観察 Observation

研究室メンバーによる自然についてのエッセー

カモシカの体色のバリエーションいついて

2014-05-03 20:11:53 | 14
修士2年 靍田隼人

 「カモシカの姿を思い浮かべてください」という質問をされたとき、何色のカモシカを思い浮かべるだろうか?きっとその答えは日本のどの地域住んでいるかによって異なってくるだろう。なぜなら、カモシカの体色は地域によって様々なバリエーションがあるからだ。今回は、私が観察してきたいくつかの地域のカモシカの姿を紹介したいと思う。
 まず私が各地で撮影したカモシカの写真(1~5)を見てもらいたい。写真を見てもらうと分かるように、カモシカの体色は地域によって白色、灰色から黒色までさまざまであることがわかる。
 写真1の青森県脇野沢村はカモシカの分布の北限近くである。脇野沢には昔からカモシカが多く生息し、人里近くによく現れることから(写真1-2)観察がしやすく、調査や写真撮影が盛んにされてきた。そのため、図鑑などで目にするカモシカの写真の多くは脇野沢のカモシカである。体色は灰色からやや白っぽい個体が多く、鼻が大きく顔が面長な印象だ。


写真1 青森県下北半島の脇野沢のカモシカ

 写真2の山形県朝日連峰はカモシカの生息地としては非常に積雪の多い(5m以上)地域である。カモシカの体色は他の地域に比べて非常に白いのが特徴である(写真2.2)。また、体が他の地域のカモシカよりもすらっとしている印象だ。


写真2 山形県朝日連峰のカモシカ

 写真3は私の調査地である長野県浅間山の慣れ親しんだカモシカの写真である。体色は黒に近い灰色から白に近い灰色までさまざまだが、脇野沢のカモシカに比べると暗い色をしている。体型はずんぐりしていて、角は後方へよく湾曲している個体が多い。


写真3 浅間山のカモシカ

 写真4の長野県南アルプスは山梨県との県境で浅間山よりも南方にする。南アルプスのカモシカは浅間山に比べて黒色に近い体色の個体が多く、体はずんぐりしている印象だった。


写真4 南アルプスのカモシカ

 写真5の奥多摩のカモシカは他の地域のカモシカに比べて圧倒的に黒いことが特徴的である。また角もまっすぐ直線的に伸びている印象を受ける。


写真5 奥多摩のカモシカ

 以上5つの地域のカモシカには体色に白色、灰色、黒色とそれらの中間的な色までバリエーションがあることを紹介したが、実はカモシカの体色にはまだバリエーションがある。残念ながら私はまだ出会ったことはないが、四国や九州にはなんと、茶色のカモシカが生息するそうだ。カモシカの体色にさまざまななバリエーションがあることは確かだが、カモシカと同様に日本に広く分布する有蹄類であるニホンジカとイノシシにはこのような体色のバリエーションは存在しない。むしろ世界に生息する有蹄類の中でも、同一種(亜種)内でここまで体色に変異性がある種は珍しいことのようだ。ではなぜカモシカにはこのような体色のバリエーションが存在するのだろうか?残念ながらこの疑問に答えてくれる研究は存在していない。
 哺乳類の体色の変異に影響する要因は大きく2つあると考えられている。一つは社会器官としての体色である。これは体色が個体の社会的地位や繁殖力などを示すものである。例としては、マンドリルの顔の色やゴリラのシルバーバックなどである。これらの特徴は個体の成長によって体色が変異していくことである。もう一つは対捕食者戦略としての体色である。いわゆる擬態や保護色といわれるものだ。その個体の置かれた環境によって捕食者に見つかりやすい体色は異なり、見つかりやすい体色をした個体は淘汰されるので、地域により体色変異が生まれるといったようなものである。
 私はニホンカモシカの体色の場合は対捕食者戦略として機能が強く働いているのではないかと考えている。ひとつの理由はカモシカの体色は成長とともにあまり変化しないからである。もうひとつは、カモシカは基本的に単独性で一夫一妻という社会性の低い動物であるため、社会的器官としての体色が発達したとは考えにくいと思うからだ。
 現在、日本にはカモシカの捕食者となりえる動物はほとんど存在しないが(強いてあげるならツキノワグマ、イヌワシと人間)、100年ほど前に絶滅したオオカミとは数万年間ともに日本列島を生きてきた歴史がある。また、カモシカは行動的な対捕食者戦略として、藪の中に隠れる戦略と急峻な場所に逃げるという戦略をもつと考えられる。前者の戦略では、捕食者に見つからないということが重要になる。繰り返すが、捕食者に見つかりやすい色は、それぞれの地域の環境(積雪量、植生や地形など)によって異なると考えられる。これらの要因が現在のカモシカの体色の地域による変異性を生み出したのではないかと私は考えている。
 どのような環境においてどのような体色の個体が多いのか?体色の違いによって行動に違いがあるのか?など、カモシカの体色の不思議にアプローチする研究をしてみたい。

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