学校に市場原理がもたらすもの
学校選択制度7年目の●東京都品川区では
安倍首相肝いりの教育再生会議は、「質の高い学校を予算配分で優遇する」「教諭の給料に査定で差をつける」などの素案をまとめ、検討に入った。
今、政府が躍起になって進めているのが、こうした学校現場への市場原理の導入だ。しかしビジネスの世界で効率的な手法は、子どもの世界に無用の格差を生み出すという危険性をはらんでいる。
全国に先駆けて学校選択制を導入した東京都品川区では七年を経て、「人気校」「不人気校」の極端な分化現象が起きている。それは日本の近未来図であるのだが-。 (山川剛史、片山夏子)
●「人気」の格差 極端に
品川区が全国初の学校選択制を区立小学校(四十校)に導入したのは二〇〇〇年度。区内を四つのブロックに分け、ブロック内で学校を自由に選択できるようにした。
中学校(十八校)については〇一年度から導入。こちらは区内どこからでも選択できる。
いきおい学校間で人気の差が生まれたが、小学校で目下の一番人気は昨年四月に区内で初めて開校した小中一貫校の日野学園だ。
近くのマンションで、来年小学生になる息子(五つ)を遊ばせていた父親(四二)は「すごい人気。子どものために隣の人はわざわざ引っ越してきた」と説明する。
学校選択制でも住所が旧学区外だと抽選になるため、近くの不動産屋には「学区内に引っ越したい」という問い合わせが区内外から多いという。また、住民票だけを移動して、学園に子どもを通わせる人もいる。
だが、父親は息子をどの学校に通わせるか悩む。「ここは御殿山小へも日野へも数分の距離。一貫校人気は聞こえてくるが九年同じ学校で、もしいじめがあったら…。公立は今いろいろ変わってどうなるか分からないし、その意味では私立の選択もあるかなと思う」
●熱意、施設、学級数…悩む親
同学園に通う二年生の息子(七つ)を車で送り迎えする母親(三六)は入学前、各校のホームページをチェック。「中学受験をさせたくなかったし、校舎も新しいし、学校体制も新しくなるかと期待した。抽選は厳しかったけれど、注目度が高い学校なので先生も頑張ってくれると思った」という。
阿部祐美子区議の長男(六つ)は今春、自宅近くの小学校に入学した。「一貫校と悩んだが、小中違う学校に通って環境を変えたり区切りをつけたりするのも必要と思った」と説明する。
学校選択制を「選んでもらうために学校が特色を出そうと努力せざるを得ないことで活性化された」と評価する一方で、「同じ幼稚園の親に、ある学校がいいと噂が流れるとわっと入学者が増える。すると近隣の学校はどんどん生徒が減ってしまう。負の循環に入ってしまう」と問題点を指摘する。また、抽選で兄弟が違う学校になってしまうことで精神的に不安定になる子も。「細かい救済制度も必要」が実感だ。
たしかに選択の理由はさまざま。迷った末、御殿山小に長男(六つ)を入学させた会社員(四〇)は「二階に全天候型の校庭を持つ日野学園に比べ、御殿山小の校庭には林もあり自然が豊か。学力調査でトップレベルにあることも魅力だった」。
日野学園に娘が通う母親(四六)は「過疎化してしまった学校より適正数の学級がある学校を選んだ人や、子どもの環境を安定させるため、これから統廃合される学校を避けて選んできた人もいる」と話す。
昨年の新入生(父母)へのアンケートでは、入学理由は「先生の熱意を感じた」が約四割、次いで「施設がきれい」「制服がかわいい」が続いた。
同学園の勝進亮次副校長は「(再生会議は)頑張った学校に予算配分するというが、何をもって頑張ったかという物差しを作り間違えると大変なことになる。親は学力への関心が高いが、各校ごとに取り組んでいる重点計画もあり、それだけで見ていないと信じたい」と話す。
●各校、独自色アピール
一方、学区内の児童六十七人のうち五十二人までが隣接校に流出した小学校もある。両校は徒歩でわずか数分の距離にあり、校舎の面積も古さも大きな差はない。人気の差の理由は何なのか。
両校の学区を歩くと、母親たち四人が子どもを遊ばせながら、"情報交換"する姿を公園に見つけた。いずれも来年子どもたちを隣の学区の人気校に行かせる予定なのだという。
