個の時計を生産したが、それでも、ヌーシャテル州の時計生産の5分の1に達していない。唯一の時計マニュファクチュアと見なしてもよいショー-ド-フォンだけでも、毎年ジュネーブの2倍の時計を供給している。1850-61年にジュネーブは75万個の時計を供給した。『商工業等にかんするイギリス大公使館書記官報告書、第6号、1863年』、のなかの『時計業にかんするジュネーブからの報告』、を見よ。ただ組み立てさえすればよい製品の生産は、分解された諸過程から成り立っているものだが、これら諸過程のあいだに関連のないことは、それ自体、このようなマニュファクチュアが大工業の機械的経営に転化することをきわめて困難にするものだが、時計のばあいにはさらに二つの別の障害がつけ加わっている。時計の構成諸要素が小さくてデリケートなこと、および、時計が奢侈品的な性格をもち、したがって種類が多様であること、がそれであって、種類が多様であるため、たとえばロンドンの最高級の製造所では、まる1年間に外観の似た/時計が1ダースも製造されることはほとんどない。機械の使用に成功しているヴァシェロン・エ・コンスタンタシ時計工場は、大きさでも型でも、せいぜい3種か4種のちがった種類を供給しているにすぎない。〉(江夏訳391-392頁)

《フランス語版》

 〈(7) 1854年にジュネーヴは8万個の時計を生産したが、これはヌーシャテル州の生産のやっと5分の1にもならない。ただ一つのマニュファクチュアとも見なすことができるショー・ド・フォンは、毎年ジュネーヴの2倍も出荷している。1850年から1861年までに、ジュネーヴは75万個の時計を発送した。『製造業、商業等にかんするイギリス大公使館書記官報告書』、第6号、1863年、のなかの時計業にかんする『ジュネーヴからの報告書』、を見よ。このようなマニュファクチュアの機械制大工業への転化をきわめて困難にするものは、単に組み立てられるだけの製作物の生産を構成している別々の作業のあいだに、関連が欠けていることだけではない。時計の製造という当面の件にあっては、二つの新しい障害--すなわち、いろいろの要素が微小で繊細なこと、および、奢侈品としての性質でありしたがって多種多様であること--が現われるので、たとえばロンドンの最高級の製作所では1年のうちに似たような時計を1ダースも作ることがほとんどないのである。機械の使用に成功したヴァシェロン・エン・コンスタンタン時計工場は、大きさや型としてはせいぜい3種か4種を供給しているにすぎない。〉(江夏・上杉訳357頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *7 1854年、ジュネーブは80,000個の時計を生産したが、ヌーフシャテルのカントーンの生産の1/5にも達しない。ラ ショー-ドゥ-フォン そこにある一つの大きな時計工場手工業所と見るのだが、ですら、年ジュネーブの2倍を生産する。1850-61年、ジュネーブは720,000個の時計を生産した。「王室大使館書記官及び商工業等に関する公使の報告書 No. 6, 1863」の中にある「時計商売に関するジュネーブからの報告書」を見よ。最終的には互いにまとめられる各部品製品の生産がかくも分散されており、相互には何の繋がりを持たぬことが、この様な工場手工業をして、機械を用いる近代工業部門に転化することの困難性となっている。その上、時計の場合は、この他に二つの追加的な障害がある。その部品それぞれの微細さと繊細さであり、また、その奢侈品の如き性格である。ゆえに、それらの多種多様は、最上級のロンドンの製作所では、1年を通して同じように作られる時計は1ダースもないということとなる。機械を採用して成功しているバチェロン & コンスタンティン時計工場手工業所では、多くても3乃至4種類のサイズと形の品揃えしか生産しない。〉(インターネットから)


●原注33

《61-63草稿》

 〈水車(風車)と時計は、ともに〔過去から〕うけつがれた機械であるが、両者の発展は、マニュファクチュアの時代に早くも機械(マシネリー)の時代を用意するのである。〉(草稿集⑨58頁)
  〈時計は、市民社会の夜明けを告げる、学識をともなった、芸術的な手工業的経営にもとづいている。時計は、自動装置と生産に応用される自動的運動の観念を与える。時計の歴史と手をとりあって等速運動にかんする理論の歴史がすすむ。時計なしに、商品の価値が、したがって商品の生産に必要な労働時間が決定的な時代が考えられるだろうか?〉(草稿集⑨59頁)
  〈ニュルンベルクは、時計(ニュルンベルクの卯)から留め針の頭をつくってかぶせるヴィッペとよばれる機械にいたるまで、手工業的経営にもとづく道具の発明の中心地である。〉(草稿集⑨59頁)

《初版》

 〈(33) 時計製造というこの異種的マニュファタチュアの典型的な例では、手工業的活動の分解から生じてくる、労働用具の上述の分化専門化を、きわめて綿密に研究することができる。〉(江夏訳392頁)

《フランス語版》

 〈(8) 時計の製造は異種的マニュファクチュアの典型的な一例である。この例のなかで、さきに問題になった労働用具の分化と専門化を非常に精密に研究することができる。〉(江夏・上杉訳357頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *8 古典的な異種業種工場手工業の典型としての、時計づくりにおいては、手工業の細目分割によってもたらされた労働の道具の区別化と特殊化の、上に述べられたような状況について詳細に学ぶことができよう。〉(インターネットから)


●第3パラグラフ

《初版》

 〈マニュファクチュアの第二の種類、マニュファクチュアの完成した形態は、互いに関連のある発展諸段階すなわち一連の段階的諸過程を通過する製品を、生産するのであって、たとえば、縫い針マニュファクチュアでの針金は、72の、また92にさえ及ぶ独自の部分労働者の手を通過する。〉(江夏訳392頁)

《フランス語版》

 〈第二種のマニュファクチュア、すなわちマニュファクチュアの完成された形態が供給するのは、互いに関連のある発展諸段階、段階を追う一連の諸過程のすべてを通過するような生産物であって、たとえば製ピン・マニュファクチュアでは、真鍮線が、1人として同じ作業を行なうことがない72人、また92人さえもの労働者の手を通過する。〉(江夏・上杉訳357頁)

《イギリス語版》

  〈 (3)もう一つの二番目の種類の工場手工業、その完成された形式は、一連の工程を一歩づつ進展する、つながった局面を経て、品物を作る。丁度、縫い針 工場手工業の 鋼ワイヤーの様に。そこでは、72の手工程を通り抜け、時には、92のもの異なる細目労働者の手を経る。〉(インターネットから)


●第4パラグラフ

《61-63草稿》

  〈分業が、まず既存の作業場を基礎として諸作業をさらに分解し、それらの作業のもとに一定数の労働者を包摂してゆく方向で発展するかぎりでは、それは分割を続けていくものであるのにたいして、分業はまた、その反対に、「詩人のばらばらにされた四肢〔disjecta membra poetae〕」が、以前にはそれだけの数の独立した商品として、したがってまたそれだけの数の独立した商品所有者の生産物として互いに並んで自立的に存在していたかぎりでは、それらのものの一つの機構への結合でもあるのであって、これはアダム〔・スミス〕がまったく見落としていた側面である。〉(草稿集④433頁)

《初版》

 〈このようなマニュファクチュアは、それが元来は分散していた手工業を結合しているかぎりでは、製品の特殊な生産諸段階のあいだの空間的分離を縮小する。製品がある段階から別の段階に移るための時間が短縮され、この移行を媒介する労働も同様に縮小される(34)。こうして、手工業に比べて生産力が増大し、しかも、この増大はマニュファクチュアの一般的な協業的性格から生ずる。他方、マニュファクチュアに特有な分業の原則は、いろいろな生産諸段階--ちょうど同数の手工業的部分労働として、互いに独立しあっている生産諸段階--が分立することを生ぜしめる。分立している諸機能のあいだの関連を樹立し維持するためには、製品を一方の入手から他方の人手に、また一方の過程から他方の過程に、絶えず運搬することが、必要である。大工業の立場からすれば、このことは、一つの特徴的な、費用のかかる、マニュファクチュアの原則内在する、狭隘性として、きわだって見える(35)。〉(江夏訳392頁)

《フランス語版》

 〈この種のマニュファクチュアは、それが元来独立していた手工業を結合するかぎりでは、さまざまな生産段階のあいだの空間を縮小する。したがって、生産物がある段階から別の段階に移行するために必要な時間は、運搬労働と同様に短縮される(9)。手工業に比べて生産力が増大するが、この増大はマニュファクチュアの協業的な性格から生ずるのである。他方、マニュファクチュアに固有の分業は、種々の諸作業の分立とそれらの相互独立とを必要とする。分立した諸機能のあいだに一体関係を確立し維持するには、労働対象をある労働者から別の労働者へ、また、ある過程から別の過程へ、絶えず運ぶことが必要である。空費のこうした源泉が、機械制工業に比べたマニュファクチュアの短所の一つになっている(10)。〉(江夏・上杉訳358頁)

《イギリス語版》

  〈(4)このような工場手工業に関しては、その開始時点では、分散した手工業を結びつけ、そのように互いに分離された様々な局面の生産間に存在する空間を縮小する。その一つの場所から他への移動に掛かっていた時間は短縮される。と言う事は、この移動に要した労働も縮小される。*9
  手工業と較べれば、生産性が増す。そして、この得られたものこそ、工場手工業の一般的な協業という性格に負うところなのである。その一方、労働の分割が、これこそ工場手工業の顕著なる原理であるが、生産の様々な局面の分離と、相互からのそれらの独立を強いる。この分断された機能間の繋がりの確立と維持のために、一つの手から他の手へと、そして一つの工程から他の工程へと、絶え間ない輸送が必要となる。近代機械工業の視点から見れば、この必要こそ、特徴であり、また費用を要する問題点として浮かび上がる。そしてこれこそが、工場手工業に内在する原理原則なのである。*10〉(インターネットから)


●原注34

《61-63草稿》

 〈分業についてのベティの見解を古代人のそれから区別するものは、最初から、分業が生産物の交換価値に、つまり商品としての生産物に及ぼす影響を、すなわち商品の低廉化を見ていることである。
  同じ観点を、もっと明確に、一商品の生産に必要な労働時間の短縮と表現し、一貫して主張しているのは、『イギリスにとっての東インド貿易の利益』、ロンドン、1720年、である。
  決定的なことは、どんな商品でも「最少のそして最もやさしい労働」でつくることである。あることが「より少ない労働で」遂行されるならば、「その結果、より低い価格の労働で」遂行されるととになる。こうして商品は安価にされ、その次には、労働時間をその商品の生産に必要な最小限にきりつめることが、競争によって一般的法則となる。/「もし私の隣人がわずかな労働で多くをなすことによって安く売ることができるならば、私もなんとかして彼と同じように安く売るようにしなければならない。」[67ページ]分業について、彼はとくに次のことを強調している。--「どのマユュファクチュアでも、職工の種類が多ければ多いほど、一人の人の熟練〔skill〕に残されるものはそれだけ少ないよ[68ページ]〉(草稿集④460-461頁)

《初版》

 〈(34) 「人々がこのように密集して一緒にいるところでは、運搬は当然もっと少ないにちがいない。」(『東インド貿易の利益』、166ページ。)〉(江夏訳392頁)

《フランス語版》

 〈(9) 「人々がこのように互いに接近しているばあいには、一方の作業と他方の作業のあいだで失われる時間は必然的に短くなる」(『東インド貿易の利益』、106ページ)。〉(江夏・上杉訳358頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *9「人々がかくも密接して一つ屋根の下に集まれば、その運盤作業の必要性は少なくなるにちがいない。」(「東インド貿易の利点」p. 106.)〉(インターネットから)


●原注35

《初版》

 〈(35) 「手の労働を使用することから起きるマエュファクチュアのいろいろな段階の分立は、生産費をきわめて高くするが、この損失は主に、ある過程から別の過程への単なる移動から生ずるものである。」(『諸国民の産業、ロンドン、1855年』、/第2部、200ページ。)〉(江夏訳392-393頁)

《フランス語版》

 〈(10) 「手の労働の使用から必然的に生ずるところの、マニュファクチュアでの種々の労働の分立は、生産費を非常に高くする。というのは、主な損失は、ある過程から別の過程へ移るのに時間がかかることから生ずるからである」(『諸国民の産業』、ロンドン、1855年、第2部、200ページ)。〉(江夏・上杉訳358頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *10「工場手工業の異なる各段階の分離は、手の労働の雇用によるものであっても、生産のための大きなコストが加わる。その主なコスト上の損失は、ある工程から他の工程への単なる移動から生じる。」(「諸国の産業」ロンドン 1855年 第2編p. 200.)〉(インターネットから)


