観察 Observation

研究室メンバーによる自然についてのエッセー

伊豆動物園で個性に触れる

2012-09-18 12:18:20 | 12.8
廣元祥恵

先日静岡の伊豆に足を運ぶこととなった。お目当ては7月15日に誕生したホワイトタイガー雌二匹の双子の子。晴れ晴れとした天候に恵まれ、夏の伊豆ということもあり、海水浴に赴く人々も大勢見受けられ、絵に描いたような夏の光景があった。海沿いの電車に揺られながら着いた最寄り駅から目的地まではバスで10分程の道程であったが、初めての土地ということあって、徒歩で向かうことにした。見慣れない風景に逐一感動しながら休憩を挟まず歩みを進めたものの、到着したのは駅を出て2時間以上あとのこと。車で10分程ならば徒歩でもさほど時間は掛からないだろうと踏んでいたので、長いコンクリートの坂道を経て、動物園に到着する頃にはすっかり疲れきってしまっていた。
 到着した伊豆アニマルキングダムは、平日でもなかなかの盛況具合であった。ホワイトタイガー2頭に加えて、ホワイトライオンの子供の公開も始まっており、プラケースに入れられた彼女らを至近距離で観ることができた。上野動物園や横浜ズーラシアに比べると規模の小さな動物園であったが、大きな空間でシマウマやアルパカ、ダチョウなどさまざまな動物が混在して展示されていたり、ふれあい広場にはモルモットなどよく目にする動物のほかにカピバラ、マーラ、アルマジロなど触れる機会の少ないだろう珍しい動物もいた。どの草食動物のゾーンでも大方餌やりを体験できるようセットされていたり、園内の随所にマニアックな動物に関する知識が提示してあったりと、人と動物の近い動物園であった。
 幸運にも偶然に、動物園のガイドツアーに参加することができ、インタープリテーションの経験をすることとなった。ガイドが大型肉食獣のゾーンに入った際に、スタッフの方の一人に質問をしたところ、快く応答してくださり、ツアー途中にも関わらず付き合ってお話しをしてくれた。人工保育された動物は育児放棄をしやすいこと、ライオンの雄から精巣を取り除いてしまうとホルモンの関係でたてがみが抜け落ちてしまうこと、同じネコ科の大型肉食獣でもライオン、トラ、チーターの3種で繁殖ひとつをとってもまるで違うこと、大型肉食獣は間接飼育であるからさほど力がいらないこと、草食動物を取り扱う方が女性飼育員には難しいことなどを聞くことができた。経験豊富な飼育員の方から親切に直接対話させて頂き、質の高い経験となった。人と動物、のみならず飼育員の方とも距離の近い動物園は珍しいと感じた。
 さまざまな動物園に足を運ぶが、どこもそれぞれが個性ある様式で、そこには人を惹きつけるための工夫が詰まっている。動物園でさまざまな動物を次々と目にするだけでも、それぞれの動物の個性を感じることができる。動物園はアイデアの宝庫であるように思った。

土地への執着 ― シカ生息地を訪問して思ったこと

2012-09-09 17:18:45 | 12.8
4年 戸田美樹

 3.11が起きてから約1年半が経った。去年の夏に調査で岩手の沿岸部に訪れた時は、瓦礫はある程度片付いていたものの、崩れた建物が広がる景色に、私は何も言えなかった。その中にたくさん立っていた、名前の書かれた赤い旗は今でも脳裏に焼き付いている。
 そして今年の夏、調査で1年ぶりに岩手に行った。建物が崩れ、さら地になった場所には草が生え、時の流れを感じさせられた。驚いたのは、津波に襲われた地に点々と家が建っていることである。あの恐ろしい経験をしてもなお、地元を捨てず、この地で再スタートを切っている人たちは少なくないようだ。人の土地に関する執着力のすごさを感じた。
 しかしよく考えてみると、土地への執着は人だけではなく、多くの生き物に共通なのかもしれない。なわばり性ではない生き物も、その個体の行動圏はある程度決まっているし、私たちに出会って逃げていくシカはきっと慣れた獣道に逃げているのだろう。
 そのシカだが、私の調査対象である岩手県五葉山周辺のニホンジカは、近年急激に分布を拡大している。分布拡大の最先端の地は、牧場が広がり、周辺の林床にはササが広がり、少なくとも夏場はシカにとって天国のような環境であることを見ることができた。では、なぜシカたちは今までこの地に来なかったのだろうか。密度が高くなり、五葉山のシカ収容力に余裕がなくなるまでは、慣れた地である五葉山に執着していたのだろうか。
 毎日接している人間のことがわからないのだから、野生動物のことが簡単にわかるはずはない。それでも、ひとつひとつ小さなことをひも解いていけば、少しでも理解が進むかもしれない。生き物と人間が共存していくためには、少しでも相手を理解することが必要なはずだから、私は小さな発見を大切にしていこうと思う。今回、実際にシカの生息地を見て、考えることがあった。そうした考えが自然の見方を深めてくれるのかもしれないと思った。


