昔よく聞いたアルバム Jorge Winston の曲をYouTubeで見つかました。
どうしてあの頃は あんなにこのアルバムを聞くことができたのかな。
そんな気持ちになりました。
日本で聞いていたはずなのに、思い出すのはリオの頃の思い出。
なぜか友人たちと散々飲んだ あの夜のこと。
ブラジル人の友人は、その晩 ワインを2本空けた後、長年不倫の関係にあった彼氏に別れを告げに行くと私たちに語りました。
いいかげんに酔っぱらっていた私たちも「そうだ!!言ってやれ!!」と勝手なことを言って別れた後、やっぱり心配になって「気をつけて、無理しないで!!」と伝えに行きました。
一番若かった私が伝えに走らされ、酔っぱらった勢いで足がもつれて横断歩道で派手にすっ転びました。
膝小僧は激しく擦りむけ、肩から片頬まで見事に擦り傷だらけでした。
頭の中には瞬間的に「酔っ払い日本人 横断歩道で酔っぱらって車にはねられる」なんてテロップが流れたほど。
それでも無事にブラジル人友人は不倫男性と別れ、素敵な伴侶を得ました。
私もその時残っていた友人たちが、擦り傷血だらけの私を なぜか現夫のところに放り込んでくれたかいあり、ブラジルに永住することになりました。
その時から何年か後、ブラジル人友人は私と一緒に働いていた職場を退職し、仕事で関係のあった方と穏やかな家庭を持ちました。
私がブラジルでの職を辞し、日本で退職・夫との結婚手続きをした後またブラジルに戻ってきてしばらくした頃、彼女の訃報を聞きました。
待ち望んでいた子供さんを妊娠しあと、高齢出産による高血圧に悩まされていた彼女、予定日も近かったある日、発作に見舞われ、慌てて家族が呼んだ救急車の中で息を引き取ったそうです。
救急車の中瀕死の彼女の処置をする救急隊員は、とっさの判断で胎児を彼女の胎内から救い出しました。
普通ならば家族の同意が必要なのだそうですが、それをする余裕もないぐらいの危うい処置だったそうです。
彼女はそのまま旅立ちました。
右も左もわからないブラジルという国に来た私を、様々な面で助けてくれて、励ましてくれた友人でもあり家族のような存在の彼女でした。
彼女の胎内から助け出された赤ちゃんは、彼女のご主人様の家族のもとで無事に育てられたということです。
ちょうど うちの娘ち同じ年頃です。
母親のことなど忘れてしまっているかな?
でも、私のブラジルでの生活は彼女の助けがなくては成り立たなかった。
私のブラジルでの生活は、そんな方たちとの思い出ばかりなのです。
彼女のような人たちとの思い出が 私をブラジルにひきつけるのです。
Jorge Winston のピアノが私の心の底にある思い出を揺り起こすのは、彼のピアノ曲に大きな主張がないからかもしれません。
彼のピアノ曲を貫いているのは大きな主張というより、誰の心にもある小さなメランコリー。
そんなメランコリーのひとかけらが、人の心の奥底に働きかけるのかもしれません
そんな小さな思い出のかけらを 大切にして生きていきたいと思っています。