これは したり ~笹木 砂希~

面白いこと、妙なこと、不思議なことは、み~んな私に近寄ってきます。

昔はみんな長かった

2009年10月29日 20時28分56秒 | エッセイ
 昨日は、久しぶりにロングスカートをはいて出勤した。
 動きにくいから、長い丈のスカートは基本的に買わないのだが、寒くなった今では、その暖かさに感動する。
 暖かいと心が広くなって、多少人から迷惑をかけられても、許せそうな気がする。
 私の中学・高校時代では、今と違い、長いスカートが人気だった。
「ヤンキー」「つっぱり」となど呼ばれた、いわゆる不良少女は、ひきずるほどの長いスカートをはいていたし、普通の子でも、膝丈のスカートは「ダサい」と敬遠したものだ。

 高校生のとき、通学には最寄駅までバスを使っていた。
 ときどき、バスの乗客の中に、茶色に脱色した髪をなびかせた女子高生がいた。長さといい色といい、まるで、ライオンのたてがみである。当時私は1年生だったが、彼女は上級生に見えた。
 ブレザーの丈を短く詰め、ローファーが見え隠れするロングスカートを合わせ、ペチャンコにつぶした学生鞄を抱えた、教科書通りの不良少女といえよう。目元が黒ずみ、唇は真っ赤という派手な化粧をしていた。車内でトラブルを起こすことはなかったが、サラリーマンもOLも、かかわりを避けているような感じだった。
「あの人、怖そうだね」
 一緒に通学していた幼なじみの尚美は、目を合わせないようにしながら、彼女を横目でチラチラ見ていた。そういう風になりたいわけじゃないけれど、ちょっぴりワルに憧れる年頃だったのだ。
 私もまた彼女に興味を惹かれた。普段はどんな生活をしているのか、どんな友人とつきあって、どんな悪さをしているかを知りたかった。
「毎度ご乗車ありがとうございます。まもなく、終点○○○駅に到着いたします。どなた様もお忘れ物のないように、バスからお降りください」
 その日もいつもの車内放送が流れ、私は尚美と料金箱の列に並んでいた。たまたま、私の前にはかの不良少女・ライオン丸がいて、取り出した定期券を、運転手に見せているところだった。彼女は早足でステップに向かったが、1段降りたところで、なぜだか止まり、くるっと後ろを振り返った。
「砂希、足!!」
 隣の尚美が、ほとんど悲鳴のような金切り声をあげた。

 へ? 足??

 急いで自分の足を見ると、なんと彼女のスカートが私の靴の下にあった。私は彼女の髪ばかり見ていて足元がノーマークだったから、思い切りスカートを踏んでいたのだ。
 慌てて足をどけたが、スカートにはうっすらと足あとがついてしまった。

 ひえええ、万事休す!!

 私も尚美も、もしくは一部始終を見ていた運転手も、無言のまま、次に彼女が何をするかに注目した。
 しかし、ライオン丸は、スカートが開放されただけで満足したのか、汚れを払うこともせず、私の顔を見ようともせず、そのまま駅に向かって歩き出した。
 すたすたすたすた。
 冬支度を始めた銀杏が落とした、黄色く色づいた葉を踏みつけて、彼女は何ごともなかったかのように去っていった。
 かえって、こちらのほうが拍子抜けしたくらいだ。
 心配性の尚美が、息を吐きながら言った。
「あーあ、よかった……。あの人、怒り出すんじゃないかと思った……」
「ごめんごめん、今度は気をつけるよ」
 尚美に謝り、私たちも駅に向かった。
 昭和末期のあの頃は、スカートも人間にも、ゆとりがあったのだろうか。



