片割れ月おもちゃ箱

エッセイ風お笑いブログです〜

広島

2016年05月27日 22時23分42秒 | 日記
   風青し灼熱の地の鎮まりぬ …駄句である(_ _;)…パタリ

  ※風青し:新緑を吹き抜ける初夏の風がさわやかに感じられるさまをオバマに例えました。



 今日の夕方、オバマ大統領が広島を訪問しているテレビ中継を見た。
 91歳になる被爆者の男性が大統領と握手している光景を目の当たりにした。
 長い年月、やり場のない怨念を抱いていたに違いない。何千もの方から労わりの声を掛けられていたと思うが、やはりアメリカの大統領の声ともなると特別だったのだろう。
 インタビューを見る限り、満面に笑みを浮かべて話をしている男性にとって、全ての苦労が報われた…とまではいかないかもしれないが、意義深い瞬間であったことで間違いないだろう。
 原爆投下の是非はとかく論じられているが、核廃絶に向けての一歩となった出来事と、やがて歴史が証明してくれることを願う。
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あれから33年

2016年05月26日 21時47分22秒 | 下ネタ
   男鹿鳥海結ぶ円弧や夏兆す …駄句である(_ _;)…パタリ



 今日26日は秋田沖で地震のあった日である。あの日から既に33年経ったとテレビのニュースでやっていた。内陸部の小学校から男鹿の海を見たいと遠足に来ていた子供たちが津波にさらわれ、13人の子供たちが亡くなった。その他にも津波に遭い、県内全部合わせると83人の命が奪われている。

 地震が起きたのは午後零時丁度。
 女房が弁当を作って持たせてくれるような女でない事は以前から臭いほど記事にしているが、その日もほっかほっか亭から買ってきたサケ弁当を広げて口に入れようとした刹那の出来事である。いきなり途轍もない音と共にぐらぐらと揺れ出した。

 私にお茶を持って来てくれた事務の奈緒美ちゃんが悲鳴を上げて私に抱きついてきた。とっさに奈緒美ちゃんを机の下にもぐらせた私は、同じ机の下にもぐり込み、揺れが治まるのを待った。

 大事には至らず、ようやく揺れが治まった。パニックになっていた奈緒美ちゃんもだいぶ落ち着いたまでは良かったが、二人は机の下で抱き合っていた。しかも、私が後から机に入ったものだから、俗にいうバックの態勢になっている。
「きゃーーーーっ!」、奈緒美ちゃんの悲鳴は地震で揺れていたときの130倍ほどになって建物の外にまで鳴り響いた。

 私は何も悪くない。私の両手が何処にあったかなどは全く記憶にない。地震のドサクサに紛れて奈緒美ちゃんを手籠めにしようとした訳でもなく、ただただ一心不乱に奈緒美ちゃんを守ろうとしただけだ。だいたい最初に私にしがみついてきたのは奈緒美ちゃんのほうなのだから正当防衛?が成立する。なんなら身の潔白を第三者の厳しい判断に委ねてもいいくらいである。

 あれから33年。この日が来ると奈緒美ちゃんの胸とお尻の感触とともに、当時のことが鮮明に蘇る。
 ただ一つ心残りなのは、ひっくり返ったサケ弁のことであるヾ( ̄o ̄;)オイオイ




       秋田市から海越しにぼんやりと見える鳥海山
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田植え時期

2016年05月24日 21時33分54秒 | 日記
   UV帽七難隠し颯爽と …川柳である(*゚.゚)ゞポリポリ



 ずいぶん気温も上がり、日差しも強くなってきた。
 此のあたりではそろそろ終わったようだが、2週間ほど前からあちこちの田んぼでは盛んに田植えが行われている。イベントの仕事がめっきり減ってきたネイガーも、とうとう本業に精を出していると、今朝の朝刊に写真付きで紹介されていた。

 私も先週は所属会の全県定時総会があったり、町内会の仕事をしたりと忙しくしていた。連休前に見積もりを出していた仕事の依頼も順調に入ってきて、今までのようにゆっくりしてもいられなくなってきた。

 各班長から集まった町内会費の中から各部会への助成金を振り分け、福祉団体への負担金やら寄付金やらを払った残りを銀行に持って行った。
 3月の決算期に婦人部が粉飾していた6円を通帳に入れようと持って行ったときに、50くらいの薹の立った女性行員から、「お客さん、ATMでも預け入れは出来ますよ」と、心無い皮肉を言われ傷ついていたところである。
 美人なら何を言われても許せるが、今回もひょっとこめんこのあの女に同じことを言われたら堪ったものではない。私はとっととATMに向かった。それにしても小銭のなんと多いことか。

