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毎日あれこれNewDiary

毎日の生活の中から、あれこれのカテゴリでダイアリー
画像を入れての楽しいプログを目指します。
旧プログも含まれます。

高野山奥の院の墓石

2015-11-06 08:03:00 | 旅の記録
 二度目の高野山です。その①    11/6(金)

 二度目の高野山詣ででした。今回は妻を連れて出かけました。

 前回の高野山ダイアリーで記録できなかった、奥の院参道の戦国武将の墓石を沢山載せてみます。

① まずは、石田三成墓所・供養塔です。


② お次は、明智光秀墓所・供養塔です。

 織田信長の怨念で、光秀の墓石は割れたとか・・・?


③ その織田信長の墓所・供養塔です。


④ 江戸時代になり、加賀前田利長墓所・供養塔もあります。



 高野山が日本人の総菩提所となる傾向は、戦国時代以降加速しています。
 常に死と向かい合っていた戦国大名が高野山に信仰を寄せ、死後の菩提を祈念しようとしてきたからです。
 高野山信仰の色々については、弘法大師信仰とあいまって、実に壮大なものとなっています。

 亡くなった戦国武将の墓所が何故にこの奥の院の参道にあるのか。
 誰がそれを作ったのか?。寄進したのか?。墓所?供養塔?
詳しく調べることは必要ないかもしれない。
 なぜならば、高野山の山内には真言宗の「高野十谷」と総称される子院が数多く点在していて、それぞれが大名や武将たちと密接な壇縁関係を結んで、それぞれの菩提所となって発展してきているからです。由緒ある墓石と供養塔を合わせて、参道の両側に連なる墓塔は20万基に達するというスケールの墓原です。
 ・・・ いろんな本から引用して、私なりに作文しています。

 弘法大師御廟の前の「水向地蔵」です。
 地蔵、不動明王、観音菩薩など14体の仏像に水をかけて御廟へ上がります。
 この先の御廟への聖域は撮影禁止です。
 


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 高野山ダイアリーは・・・。
 その②として、三鈷の松。 その③として紅葉、を予定しています。

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  run 11/6 今日の行動メモ
 別荘訪問です。

高野山へ出かけます。

2015-11-04 10:00:00 | 旅の記録
 高野山の紅葉見物です。  11/4(水)

 大阪へのお出かけの二日目は、南海電車に乗り、高野山へ出かけます。
 今回は私は二度目となるので、余裕をもって行動できます。
 妻と高野山の紅葉見物の参詣となります。



 ネット検索したら、紅葉は見頃だそうなので、楽しみにして出かけます。



※ 詳しいダイアリーは、柏の自宅へ舞い戻ってから、書き込みます。

高野山参詣の⑥ラストです。

2015-08-14 09:32:00 | 旅の記録
 高野山初参詣の記録のラストです。⑥   8/14(金)
 
 7/26日に初参詣した「高野山」の記録もラストとなりました。」

 高野山のラストのじっくり見学は、仏教美術の至宝を集めて展示している「霊宝館」です。
 ゆっくりと、じっくりと、見てきました。


 勿論のこと、内部のカメラ撮影はできません。
 この霊宝館には、運慶作で国宝の八大童子像があるのですが、どこかへ出張していました。
 
 この画像の一番奥にある、快慶作で重要文化財の「孔雀明王像」は、しっかりと目に焼き付けてきました。

 そう言えば、日本の神社仏閣は、内部でのカメラ撮影は、ほとんどができません。
 OKなのは、奈良の大仏殿ぐらいなものではないでしょうか。

 この木の枝は高野槇です。
 弘法大師が花の代わりに高野槇の枝葉を御仏前に供えたことから、高野山ではこの高野槇が使われるようになったとか。お寺の側ではあちこちで売られていました。



 霊宝館からお土産屋さんをぶらついて、最後のお参りは、「徳川家の霊台」です。
 三代将軍の徳川家光が建立した、家康と秀忠の霊屋で、重要文化財に指定されています。



 徳川家康の霊屋で、日光東照宮を思わせる小さな霊屋でした。



 世界遺産の高野山は、開創から1200年目の今年を記念して、様々な観光客の誘致が行われています。
私も新幹線の大阪駅で見つけた「高野山1dayチケット」を利用しての、大阪からの日帰りの初体験の参詣で必要最小限の見学でしたが、充実の一日参詣となりました。
 帰りの電車は、特急の「黒こうや」です。

