つむじ風

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あかね空

2022年02月06日 19時02分01秒 | Review

山本一力/文春文庫

 2004年9月10日初版、2004年10月30日第5刷。著者の作品は「まねき通り十二景」「欅しぐれ」を既読しているが、「あかね空」は最初の長編時代小説ということで、これまたいつか読みたいと思っていた一冊である。宝暦12年からの豆腐屋、親子二代の話である。
 江戸と上方(京)の食文化の違いをうまく使って、その斬新さや困難さを混ぜながら、長屋の人々と共に(1つの文化が)根付くまでの根気の居る命がけの努力である。それだけでなく商売敵や身内の争いが、更にその困難さに輪を掛ける。しかし、腹を割って話してみれば、寛容になれるのが家族である。そんな家族ほど強いものはない。突然亡くなった著者の母への思いと共に作品に込めた思いであろう。

 作品の中で「人さらい」が登場する。いかにもこの時代の話だが、博徒一家の傳蔵親分は、自分が豆腐屋「相州屋」の一人息子(正吉)であったことは、回状や触れ書きから知っていたであろう。この時、当時の事情を知るものは永代寺の賄主事、西周くらいしかいない。「京や」が「平田屋」同様の豆腐屋であったなら、第二幕は違った展開になったと思われる。しかし、思わぬところで自分の親のことが明らかにされ、「恩人」と思っている人に出会ったことで、用意した第二幕の筋書きはちょっと違った方向になったように思う。傳蔵のことがとても気になる部分だった。

 最初に読んだ「まねき通り十二景」は深川の冬木町が舞台だったが、「あかね空」は同じ深川の「蛤町」である。「蛤町」は地図で見ると3か所ほど同名の場所があるが、作品から推して永代寺の南側にある「蛤町」であるらしい。冬木町とはさほど離れていない。この界隈には著者の深い愛着が感じられる。

 俗に作家ほど「陸でもない」人間はいない。或いは「陸でもない」人でなければ成れないのが作家であるなどと言われるが、著者も、それを地で行くような人らしい。しかし、だからこそ書ける作品もあるのではないだろうか。