これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

男の敵

2008年07月30日 20時53分31秒 | エッセイ
『男心』がおぼろげながらわかってきたのは、30代半ばになってからだ。
 なにしろ、私は女所帯で育ったうえに、高校も女子クラスだったから、異性の知識が著しく不足していた。それなのに、大学は8割が男子生徒という商学部に入学してしまったのだ。今から考えれば、まったくもって無謀な選択だった。
 入学式翌日のオリエンテーションの日、教室のドアを開けて驚いた。中にいたのは男子ばかり。しかも、どいつもこいつも、野暮ったくてイケてなくて、『うらなり』という言葉がピッタリのヤツらだった。思わず、私は開けたドアをまた閉じてしまった。
 あの中に入るのか……。
 そう思うと心底ウンザリしたけれど、もうどうにもならない。気を取り直して、再度ドアを開け、教室に足を踏み入れた。クモの巣だらけの廃屋に入るほうが、まだマシかもしれないと思った。
 女子が珍しかったのか、あちらこちらから視線を感じた。まったく、居心地が悪いことこの上ない。ようやく、ポツンと1人で座っている他の女子を見つけ、「隣、いいですか?」と声を掛けた。落としたコンタクトレンズを見つけたような喜びだった。彼女もホッとしたようで、すぐさま私たちは友達になった。
 とりわけ、テニスとスキーが趣味というチャラチャラした軽薄なヤツが、私の一番嫌いなタイプだった。英語の授業はLLにしたのだが、隣の席にいたのは不幸にしてこのタイプの軽薄野郎だった。座席が指定されていたので、席を替えることもできない。適度に日焼けして「俺はかっこいい」と信じきっているような、でも実際のレベルは標準以下というその男子は、愛想よく私に話しかけてきた。
「学籍番号、何番?」
「サークルは何に入った?」
 適当に流していたものの、気疲れから私は徐々に苛立ってきた。やがて授業開始となり、教員が機械の使い方を説明しはじめた。
「オレンジのランプは、出席扱いのときに点灯し、欠席扱いのときは消えています。指名されたときはついたり消えたりしてピカピカ光りますから、マイクを通して全員の前で発音してください」
 私は発音に自信がないので、ピカピカしたら困るなと心配になった。そのとき、横から軽薄男が口を出してきた。
「あ、見て! 俺のがピカピカ点灯しているよ」
 不安と苛立ちが最大になった瞬間だった。
「それは点灯じゃなくて、点滅っていうんでしょ」
 ニコリともせず、上から目線で冷たく言い放った言葉の棘が、彼の心にグッサリ刺さったようだった。軽薄男はとっさに目をそらし、以来、卒業まで一度も話しかけてこなかった。
 このやりとりを聞いていた後の席の男子からは、軽薄男が授業を休むたびに、「キミが厳しいことを言ったからだよ」とからかわれた。
 男性は、間違いを指摘されることを嫌うらしい。それを知らなかった私は、ゼミでもサークルでも気に入らないことは片っ端から指摘しまくり、心に突き刺さる一言を連発していたようだ。「キツ~」とか「こえー」といった反応を何回耳にしたことか。結果、「言いたい放題の人」というレッテルを貼られてしまった。大学時代の男友達からは、いまだに、「コワいこと言わないでね」と警戒されてしまう。
 社会人になっても、私の行動に変化はなかった。当然、同世代の男性と恋愛することはなく、何を言っても受け入れてくれる年長の男性と結婚した。
 夫は土日祝日の仕事が多く、留守がちである。夜もしばしば、遅く帰ってくる。
「浮気しているのでは、と心配になったことはないんですか?」
 5歳年下の元同僚、エミちゃんからそんな質問をされた。私は思い切り笑い飛ばして答えた。
「アハハ、モテないから大丈夫よ~!」
 そのとき、エミちゃんの奥にいた既婚の男性がギョッとした顔で私を見た。苦笑いを浮かべて、何か言いたげな表情をしている。
「え?! 後藤さんのことじゃないですよ!」
 私は驚き、あわててフォローした。女房妬くほど亭主はモテず、と言いたかっただけなのだが、彼はまるで自分の悪口を言われたかのような、悲しい顔をしていた。
 男性は、心当たりがあるときは、他人事を我が事と受け止めるらしい。
 芸能人の話をしていて、「あの男は、生理的に受け付けないわ」と発言したら、話の輪に入っていた独身男性、外山氏が泣きそうな声で叫んだ。
「ああ、やめてくれ! 生理的に受け付けないなんて、ひどいっ!」
 ……だから、アンタのことじゃないってば、と私は頭をかかえそうになった。
 
 比較的親しいと感じていた男性職員に、こんなことがあったと笑って話したら、意外や、彼もまたしかりであった。
「私だって、笹木さんの言葉にグサグサきたことが何度もありますよ。自分では気づいていないようですが、差別的なんですよね。私には妻がいると自分に言い聞かせて、毎日を乗り切っているんですから」
 なんと、仲がよいと思っていたのは私だけとは……。男心は不可解だ。

 結婚後、10年もすると、夫までもが寛容でなくなった。口ごたえをしたり、聞こえない程度の声で悪態をついたりするのだ。はじめは激怒した私だが、長年に渡って繊細な男心を傷つけられた結果なのではないかと気づいた。ようやく、男性心理の勉強をしようという気になり、言ってよいことと悪いことの区別がつくようになってきたというわけだ。
 おかげで、職場の人間関係もスムーズになったような気がするのだが……。
 でも、男心に突き立てる槍を捨てたわけではない。いざというときのために、磨きをかけて保管しておかねば。



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コメント (4)
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