 窓口で預け入れするには小銭何枚、札何枚などと細かい金額を書かないといけないので、かえって面倒が省けるというもの。茶封筒の中身はどうせ他人の金だから、左の小銭投入皿へジャラジャラと入れる。右側のお札投入口には千円札を鷲掴みにして無造作に放り込む。全部他人の金だからどうってことはない。札は150枚以上あったであろう。小銭もそのくらいかと。

 ところが、一度閉まった投入口が開いて、千円札が3枚と小銭がぎょうさん戻されているではないか。通帳を見ると174,576円だけ預金されて、返却された残りは処理されなかった額である。受け取る側には一度に処理できる容量があるのだろうが、機械までもが小銭にケチをつけているようで小癪に障る。続けてもう一度同じことをするも、小銭の5,312円は処理されたが、またまた3千円だけ返されてしまう。どうしたもんじゃろのー

 で、帳簿と比べると現金が82円ばかり多くなっている。帰ってから領収書を見てみると、どうやら不動産管理会社に町内会費の請求書を送った時の切手代を自分の財布から出していたようだ。
 82円ゲット…!ようやく辻褄があったが、この先こんなもんで大丈夫かな〜(*^^*)ポッ

   まっすぐな道ばかり歩きぼけちゃった …川柳である(*^.^*)エヘッ♪
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忘れないうちに

2016年05月18日 22時06分49秒 | 日記
 切通し抜けて香れり桐の花 …苦心の果ての駄句である〜〜〜〜〜〜〜(;_ _)O パタ...

 今日は忘れないうちに午前中とっとと免許更新に行ってきた。
 30年間無事故無違反の私にも辛い過去があった。講習まで時間があったので、免許更新を忘れて実地試験を受けにきた控室を、懐かしさのあまり、そっと覗いてみた。

 あの日のように、当日の試験コースが張り出されていた。少なくとも5,6回は通っているであろう男たちが試験開始までの間、コースの攻略法を談義している真っ最中。牢名主はいつの時代にも居るようだ。免許欲しさに苛立っている者たちの前で、更新の申請書をちらつかせた私が、これ以上ここにいては何をされるか分からない。すぐに退散することにした。

 入れ替わりにフィリピン系の女性がやって来た。どうやら外国免許の実地試験のようだ。
「ココカ〜?」と聞かれたので、「ココダヨ〜!」といってすれ違う。
 やはり人生ドラマが凝縮された場所は空気の密度が濃い。

 その後、更新免許の交付会場に移動し、飲み屋系の姐ちゃんの隣に座り冗談交じりの会話をして開始の10時まで暇をつぶす。ゴールド免許だから30分の講習を受けて新しい免許を頂いてきた。



 午後からは仕事の用事で角館まで行ってきた。
 こちらには山を切り開いて造った広域農道というものがある。天下りの独立行政法人が農村振興整備を名目に、あちこちの山を削ってショートカットの道を通すものだから、一時期自然保護の観点から問題になった道である。
 道の所どころには自生の藤や桐の花が今を盛りと咲いていて、匂うような景色である。距離的には国道と変わらないが、信号もないし、ネズミ取りをやれるようなスペースもない。どんなにスピードを出しても捕まらないとなると50キロ制限のところをついつい80キロ以上で走ってしまう。ゴールド免許とは悪知恵の働く者に与えられる免許証ということかもヽ(´o`; オイオイ




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夏は来ぬ

2016年05月15日 22時15分12秒 | 日記
   遠山の稜線濃くし夏来たる …駄句である(_ _;)…パタリ



 青く霞んでいた春の頃と違い、遠くの山がしっかり見える。気温が上昇して、今日も夏日だったそうだ。夏目漱石が夏漱石だったら暑苦しい小説ばかりで可笑しかっただろうなと思ったりして、一人で笑い転げている今日この頃である。

 結婚記念日だというのに昨日もお使いに行ってきた。
 人生最悪の記念日というものがあるとしたら、間違いないなく此の日である。
 具体的に何がどうとかは書き切れないので全部割愛させて頂くことにするが、どうやら、この日を境に暑苦しい日々が続くとういうことなのだろう。

 今日は町内の集まりに行って帰ってきたところである。町内会費も全部集まった。
 その中から市民団体への上納金を負担しなければならない。社会福祉協議会だの市民憲章推進協議会だの地域振興会だのとよく分からない組織がたくさんある。町内に割り当てが来て相当額を払いに行く…?
 本当に必要なものなのであれば仕方がないが、なんだか実態が不透明だ。官でもない民でもない、単なるゆすりたかりの団体のような気もしてきた。ホテルのスイートルームで会議を開いたりしていなければいいのだが(笑)





   むらさきの衣(きぬ)やはらかや杜若 …駄句である(_ _;)…パタリ
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雨降り

