原油の価格は、電力、交通、製造業のあらゆるコストに影響を与える経済要因となっています。日本にとっては良い経済現象ですが、産油国、中東などの諸国にとっては経済的な打撃となる相場推移です。
原油相場は1980年から1984年は1バーレル35~40ドル(1リットル25円)、1985年から2000年は1バーレル25ドル(1リットル16円)、2001年から上昇し始め、2008年がピークとなり、1バーレル100ドル(1リットル63円)を記録しました。2014年6月は105ドルでした。過去の原油相場から見れば、1980年、2004年レベルに低下していることになります。今から10年前の価格に低下していることとなります。2005年のガソリン平均価格124円、灯油価格69円でした。
<制御不能の原油安、国際石油市場で何が起きているのか?>
1月5日、ニューヨーク商業取引所(NYMEX)のWTI原油先物価格は、供給過剰懸念から5年8カ月ぶりに1バレル=50ドルを割り込んだ。
今回の下落率は、既に2008年のリーマンショック(147ドル→33ドル)、1986年の「逆オイルショック」(32ドル→10ドル)に次ぐ史上3位に達している。
2014年末、サウジアラビアのヌアイミ石油鉱物資源相は「原油価格が1バレル=20ドルまで下落してもOPEC(石油輸出国機構)は原油生産を減らさないだろう」と発言して話題となったが、専門家の間では「1986年から2004年までの局面と同じく、今後の原油価格は20ドルから50ドルの間で推移する」との見方が出始めている。
1986年は逆オイルショックが発生した年である。これを契機にOPECの支配力が崩れ、世界の石油市場は寡占状態から競争状態に移行したとされている。その後2003年にイラク戦争が始まり中国の石油需要の急拡大が喧伝されたため、2005年から「供給過剰」から「供給不足」へと市場のセンチメント(市場心理)が変わり「高油価」が定着した。
ところが、シェール革命により「市場で再び価格競争が起きる」と認識が改まっている。競争原理が働く市場では、サウジアラビアなど低コストで石油を生産できる国々が常に生産量を最大限にする一方で、比較的コストが高いが生産作業の稼働・停止が容易な米国のシェール企業は「価格が低下すれば生産を取りやめ、価格が上昇すれば増産に動く」というパターンを繰り返す。そのため、シェール企業の限界生産コストとされる40~50ドルが新しい「取引レンジ」の上限になるとの見立てである。
価格暴落を防げないOPEC
「OPEC加盟国は市場が再び競争的になることを阻止するために、効果的なカルテル機能を再び学習する」と指摘する向きもある。しかし、筆者は否定的な見解を有している。
OPECはリーマンショック直後の半年間で生産量を日量3000万バレルから2500万バレルまで減少させたが、「減産」という対応が有効なのは、景気減速で需要が一時的に落ち込むと見込まれた時のみである。
中国の需要の伸びが今後鈍化することが予想される一方、シェールオイルなどのOPEC以外からの産油量が膨らんでいる。その中で、OPEC主導で石油市場の需給バランスを均衡化させるには、シェールオイルの増産ペースが鈍化するまでの長期間にわたって減産を続けなければならない。そこで、OPECは減産を見送りして、原油相場が下落しても生産シェアを維持する方針を選択した。ところが現状では「制御不能」に陥っているのが実情だろう。
サウジアラビアは今年に入り、市場シェアを確保するため欧州向けの輸出価格を大幅に引き下げるとともに米国向けも再度引き下げた。
サウジアラビアがあくまで市場を守ろうとするのは「逆オイルショックのトラウマのせいだ」との見方がある。1980年代に原油価格が下落するとサウジアラビアは減産を行い価格を支えようとした。しかしそれは叶わず、財政赤字だけが拡大し、赤字からの脱却に10年以上かかったと言われている。
スイングプロデユーサー(価格調整者)としての長年の経験から市場シェアの回復が生易しいことではないと学んだサウジアラビアにとって、シェールのような「鬼っ子」はなんとしても叩きつぶしておかなければならない。
石油鉱物資源相のヌアイミ氏は1995年に王族以外では初の大臣となり、その後20年にわたり要職を務めるベテランである。だが、サウジアラビアの石油政策は王室の了解なしには成立しない。折悪しく高齢(89歳)のアブドラ国王は肺炎のため昨年末に入院したとの報道がなされている。国王「不在」の下ではますます大胆な政策変換が不可能となるのではないだろうか。
そもそもOPECは、欧米の石油メジャーの国際カルテルによって輸出価格を牛耳られ、財政的苦境に立たされたサウジアラビアやベネズエラなどの主要産油国が、石油メジャーと価格交渉を行うために結成した国際機関である。
だが1960年の設立当初から「抜け駆けしたメンバーを罰する仕組みがない」など、カルテルとして不可欠な機能を有していなかった。OPECは、70年代の石油危機発生による市場の混乱に乗じた「価格の大幅引き上げの成功」という強烈な印象から、誤って「カルテル」と見なされていたに過ぎない。
案の定、1980年代に入りOPEC原油に対する需要減が明確になると、誰が減産を引き受けるかという問題に直面して、カルテルとして当然有すべきメカニズムが備わっていないという弱みが露呈してしまった。そのために逆オイルショックが発生してしまったのである。
一気に大幅な価格調整局面に入った国際石油市場
今回の減産見送りにより、OPECは価格暴落を防ぐための大手輸出国間の中途半端な「カルテルもどき」の機能さえ失ってしまったのではないだろうか。
このことが深刻な問題なのは、「石油市場は『市場の失敗』を起こしやすく、本来不安定である」という性質を有しているからである。
