コンビニの前に置いてあるゴミ箱に身をひそめて隠れているこうさぎのおいし。おいしはガラスごしにマダムの動きをじっと見つめていた。
とても低い視点。
人間だったら、這いつくばりでもしない限り得られる事もないような、とても低い視点。その視点から見る世界は見上げるばかりの建物の群れと、その建物の片隅から覗くはるかかなたの空、そして燃えるアスファルト。
おいしの耳は人間の何倍も敏感だ。
人達の怒鳴り声、機械のきしむ音、腹をすかせたカラス達の鳴き声にストレスからヤケクソ気味に吠えている犬の鳴き声。夏の風物詩のようなセミの声にまじりクーラーの室外機が秋の虫のようなリーンリーンと言う振動をあげている。
いやでも不安を増幅させる街の喧噪。
マダムの召還で来たけど、いやだこの街は怖いよ。
早く仲間達のいた元の世界に帰りたい。
おいしはそう思う。
犬が鼻をうごめかす音が聞こえる。足並みがわずかに狂った。犬が自分の存在に気がついたらしい。並走している人間のスニーカーの音も聞こえるから人間とお散歩している飼い犬であろうけれど、いつ手綱を振り払い自分に牙を剥いてくるかも分からない。もうこの場所も安全ではない。
怖い、怖いよ。
マダム助けて。
怖い。
マダム早く帰ってきて!
おいしは店内のマダムの様子に目をやると、マダムは呑気にレジに並んでいた。おいしの目から見るとマダムはとてつもなく呑気で腹が立つぐらい。怖いもんなんかないよって顔してる。やっと、レジでお会計。若い店員とお話している。
「店員さんよぉ、きれいなお姉さんにオマケしたいとは思わないのかね!」
マダムはコンビニの店員に『コンビニで値切らないで下さい』と注意されている。変な女だなとおいしは思う。
お金を払っておつりをもらっているが、まだ安心はできない。マダムの事だからおいしの事なんか忘れて裏口から帰りそうだ。マダムは何をするか分からないので油断のできない女なのだ。
会計をすませたマダムは自動ドアのある出入り口の方を目指して歩いてきた。とうとう戻ってきた。
グァー!
自動ドアが軽い濁音をあげながら開く。マダムが出てきた。
おいしはつい嬉しくなって後ろ足で飛び跳ねたら、たちまちマダムの胸までジャンプしていた。マダムはレジ袋を落とさないようにしながらも、両手でおいしを受けとめ笑いながら言う。
「なんだよ。クソ暑いんだから抱きつくなよ。ただでさえお前は毛だらけで暑苦しんだから。けっこう毛だらけネコ灰だらけで私ゃアセモだよ!」
マダムの言う言葉はほとんど意味不明だ。たぶん、その場の雰囲気とかノリで話しているだけで言葉に意味はないのだろう。
「買ったよ。ガソガソくんのキャロット味!
だいだいでオレンジなガソガソくん!
ニンジン風味!
地域限定販売のレアだよ!」
マダムは限定販売のガソガソくんを買った事に興奮して鼻息が荒い。本当に変な女だ。
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