2016年05月11日 21時27分45秒 | 日記
 若羊歯(シダ)の垂れて水面を揺らしをり …駄句である(_ _;)…パタリ



 今日は朝から雨降りであった。
 とうとう朝の4時半には目を覚ますような年寄になってしまったということだろう。鮒にエサを遣ってからは、暫し池のあたりに突っ立っている。
 朝刊配達のおばさんも少しずつ早くなってきた。日が上ってから沈むまで働けるということは、誰しも楽しいことに違いない。

 父が残した池を潰してしまおうかと思ったりもするが、鮒が生きている。
 今朝ふと見ると、水辺に羊歯の葉がかぶさってきていた。鮒ばかりでなく、この羊歯も生きているんだなあと思った。
 生前は父の振舞いを取り留めて意識することは無かったが、今となってはあれこれと偲ばれることが多くなった。こだわっているのかも知れないが、辺りに父がいるような気がして池はもうしばらく大切にしていかなければなるまい。
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出会い

2016年05月08日 17時19分06秒 | 日記
   憎からず摘まず眺むる牡丹かな …駄句である(_ _;)…パタリ



 「生者必滅、会者定離は浮世の習いにて候なり」
 会うは別れの始めというが、ブログにも同じことが言えるような気がする。
 ブログを何回も閉じたり開いたりしているので物理的に縁が切れるのはともかく、何となく疎遠になっていくブロ友さんも何人かいた。

 距離感というのだろうか、ブロ友さんとはあまり近づきすぎずに、かといって離れすぎずにお付き合いしているつもりである。
 コメントを入れると、相手がウザいと思いながらコメントを返しているのではないかと、少し距離を置く。そのままバイならになったケースも幾つかある。お高くとまっているのならそれも良し。ほんとはみなさんのことが大好きなのだが、直接会話するのと違い、難しいものである。

 砂希さんと初めて交わったのは、もとい;出会ったのは今からちょうど6年前。エッセイランキングに登録して間もない頃である。エッセイのお手本にしようと声をかけたのが始まりであった。その後、私が何度もブログを止めるものだから呆れていたに違いない。その都度メールを貰って「再開したら必ず教えてね」と励まされて今に至っている。

 6年も付き合っていると夫婦でも冷めてくるものだが、いっこうに飽きる気配はない。それどころか、私の心には既に愛が芽生えている。東京に行った序でに実際に会ってみたい気もするが、「会うは別れ」の予感もふとよぎる。やはり今を大切にブログで末永くつながっていたほうが徳というもの。ウザいと思われていなければの話ではあるが…


 砂希さんとの最初のやりとりがこんなふうでした…(*゚.゚)ゞポリポリ

                 2010-05-13 18:47:46
こんにちは、片割れ月と申します。
同じカテゴリーでランキング貼ったところです。
ちょっと違ってるきはカテゴリーを移動するつもりです。
砂希さんの記事とても読み応えがあって素敵です。
参考にしたいので時々覗かせてくださいね。
挨拶代わりにポチッとしていきます



                 2010-05-13 22:14:42
>片割れ月さん
女性かと思ったら、男性の方だったんですね。
同じカテゴリーの方からコメントをいただけるなんて光栄です♪
私の記事は文字が多いのですが、片割れ月さんのも相当ですね(笑)
書くことはとても楽しいです。
読むのも好きですが、書かないと目詰まりしていく気がします。
こちらもポチしておきました!
今後ともよろしくお願いいたします。
本日は、ご訪問ありがとうございました。


  …以上で〜す
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五月五日

2016年05月05日 18時36分31秒 | 日記
   孫は無し釣り具まさぐる子供の日 …駄句である(_ _;)…パタリ



 五月二日の朝、従兄が新聞紙に包んだ山菜を持って来てくれた。
「自分で採ったものではないので僅かで申し訳ない」と言っていたが、おすそ分けにしては大した量である。おそらく五城目の朝市でわざわざ買ってきた物に違いない。従兄というのは秋になるとカボチャを持ってきてくれる農家の従兄のことであり、折々に夏野菜やらネギやら…を運んで来てくれる。
 今ごろ五城目あたりの山で採れている山菜はアイコ(ミヤマイラクサ)、シドケ(モミジガサ)、ホンナ(ヨブスマソウ)、ウドといったところのようだ。