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男子禁制医院

2009年10月25日 20時48分57秒 | エッセイ
 娘のミキが、たびたび咳き込むようになったのは、1歳の冬からだ。
 かれこれ12年ほど前の話だが、夜中にコンコンやられて気になっていた。
 近くの小児科で診てもらうと、「風邪ですね。ではお薬を」とお決まりの抗生剤が処方される。しかし、一向に治らないので、思い切って別の医院を訪ねることにした。ここは、同じ保育園のママさんたちが「待つけれど、診察が丁寧で親切」と言う評判のよい医院だ。運転手の夫と一緒に診察室へ入った。
「風邪って言われたの? これはきっと喘息だよ」
 衝撃的な医師の診断に、私も夫も息を呑んだ。
「喘息ですか? 鼻水も出ているんですけれど」
「アレルギー反応で出ることもあるからね。この子、アトピーでしょ」
 医師は、吸入薬を使うほどひどくはないから、抗アレルギー剤に切り換えて様子を見てはどうかと言った。
「いくら抗生剤を飲んでも無駄だからね」
 話し出したら止まらないタイプなのか、マシンガントークの話題はいつしかアトピーに移っていた。彼は皮膚科の診療もするのだ。
「皮膚科はどこで診てもらっているの?」
「ああ、○○先生のところだね。あの先生は大学の後輩だから、よく知ってるよ」
「じゃあ、薬がダブらないように、ウチでは×××だけにしておきます」
 やっと終わったときには、診察開始から15分ほど経っていた。

 こりゃ、待ち時間が長いわけだ……。

 私は妙に納得し、医院をあとにした。
 5日後、薬が切れたので夫に頼み、娘を医院に連れて行ってもらった。
「おかえり! 長くて大変だったでしょ」
 夫をねぎらうと、予想に反する返事が返ってきた。
「今日はね、30分待ったけど、診察は1分もかからなかったよ」
「え? そんなに早かったの?」
「うん。あの先生、男が嫌いみたいだ。俺の顔を見もせず、『じゃあ薬出しておきますから』で終わりだよ」
「マジ!? ひどいね~!」
「待合室で見てたけど、父親が診察室に入るとすぐ出てくるんだよ。でも、母親のときはなかなか出てこないから、間違いないと思う」
 そうか、あの長い待ち時間は、お母さん方と過剰なコミュニケーションを取る時間だったのか。ならば、どの家もお父さんが子供を診せに来れば、待ち時間が短くなっていいのに。

 それから間もなく、私はインフルエンザにかかった。仕事から帰ったときにはすでに熱が高く、寝ていても一向によくならない。頭をあちこちから小突かれているような痛みと、全身の倦怠感で、横になっているのに全然楽にならない。頭痛がひどくて眠れないのは、生まれて初めての経験だった。
 翌朝、夫が私を、娘と同じ医院に連れて行ってくれた。ここは小児科、内科、皮膚科の診療をしているのだ。受付で、インフルエンザらしいと申し出ると、待合室から処置室に移された。ベッドで点滴を受け、そのまま眠ってしまったのだが、昼前に目覚めたときにはだいぶ楽になっていた。
 しかし、夫の姿が見当たらない。
「笹木さん、ご主人は家で連絡を待ってますから、診察が終わったら電話してくださいね」

 えっ、帰っちゃったの!?

 軽くショックを受けたが、看護婦さんの言う通りに電話を入れた。迎えに来た夫が言うには、「しばらくかかりますから、一度お帰りになってお待ち下さい」と追い返されたらしい。「シッシッ」という雰囲気だったのではないだろうか。

 現在かかっている産婦人科の先生にも、似たようなところがある。
 不妊外来なので、夫の精子を検査することになった。15年前に通っていた病院では、その検査をするとき、夫を連れてくるように言われていた。しかし、先生に聞いてみると、ピシャリと一言、「いらないです」との返答が……。
「忙しくて大変でしょうから大丈夫ですよ」というニュアンスではなく、「検体さえあればいいんだから来ないで」という印象だった。
 
 うーん、気のせいだろうか。
 もしや、ここも男子禁制なのかもしれない。



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叔父を見送る

2009年10月22日 23時44分32秒 | エッセイ
 2年前、母方の叔父が脳梗塞で倒れ、危篤状態に陥った。
 ちょうど、姉が結婚式を控えていたので、かなりのバッドタイミングである。
「結婚記念日と、叔父の命日が同じになったら困るわね……」
 姉は難しい顔をしていたが、叔父はどうにか一命を取りとめることができた。それから2年、運よく小康状態を保っていたけれども、ついに先日亡くなった。

