サイババが帰って来るよ

Count down to the Golden age

自己分析と霊性修行

2018-04-05 04:00:21 | 日記
神を理解することは誰にも不可能です。
神がある瞬間に行うことは、次の瞬間に行うこととは相反するように見えるかもしれません。
神の行為は不可解で、時間と空間と人間の理性を超えています。
スワミがよく言うように、「理由はなく、時によらない!」のです。
ですから、神の行為を分析すること、解釈することは無意味であり、かつ、適切なことでもありません。
もし、神が「イエス」と言うのなら、それはその通りになるのです。
もし、神が「ノー」と言うのなら、それはその通りになるのです。
これが運命です!
あなたはそのすべてを受け入れなければならず、異議を唱えてはなりません。
神の行為に疑問をもつことは、信仰心の欠如という意味を含んでいます。23/5/00

ポニョ:フィリスクリスタルさんが講話の中で、以前、とても興味深いエピソードを紹介されていたやろ。それを少し書き出せば

プッタパルティのアシュラムにいた時に、アメリカから来た人で、規則という規則をすべて破る女性がいました。ところが、ババが女性の中で唯一彼女をご自分の車に乗せたため、私たちは皆、肝をつぶしました。そして、当時アシュラムにいた青年たちが大勢、私たちのところにやって来て、こう言いました。

「なぜ彼女があんなにもすばらしい特権を得て、私たちはこんなにも厳格にしていなきゃいけないんですか? あの女性は規則を全部破っているのに。不公平です」

当時、ジャック・ヒスロップは、いつでもババに質問をすることができました。そこで、私たちはヒスロップ氏にこう頼みました。

「青年たちが反抗的になっています。状況が理解できないんです。どういうことなのか、ババに尋ねてくれませんか?」

ババはそれに答えてくださいました。翌朝のことです。場所はホワイトフィールドに移っていて、私たちもその場にいました。ババはジャック・ヒスロップの前に行き、こうおっしゃいました。

「ヒスロップ、質問があるのですか?」

ヒスロップは言いました。

「はい。青年たちがとても悩んでいます。自分たちはすべての規則に従わなければならない一方で、あなたが、規則を全部破るあの女性に、車に乗せるという最上級の特権をお与えになったので、青年たちは苦しんでいるのです」

ババは微笑んでこうおっしゃいました。

「わざとやっているのですよ。あなた方皆の気持ちをかき乱して、持ってはいても誰もが直視したくない、嫉妬やねたみを表に出すためにね」

私たちは自分の問題に取り組むべきであり、他の人を批判すべきではありません。自分以外の誰かを変えることはできないのです。変えられると思うかもしれませんが、その変化は長続きしません。
その相手は、あなたを喜ばせるために、善い振る舞いをしてみせるかもしれません。でも、変わりません。あなたがその人に変わるようにと言っても、変わりません。あなたが変えることができるのは自分だけです。

ポニョ:どうして人を批判する事と、嫉妬や妬みを表に出す事と何の関係があるのか分からないぜよ。

ヨシオ:サイババさんは、一人ひとりの霊性修行の進展にとても興味を持っておられるんや。ほら、以前の記事でサイババさんが次のように言われたやろ。

「私には自分自身の内閣があります。私は様々な大臣に、それぞれの仕事を任せています。大臣たちの仕事に口出しはしません。もし私が『スワミ、どうか雨を降らせてください』という祈りの手紙を受け取ったとしたら、私はその手紙を雨の神であるヴァルナに転送します。ヴァルナがそれを適切に扱うでしょう。しかし、私には自分に直属する三つの部門があります。それは、愛、無私の奉仕、霊性修行、という三部門です。」

このサイババさんのコメントのように、サイババさんは帰依者の霊性修行に対して自ら直接指導されるんや。
だから、それぞれの帰依者が自らの内に持ってはいるけれど、それを上手く隠して外に出てこないようにしている悪い性質を太陽の下にさらけ出して、それを克服するように願っておられるんや。
その為に、規則を全部破っている帰依者を御自分の車に乗せたりするのは、その帰依者をただの道具として使っておられるだけで、その帰依者を特別扱いされているわけではないんや。

ポニョ:つまり、人は嫉妬や妬みという悪い性質を持っているから、他人を批判してしまうって事なんか?

