荻野洋一 映画等覚書ブログ

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《ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家》@横浜美術館

2013-03-26 02:44:17 | アート
 誰かが彼/彼女本人になる以前の姿を見る、あるいはその本人になりゆくメタモルフォーズの過程を見る。それらの行為ほど刺激的な体験はあるまい。戦場写真家ロバート・キャパがマグナム・フォトのあの神話的なロバート・キャパになる以前、アンドレ・フリードマンなる一介のユダヤ系ハンガリー青年が、ナチスの台頭を嫌ってブダペストからパリに亡命し、同じくユダヤ系のゲルダという女性に出会って恋に落ち、そのゲルダの持ちかけによって「アメリカの一流写真家ロバート・キャパ」なるフィクショナルな存在を捏造していく過程は、じつにスリリングである。

 横浜美術館(横浜・みなとみらい)で先ごろ会期を終えた《ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家》展。キャパはスペイン市民戦争、日中戦争、ノルマンディ上陸作戦の決定的瞬間を愛用のライカで捕らえる。それと同じ時空間をもう一人の「ロバート・キャパ」、じつはゲルダという最愛の女性のシャッターが押されている。本展は、写真史のなかでキャパの名声にかき消されたゲルダ・タローに初めてスポットライトを当ててみせた、画期的なものである。キャパのフレーム感覚は、戦場においては比較的に無頓着なものであるのに対して、ゲルダのフレーミングは、同じような時空間、被写体を撮りながら、はるかにピクトレスクなものへと向かっている。
 かんたんに言うなら、キャパ(アンドレ・フリードマン)のフレームはドキュメンタリーであり、ゲルダのそれはプロパガンダである。彼女のレジスタンス的な使命感が、生硬な視線をみずからに強いたにちがいない。彼女はスペイン市民戦争の取材中、27歳で戦死する。世界初の女性写真家の殉職(1910-1937)。キャパが、戦後の東京を愛おしげに撮りまくった直後に、北ベトナムで地雷を踏んで逝く(1913-1954)のは、愛する年上女性ゲルダの使命感になんとしても追いつきたいという執念の結果だということが、あからさまに分かってしまう展観だった。

P.S.
 重ねての私事で恐縮ながら。手荷物を館内のコインロッカーに預けて本展を見、終了後に手荷物をピックアップすると、携帯電話に留守電を知らせる表示。boid樋口泰人からのメッセージを聴いてみると、梅本洋一の訃報だった。