《子どもと教科書全国ネット21ニュースから》
◆ 返したくても返せない--奨学金問題の現状と課題
◆ 奨学金を借りなければ大学進学ができない
--奨学金利用者の急増
奨学金問題が社会の焦点となっている。このことは奨学金制度の変化に加えて、社会の急速な貧困化と雇用の劣化を背景としている。
現在、話題となっている奨学金をめぐる状況は、かつてとは大きく異なっている。終身雇用と年功序列型賃金を特徴とする日本型雇用が維持されていた1990年半ばまでは、大学進学者の家庭の多くは子どもの学費を支払うことが可能であり、奨学金利用者は大学生全体のなかでは少数派であった。
しかし、バブル経済崩壊後の経済状況の悪化、新自由主義的グローバリゼーションの進行は日本型雇用を解体し、非正規雇用の増加と正規雇用労働者の待遇悪化という事態をもたらした。
民間企業労働者の平均年収は1997年の467万円から2012年には408万円へと大きく減少した(国税庁「民間給与実態統計調査」)。
「子どもが成長する頃には賃金が上がる」年功序列型賃金制度の解体によって、奨学金を借りることなしには、子どもを大学に通わせることが困難な家庭が増加した。
全大学生(学部生・昼間部)のなかで奨学金を利用している者の割合は、1996年の21・2%から2012年には52・5%に急上昇している。
民間企業労働者の平均年収や世帯の平均所得の減少と奨学金受給率の上昇の時期が、ぴったりと重なっている。
奨学金受給率が全大学生の約2割から5割以上へと増加したことは、量的な変化にとどまらず、質的な変化を意昧している。
かつて大学に通っていた世代は、奨学金と聞くと経済的に厳しい家庭の出身者のみが利用するものというイメージを持っている人が多い。
しかし、現在の奨学金は、経済的に厳しい状況に置かれた少数派の学生に限られた問題ではなく、大学生の多数派に関わる問題となった。現在では、奨学金を利用することなしには大学進学できない学生が多数を占めるようになったのである。
◆ 奨学金制度の金融事業化
--無利子から有利子に
奨学金利用者が増加したことに加えて、奨学金制度も大きく変化した。無利子奨学金から有利子奨学金への移行が進んだのである。
有利子貸与奨学金の増加に拍車をかけたのが、1998年4月に出された「きぽう21プラン」であった。
ここで有利子貸与奨学金の採用基準が緩和されるとともに、貸与人数の大幅な拡大が図られた。
財政投融資から日本育英会への支出は1998年の498億円から1999年の1262億円へと一年間で約2・5倍に増加し、2001年には有利子貸与が無利子貸与の貸与人数を上回った。
さらに1998年から2013年の15年間に有利子の貸与人員は約9・3倍、事業費は約14倍にも膨れ上がった。
同時期に無利子の貸与人員は約1・6倍、事業費は約1・7倍にしか増加せず、この間に奨学金制度の中心は無利子から有利子へと移行したことになる。
日本学生支援機構の奨学金は貸与制であり、返済が問題となる。
多数派である有利子の第二種奨学金の場合だと次のようになる。
月に10万円を借りると、4年間の貸与総額は480万円になる。
上限利率の3%で計算すると返済総額は645万9510円となる。
この場合、毎月の返済額は2万6914円で、返済年数は20年となる。
23歳から返済を始めて43歳までかかる。
月に約2万7000円という返済額は莫大であり、これが大きな負担となることは間違いない。
こうした負担の重さが原因となって、2012年に返済すべき奨学金を滞納した入は約33万4000人で、期限を過ぎた未返済額は過去最高の約925億円に上る。
奨学金返済を滞納している人に対して、「甘えている」とか「借りたものを返すのは当たり前だ」という声が存在するが、そこには急速に進んでいる労働市場の劣化と若年層の貧困化への視点が欠けている。
奨学金返済を滞納している人の多くが、「返したくても返せない」というのが実情である。
◆ 奨学金制度改善へ向けての動き
--社会問題として「可視化」
2012年9月1日に、愛知県の大学生が有利子奨学金の無利子化や給付型奨学金の導入を目指して、「愛知県学費と奨学金を考える会」(ホームページhttp://syougakukin2012.web.fc2.com/ フェイスブックhttp://www.facebookcom/aichi.ATS)を立ち上げた。
学生たちの活動に触発されたかたちで、2013年3月31日に奨学金返済困難者の救済と奨学金制度の改善を目指す全国組織として、「奨学金問題対策全国会議」(ホームページhttp://syogakukin.zenkokukaig.net/ フェイスブックhttps://www.facebook.com/syougakukin)が結成された。
これらの運動が広がったことによって、奨学金問題が社会問題として「可視化」された。新聞やテレビなどでの報道が増加し、奨学金返済に苦しむ当事者の声がメディアを通して伝えられた。
当事者の声や奨学金制度の実情が報道されるにつれ、奨学金問題の焦点が「返さない」個人のモラルの問題から、奨学金制度が抱える構造上の問題や「返せない」若年層の貧困問題へと徐々に移動していった。
2014年度において延滞金賦課率10%から5%への引き下げ、奨学金返還猶予期限の5年から10年への延長、無利子の第一種奨学金利用者枠の増加などの制度改善が行われた。
2015年以降、奨学金問題対策全国会議や労働者福祉中央協議会(中央労福協)は、給付型奨学金の導入を求める社会運動を展開し、世論に大きな影響を与えた。
これを受けて政府は、2016年12月に返済不要の給付型奨学金導入を決定した。
住民税非課税世帯の1学年2万人が対象で、2018年度からの開始である。
私立大学の下宿生や児童養護施設出身者ら約2650人については、2017年度から先行実施することとなった。
◆ 今後の課題--給付中心の制度を
今回の給付型奨学金の導入は、従来「貸与のみ」であった日本の奨学金制度を改善していく重要な一歩である。
しかし、今回の政府案は対象人数、給付額も極めて限定されたものにとどまっている。
たとえば給付される1学年2万人という数は、2016年度の日本学生支援機構の貸与者数約132万人に対して、ごく少数である。
現在では奨学金利用者は、大学進学者の半数以上となっている。日本型雇用の解体による親の所得低下によって、中間層を含む多くの世帯が、子どもの学費を負担することが困難になっていることを、見逃してはならない。
ごく一部の貧困層のみを救うという視点だけでは、現在の教育費問題を解決することはできないのである。
重要なことは、今回の給付型奨学金の導入をきっかけとして、対象人数の増加や給付型奨学金の増額を実現していくことである。そして、給付中心の奨学金制度を実現していくことが、今後の重要な課題である。
◇参考文献大内裕和『奨学金が日本を滅ぼす』(朝日新書)
(おおうちひろかず)
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 116号』(2017年10月)
◆ 返したくても返せない--奨学金問題の現状と課題
大内裕和(中京大学教授)
◆ 奨学金を借りなければ大学進学ができない
--奨学金利用者の急増
奨学金問題が社会の焦点となっている。このことは奨学金制度の変化に加えて、社会の急速な貧困化と雇用の劣化を背景としている。
現在、話題となっている奨学金をめぐる状況は、かつてとは大きく異なっている。終身雇用と年功序列型賃金を特徴とする日本型雇用が維持されていた1990年半ばまでは、大学進学者の家庭の多くは子どもの学費を支払うことが可能であり、奨学金利用者は大学生全体のなかでは少数派であった。
しかし、バブル経済崩壊後の経済状況の悪化、新自由主義的グローバリゼーションの進行は日本型雇用を解体し、非正規雇用の増加と正規雇用労働者の待遇悪化という事態をもたらした。
民間企業労働者の平均年収は1997年の467万円から2012年には408万円へと大きく減少した(国税庁「民間給与実態統計調査」)。
「子どもが成長する頃には賃金が上がる」年功序列型賃金制度の解体によって、奨学金を借りることなしには、子どもを大学に通わせることが困難な家庭が増加した。
全大学生(学部生・昼間部)のなかで奨学金を利用している者の割合は、1996年の21・2%から2012年には52・5%に急上昇している。
民間企業労働者の平均年収や世帯の平均所得の減少と奨学金受給率の上昇の時期が、ぴったりと重なっている。
奨学金受給率が全大学生の約2割から5割以上へと増加したことは、量的な変化にとどまらず、質的な変化を意昧している。
かつて大学に通っていた世代は、奨学金と聞くと経済的に厳しい家庭の出身者のみが利用するものというイメージを持っている人が多い。
しかし、現在の奨学金は、経済的に厳しい状況に置かれた少数派の学生に限られた問題ではなく、大学生の多数派に関わる問題となった。現在では、奨学金を利用することなしには大学進学できない学生が多数を占めるようになったのである。
◆ 奨学金制度の金融事業化
--無利子から有利子に
奨学金利用者が増加したことに加えて、奨学金制度も大きく変化した。無利子奨学金から有利子奨学金への移行が進んだのである。
有利子貸与奨学金の増加に拍車をかけたのが、1998年4月に出された「きぽう21プラン」であった。
ここで有利子貸与奨学金の採用基準が緩和されるとともに、貸与人数の大幅な拡大が図られた。
財政投融資から日本育英会への支出は1998年の498億円から1999年の1262億円へと一年間で約2・5倍に増加し、2001年には有利子貸与が無利子貸与の貸与人数を上回った。
さらに1998年から2013年の15年間に有利子の貸与人員は約9・3倍、事業費は約14倍にも膨れ上がった。
同時期に無利子の貸与人員は約1・6倍、事業費は約1・7倍にしか増加せず、この間に奨学金制度の中心は無利子から有利子へと移行したことになる。
日本学生支援機構の奨学金は貸与制であり、返済が問題となる。
多数派である有利子の第二種奨学金の場合だと次のようになる。
月に10万円を借りると、4年間の貸与総額は480万円になる。
上限利率の3%で計算すると返済総額は645万9510円となる。
この場合、毎月の返済額は2万6914円で、返済年数は20年となる。
23歳から返済を始めて43歳までかかる。
月に約2万7000円という返済額は莫大であり、これが大きな負担となることは間違いない。
こうした負担の重さが原因となって、2012年に返済すべき奨学金を滞納した入は約33万4000人で、期限を過ぎた未返済額は過去最高の約925億円に上る。
奨学金返済を滞納している人に対して、「甘えている」とか「借りたものを返すのは当たり前だ」という声が存在するが、そこには急速に進んでいる労働市場の劣化と若年層の貧困化への視点が欠けている。
奨学金返済を滞納している人の多くが、「返したくても返せない」というのが実情である。
◆ 奨学金制度改善へ向けての動き
--社会問題として「可視化」
2012年9月1日に、愛知県の大学生が有利子奨学金の無利子化や給付型奨学金の導入を目指して、「愛知県学費と奨学金を考える会」(ホームページhttp://syougakukin2012.web.fc2.com/ フェイスブックhttp://www.facebookcom/aichi.ATS)を立ち上げた。
学生たちの活動に触発されたかたちで、2013年3月31日に奨学金返済困難者の救済と奨学金制度の改善を目指す全国組織として、「奨学金問題対策全国会議」(ホームページhttp://syogakukin.zenkokukaig.net/ フェイスブックhttps://www.facebook.com/syougakukin)が結成された。
これらの運動が広がったことによって、奨学金問題が社会問題として「可視化」された。新聞やテレビなどでの報道が増加し、奨学金返済に苦しむ当事者の声がメディアを通して伝えられた。
当事者の声や奨学金制度の実情が報道されるにつれ、奨学金問題の焦点が「返さない」個人のモラルの問題から、奨学金制度が抱える構造上の問題や「返せない」若年層の貧困問題へと徐々に移動していった。
2014年度において延滞金賦課率10%から5%への引き下げ、奨学金返還猶予期限の5年から10年への延長、無利子の第一種奨学金利用者枠の増加などの制度改善が行われた。
2015年以降、奨学金問題対策全国会議や労働者福祉中央協議会(中央労福協)は、給付型奨学金の導入を求める社会運動を展開し、世論に大きな影響を与えた。
これを受けて政府は、2016年12月に返済不要の給付型奨学金導入を決定した。
住民税非課税世帯の1学年2万人が対象で、2018年度からの開始である。
私立大学の下宿生や児童養護施設出身者ら約2650人については、2017年度から先行実施することとなった。
◆ 今後の課題--給付中心の制度を
今回の給付型奨学金の導入は、従来「貸与のみ」であった日本の奨学金制度を改善していく重要な一歩である。
しかし、今回の政府案は対象人数、給付額も極めて限定されたものにとどまっている。
たとえば給付される1学年2万人という数は、2016年度の日本学生支援機構の貸与者数約132万人に対して、ごく少数である。
現在では奨学金利用者は、大学進学者の半数以上となっている。日本型雇用の解体による親の所得低下によって、中間層を含む多くの世帯が、子どもの学費を負担することが困難になっていることを、見逃してはならない。
ごく一部の貧困層のみを救うという視点だけでは、現在の教育費問題を解決することはできないのである。
重要なことは、今回の給付型奨学金の導入をきっかけとして、対象人数の増加や給付型奨学金の増額を実現していくことである。そして、給付中心の奨学金制度を実現していくことが、今後の重要な課題である。
◇参考文献大内裕和『奨学金が日本を滅ぼす』(朝日新書)
(おおうちひろかず)
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 116号』(2017年10月)
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