●第5パラグラフ

《初版》

 〈一定量の原料、たとえば製紙マニュファクチュアのぼろとか製針マニュファクチュアの針金とかの一定量をとって見ると、この原料は、いろいろな部分労働者の手のなかで、この原料の最後の姿になるまでの生産諸段階を、時間的な順序を追って通過する。これに反して、作業場を一つの全体機構として見ると、原料は同時に、この機構のすべての生産段階でいっぺんに見いだされる。細部労働者たちが結合してできている全体労働者は、道具で武装された自分の多くの手のなかの一部分を用いて、針金を引っぱって延ばすが、彼は同時に、別の手や道具を用いて針金をまっすぐにし、さらに別の手や道具を用いて針金を切ったり尖らせたり等々する。いろいろな段階的過程が、時間的継起から空間的並列に変えられている。だから、同じ時間内により多くの完成商品が供給される(36)。この同時性は、確かに、全体過程の一般的な協業形態から生じているが、マニュファクチュアは、協業の諸条件を手もとに見いだすだけでなく、部分的には、手工業的活動を分解することによって初めて、これらの諸条件を創出する。他方、マニュファクチュアは、同じ細部作業に同じ労働者を固く縛りつけることによってのみ、労働過程のこの社会的組織を達成する。〉(江夏訳393頁)

《フランス語版》  フランス語版ではこのパラグラフは二つのパラグラフに分けられ、間に原注が入っているが、原注をはずして一緒に紹介しておく。

 〈労働対象、たとえば製紙マニュファクチュアのぼろ、または製ピン・マニュファクチュアの真鍮は、その最終形態に到達するまでに、つぎつぎに行なわれる一連の諸作業のすべてを通過する。ところが、作業場は全体機構としては、労働対象を、労働のあらゆる進行段階において一望のもとに同時に示している。集団労働者、千本の手がさまざまな道具を備えているブリアレ〔寓話上の入物〕は、真鍮線を切ること、ピンの頭をこしらえること、ピンの尖端やつなぎ目を尖らせること等々を同時に行なう。時間上つぎつぎに行なわれて互いに関連する種々の諸作業は、空間上同時的な作業、所与の時間内に供給される商品量を著しく増大する余地を与えるところの結合、になるのである(11)。
  この同時性は労働の協業形態から生ずるが、マニュファクチュアは協業の先在条件に立ちどまるものではなく、手工業の分解を行なうことによって協業の新しい条件を創造する。マニュファクチュアは、労働者を一つの細部作業に永久に釘づけにすることによってのみ、その目的を達成するのである。〉(江夏・上杉訳358頁)

《イギリス語版》

  〈(5)もし、我々が、我々の注目をある特有の原料に向けるならば、例えば、製紙工場手工業における故紙、または縫い針工場手工業の鋼線とかに向けるならば、我々は、それが完成までに様々な細目労働者達の手の段階の繋がりという連続する過程を経るのを見るであろう。また、一方、もし我々が、作業所を全体的に見るならば、我々は、原料が、同時に、その生産の あらゆる段階に あるのを見るであろう。集合した労働者は、彼の多くの手の一つの配置では、ある一つの種類の道具を持って、鋼線を引き、別の配置ではまた違った道具を持って同時に、それを伸ばし、また他の配置では彼はそれを切断し、他の配置では先端を尖らし、等々と続く。その相い異なる細目過程は、一定時間内に連続しており、同時に、場所的にも次から次へと進む。であるから、非常に大量の完成された商品が一定時間に出来上がる。*11
  この同時性は、確かに、全体としての工程を形成する一般的な協業から生じている。とはいえ、工場手工業は協業のための条件をあるがままのものとして見出すだけでは無く、また、かなりの程度で、手工業労働の細目区分からその条件を作り出す。その一方で、この協業は、労働過程の社会的組織を、個々の労働者を一つの断片的細目にリベットを打って固定する様にして、その組織を完成させる。〉(インターネットから)


●原注36

《61-63草稿》

  〈サー・W・ハミルトン編『ドゥーガルト・ステューアト著作集』、エディンバラ。私は、『著作集』、第八巻から引用するが、これは『経済学講義』、第一巻(1855年)である。
  彼は、分業が労働の生産性を増大させる仕方について、とりわけ次のように言う。--
  「分業の諸効果と機械の使用の諸効果とは……どちらもその価値を同じ事情から、つまり、一人の人手多くの人々の仕事を推考できるようにするという、それらの傾向から得ている」(317ページ)。「それはまた、すべてが同じ瞬間に遂行されるようなさまざまな部門に仕事を細分することによって、時間の節約を生みだす。……一人の個人なら別々にしてきたにちがいないさまざまな過程をすべて同時に進めることによって、たとえば、たった一本のピンを切ったりとがらせたりすることしかできなかった同じ時間で、完全にできあがった多量のピンを生産することが可能になる」(319ページ)。
  ここで言われていることは、一連のさまざまな作業を順次に行なう同じ労働者はある作業から他の作業に移るときに時間を失うという、A・スミスの所説の「第二」のことだけではない。〉(草稿集④442-443頁)

《初版》

 〈(36) 「それ(分業)は、作業を、そのすべてが同時に遂行されうるようないろいろな部門に分割することによって、時間の節約をも産み出す。……1人の個人であれば別々に遂行せざるをえないようないろいろな過程を同時にことごとく行なうことによって、たとえば、たった1本のピンを切ったり尖らせたりしたのと同じ時間内に、多量の完成されたピンを生産することが可能になる。」(ドゥーガルド・ステュアート、前掲書、319ページ。)〉(江夏訳393頁)

《フランス語版》

 〈(11) 「分業は、仕事を、すべてが同時に行なわれうるような極々の部分に分割することによって、時間の節約を産み出す。……ただ1人の個人ならば別々に行なわなければならない種々の作業が同時に行なわれるので、たとえば、たった1本のピンを切/るか尖らせたりするために必要なのと同じ時間内に、すっかり完成したピンを大量に生産することが可能になる」(デュガルド・ステュアート、前掲書、319ページ)。〉(江夏・上杉訳358-359頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *11「それ (労働の分割) は、また、全ての相い異なる部門が同時に遂行されるように、作業を分割することで、時間の節約を作る。…. 同時に、相い異なる工程全てを実施する事によって、個々の過程は分断的に取り扱われる。かくて大量の針は同じ時間で、あたかも一つの針が、切断され、または先を尖らせる、そのいずれもの工程を下手かのように、完全に仕上げられる。」(デュガルド スチュアート 既出 p. 319.)〉(インターネットから)


●第6パラグラフ

《初版》

 〈それぞれの部分労働者の部分生産物は、同時に、同じ製品の一つの特殊な発展段階にすぎないから、それぞれの労働者またはそれぞれの労働者群は、別の労働者または別の労働者群に、原料を供給する。前者の労働成果が、後者の労働のための出発点になる。だから、このばあいには、一方の労働者が他方の労働者を直接に就業させていることになる。それぞれの部分過程で所期の有用効果を上げるために必要な労働時間は、経験に則して確定されるのであって、/マニュファクチュアの全体機構は、与えられた労働時間内にはある与えられた成果が達成されるという前提に、立脚している。この前提のもとでのみ、互いに補いあういろいろの労働過程は、中断なく、同時に、空間的に並行して、進行することができるのである。明白なことだが、労働同士が、したがって労働者同士がこのように直接に依存しあっているということは、各個の労働者に強制して必要時間だけを自分の機能に費やさせるのであり、かくして、独立の手工業のばあいとは、または単純な協業のばあいとさえも、全く相異なるところの、労働の連続性や画一性や規則正しさや秩序(37)が、そしてことに労働の強度が、産み出されるのである。ある商品にはその商品の生産に社会的に必要な労働時間だけが費やされるということは、商品生産一般では、競争の外的強制として現われているが、そうであるのは、表面的に言えば、各個の生産者が商品をその市場価格で売らなければならないからである。これに反して、こういったばあい、マニュファクチュアでは、与えられた労働時間内に与えられた生産物量を供給することが、生産過程そのものの技術上の法則になる(38)。〉(江夏訳393-394頁)

《フランス語版》

 〈個々の部分労働者の部分生産物は同時にまた、完成された製作物の特殊な発展段階でしかないから、個々の労働者または労働者群は、ほかの労働者または労働者群にその原料を供給する。一方の労働の成果は他方の労働の出発点をなす。個々の部分過程において所期の有用な効果を得るために必要な労働時間は、経験的に確定されるのであって、マニュファクチュアの全体機構が機能するのは、与えられた時間内に与えられた成果が得られるという条件のもとにかぎられる。ただこのような仕方でだけ、相互に補足しあうさまざまな労働は、並列して、同時に、しかも中断なく進行することができるのである。諸労働のあいだの、また諸労働者のあいだのこうした直接的な依存は、個々の労働者を強制して、自分の機能に必要な時間だけを費やさせるということ、こうして、独立手工業でも単純な協業でさえも見られないような労働の連続性、規則正しさ、画一性が、とりわけ労働の強度が、得られるということは、明らかである(12)。一商品にはその製造に社会的に必要な労働時間だけが費やされなければならないということ、このことは、商品生産一般では競争の効果として現われる。というのは、表面的に言えば、それぞれの個々の生産者は商品をその市場価格で売らざるをえないからである。これに反して、マニュファクチュアでは、与えられた労働時間内に与えられた分量の生産物を引き渡すことが、生産過程そのものの技術上の法則になるのである(13)。〉(江夏・上杉訳359頁)

《イギリス語版》

  〈(6)各細目労働者の断片的生産物は、そうは云っても、ある一つの同じ完成品の進行する特殊な段階物に過ぎないのであるから、各労働者、または各労働者達のグループは、他の労働者またはグループのための原料を用意していると云える。ある一つの労働の結果は、他の労働のための出発点となる。その一人の労働者は、従って、直接的に他の者に職務を与えている。求める効果を取得するための、各部分工程に必要な労働時間は、経験によって学ばせられている。だから、工場手工業のメカニズムは、全体として、所定の結果は、所定の時間で獲得されるであろうという仮説に基づいている。この仮説に従えば、様々な補足的とも云うべき労働過程は邪魔されることもなく、同時に、進行することができ、そして次々とつながる。この直接的な作業への依存、当然ながら他の労働者への依存は、互いに、彼等のすべての者に、必要時間以上を彼の仕事に費やすことがないように強いる。かくて、継続性、統一性、規則性、秩序、*12
  さらに、労働の強度すらも。これらは、独立の手工業者、または単純な協業の場合とは全く違う種類の労働となるのは、日を見るより明らかである。ある一つの商品に費やす労働時間はその生産のために必要な社会的時間を越えてはならない。商品生産においては一般的に、この規則が、ただただ競争の結果から確立されたものとして表れる。俗に云えば、生産者は誰でも、彼の商品をその市場価格で売らねばならないとなる。工場手工業においては、これとは逆に、与えられた時間において、与えられた生産物量を産み出すことが、生産過程自体の技術的な法則なのである。*13〉(インターネットから)


●原注37

《61-63草稿》

  〈分業についてのベティの見解を古代人のそれから区別するものは、最初から、分業が生産物の交換価値に、つまり商品としての生産物に及ぼす影響を、すなわち商品の低廉化を見ていることである。
  同じ観点を、もっと明確に、一商品の生産に必要な労働時間の短縮と表現し、一貫して主張しているのは、『イギリスにとっての東インド貿易の利益』、ロンドン、1720年、である。
  決定的なことは、どんな商品でも「最少のそして最もやさしい労働」でつくることである。あることが「より少ない労働で」遂行されるならば、「その結果、より低い価格の労働で」遂行されるととになる。こうして商品は安価にされ、その次には、労働時間をその商品の生産に必要な最小限にきりつめることが、競争によって一般的法則となる。/「もし私の隣人がわずかな労働で多くをなすことによって安く売ることができるならば、私もなんとかして彼と同じように安く売るようにしなければならない。」[67ページ]分業について、彼はとくに次のことを強調している。--「どのマユュファクチュアでも、職工の種が多ければ多いほど、一人の人の熟練〔skill〕に残されるものはそれだけ少ない。」よ[68ページ]〉(草稿集④460-461頁)

《初版》

 〈(37) 「どのマニュファクチュアでも、職工が多様であればあるほど、個々の作業はますます秩序正しくもなれば規則正しくもなり、同じ作業が必ずいっそう短い時間で行なわれるにちがいないし、労働がいっそう少なくなるにちがいない。」(『……東インド貿易の利益』、68ページ。)〉(江夏訳394頁)

《フランス語版》

 〈(12) 「あるマニュファクチュアの職人が多様であれぱあるほど、……個々の作業はますます秩序正しくまた規則的になり、個々の作業に必要な時間と労働はますます少なくなる」(『東インド貿易の利益』、68ページ)。〉(江夏・上杉訳359頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *12「全ての工場手工業にとって、技能が多様であればあるほど…. それぞれの仕事の秩序と規則性は大きくなる。同じものは少ない時間でなされるはずであり、労働も少なくなるはずである。」 (「東インド貿易の利点」p. 68.)〉(インターネットから)


