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CLASSIC ROCKを聴こう! PLUS

1960年から1980年代のロックを紹介していきます。またPLUSと言うことで、ロック以外の話題も!

爆音の次には

2024年07月18日 | West Coast Rock

久々にジャクソン・ブラウンの1973年の2枚目のスタジオ・アルバム、For Everymanをターン・テーブルの上に。

爆音のハード・ロックを聴いた後はやっぱり癒しの曲に限る。

多分日々の苦悩や葛藤など内省的なことが歌われているのだろうが、英語が不得手なオイラとしてはそんな内容は関係なしにこの淡々とした穏やかな歌いっぷりに癒される。

発売当初に買った今手持ちの盤は初期のプレスのUS盤でその音質を割と気に入っていたのであるが、2曲目の途中に3発のプチ音が連続で入っていていい雰囲気がぶち壊し。

めぼしい傷は見当たらないのでプレス時に何か異物が混ざってしまったのだろうか?

それから50年、今ではプチ音なんか風流だねって脳内変換ができるオイラとなった。

まあ進化したと言うよりは劣化したってことですが...

いい曲ばっかり!


ポコのレガシー

2024年05月21日 | West Coast Rock

1982年MCAレーベルからアトランチック・レーベルに移籍したポコだったが、レコード会社とバンドの各々の目指す方向性に齟齬があったのか、特に1984年に出たアトランチックからの2作目、Inamorataでは70年代のカントリー・ロックの代表的なバンドとは思えないような作風だったし、売り上げも惨憺たる結果となった。

各メンバーはバンドから脱退し、ほぼ閉店休業という状態が続いていたのだったが、急に当時オリジナル・メンバーでポコ再結成なるニュースが飛び込む。

1969年のデビュー・アルバム、Pickin’ Up The Pieces当時のオリジナル・メンバーが集まり、さらに当時アルバム完成する直前にバンドから去ったランディー・メイズナーも参加!って本当に驚いたね。

元バァファロー・スプリングフィールド組のリッチー・フューレイとジム・メッシーナ、ペダル・スティール・ギターを弾くラスティー・ヤング、ドラムスのジョージ・グランサムにランディーが集結しポコ通算19作目のアルバム、Legacyが1989年にRCAレーベルから出た。

カントリー・ロック一辺倒ではなくメンバー個々が持ち寄ったバラードやAOR的な作品も収録され、かってのレガシーを受け継ぐ清涼感あふれる作品となった。

興味深かったのは、ランディー・メイズナーが歌った、Nothin’ To Hide(リチャード・マルクス作)。この曲がランディーがイーグス時代に歌ったパワー・バラード、Take It To The Limitによく似ていたのと、イーグルスにランディーと入れ替わって参加したティモシー・シュミットが今回のプロジェクトに参加しなかった事ですかね?さらにジムに変わってポコの参加しラスティーとバンドを長きに渡って支えてきたポール・コットンが何かの事情で参加出来なかったことは残念だった。

また特筆すべきは、今回集まったメンバーがデビュー・アルバムから唯一オリジナル・メンバーだったラスティーをリスペクトした形で、集まったメンバー達による主導権争いもなく和気藹々とアルバム制作されたように感じてなんともほっこりした気分に。

ラスティー、ポールそれにランディーが亡くなってしまった今思えば、この再結成プロジェクトがこのアルバム1枚で終了したのも非常に残念だった。

もう少し彼らのレガシーを味わいたかったね。


地味なバンドも聴いていく

2024年04月10日 | West Coast Rock

元ピュアー・プレイリー・リーグのクレイグ・フラー、元ブラッド、スウェット&ティアーズのスティーブ・カッツ、元ベルベット・アンダーグラウンドのダグ・ユールにSSWのエリック・カズらが合体して誕生したグループがアメリカン・フライヤー。

まあスーパー・グループと呼ぶには少々役者不足かもしれないが、彼らのデビュー・アルバムはジョージ・マーチンがプロデュースした1976年のセルフ・タイトル・アルバム、American Flyerだった。またそのアルバムにはエリックとリビー・タイタスの共作でリンダ・ロンシュタットがカバーしたLove Has No Prideも収録されていて、知る人ぞ知るって感じで当時音楽雑誌なんかで取り上げられていた記憶が… 結果、全米チャート80位と小ヒット。

本日はその翌年に出た彼らの第二作でもあり最終作となった、バンドとケン・フリーセンなる人物との共同プロデュースによるSprit Of A Womanでも。レコーディング・セッションにはリンダ・ロンシュタット、JDサウザー更にサックス奏者のボビー・キーら有名どころも参加したそうな。

ただ本作は残念ながらほとんど話題にも登らず、全米チャートも171位と大幅に後退してしまった。ちょうどその頃彼らを引っ張り出したユナイテッド・アーティスト・レーベルの社長が交代し、新社長からは以前よりサポートが受けられなかったこともその原因のひとつかも...