 正直言って、私はこの叔父が好きになれなかった。
 仕事もせずに家で酒を飲んでは、品のない大声で愚痴や悪口を繰り返す男である。妻である叔母とはケンカが絶えず、別居していた時期もあった。
 叔母は器量よしで通っていたが、めっぽう気が強く、稼ぎの悪いダンナを手厳しく罵った末、金属製のバケツを投げつけるような性格だ。しかし、叔父が倒れてからは優しくなり、献身的な介護を続けていたらしい。

 通夜に参列するため、何年かぶりに袖を通したブラックフォーマルは、思っていたよりもブカブカだった。20代の初めに買ったものだが、出産を機に痩せてしまったものだから、まるで借り着のようである。しかも、ジャケットには、いかつい肩パットが入っているものだから、アメフト選手に見えないこともない。私は鏡を覗きこんで苦笑した。
 新しいのを買おうかしら……。

 姉と待ち合わせて斎場に行くと、叔父の息子、つまり私の従弟が出迎えてくれた。彼は私と同い年だが、喪主を務めるらしい。今、私の両親は健在とはいえ、いつまで元気でいるかはわからない。やがて訪れるであろう親の死が、一歩近づいた気がして不安になった。
 まもなく、母が那須から駆けつけた。その日は叔母の家に泊めてもらう約束をしていたようで、大きな荷物を抱え、丸々とした腹を揺らしてやってきた。母は、お通夜であることよりも、久々に親族に会えた喜びのほうが大きかったらしい。お悔やみの言葉もそこそこに、ニコニコしながら話に夢中になっていた。
「砂希は枝豆持って行く?」
 どうやら、親族に枝豆をおすそ分けしようと、那須から収穫してきたようだ。
 この母親にTPOは通じない。さぞかし、長生きするだろう。

 定刻になると、女性のお坊さんが入場してきた。初めて見るので新鮮に感じる。瀬戸内寂聴さんのように剃髪しておらず、長い髪をお団子にまとめて、お経をあげていた。女好きだった叔父が、喜ばないはずもない。これは、いい供養になりそうだ。
 すべてが終わったあと、姉は「仏様の顔が見たい」と言った。従弟は快く受け入れ、棺の窓を開けてくれた。
 そこには、予想以上に安らかな寝顔があった。生前に法事で会ったときの顔が、そのまま目を閉じて眠っていた。
 従弟が誇らしげに言った「きれいだろ」という言葉を聞いたとき、あらためて、叔父の子煩悩だった一面が蘇ってきた。
 働きに出ないことはあっても、子供への愛情は惜しまない人で、料理を作っては食べさせ、一緒に遊び、運動会や旅行などのイベントのたびに8ミリで撮影していた。

 叔父はきっと、家族といられる時間に幸せを見出す人だったのだろう。
 ようやく、長年抱えていたわだかまりがなくなった。

 どうぞ安らかに……。
 合掌。



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10月18日に生まれて

2009年10月18日 20時41分19秒 | エッセイ
 今日は私の誕生日だ。
 中一の娘から「プレゼントは何がいい?」と聞かれ、しばし考え込んだ。予算は1000円以内という。欲しいものは予算をオーバーしているし、予算内で買えそうなものは思いつかない。
 去年は紺のハイソックスをもらった。これは冬の必需品だから重宝する。娘からプレゼントされたものだと、とりわけ暖かく感じる。今年はハイソックス以外がよいが、なかなか決まらない。
 娘は、らちが明かないと見て「じゃあ、一緒にお店に行って決めてよ」と言った。
 
 子供のとき、母の誕生日にあげたプレゼントを思い出した。
 母は年齢の割には大人げないので、ずい分気をつかったものだ。
 ブラウスやセーターなどの衣類は気に入る確率が高く、「高かったでしょう。ありがとうね」と大喜びする。しかし、大事にしまっておくだけで、全然着てもらえない。
 マグカップや湯飲み茶碗などの陶器は、「うちにいっぱいあるのに、どうしてこんなもの買ってくるのよッ!」と叱り飛ばされる。そして、押し入れ収監の刑となる。
 思い余って「お母さんは何が欲しいの?」と聞けば、「何もいらないよ。無駄なお金をつかわなくていいからね」と答える。真に受けて、プレゼントを用意しないでいると、姉や妹を相手に「砂希は何もくれなかった……」と陰口を叩く。
 悪気があるわけではなく、母は気分屋なのだ。そのときの感情でものを言うから振り回され、母に愛されていないのではと感じたこともあった。

 夕方、娘のミキと一緒に駅ビルに行った。ここには、可愛い雑貨の店がいくつか入っており、何か見つかりそうだ。ローラ・アシュレイの石鹸皿、鯛焼きやドーナツの箸置き、クラシックな写真立て……。目を引くものがたくさんあり、かえって迷ってしまった。
「決まった?」
「ううん、まだ」
 どれもこれも可愛いのだが、決定力に欠けている。暗くなってきたし、そろそろ選ばないといけない時間である。
 そういえば、「小さめの手提げがあるといいな」と感じたことがあった。ちょっとスーパーまで、郵便局まで、というときに使える小ぶりのバッグはないだろうか?
「お母さん、こっちにバッグがあるよ」
「どれどれ」
 ゴンドラに目をやると、真っ先に視界に飛び込んできたバッグがあった。フェルト地のハンドメイドで、何色ものアップリケが賑やかだ。私は、ひと目見て気に入った。



「あ、これいいじゃん!」
 商品を手に取り値札を確認すると、「1525円」と書いてあった……。

 ダメだ、予算オーバー!!

 私がガッカリしていると、ミキが財布を取り出し言った。
「ちょっと待って。今いくらあるか確かめるから」
 ミキは所持金を確認すると、顔を上げた。
「大丈夫、2000円あるから買えるよ。これでいいのね?」
 かくして、私はお気に入りのバッグを手に入れたのだった。

 誕生日は、生まれた本人が祝福を受ける日ではなく、母親に感謝する日だという説もある。
 私は丸々と肥えた赤子だったせいか、出産時、母はひどく出血したらしい。母子手帳にも、出血量1050ml多量と記録されている。
 幼いときは、母の愛情を疑ったこともあったが、命がけで産んだ子供が可愛くないはずもない。自分が母になって、それはよくわかった。
 今ならば、素直に言える。
 お母さん、私を生んでくれてありがとう。



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ちょっと自由が丘まで

2009年10月15日 21時51分10秒 | エッセイ
 20代の半ばだった頃、都の研修で1カ月ほど自由が丘の某短大に通ったことがある。
 5月初めの、さわやかな風が緑を揺らす季節だった。洒落た住宅街を抜けてキャンパスに到着すると、他大とおぼしき男子学生が、サークル勧誘のチラシを配っていた。
 弾けるようなティーンエイジャーにまぎれていたせいか、私までもが「お願いします」と小さな紙切れを渡された。もらったところで何の意味もないとわかっていたが、つい手が伸びた。
 教室に入ってすぐ、研修仲間にチラシを見せびらかした。
「見て見て、短大生に間違われちゃった~!!」
「へへへ、私ももらったわよ!」
 ちょっと年上の女性も、鼻高々でチラシを取り出した。
 最年長の明雄さんは、こちらを見もせず、素っ気なく答えた。
「後ろ姿だったんでしょう?」

 先日、15年ぶりに自由が丘に遊びに行った。可愛らしい雑貨を売っているお店に入り、こんなものを買った。



 バレエシューズのペンケースは私に、銀色の鏡は娘のミキに買った。本当はどちらも私が欲しかったのだが、欲張ってはいけない。
 夫に何もお土産がないとイジけてしまうので、別の店に入った。フリフリ、キラキラ以外のものを買わなければならない。
 あっ、これいいじゃん!!



