この夏は、受験生の娘と一緒に、高校の見学会に参加した。
都立校の教員が、自分の子どもを都立校に入れるのは怖い。たいてい、どの学校にも一人や二人、面識のある教員がいるからだ。夫婦で教員の場合、その危険性は2倍に増える。優秀な子ならともかく、見られて困る成績をとる子は、人前にさらしたくない。「笹木さんちの子、結構できないのよね」などと陰口を叩かれるのはイヤだ。
娘のミキは、全然勉強をしない。このままでは、不安が現実となりそうである。なんとか刺激を与えたくて、偏差値69の名門、A高校の見学会に申し込みをした。合格の可能性がゼロでも、見学は自由だ。
A高校からは神宮球場が見える。校庭は狭いが、大きな自習室やサンルーフつきのプールがあり、施設の充実した学校である。国公立への進学者も多いことから人気が高く、定員380人の見学会がすでに2回分いっぱいとなっている。どうにか、3回目にすべり込みで間に合った。あとから知ったことだが、その後、5回分すべてが定員に達したため、追加でさらに3回実施したという。
その日は、受付開始前から参加者が集まり、定刻15分前には全員が着席していた。説明が始まれば、誰もが背筋を伸ばして真剣に聞いている。足元を見れば、持参したスリッパや上履きをはいた者ばかりで、忘れ物はないらしい。
ちなみに、偏差値40の私の勤務校では、1回の見学会で50人集まればいいほうだ。当日のドタキャンは珍しくないし、30分も40分も遅刻する保護者や生徒がいる。スリッパの貸し出しも多く、最初から持ってくる気がないらしい。説明が始まれば、机に伏したり、よそ見をしたりで、「早く終われ」という顔になる。あまりの格差に驚いた。
説明が終わると、校内の見学となる。いくつかのグループに分かれて、A高校の生徒が案内してくれるのだが、ここでもサプライズがあった。
「1年の小山です。よろしくお願いします」
元気よく挨拶した生徒は、昔、近所に住んでいた女の子だったのだ。小学3年生で引っ越して以来、久々の再会となった。小山さんは、私とミキのこともおぼえていて、「ご無沙汰してます」と声をかけてくれた。
「前が詰まっております。こちらで少々お待ち下さい」
「恐れ入りますが、左に寄っていただけますか」
「申し訳ありませんが、スリッパを脱いでお入りください」
小山さんの案内は素晴らしかった。日常語と敬語のバイリンガルなのではと思うくらい、お客様への言葉づかいが徹底していた。他の保護者も感心し、「しっかりしているわねぇ」とささやいていた。自分の子どもではないけれど、私まで誇らしい気分となったのが不思議だ。
帰り道、娘の目の色が変わっていた。
「A高校はすごかったね! ミキも、ああいう学校に入りたいっ」
「今の成績じゃ無理だよ。もっと勉強しないと」
「するよ! 今日から頑張る」
学校だけでなく、小山さんの活躍にも刺激されたのだろう。ミキは珍しくやる気になっていた。
「しめしめ、うまくいった」とほくそ笑んでいたのだが……。
翌日、8時間机に向かったあと、ミキは体調不良を訴えた。
「頭が痛い! 目も痛いし、手が疲れた~!!」
急に勉強したから、体がついていかないのだ。やる気だけでは、ダメらしい。
「今日はもういいや。寝る!」
「…………」
ああ、A高校よ、さようなら……。
小山さんが、「失礼します」とお辞儀をして、去っていくような気がした。
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※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
都立校の教員が、自分の子どもを都立校に入れるのは怖い。たいてい、どの学校にも一人や二人、面識のある教員がいるからだ。夫婦で教員の場合、その危険性は2倍に増える。優秀な子ならともかく、見られて困る成績をとる子は、人前にさらしたくない。「笹木さんちの子、結構できないのよね」などと陰口を叩かれるのはイヤだ。
娘のミキは、全然勉強をしない。このままでは、不安が現実となりそうである。なんとか刺激を与えたくて、偏差値69の名門、A高校の見学会に申し込みをした。合格の可能性がゼロでも、見学は自由だ。
A高校からは神宮球場が見える。校庭は狭いが、大きな自習室やサンルーフつきのプールがあり、施設の充実した学校である。国公立への進学者も多いことから人気が高く、定員380人の見学会がすでに2回分いっぱいとなっている。どうにか、3回目にすべり込みで間に合った。あとから知ったことだが、その後、5回分すべてが定員に達したため、追加でさらに3回実施したという。
その日は、受付開始前から参加者が集まり、定刻15分前には全員が着席していた。説明が始まれば、誰もが背筋を伸ばして真剣に聞いている。足元を見れば、持参したスリッパや上履きをはいた者ばかりで、忘れ物はないらしい。
ちなみに、偏差値40の私の勤務校では、1回の見学会で50人集まればいいほうだ。当日のドタキャンは珍しくないし、30分も40分も遅刻する保護者や生徒がいる。スリッパの貸し出しも多く、最初から持ってくる気がないらしい。説明が始まれば、机に伏したり、よそ見をしたりで、「早く終われ」という顔になる。あまりの格差に驚いた。
説明が終わると、校内の見学となる。いくつかのグループに分かれて、A高校の生徒が案内してくれるのだが、ここでもサプライズがあった。
「1年の小山です。よろしくお願いします」
元気よく挨拶した生徒は、昔、近所に住んでいた女の子だったのだ。小学3年生で引っ越して以来、久々の再会となった。小山さんは、私とミキのこともおぼえていて、「ご無沙汰してます」と声をかけてくれた。
「前が詰まっております。こちらで少々お待ち下さい」
「恐れ入りますが、左に寄っていただけますか」
「申し訳ありませんが、スリッパを脱いでお入りください」
小山さんの案内は素晴らしかった。日常語と敬語のバイリンガルなのではと思うくらい、お客様への言葉づかいが徹底していた。他の保護者も感心し、「しっかりしているわねぇ」とささやいていた。自分の子どもではないけれど、私まで誇らしい気分となったのが不思議だ。
帰り道、娘の目の色が変わっていた。
「A高校はすごかったね! ミキも、ああいう学校に入りたいっ」
「今の成績じゃ無理だよ。もっと勉強しないと」
「するよ! 今日から頑張る」
学校だけでなく、小山さんの活躍にも刺激されたのだろう。ミキは珍しくやる気になっていた。
「しめしめ、うまくいった」とほくそ笑んでいたのだが……。
翌日、8時間机に向かったあと、ミキは体調不良を訴えた。
「頭が痛い! 目も痛いし、手が疲れた~!!」
急に勉強したから、体がついていかないのだ。やる気だけでは、ダメらしい。
「今日はもういいや。寝る!」
「…………」
ああ、A高校よ、さようなら……。
小山さんが、「失礼します」とお辞儀をして、去っていくような気がした。
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「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)