OMTインフォメーション

翻訳のこと、会社のこと、生活のこと、音楽のこと、読書のこと

サイドマン

2010-12-05 17:35:15 | 日記
私の音楽活動はもっぱらブルースのサイドマンである。

サイドマンゆえの気楽さというものもあるが、辛さという
ものもある。

まず、フロントマンがダメだと、どんな演奏してもダメ(修復不可能)
であるということ。
また、上手い演奏をするフロントでも自分のことしか頭にないことが多く、
バックがどれだけ演奏を盛り上げているのか、ということに無関心なことが
多い。

そして目立てないということ。まあ、これは役割分担でしかたの
ないことと割り切ってはいるが、これから舞台に立つという時に
フロントの名前しか紹介しないようなダメなライブハウスでがっかりする時がある。
ライブハウスの店長ならば、自分が演奏する、しないに関わらず、
出演するミュージシャンに敬意を払うのは当然である。
なんで、ギャラもろくに払わないような奴にペコペコしなきゃならないのか
よくわからん。ミュージシャンくずれの奴にかぎって傲慢なことが多い。

リスナーはリスナーでサウンド全体のおもしろさを知っていて
また自分が楽しもうという気持ちで来ている人は実は稀である。
自分の息子の発表会でも観に行っているような感覚なのだろう。
だから私の存在そのものに気がつかない人もいる(笑)。

そして最もやっかいなのが、ろくに演奏もできないくせに舞台に立ちたがる奴。
場末のカラオケバーじゃないんだぞ!
100年やっても、私とは一緒にやる資格はあなたにはありませんよ、
と心の中で思っている。時々うしろから蹴りをいれたくなる。

じつは先日は、あんまりちんけな演奏する奴がいたんで、舞台上で
どなりつけてしまった…、これはちょっと反省。

いいミュージシャンと演れた時は本当に楽しい。
そういう人はしっかりバックの音を聴いてくれるのでサウンドに
一体感が生まれる。場内全体がグルーブしてゆく。

そしていいお客さんたちの前で演奏する時も大好きだ。
そういう人たちは心から演奏を楽しもうとしている。
とてもバランスよく全体を聴いてくれているしね。

ミュージシャンはリスナーが思う以上に、舞台下を見ているものだ。
そう、上から目線でね。

だけどいつも思っているよ、「ありがとう」って…。
わかってくれよ。



翻訳会社オー・エム・ティの公式ウェブサイト