墨汁日記

墨汁Aイッテキ!公式ブログ

徒然草 第百二十八段

2005-11-14 21:41:35 | 徒然草
 雅房大納言は、才賢く、よき人にて、大将にもなさばやと思しける比、院の近習なる人、「ただ今、あさましき事を見侍りつ」と申されければ、「何事ぞ」と問はせ給ひけるに、「雅房卿、鷹に飼はんとて、生きたる犬の足を斬り侍りつるを、中墻の穴より見侍りつ」と申されけるに、うとましく、憎く思しめして、日来の御気色も違ひ、昇進もし給はざりけり。さばかりの人、鷹を持たれたりけるは思はずなれど、犬の足は跡なき事なり。虚言は不便なれども、かかる事を聞かせ給ひて、憎ませ給ひける君の御心は、いと尊き事なり。
 大方、生ける物を殺し、傷め、闘はしめて、遊び楽しまん人は、畜生残害の類なり。万の鳥獣、小さき虫までも、心をとめて有様を見るに、子を思ひ、親をなつかしくし、夫婦を伴ひ、嫉み、怒り、欲多く、身を愛し、命を惜しめること、偏へに愚痴なる故に、人よりもまさりて甚だし。彼に苦しみを与へ、命を奪はん事、いかでかいたましからざらん。
 すべて、一切の有情を見て、慈悲の心なからんは、人倫にあらず。

<口語訳>
 雅房大納言は、賢く、よい人にて、大将にもなさねばと思われていた頃、院の近習の人、「ただ今、あさましい事を見ました」と申されませば、「何事ぞ」と問い聞かれますに、「雅房卿、鷹に食わせんとて、生きた犬の足を斬りましたのを、塀の穴より見ました」と申しますに、うとましく、憎く思いまして、日来の御機嫌とも違い、昇進もなさいませんでした。そればかりの人、鷹を持たれていたとは思わなかったけれど、犬の足は証拠ない事なだ。虚言は不憫なれど、かかる事を聞かれて、憎まれる君の御心は、いと尊い事です。
 大方、生き物を殺し、傷め、戦わせて、遊び楽む人は、畜生残害の類だ。万の鳥獣、小さい虫までも、心をとめて有様を見るに、子を思い、親をなつかしくて、夫婦を伴い、嫉み、怒り、欲多く、身を愛し、命を惜しむこと、偏へに愚かなること、人よりも勝ってはなはだしい。彼らに苦しみを与え、命を奪う事、いかに痛ましくなかろうか。
 すべて、一切の有情を見て、慈悲の心ないのは、人倫にあらず。

<意訳>
 亀山法皇にお仕えする雅房大納言は、賢くよい人で、次は大将にでもしてやろうかと法王にひいきにされていました。
 そんな頃、近習の人が法王に申されました。
 「ただ今、あさましい事を見ました」
 「何事か」
 と法皇が問い聞かれますに、
 「雅房様が、鷹に食わせんとして、生きた犬の足を斬りましたのを、塀の穴より見てしまいました」
 と答えたのを聞かれ、とたんに法皇は気分も機嫌も悪くなり、普段のひいきぶりも忘れ、雅房大納言の昇進も無い事にしてしまわれました。
 雅房様が鷹をお飼いになられていたのは知りませんでしたが、犬の足の話は根も葉もない事で、虚言は不憫とも思いますが、法皇のお心は尊い事です。
 生き物を殺し、傷つけ、戦わせ、遊び楽む人は、殺し合う畜生と同じ類いの生き物です。全ての鳥獣、小さい虫まで、心をとめ生きる様子を観るなら、子を思い、親をなつかしみ、夫婦伴い、妬み、怒り、欲多く、我が身を愛し、命を惜しむことについては、人よりも愚かさであきらかに勝ります。そんな彼らに苦しみ与えて命を奪う事は、なんと痛ましい事でしょう。
 生命の情を見て慈悲の心おきない人は、人ではありません。

原作 兼行法師


最新の画像もっと見る

コメントを投稿