「やっぱり、クラス替えもできないほど人数が少ないと、いじめがあった場合に六年間もつらい思いをする。それはリスクが高いと思って、幼稚園だって複数クラスある所を選んだ」一人が口火を切ると、別の母親が「幼稚園でほかのママに聞いても、『向こうの校長さんはエネルギッシュでいい』って話。確かめたわけじゃないけど、皆が向こうに行く。友達が減るのはイヤだし、子どもが取り残された感情を抱いたらかわいそう」と続いた。
さらに別の母親が「私は学校の質はそんなに違わないと思う。皆が行く小学校に行けるのか、決定を待つ間、不安な日々を送るくらいなら、学校選択制をやめてもらった方がいい。それなら、あきらめもつく」。
当の不人気校を訪ねると、校庭では子どもたちが元気に走り回っていた。副校長は「少人数の良さを出そうと、いろいろやってますよ。午前中に三十分間の休み時間をつくり、たっぷり遊ばせ、全学年で音楽を楽しむ時も。遠足では各学年を交ぜた班をつくり、高学年の子にはリーダーの役割を学んでもらう。子どもたちの学力も上がってきている。やがて選んでもらえる時が来ると思う。もっと早く独自のカラーを出しておけばよかった」とやや当惑した表情で語った。
各学校は、それぞれにホームページを作り、学力調査の結果をグラフに示して成果を誇る。少しでも児童を集めようと必死の思いがPR文から伝わる。
こうした現象は品川区だけで見られるわけではない。都内二十三区で学校選択制を導入した区は、すでに二十区になる。
●教育再生会議素案「公立の意味ない」
教育再生会議の素案では「教育現場の効率化」「真に実効性のある分野に投資を行う『選択と集中』」「『成果』や『実績』に応じた予算配分」などの言葉が並び、「教育の質の高い学校や児童生徒が多く集まる学校を予算配分で優遇する」とある。また「頑張っている教員を支援する」とし、80-120%の給与差をつけるとする。
教育現場に、競争と選択を持ち込もうという点で品川区とよく似ている。
教育再生会議の素案を、現場はどう考えるのか。
●「評価」に現場戸惑い
千葉県の中学校女性教員(四七)は「何を基準に学校に偏差値をつけるのか。結局、学カテストで比べるのか。予算のある学校とない学校で学べる環境に格差が出るのでは、義務教育や公立の意味がない」と憤る。
都内の小学校男性教員(五七)も「結局、子どもをランク付けし、差別することになる。『低い』とされた学校に通う子どもは、投げやりな気持ちになり、誇りを失う恐れもある」。
また、「この子がいると学級が崩壊するとか、学校成績が下がるなどの排除が生まれたり、排他的な雰囲気になったりする懸念もある。教育は国家百年の大計といいながら全体予算を削った上で、予算のぶんどり合戦をさせること自体がおかしい」とする。
教師の給与格差についても「教育委員会や国の思惑に沿った教員づくりに拍車を掛けるだけ。また、教員のランク付けが見えることで児童にも影響がでる」と反対する。
ある都立高校の女性教員は「『教員のリーダー』とのふれこみで、(教頭と教員の中間の)主幹制度が導入されたが、管理職なんかなりたくない人が増えている。だから、能力、資質がなくても手を挙げればなってしまう。競争による意欲どころか迷惑でしかない」。続けて「教員の評価にしても、校長には受けが良くなるよう従順、生徒にはマルをつけてもらえるよう甘くなれというの?」と怒り心頭の様子だ。
区立中学の男性主任教員は「セールスカがあり、マスコミの使い方がうまい校長らが優遇され、その校長の下にいれば恩恵もあるということなのだろう。こちらは校長を選べず、当たりはずれがありそう」。
素案にある「不適格教員の退出」についても、「かつて生徒との対話がうまくいかず、一人で黒板に話し続けるようになった同僚がいた。あれは彼のせいばかりではない。今は研修してバリバリやっている」と話し、短絡的な人事評価が横行することを危倶した。
●デスクメモ
教育機関に公財政から支出した経費(対GDP比・2003年)は、日本は3・5%でアイスランドの7・5%、デンマークの6・7%などに後れを取る。傾斜配分でコストカットなんぞ考えなくとも、教育の予算全体を大きくすればいいのでは。それとも本当に「選別」を狙っているのかな。何のためだ?(充)
『東京新聞』(2007年4月12日「こちら特報部」)
学校選択制度7年目の●東京都品川区では
安倍首相肝いりの教育再生会議は、「質の高い学校を予算配分で優遇する」「教諭の給料に査定で差をつける」などの素案をまとめ、検討に入った。
今、政府が躍起になって進めているのが、こうした学校現場への市場原理の導入だ。しかしビジネスの世界で効率的な手法は、子どもの世界に無用の格差を生み出すという危険性をはらんでいる。
全国に先駆けて学校選択制を導入した東京都品川区では七年を経て、「人気校」「不人気校」の極端な分化現象が起きている。それは日本の近未来図であるのだが-。 (山川剛史、片山夏子)
●「人気」の格差 極端に
品川区が全国初の学校選択制を区立小学校(四十校)に導入したのは二〇〇〇年度。区内を四つのブロックに分け、ブロック内で学校を自由に選択できるようにした。
中学校(十八校)については〇一年度から導入。こちらは区内どこからでも選択できる。
いきおい学校間で人気の差が生まれたが、小学校で目下の一番人気は昨年四月に区内で初めて開校した小中一貫校の日野学園だ。
近くのマンションで、来年小学生になる息子(五つ)を遊ばせていた父親(四二)は「すごい人気。子どものために隣の人はわざわざ引っ越してきた」と説明する。
学校選択制でも住所が旧学区外だと抽選になるため、近くの不動産屋には「学区内に引っ越したい」という問い合わせが区内外から多いという。また、住民票だけを移動して、学園に子どもを通わせる人もいる。
だが、父親は息子をどの学校に通わせるか悩む。「ここは御殿山小へも日野へも数分の距離。一貫校人気は聞こえてくるが九年同じ学校で、もしいじめがあったら…。公立は今いろいろ変わってどうなるか分からないし、その意味では私立の選択もあるかなと思う」
●熱意、施設、学級数…悩む親
同学園に通う二年生の息子(七つ)を車で送り迎えする母親(三六)は入学前、各校のホームページをチェック。「中学受験をさせたくなかったし、校舎も新しいし、学校体制も新しくなるかと期待した。抽選は厳しかったけれど、注目度が高い学校なので先生も頑張ってくれると思った」という。
阿部祐美子区議の長男(六つ)は今春、自宅近くの小学校に入学した。「一貫校と悩んだが、小中違う学校に通って環境を変えたり区切りをつけたりするのも必要と思った」と説明する。
学校選択制を「選んでもらうために学校が特色を出そうと努力せざるを得ないことで活性化された」と評価する一方で、「同じ幼稚園の親に、ある学校がいいと噂が流れるとわっと入学者が増える。すると近隣の学校はどんどん生徒が減ってしまう。負の循環に入ってしまう」と問題点を指摘する。また、抽選で兄弟が違う学校になってしまうことで精神的に不安定になる子も。「細かい救済制度も必要」が実感だ。
たしかに選択の理由はさまざま。迷った末、御殿山小に長男(六つ)を入学させた会社員(四〇)は「二階に全天候型の校庭を持つ日野学園に比べ、御殿山小の校庭には林もあり自然が豊か。学力調査でトップレベルにあることも魅力だった」。
日野学園に娘が通う母親(四六)は「過疎化してしまった学校より適正数の学級がある学校を選んだ人や、子どもの環境を安定させるため、これから統廃合される学校を避けて選んできた人もいる」と話す。
昨年の新入生(父母)へのアンケートでは、入学理由は「先生の熱意を感じた」が約四割、次いで「施設がきれい」「制服がかわいい」が続いた。
同学園の勝進亮次副校長は「(再生会議は)頑張った学校に予算配分するというが、何をもって頑張ったかという物差しを作り間違えると大変なことになる。親は学力への関心が高いが、各校ごとに取り組んでいる重点計画もあり、それだけで見ていないと信じたい」と話す。
●各校、独自色アピール
一方、学区内の児童六十七人のうち五十二人までが隣接校に流出した小学校もある。両校は徒歩でわずか数分の距離にあり、校舎の面積も古さも大きな差はない。人気の差の理由は何なのか。
両校の学区を歩くと、母親たち四人が子どもを遊ばせながら、"情報交換"する姿を公園に見つけた。いずれも来年子どもたちを隣の学区の人気校に行かせる予定なのだという。
「やっぱり、クラス替えもできないほど人数が少ないと、いじめがあった場合に六年間もつらい思いをする。それはリスクが高いと思って、幼稚園だって複数クラスある所を選んだ」一人が口火を切ると、別の母親が「幼稚園でほかのママに聞いても、『向こうの校長さんはエネルギッシュでいい』って話。確かめたわけじゃないけど、皆が向こうに行く。友達が減るのはイヤだし、子どもが取り残された感情を抱いたらかわいそう」と続いた。
さらに別の母親が「私は学校の質はそんなに違わないと思う。皆が行く小学校に行けるのか、決定を待つ間、不安な日々を送るくらいなら、学校選択制をやめてもらった方がいい。それなら、あきらめもつく」。
当の不人気校を訪ねると、校庭では子どもたちが元気に走り回っていた。副校長は「少人数の良さを出そうと、いろいろやってますよ。午前中に三十分間の休み時間をつくり、たっぷり遊ばせ、全学年で音楽を楽しむ時も。遠足では各学年を交ぜた班をつくり、高学年の子にはリーダーの役割を学んでもらう。子どもたちの学力も上がってきている。やがて選んでもらえる時が来ると思う。もっと早く独自のカラーを出しておけばよかった」とやや当惑した表情で語った。
各学校は、それぞれにホームページを作り、学力調査の結果をグラフに示して成果を誇る。少しでも児童を集めようと必死の思いがPR文から伝わる。
こうした現象は品川区だけで見られるわけではない。都内二十三区で学校選択制を導入した区は、すでに二十区になる。
●教育再生会議素案「公立の意味ない」
教育再生会議の素案では「教育現場の効率化」「真に実効性のある分野に投資を行う『選択と集中』」「『成果』や『実績』に応じた予算配分」などの言葉が並び、「教育の質の高い学校や児童生徒が多く集まる学校を予算配分で優遇する」とある。また「頑張っている教員を支援する」とし、80-120%の給与差をつけるとする。
教育現場に、競争と選択を持ち込もうという点で品川区とよく似ている。
教育再生会議の素案を、現場はどう考えるのか。
●「評価」に現場戸惑い
千葉県の中学校女性教員(四七)は「何を基準に学校に偏差値をつけるのか。結局、学カテストで比べるのか。予算のある学校とない学校で学べる環境に格差が出るのでは、義務教育や公立の意味がない」と憤る。
都内の小学校男性教員(五七)も「結局、子どもをランク付けし、差別することになる。『低い』とされた学校に通う子どもは、投げやりな気持ちになり、誇りを失う恐れもある」。
また、「この子がいると学級が崩壊するとか、学校成績が下がるなどの排除が生まれたり、排他的な雰囲気になったりする懸念もある。教育は国家百年の大計といいながら全体予算を削った上で、予算のぶんどり合戦をさせること自体がおかしい」とする。
教師の給与格差についても「教育委員会や国の思惑に沿った教員づくりに拍車を掛けるだけ。また、教員のランク付けが見えることで児童にも影響がでる」と反対する。
ある都立高校の女性教員は「『教員のリーダー』とのふれこみで、(教頭と教員の中間の)主幹制度が導入されたが、管理職なんかなりたくない人が増えている。だから、能力、資質がなくても手を挙げればなってしまう。競争による意欲どころか迷惑でしかない」。続けて「教員の評価にしても、校長には受けが良くなるよう従順、生徒にはマルをつけてもらえるよう甘くなれというの?」と怒り心頭の様子だ。
区立中学の男性主任教員は「セールスカがあり、マスコミの使い方がうまい校長らが優遇され、その校長の下にいれば恩恵もあるということなのだろう。こちらは校長を選べず、当たりはずれがありそう」。
素案にある「不適格教員の退出」についても、「かつて生徒との対話がうまくいかず、一人で黒板に話し続けるようになった同僚がいた。あれは彼のせいばかりではない。今は研修してバリバリやっている」と話し、短絡的な人事評価が横行することを危倶した。
●デスクメモ
教育機関に公財政から支出した経費(対GDP比・2003年)は、日本は3・5%でアイスランドの7・5%、デンマークの6・7%などに後れを取る。傾斜配分でコストカットなんぞ考えなくとも、教育の予算全体を大きくすればいいのでは。それとも本当に「選別」を狙っているのかな。何のためだ?(充)
『東京新聞』(2007年4月12日「こちら特報部」)
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