片割れ月おもちゃ箱

エッセイ風お笑いブログです~

憂国

2016年11月24日 22時18分45秒 | 日記
   十七の頃は無頼派憂国忌 …駄句である(_ _;)…パタリ


   遠山の墨絵となりて憂国忌 …駄句である(_ _;)…パタリ
  
 記憶がだいぶ掠れてしまったが、11月25日は三島由紀夫が市ヶ谷駐屯地で事に及んだ日だ。よど号事件もたしか同じ年だったような気がする。そのすぐ後には浅間山荘事件があった。生徒を共産主義者に導こうとする不良教師がいたりして、若者にとっては生きてゆく方向を決めることが急かされているような時代であった。

 当時の私もまた、自分の向かう道を定められないで悶々とする日々を送っていた。空手の腕試しとばかりに無頼派を気取り、気に食わない相手がいれば喧嘩を売ったり買ったりの商売を繰り返していたが、いっぽうで女の肌が愛おしくなるお年頃。年上の好い女がいればデパートのエレベーターであれ、歩道の通りすがりであれ、はたまた海辺の松林であれ、物欲しそうに後を付いてゆく。時には凶行に及んだことも…

 荒んだ生活に一念発起し、哲学書などというものを読んだこともあった。難しすぎて結論が出ないまま迷路をさまよい、太宰を読んでみたところで大して面白くもない。
 すぐに引き返し、些かチャランポランだがニュートラルな感じのする第三の新人たちにハマっていくようになる。よもや、そのほとんどが躁うつ病持ちの小説家とも知らないで…
 中でも特に酷かったのが北杜夫である。こんなやつらを相手に一喜一憂していても始まらないと、ようやく気づき、たどり着いた先は純文学の世界(*^^*)ポッ

 硬派か軟派か道は二つに一つしかないと考えれば話は簡単だ。
 とうとう高度なテクニックを駆使する技巧派の軟派師に目覚めるのだが、これがまた難しい。由美子ちゃんに声をかけては失敗し、麻子ちゃんに声をかけてはシカトされ、気が付いたときには悪い女の術中にはまるという最悪の結末が待っていた。
 今となってはTPP同様、どうでもいい話なのだが…(..、)ヾ(^^ )ヨシヨシ



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お散歩

2016年11月23日 18時03分09秒 | 日記
   牧水の歌碑尋め行けば小鳥来る …駄句である(_ _;)…パタリ



 今日の朝方は庭木に薄っすらと雪が積もっていたがすぐに融け、午前中は晴れていた。
 こんな天気はもう三ヶ月くらい先でないと拝めないと思いふらっと外に出て来た。
 本当は海に行きたいのだが、風が強くて鼻水が顔にかかるのでそれは諦め千秋公園というところに行ってきた。佐竹の殿様が居を構えていた久保田城の跡である。

 場内では観光案内人なるボランティアが、訪れる観光客を案内していた。私も「お客様はどちらからおいでですか」と呼び止められたが、「どちらでもそちらでもなく、この辺から…」と答えて遠慮した。東京から来たふりをして場内を案内してもらえばよかったかなと後で思ったが、どうせ秋田弁がすぐにばれてお灸を据えられていたに違いない。

 二の丸の端っこに若山牧水の歌碑がある。秋田に来たときに詠んだ歌だという。
<鶸めじろ山雀つばめなきしきりさくらはいまだひらかざるなり>…俳句にはあり得ない季語の羅列。内容からして春の芽吹いた頃、桜が咲く少し前だったことが判る。
 大した歌でもないのに石に刻むとは、石工さんにはご苦労なことである。ヽ(´o`; オイオイ

 あたりの紅葉はほとんど終わったが、濡れ落ち葉が鮮やかだ。表門のあたりで秋田弁でも日本語でもない言葉で話している撮影クルーがいた。韓流ドラマでも撮っているのだろうか。
 本丸跡に行くと鳥の声がした。ヒワ、メジロ、ヤマガラ、ツバメ…なんだろう?
 北国は、これから数か月間は桜が待ち遠しい季節になる(_ _;)…パタリ