●原注38

《初版》

 〈(38) とはいえ、マニュファクチュア的経営は、多くの部門で、この成果には不完全にしか到達していない。というのは、この経営は、生産過程の一般的な化学的および物理的諸条件を確実に統御することができないからである。〉(江夏訳394頁)

《フランス語版》

 〈(13) しかし、多くの部門では、マニュファクチュア的事業はこういう結果に不完全にしか達しない。というのは、それは生産過/程の物理的、化学的な一般条件を確実に統御することができないからである。〉(江夏・上杉訳359-360頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *13「にもかかわらず、工場手工業システムでは、多くの工業部門では、この成果を非常に不完全にしか得て居ない。何故かと云えば、生産過程の一般的 化学的・物理的な確実性をどのように用いるのか知らないからである。〉(インターネットから)


●第7パラグラフ

《61-63草稿》

 〈この協業の最古の形態の一つが、たとえば狩猟のなかに見いだされる。同様にそれは戦争のなかにも見いだされるが、戦争は人間狩り、つまり発展した狩猟にすぎない。たとえば一騎兵連隊の突撃がもたらす効果は、一人ずつ別個に取り出した連隊の個々の隊員ではもたらすことができないものであって、このことは、突撃のあいだに各個人が--彼がそもそも行動するかぎり--行動するのはただ個人としてでしかないにもかかわらず、そうなのである。アジアの大建築物はこの種の協業のもう一つの見本であるが、一般に建築では、協業のこの単純な形態の重要性が非常にきわだって現われるものである。小屋ならたった一人で建てもしようが、家屋の建築ともなれば、それには同時に同じことをする多数の人々が必要である。小さなボートならたった一人で漕ぎもしようが、ちょっと大きな舟ともなれば、それにはある数の漕手が必要である。分業では、協業のこの側面が倍数比例の原理として現われるのであって、〔分業の〕どの特殊的分肢にも〔同じ〕倍数が用いられなければならないのである。〉(草稿集④409頁)
  〈分業にもとづくマニュファクチュアの実例に、活字(印刷用の活字)の鋳造がある。主要な作業が5つある。
  (1)活字の鋳造。「労働者はおのおの1時間で4OO個から5OO個の活字をつくることができる。」[203ページ。]
  (2)活字の分切「(この仕事をする少年は、活字の金属が含む鉛とアンチモンの毒におかされる。)活字は標準寸法に分切される。仕事のはやい少年ならこの作業では1時間に2000個から3000個を分切できる。しかし、労働者のなかには、新しい活字を扱うため、金属の毒におかされて親指と人差指を失った者のあることをいっておかなければならない。[203ページ。]/
  (3)活字は平らな石の上で磨かれて、活字の腹や背の、ざらつきあるいは『ばり』がきれいに落とされるほかに、活字の『斜面』と『足』(shank Bein,Schenkel,Stielなど、ここでは活字の軸)が調整される。上手な磨き工なら1時間に約2000個を仕上げることができる。
  (4)活字は、成年男子か少年によって、長さ約1ヤードの1種の植字盆のなかに、『ネツキ』(nick Kerbe.) を揃え全部上に向けてはめ込まれる。こうして、1時間に3000個から4000個が並べられる。
  (5)第2工程で粗いままに放置されていた活字の底は、かんな(=obel)がけによって平らにされる。それから活字はひっくり返されて〔字づらを〕上にし、すべての線が拡大鏡で綿密に調べられる。欠陥のある活字は抜きとられ、残りは植字盆からはずして山盛りにされる。」[204ページ。]〉
  このように1人の鋳字工が1時間に5OO個の活字を鋳造し、1人の少年が1時間に3000個を分切するとすれば、少年1人にたいして6人の鋳字工が必要である。そして、1人の磨き工が1時間に2000個を磨けば、4人の鋳字工に1人の磨き工が対応する。また、1人の配列工が1時間に4000個をかたづけるとすれば、8人の鋳字工に1人の配列工が対応する。労働の分割にさいしては、そこに倍数〔の原理〕を認めなければならない。いろいろな作業がいま以下のような事情にあるとしよう。3種類の作業があるとする。第1作業が提供するものを加工するために、第2作業が人間を1人働かせるときには、第1作業には2人の人間をあてなければならない。しかし、第1、第2作業の生産物を加工する第3作業に4人が必要なときには、4人をそこにあてなければならない。そうすると、第1作業に2人、第2作業に1人、第3作業に4人、合計7人を充用することになる。これらの倍数は、分業の原理に発するのであって、それぞれ異なる作業の必要と/する時間が相違するにもかかわらず、すべての労働者が、同時に、しかも同じ長さの時間を、もっぱらそれらの作業の一つに従事して働くようにするためなのである。ある段階の生産物ないし仕事(たとえば、ボイラーたき、機械の修理など)の一定量に費やされるその作業時間が少なければ少ないほど、他の〔作業に従事する〕労働者の量はそれだけいっそう多くしなければならない。それは、その仕事に個々人を専従させることができるようにするためである。〉(草稿集⑨88-90頁)

《初版》

 〈とはいえ、作業が異なれば、等しくない長さの時間を必要とするし、したがって、等しい時間内には等しくない量の部分生産物が供給される。だから、同じ労働者が毎日毎日いつでも同じ作業だけを行なうとすれば、相異なる作業には相異なる比例数の労働者が使用されなければならない。たとえば、ある活字マニュファクチュアで、1時間に鋳/字工1人が2000個の活字を鋳造し、分切工1人が4000個を分切し、磨き工1人が8000個を磨くとすれば、このマニュファクチュアでは1人の磨き工につき鋳字工4人と分切工2人が使用されなければならない。ここでは、同種のことを行なう多数の人々の同時就業という最も単純な形態の協業原則が、復活するわけである。といっても、今度は、有機的な関係を表わすものとして復活するのだが。だから、マニュファクチュア的分業は、社会的な全体労働者の質的に相異なる諸器官を単純にし多様にするだけでなく、これらの諸器官の量的な規模の、すなわち、それぞれの特殊機能における労働者の相対的な数または労働者群の相対的な大きさの、数学的に確立された比率をも、創造するわけである。マニュファクチュア的分業は、社会的労働過程の質的編成とともに、この過程の量的な規準と均整とを発展させる。〉(江夏訳394-395頁)

《フランス語版》

 〈しかし、いろいろな諸作業が必要とする時間の長さは同じではなく、したがって、それらが同じ長さの時間内に供給する部分生産物の量は同じではない。だから、同じ労働量が毎日つねに同一の作業を行なわなければならないならば、作業がちがえば労働者を使う割合もちがわなければならない。たとえばある活字マニュファクチュアでは、分切工2人と磨き工1人にたいし鋳字工4人を使わなければならない。鋳字工は1時間に2000個の活字を鋳造するのにたいし、分切工は4000個の活字を分切し、磨き工は8000個の活字を磨く。協業の原則が、同種の作業に多くの労働者を同時に使うという最も単純な形態で、再現する。だが、この原則は今度は有機的な関係の表現である。したがって、マニュファクチュア的分業は、集団労働者の質的にちがう諸器官を単純にするのと同時にふやすだけではない。この分業は、さらに、諸器官の量、すなわちそれぞれの特殊機能を行なう労働者の相対数または労働者群の相対的な大きさを定めるような固定した数学的比率をも、作り出すのである。〉(江夏・上杉訳360頁)

《イギリス語版》

  〈(7)とはいえ、それぞれの異なる作業は、同じ時間内では終わらない。であるから、同じ時間内では、各細目生産物は同じ量とはならない。従って、もし同じ労働者が、毎日々々同じ作業を行うならば、それぞれの作業には異なる労働者数を配置しなければならない。例えば、活字鋳造工場では、一人のヤスリ工に対して4人の鋳造工と分断工が2人である。各1時間で鋳造工は、2,000個の活字型に鋳湯し、分断工は4,000個の活字鋳を分断し、ヤスリ工は、8,000個の活字にヤスリがけする。我々は、ここに改めて、最も単純な形式の協業原理を取り上げることになる。同じことをする多くの雇用者の同時的雇用と云うことである。ただこの場合は、この原理が有機的関係を表すものとなる。工場手工業で行われる労働の分割は、社会的で集合的な労働のそれぞれ質が異なるものを単純化したり多様化したりするだけではなく、それらの労働の量的大きさを支配する決まった数学的な関係や比率を作りだす。すなわち、労働者数の相対的な設定、または労働者たちのグループの相対的な人数の設定をそれぞれの細目作業に応じて行う。つまり、社会的労働過程のさらに細かい質的な分割を産み出すとともに、その労働過程に対する量的な規則と比例関係を発展させる。〉(インターネットから)


●第8パラグラフ

《初版》

 〈いろいろな部分労働者鮮の最も適当な比例数が、特定の生産規模について経験上確定されれば、この規模は、それぞれの特殊な労働者群の倍数を用いることによってのみ、拡大することができる(39)。おまけに、同じ個人がある種の労働を規模の大小に関係なく同じように行なうばあいもあるのであって、たとえば、監督労働や、部分生産物をある生産段階から別の生産段階に運搬すること等々が、それである。だから、こういった機能を独立させること、または、これを特別な労働者に割り当てることは、就業労働者数の増大によって初めて有利になるのであるが、この増大が起きればすぐさま、すべての労働者群もこの増大と均整をとって増大されなければならない。〉(江夏訳395頁)

《フランス語版》

 〈ある与えられた生産規模にとって、種々の部分労働者群の最も適当な比例数がいったん経験上確定されてしまえば、それぞれの特殊労働者群の倍数を用いることによってのみ、この規模を拡大することができる(14)。同じ個人が、大規模でも小規模のばあいと全く同様に、ある種の労働、たとえば監督労働や、ある生産段階から別の生産段階への部分生産物の運搬などを行なう、ということをさらに付け加えよう。だから、これらの諸機能を分立するかあるいは独自の労働者にまかせることは、作業場の人員を増加した後ではじめて有利になることであるが、このばあいこの増加はすべての労働者群に比例的に及ぶものである。〉(江夏・上杉訳360頁)

《イギリス語版》

  〈(8)ある与えられた規模の生産をする場合、一度、最も適切な構成の様々なグループの細目労働者数が経験的に確立されたならば、その規模は、各特定のグループの倍数を雇用することによってのみ拡大することができる。*14
  そこには、以下のことが生じる。同じ個人が小さな規模でやっていた作業を、大きな規模になってもそのまま行うことができる。例えば、監督とか、細目生産物の一つの段階から次の段階への運搬 等々の労働がそれである。この機能の分離や、特定の労働者を配置することは、雇用労働者の数が増大するまでは有利ではないが、全体の労働者数が増大すれば、その特定労働者の数の増加はすべてのグループに対して一様に比例的に行われることにならざるを得ない。〉(インターネットから)

  (付属資料(5)に続く。)

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『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(12)

2024-08-30 11:27:45 | 『資本論』

『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(12)


【付属資料】(5)


●原注39

《61-63草稿》

 〈各種のマニュファクチュアの生産物の特殊的性質に従って、製造をいろいろな部分作業に分けうる最も有利な仕方も、それぞれの作業のために必要な労働者数も、経験によって知られているとき、この数の正確な倍数を自己の労働者の数として適用しない工場は、すべて、製造中の節約がより少ないことになろう」(バピジ、『機械およびマニュファクチュア経済論』、第22章)。たとえば種々の作業の遂行に10人の労働者が必要であれば、充用される労働者数は10の倍数でなければならない。「そうでなければ、労働者たち一人ひとりをいつも同じ細自作業〔Detail der Fabrikation〕に使用することはできない。……これは、工業施設が巨大な規模をもつ原因の一つである」(同前)。単純協業の場合と同様に、ここでもふたたび倍数の原理〔がはたらいている〕。しかしいまでは、比例性を維持するために必要な諸比率は、分業そのものによって規定されているのである。総じて、労働の規模が大きくなればなるほど、〔労働の〕分割がそれだけ高い程度に進められうることは明らかである。第一に、正しい倍数を適用することができるからである。第二に、どの程度まで作業が分割できるか、またどの程度まで、一人の労働者の全時間を一つの作業で吸収できるかは、当然この規模の大きさにかかっているからである。〉(草稿集④463頁)

《初版》

 〈(39) 「それぞれのマニュファクチュアの生産物の特殊な性質に応じて、製造を部分作業に分割する最も有利なやり方も、これらの部分作業に必要な労働者数も、経験の教えによって知られているとすれば、この数の正確な倍数を使用しない工場はどれも、製造費がより多くかかることになろう。……これが、製造工場のものすごい拡張の諸原因の一つである。」(Ch・バベージ『機械の経済について』、第2版、ロンドン、1832年、第20章。)〉(江夏訳395頁)

