[印刷]の今とこれからを考える
「印刷図書館クラブ」月例会報告(平成28年2月度会合より)
●経済の成熟期における印刷産業の景気は?
経済動向との関係で印刷産業の今後を展望してみようというユニークな視点の論文が、アメリカの印刷産業団体PIAから発表された。最近の米国経済は6年を超える長い間、好況裡に推移してきた。2015年次における経済成長率は約2.2%になると予測され、これは、2009年中頃に景気後退期が終わって以降の平均値にほぼ等しい数値である。それだけ長期間、好調を維持してきたことになる。世界経済が減速する気配を見せ、米国においても「景気回復から7年後には成熟期を迎える」という過去があるなかで、例え成熟期に入って弱含みになったとしても、成熟により獲得した体力(寿命)で「積極的な弾力性」(粘り腰)を見せられるはずだとしている。これまでに得た歴史的な経験を根拠に、そう分析する。印刷産業もその恩恵に預かって「20年間も待ち続けた最良の成長」を享受している。「印刷市場は驚くほどうまく機能している」そうである。
●Sweet Spotのメリットを享受できているか?
米国のGDPが2.0%増(2015年1~9月)に止まっていたとき、印刷産業の出荷高は3.5%の伸びを示すことができた。また、同国の製造業18業種のなかで、印刷業は出荷高、新規受注額、生産高、雇用者数の各指標で堂々1位を占めた。なぜ印刷産業は好調を持続できているのかについて、PIAは「経済の成熟期は印刷産業にとって“Sweet Spot”に当たるから」と分析する。製造業でありながら消費動向に左右されがちな生活産業の性格をもつ印刷産業の出荷高は、つねに経済動向に遅れるかたちで好不調を繰り返してきた。後退し始めるときは比較的遅く悪くなり、景気が回復するときは最後に良くなる。つまり、景気が落ち込まんとする時期(成熟期の最終段階)に、印刷産業の成長率がGDPを上回る期間がある。これをSweet Spotと称した。
●産業用印刷物はもちろんのこと、書籍まで!
実際に、産業用資材であるパッケージ、ロジスティックス用印刷物、ラベル/包装紙は、GDPに追従して成長性を支える典型的な印刷品目となっている。また、販促用、マーケティング用の媒体となる商業印刷物も、その効果を発揮して成長性を保持している。製品ライフルサイクルの成熟期には、市場シェアの確保と利益の最大化、ブランド差別化のために広告宣伝に力が注がれるが、そのとき積極的に使われるのが印刷媒体である。そう考えると、経済成熟期の後半に印刷産業が潤うのも理解できる。さらに「印刷された書籍が元気を取り戻して、相対的にうまくやっている」という事実も、景気の良さから懐と心に余裕ができた消費者が、本を読んでみたいという気持ちを抱いてくれたことと無縁ではないだろう。
●低成長になっても印刷産業はGDPを上回れる?