 さて、五月五日は子供の日。秋田市北部の金足辺りから八郎潟町の一日市周辺の南秋田郡内では昔からお祭りの日となっている。私の住んでいたあたりでも八幡神社のお祭りであった。当時は寅さんみたいな人たちもやって来て出店も並んでいた。
 子供たちは小学校の高学年になると鐘と太鼓を鳴らして家々を回り、へんてこりんな歌と踊りを披露して御捻りを貰って歩いた記憶がある。
 大人たちはといえば、馬に坂を上らせるような難儀で荒々しい行事は馬鹿馬鹿しいので最初から諦め、天照皇大神と書いた大義名分の幟を掲げては、ここぞとばかりに昼間っから堂々と酒を喰らってヘベレケになるまで飲んでいた。村の鎮守のお祭りとは、大体そんなものである。



 夕方近くなって、金足農業高校の校歌に「美(うま)しき里」と謳われている小泉潟公園の周辺をふらっと散歩してきた。新緑が鮮やかになって清々しい。潟の周りでは鳥の囀りが聞こえてくる。細川たかしのようなウグイスがいて、おそらく上手いところを自慢したいのだろう、「ホーホケキョキョキョキョキョキョーーーー」と長々と鳴いていた。
 ふと見ると、夫婦らしきカルガモが二羽遊んでいた。「カモン」と呼んでみたが、洒落が判らないのだろう、逃げて行ってしまった(*^^*)ポッ











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山笑う

2016年05月01日 23時21分58秒 | 日記
   転ぶ子のすつくと立ちて五月来ぬ …駄句である(_ _;)…パタリ



 大型連休中である。
 帰郷なのだろうか観光なのだろうか、にわかに県外ナンバーの車が多く走っている。
 土崎の港近くの「道の駅 秋田港」にふらっと立ち寄ると、家族連れで賑わっていた。

 先日NHKのドキュメンタリー番組で再び紹介された自販機でソバでもすすろうかと行ってみると、オーマイガッ!長い行列ができているではないか…
 なにも、並んでまで食べるような上等なものではなく、一杯200円のうどんとソバが大人気だという。
 県外からもやってくるというからテレビの影響力は甚大なものである。



 「ドキュメント72時間:秋田 真冬の自販機の前で 惜別編」

 ソバは諦めて釣具店の上州屋へと向かった。何年か振りでルアー釣りをやろうと準備しているところである。リールに巻いた糸がずいぶん古くなっているので買いに行ったのだ。
 浦島太郎とは私のことである。糸もずいぶん種類が増え、昔使っていた糸が売られていないではないか。ウロチョロしても始まらないので店員に聞いてみると、「お客さんの使っていたバリバスならこの辺りです」。どうやらパッケージが変わっただけで同じものらしい。



 今度はフナのエサとリールの潤滑用にクレ5-56を買いにホームセンターへと急ぐ。山の様子も新緑と山桜がゲラゲラワハハと賑やかになってきた。



   急ぐ道ネズミ取りをり山笑ふ …駄句である(_ _;)…パタリ
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久保田城址

2016年04月29日 21時27分33秒 | 日記
   取り立てて色恋も無し花は葉に …駄句である(_ _;)…パタリ





 市場動向調査といえば聞こえはいいが、単なるお使いである。
 スーパーへ向かう道の街路樹の桜は散り、もうすっかり若葉の頃になっている。

 出掛ける時に女房から渡されたメモを頼りに買い物を始める。
 今日のメモには上から順に「ヨーグルト、ビオレu詰め替え用、食パン、魚、コロッケ、フルーツ(任せる)、便座除菌クリーナー、豚肉、三ツ矢サイダー、バナナボート、牛肉、お茶、あんこ餅、刺身…」

 上から順に買い物かごに入れていき、ふと気が付いた。これって鮮魚類、お菓子類、日用品とかの順路に添って書かれていたら行ったり来たりしなくてもいいのでは…
 あの女はただ思いつきで書いているだけで、お使い小僧に対する愛情の微塵すら感じられない。とうとう馬鹿な女を女房にしたものである(_ _;)…パタリ






   本丸跡

 連休初日ということで、先週に引き続きお一人様は午後から城跡めぐりに出掛けてきた。
 今回は古代の城ではなく、江戸時代の久保田城である。窪んだ水田地帯に城下町を整備し、小高い丘の上に城を造ったと聞いている。久保田は窪田が語源になったという話だ。桜の名所でもあるが、私が行ったときは花は葉に。老木が多く最近では花の付きが悪くなって以前ほどの華やかさは失せているとか。

 南の島津と競っていた熊本城などとは違い、平和であったのだろう。藩主自ら率先して秋田蘭画に勤しんでいたという。のんびり感が今でも伝わってくる久保田城址。大木が多く、野鳥の多い公園となっている。


   秋田蘭画(小田野直武作)
 秋田蘭画というのは遠近法を取り入れたもので、この絵を見るとき紙を筒状に丸めて望遠鏡のようにして覗くと遠近感がさらに強調されるそうです。
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