龍の声

龍の声は、天の声

 第4話「台湾出身の特攻隊志願兵 西考寺中尉の悲話」

2024-06-28 05:55:44 | 日本

残暑厳しいある夏の午後。縁側で西考寺中尉さんらと談笑していた。
父は、「西考寺さん、西考寺って名前は珍しかね。お寺の名前ごたる。」と聞くと、障子越しに聞いていた松本中尉が「実は、彼の実家はお寺なんです。その実家が米軍の空襲に遭い、ご両親を亡くしてるんですよ。それで親の敵討ちと言うわけで、特攻を志願している。ところで、小父さん、実は彼のことで相談があるんですよ。」と話を切り出した。

実は、西考寺中尉には日本人の許婚が居て、しばらくの間、身柄を預かって欲しい・・との旨の内容であった。両親は二つ返事で了解し、その日から我が家の一員として起居を共にすることとなった。彼女の名前は、河野千代子さん。山口県仙崎の出身、高等女学校を出た才女で大変理知的で明るく可愛いお嬢さんと言う感じの女性だった。戦時中、若い男女が二人きりで自由に外を歩けなかった時代である。週に一回の我が家での逢引は束の間でも、それはそれは貴重な幸せのひと時であったことだろう。

明るく振舞う千代子さんは、ハタキでバタバタと掃除をしながら、いつもハミングするのは「山の人気者」~ヤーマの人気者 それはミルク屋・・・~。と歌声が響く。すると私のところに千代子さんがやってきて、「またお父さんに怒られちゃった!」と首をすくめる。父の言い分は、つまり「軍歌ならいざ知らず、軟弱な歌は時節にあわん」という考えだ。私にはすごく新鮮に聞こえたので、「仲々よか歌ばい、余り千代子さん責めんで」と父に反抗したのだった。千代子さんは、私を弟のように可愛がってくれ、兄弟もいなかった私にとっては姉のように慕った。

そんな暗雲垂れ込める日々のある日のこと、西考寺中尉といよいよ別れを告げる日がやってきた。
空襲も日増しに激しさを加え、我々一家も父の郷里、佐賀へ疎開を急ぐこととなった。合わせて数日前、沖縄方面へ飛びたったとされる西考寺中尉の話をどう千代子さんに切り出してよいものやら、両親は悩んでいたのであった。

ひたすら愛する西考寺中尉の無事帰還を信じて待つ、千代子さんにどう伝えるか、困惑していたようだが、現実は現実として思い切って奥の座敷へ千代子さんを招き、切り出した。
父は「千代子さん、大変つらくて言いにくい話で残酷な話じゃが、西考寺中尉さんは最早帰って来んばい。ご存じの通り、空襲も激しくなるけん、我々も田舎に疎開することに決めました。千代子さんも一度、仙崎の実家に戻られ、西考寺中尉を待っとったらどうですか?」
母も「その方がよかよか」

すると、うつむいていた千代子さんは頭を上げ、毅然とした態度で口を開いた。「イヤです。私は一人残っても西考寺を待ちます。西考寺は必ず私の元へ戻って来ます!必ず!」と言い切るや、身体を震わせていつまでもいつまでも泣きじゃくるのだった。傍らの母も慰めようもなく、もらい泣きしていた。
飛び立ってから相当時間も経った。もう二度と再び戻ってはこないとは思いたくない。例え事実であっても信じたくない。そんな思いであったろう千代子さんの心中を察するに、私も子供心に、「お姉ちゃん、辛いだろうな・・」と涙があふれてしょうがなかった。

この世に男と女がいてめぐり合う。純粋な若い二つの愛が、時代という名の大波に漂い押し流される。個人の叫びなど届くはずもない。非情なる現実。希望の光も見出せない。夢も見てはいけない。この世は残酷地獄。もう言葉も見当たらない、将に暗黒の時代であった。今は、「どうか、西考寺さん!千代子さん!天国で幸あれ。そして安堵を」と、心から祈ります。








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