これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

携帯ドラマ

2008年07月26日 18時01分38秒 | エッセイ
 10年前の携帯電話は重くて大きくて、アンテナがあった。
 私が勤めていた当時の高校でも、生徒の7割は持っていて、授業中にこっそりメールを打ったりサイトを見たりするものだから、教員の悩みの種になっていた。
 学校に持ち込むことを禁止するわけではなく、授業中に使用していたら没収するルールだったので、こちらは目を光らせて教室中を見張らなくてはならない。
「でさ、そのときあいつがさ~」
 授業中だというのに、いきなり男子の私語が聞こえた。見ると、壁際の井上が堂々と携帯を耳にあて、楽しそうに通話をしているではないか。隠そうともしない図々しい態度に腹を立て、私はすぐさま井上の元に走った。
「ほら、よこしなさい!」
 右手を差し出すと、井上は抵抗せずに携帯を渡した。やけに素直だな、と不審に思い手の上を見ると、銀色のカンペンケースにボールペンの芯が突き刺さっていたものだった。
「あ、違った!」
 私はビックリして固まってしまった。その瞬間、周りの生徒がドッと笑い出し、しばらくおさまらなかった。
 ああ、やられた……。
 照れ隠しに、私も一緒に笑うしかなかった。
 職員室に戻って、「こんなことがあった」と他の教員に報告したら、相当ウケた。「取り上げる前によく見なくちゃダメね~」と警戒する者もいたが、さすがに同じ手口は使わなかったようだ。
 別の日。成績のよい男子生徒、藤田は寝坊をして遅刻しそうになった。真面目な彼は朝食を諦めて、弁当と貴重品・携帯をバッグに詰め込むと、半分寝ぼけたまま自転車にまたがり、大急ぎで学校に飛び込んだ。
 ホームルーム後、藤田から事のいきさつを聞き、私は彼の努力をねぎらった。
「でも、間に合ったんだからよかったじゃない」
 しかし、藤田の顔は冴えない。
「いや、よくないですよ……。学校でバッグを開けて、驚きました……」
 彼が携帯だと思って持ってきたのは、テレビのリモコンだった。
 誰もが涙を流さんばかりに笑い、教室中が揺れそうな音量になった。
 この頃は、自分の携帯を大事に扱う生徒ばかりだったと思う。でも、10年経った今では、使用を注意された苛立ちで携帯を床に叩きつけて壊す者がいたり、取り上げられても「新しいの買うからいらない」とふて腐れる者がいる。可愛くないな、とガッカリする。
 今の携帯はずいぶん小さくなった。スライド式のものを持つ生徒もいるが、やはり2つ折のものが使いやすいようだ。
「先生、罫線を太くするときはどうすればいいの?」
 女子生徒、荒井がパソコン操作を聞いてきた。この生徒は何ごとにも一生懸命取り組むのだが、ややメカオンチ。Wordの基本操作を、なかなかおぼえられないのが玉にキズだ。
「簡単よ、こうやって……」
 私は画面を見たままマウスに手を伸ばし、操作の手本を見せようとした。が、マウスを動かしても、マウスポインタがまったく反応しない。画面上の矢印はうんともすんとも言わないままだ。
「あれ?」
 私は手の平にすっぽり納まっているマウスに目をやった。しかし、それはマウスではなかった。
「やだ、先生! それアタシのケータイじゃ~ん!!」
 荒井はゲラゲラ笑い出し、隣の生徒も吹き出した。私は机の上に置いてあった彼女の携帯をマウスと間違えたのだ。道理で反応しないわけだ。
 これでダブルクリックしたら、もっとウケただろうな……。
 しばらく笑い続ける荒井を見ながら、10年前はもっと面白いことがあったんだよ、と教えてやりたくなった。



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コメント (6)
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