遠野盆地の山で出会ったシナノキの老木と著者 (撮影高槻)

守るために殺す

2012-09-09 06:42:06 | 12.8

3年 森 悠貴

 夜が涼しくなり始め、コオロギなど秋を代表する虫が鳴きはじめました。僕は小さい頃からこの季節から秋の終わりまでの期間が大好きで、よく散歩に出かけます。心地よい気温と、変わり始めた空気の香りと、吸い込まれるような季節独特の色合いの空が精神を研ぎ澄ませてくれる気がするからです。その散歩のときに、ふと思い出したことを書こうと思います。
 僕は何年か前から、傷病鳥獣を一時的に保護し野生に返すサポーターをしています。放っておけば死亡するであろう個体が救護された後に僕たちサポーターの元へ届けられるのですが、5~6年程前、その届けられた個体の中に二匹のイワツバメの雛がいました。まだ飛翔するには早すぎて、自力で餌を取ることは不可能でした。専門家からのアドバイス通り、一日に200匹のカイコの幼虫を殺しては彼らに与える生活の中で、何か頭に引っかかるものがありました。小中学校などで教師から口うるさく言われた、「命は平等だ」という疑いもしなかった言葉に大きな違和感を覚えたのでした。この放鳥できるかも分からない二匹のために、毎日その100倍もの命を殺す意味は何なのだろう、この二匹を保護することは、単なるエゴではないか、そんな疑念に駆られた事がありましたが、それらを完全に払拭する答えが見つからないまま今日まで生きてきました。
 世の中には人の都合で保護される動物がいる一方で、駆除され続ける野生動物が沢山います。せめて自分の心くらい納得させられる感情論ではない答えがいつかは出せるようになりたいと強く思いました。

ウミガメに会いにいこう

2012-09-08 22:04:18 | 12.8
3年 萩原もえか

私は8月21日から8月31日までインターンでNPO法人屋久島うみがめ館に行った。私にとってウミガメは小学5年時に浜松のうみがめ保護センターで放流会に参加し、自由研究のテーマにした、とても思い入れのある動物であった。今回、10年ぶりのウミガメで会えるのでとてもわくわくしていた。
 うみがめ館に着き、その日の夜から調査が始まった。夜の調査は、子亀が脱出したあとの巣を掘り起こし、卵殻数(無事に脱出できたカメの数)、無精卵の数、発育途中で死んでしまった数(ウミガメより卵黄の方が大きい、卵黄よりウミガメの方が大きい)など約10段階に仕分ける作業をした。中には、ウジが湧いていてうようよしている虫が嫌いな私にとってとても調査困難な巣穴もあった。また、ウミガメの巣の深さは平均70センチだが、中には80センチもあるものもあり、腕が届かずに苦労をした巣穴もあった。さらに、穴掘るコツをつかめず苦労した。しかし、日を追うごとに調査が上達して調査する楽しさを覚え始めた。
 朝の調査では、子ガメが脱出した巣穴を見つける作業をした。巣穴は子ガメの足跡をたどって、その先にあるすり鉢状の不自然な凸凹である。巣穴を見つけると、前日の日付を書いた割り箸を刺して目印にしておく。これを毎朝、一時間ぐらい行った。
 これとは別にウミガメの回遊に関する調査も手伝った。幸運にも帰る前日の8月31日に別の水族館で1年間預かって育ててもらったウミガメがうみがめ館帰ってきたのだ。ウミガメは自分が生まれた浜で産卵するのかということがいまだ解明されていないので、それを証明するために左前後肢にタグ、左腹にICチップを埋め込んで個体識別をした上で海に戻すのだ。私もこの作業を手伝うことができた。この活動は2002年から計測しているので、2030年頃には解明されるだろうということだった。
 今回、うみがめ館で実習を受けて、地道な調査を続けることによって新たな発見をすることができることを肌で感じた。私は研究室でリスによるクルミの貯食行動について研究していて、作業が地味で同じことの繰り返しであるが、なにか発見があるという意識を持ってこれから調査していきたいと考えた。