 富山廣貫堂「やくぜんカレー」と、金沢大野の「醤油煎餅」が目に付いた。



 さらに軽井沢の「丸山珈琲」が気になって仕方ない。



 自由が丘まで行って、どこのお土産だよ、と自分に突っ込みを入れる。
 しょうもない買い物をしたあとは、ガイドをしてくれた地元の日本語教師、笹木美子さんが、自由が丘全開のお店に案内してくれた。
 まずは、行列のできる名店「モンサンクレール」である。小さな入口のドアにはパティシエ見習いのような男性がいて、交通整理をしていた。狭い店内にはすでに行列ができており、20人ほどがケーキを買うため並んでいる。奥のカフェから、「1時間待ち」との声が聞こえてきた。焼き菓子ならば、別のレジで受け付けるというので、詰め合わせを選んで買った。



 甘くて軽くて、病み付きになりそうな美味しさである……。
 それから、スペアリブで有名な「SHUTTERS(シャッターズ)」を回った。ここのスペアリブは柔らかくて、フォークだけで食べられるとのことだ。
 しかし、時間は4時になるところだった。食事という時間帯ではないから、お店は見るだけにして、サンプルの写真だけをお土産にした。



 デザートのアップルパイはかなりのボリュームらしいが、とても美味しそうだ。



 吉祥寺にも「SHUTTERS」があるようなので、今度夫を連れて行ってみたい。
 万一食べ切れなかったら、四次元胃袋を持つ夫に手伝ってもらえばよいのだ。
 翌日、モンサンクレールの箱を開けて驚いた。

 焼き菓子が半分しか残ってない……。

 犯人の夫が無邪気に「美味しかった♪」と喜んでいた。
 煎餅とカレーを食べなさいよ!!

※ 自由が丘に行くことになったいきさつは、こちらのアメブロ日記をご覧ください。
  関連リンク 笹木美子さんのブログ「☆ゆるかわ星のバニリン子♪」はこちらからどうぞ。



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レズ疑惑!

2009年10月11日 20時26分29秒 | エッセイ
 30代前半に勤務していた学校での話である。
 当時の同僚、涼子さんは私より一回り年上だったが妙に気が合い、何をするにもどこへ行くにも一緒だった。
 視聴覚教室で校外に出れば2人でランチをして帰ったし、マラソン大会での待ち時間は次に行く映画の相談をしていた。学校ではどちらも白衣を着ていて、髪型も同じ肩までのストレートだったから、生徒にも先生にもよく間違われたものだ。
「ねえ、笹木さん。さっき後ろから1年生に『今日は補習あるんですか』って聞かれたのよ。絶対あなたと間違えていると思って振り返ったら、『……何でもないです』と誤魔化していたわ」
 彼女は笑ってそう言った。
 見た目の似ている2人が、いつも一緒に行動していると、ある意味、あらぬ疑いをかけられても仕方なかったのかもしれない。
 言いだしっぺは、野球部の井川という生徒だった。
「笹木先生と片山先生は、レズなんですか?」
 出し抜けにそんな質問をされ、私は呼吸するのを忘れるくらい驚いた。
「レズ!? 何でそう思うの?」
「だって、いつも2人でいるし、見つめあう目が妖しい」
 まさに晴天の霹靂だ!
 そんな事実はないのに、お調子者の井川はその後、あちらこちらにこの話を広めたようだった。
 定期テストが終わる頃、涼子さんもただならぬ雰囲気に気づきはじめた。
「ねえ、笹木さん。今日、変なことを言われたわ。赤点の生徒が、『旦那に笹木とのことをバラされたくなかったら成績を上げろ』ですって!」
「井川ですよ、井川! あいつが言いふらしているんじゃないかしら」
 実はその半月ほど前、歓送迎会に出席するため、私たちはガラ空きの各駅停車に乗ったことがある。並んで座り、笑っておしゃべりしていると、隣の車両にいた井川が私たちを見つけ、チームメイト2人とこちらの車両に乱入してきたのだ。
「先生、邪魔しに来たよ」
 井川は品の悪い笑みを浮かべ、私と涼子さんの前にドカッと座った。あのときの、勝ち誇った眼差しを思い出した。

 そして、迎えた文化祭でのことだ。教員は審査のため、各クラスの出し物を見て回り、出来のいい団体に投票する。一人でうどんやカレーを食べに行くのはイヤなので、私は涼子さんと一緒に採点しながら校内を歩いていた。
「ちょっと、甘いものが食べたいわね」
 彼女の提案に私も賛成した。
「たしか、この先にケーキ屋さんがありましたよ。行ってみましょう」
 2人がけの座席に向き合って座り、私はチョコレートケーキ、彼女はチーズケーキを頼んだ。値段は麦茶つきで150円。手頃なおやつタイムだ。
「今年のクラスは、偉そうなことを言う割に動かなくてダメよ。去年のほうがマシだったわ」
「あら、私のクラスだって、要領が悪くて時間ばかりかかるんですよ。見てるとイライラしますからね」
 お互いに、自分のクラスの愚痴をこぼしていたときだ。ぶしつけにも、私たちのテーブルに割り込んできた生徒がいた。それは、この場では最も会いたくない男子だった。

 井川!!

