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徒然草 第百七十五段<口語訳>

2005-12-31 15:38:03 | 徒然草
 世には、心得ない事が多いのだ。ともある毎には、まず、酒をすすめて、強い飲ませるのを興とする事、いかなるわけとも心得ない。
 飲む人の、顔とても堪え難げに眉をひそめ、人目をはかって捨てようとし、逃げようとするを、とらえて引き止めて、むやみに飲ませれば、麗しい人も、たちまちに狂人となって見苦るしく、健康な人も、目の前に大事の病者となって、前後も知らず倒れ伏す。
 祝うべき日などは、あさましかったはず。明くる日まで頭痛く、物食わず、うめき臥し、生を隔てたようにして、昨日の事覚えていない、公私の大事を欠いて、煩いとなる。
 人によりこんな目を見させられる事、慈悲もなく、礼儀にも背く。こんな辛い目にあった人、ねたましく、口惜しいと思わないだろうか。他人の国にこんな習いあると、これらでない人事として伝え聞いたなら、あやしく、不思議に覚えるはず。

 人の上にして見てるのに、心配。
 思い入った様子に、心にくいと見た人も、思う所なく笑いののしり、ことば多く、烏帽子歪み、紐外し、脛高くかかげて、用意ない気配、日頃の人とも思えない。女は、ひたい髪晴れやかに掻きやり、恥ずかしげもなく、顔うちさらしうち笑い、盃持つ手に取り付き、よからぬ人は、肴取って、口にさし当て、自らも食ってる、様わるい。
 声の限り出して、おのおの歌い舞い、年老いた法師召し出されて、黒くきたない身を肩まで脱いで、目も当てられずクネるのを、興じ見る人さえうとましく、憎い。
 或いはまた、我が身すごい事ども、片腹いたく言い聞かせ、或いは酔い泣きし、下の身分の人は、罵り合い、争って、あさましく、恐ろしい。
 恥がましく、心配事のみあって、はては、許さない物ども押し取って、縁より落ち、馬・車より落ちて、過ちする。物にも乗らない際は、大路をよろぼひ行って、築泥・門の下などに向いて、えも言われぬ事どもし散らし、年老い、袈裟掛けた法師が、小童の肩をおさえて、聞こえない事など言いつつよろめいてる、とても可愛そう。

 こんな事をしても、この世にも後の世にも利益ある事ならば、いかがもしない、この世には過ち多く、財を失い、病を儲ける。百薬の長とはいっても、万の病は酒よりこそ起こる。憂い忘れると言っても、酔った人、過ぎた憂さをも思い出して泣くみたいだぞ。
 後世は、人の知恵を失い、善根を焼くこと火の如くして、悪を増し、万の戒を破って、地獄に堕ちるはず。「酒をとって人に飲ませた人、五百生の間、手ない者に生れる」とこそ、仏は説きなされている。

 こんな疎ましいと思うものなれど、自分から、捨て難い折もあるようだ。
 月の夜、雪の朝、花のもとにても、心のどかに物語して、盃出してる、全ての興を添える事である。つれづれなる日、思いのほかに友が入り来て、とり行うのも、心慰む。馴れ馴れしくないあたりの御簾の中より、御果物・御酒など、良き様子な気配して差し出される、とても良い。冬、狭い所にて、火にて煎り物などして、へだてない同士差し向かって、多く飲んでいる、とても愉快。旅の仮屋、野山などで、「お肴何かない」など言って、芝の上にて飲むのも、愉快。いたく痛む人の、強いられて少し飲むのも、とても良い。よき人が、とり分けて、「今ひとつ。上少ない」など仰られるのも、うれしい。近づきたい人が、上戸で、ひしひしと馴れる、またうれしい。

 そうは言ったが、上戸は、おかしく、罪許される者だ。酔いくたびれて朝寝してる所を、主の引き開けたのに、まどって、ほれた顔ながら、細いもとどり差し出し、物も着れず抱え持ち、ひきずって逃げる、掻取姿の後すがた、毛生えた細脛のあたり、をかしく、いかにも。


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