改めて聴いてみるとAOR路線の上質なフォーク・ロックでいい感じ。

ウエスト・コースト系のロックが好きなら気にいるかも。

 


爽やかウエスト・コースト・ロック

2024年04月05日 | West Coast Rock

ウエスト・コースト・ロックを象徴する爽やかさの見本とでも言うべきアルバムがこれ!

アメリカの1975年に出たGreatest Hits-History。

1972年のデビュー・アルバムから通算5枚目までのオリジナル・アルバムから選曲。しかもHolidayとHeartの2枚のアルバムをプロデュースしたジョージ・マーチンはこのベスト・アルバム制作において初期3作から選曲された曲も全てリミックスした事によって、アルバム全体に統一感がもたらされた。

アルバムは全米チャート3位だったが、アメリカだけで400万枚以上売れた大ヒット・アルバム。

これ聴きゃ、嫌なこと忘れて心癒されますよ。


ザ・シンガー

2024年03月10日 | West Coast Rock

リンダ・ロンシュタットはシンガー。

外部の作者の作品を彼女の優れた歌唱力でカバーする。

本日は彼女の1976年の6枚目のソロ・アルバム、Prisoner In Disguiseでも。

ニール・ヤング、ジェイムス・テイラー、ローウェル・ジョージ、スモーキー・ロビンソン、J.D.サウザー、ホランド・ドジャー・ホランド、ジミー・クリフにドリー・パートンらの有名どころの作品を曲をそつなく歌いこなす。

彼女の歌いっぷりとヒットのツボをしっかりと押さえたプロデューサーの意図がぴったり噛み合わさり、またベテラン・セッション・プレイヤーによる演奏も素晴らしく、特にアンドリュー・ゴールドの演奏における八面六臂の働きも見逃せない。

おかげでアルバムは売れに売れた。

カバー曲を提供した作者もウハウハだったのでは…                


夏草の誘い

2024年02月16日 | West Coast Rock

ジョニ・ミッチェルの1975年の7枚目のスタジオ・アルバム、The Hissing Of Summer Lawnsは音楽、歌詞そしてジャケのアートなどが一体化し彼女らしさを持ってプログレッシブに攻めた作品ですかね。

(大蛇を捕獲した原住民達が夏草茂る野原を一列に進み、遠く見えるは郊外の住宅地、さらなる彼方にはスカイスクレーパーが林立する大都会と同じステージにそれぞれが溶け合った風景が広がる)

フォーク、ロック、ジャズにアフリカン・ビートなどがクロスオーバーして多彩な味わいがある。アルバムは全米4位に輝きまた識者の評価もかなり高い。

とは言え、AMラジオでオン・エヤーされヒットする、すなわち大衆に迎合する様なポップさはかなり控えめでオイラみたいな一見さんには結構とっつきにくい。

こんな時は一歩引いてあまり入れ込まずにバック・グラウンドでサラッと流して聴くのがいいかも。

ジョニさんも肩の力を抜いてリラックスして泳いでいます。


再び登場!

2024年02月10日 | West Coast Rock

スティーブン・スティルス、ニール・ヤングにリッチー・フューレイらが中心となって1966年に結成されたロック・バンド、バファロー・スプリングフィールド。

同年に出たデビュー・アルバムもまずまずの成果を収めた。

その彼らの翌年のセカンド・アルバム、Buffalo Springfield Againもカントリー、フォーク、ロック、ソウルやR&Bだけでなく時折サイケデリックな香りも漂わせる先進的なサウンドを用いバラエティーに富んだいい作品に仕上がった。

この後バンド内の対立やお決まりのドラッグでのトラブルなどでバンドの求心力は弱まりやっつけ仕事の感があったサード・アルバムを最後に解散。

もう少しバンドが長く続けば凄いアルバムが生み出されたかも知れないけれど、前身バンドの良きエッセンスがその後のそれぞれの音楽活動にうまく受け継がれた事によりそれぞれが成功を収めたので、結果オーライって感じですかね。


ポコのベスト・アルバム、その2

2024年01月30日 | West Coast Rock

1974年にエピックを離れABCレーベルに移籍する事になったポコ。その後1979年にABCレーベルはMCAレコードに買収され、二つのレーベルにまたがって音楽活動を続けていく事に。

その期間の彼らの作品をサクっとなぞって聴いていくならば、1989年出たベスト・アルバム、Crazy Loving、The Best Of Poco 1975-1982がお勧め。

(ポコのトレード・マークともなった馬のイラストは1978年のアルバム、Legendから登場)

ポコのリーダーとしてまたキーとなる曲を提供してバンドを引っ張って来たリッチー・フューレイがバンドから去った事によって4人だけになったバンド内に化学変化が起こり、それまでまでペダル・スティールやギターなど演奏面でバンドに貢献して来たラスティー・ヤングが曲作りやボーカルなどにも積極的に関わる事に。

バンドとしての結束も更に固まりカントリー・ロックのパイオニアとして中堅どころの活動を続けていたものの、1977年ベースのティモシー・シュミットがイーグルスに引き抜かれた事により、バンドは一旦活動を停止。

そこでポール・コットンとラスティーが新たにベーシストとドラムスの2名を加えコットン・ラスティー・バンドを結成する構想を持ち、それに対してレコード会社はポコの名前を引き継ぐ事で許可し、ここに新生ポコが誕生!