タグをつけてICチップを埋め込んだアカウミガメ


一年間水族館で育てたアカウミガメ、海へ帰る

カモシカの観察

2012-09-08 20:12:52 | 12.8
4年 高田隼人

 私は「自然の中に生きる野生動物がどうやって暮らしているのかが知りたい!」という動機で野生動物学研究室に入室したが、今自分はまさにその動機ピッタリのテーマに取り組んでいる。その研究テーマは、カモシカを直接観察することによってカモシカの生態、とくに社会構造を明らかにしようというものである。その経験について書いてみたい。 
 楽しげな研究テーマに意気揚々とカモシカの観察を始めたが、カモシカの観察はそう簡単なものではなかった。初めて調査に出かけたのは3年生の12月の後半の雪降る寒い日だった。その日は1頭もカモシカが見つけられなかった。雪の降る寒さの中、1日中歩き回って目的のカモシカが1度も見られないのはなかなかつらいものだった。次の日、前日歩かなかった斜面を歩くと、カモシカの真新しいため糞と足跡を発見できた。それを追いかけていくと、ため糞や角こすり跡などカモシカの痕跡が大量に見つかった。「痕跡はあるけどカモシカにはなかなか会えないなぁ」と思いながら真新しいため糞の横でしゃがみこんで休憩していると、ほんの数十メートル先で物音がした。ふと立ち上がると、30メートルくらい先でカモシカが1頭こちらを見つめていた。やっと出会えたカモシカに嬉しいという感情よりも、初めて山の中で1対1で出会う大型動物に対する恐怖心が大きかった。興奮と恐怖心と緊張感の入り交わる何とも言えないドキドキと感動だった。カモシカは逃げもせずにこちらをしばらくじーっと眺めたあと、やぶの中に姿を消していった。
 今でもカモシカに会うと何とも言えないドキドキ感に見舞われるが、ドキドキしているだけでは調査にはならない。1頭1頭カモシカを見分けて個体識別し、行動観察の記録を取らなければならないのだ。この個体識別と行動観察がまた難しい。カモシカは意外に個体ごとに性格が様々で、人が近づいても全然逃げない個体もいれば、100メートルくらい距離があっても鳴き声と共にすぐ逃げてしまう個体もいる。あまり逃げない個体であれば、じっくり観察できて識別は比較的簡単だが、警戒心の強い個体は識別するのが非常に難しい。カモシカに出会う度にひたすら特徴をメモし、スケッチを描いて、写真を撮る。この作業を繰り返し、今では8頭のカモシカが識別できているが、未識別の個体もまだまだいる。さらに難しいのは性別の判断だ。カモシカはオスもメスほとんど外見が同じため外部生殖器を観察することが性別判断の一番の方法であるが、ふさふさの体毛に覆われたカモシカの体からそれらを見つけるのは本当に難しい。カモシカの股間が見えそうになると倒れこんで必死に双眼鏡で股間を覗き込むが、それでもなかなかわからない。実際性別が確実に分かっているのは捕獲して確認したオス3頭だけである。
 行動観察で一番気を付けていることはカモシカにできるだけ自分の存在による影響を与えないようにすることだ。これは自然に生きるカモシカのを知ろうとしているのだから当たり前のことだが、実は一番難しいことだと思う。失敗例を一つあげると、人馴れしているからある程度近くで観察しても大丈夫だと思っていた個体が、ある日突然を見るなり全速力で逃げるようになってしまい、今まで行動圏から大きく外れた場所を歩き回るようになってしまったのだ。幸い、数日観察をやめたら元の行動圏に戻ってくれたが、自分のせいで行動が変わってしまった私ことを大いに反省した。
 このようにカモシカの直接観察には難しいことがあり、まだまだ未熟だが、いい研究ができるように、毎日考えて楽しみながら成長していきたいと思っている。


浅間のカモシカ 著者撮影