観察 Observation

研究室メンバーによる自然についてのエッセー

テンとフン

2014-03-09 14:13:53 | 14
4年 安本 唯 

 私は「ホンドテンの食性と種子散布 ‐ 林縁とサルナシに着目して ‐ 」という題名で卒業論文を書いた。今でも印象に残っているのが、このテーマになるきっかけとなった出来事だ。
 二年前、野生動物学研究室に入室が決まり、一番初めに行ったセミナーの懇親会で一つ年上でシカの種子散布を調べていた先輩に、
「このシカの糞見てみてよ。どんな標高に住んでいるかで、シカの糞の色もこんなに違うんだよ。」
 と言われ、シカの糞を見せてもらった。そのあとさらに、
「シカの糞の中にはこんなにいろいろな種が入ってるんだよ。すごいでしょ。」
 と、シカの糞から出てきたたくさんの種子を見せてもらった。そのとき私は、食事中にもかかわらず動物の糞について楽しそうに話をする先輩に驚きつつ、
「動物の糞を調べることで、動物の暮らしや植物との関わりが見られるなんて!」
 とさらに驚いたことを覚えている。このことが印象に残っており、
「動物の糞を調べてみたいなあ」
 と漠然と思うようになった。

 その後、高槻先生とテーマ決めをしていく中で、
「テンの糞が数年分あるので、食性を調べてくれる人はいないか。種子がたくさん出てくるので、種子のことを調べても面白いかも」
 というお話を伺った。私はそのとき
「この話に乗らない訳にはいかない」
 と思い、調べたいと伝えた。
 そうして私は、テンがどのような食べ物をどのくらい食べているのか、季節や年によって食べているものはどのように変化するのかを調べる、「テンの食性の季節・年次変動」というテーマに決まった。それからは、共同研究者である京都大学の辻大和先生が麻布大学にいたときに過去にあきる野の盆堀林道で集めたテンの糞を分析する、ということで大忙しだった。同時に自分自身も盆堀林道に通うようになり、野外でテンの糞を探して集め、研究室でテンが季節ごとにどんなものを食べているのか分析し始めた。
 そうしてたくさんの糞を分析していく中で、シカと同じように、テンの糞にも本当にいろいろな種子が入っていることが分かってきた。最初は、テンがどのように食べ物を季節や年で変化させているのか、ということがメインテーマであったので、種子がたくさん出てくるという事実をどういったデータにしたらよいのか分からなかった。
 ただ、このいろいろな種子の立場になって考えると、テンに果実という報酬を与えて食べてもらった結果、こうして糞の中に入ってテンに運ばれてきたのだ。そう考えると、テンの糞からいろいろな種子がたくさん出てくるという事実をなんだか無駄にはしたくないと思い始めた。そう思い、糞の分析をしつつ、糞に入っていた種子はなんの種類なのか、いくつ入っていたのかを調べるようにした。

 研究を始めてしばらく経ち、同級生もいろいろな場所で調査を始め、データを取り始めた。同級生の間で
「この前調査に行ったらこんなことがあったけど、これってどういうことなんだろう?」
「どうやって調べたらこのことをきちんと言えるようになるのかな」
 といった会話がだんだんと増えていった。その後いくつか学会に行ったりして、研究室の先生や先輩方が学会で発表しているのを見てきた頃だった。学会に行くことで新たな知識を得て、自分がやっている研究に似ていても似ていなくても、こんな面白いことが自然の中で起こっているのかと新鮮な驚きを持った。それと同時に、自分が今やっている研究もいろいろな人に聞いてもらいたい、意見をもらいたいという思いがふつふつと出てくるようになった。
 そうした中で、学内のいろいろな研究室の学生が集まってポスター発表をする、「研究三昧」という機会があった。私はまたしても
「この話に乗らない訳にはいかない」
と思い、研究三昧に出てもいいかと先生に相談をした。このときに、こつこつと数えてきた、テンの糞から出てきた種子のデータを見てもらった。今でも印象的なのが、この相談をしたとき、私の研究の軸を変えるようなアドバイスをもらったことである。先生は、私が種子のデータをどのように整理したら良いか悩んでいたとき、わざわざ電話をしてきて、
「こんな風に整理したらどうですか」
説明してくださった。それはいろいろな種子を、生育環境ごとにまとめて比較することだった。植物の性質を知っていればそういう整理ができるのかとびっくりした。そのアドバイス通りにデータを整理すると、テンの糞から出てきた種子は、「林縁(森林の縁のことで、林内よりも明るい場所)に生える種類」ばかりである、いうことが分かり、驚いた。中でも、甘いにおいがあり、いろいろな動物に食べられるサルナシという果実の種子が特に多いことが分かった。このアドバイスをもらったことで、テンが自然の中でどのように植物と関わり、どんな存在であるかを調べたい、という思いが強くなった。
 その後、調査地がどのような環境なのか、サルナシがどんなところに生えやすいか、テンの糞はどんなところに多いか、というようなことを追加で調べていった。
 そうしてデータをとれる季節はあっという間にどんどん過ぎて、ついに卒業論文を執筆するという時期になった。どんな題名で書くか話し合い、「テンの種子散布について林縁とサルナシのことに着目して書く」ということになった。そうして私は今、卒業論文を提出し、無事に卒業する立場になった。

 これから私は卒業して社会人になる。社会人になったらきちんと自立して、「地に足のついた生き方」をしたいと思っている。これから先、社会に出たら大変なことも今以上にたくさんあると思う。しかしそれでも二年間通った調査地には通いたいし、少しずつでもテンについて調べていきたいし、卒業研究のテーマをもっともっと進めて、いつかは今考えている目標を達成できたらいいなあと思っている。

 この二年間を振り返ると、言葉通り本当にあっという間だった。先輩からシカの糞を見せてもらって驚いたこと、夏の暑い日に汗だくになって調査したこと、冬の寒い日に手がかじかみながらテンの糞を探し歩いたこと、時間を忘れて分析に没頭し終電に駆け込んだこと、先輩と一緒に英語の論文に苦戦したこと、同級生と真面目な話もくだらない話も含めて毎日いろんな話をしたこと、先生にアドバイスをもらったり本当にたくさん支えてもらったことなど、本当に、振り返るとあっという間だけど思い出がたくさんの二年間だった。
 言葉では伝えきれない感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

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