ニュース雑記帳

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京都の承諾殺人に、執行猶予判決

2006-07-22 12:55:31 | Weblog
『涙の法廷』として、話題になった事件がありました。傍聴席や弁護側はもちろん、検察も裁判官も、加害者の心情に同情して涙したという裁判・・・その判決が下りました。執行猶予判決でした。

[7月21日付けの産経新聞より]**************************************

認知症の母殺害に猶予判決 京都地裁 「介護の苦しみ」理解示す

 介護疲れと生活の困窮から今年2月、合意の上で認知症の母親=当時(86)=を殺害したとして、承諾殺人などの罪に問われた長男の無職、片桐康晴被告(54)=京都市伏見区=に対する判決公判が21日、京都地裁で開かれた。東尾龍一裁判官は「結果は重大だが、被害者(母親)は決して恨みを抱いておらず、被告が幸せな人生を歩んでいけることを望んでいると推察される」として懲役2年6月、執行猶予3年(求刑・懲役3年)を言い渡した。

 判決によると、片桐被告は今年1月末、介護のために生活が困窮し心中を決意。2月1日早朝、伏見区の桂川河川敷で、合意を得た上で母親の首を絞めて殺害し、自分の首をナイフで切りつけ自殺を図った。

 論告や供述によると、片桐被告の母親は父親の死後の平成7年8月ごろに認知症の症状が出始め、昨年4月ごろに症状が悪化。夜に起き出す昼夜逆転の生活が始まった。

 同被告は休職し、介護と両立できる職を探したが見つからず、同年9月に退職。その後、失業保険で生活している際に、伏見区内の福祉事務所に生活保護について相談したが受給できないと誤解し、生活苦に追い込まれて心中を決意した。

 殺害場所となった桂川河川敷では、家に帰りたがる母親に「ここで終わりやで」と心中をほのめかし、「おまえと一緒やで」と答えた母親の首を絞め、自らもナイフで首を切り自殺を図った。前日の1月31日には、母親を車いすに乗せ、京都市街の思い出の地を歩く“最後の親孝行”をしたという。

 判決理由で東尾裁判官は「相手方の承諾があろうとも、尊い命を奪う行為は強い非難を免れない」としながらも、「昼夜被害者を介護していた被告人の苦しみ、悩み、絶望感は言葉では言い尽くせない」と、追いつめられた片桐被告の心理状態に理解を示した。

 また、判決文を読み終えたあと、片桐被告に「朝と夕、母を思いだし、自分をあやめず、母のためにも幸せに生きてください」と語りかけた。同被告は声を震わせながら「ありがとうございます」と頭を下げた。

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この事件、少し前から話題になっていたのだけど・・・わたしは、検察側の言葉の中に、とても印象的で共感できる言葉を見つけた。それは、加害者には同情を禁じえないが、加害者の為にこそ「罪を償った」という実感が必要だというものだった。

わたしは、心の専門家ではないし、加害者の知り合いでもないけれど、漠然と同じようなことを思うからだ。この加害者の場合は、周りが同情して彼を許してしまうことが、むしろ彼を追い詰めることになってしまうのじゃないだろうか。一緒に死のうという母との約束を果たせず、母を殺しながら生き延びてしまった自分を、誰が許してくれたとしても、彼だけは許せないで苦しむんじゃないかと。だから、実刑にしてあげて、彼の贖いを助けてあげる方がいいのじゃないかと・・・そんな風に思ったりした。

それにしても・・・障害をもった家族や、高齢になった家族の介護に疲れ果て、また経済的にも困窮して、心中を図ったり、殺してしまったりする犯罪は、悲しいことに少なくないと思うのだけれど・・・この事件だけが、こんなにも騒がれたのは、加害者の人柄によるものなんだろうか。

たしかに・・・色んな事件をニュース映像などで見ていて、様々な被害者の遺族の方の悲嘆の様子を目にするけど・・・本気で悲しんでいる人と、芝居がかった人の区別って見えたりするもの・・・いくら口で良い事を言っても、泣いたり嘆いたりしてみせても、その人の本心って伝わるのかも。だから、この事件の加害者の男性は、周りの人の心を打たずにいられない本当の哀しさを背負っていたのかも。

けど・・・そういう考え方で、一つ思い出すのは、松本サリン事件で容疑者あつかいされた方。あの男性は、ご本人は全く悪くないのだけど、あまりにも受け答えが淡々としていて、印象的には確かに怪しげに感じられたんだよなぁ~。でも、実際には、完全な濡れ衣で・・・ただでさえ辛い目にあっているのに、単なる印象だけで、二重三重に苦しめられてしまったわけだから・・・そういう、心証に頼った判断と言うのも、大変危険なんだよね。

というわけで・・・この京都の承諾殺人に関しては、判決がどうこうというより、もう、このような事件が起こらないような手当てを、行政や地域がしていかなくちゃなぁ~と思わされた事件でした。