これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

変身願望

2008年07月14日 22時04分40秒 | エッセイ
 8歳下の同僚、佐藤ゆき子が結婚する日を、私は心待ちにしていた。
「ねえ、ゆきちゃん、誰かいい人いないの?」
「はい、ご縁がなくて……」
「どういう人が好みなの?」
「佐藤浩市ですっっ!」
 残念ながら職場には、いや、どの学校を探しても教員に佐藤浩市っぽい男性がいるとは思えない。
 しかし、私はどうしてもゆきちゃんに結婚してもらいたい。そして、披露宴に呼んでほしいのだ。
 理由は7年前にさかのぼる。横浜中華街で、私は偶然ステキなチャイナドレスを見つけた。光沢のある絹の黒地に、金糸で梅の花の刺繍が施され、華やかなのに派手ではない。くるぶしまでの裾丈に、太ももがチラリと見える、両脇に入った定番のスリットがセクシーだ。これを着れば、凹凸の少ない体型の私でも、色っぽく映るような気がして、とても気に入った。
 つい衝動買いをしたけれども、よく考えてみたら着ていく場所がない。
 結婚式に呼ばれたら着ようと思っていたが、この7年間、招待されたためしがない。友達は大抵既婚者か、開き直った独身主義者だ。となると、頼みの綱は職場の同僚となるが、若手が減っている上、お呼ばれするほど親しくなれないのが現実である。
 そこでゆきちゃんに目をつけたわけだが……なかなかこのドレスをお披露目する機会に恵まれそうになくて、私は次第に焦れてきた。 
 このままでは、ドレスが入らないくらい太ってしまうかもしれないし、家が火事になって燃えてしまうかもしれない。はたまた、虫に食われて穴が開いてしまうかもしれない。のほほんと構えてないで、今年こそは是が非でも袖を通さなくてはと決心した。
 日頃、地味な生活を送っている私にとって、服は重要な変身アイテムだ。サラリーマンがウルトラマンの衣装を着たがるように、華やかなドレスを身につけることで、高揚した気分に浸ることができる。似合う、似合わないはさておき、チャイナドレスがかもし出す色香を身にまとい、女性ならではの美を演出する自分に酔いしれたい。たとえそれが錯覚だとしても……。
 ドレスを着たい一心から、結婚式のおよばれにこだわるのをやめた。
 しかし、パーティに出かける身分でもなく、オペラを鑑賞する趣味もない。となると、日常生活の延長で着るしかなさそうだ。
「ねえ笹木さん、来月、赤坂でランチなんていかが?」
 エッセイ仲間のお誘いに、わが意を得たりと同意した。これでドレスをデビューさせることができる。フレンチレストランに行くだけだから、大げさという気もするが、この機会を逃したら必ず後悔するに違いない。たとえ浮いてしまったとしても、着たい服を着られればそれでよいではないか。
 8月4日、赤坂で黒のチャイナドレスを着た女がいたら、それは私かもしれない。



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コメント (2)
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