ヨシオ:そういう事や。ここオーストラリアに移住して来て俺が一番驚いたのは、人がとても良い性質をもっているって事なんや。
俺は移住した当初、英語も自由に話せないし、誰も知り合いや友達もいないし、取り敢えず現地に住んでいる人の中に溶け込んだみようと思い、言葉が出来なくても一緒にプレイできるスポーツでもしようと、移住した次の日に、すぐにバスケットボールスタジアムに行って、そこでチームに入れてもらったんや。
そして、一緒に練習をしたり、試合をしたり、親しくなったチームメイトの誕生日のパーティーに呼んでもらったりして、徐々にオーストラリアの社会に溶け込んで行ったんや。
その中で俺がさっきも言ったように驚いた事は、彼らは日本人や中国人、インド人のように嫉妬や妬みの性質を持っていないって事なんや。
もちろん全然無いといえば大袈裟やけれど、他人がどれくらい贅沢な生活をしていても、どんな豪華なスポーツカーに乗っていても、どれほど高い給料をもらっていても、自分には全然関係ないという態度を示すんや。
そして俺たちは、同じオージーでたまたまその人はラッキーやっただけや。金だけが全てじゃないという考え方やな。そういう考え方を普通の人が普通に出来るんや。それにめちゃあっさりしていて、ポジティブやし、後でグチャグチャ文句を言わないし。これには驚いたな。
俺はそういうオージーたちに接して、自分の子供たちもここで生まれて育ったらこんな性格になるんやろか。それやったらええなと思ったな。
もちろんええ加減で、アバウトで、約束の時間に常に遅れるし、約束を守らないという欠点はあるけれど、良い性質の方が多いな。

ポニョ:その点、日本人は初対面の人の値踏みをするもんな。その人がどんなブランドに服を着て、どこに住んで、どの大学を卒業して、どんな車に乗って、どこの会社に就職しているのかなどを聞いてくるもんな。
おいらはいつも古臭い仕事着を着てウロウロしているから、ホームレスや浮浪者と間違えられるんやぜよ。

ヨシオ:日本は単一文化の国やし、どこに住んでも、どこに行っても競争社会で、子供の時から塾だ、家庭教師だなんて言って、他人を乗り越えて行かないと生きていけないもんな。
俺の末っ子の彼女も、長女の主人もオージーやけれど、とても良い性格やで。末っ子の彼女が彼氏が出来たと両親に告白すると、両親は一つだけしか質問しなかったんや。それは、その彼氏の御両親は仲良く一緒に暮らしていますか?という質問やったんや。彼氏の両親はどんな仕事をしているのか、彼はどこの学校を卒業して、今どんな仕事についているのかとかには、一切関心が無いんや。

ポニョ:ふーん、そうですか。離婚しているかどうかだけを質問して来たんや。それってあっさりし過ぎやぜよ。確かにオーストラリアは離婚率が高いもんな。娘の幸福だけを願っているという気持ちは出ているよな。
でもインド人に比べたら日本人の方が嫉妬心はマシやぜよ。この前、バーフバリの映画を紹介したけれど、インド人の嫉妬心は半端なものじゃないぜよ。多分人口が密集し過ぎているんやぜよ。

ヨシオ:そうかもしれないな。サイババさんも、西洋人はインド人のような嫉妬心を持っていないと言ってほめておられたな。俺のジャイナ教の友達も同じ事に気が付いていたな。オーストラリア人は余り嫉妬心を持っていないって。

ポニョ:でも人は、自分で嫉妬心を持っているかどうか、神さんの助けが無かったら気が付かないって情けないぜよ。自分の事が分からないんやから。

ヨシオ:誰でもそうやろ。他人の欠点や悪い性質にはよく気が付いても、自分の欠点や悪い性質は無視する人ばかりやないか。だから霊性修行には、自己分析って言うか自己内観が大切なんや。

ポニョ:そうやな。人って自分の欠点や悪い性質には目を向けたくないもんな。

ヨシオ:インタビュー特集の第二十九回で紹介したけれど、サイババさんは、長年霊性修行をされて来たラニマーさんという古くからのサイの帰依者に次のような事を言われたんや。
http://blog.goo.ne.jp/saiponics/e/2094fdb7eda4de3c56eeb809f179bf17
「あなた方は多くのサーダナ(霊性修行)を行ってきました! あなた方は 今まで行ってきたすべてのサーダナにより、大変高い段階にまで到達していなければなりません! あなた方の日課は、吟唱、バジャン、読書、と霊的な活動がぎっしり詰め込まれています。しかしこれ らすべての霊性修行にもかかわらず、あなた方はまだ到達すべき段階に到達していません。なぜでしょう? その理由がわかりますか? 」