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ノンタイトル

2016年11月18日 21時26分44秒 | 日記
  鴨さへも番ひとなりて帰る暮れ一人そぞろの寂しかりけり











ちょっと散歩に行ってきましたが、どちら様も番いの散歩は夫婦連れ…(_ _;)…パタリ








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スーパームーン

2016年11月14日 22時19分13秒 | 日記
   超満月女房の顔ほにゃららら …駄句である(_ _;)…パタリ



 今日は新聞休刊日だったので、朝からテレビやテレビでスーパームーンの話題でもちきりであった。68年ぶりの大きな月も、運よく見えるのは沖縄と北日本の一部ということらしい。北日本といえばこの辺りも含まれる。

 夕方5時に満を持して外に出てみると、東の空からオレンジ色に輝く大きな月が出て来た。噂には聞いていたが、これほど大きいとは…
 私は日ごろ女房の大きな顔を見慣れているのでさほど驚かなかったが、かつてこんな大きな月は見たことが無かった。なにしろ68年前には生まれていなかったので無理もない話である。
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さらしもの

2016年11月07日 21時34分39秒 | 日記
   遠山はパツチワークに粧へり …駄句である(_ _;)…パタリ



   時雨るるや整形外科の親子連れ ヾ( ̄o ̄;)オイオイ

 ときどき小春日和の日もあるが、あさってにはとうとう雪が降るという天気予報。
 荒れ模様のお天気とは逆に、間隔が徐々に開いていた整形外科に三週間ぶりに行ってきた。
 もちろん母の治療のために連れて行くのだが、私も右肩のあたりに痛みを覚えていた。四十肩五十肩はあると聞いていたが、六十肩ということか?
 少し弱気になって、「ついでだから自分も診てもらおうかな」などと思ったりもするが、親子で一緒に診てもらうには私のプライドが許さない。
 明日は明日で内科に連れて行くことになっている。寒くなって私も少し咳き込んでいるが、まずは年寄を優先ということで…

 午前中、農家のお客さんの所に行くと柿を捥いでいた。柿の種類は分からないが、けっこうな大木であった。用事を済ませた帰り際、「処分に困っているので持って行ってください」とゴミ出し袋いっぱいに詰めた柿を二袋渡された。「これでは私も処分に困る」と一袋だけ頂いてきた。見た目からして庄内柿らしい。

 家に持って帰ると案の定、「面倒なものを貰って来たな!」の女房の一言が待っていた。皮をむいて干し柿にするは面倒だとしても、焼酎に漬けてさらすのも面倒ということらしい。売り言葉には買い言葉。「ならば私が美味しくして進ぜようじゃないか」。

 というのも、どこかのブログで柿の渋抜きをする固形アルコールが紹介されていたので、ちょうど試してみたかったところだ。渋抜きは私が請け負うことで話がまとまった。そうじゃないと女房に何をされるか分からない。
 さっそくネットで調べてみると、固形アルコールはネオヘースタンというものらしい。ホームセンターに行くと季節の特設コーナーに大量に置かれていた。明日にでも試してみるつもりだが、果たしてうまくいくものか。少々心配…
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文句なし

2016年11月05日 17時56分16秒 | 日記
   お目当てが今年も届き冬隣 …駄句である(_ _;)…パタリ



 埼玉の親類から<九里四里うまい十三里>がうたい文句の川越いもが送られてきた。
 親類と書いたが、母の従妹の連れ合いにあたる。
 馴れ初めは秋田に旅行に来たときに道端で声をかけ、そのままお持ち帰りしたそうだ。秋田の女は東京もんに尻を振りやすいので、充分うなずける話ではある。<焼き芋には一生不自由させない>が殺し文句だったに違いない。

 いつの年だったか、柿も送られてきたことがあった。売り文句は<甘柿だからそのまま食べられる>だったが、捥ぐのが早かったのか渋くて食べられない。おまけに種だらけで、種を取ったら食べるところが無いではないか。貰ったものに文句は言えないので「家の家族は全員柿が嫌いで来年からはお気遣いなく」と丁重にお願いした。次の年から柿は送られてこなくなった。おそらく自分でも処分に困っての狼藉だったと思う。やっぱり決まり文句は<柿は庄内柿に限る>かと…

 夫婦仲は文句のつけようがなく、60代になっても人前でいちゃいちゃしていた。祖母の葬式に車で来たことがあった。山形かどっかの妖しいピンクのネオンの点いた宿に一泊して盛り上がり、朝まで愛し合っていたと葬式の席で照れもなく生臭い話をしていた。聞いているこっちの方が恥ずかしいくらいだが、変態クラスになるとスケベの基準が我々とは違うのだろう。どうりで二人とも遡上したサケのように疲れ切った葬式顔になっていた。供養と思えば仏もそれなりに成仏できたことだろう…

