スピリチュアリズムや予言などのオカルト情報と、時事ネタを扱ってゆきたいと思ってます。
オカルト通信、ズバリ言うかも!
飯田史彦さんの新刊
飯田史彦さんの新刊、「スピリチュアリティ・カウンセリング」を注文しました。
今回は、飯田さんの、魂のメッセンジャーとしての活動(霊能力を使った活動)を“まとめ”たものなので、ハズレはないだろうと思い、思い切って注文しました。
読んだら感想を書きます。
今回は、飯田さんの、魂のメッセンジャーとしての活動(霊能力を使った活動)を“まとめ”たものなので、ハズレはないだろうと思い、思い切って注文しました。
読んだら感想を書きます。
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霊という観点
なかなか面白い動画があったので、紹介します。
「ざまぁ見ろ!自民党滅亡へのカウントダウン」↓
http://www.youtube.com/watch?v=IsJPXihROMU
上の動画自体は面白い。
しかし、(世間一般にも言えることですが、)霊という観点がない。
霊を理解しなければ、人間を理解することは出来ないし、世の中を理解することも出来ません。
「ざまぁ見ろ!自民党滅亡へのカウントダウン」↓
http://www.youtube.com/watch?v=IsJPXihROMU
上の動画自体は面白い。
しかし、(世間一般にも言えることですが、)霊という観点がない。
霊を理解しなければ、人間を理解することは出来ないし、世の中を理解することも出来ません。
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モーゼスの霊訓(2)
昨日、モーゼスの霊訓の一部を紹介しましたが、今日も印象に残った一節を紹介します。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~spbook/imp-teachings1/index.htm
第1節の、最後から2番目のパラグラフより、
『 人間は霊界へ来たからといって、地上時代と、いささかも変わるものではない。その好み、その偏執、その習性、その嫌悪をそのまま携えて来るのである。変わるのは肉体を棄てたという事のみである。低俗なる趣味と不純なる習性をもつ魂は、肉体を棄てても、その本性が変わるものではない。それは、誠実にして純真なる向上心に燃える魂が、死と共に俗悪なる魂に一変することが有り得ぬのと同じである。』
まずは、「人は霊であり、死というのは大した事ではない、」ということを理解することが重要です。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~spbook/imp-teachings1/index.htm
第1節の、最後から2番目のパラグラフより、
『 人間は霊界へ来たからといって、地上時代と、いささかも変わるものではない。その好み、その偏執、その習性、その嫌悪をそのまま携えて来るのである。変わるのは肉体を棄てたという事のみである。低俗なる趣味と不純なる習性をもつ魂は、肉体を棄てても、その本性が変わるものではない。それは、誠実にして純真なる向上心に燃える魂が、死と共に俗悪なる魂に一変することが有り得ぬのと同じである。』
まずは、「人は霊であり、死というのは大した事ではない、」ということを理解することが重要です。
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モーゼスの霊訓
昨日、静岡沖地震(M6.5)があってから、どこの地震掲示板も大盛況です。
まぁ、昨日の地震でスイッチが入ってしまったので、近いうちに“とてつもない”地震が起きるのは間違いないでしょう。
そして、そうなった方が、この腐った世の中、少しはスッキリします。
※さて、昨日から「モーゼスの霊訓(上)」を読み返しています。↓
http://www5e.biglobe.ne.jp/~spbook/imp-teachings1/index.htm
これは霊訓の中でも、腐敗と神聖の対比がよく書かれていて、今読むのにピッタリです。
そこで、印象に残った部分を紹介します。
第1節の第3パラグラフより、
『 我らが過去において遭遇せる障害に比べれば、そなたたちの障害など物の数でないことをそなたは知らぬ。かのローマ帝政の末期――放蕩と肉欲と卑俗と悪徳とに浸り切った地域から、聖なるものすべてが恐れをなして逃げ去った、あの暗黒の時代に、もしそなたが生を享けておれば、悪が結束した時の恐ろしさを思い知らされたことであろう。その非情さは絶望のそれであり、その陰気さは墓場のそれであった。肉欲、ただ肉欲のみであった。天使はその光景を正視できずに逃げ去り、その喘ぎを和らげてやることなど到底及びもつかなかった。実に、あるのはただ不信のみ。否、それよりさらに悪質だった。世をあげて我らを侮蔑し、我らの行為を貶(さげす)み、すべての徳をあざ笑い、神を愚弄し、永遠の生命をののしり、ただ食べて飲んだりの放蕩三昧の日を送るのみであった。まさしく堕落しきった動物同然の生活であった。さほどの悪の巣窟さえ、神と、その使者は見事に掃き清められたのである。』
