丸森町から! 一條己(おさむ)のほっとする丸森

15頭の乳牛と田に30羽の合鴨。畑に特産ヤーコンを作っています。訪れるだけで「ほっとする町」丸森町の様子をつづります。

「ほっとする丸森」会報発行します

2014-02-17 14:59:32 | 日記

      ごあいさつ

  皆様にはご健勝のこととお喜び申し上げます。

 先日、筆甫まちづくりセンターで「へそ大根つくり体験ツアー」が行われました。他にも平成23年3月11日の東日本大震災以降途絶えがちだったグリーンツーリズが、復活しています。「まるもり手しごと館」にも、町外から「藁細工」や「はた織り」を習いに来る方がいます。新しい仲間は、みんな「技の匠」や「織り姫」たちと和気あいあいやっています。「次世代に良い故郷を残すために」今後も後援会活動にご協力をお願い申しあげます。

平成26年1月吉日

一条おさむ後援会会長 菊池千代治

 

<手しごと館の織機>

H24年12月定例会一般質問

1、 復興事業と交通安全について

2、保育所・中学校の跡地利用を

私はこれまで跡地は福祉施設にしてはどうかと提案してきた。

oほかの町の施設を利用していた方が地元で暮らせる。

o雇用の場が生まれる。まちづくりセンターのように職場があれば想定したよりも若い方々が勤められる。外に出て行くのを防ぎ、出て行った方を呼び戻すことができる。

 建物の規制や法律も違ったものになる。車椅子の方がいれば2階以上にはエレベーター・風呂の設置や改修が必要になる。また、中学校の体育館は災害時の避難施設になる。東日本大震災のときも南相馬の市民が筆甫中学校に避難したが、お風呂や発電機などの確保が難しかった。福祉施設ならば、一般の高齢者も災害のときに利用可能な部分が多々ある。隣にある施設として災害時に協力する協定を結ぶなどして支援を積極的に行い、誘致を進めるべきである。

 

 これまで丸森町を支えてきた方々の安心のために、学校跡地利用で介護施設の空白地区を無くしましょう。

   <みんなの代弁者>

H25年3月定例会一般質問

 丸森中学校の修学旅行「東京で丸森の風吹かせっぺ」町への提言について

 町長は中学生の提言を受け、町政にどう生かしていくと彼らに話をしたのか。

 彼らが学んだ丸森町の魅力作りは。

oスカイツリーを見て、「シンボルを決めてそれを中心とした街づくり」

o高齢者も子供も楽しめる優しい観光

o町は放射能被害を受けている。放射能イコール汚いことと思わせない環境整備は大切。観光客が喜ぶ町にする町民全員で行うプロジェクトの実施。  

私の9月総括質疑への担当課長等の答弁

o提案制度は、積極的に職員が提案できるように環境を整えて、周知をしていきます。

o職員の喫煙時間については大変難しい部分がありまして、庁舎の内部でもいろいろ議論にはなっており、引き続き検討します。

oディスティネーションキャンペーンを機会に交流者が増加しておりますし、一部直売所で販売目標をクリアしているところもあります

o塩化カリを無償配付するセシウムの吸収抑制対策で、全て不検出ということでした。

o町営放牧場の草地21.7ヘクタールの除染を実施しましたが一部の草地の草から基準値を超えるセシウムが出て非常に残念に思います。

o元気な丸森発信事業の効果の一つですが、交付決定額が422万6,000円です。それに対する販売額は3倍。あわせて、事業による参加人数は19万9,000人というふうなことで、一定の効果はありました。

o昨年度全国的に体罰等の調査がありました。

保護者のほうから直接学校長のほうに回答するもので、その結果では、当町ではありませんでした。

oいじめや体罰については、学校教育を進める上で最も避けなければいけないもので、町内の教育界全てにおいてこのいじめ体罰の防止について指導を強めています。

<グーグルアースで上空から見た丸松> 

H25年6月定例会一般質問

 「丸松」「百々石公園」の整備をして町のシンボルにしてはどうか。

 

  <百々石公園より丸森大橋を望む> 

H25年9月定例会一般質問

 幼保小中一貫教育

oたんぽぽこども園には0歳児から子供たちがいて、町は0歳児から15歳までの教育をするようになった。子供達がより良い目標に到達するための一貫した教育をするチャンスである。

o少子化を逆手にとって、地域とのつながりの教育や地域で起業して少子化を解消する教育に取り組んではどうか。

H25年12月定例会一般質問

 水源の里対策について

o水源の里に介護施設は必要と考えているか。

o農政の大転換は家族経営の地域に強い影響を与える。町の対策は。

oバイオや小水力などのクリーンエネルギーの利用普及に取り組んでは。

ブログhttp://blog.goo.ne.jp/osamu1954

 

