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CLASSIC ROCKを聴こう! PLUS

1960年から1980年代のロックを紹介していきます。またPLUSと言うことで、ロック以外の話題も!

リッチー、職場を変える!

2015年03月14日 | DEEP PURPLE-RAINBOW関連

えっ! またパープルネタ? 

それに近いやつです。リッチーズストーリーのトリロジーってやつですね。

なんとなく、昨日の時点でそんな気配は感じたんだけどね~
まあ、とにかく始めてよ。

1974年パープルのSTORMBRINGER 録音時、リッチーはQUATERMASSという英国のプログレバンドが1970年に発表したBLACK SHEEP OF THE FAMILYのカバーの制作を提案。しかし他のメンバーから却下され、敢なくボツとなる。そのためさらに悶々とした時をすごしていたそうな。仕方なく、やりたいことはソロプロジェクトでやるしかないと考えていたのでしょう。

パープルの前座バンドのエルフのメンバーと、その曲とB面に入れるMAN OF THE SILVER MOUNTAINのシングルの制作を意図しました。その出来が思ったより良かったので、パープルを脱退し新規のバンド設立へとなだれ込んで行きました。

そこで完成したのが、1975年発表のRITCHIE BLACKMORE’S RAINBOWでした。リッチーの世界観というか、中世のファンタジックなイメージとロックが交わった革新的なサウンドとして、まだバンドとしてはまだ未完成だったにもかかわらず、そこそこの成功を果たしました。ちなみに同年制作された第4期のパープルのアルバム、COME TASTE THE BANDが英チャート19位、米チャート43位に対してデビューとしては上出来の11位と30位の成績で、図らずもリッチーあってのパープルだったと証明してしまうことになり、残念なことにパープルはスタジオアルバム一枚の制作で解散。

リッチーにファンキーは似合わない? と前々回書きましたが、あれ? 9曲目のインストナンバー、STILL I'M SADは結構ファンキーな仕上がりになっているじゃないですか。

リッチーがご機嫌ななめだったのは、どうもファンキーが理由ではなく、やっぱりデビットとグレンの主張しすぎる独特の歌い回しが気に入らなかったのでしょうかね?
このアルバムを聴くと、ロニーはリッチーのメロディーに合わせて淡々と歌っているような気がします。

リッチー自身は彼の存在はバンドの1/5だという発言をしていましたが、その後の度重なるメンバーチェンジを見てもレインボーは100%リッチーのバンドで、孤高のロッカーと言われる所以です 。

リッチー:3回連続で登場したので、俺はもう家に帰っていいよな?

私:まだ書いていないアルバムがたくさん残っていますので、自宅待機でお願いします。それから、ロニーさんを除いて旧エルフの方々はお引き取りいただいて結構です。午後から、コージーさんいらっしゃるようなので。

旧エルフメンバー:アルバム出したばかりなのに、俺たちもう首?

ロニー:俺、あとどれぐらいバンドに居られるのかな~

私:さっきグラハムさん散髪屋に行ったの見たから、それまで結構余裕あるんじゃないの?

リッチー:レインボーは俺のもの♪~



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