 夏の高野山は山の上なのに結構暑い。暑さの中の参詣は、私の考えていた深山幽谷の環境での高野山のイメージとは違っていた。
 それに観光地化していて明るいイメージの高野山でした。

 ①から⑥の高野山ダイアリーを終わりにしますが、秋にもう一度訪れたいと思っています。
 二度目は心の準備と新たな発見ができる、そんな参詣ができればと思っています。

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run 8/14 今日の行動メモ
 はっきりしない天気です。二人の孫と遊びます。


高野山参詣の⑤は壇上伽藍

2015-08-10 10:00:00 | 旅の記録
高野山参詣の⑤は壇上伽藍です。  8/10(日)

 高野山の聖地の壇上伽藍の記録です。
 平安時代に真言宗を開祖した空海は、高野山上に曼荼羅世界を構想し、諸堂を配置したと伝えられています。
 歴史の中で、壇上伽藍の諸堂は何度も火災に遭い、国宝の不動堂を除くと、当時の建造物は無くなっています。



 真言密教のシンボルとしての壇上伽藍にそびえ立つのは多宝塔の「根本大塔」です。
 1937(昭12)に再建された、高さ48mの大塔は鉄筋コンクリート造りです。
 朱色の大塔は、空海が奥の院に入定して1100年を記念して、昭和12年に建てられたものですが、きれいな多宝塔です。
 入館料は200円、勿論のこと、内部は撮影禁止です。



 堂内には、立体曼荼羅として、中央に金剛界の大日如来像、金剛界の四仏の如来像、そして周りの16本の柱に、昭和の日本画家堂本印象画伯による十六菩薩像が描かれています。
 堂内をぐるりと回って、仏像と柱絵の立体曼荼羅の世界をこの目に焼き付けてきました。

 昭和12年の再建としては、建物も内部の仏様も柱の朱塗りもきれいなので、何度も修復しているのでしょうか。
 堂内画像は、ネット検索でお借りしています。



 千葉には、成田山の平和の大塔があります。
 こちらも見事な鉄筋コンクリート造りとなっていますが、真言密教の流れを組む、多宝塔の「平和の大塔」が1984年(昭59)に50mの高さで作られています。
 こちらには不動明王像と立体曼荼羅の世界を創り出しています。



 高野山一山の総本堂としての金堂です。過去に6度の火災に遭い、1932年(昭7)の再建だそうです。
 本堂の中には、最近公開された金剛界と胎蔵界の曼荼羅が両側に取り付けられていて、遠目に見ることができました。

 こちらは、高野山開創12000を記念として、2015年に完成した中門です。
勿論のこと、現代建築は鉄筋コンクリート製です。



 高野山参詣のダイアリー⑥は、ラストとして、霊宝館を予定しています。

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   8/10日、今日の行動メモ
 8月二度目で、四日ぶりの、一泊の別荘管理訪問です。
run 何ができるか、天候と勤労意欲と相談して、働いてきます。
 お盆のお墓掃除とお参りです。

高野山参詣の④は金剛峯寺

2015-08-05 10:00:00 | 旅の記録
 高野山参詣の④は金剛峯寺です。   8/5(水)

 高野山参詣は、世界遺産10年、開創から1200年と言うことで、7/26日の参詣日は夏休みと日曜日でもあることから、賑やかでした。
 ほとんどが大人ですが、日本の仏教遺産の聖地なので、多分何度もお参りしている方が多いことでしょう。
 私は初参詣なので、大阪からの日帰りのコースで、何処まで見ることができるか考えながら、しかも、マイペースで、めぼしい所はお参りしようと、ひたすら歩きました。