まぁ、昨日の地震でスイッチが入ってしまったので、近いうちに“とてつもない”地震が起きるのは間違いないでしょう。
そして、そうなった方が、この腐った世の中、少しはスッキリします。
※さて、昨日から「モーゼスの霊訓(上)」を読み返しています。↓
http://www5e.biglobe.ne.jp/~spbook/imp-teachings1/index.htm
これは霊訓の中でも、腐敗と神聖の対比がよく書かれていて、今読むのにピッタリです。
そこで、印象に残った部分を紹介します。
第1節の第3パラグラフより、
『 我らが過去において遭遇せる障害に比べれば、そなたたちの障害など物の数でないことをそなたは知らぬ。かのローマ帝政の末期――放蕩と肉欲と卑俗と悪徳とに浸り切った地域から、聖なるものすべてが恐れをなして逃げ去った、あの暗黒の時代に、もしそなたが生を享けておれば、悪が結束した時の恐ろしさを思い知らされたことであろう。その非情さは絶望のそれであり、その陰気さは墓場のそれであった。肉欲、ただ肉欲のみであった。天使はその光景を正視できずに逃げ去り、その喘ぎを和らげてやることなど到底及びもつかなかった。実に、あるのはただ不信のみ。否、それよりさらに悪質だった。世をあげて我らを侮蔑し、我らの行為を貶(さげす)み、すべての徳をあざ笑い、神を愚弄し、永遠の生命をののしり、ただ食べて飲んだりの放蕩三昧の日を送るのみであった。まさしく堕落しきった動物同然の生活であった。さほどの悪の巣窟さえ、神と、その使者は見事に掃き清められたのである。』
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酒井法子さん、について
今朝、「もう、ほとんど酒井法子さんに関心がない、」と書いたばかりですが、一つ紹介しておきたいと思います。
さて、酒井法子さんの精神(魂)が腐っていることは間違いないと思います。
そして、今後、霊を意識する事がなかったら、まっすぐ天国に戻ることは不可能でしょう。
参考:
狭い門から入れ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこから入って行く者が多い。
命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見いだす者が少ない。
(新約聖書・マタイ伝7章)
さて、酒井法子さんの精神(魂)が腐っていることは間違いないと思います。
そして、今後、霊を意識する事がなかったら、まっすぐ天国に戻ることは不可能でしょう。
参考:
狭い門から入れ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこから入って行く者が多い。
命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見いだす者が少ない。
(新約聖書・マタイ伝7章)
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2ch飯田史彦スレより
2ch飯田史彦スレに、「霊能者飯田史彦に手紙を送りました」という投稿があり、リンクが貼られていました。↓(勝手にリンクさせてもらいました。)
http://blogs.yahoo.co.jp/zxyahyzxyahy/archive/2009/7/29
上のページをざっと読みましたが、実際に飯田さんに手紙を送ったのだと思いました。
(私には、飯田さんの困惑した顔が浮かびます。)
ただ私には、ある意味参考になりました。
もちろん良い意味ではありません。「いろんな事を考えている人がいるんだな~」という感慨です。
ということで、最後に私の考えを述べておきたいと思います。
『 人は、いわゆる「幸せ」になるために生まれて来たのではありません。経験を積むために生まれて来たのです。』
http://blogs.yahoo.co.jp/zxyahyzxyahy/archive/2009/7/29
上のページをざっと読みましたが、実際に飯田さんに手紙を送ったのだと思いました。
(私には、飯田さんの困惑した顔が浮かびます。)
ただ私には、ある意味参考になりました。
もちろん良い意味ではありません。「いろんな事を考えている人がいるんだな~」という感慨です。
ということで、最後に私の考えを述べておきたいと思います。
『 人は、いわゆる「幸せ」になるために生まれて来たのではありません。経験を積むために生まれて来たのです。』
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私の本
私の本、「スピリチュアル」-人類滅亡予言とのリンク-、が一冊売れたようです。↓
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4812700582/ref=sib_rdr_dp
(今朝まで2点在庫だったが、今見ると1点在庫になっている、)
実は、毎日チェックしていたりします。(^^;
さて、私の本「スピリチュアル」は2002年の本なので、正直、“古さ”や“読みの甘さ”を感じる部分もあります。
しかし、(自分で言うのもなんですが、)良い本なので、機会があれば見てみて下さい。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4812700582/ref=sib_rdr_dp
(今朝まで2点在庫だったが、今見ると1点在庫になっている、)
実は、毎日チェックしていたりします。(^^;
さて、私の本「スピリチュアル」は2002年の本なので、正直、“古さ”や“読みの甘さ”を感じる部分もあります。
しかし、(自分で言うのもなんですが、)良い本なので、機会があれば見てみて下さい。
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風雲急を告げる政局(3)
それと、今回の自民党のゴタゴタに対して、公明党が黙っているとは思えません。
公明党は、麻生氏に愛想を尽かしているハズですし、
「あなたが首相を続けるのなら、選挙協力は解消する、」くらいの事は言いそうです。
※それと、もう一つ、
私の指導霊(コジモ・デ・メディチ)は、
『 7月~8月上旬 自民党総裁選
8月の盆明け 国会開会、そして首班指名
その後、新首相による施政方針演説
9月10日 衆議院解散
10月18日投開票、』
「このシナリオで進む、心配するな、」と言っています。
公明党は、麻生氏に愛想を尽かしているハズですし、
「あなたが首相を続けるのなら、選挙協力は解消する、」くらいの事は言いそうです。
※それと、もう一つ、
私の指導霊(コジモ・デ・メディチ)は、
『 7月~8月上旬 自民党総裁選
8月の盆明け 国会開会、そして首班指名
その後、新首相による施政方針演説
9月10日 衆議院解散
10月18日投開票、』
「このシナリオで進む、心配するな、」と言っています。
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ノストラダムスの予言詩(残された者たちへ)
今朝、ノストラダムスの「鎮魂の詩」を紹介しましたが、地球規模の大災害のあと、残された者たちへのメッセージもあります。
「諸世紀」第3巻2番
神の御言葉が、実質的に与えられん
天と地の隠された神秘事は、いま明らかとなり
肉体・魂・霊は一体となりて、あらゆる力を備え
みな天の座において、主の足元にひれ伏す
どうですか、カッコイイでしょう。(^^)
「諸世紀」第3巻2番
神の御言葉が、実質的に与えられん
天と地の隠された神秘事は、いま明らかとなり
肉体・魂・霊は一体となりて、あらゆる力を備え
みな天の座において、主の足元にひれ伏す
どうですか、カッコイイでしょう。(^^)
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ノストラダムスの「鎮魂の詩」
「ヤスの備忘録」のコメント欄に、ノストラダムスの詩が紹介されていました。↓
http://ytaka2011.blog105.fc2.com/?mode=m&no=133&m2=res
「諸世紀」第2巻13番
魂なき肉体は、もはや犠牲(いけにえ)とはならず
死を迎うる日は、復活の日とならん
神の御霊(みたま)は、魂に歓喜を与えたまい
不滅の御言葉(みことば)は、今ここに具現化せん
上のページでは、違う解説がされていますが、これはノストラダムスの「鎮魂の詩」です。
http://ytaka2011.blog105.fc2.com/?mode=m&no=133&m2=res
「諸世紀」第2巻13番
魂なき肉体は、もはや犠牲(いけにえ)とはならず
死を迎うる日は、復活の日とならん
神の御霊(みたま)は、魂に歓喜を与えたまい
不滅の御言葉(みことば)は、今ここに具現化せん
上のページでは、違う解説がされていますが、これはノストラダムスの「鎮魂の詩」です。
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