「現代社会は生者の妄想によってあっちいったりこっちいったり淀んではいるけれど、なにか一度ことが起こりいまの社会システムが崩壊すれば、人間など『死』に翻弄される哀れな生き物だと再確認するはずだ。そして、それこそが『死』を理解してしまった人間という動物の悲しい性なのだ」
「死とはなんなのでしょうか?」
「死は、肉体の輪廻であり、精神の滅亡。身を構成していた物質のみが分解され自然に帰り、身にやどる我執は消える。これこそが死の慈悲」
「なぜ死が慈悲となり得るのですか?」
私が質問すると、死神はモジモジしながら答えた。
「し、死、しー。えーと、とてつもなく悪いんだが、それに答える前に小便してきていいかな?」
「どうぞ!」
すでに、死神はビールを3缶空けていてロレツも怪しくなっている。フラフラと立ち上がり膝の上のおもちゃのマシンガンを小脇にかかえ、そこから死神がやってきたという闇の隙間に潜り込んで消え去った。
死神はトイレに消えた。
残された私はひとりフフフと笑う。
これをチャンスと言わずして何がチャンスだ。
こんなまたとないチャンスを逃したら女子中学生が泣くってもんだ。私は手に入れたチャンスは決して逃さない女子中学生なのだ!
電光石火で立ち上がり、私が座っていた風呂イスやら座布団やら、あたりに散らかっている空き缶なんかを、ぜんぶ情け容赦なく闇の隙間にぶち込んで、私は念じた。
『闇の隙間よ閉じよ!』
そのとたんに、闇の隙間は綴じあわさり均一な空間として闇にとけ込む。
ウフフ。
私は、死神のわずかな便意を利用して、死神を遠ざけた。
この空間は私の心であるなら、『死神』の存在以外は私の思うがままだという推定は当たっていた。今頃、死神は入り口を見失い、どうしようかと思っているはずだ。ザマーミロだ。
私は死神との戦いに勝利した。
あらためて私の心であるという、なにもない闇をまざまざと直視する。真夏だというのになんだか寒い。
さあ、私の寝床に帰ろう。私のお布団はどこだろう。あの居間にしいたお布団にはどうしたらたどりつけるんだろう。
闇の隙間を閉じる前、缶からを投げ込んだ時に一瞬見えた、闇の隙間の向こう側の光景が目に焼き付いている。薄暗い蛍光灯の明かりが弱々しく向こう側を照らしていた。そこには2台のモニターといくつもの本箱、それと目覚まし時計だけがあった。
死神は何者だったのだろうという疑問は残るが、このまま死神につきあうなら死神のいいようにされてしまうという怖れがあった。
とにかく私は死神に勝ったのだ。
これで、この物語を終えよう。
「よっこいしょ」
右手の小脇におもちゃのマシンガン。
右手首に、コンビニの袋。(中身は缶ビールと缶お茶)
左手に、おにぎりがのった皿を持って、右手にお湯を注いだマルちゃんの赤いきつね!
死神が現れた!!
「いやね、入り口はひとつじゃない。あなたがすべての他者との交流を否定しないかぎり、死神はどっからでもわいてでる」
ポンと伊藤園のおーいお茶を、死神はくれた。
「飲みなさい。このお茶はいま下の自販で買ってきた。それと、今日は夕飯のおかずのシャケがたまたま残ってたんでおにぎりを握ってきた」
コーヒーカップの受け皿みたいなのにのせたおにぎりをふたつ死神は私にくれた。
「毒なんか混入してないから」
すでに、死神は座り込んでビールを飲みながら赤いきつねをすすっている。
えーい、ままよ。こちとら江戸っ子デェイ。
勢いだけで一口おにぎりをかじる。おもいきりに塩辛くて海苔が巻いてある。
久しぶりだ、自家製のおにぎりを食べるのは。
コンビニのおにぎりは塩気がきいていなくて飽きるんだよね。
手作りのおにぎりは人の暖かさを感じる。お茶を一口飲んで二口目をかじったらシャケの風味がしてきて、白いご飯にシャケのだいだい色というものすごいおにぎりチックな風景が目の前に広がった。
うわーシャケだと思わず感動してしまうほどのだいだい色。
「あっ!!」
いきなり死神が叫んだ。
「便所でた後に手ぇ洗ってなかった」
ブッ、ブゥー!
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます