《『週刊新社会』から》
★ 岸田政権の授業料「後払い」制度
~経済的徴兵制に結びつく危険性
武蔵大学教授 大内裕和
★ 「新たな学生ローン」の出世払い制度
高等教育に通う学生への支援拡充が強く望まれるなか、岸田政権は「新たな学生ローン」制度としての「出世払い」制度の導入へ動いた。
2021年12月、岸田首相が議長として発足した「教育未来創造会議」では、「大学卒業後の所得に応じた『出世払い』」制度の導入が議論された。
在学中の負担がゼロとなることは、大学入学時点で十分な資金を用意することができない学生や親・保護者にとって進学機会を拡大することになる。その点では、この「出世払い」制度を一定数以上の人々が歓迎する可能性がある。
しかし、「出世払い」制度は、進学時に必要な入学金や授業料を国が一時的に「立て替える」だけで、学生だった本人が「出世」した場合には卒業後に支払わなければならず、決して無償になる制度ではない。
★ 「出世」の年収が低すぎ授業料「後払い」に
岸田政権が「出世」の年収を余りにも低所得に設定したことで、「出世払い」制度という名称は数多くの批判を浴び、その後この制度は授業料「後払い」制度へと名称が変更されることとなった。
この授業料「後払い」制度は、学費負担者の移行を意味する。
これまでは子の学費は親・保護者が払うというのが多数派であったが、これからは進学した本人が負担することになる。
現在の貸与型奨学金も、借りた学生が卒業後に奨学金を返済すると想定されており、その点では学費の一部が本人負担となったことを意味している。
授業料「後払い」制度は、貸与型奨学金制度における「本人負担」の論理をさらに徹底させることとなる。
★ アメリカの「経済的徴兵制」のしくみ
授業料「後払い」制度の導入による借金を抱えた若者の増加は、「経済的徴兵制」と結びつく危険性がある。
アメリカでは、軍のリクルーターによる高校生の勧誘が行われている。勧誘条件で最も有効なのが、「大学の学費免除」や「学資ローン返済免除プログラム」である。
徴兵制を廃止して志願兵制を採用しているアメリカでは、深刻化する貧困と高い学費負担が若者の入隊を後押ししている。それは「志願」といっても事実上の「強制入隊」を意味し、「経済的徴兵制」と呼ばれている。
岸田政権は3年後の2027年に、防衛費を現在の約2倍となるGDP比2%にまで増額する方針を示している。予算が増額されれば、それに対応する人員も必要となる。
授業料「後払い」制度による卒業後の学費負担は、若者がその支払いのために自衛隊への入隊を余儀なくされる危険性を高める。
★ マイナカードが経済的徴兵制を支える
授業料「後払い」制度では、学生は入学時にマイナンバー登録が義務づけられる方針となつている。
マイナンバーカードは現在、健康保険証との一体化でも紛糾しているが、これらが整備されれば多額の「学費返済義務」(=借金)を抱えた健康な若者の個人情報を政府が把握することが容易となり、経済的徴兵制を支える役割を果たすことになる。
★ 自治体が自衛隊募集に名簿提供
すでに経済的徴兵制へ向けての動きは進んでいる。
岸田政権が地方自治体に自衛官募集のための名簿提供を迫るなか、2022年度は自衛官募集のために、若者の個人情報を記載した名簿を自衛隊に提供した自治体が1068に上り、初めて六割を超えたことが明らかとなった(「自衛隊へ名簿六割超す」『しんぶん赤旗』2023年8月16日)。
また、2022年の出生数が77万747人と1899年の人口動態調査開始以来過去最少となったことから、若年層の減少が2040年あたりまで継続することは間違いない。
現在の志願兵制度によっては自衛隊員の確保や増員を行うことが困難となれば、何らかの「強制」が必要であるとして、そこに学費負担軽減と結びついた経済的徴兵制が、政策の選択肢として登場する可能性があるだろう。
★ 今年度大学院(修士)でスタート
2024年から、大学院(修士段階)の授業料後払い制度がスタートする。
大学院(修士段階)のみとはいえ、学費の「本人負担」制度が本格的に導入されることになる。
今後、学部生を含めて対象が広がっていく可能性は否定できない。
新自由主義グローバリズムの進行によって日本型雇用が大きく動揺し、多くの若者の不安定かつ低賃金の雇用状況が続くなか、授業料「後払い」制度による学費の「本人負担」は学生本人を一層追い込み、学費支払いのために経済的徴兵への「動員」に応じる選択を強いる危険性が高い。
授業料「後払い」制度と経済的徴兵制の関連性を見抜き、批判していくことが強く求められている。
『週刊新社会』(2024年4月3日)
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