O筆甫で文化講演会

 

筆甫まちづくりセンターで、元公立志津川病院内科医長、丸森町国民健康保険丸森病院内科医長、菅野武医師の講演会を聞きました。2011年3月11日、志津川病院で震災に遭い、患者やスタッフと懸命に闘いました。脱出するまでの、震災の様子や、これから私たちがすべきこと、医師としてできることなどをわかりやすく。また津波が押し寄せてきて、自分たちは死を覚悟。自分であることがわかるように、互いに油性マジックで腕や身体に名前を書きあったそうです。次は酒でも飲みながら筆甫の皆さんと話したいと言う、きさくな人柄と医師としての責任感の強さと行動力。アメリカのタイム誌に「世界で最も影響力のある100人」に選ばれました。最近では高知県でも県職員に講演をされ、災害医療アドバイザーを委嘱された先生のブログは下記です。http://flat.kahoku.co.jp/u/flockofbirds/kwilsymqD1a2ILUQn8Mv/         

O椎名千恵子さんのお話を聞く会

 

 <被災者の責任です。「脱原発」へ!拳>

 「梅、茶木の剪定、雑多な用に追われるスローライフは忙しいのである。でも、それは、自分の命を巡らすために自分が納得していることだから、辛くとも心が捻じれることにはならない。肝を入れてこなせば、創意工夫の楽しさ、達成感等が手応えになってかえってきた。しばらく経つと、一年のながれの見通しもついてきた。麹作りから始まる地酒づくり、うどん、パン、そこそこの野菜の自給が可能になっていた。生活費を補う民宿経営も軌道にのり、国内外からの

研修生、同じ思いで移り住んでくる友人たちも増えてきていて楽しかった。生きるための日課をいそいそとこなしていると、満ち足りた思いが沸々と湧きあがってくるのだった。ようやくここまで来た。あとは、“今日は死ぬのにもってこい”の境地に向かって残りの人生を紡いで行くことだった。しかし、ここまでだった。3,11で幕は降ろされた。」震災後、彼女は娘と孫の住む福島市に移り、原発いらない運動。3年ぶりです。

O耕野で上林功コンサート 外では

 

 

<こうやってみっぺ市>焼きサンマ・玉こんにゃく・焼きそば・フランクフルト・野菜・缶詰・蜂蜜が販売されてました。 

O震災を糧にエコの町“伊具高優勝”

 

 

前回は401㎞/ℓで3位。今度は1位で654km/

ℓ 町のイベントとして小斎の道路で記念走行を!

技術と太陽光・小水力・バイオマスの町に

O佐用町の放射光施設を視察

 

牛乳と子育て日本一と放射光の町は理想郷。放射線が見える現象の1つが青い光の「チェレンコフ放射光」です。

<この機械が円形に1.4キロ連なってます>

Oここに、信号機がほしいですね

梁川町の見通し悪い交差点にこんな看板が立てられました。何年かして信号機がつけられました。また、なかなか困難な事業の実現に効果的なのは何かと関係者に尋ねたら「看板」とか「横断幕」に書いてあると、案外、あそこにあったと覚えているとアドバイスされたこともあり、2011年1月、後援会の看板に下記の3つの標語をいれました。地元の方や県会議員が見てました

O子供に未来を

 親はもちろん、皆が子供たちの未来に期待してます。急速に少子高齢化が進む当町ですが、「子供や高齢者に寄り添い、しあわせを実感できる町にしたい。」国が子育て支援に力をいれてます。第1子からの保育料無料化や第2の「こども園」も早めに実現出来ると良いですね。

Oこの道を広げよう

 危険な県道丸森霊山線の日向~中通りと丸森梁川線の伊具高~川田島は、なかなか改良されないので看板を立てました。

O森が育てた丸森米

 森に感謝して!書きました。有機農業や環境保全型農業が盛んな丸森町。逆に子供や農業と原発は共存できませんね。

 

<東北蘭展は水族館とのコラボ>

O私の政務調査費について

1期目はありませんでした。

2期目は会派の政務調査には自費で参加

3期目は調査費で放射能講演会を開催。

 政務調査費は町民が主催する研修などの会費にも使えるそうですが、普通、町民が自己負担なのに議員だけが政務調査費はおかしいと思うので使いません。

O宍戸秀逸さんが議会運営委員会委員になりました。議長が選任しました。議員として適正だと思う方を選んだのです。

O除染や健康調査・損害賠償を福島並みにすることを国や県・東電に要望しています。