 小母さんは数年前に70歳で亡くなったが、一生分に余るほど愛してもらってのことだろう。サツマイモはその後も毎年届いている。もちろん川越いもの美味しさには文句のつけようがない。



 麓はまだちゃんと紅葉していないのに寒くなって来た。今年は冬の訪れが早いのは分かったが、雪が降るのは木の葉が落ちてからにしてほしいものだ。
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急転

2016年11月02日 08時01分21秒 | 日記
  巻き上げし車三台竜田姫ふもとの錦織るを忘るな …拙歌である(_ _;)…パタリ



昨日から11月に入ってしまった。月が替わっても何が変わるわけでもないと言いたいところだが、急に寒くなり、太平山に初雪が降ったそうだ。去年よりも24日早いという。これから見ごろを迎える紅葉を愛でる間もなく、冬の足音が聞こえてくる。

秋田市では竜巻が発生して車三台が空中に巻き上げられ、家屋への被害もたくさんあったそうだ。近頃の竜巻はいつどこで起こるか知れないので他人事とは言えない。

その他には、土崎の曳山祭りが博多祇園山笠などの豪華絢爛なお祭りと一緒にユネスコのなんたら遺産に登録の勧告がされたという。十把一絡げのドサクサまぎれとはいえ、明るい話題である。


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かりがね

2016年10月30日 14時37分53秒 | 日記
  行く空に遮るもののあらむとて南へ急ぐ雁ぞ哀しき …どうぞ添削を(_ _;)…パタリ



 第139回秋田県種苗交換会が県南の湯沢市を会場に昨日から七日間の日程で賑々しく開催されている。毎年、収穫の終わった今の時期に開催されるので、お天気に恵まれないのが常である。今年も御多分に漏れず開幕当日から冷たい雨に見舞われているようだ。
 農家でないので見物に行ったことは無いが、やはり農業を営む者にとっては一大イベントなのだろう。農産物のほかに新型トラクターなどの展示もあり、同時期に行われる東京モーターショーに対抗し、地元では農協モーターショーと呼ばれることも…

 何年前だったか思い出したくもないが、私が嫁をもらうため先方にあいさつに行った年の交換会は大曲という所で開催されていた。ここと嫁の実家の中間地点にある町である。当時は道路事情が悪く、片側一車線の国道をひたすら南に走るしかなかった。大曲の町に入る手前から種苗交換会目当ての車であふれ、渋滞が続いていた。先方には午前中に着くことにしていたが、いつになったら着くのか分からない状態に陥った。

 進まない車の中では良からぬことを思考するものである。元々嫁のことが気に入らず最後まで反対していた父が「家さ戻るべ!」と言い出した。嫁の我儘ぶりに翻弄され、その頃はすでに甘い夢から覚めていた私も「それは良い考えだ!」と相槌を打った。
 ところが悪い事に、付き添いで叔父が同行していた。「ここまで来て戻るとは何事だ、あとが面倒だろう!」とたしなめられる。あれこれ談判しているうちに霧が晴れるように渋滞が解消した。結局1時間ほど遅れて先方に着き、結納の日取りやら何やらと丸め込まれてしまう。今となって叔父は何かにつけ、「確かにあのとき戻っていればお前も幸せになっていただろうに」を繰り返しているが、あとの祭りというものだ。

 さて、母の足はすっかり良くなった様子であちこちを徘徊しまくっている。
 行きつけの整形外科では痛みが治まらず、八百万の整形外科に加え、一時は五城目町のゴミソのところに連れて行ってくれなどと駄々をこねていただけにホッとしている。最後に行った駅東の整形外科が適切な治療をしてくれたおかげである。
 母なりに医者の順位付けをしているようで、駅東の医者が1番、厚生連の総合病院が2番、行きつけの医者が最下位でゴミソ以下ということになるらしい。

※ゴミソとは… 青森・秋田県などに多い祈祷(きとう)・卜占(ぼくせん)者の一。多くは既婚の女性。依頼をうけて神前で祈祷などを行うが、ほとんどがインチキ祈祷師である。