「デート中すいません。また邪魔しに来ました」
 井川は、ニヤニヤしながら私たちの顔を交互に眺め、三角形になる場所に椅子を置いて腰掛けた。2mほど離れたところから彼の友達数人が、好奇心丸出しの表情で成り行きを見守っている。完全に見せ物だ……。まったく、間が悪いとしかいいようがない。
「行きましょうか」
 私と涼子さんは立ち上がり、井川たちの視線を振り払って出口に向かった。

 今でも、涼子さんとは食事や映画に出かけることがある。
 もし、運悪く井川に遭遇した日には、「やっぱり、そうだったのか!!」と思われるのだろうな……。



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近づく寿命?

2009年10月08日 19時28分58秒 | エッセイ
「健康診断の結果がレターケースに入っていましたよ」
 同僚の佐藤ゆき子ちゃんが、クリーム色の封筒を持って席に戻ってきた。
「あっ、ホントだ! 私も取りに行かなくちゃ」
 健康診断の結果は怖くもあり、楽しみでもある。封筒を手に取ると、薄かったのでホッとした。厚いときは、二次検診の通知や受診票などが入っているのだ。健康な人は、診断票と判定基準の2枚しか入っていない。早速、お弁当を食べながら、健診結果を開いてみた。
 身長や体重に大きな変化はないが、視力がガタ落ちだ。パソコンのしすぎだろう。
 聴力、胸部X線、血圧は異常はなし。
 緊張するのが、血液である。今回、赤血球数が386(異常なしは380~500)、血色素量が12.0(異常なしは12.0~17.0)、白血球数が3800(異常なしは3000~8900)だった。限りなく下限に近い数字だが、どうにかクリアできた。



 毎日、鉄剤飲んでこれだもんな……。

 検査項目にはないが、私は血小板も少ないそうだ。しかし、蚊には好かれる。ヘルシー嗜好で、薄味が好みなのだろうか?
 一昨年は、残念ながら、こんな結果に終わっている。



 赤血球数は379、血色素量は11.8と、基準にほんのちょっと足りなかっただけなのに、封筒の中には第2次健診の個人票があった。「貧血系検査 要精検」という文字が、頭の中をグルグルと駆けめぐった。
 
 たったの、1と0.2足りなかっただけじゃん!!

 どうにも納得いかず、2次健診は無視した。が、翌年は赤血球も血色素量も回復して、異常なしと診断されている。基準が厳しすぎるのではないだろうか?

 肝機能、脂質、尿も素通りできたが、心電図を見るのが怖い……。

 なにをかくそう、心電図は6年前に、「心房性期外収縮」と診断されたことがある。これは、正常な拍動が起こる前に、異常部位からの電気刺激により心房が活性化するために余分な拍動が生じた状態をいうそうだ。頻繁に起こり、耐えがたい動悸として感じられる場合は治療が必要となるが、それ以降は異常なしだから大丈夫なのだろう。
 思い切って見てみると、おや、何か書いてある……。



 ひええ!!