《フランス語版》

 〈(14) 「それぞれのマニュファクチュアの生産物の特殊な本性にしたがって、製造を諸部分作業に分割する最も有利な様式と、それぞれの作業に必要な労働者数とが、経験上いったん知られてしまえば、この数の正確な倍数を用いない事業所での製造はすべて、いっそう多くの費用がかかるわけである。……これこそが、数々の工場の巨大な拡張の原因の一つである」(C・バベジ『機械の経済について』、ロンドン、1832年、第21章、172、173ぺージ)。〉(江夏・上杉訳360頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *14「いつでも(それぞれの工場手工業の生産の特異な性質から) 最も有利となるように多くの工程を分割することが確かめられており、同様そのような労働者数を雇用することも確認済であるならば、その正確な倍数の労働者数を雇用しない他の全ての工場手工業はその品物の生産にはより大きな費用を要することとなろであろう。…. かくて、工場手工業が大きな規模となる原因がここに生じる。」(C. バベッジ 「機械の経済性について」第1版 ロンドン 1832年 第21章 172-173ページ)〉(インターネットから)


●第9パラグラフ

《初版》

 〈同じ部分機能を行なう若干の労働者から構成されている群の一つ一つは、同質の諸要素から成り立っていて、全体機構の一つの単純な器官になっている。ところが、いろいろなマニュファクチュアでは、この群そのものが一つの編成された労働体であるが、この全体機構のほうは、これらの基本的な生産有機体が重複されまたは掛け算されることによって形成されている。たとえば、ガラスびんのマニュファクチュアをあげてみよう。それは三つの本質的に区別された段階に分かれている。第一は、準備段階であって、ガラス調合の準備や、砂や石灰などの混合や、この調合物の流動状ガラス塊への融解、といったようなものである(40)。この第一段階ではいろいろな部分労働者が働かされているが、このことは、乾燥がまからのびんの取り出しや、それの品分けや、それの荷造り等々、といった最終段階でも同じである。この両方の段階の中間に、本来のガラス製造、すなわち流動状ガラス塊の加工がある。一つのガラスがまの同じ口では、イギリスでは“hole"(穴)と呼ばれている一群が労働していて、この群は、びん製造工あるいは仕上げ工1人、吹き工1人、集め工1人、積み工あるいは磨き工1人、運搬工1人から構成されている。この5人の部分労働者が単一の労働体の5つの特殊器官になっていて、この労働体は、統一体としてのみ、したがって、5人の直接的な協業によってのみ、働くことができる。5つの部分から成る労働体の一肢が欠ければ、この労働体は麻姉してしまう。ところが、同じガラスがまには、いろいろな口、たとえばイギリスでは4つないし6つの口があって、その一つ一つには、流動状のガラスのはいった土製熔解坩堝(ルツボ)が埋められており、どの口でも、同じ五分肢形態の専属の一労働者群が、働いている。各個の群の編成は、ここでは、直接に分業にもとづいているが、いろいろな同種の群のあいだの紐帯は、単純な協業--この協業は、生産手段の一つを、ここではガラスがまを、共同消費によっていっそう経済的に使用する--である。4つないし6つの群をもったこのようなガラスがまが、一つのガラス製造所になり、そして、一つのガラス・マニュファクチュアには、多数のこのような製造所と同時に、準備的生産段階および最/終的生産段階用の設備や労働者が包括されている。〉(江夏訳396-397頁)

《フランス語版》

 〈各個の群が、同質の要素、すなわち同じ部分機能に使われる労働者から成っているばあい、それは全体機構の一つの特殊器官を成している。しかし、さまざまなマニュファクチュアでは、この群が一つの完全に組織された集団労働者であるのに対し、全体機構はこれらの基本的生産有機体の倍数すなわち掛け算によってはじめて形成されるのである。たとえば、製壜マニュファクチュアをとってみよう。それは、本質的にちがった三つの段階に分解される。第一には、ガラスの調合、石灰や砂などの混合、この調合物の流動物への融解が行なわれる準備段階(15)。この第一段階では、乾燥がまからの壜の取出し、その品分け、その荷造り等々から成る最終段階においてと同じょうに、さまざまな種類の部分労働者が就業している。この両段階のあいだでは、厳密な意味でのガテス製造、すなわち流動物の成形が行なわれる。同じかまの口で一つの群が労働するが、この群はイギリスでは穴<hole>と呼ばれ、壜製造工<bottle maker>あるいは仕上工1人、吹き工<blower>1人、集め工1人、積み工あるいは磨き工1人、運搬工1人から成っている。これら5人の労働者は一つの集団労働力のそれぞれにちがった5つの器官をなしており、この集団労働力は統一体としてのみ、すなわち5人の労働者の直接的な協業によってのみ機能するのである。この有機体は、その肢体のただ一つが欠けてもすぐに麻痺してしまう。同じかまには幾つかの口があり、イギリスでは4個ないし6個あって、その一つ一つが融解したガラスの充満した粘土製坩堝(ルツボ)がまに通じており、5人の労働者から成る専属の群がその一つ一つの口で働いている。このばあいそれぞれの群の有機体は分業にもとづいているのにたいし、さまざまな相似の群のあいだの紐帯は、生産手段の一つであるかまを共同で使用することによって節約を可能にするところの単純な協業から成っている。4ないし6の労働者群をもつこの種のかまが一つの小作業場をなしており、一つのガラス・マニュファクチュアは、準備と仕上げとの生産段階にとって必要である労働者や素材をかかえた多くのこうした作業場を包括している。〉(江夏・上杉訳361頁)

《イギリス語版》

  〈(9)個々にはいかなる特異な機能が割り振られていようと、その労働者達の隔絶されたグループは、同質的な要素をなしており、全メカニズムを構成する一つのパーツである。しかしながら、多くの工場手工業においては、そのグループ自体が一つの労働の組織体であり、全体のメカニズムはこれらの基本となる有機的組織体の併置またはその倍数の有機的組織となっている。その例として、ガラス壜工場手工業を取り上げてみよう。それは、基本的に異なる三つの段階に分けることができよう。最初は前段で、ガラスの諸材を準備する。けい砂とソーダ灰を混合する等、そしてそれらをガラス溶解釜で溶けている流動化ガラス体の中に投入して溶かす。*15
  様々な細目労働者たちがこの最初の段階に雇用されている。また同様、最終段階、徐熱炉から壜を取り出したり、仕分けしたり、梱包したり等々にも、雇用されている。これらの二つの段階の間に、適切な温度状態にガラスを溶解し、流動状態のガラスを取り扱う中間段階がくる。溶融炉の各取り出し口で、一つのグループが作業する。グループは「穴」と呼ばれ、一人の壜製造工または仕上げ工、一人の吹き手、一人の集め手、一人の積み手または研ぎ手、そして一人の検査工で構成される。これらの5人の細目労働者達は、ただ一つの全体としての機能する有機的組織であって、ありとあらゆる特別な器官群となっている。従って、直接的な全5人の協業によってのみ機能する。もしそのメンバーの一人が欠ければ、そのグループ全体が麻痺する。もっとも一つのガラス溶解炉には幾つかの取り扱い口があり、(英国では4から6ヶ所) そのそれぞれに溶解したガラスをたっぷり入れる坩堝があり、同じような5人のグループがそれぞれに雇用されている。その各グループは分業に置かれているが、その異なるグループ間のきずなとしては、単純な共同作業がある。生産手段という一つの共通なものを使用するからである。溶融炉をである。そうすることによって、より経済的に溶融炉を使用できるからである。そのように、炉は4-6のグループによって、ガラス工場を形成する。そして、ガラス壜工場手工業はそのようなガラス工場をいくつか包括し、準備段階と最終段階に必要な設備と労働者を抱える。〉(インターネットから)


●原注40

《初版》

 〈(40) イギリスでは、融解がまは、ガラスが加工されるガラスがまと区別されているが、たとえばベルギーでは、同じかまが両方の過程に用いられている。〉(江夏訳397頁)

《フランス語版》

 〈(15) イギリスでは融解がまが、ガラスの調合が行なわれるガラスがまと区別されている。たとえばベルギーでは同じかまがこの二つの作業に使われている。〉(江夏・上杉訳361頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *15 英国では、溶解炉は、そこからガラスを取りだして取り扱うためのガラス炉とは明確に分かたれているが、ベルギーでは一つの同じ炉が両方の過程に用いられている。〉(インターネットから)


●第10パラグラフ

《初版》

 〈最後に、マニュファクチュアは、その一部がいろいろな手工業の結合から生じているのと同じように、いろいろなマニュファクチュアの結合に発展することがありうる。たとえば、イギリスの比較的大きなガラス工場は、自分の土製の融解坩堝を自分で製造する。というのは、生産物の成否がこの坩堝の品質に本質的に依存しているからである。このばあいには、生産手段のマニュファクチュアが、生産物のマニュファクチュアと結合されている。これとは逆に、生産物のマニュファクチュアが、この生産物そのものをまたも原料として用いるマニュファクチュアと結合されたり、後にこの生産物と合成される生産物を生産するマニュファクチュアと結合されたりすることもある。こうして、たとえば、ガラス磨き業や黄銅鋳造業--種々のガラス製品に金属をちりばめる業--と結合した鉛ガラスのマニュファクチュアが、見いだされる。こういったばあいには、結合されたいろいろなマニュファクチュアは、一つの全体マニュファクチュアの多かれ少なかれ空間的に分離された部門を、構成すると同時に、それぞれが固有の分業をもつところの互いに独立している生産過程をも、構成しているのである。結合マニュファクチュアは、多くの技術的および経済的利点を提供しているにもかかわらず、それ自身の基礎上では真の技術的統一をなんら獲得していない。この統一は、結合マニュファクチュアが機械的経営に転化するさいに、初めて生ずるのである。〉(江夏訳397頁)

《フランス語版》

 〈最後に、マニュファクチュアは、それが一部は種々の手工業の結合から生ずるのと同じょうに、いろいろなマニュアァクチュアを一緒に結合することによって発展することもありうる。イギリスの大規模なガラス工場が工場自体で粘土の坩堝がまを製造するのが、そうである。これは、生産物の成果が大部分、坩堝がまの品質に依存しているからである。このばあいには、ある生産手段のマニュファクチュアが生産物のマニュファクチュアと結合されている。逆に、生産物のマニュファクチェアが、この生産物が原料として入り込むマニュファクチュアか、または、それが後に合成される別の生産物を生産しているマニュファクチュアと、結合することもありうる。たとえば、われわれは、ガラス研磨や銅鋳造と組み合わされている鉛ガラス・マニュファクチュアを見出すのであって、銅鋳造の作業は、種々のガラス製品の象眼または座金を目的としているのである。そのばあい、結合された種々のマニュファクチュアは、全体マニュファクチュアの多かれ少なかれ分立された諸部門をなすと同時に、それぞれがそれ自身の分業をもつ独立した生産過程をもなすのである。結合されたマニュファクチュアは利点をもつとはいえ、それでもなお、それ自身の基礎にもとついているかぎり真の技術的統一を獲得していない。この統一は、マニュファクチュア的経営が機械制経営に転化した後にはじめて現われる。〉(江夏・上杉訳362頁)

《イギリス語版》

  〈(10)工場手工業は、様々な手工業の組み合わせから立ち上がったが、最終的には、それと同様に、様々な工場手工業の組み合わせへと発展する。例えば、英国の大きなガラス工場手工業は彼等自身が使う溶解用の坩堝を作る。何故か、その過程の成功あるいは失敗かが、非常に大きく、これらの品質にかかっているからである。ここでは、その生産物の工場手工業と、生産手段の工場手工業とが結び付けられた。また他方、ある生産物を作る工場手工業が、他の工場手工業に結合される。その生産物を原料とする工場手工業であるとか、その生産物がそのまま混合される工程をもつ工場手工業とか 等である。であるから、我々は、ある鉛ガラス工場手工業を、ガラス細工工場手工業や真鍮鋳造工場手工業と結びついて出来上がった工場手工業として見出す。後者は様々なガラス細工品に金属細工品を取り付けるためである。そのように組み合わされた様々な工場手工業は、大抵は、大きな工場手工業の個別の部門を形成する。だが同時に独立した過程をであり、それぞれの分業を担う。この工場手工業の組み合わせには、多くの利点があるにも係わらず、工場手工業は自身の基盤の上で、完成した技術システムへと成長することは無かった。それが生起するのはだだ一つ、機械によって成される工業への移行によってのみなのである。〉(インターネットから)