このベスト物で特筆すべきはラスティー作のCrazy Loveが収録されている事。新生ポコによる1978年のアルバム、Legendは何と全米14位に輝きポコの全活動における最も売れたアルバムとなり、またシングル・カットされたCrazy Loveも17位とヒットした。

バンドから去ったジム・メッシーナ、それにリッチーやティモシーがいなくともポールとラスティーの地味な二人で今まで以上にやれることを証明出来たのは、長年ポコ・ファンのオイラとしては溜飲が下がったね。


POCOのベスト・アルバム

2024年01月29日 | West Coast Rock

1968年、バッファロー・スプリングフィールドが解散となり、そのメンバーだったリッチー・フューレイとジム・メッシーナが中心となり、バッファローの最終作でペダルスティールを弾いたセッション・ミュージシャンのラスティー・ヤング他2名を加えてカントリー・ロック・バンド、ポコを結成しエピック・レーベルからデビューした。

エピック在籍時代にはスタジオ・アルバム7枚とライブ・アルバム2枚の計9枚が制作され、1974年にエピックを離れABCレーベルに移籍する事になる。

その間の音楽活動をサクっとなぞって聴いていくならば、1975年出たベスト・アルバム、Very Best Of Pocoがお勧め。当時LP2枚組で全18曲が収録され、極上のカントリー・ロックを楽しめる

(その後アルバムがCD化される事になり、2曲カットさた全16曲で1枚のCDに収録されることに。)

ベーシストのランディー・メイズナーがデビュー・アルバムの完成を待たずに脱退し代わりにティモシィー・シュミットが加入。その後ファウンディング・メンバーだったジム・メッシーナが脱退し代わりのギタリスト、ポール・コットンが加入したかと思いきや、リッチー・フューレイもそれから3枚のアルバムを制作した後バンドから脱退とメンバーの出入りが激しく不安定な時期もあった。

結局残された4人でレーベルを跨いで活動を継続していく事になる。

個人的にはこの4人体制での時期が一番印象に残っている。


復活第2弾

2024年01月24日 | West Coast Rock

自身のレーベル、ブラザー・レコードを設立し数作のアルバムを出すもいまいちレコードの売れ行きが思わしくないビーチ・ボーイズは気分を一新するためオランダのスタジオでレコーディングを敢行。1973年にアルバム、Hollandを出すも微妙な結果に終わる。

てな事でしばらくの間スタジオ・アルバムの制作はストップし、3年後の1976年、約半数がカバー曲ではあったが、ブライアン復活!とも言われたアルバム、15 Big Oneが登場。アルバムは全米8位となり、久々に表舞台に戻った彼らだった。

更にその翌年、第2弾として全編ブライアンのペンによるフル・スイングのスタジオ・アルバム、Love Youが満を持して登場。

ただビーチ・ボーイズらしさの溢れた好アルバムに仕上がったのだが売れ行きは落ち込んだ。

ハード・ロックやプログレ・ロックが後退しパンクやディスコの嵐が吹き荒れた70年代後半に於て、シンセを導入し時代に即したサウンドを展開するチャレンジがあったにせよ、やはり飛び抜けたシングル・ヒットの後押しが無いとアルバムのセールスには繋がらない。

ブライアンは次作を企画するも、メンバーからの却下と精神的な病からまだ完治していない状態だったことからビーチ・ボーイズのアルバム制作の表舞台から引っ込んでしまう事に。

時は流れてパンクやディスコも消え去った今、我が家においてLove Youは十分復活を遂げていると思う。


Elan

2024年01月21日 | West Coast Rock

伝説のカントリー・ロック・バンド、フライング・ブリトー・ブラザーズ繋がりでリック・ロバーツとジョック・バートレーによるデュオが結成され、さらにギタリスト兼ソングライターだったラリー・バーネットや他のメンバーが加わり1974年にファイヤーフォールが誕生。

1976年のデビュー・アルバムがヒットし順調に活動を継続、そして1978年にはサード・アルバム、Elanが出てまたまた全米11位とヒットさせる。

このバンドの特徴はバンド内に二人のソングライター、リック・ロバーツとラリー・バーネットが在籍しリックはアーバンな雰囲気のポップよりの曲、ラリーは少々泥臭い曲調とそれぞれの持ち味を出しバランスが取れている事だ。

