どんぴんからりん

昔話、絵本、創作は主に短編の内容を紹介しています。やればやるほど森に迷い込む感じです。(2012.10から)

女房の出口

2014年07月08日 | 昔話(日本)

      男と女の仲 女房の出口/日本の民話11 民衆の笑い話/瀬川拓男 松谷みよ子編/未来社/1973年初版


 語る視点で出版されているものの多くは子どもむけで、大人向きが少ないように思う。出版年は少し古いが未来社から出版されたこの本のなかには、大人向けも多数収録されている。

 ときどき特養で話す機会があり、高齢者の方には(自分もあまりかわらないが・・・)どうしたものが適当なのか迷っていたが、この中には短いが、人生の機微がうかがわれる話も多い。
 
 娯楽がすくなかった昔、話を聞くというのは、子どもだけではなく、大人にとっても楽しみだったはずなので、こうしたものが採話されているのは貴重なもの。

 そのなかから、覚えるために書き写したものの一つ。

<女房の出口>
 むかし、親のいいなりで所帯を持った男と女がいた。貧しかったので、食べる物着る物切りつめて、夢中で働いているうちに暮らしもちょっくらようなった。
 そのうち、亭主のほうは、あくせく働くばかりでろくに化粧一つせん女房が、なんとも、もの足らんようになった。
 すると、隣の後家が、ええ女に見えてならない。二言三言、話をしとるうちに、後家のほうでもその気になって、ついつい入り浸りとなった。そうなれば女房のやることなすこと、鼻についてならん。
 ある日のことだ。
「もう、おまえの顔など見とうない。今すぐ出ていけ!」
と、男は言い出した。女はびっくりして、
「あんた、おらのどこが悪いのかえ。いたらんところは直すから、いうてけれ」
頼むが、亭主はなんでも出て行けの一点張りだ。
「そんだら、出て行きますべ」
と、女房は泣く泣く鏡に向かった。髪を結ったり、化粧をすると、見る見るうちに女房がきれえになっていくので、亭主はおったまげた。
「あれア、隣の後家より、かかのほうがなんぼかええ女だべ」
と、思ったら、急に出すのが惜しくてならん。もじもじしておったら、女房はいよいよしたくができ、見違えるようになって、亭主の前に手をつくと、
「あんた、長々お世話になりました。それでは、おからだを大事にしてがんせ」
しおらしゅういうて、土間を降り、そこから出て行こうとする。
「こ、これ、待て」
亭主はあわてて立ち上がると、出口にふさがった。けげんな顔の女房に、
「ここは、おらのとこだ。ここから出て行くのはならん。ほかから出て行け」
それではと女房は、玄関口に行ってそこから出ようとすると、そこにも立ちふさがり、
「こ、ここもおらの玄関だ。ここから出て行ってはならん」
という。また女房は、しかたがないからと座敷の縁側からそろっと出ようとすれば、
「いかん、いかん、ここもおらのとこだ。ここから出て行っちゃならん」
両手をおっぴろげての通せんぼだ。さすがに女房も、あんまりだとあきれはて、
「あんた、それじゃ、おらの出て行くとこがないじゃありませんか」
といえば、
「出て行くとこがなきゃ、ここにいろ」
亭主がいうたそうな。