それでは、印刷産業はこれから先どうなるのであろうか? PIAでは、2~3年後の経済動向として①ムラのある低成長の持続(確率50%)、②平均的な穏やかな景気後退(25%)、③成長が加速する(25%)――という3つのシナリオについて考察し、「低速だが着実な成長」という可能性を、経営予測計画の基本にすべきだとしている。そして、もしも経済が低成長に終わったとしても(これがもっとも実現性が高い)、印刷産業の出荷高はGDPの成長率を上回る2%の成長を確保できると読む。しかし、悲観的軌道として景気後退が著しく深く進行するなら、それに引っ張られて恐らく年率でマイナス4~6%に下落してしまうだろう。そして、楽観的軌道だが、経済が何らかの方法で3~4%の範囲で成長し続けられるなら、印刷産業の出荷高は依然として年率3%、もしくはそれ以上の拡大を維持できるはずだと予測する。果たして……。
※参考資料=「The Magazine PIA」Jan. 2016; Dr. Ronnie H. Davis(Senior Vice President, PIA)
●印刷会社は「競争しない競争戦略」に取り組め
アメリカの著名な経営学者であるマイケル・ポーターは、自著のなかで「競合企業と同じ市場を相手に同じような製品を販売しているかぎり、コストダウンや生産性向上によって対抗度を高めるしかない。やっと勝ち得た利益も、売り手の交渉力をもつ資機材の供給業者、買い手の交渉力をもつ顧客サイドに(取引価格を通じて)奪い取られてしまっている」と警告している。事業領域の特化、製品機能の高度化、顧客価値の追求など経営戦略の重要性を鋭く説いた指摘なのだが、印刷人として素通りさせてならないのは、その典型として印刷会社を事例に挙げている点である。こんな話を持ち出すまでもなく、印刷会社は今ほど「競争しない競争戦略」に取り組む必要がある。「ニッチビジネス」を掴んでいくしか生き残る道はないのだ。
●顧客価値を徹底的に提供する印刷ビジネスへ
「クラウド・コンピューティング」なるIT用語を、よく耳にする時代になった。しかし、「クラウド」の意味を深く理解している人はなかなかいないだろう。その意味には「雲」と「群衆」の二つがあって、前者は本来のコンピューティングに伴う意味、そして後者にはビジネス参画の拡がりを表す意味があるという。少額の資本をできるだけ多数の人たちから集めて開業資金にするとともに、事業にも参加し続けてもらう。もちろん、獲得した利益は配当のかたちで返してあげるのが大原則だ。今の若い人は誰でも、このような新しい“金儲け”の仕組みを知っている。実際に後者のかたちで事業を展開している若手の経営者から「印刷業こそリピーター(固定客)を相手に仕事をしたらよい。ムリに新規開拓する必要はない」といわれたことがある。その真理は――特定の得意先に有益な顧客価値を提供できるよう徹底的にサービスせよ、ということになる。ここで、ポーターの提言がつながってくる。
●「ニッチ」を掘り下げるためのビジネス設計を
印刷業はようやく、従来の受注産業から自ら仕掛ける産業へと変わろうとしているが、どうやってマーケットをつくっていくか、いかに顧客のお役に立つべきかといった具体策となると、なかなか進展しないのが実情である。課題は、紙メディアがもつ特有の機能とグラフィック・コミュニケーションを基本とする独自のサービス機能を、いかに結びつけるかにある。これらはいずれも他の産業にはない強みであり、いわば「ニッチ」である。しかし、両者を的確に結びつける方策=ビジネス設計が見当たらないところが悩ましい。プリプレスは情報加工と印刷工程をつなぐ重要な結節点ではあるが、顧客から「まだDTPをやっているの?」といわれている間は、ダメなのだ。DTPを売り物に、それ以降の製作を受注しているだけでは、まさに利益(付加価値)を奪い取られるだけである。競争は水平に位置する同業者とするのではなく、垂直関係にある取引先としなければならない。ポーターはまさにこのことに言及している。
●印刷メディアを基盤とする“ルネッサンス”を
大手広告代理店は旧来の事業内容に新しい形態のサービスを加えて、実に広範なビジネスを手掛けている。印刷産業はいつまでも“受注産業然”としていないで、産業全体でこうした方向をめざすべきである。一社々々はもちろん、それぞれの得意技を活かした領域に特化してニッチ市場で生き残りをはからなければならないのだが、バリューチェーンのなかで上流工程を狙った方が付加価値を獲得しやすく、得策だ。印刷生産技術だけを頼りに製品をつくろうとすればするほど、逆に立場を弱くしかねない。電子メディアという代替品が出てきても、印刷メディアの特質とノウハウを自ら開示して、顧客の協力を得ながら、その顧客を支援しながら一緒にやればいい。電子メディア×印刷メディアのハイブリット型の「情報」を、マーケティング視点で提供していきたい。「紙」を土台とする印刷メディアが不動のビジネス基盤であることは否定しようがない。せっかくの素材を手元に確保しながら、印刷の“ルネッサンス”を巻き起こすことを期待したい。そのとき異業種の参入を許して席捲されていないことを……。
「印刷図書館クラブ」月例会報告(平成28年2月度会合より)
●経済の成熟期における印刷産業の景気は?