 高野山見どころポイントの②は金剛峯寺です。
 高野山真言宗総本山としての金剛峯寺です。


 秀吉時代の建造物の正門です。


 金剛峯寺の前身は豊臣秀吉が母・大政所の菩提を弔うために建立した青巌寺で、1982年明治2年に現在の総本山金剛峯寺となったようです。


 主殿の廊下で遠慮がちにデジカメです。
 由緒のある部屋と襖絵を見て、寺内を一回りします。



 日本最大の石庭、ばん龍庭です。ばんは虫へんに番と書く。 


 主殿の屋根には、防火用の天水桶が設置されていて、前には梯子も設置されている。


 金剛峯寺所蔵の国宝「八大童子立像」の仏像です。鎌倉時代の天才仏師運慶の作品です。
 この仏像は、高野山開創1200年で、今年の1月に東京で記念公開がありました。



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run 8/5 今日の行動メモ
 5・6日と、別荘管理訪問です。
前回訪問から一週間経つので、日照りでからから地面でしょう。
それでも、予定の作業は、草刈り機と耕耘機を使っての、暑い・熱いの作業が待っています。

高野山初参詣の③奥之院

2015-08-03 09:24:00 | 旅の記録
 高野山初参詣の③は奥之院参詣です。  8/3(月)

 奥之院は霊域になり、全てカメラ禁止です。
 
 丁度、7/27日に、TV放送「ぶっちゃけ寺」で、高野山特別番組があり、奥之院の様子が記録されていたので、TV画像から編集しました。



 奥之院御廟の前に燈籠堂があります。
 お堂には祈親上人が献じた「祈親燈」、白河天皇が献燈した「白河燈」が、一千年来燃え続けています。天井には無数の燈籠です。




 燈籠堂で礼拝し、左の廊下からお堂の後ろへ回り、御廟の前で礼拝できます。
 そして、半周りして、もう一度燈籠堂に入り、地下へと下ります。
 そうすると、空海が入定した御廟の下の封印された霊窟と同じ位置からの地下でも礼拝できると言う訳です。



 じっと目をこらしてみると、この奥に空海のお姿が見えるのだそうです。



 初めての奥の院での礼拝を済ませて、なるほどと感心して、奥の院から中の橋への参道を下りて、高野山参詣の第一目標の探検は終わりました。

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 奥の院前のバス停から、千住院橋まで移動して、昼食は精進料理の御膳にしました。


 高野山の初参詣の知識はこんな本で色々知りました。
 そもそもの真言密教の成り立ちと、高野山信仰の奥深さについて、知れば知るほど空海の真言密教の教えのと、日本の歴史のうねりの中ではぐくまれてきた、高野山信仰だと言うことが、分かってきたような気がしています。



 次回の高野山ダイアリーは・・・。
④ 金剛峯寺
⑤ 壇上伽藍
⑥ 霊宝館とお土産   ・・・ を予定しています。

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run 8/3 今日の行動メモ
 今日も朝から暑い。日本中が暑いので、これは平等そのものですが・・・。
 今年の夏はエアコン使用で電気料金がぐぐんと増すでしょうねー。
 そう言えば、大震災後の電力不足の騒ぎはどこへ行ってしまったのでしょうか?

高野山初参詣の②は参道

2015-07-31 10:00:00 | 旅の記録
 高野山初参詣の②は参道の記録です。   7/31(金)

 世界遺産登録10周年&開創1200年記念でにぎやかになっている、高野山に出かけました。
 
 高野山ダイアリーの②は、奥の院入り口の一の橋から、御廟霊域の入り口の御廟橋までの2Kmの参道のデジカメ記録です。



run かの有名なる高野山の奥の院に向かう参道初参りです。
 
 杉木立の中の鬱蒼とした参道は2Kmで、20万基の墓所と供養塔が建ち並びます。
 歴史上の人物の墓所が両側に建ち並んでいて、空海の開いた真言密教の歴史での偉大さが分かります。
 正直言うと、参道は夏日の暑さと乾燥で、想像していた暗い参道の鬱蒼感はなかった。



 歴史上の人物の墓所が、真言密教の高野山に何故あるかは、さておいて、有名人の墓所のデジカメ記録です。


 比叡山を焼き討ちした織田信長の供養塔もあった。明智光秀の供養塔も・・・。
 歴史の流れで高野山は、豊臣秀吉が攻め落とすのを、応其上人の説得で止めて、庇護する方へとなったとか。



 そんな豊臣家の墓所は、一段高い所にあり、一族の墓標が建ち並んでいました。



 夏日の杉木立の中の参道は、参詣の観光客で一杯です。
 蚊も多かった、蚊除けスプレーを体に吹き付けての参道歩きです。
 御廟橋からは、高野山の霊域となるので、服装を正して、橋の前で一礼して、脱帽で参詣となりました。



