荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『ラム・ダイアリー』 ブルース・ロビンソン

2012-07-09 04:35:26 | 映画
 フランソワ・トリュフォーの『アデルの恋の物語』(1975)でアデルH.(イザベル・アジャーニ)が一方的に熱を上げるイギリス軍中尉を演じ、その後は初監督作『ウィズネイルと僕』(1988)がカルト化したブルース・ロビンソンの監督最新作『ラム・ダイアリー』が公開されている。『ウィズネイルと僕』以後はいったい何をしていたのやら、その後の作品は未見である。
 原作がハンター・S・トンプソン(主著『ヘルズエンジェルズ』)の自伝ということで、無頼派的、アルコール中毒的な世界が最初から最後まで展開される(そういえば石丸元章が去年『ヘルズエンジェルズ』を邦訳し、これはぜひ読もう読もうと思っているのだが、依然として買いそびれている)。トンプソンが若き日に過ごしたカリブ海プエルトリコの主都サン・フアンでの半ば呆然とした酒と女とバラの日々(本当にバラも出てくるのだ)が、ポーランド出身の撮影監督ダリウシュ・ヴォルスキの手によって、プエルトリコの地酒ラムのごとく、どこまでも気だるく甘美な悪夢として定着しているのだ。
 主人公を演じるのはジョニー・デップで、『ダーク・シャドウ』に引き続きデップ主演映画のレビューを連投するのはなんとも奇遇である。主人公が岡惚れする頽廃的なブロンド美女シュノーを演じているのは、カーペンター『ザ・ウォード 監禁病棟』のヒロイン、アンバー・ハードである。原作者のトンプソン、主演のジョニー・デップ、監督・脚本のブルース・ロビンソンは三位一体というか、この『ラム・ダイアリー』という映画を通じて同一人物のようにメランジェされている。
 ひどく無内容で自堕落なシナリオだが、それをまったく気にしない層を当初からあてにした企画だと思う。『ありきたりな狂気の物語』や『バーフライ』などブコウスキーものに目がない人種に向けた、季節外れの贈り物のような人間喜劇である。


新宿ピカデリー、TOHOシネマズ錦糸町ほか、全国で公開中
http://rum-diary.jp/

『ダーク・シャドウ』 ティム・バートン

2012-07-05 03:12:31 | 映画
 肩の力を抜いた小品を見ることは、映画を見に行く楽しみを応援する場合が少なくない。ティム・バートンの新作『ダーク・シャドウ』はそうしたものの一本で、1966~71年に全米でテレビ放映されたゴシック・ソープオペラのリメイクとのことだが、私はこのドラマは知らない。しかし、なぜこのシリーズが人気を博したのか、今回のバートン版を見ればある程度は想像できる。
 ジョニー・デップは周知のごとく、そもそも『シザーハンズ』『エド・ウッド』などティム・バートンのパラノイド的習性を肥大化させた役柄でスターダムのきっかけをつかんだ俳優だ。バートンにとって、現在のデップはすでに反復とパロディの対象となったのだろうか。本作におけるバーナバス・コリンズという富豪のヴァンパイア役は、かつての危機的で儚い役柄ではなく、安心して見られるコントロール下の狂気の範疇に収まる。事実、これほど穏やかな気分で楽しめるティム・バートン映画も珍しいように思える。
 英国のパインウッド・スタジオで撮影されたが、フランス出身の撮影監督ブリュノ・デルボネルは『アメリ』でキャリアの礎を築いたカメラマンで、現在公開中のアレクサンドル・ソクーロフの新作『ファウスト』も担当している。『ファウスト』と『ダーク・シャドウ』はカメラが同じだというのは面白い。


丸の内ルーブル(東京・有楽町)ほか全国で公開中
http://wwws.warnerbros.co.jp/darkshadows/

祝☆スペイン、メジャー国際大会史上初の3連覇☆☆☆

2012-07-02 12:32:33 | サッカー
 祝スペイン2連覇! 2010年南アフリカ・ワールドカップも含めると、メジャー国際大会3連覇という前人未到の偉業を成し遂げた。大会を通してあまり本調子とも言えなかったが、それでも最後には笑った。これでUEFA EURO 2012の熱い1ヶ月が終わった。

 平均身長が低くフィジカルに恵まれないチームが、長身民族のひしめく欧州大陸を再び制したことは、サッカーという競技が持ちうる多様性への力強い肯定となった。背が高ければ、体重が重ければ勝つ、あるいはスピードが速ければ、遠くへ跳べれば勝つ、という実測的側面が成績にむすびつく競技のアスリート的な魅力はもちろん否定されるべきではないけれども、柔道および空手などで言う「柔よく剛を制す」「小よく大を制す」というテーゼを、スペイン代表は美しい幾何的なグループワークでまざまざと体現した。スペイン代表による本競技そのものに対するこの貢献を、決して過小評価すべきではないと思う。
 いっぽう、イタリアはたしかに中二日で疲労の蓄積は否定しがたく、その点で気の毒ではあったが、グループステージ2位通過のチームが背負うべき日程的なハンディキャップを、プランデッリは不当なものだと言い訳にしているわけではない。むしろ、大会前の下馬評を思い返すならば、誰もが「これなら上出来だ」と彼らを賞讃するだろう。私自身、パルマ時代の中田英寿との確執のためプランデッリにはいい印象を持っていなかったのだが、今回いっきにプランデッリ・ファンになった。3人交代枠を使いきった直後のモッタの自爆はアンラッキーだったが、積極采配の結果なので、これはしかたがないと思う。

 勝手な言い分だけれど、ザッケローニの日本代表には、スペインとプランデッリ・イタリアをブレンドさせたようなチームづくりを期待したいところです。

『ミッシングID』 ジョン・シングルトン

2012-07-01 06:49:07 | 映画
 自分の現在生きつつある生が、いつかは醒める陳腐な白日夢であるという実感を、『ボーイズ'ン・ザ・フッド』『ワイルド・スピードX2』の黒人監督ジョン・シングルトンがその新作『ミッシングID』で改めてはっきりと示した。本作は、「『ボーン・アイデンティティ』シリーズの製作陣が放つサスペンス・アクション」という売り文句で公開中であるが、主演は『トワイライト』シリーズのテイラー・ロートナーであり、『ボーン』と『トワイライト』を合併させたらさぞかし受けるだろうという、随分と簡単なレシピではある。
 本作のロケ隊は一時的に郊外に遠征するものの、基本的に米中西部の工業都市ピッツバーグのご当地映画となっている。MLBパイレーツの本拠地球場で大団円を迎えるが、『知りすぎていた男』(1956)の例を待つまでもなく、衆人環視の中でこそ完全犯罪が成り立つというコノテーションに、主人公も敵方スパイも重々承知の上でゲームの俎上に載っている。
 主人公の幼なじみを演じるイギリスの新進女優リリー・コリンズは、9月公開の『白雪姫と鏡の女王』の予告編でも再び見ることができるが、あの極太の眉毛は誰もが一度見たら忘れられない強烈な印象をもたらす。映画そのものが彼女の太眉に吸い込まれそうだ。本人曰く「チャームポイントだから絶対に剃らない」とのこと。これには異存なし。しかも、なんと彼女はフィル・コリンズの娘なのである。幸い父にはそれほど似てはいないものの、その強力な事実を前にするとやはり、あの丸顔薄毛の元ジェネシスのドラマー兼ボーカリスト(昨年に引退したらしい)の顔がちらついてしかたがないのは人情だ。


丸の内ピカデリー(東京・有楽町マリオン)ほか、全国で上映中
http://missing-id.gaga.ne.jp/