道草あつめ

日常思いついた由無し事を、気ままに拾い集めています。

明日&昨日

2010-11-12 23:28:40 | 街中
今日の昼、山手ラーメン本郷店から電話がかかってきた。
どうやらスープは旨くいったようだ。
これで明日はグランドオープン!!


なお、このブログの存在が、シャチョーにバレたらしい。
まぁ、見られて困る内容は書いていないから良いだろう、と思う。

このブログも、付け始めて4年半を超える。
思い返せば、色々あった。色々な文章をかいたし、色々な恥もかいた。
そして、その間、顔見知りの人には誰にも伝えずにやって来た。
(もっとも、こっそりこれを見て笑っている知人はいたかもしれない。私も同じ趣味を持っている。)

それが、ついに知り合いに発見を告げられる運びとなったのである。
グーグル氏の検索ロボットが、私のブログを表に出すようになったのであるから、喜ばしいことと言えよう。

ただ、知人に見られていようと見られていまいと、私の書くことは変わらない。相変わらずグダグダだ。
グダグダブログ、これからも何卒よろしくお願い申し上げます。

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昨日、アヅマ大学教養学部の学生自治会で、ちょっとした事件があったらしい。
「学生自治会解散提案」が提出され、議決にかけられたという。

http://quni.biz/ping/zu/neta/kaisan.pdf

ここで問題点として挙げられている事柄は、おそらく全て本当のことだと思われる。私が自治会に所属していた時にも、全く同じ問題があった。
ただ、解決手段として「自治会解散」を提案するのは大変過激で、成功すればまさに「11.11クーデター」として駒場の歴史に残る大事件となっただろう。
自治会が解散されれば、クラス・サークルを始めとする様々な学生活動に多大な影響を及ぼし、駒場の勢力図が激変することが見こまれるからだ。

この学生自治会というのは、主に民青の活動家を構成員とし、従って思想的には共産党のシンパである。
自治会予算の一部を使って「平和活動」に没頭し、「大学十○年目」というプロの学生運動家も見かける。
革マル派や新興宗教サークルと激しく対立し、それらから駒場を防衛する機能も果たしている。

今回、学生自治会解散決議案が提出される予定、という話を聞いた時も、
最初は「革マル派か」と思った。
自治会(民青)も革マルも、ともに少子高齢化が激しく、実働戦力がほとんどないが、それは一方が若手を大量に獲得すれば、勢力バランスが崩れるということでもある。
あるいは、構成員が増えずとも、「ツイッター」なるものによって1,2年生を煽動すれば、議決を握る勢力ともなり得る。
事実、ツイッター上では、自治会解散決議に賛成するつぶやきが行き交ったという。

結果的には、71:8の大差で否決された。
準備期間と根回しが全く足りていなかったとともに、自治会が全学連や民青の応援を得て反撃したためという。
全学連や民青は学外の人間であるから、投票権は無いはずなのだが、そこは自治会が強引に押し切ったのかもしれない。少なくとも、応援演説の時間を大量に取ることはできただろう。

自治会というのは、昔からやり方が強引で、
かつて革マルの連中が夜の部に来ようとしていたのに対し、
「院生の方はダメです」と言って入口でシャットアウトしていたのを見たことがあるのだが、
そう言ってシャットアウトしている人が院生だった。
自分たちが正しいと思っているから、多少強引なことをしても良いと考えているのだろう

知人からの情報によると、
今回の騒動を起こしたのは駒場1年目の人たちで、先輩たちから焚き付けられ、そのまま悪ノリで決議案を提出したらしい。確かに、自治会解散後の事後処理案はいい加減で、何より根回しが全く足りていなかった。
何のことはない、ノンポリの悪ノリに過ぎなかったのである。

ノンポリの悪ノリであれば、昔からあった。
私の一個上の先輩は、左派の自治会に対して喧嘩をふっかけるべく、極右の信条を掲げて自治会委員長選挙に出馬したことがある。イケメンで話し方もうまい人だったが、惨敗。
そのイケメンの先輩を破って当選したのは、野暮ったい雰囲気で、いつも半ソデ短パン、年中ビニールサンダルで虫取り少年のような人だった。話し方も、お世辞にもうまいとは言えない。
個人としての資質はこれほどまでに違ったが、民青の壁は厚かったのである。何より、民青以外の一般学生の無関心、すなわち投票率の低さが最大の原因であった。

学生の政治意識の低さは、自治会の熱い政治運動が実を結ばない原因でありつつ、一方で民青政権が安泰であることには非常に有利に働いているのである。何とも皮肉なことである。

今回の騒動では、前日からツイッターを中心にして自治会廃止論が大きく盛り上がりを見せ、「これはいつもと違うのではないか」という印象を抱かせたのだが、何のことは無い、いつもと何も変わらなかった。
ツイッターでつぶやく人々は、不満をぶちまけ、もっともに思われる意見を「リツイート」することには熱心だったのだが、実際に体を動かして議場に赴くほどの行動力にはつながらなかったのである。