 私の心臓は、そろそろ使用期限を迎えるのか?!
 ドキドキしながら調べてみると、「左軸偏位」というのは心臓の位置を示すだけで、病気ではないらしい。「太っていて心臓が押し上げられた状態や、心臓の左心室が肥大した場合などがあります」という説明には腹が立った。
「rsr’パターン」というのは、心室に入ってからの電気系統の一つがうまくいかず、右脚(うきゃく)ブロックという状態になっていることをいうようだ。ただし、右脚ブロックがあったとしても、もともとそれほど重要ではないから、治療せず経過観察でよいらしい。
 
 なーんだ、大したことないのに、一応書いてあるんだ……。

 重大な病気なのかと、うろたえてしまったではないか。
 こちらのほうが、よほど心臓に悪いと思うのだが。



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正しい蕎麦の作り方

2009年10月04日 20時18分38秒 | エッセイ
 先日、知り合いの蕎麦職人から、「そば打ち段位認定制度」なるものを聞いてたまげた。
「最高は五段位です。俺は今、初段を受ける人に指導をしています」
 蕎麦の世界も、奥が深いようだ。
 調べてみると、段位認定会を主催しているのは、全国麺類文化地域間交流推進協議会(ZEN麺)という団体らしい。認定会は全国各地で実施されている。
「そばアレルギーの方は、ご来場をご遠慮ください」とのただし書きが、目に飛び込んできた。
 
 私は蕎麦を打ったことがない。自分で作るにしても、乾麺を買ってきて、自己流で茹でるだけだ。
 件の蕎麦職人は、富山県魚津市で『日曜日だけの蕎麦処 くぼ多』というお店を開いている。通信販売もしているので、ひとつ、正統派の教えを請うことにした。
 蕎麦と一緒に送られてきた「作り方」が頼りだ。
 まず、なるべく大きな鍋とボウル、ざるを用意する。
 ボウルには、あらかじめ茹でた麺を冷やす水を入れておく。茹でる水も冷やす水も、浄水かミネラルウォーターを使用するのが基本だ。
「お湯が沸騰したところへ、一人前の蕎麦をパラパラと入れます。必ず一人前を守ってください」
 彼は、私のいい加減な性格を知ってか、一人前というところに念を押した。何でも、家庭用の火力では、一人前がベストらしい。

 入るだけ入れていいのかと思っていたよ……。

 私は素直に一人前を用意して、お湯が沸くのを待った。



「茹で時間は40秒から60秒! これも厳守です。必ずタイマーで計ってください」

 何だよ、このエクスクラメーション・マークは……。

 ここも、大事なチェックポイントなのだろう。
「茹で方が下手くそだと、俺が一生懸命打った蕎麦が台無しになる」という、彼の必死な思いが十二分に伝わってきた。
 タイマーではなくストップウォッチだったが、私は律儀に時間を計り、茹ですぎないように細心の注意を払った。茹でている最中は軽く箸でほぐす程度にし、あまりいじらないほうがいいらしい。万一、噴きこぼれても差し水をしてはいけないとある。
 瞬く間に60秒が過ぎた。
「茹で上がったら、麺をザルですくい、ボウルの水に入れて粗熱を取ります」
 パスタを茹でる鍋を使ったので、これは簡単だった。東京の水は温度が高い。彼の作り方には書いてなかったけれども、ボウルに氷を入れて水温を下げた。
「次は、ボウルの蕎麦をザルにあけ、水道水で洗って下さい。直接水流にあてない方が良いです。これを三回やって下さい。もし、水道水の匂いが気になる場合は、三回目をミネラルウォーターで洗って下さい」
 ……茹で時間60秒を守れたあとは、緊張感が緩み、このあたりは適当になってしまったかもしれない。
「薬味は、本ワサビが良いです。あとは辛み大根おろしなどかな」
 本ワサビ……チューブだが、冷蔵庫にあった。
 こちらのお店では、化学調味料など添加物を一切使用していないつけ汁がついてくる。「こだわりの味」という表現がピッタリの、だしの効いたまろやかなつゆは、そんじょそこらで買えない逸品だ。蕎麦湯で割っても、実にいいお味だった。

 水気を切って麺を盛り付け、きざみ海苔をトッピングした。
 うちにはせいろがないので、一番お気に入りの皿を使ったのだが、蕎麦というより、soba、あるいはJapanese noodles という感じになった。



 いや、蕎麦は地味なので、むしろこれくらいにぎやかな器を使うべきではないのか?