●第11パラグラフ

《61-63草稿》

 〈最後にA・スミスが述べているのは、「労働を短縮したり容易にしたりするすべての機械の発明は、本来は分業に由来する」[同前、21-22ページ〔邦訳、75ページ〕]、(つまり、自分の全注意をもっぱら一つの単純な対象に向けている労働者自身によって〔行なわれる〕)、ということである。また、学者あるいは理論家が機械の発明に及ぼす影響は、それ自身、社会的分業に負うものであって、この分業によって、「哲学的認識や思弁的認識が、他のあらゆる仕事と同じように、市民の特定階級の主要または唯一の職業になる」[同前、24ページ〔邦訳、77ページ〕]。〉(草稿集④436頁)
  〈ペティの場合やさきに引用した東インド貿易の弁護者の場合(つまり近代人たちの場合)、分業にかんしてはじめから特徴的なことは、商品を安くすること--一定の商品の生産に社会的に必要な労働を減少させること--が主眼点となっていることである。ぺティの場合には、分業は外国貿易との関連で論及されている。ぺティが世界貿/易そのものをより少ない労働時間で同じ成果を達成するための手段として叙述するのと同様に、東インド〔貿易を弁護する〕人の場合には、直接に〔分業を〕、世界市場で競争者たちよりも安く売るための手段として叙述している。〉(草稿集④476-477頁) 
 〈火薬羅針盤印制術--市民社会の前触れとなる三大発明。火薬は騎士階級を吹き飛ばし、羅針盤は世界市場を発見し植民地をつくりだす。さらに印刷術は、プロテスタンティズムの、総じて科学の復奥の手段、精神的に不可欠な諸前提のための最強の槓杆である。
  水車(風車)と時計は、ともに〔過去から〕うけつがれた機械であるが、両者の発展は、マニュファクチュアの時代に早くも機械(マシネリー)の時代を用意するのである。それゆえ、「水車〔Mühle,mill〕」で、ひとは、自然力で動かされるあらゆる労働用具--もっと複雑な、そのさいは手が動力であるような道具、でさえも--を〔さすのである〕。製粉機においては、機械の諸要素は、すでに一定程度の独立性と広がりをもって並立するところまで発展をとげている。すなわち、動力、つまり動力がそこで作用する原動機〔Prime Motor〕、原動機と作業機のあいだの歯車装置・槓杆・突起などのような結合装置。〉(草稿集⑨58頁)
  〈{大きなマニュファクチュアがある程度まで発達するとすぐに、挽く砕く搗く縮充する圧縮するなどの単純な個々の工程にはそれぞれ単独の機械があてられるようになるが、しかしそのさい、動力は、〔作業〕機構のあらゆる不完全さをのりこえなければならない。}〉(草稿集⑨69頁)

《マルクスからエンゲルスへの書簡(1863年1月28日》

  〈技術学的-歴史的な書き抜きを読み返してみて、僕は次のような見解に到達した。火薬や羅針盤や印刷術の発明--これらのブルジョア的発展の必要前提条件--を別とすれば、16世紀から18世紀の中葉までの時代、つまり手工業から出発して本来の大工業にまで発展するマニュファクチュアの時代には、マニュファクチュアの内部で機械工業のための準備が形成されるための二つの物質的基礎は、時計ミューレ(さしあたりは穀物ミユーレ、しかも水車) であって、両方とも古代から伝えられたものだ。(水車はユーリウス・カエサルの時代に小アジアからローマに持ってこられた。)時計は、自動装置が実用目的に応用された最初のものだ。そして、一様な運動の生産にかんする全理論が時計において発展する。当然のこととして、時計そのものが半ぽ芸術的な手工と直接的な理論との結合にもとづいている。たとえばカルダーノは時計の構造について書いた(そして実用的な製法書を与えた)。「学者的な(非同職組合的な)手工業」、時計製造は16世紀のドイツの著述家たちのあいだではこう呼ばれている。そして、時計の発展においては、手工業の基礎のうえでは学問と実際との関係がたとえば大工業におけるのとはまったく違っている、ということが示されるだろう。18世紀には自動装置(しかもぜんまいによって動かされるもの)を生産に応用するという最初の着想を時計が与えた、ということには少しも疑う余地がない。ヴォカンソンのこの種の試みが、イギリスの発明家たちの想像力に特別な影響を与えた、ということは歴史的に論証できることだ。
  他方、ミューレでは、水車が与えられると、はじめから機械の機構における本質的な相違が見られる。機械的な動力。まず第一に、ミューレが待っている発動機。伝動機構。最後に、素材をつかまえる作業機。これらがみな互いに独立な存在様式をもっている。摩擦の理論、それとともに歯車装置や歯の数学式にかんする諸研究、等々がみなミューレによってなされる。同様にここではじめて、動力の強度の測定、その応用の最良の仕方、等々にかんする理論。17世紀中葉以後のほとんどすぺての偉大な数学者は、彼らが実用的な機械学に関係してそれを理論化しているかぎりでは、簡単な水力-穀物ミューレ〔水力製粉機〕から出発している。だから、マニュファクチュア時代に生まれたミユーレミルという名称も、実際には、実用目的に向けられた機械的な発動装置のすべてを意味するものだったのだ。/
  だが、ミューレでは、印刷機や鍛冶装置や犂(スキ)などの場合とまったく同様に、はじめから、本来の労働、すなわち打つ、砕く、粉にするなどの労働が、人間労働なしで行なわれる。たとえ動力が人力や畜力であろうとも。だから、この種の機械装置は、少なくともその発端においては非常に古いもので、それにあっては固有な機械的動力が以前から応用されていたのだ。だから、それはマニュファクチュア時代に現われるほとんど唯一の機械装置でもあるのだ。産業革命が始まるのは、昔から最後の結果が人間の労働を必要とするところに、つまり、あの道具の場合のように本来加工されるべき素材が以前から人間の手を必要としないのではなかったところに、事柄の性質上人間がはじめからたんなる力として作用するのではないところに、はじめて機械装置が応用されるときである。もしドイツのばか者どもとともに、畜力(したがって人力とまったく同様に自由意志的な運動)の応用を機械装置だと言うならば、いずれにせよこの種の機関車の応用は最も簡単な手工道具よりもはるかに古いのだ。〉(全集第30巻258-259頁)

《初版》

 〈マニュファクチュア時代は、商品生産に必要な労働時間の短縮を、やがては意識的原則として宣言する(41)のであるが、この時代は、機械の使用--とりわけ、大規模にしかも大きな力を消耗して行なわれるべきである種の最初の簡単な過程のための、機械の使用--をもまばらに発展させる。かくして、たとえば、やがて、製紙マニュファク/ュアでは屑が製紙粉砕機で粉砕され、冶金工場では鉱石がいわゆる鉱砕機で粉砕される(42)。ローマ帝国は、すべての機械の基本的な形態を水車において伝えていた(43)。手工業時代は、羅針盤火薬印刷術や自動時計という偉大な発明を残した。とはいえ、一般的に言って、機械は、アダム・スミス分業のそえ物として当てがっているような脇役を演じていた(44)。機械のまばらな使用は17世紀にはきわめて重要なものになったが、そうなったのは、こういった使用が当時の大数学者にたいして、近代的力学の創造のための実地上の基礎と刺激剤とを提供したからである。〉(江夏訳397-398頁)

《フランス語版》

 〈マニュファクチュア時代には、マニュファクチュアの原則とは商品の生産に必要な労働時間の短縮にほかならなかった、ということがやがて認められるであろうし、この点について非常に明瞭に意見を述べた人がいる(16)。マニュファクチュアとともに、機械の使用、とりわけ、大規模に大きな力を使用しないかぎり遂行できないような若干の単純な予備的作業のための機械の使用も、あちこちで発展した。こうして、たとえば、金属工場では鉱石の粉砕がいわゆる砕鉱機と呼ばれる水車によって行われていたのと同じように、やがて製紙マニュファクチュアではぼろの粉砕が特別の水車によって行われた(17)。ローマ帝国は水車とともにあらゆる種類の生産機械の基本的形態を伝えた(18)。手工業時代は、羅針盤や火薬や印刷術や自動時計という偉大な発明をのこした。しかし、一般的に言えば、機械はマニュファクチュア時代には、/アダム・スミスが分業のかたわらに割り当てているところの脇役しか演じなかった(19)。機械の使用は、まばらではあったが、17世紀には非常に重要になった。というのは、それが当時の大数学者たちに、近代力学の創造のための支点と刺激とを提供したからである。〉(江夏・上杉訳362-363頁)

《イギリス語版》 イギリス語版ではこのパラグラフは11、12の二つのパラグラフに分けられているが、ここでは一緒に紹介しておく。

  〈 (11)初期の工場手工業の時代においては、商品の生産に要する必要労働時間の短縮の原則は、*16 一般的に認識されており、公式化されてもいた。そして、機械の使用も、特に、大規模に実施されねばならない、ある単純な最初の過程では、大きな力の応用があちこちに広がっていた。例えば、初期の製紙工場手工業では、製紙原料の破砕は、製紙用破砕機によってなされた。金属工場手工業では、鉱石の粉砕は、連続打砕機によって実施された。*17 ローマ帝国は、全ての機械の初歩的な形式としてよく水車を用いたものであった。*18
   (12)手工業時代は、我々に、偉大な遺産を伝えている。羅針盤、火薬、活字印刷、自動時計と言った発明である。しかし、全体として見れば機械は、アダム スミスが、分業を、機械で説明したように、脇役でしかなかった。*19 17世紀の機械使用の散見は非常に重要なことである。なぜならば、それが当時の偉大なる数学者達に実用的な基礎と機械科学の創出への刺激を供したからである。〉(インターネットから)


●原注41

《初版》

 〈(41) このことは、なかんずく、W・ペティやジョン・ベラーズやアンドルー・ヤラントンの著作から、『東インド貿易の利益』、およびJ・ヴァンダリントから、判断することができる。〉(江夏訳398頁)

《フランス語版》

 〈(16) このことは、なかんずくW・ペティ、ジョン・ベラーズ、アンドルー・ヤラントン、『東インド貿易の利益』、J ・ヴァンダリントにおいて、見ることができる。〉(江夏・上杉訳363頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *16 これについては、W. ペティ、ジョン ベラーズ、アンドリュウ ヤラントン等の 「東インド貿易の利点」、J. バンデルリントから、見ることができる。これ以外のことについてはなにも述べていないが。〉(インターネットから)


●原注42

《初版》

 〈(42) 16世紀の末ごろでもまだ、フランスでは、砕鉱や洗鉱に臼や篩(フルイ)が用いられていた。〉(江夏訳698頁)

《フランス語版》

 〈(17) 16世紀の終わりごろ、フランスではまだ、砕鉱し洗鉱するために臼や篩(フルイ)が用いられていた。〉(江夏・上杉訳363頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *17 フランスでは、16世紀の終りに至るまで、鉱石の破砕や洗鉱に、すり鉢や篩が依然として使われていた。〉(インターネットから)


●原注43

《61-63草稿》

  〈水車(風車)と時計は、ともに〔過去から〕うけつがれた機械であるが、両者の発展は、マニュファクチュアの時代に早くも機械(マシネリー)の時代を用意するのである。それゆえ、「水車〔Mühle,mill〕」で、ひとは、自然力で動かされるあらゆる労働用具--もっと複雑な、そのさいは手が動力であるような道具、でさえも--を〔さすのである〕。製粉機においては、機械の諸要素は、すでに一定程度の独立性と広がりをもって並立するところまで発展をとげている。すなわち、動力、つまり動力がそこで作用する原動機〔Prime Motor〕、原動機と作業機のあいだの歯車装置・槓杆・突起などのような結合装置。〉(草稿集⑨58頁)

《初版》

 〈(42) 機械の全発展史は、製粉水車の歴史を見てたどることができる。工場は、英語ではいまなおmill〔水車〕と呼ばれている。19世紀の初めの数十年間のドイツの技術学書には、いまなおMühle〔水車〕という表現が、自然力で運転される機械を表わすためだけでな〈、機械装置を用いるすべての製造所を表わすためにさえ、掲載されている。〉(江夏訳398頁)

《フランス語版》

 〈(18) 製粉機の歴史によって機械使用一般の発展を一歩一歩追うことができる。イギリスでは、工場はいまでも水車<mill>と呼ばれている。ドイツでは、これと同じ mühle という名称が今世紀最初の30年間の工業技術関係書のなかで用いられており、自然力によって動かされるすべての機械ばかりでなく、機械制装置を用いるすべてのマニュファクチュア工場をも表わしている。フランス語では、最初穀物の挽割りにたいして用いられていた moulin という言葉が、後には外力で動き物体にはげしい圧力を加えるすべての機械、すなわち、以下いずれも水車を動力源とする、火薬製造用のローラー臼、製紙用の木材破砕機、タン皮破砕機、ラシャの搗き晒し機、糸撚り機、鍛造ハンマー、鋳貨刻印機<moulin à poudre ,à papier,à tan,à foulon,à retordre le fill,à forge,à monnaie>などにたいして用いられた。〉(江夏・上杉訳363頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *18 機械発達史の全容は、その歴史をトウモロコシの粉挽き工場 "corn mill" にまで遡ることができる。英国の工場は今でも "mill" と呼ばれる。ドイツでも、今世紀最初の10年間の技術的な書物の中では、"Muhle" (訳者注: 英文にすれば、millとか、grinderである。) という単語が使われているのを依然として見ることができる。自然の力で駆動されるすべての機械のことだけではなく、機械そのものの本来の性質を有する機器類を備えた全ての工場手工業をも含めて使われている。(ここで茶色とした文字については、少し後で、訳者余談でその理由を書く。)〉(インターネットから)