経済動向との関係で印刷産業の今後を展望してみようというユニークな視点の論文が、アメリカの印刷産業団体PIAから発表された。最近の米国経済は6年を超える長い間、好況裡に推移してきた。2015年次における経済成長率は約2.2%になると予測され、これは、2009年中頃に景気後退期が終わって以降の平均値にほぼ等しい数値である。それだけ長期間、好調を維持してきたことになる。世界経済が減速する気配を見せ、米国においても「景気回復から7年後には成熟期を迎える」という過去があるなかで、例え成熟期に入って弱含みになったとしても、成熟により獲得した体力(寿命)で「積極的な弾力性」(粘り腰)を見せられるはずだとしている。これまでに得た歴史的な経験を根拠に、そう分析する。印刷産業もその恩恵に預かって「20年間も待ち続けた最良の成長」を享受している。「印刷市場は驚くほどうまく機能している」そうである。
●Sweet Spotのメリットを享受できているか?
米国のGDPが2.0%増(2015年1~9月)に止まっていたとき、印刷産業の出荷高は3.5%の伸びを示すことができた。また、同国の製造業18業種のなかで、印刷業は出荷高、新規受注額、生産高、雇用者数の各指標で堂々1位を占めた。なぜ印刷産業は好調を持続できているのかについて、PIAは「経済の成熟期は印刷産業にとって“Sweet Spot”に当たるから」と分析する。製造業でありながら消費動向に左右されがちな生活産業の性格をもつ印刷産業の出荷高は、つねに経済動向に遅れるかたちで好不調を繰り返してきた。後退し始めるときは比較的遅く悪くなり、景気が回復するときは最後に良くなる。つまり、景気が落ち込まんとする時期(成熟期の最終段階)に、印刷産業の成長率がGDPを上回る期間がある。これをSweet Spotと称した。
●産業用印刷物はもちろんのこと、書籍まで!
実際に、産業用資材であるパッケージ、ロジスティックス用印刷物、ラベル/包装紙は、GDPに追従して成長性を支える典型的な印刷品目となっている。また、販促用、マーケティング用の媒体となる商業印刷物も、その効果を発揮して成長性を保持している。製品ライフルサイクルの成熟期には、市場シェアの確保と利益の最大化、ブランド差別化のために広告宣伝に力が注がれるが、そのとき積極的に使われるのが印刷媒体である。そう考えると、経済成熟期の後半に印刷産業が潤うのも理解できる。さらに「印刷された書籍が元気を取り戻して、相対的にうまくやっている」という事実も、景気の良さから懐と心に余裕ができた消費者が、本を読んでみたいという気持ちを抱いてくれたことと無縁ではないだろう。
●低成長になっても印刷産業はGDPを上回れる?
