子供が生まれてまだ2カ月に満たないのだが、とかく子育ては大変である。
男の私がいうセリフではないのかも知れないが、
24時間、子供の面倒をみている妻の様子をみるにつけそう思う。
とにかく「セオリーが通用しない」のことが多すぎる。
本を何冊も読み、インターネットで検索しまくり、
ある程度のセオリーを学び、それにしたがうのだが、
どうやったって本に書いてあるようにうまくいかないことが多い。
お医者さんによって、また本によってその対処法が異なることもある。
たとえば、オヘソは私たちが子供の頃は、ベビーパウダーを
パタパタはたいたりしたものだが、現代では、パウダーが
赤ちゃんの肺に入ったりする弊害もあるらしく、基本は消毒液を綿棒に
浸してきれいにしてやる。古い助産師さんはパウダーを進めるが、
若い助産師さんなどは「絶対にやめろ」という。
1日のマックスのミルクの授乳量、一度に与えるミルクの量などは
母乳の量によっても異なってくるのだが、補助的に与えるミルクの
量はお医者さん、助産師さんによってまちまちだ。
また母乳の量が1日中、一定であることはあり得ない。
多少の増減は調整してよいのだろうが、母乳がどのくらいでたのかを
判断することはとても難しい。
赤ちゃんの様子をみて判断するしかないのだが、赤ちゃんというのは
実はたとえ満たされていても、ミルクを与えれば飲んでしまうものなのだ。
それなのに無制限に与え続けていると肥満児になってしまう。
「満ち足りていれば(おっぱいも、おむつも)赤ちゃんは泣き止む」という
助産師さんもいるが、私も80%くらいは同意するが、20%くらいのところで
同意できないものがある。かたや与えるミルクの量を制限されて、
「そして赤ちゃんが泣き止まないのは何かが足りないせいだ」といわれて
しまうと、いわゆる「よく泣く」赤ちゃんをもつ母親は精神的にどんどん
追い込まれてしまうだろう。
赤ん坊の泣き声というのは「胸が切り裂かれる」ように心に響くものだ。
こうして母親は自分の育児に自信がもてなくなってしまう。
そんな時に旦那に「お前は子育てが下手だ」などといわれようものなら、
それこそである。旦那を蹴飛ばすことができるような強い人ならいいが、
だまって耐え忍ぶ女性にとっては、それは地獄である。
『育児の百科/松田道雄著』(岩波文庫)にも「よく泣く子」について
書かれているが、20人に一人くらいの割合でそういう子がいるらしい。
この記述を読んだ時、かなり精神的負担が軽減された。
病気でもなんでもない、子育てに問題があるわけでもない、
ただそういう子がいるのだ、と思って柔軟に対処しようと思った。
思うに、最近の育児のセオリーは禁則が多すぎる気がする。
そして禁則が多い割には、それを回避する手段を十分に提供しているとは
いえない気がする。
それでも泣き止まない赤ちゃんに対しても、「だっこする」、「湯冷ましを与える」、
「砂糖湯を与える」、いや、「ミルク、おっぱい以外は与えてはならない」
「車にのせる」、「外気にさらす」等諸説紛々、はたまた、「なんとかしてしのぐ」…と、
こうなってくると、あまりに非科学的な根性論で、本をビリビリに破いてやりたい
くらい腹が立ってくる。
結局のところ、個体差に応じて、様々なセオリーを使いわけてゆくしかないのだと
思う。
それにしてもここ2カ月に満たない苦労の中ではあるが、
なんとなくわかってきたこともある。
この子なりのセオリーが少しは見えてきた気もしている。
もちろん「子育てにセオリーが通用しない」ということも。
なによりも子育ては大変だけど、それは苦しみではなく喜びなのだということが
実感できるようになってきた気がする。
この子にはスリングは効いた!
翻訳会社オー・エム・ティの公式ウェブサイト
男の私がいうセリフではないのかも知れないが、
24時間、子供の面倒をみている妻の様子をみるにつけそう思う。
とにかく「セオリーが通用しない」のことが多すぎる。
本を何冊も読み、インターネットで検索しまくり、
ある程度のセオリーを学び、それにしたがうのだが、
どうやったって本に書いてあるようにうまくいかないことが多い。
お医者さんによって、また本によってその対処法が異なることもある。
たとえば、オヘソは私たちが子供の頃は、ベビーパウダーを
パタパタはたいたりしたものだが、現代では、パウダーが
赤ちゃんの肺に入ったりする弊害もあるらしく、基本は消毒液を綿棒に
浸してきれいにしてやる。古い助産師さんはパウダーを進めるが、
若い助産師さんなどは「絶対にやめろ」という。
1日のマックスのミルクの授乳量、一度に与えるミルクの量などは
母乳の量によっても異なってくるのだが、補助的に与えるミルクの
量はお医者さん、助産師さんによってまちまちだ。
また母乳の量が1日中、一定であることはあり得ない。
多少の増減は調整してよいのだろうが、母乳がどのくらいでたのかを
判断することはとても難しい。
赤ちゃんの様子をみて判断するしかないのだが、赤ちゃんというのは
実はたとえ満たされていても、ミルクを与えれば飲んでしまうものなのだ。
それなのに無制限に与え続けていると肥満児になってしまう。
「満ち足りていれば(おっぱいも、おむつも)赤ちゃんは泣き止む」という
助産師さんもいるが、私も80%くらいは同意するが、20%くらいのところで
同意できないものがある。かたや与えるミルクの量を制限されて、
「そして赤ちゃんが泣き止まないのは何かが足りないせいだ」といわれて
しまうと、いわゆる「よく泣く」赤ちゃんをもつ母親は精神的にどんどん
追い込まれてしまうだろう。
赤ん坊の泣き声というのは「胸が切り裂かれる」ように心に響くものだ。
こうして母親は自分の育児に自信がもてなくなってしまう。
そんな時に旦那に「お前は子育てが下手だ」などといわれようものなら、
それこそである。旦那を蹴飛ばすことができるような強い人ならいいが、
だまって耐え忍ぶ女性にとっては、それは地獄である。
『育児の百科/松田道雄著』(岩波文庫)にも「よく泣く子」について
書かれているが、20人に一人くらいの割合でそういう子がいるらしい。
この記述を読んだ時、かなり精神的負担が軽減された。
病気でもなんでもない、子育てに問題があるわけでもない、
ただそういう子がいるのだ、と思って柔軟に対処しようと思った。
思うに、最近の育児のセオリーは禁則が多すぎる気がする。
そして禁則が多い割には、それを回避する手段を十分に提供しているとは
いえない気がする。
それでも泣き止まない赤ちゃんに対しても、「だっこする」、「湯冷ましを与える」、
「砂糖湯を与える」、いや、「ミルク、おっぱい以外は与えてはならない」
「車にのせる」、「外気にさらす」等諸説紛々、はたまた、「なんとかしてしのぐ」…と、
こうなってくると、あまりに非科学的な根性論で、本をビリビリに破いてやりたい
くらい腹が立ってくる。
結局のところ、個体差に応じて、様々なセオリーを使いわけてゆくしかないのだと
思う。
それにしてもここ2カ月に満たない苦労の中ではあるが、
なんとなくわかってきたこともある。
この子なりのセオリーが少しは見えてきた気もしている。
もちろん「子育てにセオリーが通用しない」ということも。
なによりも子育ては大変だけど、それは苦しみではなく喜びなのだということが
実感できるようになってきた気がする。
この子にはスリングは効いた!
翻訳会社オー・エム・ティの公式ウェブサイト