荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『大いなる沈黙へ グランド・シャルトルーズ修道院』 フィリップ・グレーニング

2014-09-03 05:08:14 | 映画
 10年ほど前、教育系ドキュメンタリーのロケ仕事で、横浜・鶴見の総持寺の一日を撮影したことがある。午前2時くらいに寺に入って、午前3時に雲水たち(禅宗の修行僧のこと)が起床して朝のお勤めをするところから、廊下拭きやさまざまな修行、座禅、懐石の調理などをたっぷり撮影した。総持寺は越前の永平寺と同じ曹洞宗の本山で、開祖である道元(1200-1253)の教えをストイックに墨守している。

 世界で最も厳格なキリスト教修道院といわれ、フランス・グルノーブル近郊の山間に建つシュルトルーズ修道院のドキュメンタリー『大いなる沈黙へ グランド・シャルトルーズ修道院』がずいぶんヒットしているらしい。なぜなのかはよく知らない。岩波ホール単館でやっていたが、最終日まで混雑したため、全国各地の劇場でMOとなったそうだ。なんの作品にしても映画が当たっているというニュースは、ただそれだけで喜ばしい。
 ただ、私個人としてはこの作品を見るのに不純な動機、というかミーハーな気分が働いたのも事実である。ハーブ・リキュールのファンの一人として「シャルトリューズ・ヴェール(緑 アルコール55%)」「シャルトリューズ・ジョーヌ(黄色 アルコール40%)」の製造工程については、同院の2,3人の蒸留担当の修道士以外にはそのレシピが秘匿されているというのは有名だから、ひょっとしてシャルトリューズ酒の貴重な製造工程がかいま見られるかもしれないと思ったのである。
 結果から先に言うと、シャルトリューズ酒の製造工程が描かれることは皆無であった。そういうサービス精神は無縁。画面はひたすら無言の食事、祈り、作務、礼拝、聖書の黙読etc. だけである。夏には雨が降り、冬には雪が降る。修道士たちは厳格な戒律の中にあって、雪山でのソリ遊びに興じるときは子どものようにキャッキャと声を荒げる。
 6時課の祈り(14時)のあとの自由時間以外は会話が禁止され、沈黙が支配する院内だが、決して無音ではない。木材をのこぎりで切る音、斧で薪を割る音、バリカンで頭髪を剃る音、農作業をショベルでおこなう音、聖書をめくる紙の音、そして賛課(フランス語でOffice)における詩篇の歌声……というふうに、同院の内外にはありとあらゆるノイズが鳴っている。私たちは沈黙のうちに神の声を聴くことこそ信者ではないためできないものの、上のような沈黙のすぐに隣にいるという感覚を覚える。本作で引用されるいくつかの箴言のなかに「吾は有りて有る者(在るものは在る)」という、かつてジャック・リヴェットがロッセリーニに寄せたテーゼが顕れる。そして静物のディテールが神の思し召しの象徴となって顕れる。一瞬一瞬がかけがえない、取り替えのきかないノイズとなって、これを見る私たちに襲いかかってくる。


ヒューマントラストシネマ有楽町(東京・有楽町イトシア)ほか全国各地にてムーヴオーバー
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