それでは、印刷産業はこれから先どうなるのであろうか? PIAでは、2~3年後の経済動向として①ムラのある低成長の持続(確率50%)、②平均的な穏やかな景気後退(25%)、③成長が加速する(25%)――という3つのシナリオについて考察し、「低速だが着実な成長」という可能性を、経営予測計画の基本にすべきだとしている。そして、もしも経済が低成長に終わったとしても(これがもっとも実現性が高い)、印刷産業の出荷高はGDPの成長率を上回る2%の成長を確保できると読む。しかし、悲観的軌道として景気後退が著しく深く進行するなら、それに引っ張られて恐らく年率でマイナス4~6%に下落してしまうだろう。そして、楽観的軌道だが、経済が何らかの方法で3~4%の範囲で成長し続けられるなら、印刷産業の出荷高は依然として年率3%、もしくはそれ以上の拡大を維持できるはずだと予測する。果たして……。
※参考資料=「The Magazine PIA」Jan. 2016; Dr. Ronnie H. Davis(Senior Vice President, PIA)
●印刷会社は「競争しない競争戦略」に取り組め
アメリカの著名な経営学者であるマイケル・ポーターは、自著のなかで「競合企業と同じ市場を相手に同じような製品を販売しているかぎり、コストダウンや生産性向上によって対抗度を高めるしかない。やっと勝ち得た利益も、売り手の交渉力をもつ資機材の供給業者、買い手の交渉力をもつ顧客サイドに(取引価格を通じて)奪い取られてしまっている」と警告している。事業領域の特化、製品機能の高度化、顧客価値の追求など経営戦略の重要性を鋭く説いた指摘なのだが、印刷人として素通りさせてならないのは、その典型として印刷会社を事例に挙げている点である。こんな話を持ち出すまでもなく、印刷会社は今ほど「競争しない競争戦略」に取り組む必要がある。「ニッチビジネス」を掴んでいくしか生き残る道はないのだ。
●顧客価値を徹底的に提供する印刷ビジネスへ
「クラウド・コンピューティング」なるIT用語を、よく耳にする時代になった。しかし、「クラウド」の意味を深く理解している人はなかなかいないだろう。その意味には「雲」と「群衆」の二つがあって、前者は本来のコンピューティングに伴う意味、そして後者にはビジネス参画の拡がりを表す意味があるという。少額の資本をできるだけ多数の人たちから集めて開業資金にするとともに、事業にも参加し続けてもらう。もちろん、獲得した利益は配当のかたちで返してあげるのが大原則だ。今の若い人は誰でも、このような新しい“金儲け”の仕組みを知っている。実際に後者のかたちで事業を展開している若手の経営者から「印刷業こそリピーター(固定客)を相手に仕事をしたらよい。ムリに新規開拓する必要はない」といわれたことがある。その真理は――特定の得意先に有益な顧客価値を提供できるよう徹底的にサービスせよ、ということになる。ここで、ポーターの提言がつながってくる。
●「ニッチ」を掘り下げるためのビジネス設計を
印刷業はようやく、従来の受注産業から自ら仕掛ける産業へと変わろうとしているが、どうやってマーケットをつくっていくか、いかに顧客のお役に立つべきかといった具体策となると、なかなか進展しないのが実情である。課題は、紙メディアがもつ特有の機能とグラフィック・コミュニケーションを基本とする独自のサービス機能を、いかに結びつけるかにある。これらはいずれも他の産業にはない強みであり、いわば「ニッチ」である。しかし、両者を的確に結びつける方策=ビジネス設計が見当たらないところが悩ましい。プリプレスは情報加工と印刷工程をつなぐ重要な結節点ではあるが、顧客から「まだDTPをやっているの?」といわれている間は、ダメなのだ。DTPを売り物に、それ以降の製作を受注しているだけでは、まさに利益(付加価値)を奪い取られるだけである。競争は水平に位置する同業者とするのではなく、垂直関係にある取引先としなければならない。ポーターはまさにこのことに言及している。
●印刷メディアを基盤とする“ルネッサンス”を
大手広告代理店は旧来の事業内容に新しい形態のサービスを加えて、実に広範なビジネスを手掛けている。印刷産業はいつまでも“受注産業然”としていないで、産業全体でこうした方向をめざすべきである。一社々々はもちろん、それぞれの得意技を活かした領域に特化してニッチ市場で生き残りをはからなければならないのだが、バリューチェーンのなかで上流工程を狙った方が付加価値を獲得しやすく、得策だ。印刷生産技術だけを頼りに製品をつくろうとすればするほど、逆に立場を弱くしかねない。電子メディアという代替品が出てきても、印刷メディアの特質とノウハウを自ら開示して、顧客の協力を得ながら、その顧客を支援しながら一緒にやればいい。電子メディア×印刷メディアのハイブリット型の「情報」を、マーケティング視点で提供していきたい。「紙」を土台とする印刷メディアが不動のビジネス基盤であることは否定しようがない。せっかくの素材を手元に確保しながら、印刷の“ルネッサンス”を巻き起こすことを期待したい。そのとき異業種の参入を許して席捲されていないことを……。