●原注44

《経済学批判要綱》

 〈「機械に変形された資本で労働を補うことは、人類を特徴づけ、また区別する特性のひとつである。」(120ページ。)(ローダデイル、ノート、9ページ。)「いまや了解されるように、資本の利潤が生じるのはつねに、人間が自分の手でなさねばならない労働の一部を資本が補うことによってであるか、あるいは人間の個入的努力を超えていて、人間が自分では実行できない労働の一部を資本が遂行することによってであるか、そのどちらかである。」(同前、119ページ。)ローダデイルは、スミスおよびロックと論争しているが、ローダデイルによれば、労働を利潤の創造者であるとする彼らの見解は、次のことに帰着するのである。すなわち、「もしも資本の恩恵についてのこの考えが厳密に正しいとするならば、資本は富の本源的源泉ではなく、派生的源泉であるという、また、資本の利調は労働者のポケットから資本のポケットへの移転にすぎないのだから、資本を富の諸原理のひとつとみなすことはできない、という結論になるはずである。」(同前、116、117ページ。)「資本の利潤が生じるのはつねに、人間が自分の手でなさねばならない労働の一部を資本が補うことによってであるか、あるいは人間の個人的努力を超えていて、人間が自分では実行できない労働の一部を資本が遂行することによってであるか、そのどちらか、である。」(同前、119ページ、〔ノート〕9ページ、b。)「資本家は、彼の貨幣を使用することによって消費者階級のある一定の労働を節約するとしても、それによって彼がその労働の代わりに彼自身の労働の等しい部分を用いているわけではない、ということに注目する必要がある。このことは、それを遂行するのが彼の資本であって、彼自身ではないということを立証している。」(同前、132ページ、ノート、10ページ。)「もしもアダム・スミスが、機械の効果は労働を容易にすることである、あるいは彼自身が述べているように、労働の生産力を増大させることであると想像するかわりに(スミス氏が、資本の効果は労働の生産力を増大させることである、と言うことができたのは、奇妙な混乱した考え方のためにすぎない。同じ論理をもってすれば、与えられた二つの場所のあいだの迂回道路を半分だけ短縮することは歩行者の速度を二倍にするのと同じことだ、と主張す/ることも大いに可能であろう。)、機械に支払われるファンドが利潤を生むのはそれが労働を補うことによってであるということを認めていたならば、彼は利潤の源泉を同一の事情に帰していた、であろう。」(〔同前、〕137ページ、〔ノート〕、11ページ。)〉(草稿集②467-468頁)

《61-63草稿》

 〈分業の考察におけるスミスの主要な功績は、彼が分業を先頭に立てて強調し、しかもまともに労働の(すなわち資本の)生産力として強調している、ということである。分業を把握するさいの、彼は、近代的工場からはまだ大きくへだたっていた、マニュファクチュアという当時の発展段階に従属している。したがってまた、機械--それはまだ分業のほんの添え物として現われているにすぎない--にたいしてよりも分業にたいして相対的に過大な比重がおかれている。〉(草稿集④438頁)
  〈A・スミスは多くの点で彼の先行者たちに劣っているのだが、彼を際立たせているのは、彼が「労働の生産諸力の増大」という言葉を使用している点である。A・スミスの居合わせた時代がまだどんなに大工業の幼年期であったかは、機械が分業の派生的結果(コロラリー)として現われているだけであって、機械にかんする発見をするのは、彼の場合にはまだ、自分の労働をやさしくしかつ減らそうとしている労働者だ、というところに現われている。〉(草稿集④461頁)
  〈それにたいして、すでにA・スミスが直面していたような、ブルジョア社会の進んだ発展段階にあっては、マンデヴィル、ハリス、等々によってなされた上述の考察を単純に再生産することは、術学的な子供っぽさをある程度つけ加えて現われることにならざるをえなかったし、とくにスミスが行なっているそのような潤色は、彼が分業を特殊資本主義的な生産様式として鮮明かつ明確に理解しないという結果を生じている。同様に他方では、彼(スミス--引用者)がマニュフアクチュアにおける分業を特別に重視していることは、彼の時代が近代的工場制度の生成しつつある時代であったことを示している。この点については、ユアが正しく次のように述べている。--
  「A・スミスが経済学の諸原理にかんする彼の不朽の著作を書いた当時は、工業の自動体系はまだほとんど知られていなかった。分業がマニュファクチュアの完成の主要原理だと彼に思われたのは当然であった。……しかし、スミス博土の時代には有益な実例となりえたものも、今日では、/現代の工業の実際の原理について世間を誤らせることに役立つだけであろう。……熟練度の違いに応じて労働を分割するというスコラ的なドグマは、経験豊かなわれらの工場主によってついに使いつくされてしまった」(アンドルー・ユア『工場哲学』〔フランス語版〕、第1巻、第1章)(初版〔英語版〕の刊行は1835年)。
  この箇所が的確に示しているように、ここで問題とされている--そしてもともとA・スミスの場合にも実際にはこれを問題にしている--分業は、けっして、大多数の、またきわめて多種多様な社会状態に共通する一般的カテゴリーではなく、まったく規定された歴史的な・資本の一定の歴史的発展段階に対応する・生産様式なのである。それどころかそれは、A・スミスが唯一支配的で圧倒的なものとして描いたような形態においては、当時でさえ、資本主義的生産の発展の、すでに乗り越えられた、過去のものとなった段階に属するものとなっていたのである。
  ユアはさきに挙げた箇所でこう述べる。(1)「それゆえここから彼(A・スミス)は、当然これらの作業のそれぞれに、賃銀と熟練とが相応している労働者をあてることができる、と結論した。このような適材適所〔appropriation〕に鈍業の真髄がある。」つまり、第一に、労働者を特定作業に同化させること〔Aneignung〕、この作業のもとに労働者を包摂すること。それ以後は、彼はこの作業に所属す/るのであり、この作業は、一抽象物〔Absraktum〕に引き下げられた彼の労働能力の専有の機能となるのである。
  したがって第一に、労働能力がこの特殊的作業に同化される。しかし第二に、作業そのものの基礎は依然として人間の身体であるから、ユアが言うように、この適材適所〔Appropriation〕は同時に、「労働の配分、と言うよりもむしろ、個人的能力のさまざまな違いへの労働の適応」である、ということになる。すなわち、もろもろの作業そのものが、それぞれ引き離された先天的および後天的諸能力に適合させられるのである。それは、機械的な諸原理への過程の分解ではなくて、これらの個々の過程が人間の労働能力の諸機能として遂行されざるをえないということを考慮しての分解である。〉(草稿集④482-484頁)

《初版》

 〈(44) 本書の第4部でもっと詳しく述べるように、A・スミスは、分業についてなに一つとして新しい命題を打ちたてはしなかった。しかし、彼をマニュファクチュア時代の総括的な経済学者として特徴づけているものは、彼が分業を強調したという点である。彼が機械に従属的な役割を当てがっていることは、大工業の初期にはローダデールの反論を呼び起こし、さらに発展した時期にはユアの反論を呼び起こした。A・スミスはまた、マニュファクチュアの部分労働者そのものが大いに貢献した道具の分化を、機械の発明と混同している。機械の発明において役割を演ずるのは、マニュファクチュア労働者ではなくて、学者や手工業者であり、農夫(Brindley〔河川工事技師〕)等々のことだってあるのだ。〉(江夏訳398頁)

《フランス語版》

 〈(19) 本書の第4部で見ることができるように、アダム・スミスは分業にかんするただ一つの新しい命題もうちたてはしなかった。だが、分業に重要性を与えたという理由で、彼はマニュファクチュア時代を最も正しく特徴づけた経済学者と見なされる値うちがある。彼が機械に割り当てている従属的な役割は、すでに大工業の初期からローダデールの反論を、そして後にはユアの反論を惹き起こした。アダム・スミスはまた、大部分がマニュファクチュア労働者のおかげで生まれた道具の分化を、機械の発明と混同している。機械の発明に一役を演じる者は、マニュファクチュア労働者ではなく、学者や手工業者であり、田舎者(ブリンドリ〔イギリスの河川工事技師〕)などでさえそうなのだ。〉(江夏・上杉訳363頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *19 詳細は、この著作の第4巻で詳しく見る事になるのだが、アダム スミス は、労働の分割に関して新たな命題を一つでも確立したことはない。とはいえ、彼を、工場手工業時代の優れた政治経済学者と特徴付けているのは、分業を強調したからである。彼が機械に与えた脇役に関しては、近代的機械工業の初期に、ローダーディールに反論の機会を提供した。その後には、ユアの反対論にもである。A. スミスは、その上、労働手段の分化と機械の登場についての認識がごちゃ混ぜである。前者の場合には、細目労働者自身が主役を演じているが、後者の場合は、工場手工業の労働者ではなく、学者や、手工親方や、農民(いろいろと手がけた者ら)すらも含めてその役を演じている。〉(インターネットから)

  (付属資料(6)に続く。)

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『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(13)

2024-08-30 11:08:46 | 『資本論』

『資本論』学習資料No.44(通算第94回)(13)


【付属資料】(6)


●第12パラグラフ

《61-63草稿》

 〈作業場(アトリエ)における強制が、はじめて、これら種々の作業の機構のなかに同時性、均等性、比例性を取り入れるのであり、そもそもこの強制がは/じめて、それらの作業を結合して、斉一的に働く機構とするのだからである。〉(草稿集④432-433頁)
  〈それはじっさい、一人ひとりの労働者がなしうる諸作業への分解である。作業は、それといっしょに行なわれる作業から引き離されるのであるが、しかし根本原理は依然として、作業を労働者の機能と見なすことであって、そのために、作業の分解とさまざまな労働者および労働者群へのその配分とは、技能、肉体的発達、等々の程度に応じて行なわれるのである。過程はまだそれ自体としては、つまり過程を遂行する労働者から独立しては分解されていない。これにたいして自動式の作業場(アトリエ)では、その体系は「過程をその構成原理に還元するという仕方で分解し、そしてこの過程のすべての部分を一つの自動機械の作業に従わせるのであり、それからわれわれはこれらの同じ要素的な諸部分を、短い試用期間ののちにふつうの能力をもつ一人の労働者にゆだねることができるのである」(ユア)。〉(草稿集④462頁)
  〈それを全体として観察すれば、マニュファクチュアでは、1人ひとりの労働者が、全体機械(ゲザムトマシーネ)の、すなわちそれ自体が人間で構成された機構である作業場の、生きた部分品になっている。〉(草稿集⑨208)


《初版》 初版では第12、13、14パラグラフが一つのパラグラフになっている。だから該当するところで分割して紹介することにする。原注もパラグラフの終わりに一括してあるが、該当するところで紹介する。

 〈マニュファクチュア時代の独自な機械は、相変わらず、多くの部分労働者から結合された全体労働者そのものである。一商品の生産者の手でこもごも行なわれて彼の労働過程の全体のなかでからみあっているいろいろな作業は、彼にいろいろなことを要求する。彼は、ある作業ではより多くの力を発揮し、別の作業ではより多くの熟練を発揮し、/第三の作業ではより多くの精神的な注意力等々を発揮しなければならないが、同じ個人がこれらの属性を同じ程度でもちあわせているわけではない。いろいろな作業が分離し、独立し、分立してからは、労働者たちは、得意とする属性に応じて、区分され、分類され、ひとまとめにされる。彼らの本来の特殊性が基礎になってその上に分業が接穂(ツギホ)されるようになる。全体労働者は、いまでは、生産のためのあらゆる属性を同じ高度の巧妙さでそなえており、同時に、それらを最も経済的に支出する。というのは、全体労働者は、特殊な労働者または労働者群のうちに個別化されている自己のあらゆる諸器官を、それらの器官の独自な機能にだけ用いるからである(46)。部分労働者の一面性が、また彼の不完全さえもが、全体労働者の肢体としての彼の完全性になる(46)。一面的な機能を行う習慣は、部分労働者を、この機能を無理なく確実に行う器官に転化させるが、他方、全体機構の関連は、部分労働者を強制して、機械の一部品のような規則正しさで活動させる(47)。〉(江夏訳398-399頁)

《フランス語版》  フランス語版では第12、13、14パラグラフが一つのパラグラフにまとめられているが、該当するところで分割して紹介しておく。

 〈マニュファクチュア時代の独自の機構を構成するのは、多数の部分労働者の結合によって形成される集団労働者である。一商品の生産者によって順次に行なわれて彼の労働の全体のなかで合流しているさまざまの作業は、いわば、彼が策に窮しないことを要求する。彼はある作業ではいっそう高度な熟練を、別の作業ではいっそう大きな力を、第三の作業ではいっそう深い注意力などを発揮しなければならないが、この個人はこれらすべての力能を同じ程度にはもってい/ない。種々の作業がひとたび分立され、ばらばらにされ、独立させられれば、労働者たちは、それぞれに優っている力能にしたがって区分され、級別され、群別される。彼らの生来の特殊性が、分業の成長する土壌を構成するとすれば、いったん導入されたマニュファクチュアは、特殊な機能だけに適した労働力を発展させる。集団労働者は、いまやあらゆる生産力能を同程度の技巧でもっており、独自の労働者または労働者群のうちに個性化されている器官を、その特性に適した機能だけに用いることによって、できるかぎり経済的にこれらの生産力能を支出する(20)。集団労働者の肢体としては、部分労働者は、より一面的でより不備であればあるほどますます完全にさえなるのである(21)。唯一無二の機能が習慣になれば、この習慣は、彼を、この機能の確実な、自然発生的な器官に変えるが、他方、全体機構は彼に、機械の一部品のように規則正しく行動することを強制する(22)。〉(江夏・上杉訳363-364頁)

《イギリス語版》  イギリス語版ではパラグラフの途中に「訳者余談」が挿入されているが、ここではそれはパラグラフの最後に紹介する。

  〈(13)多くの細目労働者の組み合わせによって出来上がった集合的労働者は、工場手工業時代の特殊な性格をもった機械と言える。様々な作業が、商品の生産者(集合的労働者: 訳者挿入)によって次々と行われる、そして生産の進展の間、その一つが他のものとぶつかりあって渋滞する。様々な所にこうしたことが起こり、彼(集合的労働者: 訳者挿入)はそれを解消するように迫られる。ある作業では、彼は力を出さねばならず、他ではもっと熟練が、また別のところでは、もっと注意力が必要である。同一個人はこれら全ての能力を同じようなレベルでは持っていない。工場手工業がかくも一旦広まってしまった後は、様々な作業は隔離され、独立したものとなった。労働者は分割され、区分され、かれらの目立った能力に従ってグループ化された。一方において、もし、かれらの自然的な資質が、分業を築き上げる基礎であると云うならば、他方、工場手工業が一旦導入された以後は、単に限定的で特殊な性質に適合させる新たな能力を彼等の中に発達させたと云うことになろう。(訳者余談の材料とした文字)集合的労働者は、今や、同じ程度に卓越した生産のための必須の性能を持っており、彼等を最も経済的な方法までに至らしめた。彼の全ての器官をもっぱらその事だけに用い、特殊な労働者を構成し、または労働者のグループを構成し、彼等の特殊な機能を発揮する。*20 集合的労働者の一部となるに及んで、一面的で不完全な細目労働者は、完璧なものとなる。*21 ただ一つのことを行う習慣は、彼をして、失敗することのない機具へと変える。全体のメカニズムと結び付けられたことによって、それが彼を機械の部品の規則性をもって仕事を行う様に強要する。*22

   訳者余談: 久々の登場である。茶色とした文字についてである。英文ではいずれも"Nature" である。だが、一方は自然であり、一方は、性質である。云わせて貰えば、人間の性質とはなんであるかを、同じ文字で示している。自然的資質と機械によって作られた性質の二つを見ている。人間を解剖しても、大した分析結果は得られないかもしれないが、労働者を数カ月も経験すれば、立ちどころに把握できる概念である。資本家は、この違いを認識することはまずないだろう。全くその認識をする必要がないからである。資本家こそ自然の人間の最先端にいると把握する他にはなんの認識もいらないし、それで何の矛盾も生じない。労働者から見れば、まさに機械そのものであり、資本そのものなのだが、そして自然とはまったく異なるものだが、資本家はそれが把握できない。労働が作った不自然である。その不自然を棄却することが労働の自然と分かるところである。資本論は、このように、"Nature" という文字で、人間を、労働を、歴史を、資本を書き表す。皆さんは、不当解雇を訴えて裁判で争うことはまずないだろうが、もしそうなれば、訴状には、不自然であるという文字が頻出するのを見るだろう。訴状は自然の回復の文章なのである。人間の自然こそ希求されるべきものだからである。〉(インターネットから)


●原注45

《61-63草稿》

 〈「仕事を、それぞれ違った段階の巧妙さ〔Gewandheit〕や力を必要とするいくつかの違った作業に分割することによって、工場主は正確に、それぞれの作業が必要とするそれに厳密に等しいだけの巧妙さや力を入手することができる。これに反して、もし仕事全体が一人の労働者によって行なわれなければならないのだとすれば、この労働者は、最も繊細な諸作業を遂行できるだけの巧妙さと最も骨の折れる諸作業をするに足りるだけの力とを、同時にもってい/なければならないであろう」(チャールズ・バビジ『機械およびマニュファクチュア経済論』、ロンドン、1832年)(第19章)。〉(草稿集④462-463頁)

《初版》

 〈(45) 「仕事を、それぞれちがった程度の熟練や力を必要とする幾つものちがった作業に分割することによって、工場主は、それぞれの作業に適合した分量の力や熟練を正確に手に入れることができる。これに反して、仕事全体が1人の労働者の手で行なわれなければならないならば、この個人は、最も繊細な作業を行なうための充分な熟練や、最も骨の折れる作業を行なうための充分な力を、そなえていなければならないであろう。」(Ch・バベージ、前掲書、第19章。)〉(江夏訳400頁)

《フランス語版》

 〈(20) 「仕事が、それぞれに程度のちがう力や熟練を要する幾つかのちがった作業に分割されているかぎり、工場長は、それぞれの作業が要求する分量の熟練や力を手に入れることができる。だが、仕事がただ1人の労働者によって行なわれなければならないならば、この個人は、最も繊細な作業のための充分な熟練と最も骨の折れる作業のための充分な力とを、兼ね備えていなければならないであろう」(C・バベジ、前掲書、第19章)。〉(江夏・上杉訳365頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *20「工場手工業の工場主は、異なる工程ごとに仕事を分割することによって、それぞれの工程が異なる技術レベルまたは力のレベルを要求することから、それぞれの工程が必要とする技術と力の詳細な品質を正確に購入することができる。であるから、もし全ての仕事が一人の労働者によって遂行されることになれば、その人間は、最も困難な仕事をこなすために十分な技量を持たねばならず、最も労力を要する作業をこなすためにはそれにかなう十分な力を持たねばならない。そのような作業内容に、品物が分けられている場合には。( Ch. バベッジ 既出 第19章)〉(インターネットから)


●原注46

《61-63草稿》

  〈偉大なユアは非常な自負をもってこう語る。
  「能力の拘束、精神の偏狭さ、身体の発育の阻害などが、/道徳家によって分業に特有のものとされてきたのだが、ゆえなしとはしない。」(34ページ。)〉(草稿集⑨223-224頁)

《初版》

 〈(46) たとえば一面的な筋肉の発達や、骨の湾曲など。〉(江夏訳400頁)

《フランス語版》

 〈(21) たとえば、彼の筋肉が一面的に発達し、骨がなんらかの恰好で変形し曲がっている、等々のばあいに。〉(江夏・上杉訳365頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *21 例えば、ある筋肉が異常に発達したとか、骨が曲がる等々〉(インターネットから)


●原注47

《初版》

 〈(47) どのようにして就業少年のあいだで勤勉が保持されるのかという調査委員の質問にたいして、あるガラス・マニュファクチュアの総支配人であるWm・マーシャル氏は、次のようにいとも正しく答えている。「彼らはとうてい仕事を怠けることができない。仕事をひとたび始めると、やりつづけなければならない。彼らは機械の部品とまさに同じである。」(『児童労働調査委員会。第4回報告書』、1865年、247ページ。)〉(江夏訳400頁)

《フランス語版》

 〈(2) 「あなたがたは、使っている少年たちをどのようにしていつも勤勉であるように維持できるのか?」という調査委員の質問にたいして、あるガラス工場の総支配人W・マーシャル氏は実に適切にこう答えている。「彼らは自分たちの仕事をなおざりにすることができない。仕事を始めたら最後、中途で止めるわけにはいかない。彼らは1台の機械の部品以外のなにものでもない」(『児童労働調査委員会。第4回報告書』、1865年、247ページ)。〉(江夏・上杉訳365頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *22 いかにして、年少者をして、彼等の仕事をムラなくやり続けるようにするのか、というある議会調査委員会の質問が出されたが、ガラス工場手工業の最高支配人、Wm. マーシャルによって、非常に正しく解答された。「彼等は、彼等の仕事を放置することはよくなし得ません。彼等が一度仕事を始めたら、彼等は続けるしかありません。彼等は、まさに、機械部品そのものなのですから。」(「児童の雇用に関する調査委員会」第四次報告書 1865年 247ページ)〉(インターネットから)


●第13パラグラフ

《61-63草稿》

  〈分業を基礎としている作業場(アトリエ)は、つねに技能〔Geschicklichkeit〕の一種の等級制(ヒエラルキー)を含んでいる、なぜなら、ある作業は他の作業に比べてより複雑であり、ある作業は肉体的な力をより多く必要とし、別の作業は手の繊細さ〔Delikatesse〕を、言い換えれば、より大きな腕まえ〔Virtuosität〕を要求するからである。そこでは、ユアが言うように、それぞれの作業に一人の労働者があてられ、彼の賃銀は彼の熟練に対応する。……相変わらずさまざまな個人的能力に仕事が適合させられる……多数の等級への労働の分割……熟練度〔degré d'habileté〕の相違による労働の分割。依然として個々人の腕まえ〔Virtuosität〕が重要な役割を果たしているのである。〉(草稿集④461頁)
  〈 「A・スミスが経済学の諸原理にかんする彼の不朽の著作を書いた当時は、工業の自動体系はまだほとんど知られていなかった。分業がマニュファクチュアの完成の主要原理だと彼に思われたのは当然であった。……しかし、スミス博土の時代には有益な実例となりえたものも、今日では、/現代の工業の実際の原理について世間を誤らせることに役立つだけであろう。……熟練度の違いに応じて労働を分割するというスコラ的なドグマは、経験豊かなわれらの工場主によってついに使いつくされてしまった」(アンドルー・ユア『工場哲学』〔フランス語版〕、第1巻、第1章)(初版〔英語版〕の刊行は1835年)。
  この箇所が的確に示しているように、ここで問題とされている--そしてもともとA・スミスの場合にも実際にはこれを問題にしている--分業は、けっして、大多数の、またきわめて多種多様な社会状態に共通する一般的カテゴリーではなく、まったく規定された歴史的な・資本の一定の歴史的発展段階に対応する・生産様式なのである。それどころかそれは、A・スミスが唯一支配的で圧倒的なものとして描いたような形態においては、当時でさえ、資本主義的生産の発展の、すでに乗り越えられた、過去のものとなった段階に属するものとなっていたのである。
  ユアはさきに挙げた箇所でこう述べる。(1)「それゆえここから彼(A・スミス)は、当然これらの作業のそれぞれに、賃銀と熟練とが相応している労働者をあてることができる、と結論した。このような適材適所〔appropriation〕に分業の真髄がある。」つまり、第一に、労働者を特定作業に同化させること〔Aneignung〕、この作業のもとに労働者を包摂すること。それ以後は、彼はこの作業に所属す/るのであり、この作業は、一抽象物〔Absraktum〕に引き下げられた彼の労働能力の専有の機能となるのである。
  したがって第一に、労働能力がこの特殊的作業に同化される。しかし第二に、作業そのものの基礎は依然として人間の身体であるから、ユアが言うように、この適材適所〔Appropriation〕は同時に、「労働の配分、と言うよりもむしろ、個人的能力のさまざまな違いへの労働の適応」である、ということになる。すなわち、もろもろの作業そのものが、それぞれ引き離された先天的および後天的諸能力に適合させられるのである。それは、機械的な諸原理への過程の分解ではなくて、これらの個々の過程が人間の労働能力の諸機能として遂行されざるをえないということを考慮しての分解である。〉(草稿集④482-484頁)

《初版》

 〈全体労働者のいろいろな機能には、単純なものもあれば複雑なものもあり、低級なものもあれば高級なものもあるので、全体労働者の諸器官である個別労働力は、非常に程度のちがう訓練を必要とし、したがって、非常にちがった価値をもっている。だから、マニュファクチュアは、労賃の等級が照応するところの労働力の位階制を、発展させることになる。一方では、個別労働者が一つの一面的な機能に同化されて一生この機能に縛りつけられるとすれば、〔他方では〕これと同様に、いろいろな作業が上記の先天的および後天的技術の位階制に適合させられる(48)。しかし、どの生産過程にも、あるがままの人間であれば誰もができるようなある種の簡単な作業が、必要である。この作業も、いまでは、もっと内容の豊かな活動契機との流動的な関連から引き離されて、専有の機能に骨化されている。〉(江夏訳399頁)