 見た目は洋風でも、正統派の味に違いはない。
 一口食べると、蕎麦粉とつけ汁が、二人三脚しながら喉元を元気に駆け抜けていった。
 彼らが通り過ぎたところで、蕎麦独特の後味が口の中いっぱいに広がってくる。

 美味しい、じゃなくて、うまい!! よね♪

 これぞ、ニッポンの味!
 やはり、蕎麦は奥が深い……。



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ハズレ映画

2009年10月01日 21時01分47秒 | エッセイ
 十年来の映画仲間、涼子さんから久々にお誘いを受けた。
「映画を観にいきませんか。観たい作品があったら教えてください」
 メールを読んで、私はしばし考え込んだ。観たい映画はあるが、私のチョイスはハズレばかりなのだ。『トゥームレイダー2』『ハート・オブ・ウーマン』『オーシャンズ11』……。意気揚々と出掛けた割には、ガッカリして帰ってくる作品が多い。
 対する涼子さんは、映画のチョイスが上手い。『X-MEN』『ミッション・インポッシブルⅡ』『レジェンド・オブ・ゾロ』など、素直に笑って楽しめる作品を選ぶ。
 それでも、一応、私の希望を伝えてみた。
「『男と女の不都合な真実』を観たいです」
 聞くところによると、下ネタ満載のコメディらしいので、上品でエレガントな涼子さんには、ちと厳しいかもしれない。ほどなく、彼女から返信があった。
「それはどんな話なのかしら。全然知らないわ」
 ……これは脈なしとみた。強引に押して、またしくじったら気まずい。ひとまず、彼女の持ち札を探ることにした。
「別にどうしてもというわけではないのですが、涼子さんは何か候補がありますか」
「私は、ハリソン・フォードの『正義のゆくえ』が気になります」
 何だ、そりゃ。
 聞いたこともない作品だったので、正直言って気が進まなかったが、これまでの実績から彼女のチョイスに期待することにした。
「日比谷でしか上映していませんから、10時15分に劇場前で待ち合わせしましょう」
 そんなわけで、今日はこれを観ることにした。

 映画の評判は、あてにならないことがある。
 一昨年公開された『グッド・シェパード』は特に忘れられない。先に夕食をすませてから観ようと思ったのに、レストランで私の携帯に職場からの緊急連絡が入り、席を外して話をしていたら、食事が遅くなってしまった。
 あわてて劇場に駆けつけたものの、上映開始時刻はとうに過ぎており「大変申し訳ありませんが、ご入場できません」と断られた。かといって、このまま真っ直ぐ帰るのも面白くない。機転の利く涼子さんが、他の映画館を検索し始めた。
「入間市で8時15分からっていうのがあるわよ。行ってみる?」
 入間市は、池袋から急行で40分ほど下った駅である。諦めの悪い二人は、西武池袋線に乗り、入間市の映画館に滑り込んだ。この映画は、3時間近くもの上映時間だったので、帰る頃には日付が変わってしまった。
 だが、後味の悪い映画で、苦労して観ただけの価値が感じられなかった。人気のない上りの最終電車に乗り、冷静になった私は、「ここまでしなくてもよかったかも……」と後悔した。

 映画館のチケット売り場では、前に並んでいる人たちが、作品名を告げる声が聞こえてきた。
「正義のゆくえ」
「正義のゆくえ」
「正義のゆくえ」
 何と、誰も彼もが、私たちと同じ映画を観ようとしているではないか。
「え~、意外と人気なんですね、この映画」
 私が驚いていると、涼子さんもうなずいた。
「やっぱり、ハリソン・フォードだからかしらね」
 さほど狭くない劇場も、ほぼ満席である。
 ほどなく映画が始まった。重い内容を淡々と描き、まったく退屈しない、起伏に富んだ作品だった。さすがは涼子さん!!

 ここで、私の一番の失敗チョイスを紹介しよう。
 1994年に公開されたアニメーション『ストリートファイターⅡMOVIE』である。
 たまたま、新宿まで買い物に出かけ、映画館の前を通ったのが運のつきだった。ゲームは好きだったし、上映時間も短いから、衝動的にフラフラと入ってしまったのだ。
 もともと、期待はしていなかったが、予想以上にひどかった……。
「何で、そんなの観たのよ」と妹にはバカにされ、夫には呆れられた。
 まあ、ハズレの映画があるからこそ、傑作の有難味がわかるのだろうな。



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