まず供給面から石油市場の特徴を見てみると、石油開発事業は工期が長く巨額の資金を要するが、一旦設備が完成すれば日々の操業費は安いため、価格が下落しても生産を減少させるインセンテイブは働きにくい。一方、価格が上昇しても新規投資を行って生産を増加させるのには時間がかかる。また多数存在する産油国の間での石油生産コストに大きな幅があることも、他の1次産品と異なる事情である。次に需要面であるが、短期間では価格が急上昇しても需要があまり減少しない(短期の価格弾力性が低い)という特徴が挙げられる。
一方で、世界の石油市場は1つに統合され、極めて多数の市場参加者がいるが、発展途上国を中心とする業界ゆえに生産・消費に関する統計が整備されていない。そのため、世界全体の需給動向をリアルタイムに把握することが困難である点も悩みの種である。こうした統計の不備が群集心理を発生させ投機を招きやすくしているからである。
このため、カルテルのような人為的な調整者(例えばOPEC)がいないと、以下のようなサイクルをたどることになる。まず、いったん価格が下落し始めれば、生産者は収入を維持するために設備稼働を増やして増産する。すると、ますます価格が低下するという正のフィードバック機構が働き、生産投資が困難な水準まで価格は低下する。その後、低価格の継続により需要が増大し、供給力が不足した時点で価格が急騰しやすくなり、再び投資がなされて生産能力が増加するまで高価格が続く。そして、再び暴落するというサイクルである。
今回の原油価格下落は経済の拡大局面で発生しており、実体経済における「需要の低迷と供給の増加」では説明しづらい。そのため、様々な陰謀論が展開されている(「サウジアラビアと米国によるロシア制裁」や「サウジアラビアによる米国のシェール潰し」など)。
真の原因は「現在の国際石油市場にプライスリーダーが存在しないため、誰も市場争いで譲らず、世界の石油産業全体が『囚人のジレンマ』に陥っている」ことであると考えている。
これまで原油価格を高止まりさせていた「つっかえ棒」が外れ、一気に大幅な価格調整局面に入ったと考えるのが自然である。さらには、もう一段の下方水準にオーバーシュートする可能性もある。「山高ければ谷深し」ではないが、原油価格は1バレル当たり20ドル台にまで暴落するのではないだろうか(2014年8月時点では104ドルだった)。
懸念される「第2のリーマンショック」
米国のシェールオイル企業はキャッシュフローを確実なものとするため、通常、6カ月から24カ月先までの生産分をヘッジしている。だが、従来から費用が営業キャッシュフローを上回っており、その差額をジャンク債市場で借り入れていると言われている。
原油価格急落によって、シェール企業の増産のペースが大幅に鈍化するとの予想も出始めている。原油価格がさらに40ドル割れを起こすような事態になれば、かなりの数のシェール企業はギブアップせざるを得ず、石油市場の需給安定化の効果が生ずる前にジャンク債市場がパニック状態になる可能性がある(原油価格50ドル割れで総額3000億ドルのジャンク債が投げ売りされるとの噂が流れている)。
さらに2500億ドル以上のシェール企業関連のレバレッジド・ローン(ハイリスク・ローン)の焦げつきも懸念視されている(ジャンク債と同様に証券化されている)。
思い起こせば、2006年6月にケース・シラー米住宅価格指数が206.4のピークを記録した後、2007年7月から2008年7月までの1年間に同指数が急落(約200→170弱)したため、証券化されたサブプライムローン(総額1.3兆ドル)の焦げつきをきっかけに「リーマンショック」が発生した。グローバリゼーションとは、世界のある「市場」で発生した危機が瞬く間に世界中に広がる環境のことである。直近の原油安は「ギリシャのユーロ離脱」問題が一因となっているが、ギリシャのユーロ離脱の影響は「リーマン破綻ショックの2乗の衝撃度がある」と指摘する専門家がいるほどだ。
原油安による「第2のリーマンショック」が起きるかどうかは別として、原油価格が20ドル台まで下落すれば、世界経済全体がデフレ化することは間違いないだろう。
デフレ化により金融セクターと資産市場が大打撃を受ければ、経済は成長のエンジンを失い、尋常の手段では景気回復をすることが不可能になる。もしもそうなると「禁断の方法(戦争)に手を染めるリスクが高まる」とする安全保障分野の専門家の警告を一笑に付せるだろうか。
日本に入ってこなくなる米国産LNG
最後に原油安が日本のシェールガス輸入に与える影響にコメントしておきたい。
2014年12月末、米エクセレレート・エナジーは、原油価格の急落を受け、テキサス州で計画していたLNG(液化天然ガス)の輸出プロジェクトを一時見合わせることを決定した。原油安で米国のLNGプロジェクトが中断されたのはこれが初めてのケースである。同社は年間800万トンの輸出能力を持つターミナルを建設し、2018年から輸出を開始する予定だった。
12月に入り、日本向けのLNG(随時契約)取引価格が東日本大震災前の水準まで下がっている(100万BTU当たり9ドル台後半)。その状況にかんがみ、安価な米国産天然ガスのアジア諸国への輸出計画が今後さらに中断される可能性は低くないだろう。
日本企業が参加する北米LNG計画としては、(1)フリーポート(テキサス州、年間調達量660万トン、中部電力・大阪ガス・東芝)(2)コープポイント(メリーランド州、年間調達量230万トン、東京ガス・住友商事)(3)キャメロン(ルイジアナ州、年間調達量800万トン、三菱商事・三井物産)などがある。今後、日本への輸出が中断されることにより多大な損失を被る企業が出てくるおそれがある。それとともに、「中東依存度の低下」という日本のエネルギー安全保障にとって大きなマイナスとなることは必至である。