《フランス語版》

 〈集団労働者のさまざまな機能は、単純なものもあれば複雑なものもあり、低級なものもあれば高級なものもあるから、彼の器官、すなわち個別的労働力もまた、当然単純なものもあれば複雑なものもあり、したがって、価値がちがっている。それゆえに、マニュファクチュアは、賃金の段階的等級が照応するところの労働力の位階制を作り出す。個別労働者が唯一無二の機能に適応させられ、一生涯これに付属させられるとすれば、さまざまの作業は、先天的および後天的な熟練と専門との上述の位階制に適合させられる(23)。どの生産過程も、新参者ができるような若干の作業を必要とする。これらの作業もまた、全体活動のいっそう重要な契機との流動的な関係から引き離され、専門機能として骨化する。〉(江夏・上杉訳364頁)

《イギリス語版》 イギリス語版では13、14パラグラフは一つのパラグラフになっているが、該当すると思われるところで分割して紹介する。

  〈(14)集合的労働者達は、機能を持つ、単純なものから複雑なものまで、高いものから低いものまで。であるから、彼のメンバー、個々の労働力は、様々な訓練のレベルを求める。その結果、それらの労働力は様々な価値を持つことにならざるを得ない。従って、工場手工業は労働力の序列化を発達させる。それにすなわち、賃金の序列化が付随する。もし、一方で、個々の労働者達がある限られた機能に適合させられ、一生をそれに結び付けられるならば、他方において、序列化された種々の作業が、労働者たちに、彼等の自然と彼等の修得した能力の両方に応じて、小分けされる。*23 とは云うものの、全ての生産過程は、ある単純な、いかなる者でも出来る操作を要求する。それらはまた、より豊穣な活動の間を繋ぐためにどうしようもなく必要であり、指定された労働者の特殊な排他的な機能に固定化される。〉(インターネットから)


●原注48

《61-63草稿》

 〈同様に他方では、彼(スミス--引用者)がマニュフアクチュアにおける分業を特別に重視していることは、彼の時代が近代的工場制度の生成しつつある時代であったことを示している。この点については、ユアが正しく次のように述べている。--
  「A・スミスが経済学の諸原理にかんする彼の不朽の著作を書いた当時は、工業の自動体系はまだほとんど知られていなかった。分業がマニュファクチュアの完成の主要原理だと彼に思われたのは当然であった。……しかし、スミス博土の時代には有益な実例となりえたものも、今日では、/現代の工業の実際の原理について世間を誤らせることに役立つだけであろう。……熟練度の違いに応じて労働を分割するというスコラ的なドグマは、経験豊かなわれらの工場主によってついに使いつくされてしまった」(アンドルー・ユア『工場哲学』〔フランス語版〕、第1巻、第1章)(初版〔英語版〕の刊行は1835年)。
  この箇所が的確に示しているように、ここで問題とされている--そしてもともとA・スミスの場合にも実際にはこれを問題にしている--分業は、けっして、大多数の、またきわめて多種多様な社会状態に共通する一般的カテゴリーではなく、まったく規定された歴史的な・資本の一定の歴史的発展段階に対応する・生産様式なのである。それどころかそれは、A・スミスが唯一支配的で圧倒的なものとして描いたような形態においては、当時でさえ、資本主義的生産の発展の、すでに乗り越えられた、過去のものとなった段階に属するものとなっていたのである。〉(草稿集④482-483頁)
  〈ユアは、『工場哲学』第2巻でこう語っている。(83、84ページ。)
  「しかしながら、次のことは言っておく必要がある。手労働は労働者の気まぐれから多かれ少なかれ中断される。それゆえ手労働は、休むことのない規則的な力で動かされる機械のそれと較べられるような、年あるいは週生産物を平均的に与えることはけっしてないということである。/このために、自宅で働く織工が週の終わりに、もし彼らが織機を毎日12時間から14時間、労働の反復によってそのあいだ休まず同じ速さで動かしたなら生産できたはずのものの半分以上を生産していることはめったにないのである。」
  (2)多数の独立した部門に分割されている手工業を1工場において結合すること。分割は、手工業でも見られるが、しかし、その各部分は自立した手工業として営まれているのである。工場は、この孤立性と自立性の否定である。相違は次の点に要約される。すなわち、特殊な労働は、生産物をもはや特殊な商品として生産するのではなく、たんに1商品を完成するための部分として生産するだけである。特殊的になっている生産物は、このようなものとしては商品であることをやめる。これまで分かれていたものがひとたび結合されると、このようにして成立した自然生的なマニュファクチュアを基盤にして、その細分がさらに発展し、その部分に分割され、自動式〔self acting〕になる。ばらばらの手工業のマニュファクチュアへのこの結合に相当するのは、大工業の内部では、一方の工場が半製品をつくり、他方の工場がそれを原料として加工するという工場の結合である。紡績と織布の場合がそうである。そのためには、両方の部門がそれぞれすでに機械的経営様式にしたがっていることが前提になる。〉(草稿集⑨118-119頁)
  〈工場制度の破廉恥な弁護者としてイギリスにおいてすら悪名の高いあのユアにも、次のような功績がある。彼は、工場制度の神髄をはじめて正確に把握し、自動作業場とA・スミスによって重要問題として論じられた分業にもとづくマニュファクチュアとの差異と対立を鮮明に描いたのである。(あとで引用しよう。)能力の等級制の廃棄、「分/業」の背後でゆるぎなく固められた専門的技能の破砕、それとともに受動的な従属--それと結びついた専門的規律、統制、時針そして工場法への服従--〔これらのすべてを〕彼は、これから若干の抜き書きでみるように、非常に正確に指摘している。労働者が自分の労働--その内容が彼のそとにある--にたいして無関心であるかぎりは、また彼がなんらの専門的技能を発展させることがないかぎりは、労働者がふたたび獲得した普通性も、この制度のなかではただ即自的〔にある〕にすぎない。現実に〔ここで〕発展するのは、内容の欠知した一種の専門的技能である。〉(208-209頁)

《初版》

 〈(48) ドクター・ユアは、大工業を賛美するさいに、マニュファクチュアの特有な性格を、彼ほどには論戦的関心をもちあわせていなかった以前の経済学者たちに比べれば、また同時代の人たち、たとえばパべージ--彼は、なるほど、学識ある数学者としても機械学者としてもユアよりも絶対にすぐれているとはいえ、大工業を、実は、マニュファクチュアの立場からだけ/しか把握していない--に比べてさえも、いっそう鋭く感知している。ユアはこう述べている。「それぞれの特殊作業に労働者を同化することは、分業の本質である。」他方、彼は、この分業を「いろいろな個人的能力への労働の適合」と呼び、最後には、マニュファクチュア制度全体を「熟練の等級に応ずる段階制」とか「熟練の度合いのちがいに応ずる分業」等々と特徴づけている。(ユア、前掲書、第1巻、28-35ページの各所。)〉(江夏訳400-401頁)

《フランス語版》

 〈(23) ドクター・ユアは、大工業の礼賛のなかで、彼ほど論戦に関心をそそられることがなかった先輩の経済学者たちに比べて、また、彼の同時代人たち、たとえぱバベジ--数学者および機械学者として彼よりもはるかに優れているが、それでも大工業をマニュファクチュアの観点からしか理解していない--に比べてさえも、マニュファクチュアの特殊的性絡をずっとよく浮き彫りにしている。ユアはきわめて適切に言う。「それぞれ別個の作業に労働者を同化することは、分業の本質をなす」。彼は分業を「さまざまな個別的力能への労働の適合」と定義し、最後に、マニュファクチュアの制度全体を一つの等級づけの制度、熟練度の相違に応じた分業などとして、特徴づけている(ユア、前掲書、第1巻、28、35ぺージ、および各所)。〉(江夏・上杉訳365頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *23 ユア博士は、彼は、近代機械工業を神格化するのだが、これらの事に反論する興味も持たなかった以前の経済学者よりは はっきりと、工場手工業の特異なる性格を暴く。また、彼の同時代の経済学者で数学者として、そして機械学者として優れていた バベッジ他 すらよりも鋭く、指摘した。バベッジ他は、機械工業をただ工場手工業の視点から取り上げただけであった。ユアはこう云ったのである。「この適応は…. 個々の労働者の適応価値とそのコストは自然に形成される。そしてまさに分業の根本的性質を形づくる。」 他方、彼は、この分業について次の様に書いている。「人の違った天分への労働の適応」と。そして最後の方で、全工場手工業システムの性格について、「労働の分業または労働の濃淡に対応するシステム」と。また「技能レベルにかかる労働の分割(分業)である。」と。(ユア 既出 19-23ページの諸所に)〉(インターネットから)


●第14パラグラフ

《初版》

 〈だから、マニュファクチュアは、それがとらえているどの手工業においても、手工業的経営が厳格に排除していたいわゆる非熟練労働者という階級を、産み出している。マニュファクチュアが/全体としての労働能力を犠牲にして徹底的に一面化された専門を、巧妙さにまで発展させるとすれば、それはまた、いっさいの発達の欠如さえをも、一つの専門にしようとする。位階制的な等級づけと並んで、熟練労働者と非熟練労働者とへの労働者の簡単な区分が現われてくる。後者にとっては修業費が全く消滅し、前者にとっては、機能が簡単になるために手工業者に比べて修業費が減少する。双方のばあいとも労働力の価値が下がる(49)。その例外が生ずるのは、労働過程が分解されたために、手工業的経営では全く現われなかったかまたは同じ範囲では現われなかった新しい抱括的機能が、産み出されるかぎりにおいてのことである。修業費の消滅または減少から生ずる労働力の相対的な減価は、直接に、資本の価値増殖がいっそう高まることを含んでいる。なぜならば、労働力の再生産に必要な時間を短縮するものはすべて、剰余労働の領域を延長するからである。〉(江夏訳399-400頁)

《フランス語版》

  〈したがって、マニュファクチュアは、それがとらえるどの手工業のうちにも、中世の手工業が容赦なく退けていた単純な人夫の階級を産み出すのである。マニュファクチュアが総合的な労働能力を犠牲にして、個々の専門を発達させてこれを技巧にまで至らせるならば、マニュファクチュアはまた、どんな発達の欠如をも一つの専門にしようとするようになるのである。位階制的な等級づけと並んで、熟練労働者不熟練労働者への労働者の単純な区分が登場する。後者にとっては修業費用が消滅し、前者にとってはこの修業費用が、手工業に必要な修業費用に比べて減少する。どちらのばあいも、労働力はその価値を失う(24)。しかし、労働過程の分解は時として、/手工業の営業ではどんな役割も演じなかったかまたはよリ小さな役割を演じていた一般的機能を、産み出す。修業費用の減少または消滅から生ずる労働力の相対的な価値喪失は、資本にとって直接に、剰余価値の増大をもたらす。労働力の生産に必要な時間を短縮するものはいずれも、実際に、剰余労働の領域を拡張するからである。〉(江夏・上杉訳364-365頁)

《イギリス語版》

  〈このことは、手工業が工場手工業となるに及んで、作り出したものであって、非熟練労働者の階級と呼ばれるものである。手工業社会においては、厳格に排除された者であった。もし、それが、一方的に偏った特殊性を完璧たらしめるならば、一人の人間の全労働能力をそこへに支出させるならば、それはまた全ての発展の欠如とも云うべき特殊性が始まる。この序列的濃淡に並んで、そこに単純な労働の区分が起こる。熟練と非熟練の。後者にとっては、見習い工としてのコストが消える。前者にとっては、職人のそれと比べれば、機能が単純化されることの結果としてコストが縮小する。いずれの場合においても、労働力の価値は低落する。*24 労働過程の分解が新たなものと包括的な機能とを作り出したが、いずれも全域に及ばず、または非常に穏やかに進行した場合、手工業の場合では、この法則に例外もあった。労働力の価値の低落は、見習い工への支出の消失や縮小によって生じたが、資本に利益にかかる剰余価値の直接的な増加を意味することは紛れもない。労働力の再生産に要する必要労働時間の短縮は剰余労働の領域を拡大する。〉(インターネットから)


●原注49

《初版》

 〈(49) 「労働者は誰でも、同じことをやることによって完成され、……いっそう低廉な労働者になる。」(同前、28ページ。)〉(江夏訳401頁)

《フランス語版》

 〈(24) 「1人の労働者は、同一の点での慣行によって完成されて、……いっそう低廉な労働者になる」(ユア、同前、28ページ)。〉(江夏・上杉訳365頁)

《イギリス語版》

  〈本文注: *24「各手工業職人は、…. その場所において、働くことによって、彼自身を完成させることが可能であった。だが、…. 単なる安い労働者に。(ユア 前出 19ページ)〉(インターネットから)

  (次回に続く。)

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