あちこち散歩みち

近畿圏内を小さくあちこち歩き・たまに寺社めぐり・日々のとりとめない暮らしなどを書いています

あれから22年

2017年01月17日 | 暮らし

あの日から22年たったのですね。

 

あの日、

当時神戸に住んでいた娘一家がどうなったのか?

淡路島の夫の実家はどうなったか?

電話も不通。

キリキリ痛む思いをしました。

 

が、

事なきを得て、家の倒壊もなく怪我も無くて一先ず安堵しました。

娘のおなかに赤ちゃんがいたので、また、違った不安が押し寄せました。

 

緊張と恐怖のため出血があっても病院に行くすべがありません。

道路もがれきで寸断状態。

車も走ることができません。

 

どうにかこうにか娘だけでも・・・・避難を!

嫁ぎ先の家族の勧めもあって、

大阪の私たちの家に帰ることができました。

 

当時は神戸からフェリーが運行されていて

淡路島経由で関空のフェリー乗り場へとやっとの思いで着きました。

これも運がよかったのです。

 

でも、

自分だけ実家に帰ったということでずいぶん悩んでいました。

「自分ひとりだけ避難した」という、「後ろめたさ」みたいなのがあったのでしょう。

かわいそうに。

 

しかたないことでした。

お腹の赤ちゃんを守るためには、そうするしかありませんでした。

 

 

辛くて怖い思いを十分すぎるぐらい皆様が経験しました。

地獄のような思いをされました。

いずれまた来るであろう大地震。

私には乗りきれる術があるのだろうか。

 

 

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お隣さんが越してきたみたい

2017年01月17日 | 暮らし

以前お隣に住んでいた方が、

大阪府の北部へと引っ越されました。

その後、「売り家」として2年間ほど無人クンでした。

 

住宅販売店がリホームをして「売り家」としてチラシなんかで販売していた。

売れそうでなかなか売れなかった隣家。

 

きょう、引越センターのトラックが到着して

荷物を運び混んでいる様子です。

ゴトゴト・バタンと聞こえてきます。

さて、さて、どんな方が来られるのでしょう。

 

私たちもこの地に根付いてもう何年たつのかな?

指折って数えるともう46年です!

改めて年月の経過にびっくりします。

子供たちもこの地から、飛び立ちました。

ここが子供たちにとって「故郷」みたいなものです。

 

越して来た時はまだ22歳だった私。

当時から「終の棲家」と決めていたものだった。

 

ご近所さんたちは似たような年数を共に経ています。

安定したご近所さん達ばかりですのでトラブルもなにもありません。

恵まれた環境だと自負しています。

 

新しいお隣さんが気にかかる!

きっと同じようにお隣さんも、そう思っておられることでしょう。

 

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