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秋思

2016年10月23日 11時47分31秒 | 下ネタ
   味噌汁の具は産土のサワモタシ …駄句である(_ _;)…パタリ



 父の実家から新米が届いた。今年は庭のイチジクが豊作だったそうで、カボチャや山で採ったというキノコと一緒に運んで来てくれた。それに加え味噌も持って来てもらえれば当分食うには困らないわけだが、そうそう厚かましいことも言っていられないだろう。

 秋ということも重なり、最近は田舎に暮らしていた小学生の頃に思いを馳せている。
 少年の頃の私は、今の時期になるとキノコやら木の実やらを探しに野山を駆け回っていた。
 キノコ類はスギカノカ(スギヒラタケ)やサワモタシ(ナラタケ)などであった。ハツタケを見つけたときはいささか大人になったような気分になったものだ。マツタケを見つけようものなら立派な大人ということになるが、残念ながらマツタケは此のあたりの山には生えないそうである。

 木の実といえばやっぱり柴栗やアケビ、山ブドウ、沢筋に入るとマタタビを見つけることもあった。年が何個か上のガキ大将に「これを食べるとチンチンが大きくなるから食べて見ろ」と言われて食べてみたが、芳醇な香りの割に食べると少々きつい味がした。もちろん子供だったので食べてもチンチンがにわかに膨らむはずもなかった。大人になってから女房をひーひー言わせて喜ばそうと思い、記憶をたどりながら一度探しに行ったことがある。残念ながら辺りの植生が杉林に変わっていて、私の些細な野望は脆くも打ち砕かれてしまった。

 先日紹介した同級生の幸子ちゃんと一緒にキノコ狩りをした記憶もある。どういった経緯だったか忘れたが、奥手の私から誘う筈もなく、彼女に誘われて付いて行ったのだろう。他の女子もいたような気がするが、それが誰だったかは全く記憶が無い。幸子ちゃんは当時からキノコ狩りのベテランで私よりも見つけるのが早いものだから、カゴの中は私の二倍ほどになっていた。おばあちゃん子だったので山に連れられて行きキノコの種類を覚えたのだろう。大人になってからもキノコ狩りの名人になって居なければいいのだが…
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転機

2016年10月14日 21時29分25秒 | 日記
   産土の女の子の便り懐かしや胸の鼓動は十二の春に …さあ、添削はご自由に♪



 ブロ友さんは女性ばかりなので千紫万紅のブログと呼ばれていたものだが、最近、母親のことをババアなどと云って悪態をついているので、ブロ友さんだけでなく、その周辺からも好ましくないと思われているようだ。
 殺気を感じるところまではいかないが、ひそひそ話でバッシングを浴びせられているような気がする。おそらくババアという言葉に敏感に反応するお年頃のお嬢様たちかもしれないが、無神経すぎた点をお詫びしなければならない。ブログ記事も明るい話題に軌道修正をしなければならないだろう。ついでに大年増の厚化粧と揶揄した婦人部長にも一言詫びを入れることにする。
 皆さんどうもすみませんでした…(*゚.゚)ゞポリポリ

 さて先日、小学校の同級生だった女性から突然の電話があった。勉強も運動も山菜採りもキノコ採りも何でもできる才色兼備の女性で、みんなのあこがれの的であった。わたしもこんな人をお嫁さんにしたいものだと思っていたが、小学校卒業と同時に私が引っ越したのを最後に離れ離れになっていた。子供心に只ぼんやりと、お互い惹かれあっていたような気がしていた。高校の通学の朝に保戸野新橋の上で一度すれ違い、時間もなく挨拶程度の会話をして以来だから、45年ぶりくらいになる。

 最近あることで私の名前と顔写真を見て、電話を掛けたという。別に悪い事をしたわけではないが、良いことをしたわけでもない。
 最初は同姓同名も疑ったが写真に私の面影を見つけて、すぐに電話したそうだ。子供の頃と変わらない彼女の積極的な行動に、なるほどと思った。
 彼女が10年ほど前に未亡人になったことは以前、風の便りで知っていた。お互いの近況を語り、私もろくでもない女房に翻弄されていることを強く訴えた。運命なのかもしれない。
 ということで、電話番号を交換し機会を見つけて会うことになったが、機会をどうやって作ったらよいものやら悪いものやら…
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