ラニマー:「いいえ、スワミ。(私たちの行っている)霊性修行が、私たちをその段階に連れて行ってくれるとずっと思っていました」

サイババ:「サーダナ(霊性修行)そのものが、あなた方をその段階に連れて行くことはできません。それは自己分析(自己内観)とサーダナ(霊性修行)の両方によって成就すべきものです。霊性修行は自己分析と結びつかなければなりません。なぜなら自己分析のみが、 あなたが人間としてどこで道を誤ったかを指摘してくれるからです」

私たちはアートマ(真我・魂)のレベルから行動していません。私は今、この世で人間として行動しており、だれかの母親であり、妻であり、姉妹等々です。

サイババ:「自己分析(自己内観)はあなたの過ちを指摘し、霊的にどこが欠けているかを指摘する手助けになります。自己分析をしないのなら、進歩することはできないでしょう。 今、あなたは霊性修行を 4 分の 1 に減らし、(残りの)4 分の 3 は自己分析しなければなりません。そうすればあなたは急速に進歩するでしょう! 」

サイババ:「あなたがどのように話し、何を聞き、何を行うか、何を食べるか、人生のすべての歩みを細かく分析(注意して検討)しなければなりません! 私は正しいことをしている だろうか? それは霊的に大丈夫だろうか? 私は正しく考えているだろうか? 正しく 話しているだろうか? 正しいことを行っているだろうか? 」


ヨシオ:と細かく自己分析をして初めて霊性修行が実を結ぶんや。その為に、サイババさんはわざと規則を守らない帰依者を自らの車に乗せたりして、帰依者たちの嫉妬心や妬みを表に出すように計らっておられるんや。
サイババさんがされる全ての行為は、愛でなされた行為なんや。帰依者のことを御自分の事よりも愛されているんや。その帰依者が少しでも高いレベルに昇られる事を望んでおられるんや。
というのも、低いレベルに留まっていると、その帰依者は無知に影響されて、少しのことで動揺したり、興奮したり、悲しんだりするやろ。そうではなく、帰依者が少しでも霊的に高いレベルに達すると、この世的な事で動揺したり興奮したり、悲しんだりしなくなるんや。
そういうレベルにまで帰依者が昇って来れば、神さんも、もう帰依者の面倒をかかりっきりで見なくても良いので安心なんや。

ポニョ:自己分析ね。うーん。難しいぜよ。自分では何をやってもそれは正しいと思い込んでやっているし、単調な普段の生活からは、なかなか自分の欠点や悪い性質が見えて来ないし、たとえそれが出て来ても、自分でそれを正当化したりするやろ。自己分析って難しいでヤンス。

ヨシオ:朝ベッドから起きて、家を出て世間に一歩足を踏み入れた瞬間から、人って世俗的な事に影響されるやろ。だから、そういう影響が少ない心が落ち着いている時、早朝などの浄性の時間帯に自己分析をすればええんや。でないと、激性な時や鈍性な時に正しい自己分析なんて出来るわけがないんや。

ポニョ:おいらの心が一番落ち着いている時は、飯を食った後やけれど、それって浄性の時じゃないですよね。でも胃袋がいっぱいになった時に至福の境地になって、自分が肉体だという感覚を忘れそうになるんやぜよ。

ヨシオ:食べ過ぎて眠くなっているだけやないか。勝手にし。

神はあなたに、素晴らしい体と、甘美な言葉を語ることのできる舌と、心という驚くべき道具を授けました。
神はあなたに知性を与え、分析する力と統合する力、受け入れる能力と放棄する能力、覚える力と忘れる力を授けました。
そのことを大いに感謝して、それらの能力を最大限有効に使いなさい。
それらの能力を、万物の内にいたるところに存在する神を見るために使いなさい。
人生の浮き沈み、喜びと悲しみ、迷いと決断の一切を通じて神を求めるために用いなさい。22/11/70



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