ただこのアルバムでプロデューサーのトム・ダウドと音楽的な方向性の違いで対立、レコーディングはやり直しを強いられなんとか完了したもののギクシャクした結末となった。

この後は更にいろいろなトラブルがあって残念ながらバンドの趨勢も下降気味となる。

やっぱり移り気の激しい人気商売においてコンスタントに活躍していくのはいつの世においても至難の業。

ここは彼らの最後の輝きとなったElan(音楽に対する情熱)をただじっくり味わう事に。


爽やかな1枚

2024年01月15日 | West Coast Rock

本日はリンダ・ロンシュタットのアルバムのプロデュースや彼女のバック・バンドに参加したり、また並行してソロ活動を続けたウエスト・コースト系シンガー・ソング・ライターかつマルチ・ミュージシャンのアンドリュー・ゴールドの1975年のファースト・アルバムでも。

ヒットするには至らなかったけれど、少し懐かしさを感じる60年代風のポップでメロディアスなサウンドがてんこ盛り。

80年代は元10ccのグレアム・グールドマンとバンド、Waxを結成し活動を続けた。

もっと売れてもよかったのに...


バーニー頑張る

2023年12月25日 | West Coast Rock

イーグルスのメンバーは1974年の3作目のアルバム、On The Boarderでバンドの方向性に関してプロデューサーだったグリン・ジョンズと対立。

2曲のみロンドンでレコーディングした後アメリカに戻って行った。そして新プロデューサーにビル・シムジクを起用、更によりハードなサウンドを求めてリード・ギターにドン・フェルダーを加入させアルバムを完成させた。

カントリー・ロックを主としたフライング・ブリトー・ブラザーズに籍を置いていたことのあるバーニー・レドンはこの動きには納得し難いものがあったのかバンド内で孤立していく事に。

そんな中、ニュー・アルバムの制作が始まり1975年に出たのがOne Of These Nights。

このアルバムは前作から参加したプロデューサーのビルと新ギタリストのドンによってもたらされたスパイスがイーグルスを新たな方向へと向かわせた様に思う。特にそれまでとは異なる味付けのタイトル曲のOne Of These Nightsとウエスト・コースト系ロックの爽やかさ(歌詞の内容は決して爽やかって感じではないが)を代表するLyin' Eyesが対となってアルバムにメリハリをつけ、全米1位の大ヒット作となる。

一方バンド内で追い詰められた形のバーニーは結局このアルバムが最後の作品となったが、3曲の佳曲を提供し有終の美を飾ったと言えるだろう。彼が作ったカントリー・ワルツのHollywood Waltz、プログレ・カントリーとでも言えるJourney Of The Sorcererに優れたバラード曲I Wish You Peaceは他のメンバーの曲に負けてはいない。

個人的にはカリフォルニアよりこのアルバムの方が全体的に上手くバランスが取れていて、本当に心地よくサクサク聴けるオイラのお気に入りの一枚です。


里帰り

2023年11月09日 | West Coast Rock

アメリカのセカンド・アルバム、Homecomingが1972年にでた。

前作のデビュー・アルバムはロンドンでレコーディングされたが、今回Homecomingと称しロス・エンジェルスでセルフ・プロデュースにて録音された。

シングル・ヒットしたVentura Highwayをはじめ、コーラスはバッチリでカラッとしたアコギ・サウンドも心地よい。

これぞアメリカ! ウエスト・コーストの風を感じる。


Wild Honey

2023年11月06日 | West Coast Rock

1966年のアルバム、Pet Soundsに続いてブライアン・ウィルソンが温めていた次作のアルバム、Smileがブライアンの精神状態の悪化により制作が中止。

残ったメンバーがその穴を埋めるが如く、中止となったSmileのレコーディング・セッションの残滓を集め1967年にアルバム、Smily Smileを急遽制作した。

シングル・ヒットしたGood VibrationやHeroes And Villlansなど名曲も収録されていたものの、アルバム全体の出来がイマイチ中途半端に感じられた事からファンもがっかり。

その汚名返上とそのわずか3ヶ月後に出た新作がWild Honey。

今回は状況を一旦リセットし、その時点でのバンド・サウンドとしてのまとまりを意識した上でナチュラルにアルバムを制作。

ただ当時のファンは更なる過去の陽気なビーチ・ボーイズの幻影を追い求めたのだろうか? その制作指向に物足りなさを感じたのか全米チャートは24位に留まりセールス的には振るわなかったそうな。

無理矢理求められるがまま原点回帰するよりは、いい意味での雑味のある自然のままのWild Honeyの方が個人的には美味しいと感じるんだけれどね。