 高野山の③は、奥の院の参詣ですが、カメラ記録ができないので、TV番組の「ぶっちゃけ寺」の特別放送からの奥の院の記録を考えています。

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run 7/31 今日の行動メモ
 サマージャンボの宝くじをゲットしなくては・・・。

高野山初参詣の①

2015-07-29 10:00:00 | 旅の記録
 高野山への初参詣で、色々学んできました。 7/29(水)

 高野山への初参詣の記録が数日続きます。

 まずは、電車に乗り、高野山の奥の院口までの記録です。
 「高野山1dayチケット」を購入して、大阪・難波から9時発の南海電車の特急に乗り、更にケープルカーに乗り90分で、高野山駅に到着です。
高野山駅から高野山参詣のお寺まで、移動のバスは乗り放題です。
 更に食事・見学料・お土産代割引券つきのチケットを最大限使って、日帰りの高野山参詣をしてきました。
 行きの特急の電車はこのカラーです。全席指定でございます。
 後半の山へ入っての単線運行は、深い谷が見えるスリルのある電車での眺めでした。



 南海電車の終点の極楽橋駅からは引き続いて、急勾配のケーブルカーに乗ります。
 高野山駅からは南海バスで高野山の参詣場所まで、移動します。



 私の高野山初参詣は、初参詣なので、日帰りで何処まで見ることができるか考えながら、とは言え、マイペースで何処まで回れるかを試してみることにしました。
 まずは、ベストコースでの奥の院への参詣を済ませようと、バスは奥の院口まで乗りました。



 次回のダイアリーでは、奥の院への参道の記録を書き込みます。

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run 7/29 別荘二日目です。
 天候と体調と相談しながら、夏のお花畑と野菜畑の農作業です。

京都散策④はウオッチ

2015-06-29 10:00:00 | 旅の記録
 半日あまりの京都の駅周辺のお寺参りの記録が続きました。 6/29(月) 

 東寺の五重塔の側のきれいな水路に、なんと「アメンボ」です。   



 西本願寺では、仏式の結婚式に出会いました。



 京都のマンホールです。御所車がデザインされています。



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 6/30 今日は別荘管理訪問二日目です。
 天気と地面と雑草の様子次第で、ひたすらの野外作業です。

京都散策③は西本願寺

2015-06-28 10:00:00 | 旅の記録
 京都の散策③は西本願寺です。  6/28(日)

run 京都の梅雨の晴れ間、6/24日の駅周辺のお寺さんのデジカメ散策の③は、西本願寺です。

 西本願寺のメモです。(Wikipediaから)   
 西本願寺は通称であり、浄土真宗本願寺派の本山で正式名称は「龍谷山 本願寺」、宗教法人としての名称は「本願寺」である。
 京都市民からは「お西さん」の愛称でも親しまれている。
 真宗大谷派の本山である「東本願寺」正式名称「真宗本廟」と区別するため、両派の本山は通称で呼ばれることが多い。


 国宝の阿弥陀堂門から境内に入ります。



 さすがに日本・京都の歴史と歩んできた西本願寺は大きいし、貫禄がある。



  阿弥陀堂の中に入りで参拝し、鶯張りの廊下を渡ります。
 キュキュと鳴る、気持ちの良い渡り廊下です。



 御影堂の中では、宗派の方々の儀式をしばらく眺めて、帰りに障子の景色をデジカメです。


 外に出て、庭を一回りして、国宝の唐門をじっくりと眺めてきました。
 なんでも伏見桃山城から移築した門とかで、別名「日暮門」と言うきれいな豪華な門です。



 三日間にわたり、京都の駅周辺の有名な大きなお寺さんを、マイペースでじっくりと拝観してきました。
 私の関西のお寺さん参りの次の参拝目標は・・・。
① 真言宗の高野山参りです。
② 真言宗豊山派の総本山長谷寺参りです。

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  6/28 今日は一週間ぶりに、別荘管理訪問です。
 梅雨の晴れ間のようなので、お花畑と野菜畑と花壇の管理作業に明け暮れます。